三月十四日 ホワイトデー当日
現世の人々の目に触れぬ世界で、時の政府と時間遡行軍達の戦いが繰り広げられていた時代。
そのとある都会の一画に、政府側の主戦力である刀剣男士二振りが、任務とは離れた立場で存在していた。
「少々、雲が出て来たか…」
「そうだな……しかし雨が降る程ではないだろう」
一人の男はすらりとした長身痩躯の出で立ちで、クリーム色のロングコートが驚く程に様になっている。
肩に僅かに掛かるかという程度の長さの髪は一見射干玉の黒に見えるが、太陽の光を受けるとどんな屈折の影響なのか深海の蒼を思わせる色彩を反射しており、例外なく人目を引く。
すっとした立ち姿も、何処か風格というか威厳というものを感じさせる。
そんな男の外見につい目を向けてしまう人も少なからずいたが、その後彼らが何より注目したのは、髪でも背丈でもなく、彼の者の美貌だった。
人智を超えた神の力作と呼ぶに相応しい程、その者の顔は整い過ぎていた。
しゅっとした眉の下で輝くのは実に摩訶不思議な色合いを持つ瞳。
藍に染まった瞳に微かに光るは黄金の三日月だが、小さな輝き故その形状まで認める事が出来る一般人は皆無だったものの、細やかな違和感を感じるが故に注目を浴びてしまうのは無理からぬ事だった。
ロングコートの下は上下共に限りなく黒に近い紺色のスーツでびしりと決まった姿だったが、彼の者が浮かべる柔和な笑顔のお陰で、固い印象は払拭されている。
そんな美麗な男の微笑みが向けられていた先は……
「面影、歩いてばかりで疲れただろう? 何処かで一度、腰を落ち着けないか?」
「いや…この程度、任務と比べたら…」
これもまた、黒髪の男に負けず劣らずの実に美々しい若者だった。
その髪は相対する男のそれとは大きく異なり夕闇の帷を思わせる藤色であり、さらさらと癖のない流れる様な質感は女性の誰もが羨む程だ。
そんな髪を後ろで段を組む様に編み込み、各々の束から羽の様な飾りを揺らしながら、面影と呼ばれた男は首を横に振りながら相手の問いに答えかけたが……
「…っ」
つと、伸ばされてきた相手の人差し指で唇を軽く封じられ、それ以上の発言を止められてしまった。
「今日は任務についての話はしない……約束していただろう? 折角の『でぇと』なのだぞ?」
「あ………」
言われた面影ははっと顔を上げると、今度は頬を薄く赤らめながら俯いた。
「そ、そう、だったな…三日月」
スーツを纏っているフォーマルな印象の三日月に対し、面影はグレーのダッフルコートで上着は隠されているが下は足の細さが強調されるスリムジーンズで、カジュアルな若者の雰囲気を纏わせている。
コートのお陰で体型も隠されている面影はその線の細さと美麗な顔立ちの所為で一見女性にも見え、先程からの二人のやり取りを遠目から見る分には、確かに男女がデートをしていると言われてもそのまま信じてしまいそうな程だった。
しかし、これは別に三日月の冗談でもなければ、遠征に際しての遡行軍の目を欺く演技という訳でもない。
彼ら二人は、三日月が言葉にしたそのまま、デートをするべく現世に来ているのだった。
事の発端は先月のバレンタイン。
一念発起した面影が三日月に対して実施した大胆な『プレゼントはア・タ・シ』作戦が功を奏し……いや、奏し過ぎたと言うべきか。
三日月がそれに対して大いに喜び、当日は面影を前後不覚になる程に可愛がった。
そしてそれだけに留まらず、翌日に面影に持ち掛けたのだ。
『三月十四日は、予定を空けていてほしい』と………
普段は自身をじじいと揶揄する男だったが、存外、その知識欲は他の男士達が考えている以上に深いのかもしれない。
バレンタインの告白に返礼を行うホワイトデーなる行事を既に知っていたらしい彼は、その日に面影に予定を空ける様に頼んできたのだった。
そもそも面影は返礼など期待していた訳ではなく、純粋に気持ちを伝えたかっただけ。
お返しを受け取るのはこちらが恵まれ過ぎるのではないかと少しだけ悩みもしたのだが、きっぱりと断る理由も無い。
何より、もし自分が断ってしまったら却ってこの男を悲しませてしまうかもしれないと考えた面影は、結局彼の申し出を素直に受け入れる事にした。
彼らの所属する本丸は幸い、審神者が刀剣男士達に対して非常に理解が深い為人だったため、彼らの希望が聞き入れられる範囲内のものであれば問題なく通る。
分かりやすく言えば、遠征や戦闘に関しては一男士の一存で進軍は認められないが、日常生活においての各当番等に関しては余程誰かに重い労務が課されない限りはある程度は融通が効くのである。
筆頭近侍でもある三日月宗近は、今回は自身の立場と併せてそれを利用した。
二人の予定に先に十四日の休暇を入れ、皆と比べて不平等が起こらない様に任務内容を割り振ったのである。
ここでちゃっかり二人分の労務を他より軽くしないところは流石と言えるだろう。
誰が見ても公平としか言えない采配に対し、無論他の刀剣男士達から異論が上がる筈もなく、幸いに当日に遡行軍からの無作法な強襲を受ける事もなく、二人は当日休みが合った者同士で出掛けるという態で外界へと繰り出したのだった。
他の男士達もよく休暇が合った者同士で交流を深めるべく万屋へ出かけたり遊んだりしているので、二人の行動に疑問を抱く者は誰もおらず、彼らはそのお陰で無事に今、共に逢瀬を過ごせているのであった。
(…デート……か)
意味合いとしては多少異なるが、逢引きの様な意味だという事を知らされていた面影は、改めてその単語を脳内で復唱し頬を染める。
(こうしてはっきりと誘われると、少し、照れ臭いな……)
同じ本丸に住まう者同士、自分は新参者とは言え一つ屋根の下で過ごしているのだから共に居る時間はそもそも長い。
望めば任務の合間に会いに行く事はそう難しくも無い間柄であるし、それ以前に、自分はもう数え切れない程に三日月と身体を重ねている仲だ。
それでも。
なあなあで本丸で過ごすのではなく、こうしてはっきりと想い合う者同士で過ごそうと誘われたのは……純粋に嬉しい。
(まずい……顔、熱い………)
思わず笑みを浮かべそうになるのを必死に堪えながらも、顔に熱が籠りそうになるのを感じた時だった。
「顔が赤いな……三月とは言え今日もまだ寒い。やはり一旦何処かの店で暖まろう」
「っ!……あ、ああ」
顔の赤みを指摘されて内心激しく動揺した若者は、それを悟られぬ様にしながらもつい相手の申し出に頷いてしまった。
そんな面影の同意を得た三日月はよしと頷いて自然な動きで彼の右手を己の左手で取り、歩き出す。
「え…っ?」
「此処は人混みが凄いからな。迷子になっては大変だ、しっかり捕まっておれよ」
「ま、迷子って……」
そこまで子供ではないぞ!と内心で訴えながらも、握ってくる相手の掌の温もりが心地良すぎて振り払えないまま、面影は相手に連れられる形で近場のカフェへと入っていった。
テナントビルの一階、全面ガラス張りの洒落た内装の店は、やはり外の寒さに追われてか多くの客で溢れていた。
「お二人ですか?」
「ああ、そうだ」
入店した二人に店員と思しきエプロン姿の女性が尋ね、そつなく三日月が返答する。
現世にも仕事上遠征する事もあり、そうなると必然的に現地の施設を利用する機会も多いため、こういう対応には慣れているのだ。
まるで毎日通っています、とでもいう様な自然な動作は、何処から見てもやり手のビジネスマンといった感じだが………
(………如何わしい夜の店の店員と言っても通じる様な気が……)
確か、『ほすと』とか言うのだったか……?三日月なら難なく店の首位を取れそうだが…とぼんやりと面影が考えていると、
「…お前、何か失礼なことを考えてやしないか?」
と、素晴らしいタイミングで三日月が突っ込みを入れてきた。
「あ、いや……」
別にそんなことは…と焦りつつ弁明しようとしたところで、店員からタイミング良く声が掛かる。
「こちらへどうぞ」
こんなに混んでいるんだから席が空くのに待つかもしれないな…と考えていたが、幸い他の客の退店したタイミングが合っていた様で、二人はそのまま彼女に連れられてガラス窓側の二人席へと案内された。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」
常套句を言うと、テーブル上にメニューを置いて店員は離れていき、残った二人は各々コートを脱いで椅子の背に掛けながら着席する。
コートに隠れていたチャコールグレーのニットを纏った面影は、そこで改めて目前と男と共に周囲の女性達の注目を浴びる事になった。
てっきり美男美女のカップルかと思いきや、美女の方はコートを脱いでみたら明らかに女体ではない身体付きの美麗な男だという事が判明したのだから無理もない。
あの二人映える、スタイル良い、芸能人?、と少々不躾な視線と共にそんな囁きが流れてきたが、現代遠征毎にそういう視線に晒されている三日月は慣れているのか完璧にスルーの体で、テーブル上のメニューを取り上げるとごく自然に面影の方へと手渡した。
「そら、何でも好きな物を頼め。俺の奢りだ」
「………何だか申し訳ないな」
「何を言う、今日は『そうする』と言っていただろう」
愁眉を浮かべる相手に、何でも無い事だという様に三日月は笑ってこくんと頷く。
二人が本丸を出て現世に赴く際、予め三日月が面影に宣言していた。
『今日はお前が欲しいものを何でも買ってやる』
ホワイトデーには男性から恋人に対して贈り物をするという慣習があるという事を予め雑誌等から知っていた面影だったが、それでも相手に出費させる事は気が引けてしまう。
だから、二人で結構長い間街の散策を楽しんでいたのだが………
「全く……お前ときたら遠慮が過ぎる。折角の機会なのに何も強請ってくれぬのだから…」
「う………」
そう、三日月の言葉通り様々な店を回ってはいたのだが、元々物欲が少ない面影の性格もあったのか、結局一つも欲しがるものが無かったのである。
そもそも、面影達の立ち位置にも原因があった。
彼らは刀剣男士という立場である以上、政府の管轄に入る、故に生活必需品については政府からの支給である程度賄えてしまうのだ。
勿論、趣味などについてはその限りでは無いのでそこでようやく給料の出番になるのだが、面影はこの使い途について考える機会は殆ど無かった。
何しろ三日月達と合流する以前は単独行動に準じており、戦いのみが彼の全てだった。
そんな日々が骨の髄まで染み付いてしまっているのだろう。
本丸に正式に在籍する様になってからも、面影の生活は単独行動の時とあまり変わりないものだった。
宛てがわれた私室にも彼本人が購入した物は殆どなく、すっきりとした印象である…質素とも言うが。
時折、歌仙達から趣味を持ったらどうだろうと話しかけられているらしいのだが、今のところ彼の心の琴線に触れるものは見つかっていない様だ。
彼の想い人でもあり筆頭近侍でもある三日月がそんな相手の性格に気付いていない筈もなく、彼は今日という日を切っ掛けに面影に何かしらの興味を抱かせるものに逢わせてやれないかと画策していたのだが……成果は上がっていない状態だった。
「………好いた相手の望みを叶える事は男の甲斐性なのだがなぁ」
「す……っ」
成果は上がっていないものの、焦る様子も見せずに三日月は肘を付いてその掌に顎を乗せ、面影を見つめながら微笑む。
これから長い時間を掛けてでも探してやろうという心のゆとりというものだろうか。
対して直接的な告白を聞かされた面影は動揺を隠すことも出来ずにはくはくと口を開閉させている。
三日月が熱烈な愛の言葉を紡ぐのは初めてではないし、寧ろ面影は幾度となく聞かされている。
それは廊下を歩いて擦れ違う時でもあり、共に閨で肌を重ねている時でもあり………
しかし、何度それを聞かされても面影が慣れることはなく、その都度赤く頬を染め、乱れてしまう心を持て余してしまうのであった。
それを三日月に揶揄される事もあり面影本人もいい加減慣れなければ、と考えているらしいのだが、実は三日月はいつまでも擦れる事なく初々しい反応を示す彼の姿を気に入ってもいるのだ。
「か、揶揄わないでくれ……」
ぷいっと顔を横に逸らし憎まれ口を叩いてはみるものの、その口調には一切の負の感情もなく、照れ隠しである事は明らかだ。
そんな反応も愛しくて、更に三日月の笑みは深くなる。
上機嫌な恋人の視線を受けながら、面影は己のそれをすぐに相手に戻す事が憚られ、暫く店内の他の客達の様子を伺う事で誤魔化しに入った。
平日の昼間ではあるが、元々此処の店の評判も良いのか、相変わらず店内は多くの客で溢れかえっている。
家族連れや学生のグループらしき集団もちらほらと見かけはするが、やはりこういう日だからだろうか、一番多い組み合わせがカップルであるのは一目瞭然だった。
面影の視線につられて同じく店内を見回した三日月も、同様の感想を抱いたのだろう。
「…今日はやはり、恋仲の者達が多いな」
「……そ、うだな…」
別に自分達の事には全く言及されていないのに、つい都合の良い事を連想してしまった……
いや、別に都合が良いという訳ではないのでは……向こうも先程言った通り自分を好いてくれている訳だし自分も相手の事を好いていて……なら二人も同じく恋仲という事になるのだし………
(ダメだ………余計な事ばかり考える…)
こんな事を考えてしまうなんて、どうやら本人が考えている以上にこの状況に浮ついてしまっているらしい。
頭の中が浮ついた思考でぐちゃぐちゃになりそうで、無意識の内に頭に手を当てていた面影は、不意に近くから聞こえてきた女性の声に意識を向けた。
「私の事が好きならあれも買ってよぉ」
猫撫で声で同行者である同年代の男性に強請っているのは大学生頃の年齢と思しき女性だ。
少し離れた場所の二人席で女性の方が攻勢を掛けるように、恋人なのだろう若者に迫っている。
「お前なぁ、今日だけでももう随分と買っただろう?」
「え??」
二人の足元には、確かに男が言及した通り多くの買い物袋が置かれている。
一つ一つのデザインが異なっており、中には鮮やかな彩りで文字が記されているものもある。
面影は全く知識は無いが、有名なブランドの袋も少なからずその戦果の中に含まれている様だ。
もし面影にその手の知識が備わっていたら、学生の身空でよくぞここまで買えたものだと喫驚したに違いない。
それぐらいの出費だったが、相手の女性はまだまだ欲しいものがあるのか、それからも只管に恋人に対しておねだりを続けている。
「……………」
頼み込む女性と、その願いを苦笑しながらも軽くいなしている男性。
そんな彼らの姿を、面影は暫くぼんやりと無表情で眺めていた。
まるであの二人の思考が分からない……
(欲しいものがあるのなら、そもそも自分で買えば良いのでは……? 相手に余計な出費をさせるのは迷惑にもなるだろうに……)
考えれば考える程に彼らの思考が分からなくなってきてしまった面影は、何の気なしにぽつりと呟いた。
「……好きな相手に、何か買って貰いたいと思うのは自然な事なのか?」
本当に細やかな呟きだったので、それを拾ったのは当然、最も身近にいた三日月のみだった。
「ん?……ああ」
同じく面影の視線を追って、すぐに彼の見ている光景からその呟きの意図するところを察した三日月はこくんと頷いた。
「…形としての愛情表現を求めているのだろう。いくら愛していると語ったところで言葉は目には見えぬ、しかし金銭なりで手に入れた物はある意味目に見える証となるからな。
これだけの犠牲を払ってお前に貢ぐのだという、分かりやすい愛の形だ。タダの言葉を万紡がれるより、金で得られる愛情の方が信じられる者もいる」
「………そういうものか」
ぼんやりとした表情のまま、面影は変わらずあの恋人達の姿を見つめている。
三日月からそうは言われたものの、やはり何度考えてみても彼にはそこに至る考えが分からなかったらしく、微かに眉を顰めて首を傾げていた。
「………私は…」
自分が心中思っている事を声に出して呟いているという事実も意識に上っていなかったのか、若者はぼそりと、しかしはっきりと聞こえる程度の声に出して独白した。
「…三日月だけでいいのに」
がたんっ!
「っ!!」
いきなりテーブルが揺れて、はっと面影が我に返ると、目の前に上体を前倒しにして俯いている三日月の姿があった。
俯いているせいで向こうの表情は窺えないが、よくよく見ると肩も小刻みに震えている。
「み、三日月…?」
今し方の呟きは本当に無意識の内に口をついて出てきたものらしく、面影はまさか己が彼がそうなってしまった原因であるとは思いも寄らなかったらしい。
「…っ…! だ、大丈夫か…?」
「……うむ…大事ない」
努めて冷静な口調でそう返しはしたが、反して彼の脳内は大変な事になっていた。
(何だ、この可愛い存在は……!!)
面と向かって言われるだけでも脳死しそうな言葉を、ぽろりと口の端から何気なく漏らしてくる。
己は一千年も現世で世の流れを見続けてきた存在だ、相手が人であろうと物怪であろうと付喪神であろうと、上辺を取り繕ったとしても見破るのは容易いし、そういう自負もある。
そもそもが顕現して間も無いこの若者に至っては、他のどの刀剣男士達より心が読み易いのだ。
だからこそ……先程の呟きもそれが振りなどではなく、本心からの吐露である事は容易に知れた。
(…ああもう……今すぐにでも抱きたい)
こんなに可愛い恋人と、こんなテーブル越しで離れた距離で見ているだけなどもどかしいだけだ。
叶うならば、すぐにでもその邪魔な衣を剥ぎ取り、肌と肌を触れ合わせ、顕現で得た肉体同士を繋げて一つに溶け合いたい。
本気では無い抵抗の声、止めてほしいと懇願する声、甘く蕩ける声、淫らに求める声……全てを聞きたい。
「………」
心の中の叫びをどうにかこうにか押し留め、すん、と無表情のままで体勢を立て直したのは長年の経験の為せる業か………
不安気に見守ってくる面影の前で、見事に立ち直った様子で三日月は居住まいを正してテーブル脇にあったメニューをそっと面影に紳士然として差し出した。
「何でもない、心配させてすまんな。……さぁ、好きな物を頼め、勿論俺の奢りだぞ」
「あ、ああ……」
予め欲しい物は何でも買ってやると言われていたのだから、無論、飲食物についても向こうは譲るつもりはないのだろう。
しかし、やたらと高価なものを買わせるより、こういうところでは多少甘えた方が向こうの顔を立てる形になって良いかもしれない。
それなら言葉に甘えて…とメニューを受け取り、開いて中を改めていた面影だったが、とある頁を見たところでぱぁ…と目に見えて明らかに瞳の輝きが増した。
頁の一点を見つめてそこから視線を暫く動かさなかったと思えば、今度はその場所と三日月の顔の間で視線を忙しなく動かし始める。
「あ、の………」
遠慮がちに三日月におず、と声を掛ける。
「こ、この……季節限定のスペシャル苺パフェというものを…食べて、みたい…」
苺がこれでもかとふんだんに使用され、高く聳えるパフェの魅力に抗えなかったのか、面影の瞳は乙女もかくやと言わんばかりに期待に輝き、顔まで上気している。
(可愛い………)
意外なところで相手の我儘を聞かされる事になった三日月が、それでも遠慮がちな申し出と姿に内心萌えまくっていると、ふと面影の視線が頁の別のところに向けられ、その表情が一気に焦ったものへ変わった。
「や、やっぱりいいっ、自分で払う! こ、こんなに高いなんて思わなかった…!」
勢い余ってぱたんとテーブルに置かれたメニュー、その話題の苺パフェの傍に書かれた値段。
単品でもドリンクセットでも、自分たちが身に纏っているシャツ一枚の値段にも当たらない。
「頼め」
有無を言わせず三日月はきっぱりと言い切り、早々に店員を呼ぶ。
(清貧…と言えば聞こえは良いが、少々不安になるぞ……)
この程度の値段でも高いと慌てるとは、まさか俺にはその程度の甲斐性しか無いと思われているのではあるまいな…と、三日月は多少不安になりつつも、面影が希望していたパフェと紅茶のセットを、自分は適当に選んだモンブランとコーヒーをそつなく注文した。
「………三日月」
「うん?」
「…………有難う。とても、嬉しい」
まだ少しは散財させてしまった後ろめたさは残っているのかもしれないが、面影は面と向かって三日月に嬉しそうに微笑みながら礼を述べた。
(本当に可愛い)
三日月はほんの少しだけ残念に思う。
先程まで面影が見ていたあの恋人達の女性の様に、もっともっと強請ってくれたら良いのに、と。
それが何であれ、どんなに高価なものであれ、この笑顔を向けられる為なら幾らでも与えてやっただろうに……
しかしここまでこの目の前の男に心を奪われているのは、相手のそんな慎ましやかなところにも理由があるのだから本当に望みというのはままならないものだ。
「そんなに甘いものが好きなら、他のも頼んで良いのだぞ?」
「ひ、一つで十分だ」
そんな和やかな会話が交わされていると、やがて店員が頼まれた品々をトレーに載せて運んでくる。
そこからがまた、三日月の情緒にとっては大事だった。
「わ……ぁ…」
店のメニューは幸い宣伝詐欺という事もなく、写真よりもずっと豪華で立派なパフェが運ばれてきて、面影は暫く言葉も出ない様子で感動していた。
アイスクリームを土台とした白い生クリームの山脈にこれでもかと瑞々しい苺が埋まり、周囲に砕かれたナッツが彩りを添えている。
グラスの下にもぎっしりと地層の様に生クリームとチョコレートが幾重にも重なり、所々にはこれまたごろっと大きく刻まれた苺が顔を覗かせていた。
面影達が本丸を出て外界に赴く目的、それは無論、遡行軍との戦いの為である。
なので、普段の彼らは現世に出陣した際にも、こういう場所に入る事は滅多に無い。
あるにはあるが、そういう場合でも頼む物は大体は直ぐに身軽に動ける様にせいぜい飲み物や軽食止まりなのである。
本丸に来て日が浅い面影も言わずもがな。
そして、こんな豪勢なデザートを目の当たりにしたのもこれが初体験だった。
「凄いな………とても綺麗だ……」
厨房でこれを作った店員が聞いたら泣いて喜びそうな程に、感情を込めた声で面影はそう評し、恐る恐るパフェグラスを回転させながら隅々まで観察する。
その瞳はメニューを見た時以上にキラキラと輝き、まるで森で何か珍しい物を発見した少年の様だ。
面影本人もその美しさと行為で周囲から少なからず人目を引いているが、外見などからこの国を訪れた外国からの旅行者だと思われているのか、そこまで不審には見られていないのは幸いだった。
寧ろ、そんな若者に一番熱い視線を向けていたのは他でも無い三日月宗近だったのだが………
(………襲われたいのか、この男は…)
先程からパフェを前に、隠しているつもりでもはしゃいでいるのが丸わかりだ……
面影がそういうつもりは微塵もない事は当然であり、単に三日月が危険な思考に暴走しているだけであるが、流石に年の功、完璧なポーカーフェイスで誰にもその心中を読まれる事は無かった。
「……早く食べんとあいすが溶けるぞ」
「う…あ…そう、か……でも、何処から食べたら……」
そわそわとパフェ用のスプーンを手にしたまま戸惑う相手の姿をひとしきり楽しみ、そしてようやくそれを一口、口に入れた後の花が綻んだ様な笑顔を至近距離で眺めた三日月は、表向き冷静さを保ちながらも鼻血が噴き出す衝動を必死で抑え続けていた。
(……物欲は極めて少ない男だが……これは、収穫かもしれんな)
物ではなくて、今後は甘い物で釣った方が良いかもしれん…………
そうだな、そうしよう、一緒に美味しいものを食べようと言えば、共に居られる時間も持てるというものだ。
面影が、美しく赤い宝玉が散りばめられた様な甘味を味わえた一方で、三日月もまた貴重な知見を得られた様だ。
それからも暫く二人は店に留まり、穏やかなひと時を楽しんでいた。
「さて、もう少し時間はあるが、何処か見たい所はあるか?」
「そうだな……しかし、私もこの時代に慣れている訳ではないから……」
その言葉の通り甘いひと時を過ごした後、二人は店を出て再び街の遊歩道を歩いていた。
時間を潰したとは言えまだ日は高く、帰るまでは十二分にゆとりがある程だ。
「三日月が行きたい場所があるなら、私もそこを見てみたい」
「ふむ…」
相変わらず無意識に可愛い事を言ってくる恋人につい唇が綻んでしまった三日月だったが、ふとその表情が怪訝なものに変わったかと思うと、視線を天へと向けて小さく呟いた。
「ああ、これはいかん。俺としたことが…」
「? 三日月?」
「場所を移ろう…降ってくるぞ」
そんな言葉を聞いて面影が首を傾げたところに、ぽつっと頬に水滴が付着する。
「!」
はっと空を見上げると、店に入る前から曇天だったが、より一層雲が厚く、低く垂れ込めているのが見えた。
そうしている間にも、ぽつ、ぽつ、と足元の石畳の上に幾つもの暗色の点が滲んでいく。
雨だ。
当初は小雨かと思っていたが、ほんの僅かな時間で雨粒はどんどんと大きくなっていき、勢いも激しいものへと変わっていった。
「やれやれ、こんなに急に降られるとは……ゲリラ豪雨というものか?」
「確かに珍しいな、こういう降り方は…」
流石に三日月は博識らしく、その現象について正しく判断していたが、まだ現世への遠征などは経験が少なかった面影は、初めてらしいこの天候の急激な変化に多少戸惑っていた様子だった。
取り敢えずは何処か、雨露が凌げる場所へ…と彼らは暫し道を行き先など決めずに走り、やがて丁度良い庇がある建物の正面へと移動したが、残念ながらその時には二人の上着はかなり水分を吸ってしまっている状態だった。
無論、彼らの髪も顔もすっかり濡れてしまっており、この時期の外気温も相まって瞬く間に熱を奪っていく。
「………」
本人は気がついていないらしいが、面影の白磁の様な滑らかな皮膚が更に青みを増していく様子を見て、三日月は内心焦りながら何処かでまた休むことを考える。
本丸に早めに帰還するのも一つの解決策ではあるが折角の二人きりの逢瀬、もう暫く楽しみたいという欲もある。
(何処か……ゆっくりと落ち着けられる場所は…)
忙しなく視線を辺りへ移しながら何気なく身体を背後へと向けたところで、はた、と三日月の瞳が大きく見開かれる。
そして彼は右手を顎へと持っていき、僅かに逡巡したがすぐにこくんと自らを納得させるように頷き、面影へと声を掛けた。
「丁度良い、面影、此処で雨宿りがてら休んでいこう」
「は?」
三日月の向いている方向へ面影も視線を引っ張られる形で身体を向けると、その建物の壁面に大きなプレートが打ち付けられており、そこには最上にラブホテルの文字。
そして続いてローマ字でホテル名が記されており、下部には休憩、宿泊に掛かる金額が記載されていた。
……が、面影にはその場所がどういう目的の為の施設か全く分からなかったらしい。
ちょっと首を傾げたが、『休憩』という文字を見て素直に一般で言われている『ホテル』だと思ったらしく、何の反論も無く頷いた。
「それは構わないが……わざわざ部屋を取る必要は無いのではないか?」
「いや、衣服も濡れてしまったのでな。冷えてお前の顔色も悪い。身体も少し温めていこう」
「……分かった。お前が言うのなら」
半ば三日月に押される形で、面影は彼に連れられて施設内へと足を向けたのだった。
「……私が知っているホテルとは色々と作法が違うのだな…部屋に入るまで誰にも会わないとは、警備面はどうなっているんだ?」
ラブホテルの様に利用者が人目を憚るような施設では、敢えて人を置かずにセルフサービス方式を取る事も多く、この施設もどうやらその慣例に則っている様だった。
ホテル内に入っても出迎える人間は誰もおらず、ロビーには券売機の様な機械が置かれ、部屋番号と思しき数字が記されているプレートが並んでいる。
下にある数字は部屋を借りる為の料金なのだろう。
三日月は迷わず最上階の最も高額な部屋を選び、券売機に料金分の紙幣を吸い込ませると、取り出し口から出てきたルームキーを手に取った。
彼は、このシステムにも精通しているのか……?
「慣れているんだな」
「うん、一度だけ同じ用途の施設に潜入した事があるのだ。まぁ他の者に見られたくないという心理は理解出来るな」
「???」
人に見られない為の施設? どういう事だ?
(単なるホテルではなく、ラブホテルという名前に関係があるのか…?)
三日月は知っている様子だが、何でもかんでも相手に聞いてばかりというのも申し訳ない、後で自分で調べてみよう…と思いながら、面影は素直に相手の背後を追う形で共に最上階へと向かった。
流石に最上階の部屋は間取りも広く取られているのか、この階の部屋数はそもそも少ないらしい。
ドアも一桁しかない中、自分達が取った部屋はすぐに見つかり、二人はほぼ同時に中へと入った。
壁のスイッチを入れると暖色系の明かりが部屋を照らし、中の様子を明らかにする。
先ず目に入るのは部屋の奥ほぼ中央に陣取るキングサイズのベッド。
そして傍にある棚とその上に設置されている大型テレビ。
そこから横に視線を逸らすと、壁に備え付けられている不自然に大きな鏡が見える。
部屋と外を隔てる壁は全面がガラス張りで、相変わらず外の豪雨の様子を伝えてくれている。
豪奢な模様が織り込まれたカーテンは今はガラス面の両端にきちりと結わえ止められていた。
「ご……豪華な部屋だな……ただ休むだけなのに、ここまで立派な場所でなくても良かったのではないか?」
「いや、折角のお前との時間だ。少しぐらいの贅沢ならバチも当たらんだろう」
果たして神にバチなど当たるのだろうか…と少々間抜けな事を考えていた面影だったが、その思考は相手からの言葉によって中断した。
「ああ、ここで入浴出来る様だな。面影、先に湯を浴びるといい。シャワーでも湯船でも構わんぞ」
向こうは早々と部屋の間取りを確認して、あの大きな鏡が据えられている壁で隔てられていた別室がバスルームである事を面影に知らせつつ先に使うことを促した。
ちょっとだけ開かれたドアの隙間から中を覗くと、風呂場の空間も随分と広く、湯船も複数人で入れる程の広さだった。
(……何人用だ?)
と言うか、贅沢感を出す為とかであってもここまで広くする必要があるのか…?
「三日月が先に入ってくれ、私は後ででも……」
「そんな青い顔をしているお前を待たせられるものか、ほら、上着を脱いで、掛けておいてやる。それに、念の為に部屋の中を検めておかねばならん」
「う、あ……」
流れのままに上着を脱がされ、ほらほらと促されるまま、面影は覗いていたバスルームへと足を進めた。
浴室の前の脱衣所もスペースはかなり広めに取られており、設置されているアメニティも男性用、女性用とも充実している。
(ウチの大浴場よりは流石に狭いが、それでもここまで広いと逆に落ち着かないな…)
そんな事をぼんやりと考えながら、面影は纏っていた衣類を脱衣所で脱ぎ、軽く畳んでから浴室へと入った。
そこで目を引いたものは、シャワーが備え付けられている壁に誂えられた巨大な鏡だった。
先ほどの寝室でも見た物と同じ大きさのものらしい。
間取りを改めて考えてみると、この鏡が設置されている向こう側に、あの部屋側の鏡がある筈だ。
その配置には何か意味があるのだろうか…?
それに……
(……? 見慣れない物もあるが…使い方が分からないな)
所謂、そういう場所でのプレイに使う一見奇抜な椅子などの姿が目を引いたが、どう使うのか分からない物には手を出すべきではない。
(温まるだけならシャワーで事足りるし……あまり三日月を待たせる訳にもいかない)
あの男はやたらとこちらの顔色を気遣って先に入浴を勧めてくれていたが、雨に濡れたのは向こうも同じだ。
決して血色も良くはなかったのにわざわざ自分を優先してくれた優しい彼を、いつまでも濡れ鼠のまま放置させる訳にもいかない。
(いっそ…)
一瞬脳裏に浮かんだ考えを、動揺も露に慌てて頭を振って掻き消した。
(いやっ……! 一緒に入れば良かったとか……やましい考えではなくて…!!)
単に効率的な面を考えての事であって…と自分に言い訳しながら、面影は浴室に備え付けられていたシャワーを稼動させた。
頭上に固定されたシャワーヘッドから暖かな水流が降り注いで冷え切った身体を優しく打っていく。
思わず気が緩んで、ほうっと面影の口から溜息が漏れる。
ふっと前を見ると、水滴で彩られた鏡に己の全身が映し出されていた。
こうして全身が万遍なく映し出される程の大きさの鏡を前にする事は滅多にないので、ついしげしげと見てしまう。
(……顕現で得た……人の身体、か……)
本来なら刀剣である自分が人間としての肉体を得ることになるとは…つくづく不思議な業だと思う。
本体だけでは己の意思のみで動くことは叶わなかったが、こうして人として振舞えることになって、遡行軍と刃を交える事が出来るようになった。
いや、戦うだけではなく本丸では普通の人間と同じ様に生活を送る事が出来る様にもなったのだ。
食事や睡眠……鍛錬や畑仕事、馬当番……そして……
(身体を……繋げることも……)
刀として相手と斬り合い、削り合うだけだった存在意義が、まさか人の様に血肉を得て心身を繋ぐことを求めるようになるとは……
(そう言えば……きっと、今日も…)
ホワイトデーの逢瀬の約束を取り付けられた際、言外に向こうは自分を抱く事を示唆していた。
まぁこれまでもほぼ毎日求められているので、別に今更拒む事もない……が、自分はてっきり本丸に戻った後で『そうなる』と考えていたのだが……
(此処にも……やけに大きな寝台があった……)
しかも流れ的には既に二人共がびしょ濡れになり、湯浴みをするということになっているのだ。
自分が此処を出たら続けて三日月も入るのは間違いない。
さて、恋仲である二人が湯浴みまでしておきながら、そのまま健全に部屋の施設をスルーして帰るという流れになるだろうか…?
(……べ、別に…誘うとか、そういう流れを期待している訳ではないが……念の為に、しっかりと清めておこう……)
何となく心が落ち着かないままに、それでも面影は身体を念入りに洗ってから浴室から出た。
男であろうと女であろうと、好いた者に触れられる時には綺麗な身体でいたいというのは当然の気持ちだろう。
「? 浴衣とは違うが、これを着れば良いのか?」
脱衣所にあった棚に二つ置かれていたタオル地の白いバスローブの内一つを取って広げてみた面影は、その形がほぼ見慣れた浴衣と似たようなものであると確認して纏ってみる。
確かに普段着ている浴衣よりは厚手だが、吸水性に優れているタオル地がすんなりと残っていた水滴を吸っていき、着心地も悪くない。
(…心地、良いな……)
ほぼ初めての感触だったが悪くない、と思いながら面影が部屋に戻ってみると、三日月がその中央できょろきょろと部屋の周りを見回している姿があった。
「? 三日月?」
「うん? ああ、上がったか…」
面影の声に振り向いた三日月が、彼の姿を認めてぴたりと身体の動きが止まる。
「?」
しげしげとこちらを見つめる三日月の様子に、ああ、と面影はその理由について思い当たり自らの両手を軽く広げてみせた。
「これか? そこにあった物を着てみたんだが、結構着心地が良いな」
「……そうか」
実は、いつもと違う姿…しかも扇情的にも見えるそれに見惚れてしまっていたのだが、口にしてしまうと相手が回れ右して元の服に着替えかねないので、三日月は下手なことは言わずに沈黙を守った。
「先に使わせてもらって済まなかった。三日月もゆっくりと身体を温めてきてくれ」
「そうだな、では、暫し失礼するぞ」
今度は三日月が浴室へと向かい、部屋に取り残された途端にしんと静寂が辺りを支配する中で、面影は手持ち無沙汰に大きなベッドの端に腰掛けた。
しかし、何もすることがないと三日月が出てきた後の事ばかりに意識が向いてしまい、面影は何か別の事に意識を向けようと目的もないが立ち上がった。
そう言えば、先程自分が浴室から出てきた時、彼はこの場所を見定めるように首を巡らせたりして様子を伺っていた。
自分もこういう場所に来ることはあまりないので、相手が席を外している間に色々と見て回るなどしてみようか。
(と言っても、見た感じは普通の宿泊施設に見えるだけだが……三日月もここまで豪華な場所でなくても良かったのに……)
ガラス窓から外の様子を見て、部屋を歩き回り、壁に据え付けられたスイッチを弄る等して、それらと繋がっている照明を確認していくという基本的な確認作業を行っていく中で、ふと、面影の目に一つのボタンが目に入った。
それはあの、部屋に備え付けられていた大きな鏡の傍の壁にぽつんと一つだけ不自然に。
隠すような感じではない、白の壁紙に合わせる気もないのかボタンの色は赤色で、丁度面影の肩の辺りの高さに据えてある。
周囲を見てもそのボタンについての説明はない。
押すな、という注意書きがないという事は、押す事は禁忌ではないのだろう。
しかし、全ての照明に対応する他のスイッチは既に把握済みなのだ、ではこれは他の何かに影響を及ぼすものなのだろう。
「………???」
ボタンに指先を触れさせ…そのまま離し……を数度繰り返しながら、面影は押そうか押すまいか悩む。
まさか敵の罠などではないだろう……
(…三日月が戻る前に確認だけしておこう)
それがずっと気になっていた面影は最終的に今押す事を選択した。
万一それで何か不具合が起こったとしても、その時は自分一人が責任を取れば良い。
すぅと軽く息を吸ってそれを止め、そのままの流れで面影は遂にそのボタンを勢いよくぽちりと押した。
カシャッ
「…ん…?………って!!」
何やら、傍で機械的な音と、別の場所から照らされる明かりを感じて、ほぼ反射的に面影は身体をそちらに向けた。
途端に目の前に広がった光景に、面影の双眸は限界まで大きく見開かれ、同時に口からは驚愕の声が漏れた。
そして直後、慌てて彼は両手で己の口を塞いで声を止めたが、相変わらずその視線はある一点を見つめたまま。
(なっ……何故!?)
新たな明かりの元は、鏡があったその場所の奥からのものだった。
つい先程まで自分が鏡だと思っていた平面が、あの機械的な音と共にその様相を一転させたのだ。
自らの姿を映していた鏡は、今はどういう仕組みなのか、その壁の向こうを透かした形で見せている。
つまりは、シャワーを浴びている全裸の三日月の姿を、だ。
新たな光源だと思っていたのは、あの浴室の明かりが差し込んで来ているそれだった。
「ちっ、ちがっ…!! こ、これはそのっ、何かの間違い…っ!!」
決して覗くつもりではなかった、自分の誇りに賭けてそう言えるのだが、如何せん自分自身もどうしてこういう状況になっているのか分からず、動揺も露に面影は口走った。
こうしてこちらが向こうの全身を見ることが出来ているのなら、向こうもこちらのことを見ているのだろう。
いきなり壁が、鏡が透けて、自分が此処に立っているのだと知ったら彼はどう思うだろう、どれだけ自分を蔑むだろう……!
「三日月、違う…っ!」
大慌てで三日月の誤解を解くべく更に口を開いた面影だったが、その場の違和感に気づいてそろりと顔を上げる。
「……みか、づき…?」
返事がないのは、返さない程に憤っているのか…と思いきや、どうやらそうではないらしい。
(……気がついてない…?………見えて、いないのか…?)
面影が訝しげに眉を顰めながら考えた通り、三日月は不思議な透明な壁を隔てただけにも関わらず、まるでこちらの様子には気づいている素振りはなかった。
相変わらず、シャワーヘッドから降り注いでくる水流に身を晒し、顔もそちらに向け、目を閉じたままだ。
もしこの若者が現代にもっと造詣が深かったら、この鏡が所謂『マジックミラー』という代物であると直ぐに分かっただろう。
しかし、残念ながらそうではなかったので、彼はこの現象について詳細を理解する事は不可能だったがどうやら三日月の方からは、こちらの様子は見えていないのだという事は理解出来たらしい。
(ど………どうして…こんなからくりが…?)
この施設にこういう仕組みがあるなんて、勿論知る由もなかった面影は、激しく動揺しながら手持ちの政府支給の端末に手を伸ばした。
この時代で言うスマホの様な造りで、遠征先の時代についてある程度知識を得るための検索機能も備わっている。
(ただのホテル…じゃなかった……確か、ええと……)
動揺しているせいか、運指もたどたどしくなりながらも何とか面影は『ラブホテル』という単語を打ち込んで検索をかけた。
秒も待たずにぴろりん、と軽快な音と共に検索結果が端末画面に表示される。
「………~~~~~!!!」
黙読していた面影の顔が見る見るうちに真っ赤になる、と同時に、こういうからくりが施されている大まかな理由については合点がいった。
成程、そういう理由が大前提の建物であるなら、連れの裸体をこっそりと観賞する為のサービスの様なものなのか……正直、心臓が止まるかと思ったし、今だって動悸が凄いことになっている。
(分かっていたら、もう少し入る場を選べたかもしれないが……い、今更か…)
まるで覗き見をする為の様なこの仕組みに面影は頭を抱えそうになる、が、三日月が気がついていないという事を認識したことで、気を落ち着けて改めてそちらへと目を遣った
。
視線を動かしつつ深呼吸を繰り返していく内に、何とか心を落ち着かせてゆく。
「………」
覗き見はいけないことだが、この目の前の男の肉体を、相手に知られぬまま此処まで間近で見ることが出来る機会などもう無いかもしれない。
(どうして……こんなに美しい存在がこの世に…)
ここまで人体の完璧な黄金比を誇る存在がどうして現世に存在しているのか…と思う。
これ程の神格を持つ男なら、神のみの住まう神界で人の世の流れを俯瞰して眺めている事も出来ただろうに……
(……本当に彼は人が好きなのだろうな…)
刀という人を殺める為の道具でありながら、人の傍に長く寄り添い続けた矛盾を抱えるのが自分達だ。
彼は他の刀剣達よりもより長い時間を人と共有しているから、その分、彼らへの思い入れも強いのかもしれない。
それにしても………
(………こんな美しい男に私が懸想されているなんて…今も信じられない)
改めて、不思議な鏡越しに相手の裸体を見つめていると、どうしても二人で睦み合いをしている時の事を思い出してしまう。
あの腕と胸の中に抱擁され、あの唇で愛を囁かれ、あの指で欲望を暴かれ……
(あっ……だめ……)
つい視線が相手の際どい場所に向いてしまい、慌ててそれを逸らしながら自らの身体を抱き、途端に激しく打ち始めた鼓動を面影が意識する。
何とか鎮めようとしながらも、一気に火照りだした身体をぎゅうっと抱き締めて狼狽えていた時、ふっと照らされていた照明に動きがあるのを感じて顔を上げてみると、三日月がシャワーを止めてその場から離れようとしている姿が見えた。
「あ…!」
浴室から出て行く様子の三日月の後姿を見て、一気に頭の奥から冷えていく感覚を覚えながら面影は慌てて周囲を見回す。
兎に角、今はこの不思議な鏡を元に戻さないと…!!
(元に戻すボタンは……見当たらない、か…)
きょろっと忙しなく辺りを注視していた若者は、縋る思いで原因となったボタンに指を伸ばした。
これで鏡が戻らなければ、もう打つ手はない…
願いながら再度ボタンを押してみる。
カシャッ
また響いた機械的な音と共に、マジックミラーを通して差し込んでいた浴室からの照明が遮断された。
目の前にあるのは、一見何の変哲も無い鏡だ。
(よ、良かった……)
ほっと安堵し、鏡の方を向く形で寝台に腰掛ける。
これで後はこの鏡については何も知らない振りをしたら問題はない筈だ。
後、残る問題は…
(…三日月は…この施設の本来の用途を知っている様だったが…?)
それならば、二人が入浴を済ませた事を契機に求めてくるかもしれない…と当然の思考に至り、どきどきと再び速まってきた鼓動を持て余しつつぎゅっと拳を胸の前で握る。
本丸には夜まで帰らないことを伝えているし………断る理由はない…し……
「うん……確かに浴衣も悪くないが、これもなかなかの着心地だな、着るのも容易い…」
のんびりとしたいつもの口調でそう言いながら、脱衣所から三日月もバスローブ姿で現れる。
軽く水気はタオルで吸い取ったのだろうが、その黒髪はまだしっとりと湿っている。
浴衣とはまた違った趣の姿に、は、と面影は目を見張る。
つい先程は三日月が同じ理由で同じ反応を示していたのだが、面影はそれについては全く気づいていない様だ。
双方とも自覚があるのかないのか分からないが、所謂『バカップル』というものだろうか。
「あ、ああ…そうだな」
平常心を保たねば!…と、意気込んでいるという事は、まだ平常心を保てていない、ということであり、それに思い至らなかったことが、この時の面影の失敗だったのだろう。
「まだ雨は降っているか……折角入ったのだ、もう少し休憩していこう……ふむ?」
「!!」
三日月の不思議そうな声と共にその目が向けられた先に気づき、面影の血の気が引いていく。
「これは……棚の方にばかり気が向いて見逃していた。何処の照明のものだろうな?」
「あ…っ!」
ここで面影が取るべき正解は、『そのまま相手の行為を邪魔せずに見守る』だった事は間違いない。
知らない振りをしていたら、そういう事としてそのまま場は流れていた筈だ。
それなのに、よりにもよって若者が取ってしまった選択は悪手中の悪手。
ボタンに手を伸ばした三日月の動きを止めようと、思わず面影も腰を浮かし、彼に向かって手を伸ばしてしまったのだ。
それは、言外に『ボタンを押したらどうなるか知っています』と自白する様なものだった。
カシャッ
三日月はおそらくは初めて…面影は三度目に聞いた機械音が響く。
「………」
「………」
音が聞こえた方へと顔を向ける三日月と、ようやくそこで自分がやってしまった事に気づいて蒼白になり、顔を俯けてしまう面影。
「………………ほお」
短い一言だったが、それはまるで面影の首筋に押し当てられる死神の鎌の如き鋭さを感じさせた…耳障りはとても柔らかいのに。
気を抜いたら小刻みに身体が震えだしそうになるのを必死に堪えている若者の耳元に、そぉっと三日月が顔を寄せてきた。
『……で、俺の裸はお気に召したか?』
「~~~~~~!!」
更に顔を下へと俯けていたが、面影が大赤面しているということは、耳介まで真っ赤になっている事からも明らかだった。
「そ、の…っ……の、ぞこうと思ってた訳じゃ、なくて……偶然っ…」
「うん」
弁解をする面影の言葉に頷いた三日月は、許すようにそっと手を相手の方へと差し伸べた……が、
「あ…っ?」
とさりと碌な抵抗も出来ずに面影はそのまま仰向けに寝台の上に押し倒され、気がついた時には両手を頭上に持ち上げ、両手首を押さえられる形で拘束されていた。
「…っ」
こくんと息を呑む面影を上から見下ろす三日月は、恐怖を覚えてしまう程に美しく優しい笑みを浮かべており、見惚れて腕を動かすなどの抵抗すら思い浮かばない。
その隙を突いて、三日月はしゅるんと余った方の左腕で器用に相手のローブの腰紐をループから抜き取ると、拘束していた己の手に代わって面影の両手首に巻きつけ縛り上げてしまった。
人の手による仕業であれば、一秒と持たない拘束だっただろう。
幾ら細身で優男に見えたとしても、面影は紛うことなき立派な刀剣男士。
只の布程度で人の力で縛り上げたところで、その力を持ってすれば容易に引き千切られる。
しかし、相手が同じ刀剣男士だとしたら話は違う…しかも今相対しているのはまるで格が違う付喪神の頂にも立てる男なのだ、神力の差は歴然としている。
試しに手首に力を込めてみたが、やはりびくともしない。
布の感触は返ってくるのに、まるで鋼の拘束具を十重二十重にも課せられてしまった様だった。
「み…かづき…っ…ほ、本当に…わざとでは…」
「だが見たのだろう? 俺に内緒で、俺の裸体を」
「……っ」
そこで即座に嘘をついたり誤魔化しが出来る程に面影は狡猾でも卑怯でもなく、端的に問われると認める様に沈黙を守った。
そうだ、見てしまった…直ぐに目を逸らすなり鏡を元に戻す事もせず、美しさに見惚れてしまっていた。
今更そんな事を言ったところで、言い訳にしかならないだろう事は自分が一番理解している。
「すまな……」
さわっ…
面影が謝罪の言葉を言い終える前に、三日月は紐を失い前がしどけなくはだけた相手のローブをぞんざいに暴きながら、その滑らかな肌に触れた。
シャワーを浴びたばかりの肌は水気を拭き取られたとはいえしっとりと湿っており、それでいて触れた指に吸い付くような感触をもたらしてくる。
色好い反応に三日月の唇は一層深く歪められ、彼は小声で言った。
「……そんな事をする子には、仕置きをせねばなぁ、ん?」
ああ、詰んだ
直後にそんな感想が面影の脳裏に浮かんだ。
このまま身体を重ねる流れになるのだろう事は確信ではないものの何となく察していたし拒むつもりもなかったが、こうなった以上相手の責めは一層熱が篭ったものになるだろうし、拒む権利どころか退路さえ塞がれてしまった。
厄介なのは、相手の責めが苦痛を伴うものではなく、啼いて許しを乞う程に快楽が大き過ぎるということだ。
今までも幾度か相手から仕置きという名の悪戯を仕掛けられたことがあったが、何れも非道な折檻を与えるというものではなかった。
ならばこれ幸いにその快感を享受すれば良いと言われるかもしれないが、そこが三日月の恐ろしいところで、只快楽を与えるだけではなく、その快感が頂点に至ろうとした時に無情にもその手を止めてしまうのだ。
与えられるべき至上の快楽がぴたりと止まってしまった時の身体の猛りと悲哀は体験した者でないと分からない。
千年という長い時間を生きてきた三日月だからこそ、人の傍でそういう手管についても知り、知識を重ねてきたのだろう。
長い長い退屈な時間の中、時には権力者たちが宵に集まり下世話な話をしたり房中術について語ったりと、そういう時にも刀の姿で傍らに置かれていたのかもしれない。
実践は流石に人の身を得てからなのだろうが、その順応性の高さは流石と言うべきだろう。
兎に角、仕置きを数度受けた経験のある自分からしたら、これからの時間は甘く深い快楽の坩堝の中で狂わされることが決定してしまった。
「謝らずとも良い、俺の身体を覗いたということは少なからず欲求不満だったということだろうからなぁ……本丸に戻ってからと思うておったがこの際だ、仕置きをしながらたっぷりと満足させてやろう」
「そんなことは…っ」
否定する唇を、三日月の薄く柔らかいそれがそっと塞ぐ。
荒々しさはないが、それ以上のお喋りは許さないという様にしっかりと重ねられた唇の隙間から、紅い舌が伸ばされ面影の口腔内に侵入を果たした。
「ん……っ」
柔らかく濡れた舌はぬるりと面影の粘膜を擦る様に口中で蠢き、その勢いのまま奥で戦いていた面影の舌へと絡みつく。
「ふ…っ…う…」
舌が身体の中で占める大きさは僅かなものなのに、今は全ての神経がここに集中しているのではないかと錯覚しそうな程に濃厚な感覚に、面影はあっという間に酔い痴れる。
ほんの数瞬前には怯んでいた心が瞬く間に溶かされ、いつの間にか面影の方から望んで舌を伸ばして相手のそれを求めていた。
(ああ……きもちいい…)
くちゅくちゅと聞こえてくる淫靡な水音すら若者を煽り、夢中で唇を押し付けていると、相手のくぐもった声が聞こえてきた。
「ふふ…甘いなぁ……先程の甘味の味がする…」
「ん……あ、はぁ…」
「ああ、だが、お前の啼き声の甘さには敵わぬな……」
もっと聞かせよ、とばかりに唇を解放した後、今度は面影の左の耳朶を甘噛みし、耳孔へ尖らせた舌をぬるりと差し入れながら、そろりと手を下へと伸ばしてゆく。
「っ! あ、あっ!」
「…悪い子だ……覗きだけでなく、仕置きと言われてもうこんなに端なく悦ぶとは……これはきっちり躾けてやらねばなぁ…ふふ」
誰の所為だと思っている!と心の中で叫びながらも、背筋を走るぞくぞくとした戦慄に抗議を阻まれ、面影は両腕の自由が効かないままの不自由な身体をくねらせて喘ぐ。
三日月が触れている己の分身は目にしなくても分かるほどに熱を帯び、既に勃ち上がろうと半ば首をもたげつつあった。
端ない事は自分でも自覚している、しかし、こうしてしまったのは紛れもない三日月本人なのだ。
何も知らなかった自分に抱かれる悦びを教え、仕置きという深い快楽を肉に刻み込み、達する時の悦楽と達せない苦痛を飴と鞭の様に使い分け、幾度も幾度も啼かされてきた。
そんな甘い逢瀬を幾度も過ごす内に、この身はすっかり彼の者の虜になってしまった……そう、仕置きだと囁かれるだけで期待に深奥が疼いてしまう程に………
今もまた、『躾けてやる』という言葉を聞いて、寧ろどんな快楽を教えてくれるのかと期待してしまっているのだ。
(恥ずかしい……もう、あんなになってるのを触られて……あっ…そんなに揉んだら、いや…)
羞恥で顔から火が出そうだが、それすらも何故か身体に新たな熱を生んでしまう。
「ふむ……今日の仕置きは少々、趣向を変えてみるか…」
「…?」
それまで優しく身体に触れてくれていた相手が徐にそんな事を言いながら離れていくのを感じ、面影はは、と瞳を開いて相手の様子を伺うと、彼は寝台側に備え付けられていた棚の扉を開くと、そこに置かれていたボックスを中身ごと取り出してきた。
なにやら様々な小道具が収納されている様だが、面影からの視点ではボックスに隠れていて詳細を知る事は叶わない。
「………何、だ…それは」
いつもとは違う流れになってきたのを感じて、明らかに不安げな面持ちで面影が尋ねる。
こういう施設に備えられている小道具についての知識など、当然若者には皆無な訳で、それ故に何がこれから起こるのかという疑問が湧き上がったが、対して三日月は何でもない事の様に笑ってそれを受け流す。
「よく分からんが、『大人のおもちゃ』というものらしいぞ? 人間というものはまこと、奇抜な事を考える生き物だな」
わざわざ大人の、という言葉を付ける意味が今ひとつ分かっていない様子の面影が変わらず首を傾げていると、三日月がごそごそとボックスの中を漁って、例えば、と言いながらとある物品を取り出してきた。
それはプラスチップ製のスクイーズボトルで、上部には液体を注ぐための嘴状のキャップが付いていた。
筒部が半透明なそれの中にはとろっとした粘度の透明な液体が充填されており、三日月が容器を逆さにすると、蜜の様に液体が下降して嘴の先端からとろりと溢れ出し、下にいた面影の上半身に注がれていった。
「ん……つめた…これ、なに…」
「何やら、『えっち』な気分になれるものらしい。なに、身体に毒にはならんものだ」
言いながらも、相手は遠慮なしにボトルに圧をかけ続け、面影の全身にその液体…潤滑ローションを降りかけていく。
「『えっち』?」
「分かりやすく言うと、すけべな気分になるものだな。ほら…」
あからさまな言葉で言い換えると、若者の全身にローションを振り撒き終えた男はボトルを傍に投げ捨て、手を伸ばしてぬるっと相手の胸にローションを塗り込め始めた。
「直接触るのとは、また別の良さがあるだろう?」
「ふ、あぁっ…」
相手の言う通り、彼の掌が優しくローション越しに触れてきて滑らかな動きでそれを肌に伸ばしていく行為と共に、肌を甘美な感覚が走り抜けていく。
(あ……ぬるぬるして、くすぐったい……)
三日月の言葉通り、どんどんその快感に当てられて『えっち』な気分になっていってしまう……
子供がいやいやをする様に幾度も首を横に振りながら悶えていると、きゅっと両の乳首を相手に摘まれ、そのままくにくにと揉み込まれる感覚が走った。
「ん、ああぁ…」
思わずそちらへと目を遣ると、三日月に与えられた愛撫に反応して一層ぷっくりと膨らみ、赤みを増した蕾がてらてらと濡れ光っている。
その淫らな光景にどきりと一際心臓が強く脈打ったと同時に、かっと全身が熱を持ち始めた。
(え……?)
戸惑ったものの、その熱の原因について考える前に、続いて再び与えられる二つの蕾の快感に一気に意識を持っていかれてしまう。
「うあっ! ああぁ…んっ」
己の口からついて出る嬌声がいつにも増して艶めいている気がしたが、それが事実なのか気のせいだったのかは分からない。
しかしその声は確実に相手の欲情を煽ったらしく、彼の瞳の奥に妖しい光が宿った。
「愛らしい蕾だ…立派に育ったな…」
指で繰り返し揉み込んで赤く大きく育てた乳首に唇を寄せ、三日月がつんっとローションで濡れたそれの頂を舌先で突いた。
ローションはその用途上、口にしても害のないものなので、何ら彼の身体には問題ない。
「あっ、ああっ…みかづき…」
「好いか…?」
「ん…う、ん…っ」
反抗することも取り繕うことも思いつかず、ただただ素直に頷いて応える。
濡れた柔らかな感触が優しく激しく敏感な粘膜を擦っていき、時折きつく吸い上げていく度に、戦慄く身体を止められない。
そうこうしている内に、やはりいつもとは異なる身体の反応に、持ち主の面影本人が気づき始めた。
(あつい……それに、いつもより感覚が鋭くなってる気が……どうして……?)
普段のまぐわいの時よりずっと身体の感覚が鋭敏になっており、いつもより早く渦巻き始めた熱の渦に翻弄されてしまいそうになるのだ。
必死に理性を保とうとはするのだが、その端から三日月の悪戯な指先が思考の砦を崩しに掛かってくる。
何故、どうして、と困惑する面影に答えを得る余裕すらも与えず、三日月が次なる責苦を講じてきた。
ぬちゅ……
「っ!?」
自らの最も敏感な器官に何か濡れたものが纏わり付く感覚を覚え、はっと首を曲げて下半身へと目を向けた面影の視界に、楔に三日月の手が触れ、細くしなやかな指がその茎に絡みついているのが見えた。
濡れていると感じたのは、予め相手の手がぬらぬらと例のローションに塗れていたからだ。
面影の胸元に舌で愛撫を与えている傍らで、抜け目なく手にも振り掛けていたのだろう。
「すっかり元気になってしまったな。こちらにもしっかり塗っておいてやろう」
軽く握り込んだ肉棒にローションを塗りつけるため三日月の手がリズミカルに上下し、その度にぬちゅっぬちゅっと粘った水音が響き、更にそこに面影の艶やかな声が重なる。
「あ、あ、ああぁ~~っ…!」
ねっとりとした液体の膜に挟まれながら肌と肌が重なり擦れ合うのはかつてない程の快感をもたらし、たちまち面影を夢中にさせた。
無意識の内に相手の手の動きに合わせて自らもゆらゆらと腰を揺らし、楔の先端からはローションとは異なる粘度の透明の雫を滴らせると、それがまた三日月の手によりローションと混ざり合い楔に垂れていく。
人と同じ肉の身体を請けながら、そそり立つ雄の熱と固さに三日月が唇を歪めた。
「ああ、まるで熱された鋼の様だな……」
その言葉には誇張はなく、確かに男の手に触れる肉の塊は燃え上がりそうな程の熱を孕んでいた。
「あはぁ…っ…ああぁっ! これ、だめ…っ、だめ…」
「ああ、ああ、好いのだな……では、もっと好くしてやろうか?」
そんな台詞とは裏腹に、徐に三日月は手と身体を相手から離すと、再びあのボックスへと手を伸ばし、目を引く色合いの物体を持ち出してきた。
それは鮮やかなピンク色の物体で、先端にはうずらの卵程の大きさの繭状の物体、その長軸の片方から同じ色のコードが繋がり、反対側の先端には小さな箱の様な物が付いていた。
よく見たら箱は一つだが、コードはそこから三つ伸びており、全ての先にあの鮮やかな繭が備わっている様だ。
現世の大人なら一度くらいは目にした事があるだろう、所謂、『ピンクローター』というものだったが、面影はそれがどういう意図によってその様な形状をしているのかさっぱり分からなかった。
「……それは、何だ?」
当然投げかけられた質問に、三日月はそれらを手にして相手に身体を寄せながら説明する。
「…気持ち良くなる為の『おもちゃ』だ。説明書に拠ると、こうして……」
何がこれから起こるのかと少なからず緊張している面影の身体、その胸元に息づく小さな淡い色の蕾にそっとピンクの繭を押し当てると、周囲のローションを指で拭い、別に準備してあったテープでそのまま固定してしまった。
「え…?」
困惑している相手を他所に、三日月は別の方の蕾にもまた別の繭を押し当て同様にテープで固定すると、それがすぐに剥がれない事を確認するとゆっくりと見せつける様にあの小箱を取り上げて見せつけてきた。
「二つはそこで良いらしい。俺も初めて触る物なのでな…先ずは軽めでいくか」
散歩に行こうか、という様な軽い口調でそう言いながら、三日月は箱に記されていた電源の入力ボタンの『弱』を一押しする、と、
ヴヴヴヴヴ………
低く空気を震わせる音が響くと同時に、びくんっと面影の身体が激しく寝台の上で跳ね、シーツが乾いた音を立てた。
「なっ…! 何だ、これ…っ!」
腕を拘束されながらも、激しい動きで身体を捩りながら面影が苦しげに声を上げる傍で、三日月が興味深そうに相手の両胸を凝視している。
その視線の先ではテープで固定された繭が小刻みに振動し、面影の乳首に刺激を与え続けていた。
「ほう、これは面白い」
「お…もしろがるな…っ! あっ…!」
初めに刺激が伝わってきた時こそ吃驚してしまったが、何が理由でどう生じているのかを目視で理解したところで、面影も多少は落ち着きを取り戻した様子だったが、それで与えられる振動が消える訳ではない。
(あ、あ……!…すごく、感じちゃ…っ)
これまで三日月に開発されてきた身体は『弱』の刺激でも十分な快感を感じられるものなのか、じくじくとした快楽の波が二つの蕾から湧き上がってくる。
(いや……こんな…『おもちゃ』で感じてしまう、なんて……)
否定したいのに、身体が悦んで受け入れてしまう……
「お前も悦んでいる様ではないか。おっと、そう言えばもう一つ残っていたのだったな…」
悶える面影を見つめてそう評しながらも、三日月は相手の身体がより強い刺激を求めている事実には既に気付いていた。
隠しているつもりだろうが物欲しげに訴えてくる潤んだ瞳と、舌を覗かせて熱い吐息を吐き出してくる唇。
上気した肌はほんのりと艶っぽく染まり、くねる肢体の様子はいつも己を求めてくる時の癖と同じで、より強い刺激を求めているのだと知れる。
先程、男からの手淫を受けた面影の分身が、もう限界に近いだろう事も……
「そんなに淫らに男を誘って…いやらしい奴め」
そう言いながらすぅと男が見せつけてきたのは、最後に残っていた三つ目の繭。
まだ何処にも触れていないそれを振動させたまま、三日月は面影が見ている前でぺろっとそれを舐め上げ、唾液を塗り付ける様を見せた後、ゆっくりと相手の下半身へと運んでいく。
「あ…っ…え…?」
まさか、と思ったのとほぼ同時に、身体の中央に細波が生まれ、そこから一気に快感が全身へと広がっていった。
「あっああぁっ!!」
面影の予感は的中し、三日月が手にしていた震える繭は彼の導きのままに、面影の楔の先端の窪みに押し当てられていた。
只でさえ敏感な器官の、更に敏感な粘膜に直接的に与えられた振動はそれまでの刺激の比ではなく、僅かな面積に与えられたものにも関わらず、腰が反射的に反り返る程だった。
「好い反応だ……どれ……」
三つ目の繭を相手の身体に押し付けたことを契機に、三日月が小箱のスイッチを『軽』から『強』へと切り替えると、唸っていた振動音が更に大きく響き渡った。
「ふあっ! あ、あぁぁっ!!」
びくびくっと激しく面影の身体が痙攣し、三日月が繭を押し当てていた彼の肉棒の先端から透明な雫がぴゅぴっと勢い良く溢れ出す。
「ほう……気に入ってくれた様だな」
漏れた雫で指を濡らされたが、三日月は寧ろ上機嫌な様子でそれから繭を動かして相手の楔の至るところにそれを滑らせていった。
ゆっくり…ゆっくりと焦らす様に先端のまろみを円を描く様になぞっていき、続いて雁首の周囲にも同様に繭を押し付ける。
そして裏筋に沿って繭を幾度も上下に動かすと、いよいよ耐えられなくなったのか、腰を振って体液を散らしながら面影が悲鳴に似た声を上げた。
「んああああっ!! それ、だめぇっ! もう、い、くっ…いくぅっ!!」
「ああ…そら、達け」
止めとばかりに、三日月が繭を再度面影の昂ぶりの先端…その小さな窪みにぐりっと捻じ込んだ。
それが合図だった。
「ひ、あっ! あぁあ~~~っ!!」
嬌声の最後は引き攣った様な声で、手首を固定されたまま掌でシーツをぎゅうと固く握り締め、面影は遂に達してしまう。
熱く固く勃ち上がっていた面影の分身は、繭の細やかな悪戯を受けて孕んでいた生命の樹液を勢い良く噴き上げた。
びゅるびゅるっと外界へと解放された白濁は大きな放物線を描きながら寝台の端に近い場所まで達した。
いつもより勢いが激しく、量も多い様子に三日月が目を細めて面影を見遣る。
「随分遠くまで飛ばしたな…そんなに『おもちゃ』の具合が良かったか?」
「あ……あ…」
達したばかりで身体の熱はある程度鎮められた筈だというのに、熱された楔は一向に鎮まる様子を見せず、尚も天を仰いでいる。
それは形ばかりではなく、面影は己の体内で、吐き出された精の飛沫を補おうと言わんばかりにまた新たな樹液が生み出されようとしているのを感じていた。
(う、うそ…っ……いや……身体が勝手に……精子いっぱいつくりだしてる……また、オ、オ〇ン〇ンに上がって……っ)
雄としての本能に近い身体の反応を敏感に感じ取った面影は、明らかにいつもと違う己の肉体の変化を訝しく思った。
おかしい…幾ら何でも環境の変化だけでこんなに身体が激しく淫らに変わってしまうものだろうか…?
「や、やだ……からだ…へんっ……み、かづき…っ?」
これは何が原因なのか…もしかしたら相手は何か知っているのではないか…?
根拠も無い推理だったが、面影が名を呼んだ男はまた何か別の道具をボックスから取り出しているところだった。
「予想外の効き目だな……感触だけを愉しむだけのものかと思っていたが」
「え…?」
「先程身体に塗ったやつだが、覚書では催淫剤の様なものも少々入っていたらしい……多少、感覚が敏感になる効果もあるそうだ」
「っ!!」
ということは、状況的には、あの粘液の中に妙な薬剤が入っていたのなら経皮的に吸収されているのだろう…だから、塗られた場所がこんな反応を示しているのだ。
今更聞かされた種明かしに、面影は得心がいくと同時に動揺と怒りも露に三日月に訴える。
「なっ…こっ、こんな状態で、まだこのままでいろと…!?」
薬効成分はいずれは体内で分解されていくのだろうが、それが完全に果たされるまでどれ程の時間を要するのか見当も付かない。
それまでは、自分はこの熱と疼きに耐えていかなければならないのか…!?
「いやぁすまん……人の子の作った『おもちゃ』故、影響は少ないと思うておったのだ。ここまで気合が入っているとは……げに恐ろしきは人の欲の深さだな」
「つかった、お前が…言う、な…! あっ……」
変わらず両腕を拘束されている以上、若者はせいぜい身体を捩りながら非難するしかなかったが、そんな相手に三日月はすまんすまんと繰り返し謝りながら身を寄せてくる。
「本当にすまんなぁ……ちゃんと責任は取るし、何なら俺も同じ責め苦を負おう」
そう言いながら三日月が手にしている新たな器具を面影の下半身に近づける。
先程ボックスから引き出してきたそれは丁度、茶筒を一回り二回り大きくした様な物体だった。
柔らかなゴムの様な材質らしくほぼ透明で、両端には穴が開いている。
その穴は器具の中の空洞に繋がっており、造りとしては「ちくわ」の様なものだ。
そして空洞の周囲…ちくわの筒の内壁にはびっしりと内側に突き出す形でイソギンチャクを思わせる襞が無数にあった。
「取り敢えず、そのままだと辛かろうからな……これで慰めてやろう」
「え……それ、なに…っ…」
またもこれまで見たことも無い形状の物体に、及び腰になった面影が寝台の上へ逃れるように身体を捩ったが、三日月がそれ以上の逃走を許さず腰を捕らえて押さえ込んできた。
「女子の内を擬態させた『おもちゃ』だそうだ。正直、お前が俺以外の誰かと繋がるなど考えるだけで不愉快極まりないが……おもちゃならばまぁ許そう」
そして、手にしていた『おもちゃ』の片端を長軸に沿って面影の勃ち上がったままの肉棒の先端に宛がい…
ぬぷぷぷ……っ
と、ゆっくりと筒の中へと昂ぶりを収めていった。
「あ、あ、ああぁ~~~っ…!」
無数の襞に竿を包まれ、過敏になった表面を全周囲に渡って擦られる感触は、手掌で擦られるそれとは比べるべくもない、凄まじい快感をもたらしてきた。
この手のアイテムは亀頭部分が露出する大きさのものもあるらしいが、今使用しているのは根元から先端までがすっぽりと収まる大きさで、その分、余すところなく襞の愛撫を受けることが出来るらしい。
軟質の素材で作られたおもちゃだったのでそれだけで滑らかさはかなりのものだったのだが、既にローションを過剰な程に塗りたくられていた所為もあって、面影の楔は柔らかい無数の触手に犯されるような淫靡な拷問を受けている。
「ほら、見てみよ面影……こんなに立派にそそり立って……」
「はぁっ、はぁっ…! あ、ああんっ…こんなの…すご…すぎ…っ…!!」
ほぼ透明な素材だったので、三日月が筒を掴んで上下に動かす度に無数の襞が面影の雄を包み込んでにゅくにゅくと擦り上げる様が丸見えの状態であった。
その視覚的刺激もあり面影はまたも身体を必死に蠢かせていたが、やはり解けぬ手首の拘束で自由が効かず、彼はもどかしげに頭上の両腕を見遣り、それから三日月に願った。
「み…かづき…お願いだ…これ、解いて……少し、痛い…」
「…!」
言われて三日月が面影の両腕、紐で拘束されている箇所を見ると、これまで散々捩っていた影響か、くっきりと赤く擦れた跡が残っており、僅かだが擦れた部分に血が滲んでいる。
元々が色白で滑らかな肌だったので、一層痛々しく見える擦れ跡に、これには三日月の眉が深く顰められた。
こうして拘束したり言葉で責めたりしてはいるが、基本、三日月は面影にべた惚れなのである。
なので、面影が傷ついたり正しい意味で苦痛に苛まれていることは、彼にとっても見逃せないことだった。
面影が快感が過ぎて此処まで激しく動くことは予測出来なかったのだろう、動揺で動けなくなってしまっている男に、面影は申し訳なさげに言葉を続ける。
「動かないのは……むり…だ……それに……わたしも、お前に触れたい…」
「!……お前もなかなかに小狡いな」
そんな言い方をされてしまったら、俺ももう解く以外出来ないだろう……?
仕方ない…と子供の我侭を許す様に苦笑を浮かべ、三日月は軽く面影の手首を縛る紐に触れ、あっさりとそれを解いてやる。
どんなに力を込めても解けない様な強力な呪であったが、仕掛けた本人にかかってしまえばこよりの様に脆く崩れてしまった。
「は、ぁ……」
ようやく自由になった両腕を自らの方へと引き寄せると、面影はそれらをそのまま相手へと差し伸べ、ぎゅうと首筋に抱きついた。
若者程ではなかったものの、じんわりと三日月の肌にも汗が滲んでおり、匂い立つそれらに顔を寄せて若者は安心した様に声を漏らす。
「ん……三日月…」
快感の中で翻弄されていたが、自分からは触れる事が出来なかった相手にようやく能動的に手を伸ばせた安堵の呟きは、少なからず三日月の心をも震わせた。
その動揺を悟られぬようにしつつ、三日月はゆっくりと相手の腕を引く形で彼を起き上がらせ、互いが座りつつ向き合うような姿勢を取りながら、面影の顎が自分の肩に乗るようにする。
「ああ、心配は要らぬぞ……俺は此処にいるからな…」
「ん…うん……」
拘束を解かれ相手の体温を直に感じ取れた事で解放感を感じたのか、面影は腰を自ら蠢かせて快感を追い始めた。
今も変わらず三日月の手に握られている『おもちゃ』は面影の分身を甘く嬲っていたのだが、ふと何かを思いついたように三日月はそれを手離し、その手をごそりと自らの下半身の方へと伸ばして何らかの行為を行い始めた。
「………?」
『おもちゃ』の上下運動が止まったことでその異変にようやく気づいた若者が、どうしたのかと相手の様子を伺うと、彼の分身もまた本人の手の中でぬらぬらと多量の粘液に浸され濡れ光っていた。
「み、かづき……! それ…」
「ああ…これで俺もお前と同じだな…言った筈だ、俺も同じ責め苦を負う、とな」
既に薬効が染み込みつつあるのか、三日月の分身は雄雄しく反り返る程に成長し、びくびくと頭を振っていたが、彼はそれを面影を嬲っている筒状の『おもちゃ』の先端側へと向けつつ近付けていった。
「一人用の用途らしいが……このゆとりなら二人分でも大丈夫だろう」
「え…っ」
面影の分身とは相対する形で、三日月もまた自らのそれを反対側の穴からぐいと捻じ込むように挿入させ、ずぷぷぷ…っと奥へと侵入を果たす。
確かにゆとりはあったものの、二人分の肉棒を収めるとやはり内はみちりと詰まった状態になった。
「あ、あっ、ああっ…! みかづきの、が…っ」
「ほう……これは、好いな…」
位置的には三日月のものが面影の下に潜る形で、二本の楔はその茎を擦り合わせると同時に、周囲を襞に包まれ刺激される形となっている。
しかし、両端を挟まれた形では筒を手動で動かすことは最早叶わない。
故に、必然的に…
「はは……そうか、お前もそんなに好いか」
「だ…って…三日月のも…周りのヒダヒダも…あああっ、だめ、気持ちよくて、腰、止まらな、いっ…!!」
ずぷっ、じゅぷっ、ぐちゅっ……!
面影は快感を追う様に自らの腰を激しく動かし、筒の内外に楔を出し入れさせる形で自らの分身を三日月のそれと襞に敢えて擦り付けていた。
座り込んでいる姿では腰を上手く使えないので、二人とも膝立ちになって互いを支え合う様に抱き合っていた。
薬剤の影響か、いつにも増して固くなっている三日月の茎が自らの裏筋を否応なく刺激しているのと同時に、やわやわとした無数の襞が他の部位を包んで慰撫してくる。
それはかつて経験のない快楽で、只でさえ薬で感度を高められていた若者は碌に抗うことにも思い至らず、直ぐにその心地良さに夢中になった。
「んっ…! んんっ! ああぁ……み、かづき…っ、みかづきも、もっと…うごいて…っ!」
動く度に全身に走る快感は相手が動けばより摩擦が強くなり、いや増していく。
それを体感した面影は相手の双肩に両腕を絡ませながら、互いの身体をより密着させ、相手にもより激しく動くことを望んだ。
もっと強く、もっと深く……そうして自ら快楽の奈落へと堕ちていこうとしている姿は、淫らでありながら美しく三日月の瞳に映っていた。
涙すら零れ落ちそうな程に潤んだ瞳、赤く染まった頬、だらしなく開かれ覗いた舌から零れる唾液……
正に欲情した獣そのままの姿で真っ直ぐにこちらを見つめる若者は、三日月にも共に堕ちてほしいと強請っている。
「ああ……こう、か?」
面影の激しい腰使いを笑いながら見つめていた三日月が、強請られた通りに同じ様に勢い良く筒の内へ肉棒を抽送させると、二人の昂りはより強く激しく互いを擦り合う事となった。
「ふあ、あああっ!! いいっ、いいっ!」
拠り所を求める様に自分に縋り付いてくる面影を優しく抱き止めつつ、三日月はある物を手にしながらそれをそのまま相手の背後へと回し、下へと下ろしていく。
「うん……もっと好くしてやるな…」
つぷり……
「ひうっ!…」
臀部の中央、深部に息づく秘密の蕾に何かが押し当てられてそこから響いてくる細かな振動に、びくっと身体を強張らせながら面影が引き攣った悲鳴を上げた。
「や、やだっ……何か、挿入って…!」
「ああ、そう暴れるな……案ずる事はない、直ぐに好くなる…」
捩る身体を抑えつつ、三日月は手を止める事なく指で摘んでいたあのピンク色の繭を、つぷぷ…と面影の秘蕾に呑み込ませようとしていた。
妖しく光っているのは、潤滑油代わりにあのローションを塗布しているからだろうか。
その甲斐あってか、さして拒まれる事もなく繭は振動するままにあっさりとコードが繋がれたまま奥へと呑み込まれていったが、それを追う様に三日月の人差し指と中指も挿入っていく。
どうやら先に挿れた繭の誘導をする為らしく、それからも蕾の奥に消えた指達はくちくちと音を立てつつ秘肉を掻き分けて侵入を果たしていった。
「あっあっあっ…!! い、いやっ! ひっ…ぁっ! そこだめぇっ!!」
「そうかそうか、うん、此処が好いのだな?」
「ちがっ…! うああんっ、だめっ…そこ、よわい…のにっ…!!」
三日月の二本の指は繭を奥へ奥へと導きつつ、その行先は明らかにとある箇所…そう、男性の性感帯でもある前立腺に接する肉壁を目指していた。
そして、目的の場所に導いた後はゆっくりと指を抜き、面影の激しく乱れる様子を間近で愉しみ始める。
二つの乳首と前立腺をローターで絶え間なく刺激され続け、分身は別の『おもちゃ』と相手の肉棒で同時に嬲られるという、終わりの見えない悦楽地獄に面影は只々悶えるしかない。
しかしその地獄は逃れたいと願うよりも絶頂を求めて解放を願うものだった。
「こ、れ…っ…もう、もうっ…! ああっ、みかづき……いこ…一緒に、達こう…っ」
早く、早く、と急く様に若者は激しく腰を動かして襞と相手の楔に自らのそれを擦り付ける。
「ふふ…では、共に達くか…?」
微かに息を荒く乱しつつ、それでも凛とした声でそう問うと、三日月はぬるりと先端のみを筒の内に残す程度に楔を引き抜いた。
「ああ…っ……」
熱く固い昂りから受けられる刺激を失った切なさに思わず声を上げた面影だったが、その直後、三日月は再び筒の内に勢い良く肉棒を突き込み、その動きのまま先端で面影の先端を突いてきた。
「ひうっ…!!」
一度だけではなく、腰を引いてそれからも何度も繰り返し、面影の先端をこつんこつんと煽るように突いてやると、既に絶頂に近かった若者はぶるっと身を震わせて喉を限界まで反らせた。
「あ、はああっ! み、かづきっ…! そんな、オ〇ン〇ンで先っぽ、こつこつしないで…っ…!! ああもうっ、い、く…っ、いくっ! もっ、射精るぅっ!!」
「ん…っ、おもかげっ…!」
耳元で熱い吐息と共に自らの名を呼ばれたのを聞きながら、面影は再び絶頂に達し、筒の中で激しく熱い白濁を吐き出した。
そしてほぼ同時に三日月もまた限界を迎え、面影の方へ勢いよく白濁を叩きつけた。
びゅっ、びゅるびゅるっ…!
どくっ どぴゅっ…びゅくっ…!
二人の白い樹液は共に筒の内側でぶつかり合い、混ざり合い、熱を孕んだまま彼らの昂ぶりを包む様に浸していく。
「あ、はぁぁ……」
「ん……ふぅ…」
身体の中央を互いの精で塗れさせ、尚も重ね合っていると、まるでそこから共に溶け合っていくような錯覚すら感じる。
絶頂に至った身体を前のめりに倒し、お互いを支え合う様な体勢になっていた二人は、どちらともなく唇を寄せ合い舌を絡め合っていたが、熱を吐き出した筈の面影の身体は尚もぴくっぴくっと肩を震わせ、何かに必死に耐えている様だった。
(うそっ…思いっきり射精したのに、全然、萎えない…っ…そ、れに……おもちゃで弄られてるとこ、が……どんどん、へ、へんになって…っ…)
肉棒に刺激を受けている時にはそちらに集中していたが、我に返った今、ヴヴヴ…と低い振動音と共に依然として責め立ててくるローターの存在が明らかになって来る。
菊座の奥に忍ばせられたものはともかくとして、乳首の二つに付けられたものについては、枷を解かれた面影がその気になれば外すのは容易い筈だったが、彼はそうしようとはまるで考えていない様子だった。
無意識の内に快感を逃したくないと思っているのか…或いは、相手の与えてくる行為は絶対であると看做しているのか……それは彼本人にも分かっていないのだろう。
(達ったのに、乳首も、オ〇ン〇ンも、こんなに勃たせたままで……奥も、苛められてるのに、もっと、って……!)
貪欲に、淫らに叫ぶこの身を満たすものが何なのか…面影はもう知っている。
そして自身にそれを与えられる存在が、誰であるかも知っている。
羞恥や躊躇いは、既に理性の扉が開かれてしまった時に共に本能に押し流されてしまっていた。
故に、彼は只管にそれを求め、与えられる為に目の前の男に縋り付いた。
「三日月…みか、づき……! お願い…っ、奥に、ほし、い…っ」
「うん? 奥を埋めてほしいのか…?」
「は…ぁ…っ…んっ、うんっ……はやく…挿れて…っ」
「ふぅむ…」
懇願する面影に対しいつもなら快く希望を叶えてくれる男だったが、今は何かを考える様に手を顎に当てている。
それから、ぬるりと筒から分身を抜き出し、三日月はひそっと面影の耳元で囁いた。
「しかしなぁ…今の『これ』を挿れても、直ぐに果ててしまいそうだからなぁ……暫くはお前の可愛い口で鎮めてもらおうと思ったのだが…」
それは本心なのか…それとも意地悪なのか……
「ああ……そ、んな…でも、でもぉ……!」
三日月の望みなら、叶えてやりたい……しかし、それをしている間はどうしても自らの内に彼を迎える事は不可能になる訳で……
普段は忍耐強い面影であっても、催淫剤と相手のおもちゃも使用した手管で、既に肉体は雄の昂りを一秒でも早く感じたいと激しく求めてしまっていた。
彼の望みに応じてあげたい、けれど、この肉の疼きにはもう耐えられそうにない……!
いやいやと首を横に振りながら肉欲に必死に耐えている若者の頭を優しく撫でながら、三日月がゆっくりと彼の下半身の方へと移動する。
そして、抵抗を忘れた相手の身体に触れ、易々と四つん這いの形にさせると、秘蕾から伸びていた細いコードをくんっと引いた。
「ひぅっ…!!」
「それに、今もこのおもちゃでも好いところを可愛がってもらっているではないか…?」
三日月の言葉通り、内にあるローターは無論まだ内で激しく蠢き、面影の性感帯をこれでもかと言う程に責めているのだが、それでも面影は否定する様に首を繰り返し横に振る
。
「い、いや…っ……もっと、大きいので……奥まで来てほしい…っ!」
「何とも欲張りだなぁ、お前の身体は」
くすくすと笑いながらそう言い、三日月がずるずるとコードを引くと、やがて内の性感帯を苛めていた小さな繭が菊座から顔を出してシーツへと落ちた。
「あ…ん…」
小さくとも絶え間ない刺激を与えてくれていた存在が消えてしまったことで、切なげな声を上げた面影は必死に三日月に縋り付く。
「や……いや、ぁ……っ」
「ああ……なら…代わりにこれをやろうなぁ…?」
背後から降ってきた言葉に、面影はほんの少しだけ安堵した表情を浮かべる。
求めていたものが与えられるのだろう、と思っていたからだ…が、
ぬぷ…っ
「…っ!?」
四つん這いの形をとっていたことで秘蕾を押し広げて挿入してきたものを目視出来なかった若者だったが、『それ』が三日月の楔でないことは直ぐに理解した。
圧迫感を伴う質量は確かだったのだが、先ず熱が無かった。
灼熱に熱された鋼の様な、あの熱がない…そして、明らかに生きた存在ではない、無機質な感触が粘膜を擦りながら挿入してきたのだ。
形だけは雄の証に似たそれだったが、これまで幾度も受け入れてきた面影だったからこそ、直ぐに三日月の雄とは『形状』も異なっていると気づく事が出来た。
「こ…れ…?」
流石にこれまでの流れを請けて、今回のも新しい『おもちゃ』なのでは…と察した面影が訝しげに声を漏らしたのを聞き、三日月がくすっと笑う。
面影の察しの通り、彼の秘部に挿入されていたのは、三日月本人の楔ではなくシリコン素材の電動バイブだった。
既にローションをまぶされていたローターによって十分に解されていた秘所はすんなりと人工の楔を根元近くまで呑み込んでいく。
「ん……あ、ああぁ…」
いつもなら最奥に至るまで肉々しい抵抗を感じるのだが、今のこれは雁を象った部分を過ぎれば、そのままぬるりとした感覚で素直に進んでいく。
「作り物ではあるが、なかなかの出来だぞ? 内を埋めるだけではなく……」
笑みを深めながら、三日月はバイブの根元の方にあったスイッチをかちりと『ON』へと動かした。
ヴヴヴヴヴィ……!
ローターよりも大きな振動音が面影の深部から聞こえ始めたのと同時に、彼の全身が激しく跳ね、大きな悲鳴が上がった。
「ひっ! く、はぁっ、ああぁぁっ!!」
「人には出来ない動きで責める事も可能なのだからな……」
「あああっ! お、くっ! なに…! これっ!! ぐりぐりって、えぐられてるぅっ! んああぁっ、くるっ、くるっ、きちゃうぅぅっ!!」
挿入され、スイッチを入れられてほんの数秒で、あっけなく面影は絶頂へと追いやられた。
両腕で自身の上半身を支える事も叶わず、ぺたりと胸をシーツに押し付け臀部を掲げる姿勢のまま、勢い良く精を放つ。
(はぁ…あ……おもちゃのオ◯ン◯ンに達かされるなんて……でも、でもっ……気持ちいい…っ!!)
おもちゃの楔には熱が無い…精を奥に放つ機能もない。
しかし、今自分が感じている様に人身には不可能な程の細かな振動で肉壁を絶え間なく刺激し、加えて茎の先端が見えない奥の場所でぐりぐりと全周性に渡っていやらしい動きで回転し、それを包む淫肉を掻き分けながら犯してくる。
憎らしいのは、おもちゃでありながらその機能は実に優秀であり、回転するリズムが常に一律ではなく、時に速度が変わったり、或いは回転の向きが変わったりと、多様な責め方でこちらを蹂躙してくるのである。
そして何よりも、生身でないそれは動力源が枯渇しない限りは、途中で果てる事もなく延々とこちらの肉壺に不埒な悪戯を施し続けるのだった。
お陰でかなりの勢いで吐精をした筈の面影の分身だったが、絶え間ない刺激で萎える暇すら長く与えられず、早くも再び角度を持ち始めていた。
「んっ、んはぁっ! あ、ああん…っ、だ、め……また、またすぐ……いっちゃ、う…っ !」
「中々に気に入った様だな…しかし、おもちゃでこうも好い反応を見せられると多少複雑な気分ではあるが…」
三日月の声が後ろから前へと移動して来る事で彼がこちらの頭上に来たことを察知し、ふ、と顔を上げようとすると、丁度優しく頭を手で掴まれ……
「んく……っ」
「ほら、望み通り下の口にはおもちゃを食べさせてやったのだから、上の口で俺のを咥えて…」
その場に座した男は面影の顔を己の股間に寄せ、中央で岐立していた肉棒を彼の唇に押し当てた。
何でもない様に振る舞ってはいるが、おもちゃに責められ大いに乱されていた面影の艶姿を見る事で、三日月の雄も激しく昂り熱を孕んでいた。
(ああ……三日月の、におい…)
同じ人としての身体でも各々でその醸し出す匂いが異なる事は、これまでの本丸での集団生活でよく知っている。
面影にとって最も馴染み深い匂いは、無論、目の前の男のものだ。
抱かれる前はその匂いを感じる機会は内番等で汗を共に流す時ぐらいしか無かったが、こういう仲になってからは最早自分自身のものより馴染み深くなってしまった気すらする。
まぐわう時にはより強く感じるそれだが、三日月の匂いは雄特有の獣臭さとはまるで無縁で、激しい欲と熱を秘めた男根であっても、不快さは微塵もなかった。
ローションと双方の精に塗れたそれはぬらぬらと光を反射しつつ、更に先端からは白濁を含んだ甘露が滲んでぷくりと雫を作り出している。
それがとても魅惑的で、まるで熟れた果実から滴る果汁にも見えて、思わず面影は寄せた唇から舌を覗かせ、ちろっとその雫を舐め取った。
(ああ…三日月の匂いを嗅いでると……頭、くらくらする……身体の奥でも、まだ、おもちゃが暴れて…っ…)
熱に浮かされる患者の様に前後不覚の状態になりながら、下半身から響いてくる快感に押されて面影がくぷりと三日月の分身を口に含む。
(あつい………三日月の……おいし、い……)
口の中に広がる雄の味、そして確かに伝播してくる熱……それらはやけに現実的なものとして面影の口腔内の細胞一つ一つに感じられ、彼は夢中になってより深く肉棒を口腔内に迎え入れた。
「んっん…っ、くふぅう、ん…! あ、む…っ」
「っく………ふ、いつもより吸い付きが凄い、な……」
頭を激しく前後に動かし、粘膜で相手の雄をこれでもかと擦り上げ、愛おしげに舌を絡ませて射精を促してくる若者は、一方で無意識の内に腰をうねらせ、胸をシーツに強く擦り付けながら悶えていた。
その行為の中で、胸の蕾を刺激していた二つのふしだらな繭達は、テープが剥がれてシーツの上に無造作に転がる事になってしまっていたが、当の本人はそれに気を向ける素振りもない。
寧ろ、今度はシーツからもたらされる快感を求めて激しく白い海の上で踊り始めている。
そして相変わらず肉蕾の奥からは無機質な振動音を響かせ、覗いているバイブの根元は妖しく蠢き、奥で淫らな蹂躙が続いている事を示唆していた。
そこから大きな波が来るのを感じたのか、喉を反らせて獲物を口から離し、面影が切なげに訴える。
「あっ…いっ……雄◯ン◯、抉られて…っ! はぁっはぁっ、あ、また、いくっいくっ! 奥ぅ、ぐりぐりされてぇ…っ、あむぅ、ふぅぅん!!」
最後には襲ってくる波から目を逸らして現実逃避をする様に、再びくぷりと喉奥まで三日月の雄を咥え込み、激しくしゃぶり立てた。
「……っ!……美しくもいやらしい蝶め…」
催淫剤を塗布している事に加えて、散々面影の乱れた姿を見せつけられていた事もあり、既に三日月の楔も限界を超えていた。
最後の引き金を引いた面影の口淫から解放される様に、三日月はずるっと逞しい分身を相手の口から抜き出すと、そのまま息を詰めて分身に手を添え、先端を相手の美しい顔面へと向けた。
「では、染めてやろうか…!」
びゅるるるっ!! びゅっくんっ! びゅぴゅっ!
元から三日月の精力は普段から面影が『絶倫』と評する程に凄まじいものがあるのだが、今日は更に量と勢いが増している様だ。
我慢していた影響もあるだろうが、初回の一射だけで飛沫が飛び、面影の顔の全てを白濁に汚してしまう程のものだったのに、続けての二回目、三回目も殆ど衰えが見られなかった程だった。
そんな男の劣情を浴びた面影はその熱を感じながらぶるっと身体を震わせ……自らの分身からも同様にびゅるっと白い奔流を放つ。
「あ、あぁっ!! みっ、みかづきっ…! あああ、いっしょに、いくっ…いってる……ぅ」
「ふふ……かけられて達くとはなぁ…」
そんな声を掛けられながらも、面影は顔に残る熱に追い立てられる様にそれをもたらした相手の肉棒に尚も縋り付き、舌を這わせ始める。
「ん…んんっ…! はぁ、ん…すご、い……三日月の、まだこんなに…固い…っ」
射精した直後にも関わらず、三日月の雄は面影の言葉の通り首を垂れることもなく今も立派にそそり立っており、見ているだけでもその固さを維持している事を察する事が出来た。
(なんだか、へん……奥で暴れてるの、三日月のじゃない、のに…彼に犯されてる様な気分に……ああ、目の前の三日月のももっと欲しい…っ…)
肉蕾の奥の奥を掻き回されながら腰をくねらせ、目の前の肉棒を根元近くまでを口中に含み入れ、慰めるような、それでいて尚責めるような愛撫を施す面影を、三日月は上から熱を孕んだ瞳で見下ろしていた。
「ああ、そんなに責められると、やはりまた直ぐに達ってしまいそうだな………ん…っ…」
もし薬の影響を強く受けている今の状態で相手の蕾の奥に侵入を果たしていたら、奥を蕩けさせる前にこちらが果ててしまっていたかもしれない。
それでも面影を悦ばせる自信が無い訳ではなかったが、今は折角この場で使える玩具を用いつつの行為を愉しみたかったし、何よりこの想い人が荒ぶる楔を食む姿を見るのが三日月は好きだった。
「ん……んむ…っ、ふ、ぅ……」
「次は、お前の口の中に注いでやろう……離すなよ?」
「…ん、うん………」
茎内に残されていた精の名残りをきつく吸い出し、口中で味わいながら、面影は首を縦に振って肯定する。
相手の欲情の証…雄の本能の味はきっと美味と言えるものではないのだろう。
しかし、目の前の美神がこの身を愛で、気紛れでも触れてそれに悶える姿に欲情してくれているのだと思えば、その証たる精は何より甘い美酒にすら思えてしまう。
「みか、づき……もっと、もっと…射精して……」
相手にもっと快感を覚えてもらいたいという気持ちと、自分ももっと彼の精を受け止めたいという欲がごちゃごちゃと渦になって面影の脳内を巡り、彼は夢中で三日月に奉仕する。
そんな彼の視界に、シーツの上に無造作に転がる鮮やかな色が飛び込んできた。
(あ………あれ、は……)
その物体を認識するのとほぼ同時に、面影は片手を伸ばしてそれを手に入れると、迷いなく三日月の分身へと押し付けた。
「く……っ!」
瞬間、ひくっと三日月の顎が反り返り、息が詰まる音が響いたが、面影は止める事なくそれらの物体…ローターを三つ全て相手の茎に押し当て、這わせていく。
「お、お……ふふ、これはまた…人のおもちゃも愉しませてくれるな…」
余裕を窺わせる鷹揚な物言いではあったが、おもちゃを当てられて直ぐに分身はぶるんと頭を振り、更に太さを増した様に見えたのは錯覚ではなかったのだろう。
「みかづきも……もっと…気持ちよく……なろう…?」
にゅるにゅるとローターを三つとも三日月のに押し付けて自由に蠢かせながら、面影は小さく声を漏らしつつ、紅い舌を覗かせて雁首から亀頭にかけてを幾度も往復させていたが、左手にローターの内の一つを持ち替えて、それを相手の臀部の奥へと運んだ。
「……っ!?」
つぷり…と三日月の菊座へローターを潜り込ませ、先程彼が自分にしたように前立腺の場所へと指で導いていく。
「ふ……っ…あ…」
びくっと肩を揺らして前屈みになった三日月の口から再び低い呻きが漏れ、一際強く激しく跳ねた肉棒に、『その時』を予感した面影が喉奥までそれを含んだ。
「ん、く……っ」
こつこつと先端で喉の奥を数回突かれながらも、面影は先程相手に指示された通り、それを口の外へと出そうとはしない。
楔がこれ以上ない程に大きく膨らみ、先走りに混じって精液が漏れ出しているのを感じてしまっては、その選択肢は無いに等しかった。
(あ…っ…びくびくしてる……もうすぐ…来る……っ)
欲しかったものが、味わいたかったものが、もうすぐこの口の中に注がれる……!
それを肯定する様に、上から三日月の熱っぽい声が降って来る。
「はは……ここまでされると、流石にお前の口の中に収まり切れるか分からぬなぁ…」
挿入されたローターを抜くこともせず、面影が分身に押し付けてくる残りの二個のそれを拒むこともなく、三日月も『おもちゃ』を自身の身体で愉しむことにしたらしい。
振動するローターに前立腺を絶え間なく刺激され、三日月の肉棒に一気に精が上がっていく。
「う…っ……面影…っ…!」
「んんん…っ!!」
三日月が少しだけ力を込めて面影の頭を押さえ、固定すると同時に、どぷっと白の欲情液が昂りから放たれ面影の喉を打った。
一度だけではなく、二度、三度…と……淫らな体液の放出は断続的に続き、やがて若者の口の端からとぷんと白濁色の筋が流れ落ちていった。
(なんて…すごい量……ほ、本当に口の中に溢れて、飲みきれな……っ…あっ、またイくっ…!)
肉壺を掻き回され続けている身体は最早僅かな刺激に対してもすぐに達してしまう程に敏感になってしまっていた。
大きな波ではなかったが、精を受け止めただけでも身体は悦びに戦慄き、気をやってしまう程だ。
口腔内全てを熱い精液で満たされ犯されながら、こく、こくんと喉を上下させつつそれらを飲み下していき、ほぼ全てを飲み切ったところでぬるっと楔を解放する。
「あ……っ」
その拍子に顎を伝っていた精の残渣が、とろりと粘った糸を引いて重力に引かれ、ぴちゃっと面影の胸の蕾に垂れ落ちた。
少し前にローターで散々可愛がられた上に、達したばかりという事もあり、その蕾はもどかしい痺れを自覚する程に固く尖ってしまっていた。
そんな淫靡な光景を見て、面影はくらくらと目眩にも似た感覚を覚えると同時にぞくりとした戦慄が彼の背筋を走り抜ける。
(どうしよう……こんなに固く大きくなって…じんじんする……)
この小さな器官がもたらす激しい疼きに心を乱されていたところで、面影は目の前の三日月の雄を見て、それに救いを求めた。
「みかづき………お願い…っ」
「ん?………っ!?」
返事を返した男は、相手がこちらの楔を優しく握り込み、そのまま彼の胸元に誘導する様子を見て瞠目した。
「面影…?」
呼びかけられてもその動きを止める素振りはなく、はぁはぁと熱い吐息を漏らしながら、面影は三日月の楔の先端を己の熟れた乳首に擦り付けた。
固く尖った乳首も相手の凶悪な質量には敵わず、くにゅっと根元から曲げられ精を塗られつつ形を変え、その感覚と視覚に依る蹂躙に、若者は無意識の内に恍惚とした笑みを浮かべていた。
「あ、ん……もっと…ここ、強く……苛めて…っ」
幾度も雄の先端を上下左右あらゆる角度から己の胸の突起へと擦り付けて快楽を求める面影の睦言に、三日月の瞳にも悦びの彩が浮かび、その唇が妖艶に弧を描いた。
「ふ……お前の仕掛ける悪戯で、また直ぐに達きそうだ……今度はそこに注ぐのを希望か?」
声には出さず、代わりにより強く蕾に先端を押し付ける事で答えとしながら、面影は三日月を見上げて視線を交わす。
声は無くとも潤んだ瞳は言葉より強くそうなのだと訴えかけてくる。
面影だけではなく、三日月もまた言葉は少なくとも、白い肌を流れる無数の汗の滴が彼の内で暴れる熱を表していた。
「…あいわかった」
それだけ応えると、これまでは面影にさせるがままだった己の昂りを、腰を振り立ててこちらから相手の蕾に激しくぶつけ始めた。
「あっ! ああぁっ!」
ぶつける勢いで亀頭が滑り、こりこりと雁首が乳首に引っかかる。
(三日月の熱いオ◯ン◯ンで、乳首、犯されてる…! もっと、もっと強く…っ!)
面影の心の声が聴こえたのか、それとも己の奥で蠢くおもちゃに追い立てられたか、三日月の腰の動きも一気に速まり、再び精を放つまでそう時間は掛からなかった。
「っは……ぁっ」
「ふぁ…っ!」
互いに短い声を発しながら、同時に絶頂を迎える。
びゅるるっと勢い衰えないまま白い樹液が己の蕾に注がれるのを目の当たりにしながら、面影も腰を震わせて相手に倣うように射精を果たす。
「ふ……今度は乳首だけで達ったか?」
「ん…ん…っ……いい…っ」
先程口の中にたっぷりと注がれたばかりなのに、と思いながら、面影は指をそちらに伸ばし、ぬるりと相手の体液を塗り込むように乳首に触れた。
とろりと粘り、その濃さを表している精を見つめていると、面影の心の奥から抑え難い欲望が這い出て来る。
勿体無い…と思ってしまった。
胸にかけられる事を望んでいたが、こうして放たれた残渣を見ると、別の……もっと欲しいと強く求めている箇所に注いで欲しかったと……
「…もう……来て……」
気がついたらそう懇願していた。
「おもちゃなんかじゃない……三日月の本物が欲しい…っ」
「おやおや、今のおもちゃでも十分に愉しめているだろうに…」
懇願する面影に対して、三日月が少しだけ意地悪な笑みを浮かべてそう答えた。
「お前は誤魔化しているつもりかもしれんが、分かっているぞ? 隠れてもう十回以上は達っているだろう? あまりに敏感なのも困りものだな…」
否定したくても、三日月の言葉は真実だったので答えに窮してしまう。
大きな波を伴った、誤魔化しの効かない絶頂はまだ数回程度だったが、何とか身体の奥の反応のみに留められる程度のものを含めると、両手の指の数では足りない程だった。
しかし、確かに無機質なおもちゃでも絶頂に導かれることは可能だったが、そこに在るのは虚の快楽でしかない事を既に面影は認識していた。
気持ち良いことは嫌いではない、しかし、魂すら宿していない無機質なモノ相手に達した後では、何とも言えない空虚が胸を満たすのだ。
いつもの……三日月に抱かれている時に感じていた充足感がない。
彼と繋がった時は、相手の欲情の証である熱と硬さを感じながら、所有の証であるとばかりに奥に注ぎ込まれる体液を受け止めて、共に溶け合いながら果てていた。
おもちゃには無論、そんな事は出来ない。
快感と空虚…それらが繰り返される内に感情がぐちゃぐちゃに乱されてどうしようもなくなって、面影は唯一そこから救い出してくれる男に再度縋った。
「…三日月に…犯されたい…っ! お願いだ…お前の好きに抱いてくれていい、ぐちゃぐちゃにしてくれていいから…っ!」
「面影…」
伸ばされる手をぎゅ、と強く握り締め、三日月は相手をうつ伏せに組み伏せると。その秘蕾に埋もれていたおもちゃの根元を掴み、ずるりと引き抜く。
「ん……あ…っ」
「『これ』は、もう要らぬのだろう…?」
粘液に濡れたその物体をぞんざいにシーツの上へと放り投げると、面影の腰を抱えて高く掲げさせ、既に柔らかく解れていた肉蕾に己の怒張した先端を押し当てた。
「ではいくぞ?」
直後、三日月の猛った分身がずぬりと面影の淫肉を一気に最奥まで貫いてきた。
「あぁ…っ!!」
固い異物が押し込まれる感覚に声が上がったが、その語尾には、寧ろ悦びの色が滲んでいた。
(あ……やっと……来てくれた…っ)
おもちゃでは決して感じられなかった熱と肉感。
その生々しい感覚を久し振りに覚えた淫肉が歓喜に打ち震えているのが分かる。
それを感じ取ったのはどうやら面影本人だけではない様で…
「ほう……確かに造り物では満足出来なかった様だな…? あれだけ咥え込んでいたのに、まだ浅ましくうねって奥に誘ってくるぞ?」
内の反応に気付いた三日月がそう揶揄すると、首を巡らせて面影が潤んだ視線を素直に向けて答えた。
「だ…って……三日月の生の、オ〇ン〇ン……すごく、きもちいい…から…」
「…っ、当たり前だ」
煽るつもりが逆に煽られる形になり、三日月は小さく息を呑んだがすぐに腰を動かし始め、相手を啼かせる事に集中する。
焦らしてきたが、自分もまた焦らされてきた様なものなのだ。
これからはおもちゃなど関係なく、己の身体で相手を悦ばせてやりたかった。
「お前の身体をこうしたのは俺なのだからな…」
他の男などでは、もう満足出来ない身体にしてやる…
心の内でそう決意表明をしながら、三日月が本気で面影を犯し始めると、相手も素直に声を上げ身体を揺らしてそれに応えた。
「あ…ああぁっ…! みか、づき…っ……そこ…もっと……」
「どこを、どうしてほしいと?」
「お…奥…っ…一番奥、オ、オ◯ン◯ンでいっぱい…突いて……熱いの…注いでほし……」
素直なおねだりに、三日月はより一層深く腰を打ち付けながら満足気に微笑んだ。
「あいわかった。『えっち』な恋人の為に今日は奮わねばなぁ……たっぷりと、俺の子種汁を奥まで注いでやるぞ?」
「みかづ……あっ! ああっ! ああんっ!」
接合部から響く水音と、肌と肌が激しくぶつかり合う音…それに面影の嬌声が重なり、淫靡な世界が二人を包む。
そのリズムは徐々に速さを増していき、それと共に大きくもなっていった。
やがて………
「あああっ!! 達く、うぅぅっ!!」
限界まで背を反らした面影が引き攣った悲鳴を上げながら、びゅくびゅくとシーツに勢い良く射精し、絶頂を迎える。
そして同時に、
「う……っ」
小さく呻いた三日月が面影の腰を抱き寄せ、ぐっと己のそれを突き出しこれ以上ないという程に奥へと侵入したところで、熱い精を勢い良く注ぎ込んだ。
「あ…あっ…! 跳ねてる…っ、オ◯ン◯ン……すご、い……いっぱい、射精て、る…」
絶頂の余韻に浸りつつ、相手の精を最奥で受け止めているのを感じていた面影だったが、その時は長くは続かなかった。
「え…っ?」
いつもなら、相手から身体を離してくれるタイミングなのに、逆に腰を抱かれて再び内で抽送が始まったのだった。
「えっ…あっ! い、いやっ! そんな、すぐになんてっ……! いっ、達ったばかりで、今、敏感に…っ!!」
「俺ので達きたかったのだろう? おもちゃなどに遅れを取るわけにはいかぬのでな……お前の口と胸で可愛がってもらった事だし、このまま『抜かずに』犯してやろう…」
「!!?」
放たれた精の影響か、ずちゅずちゅという摩擦音がやけに大きく響くのを感じながら、面影は再び襲い来る快楽にあっさりと呑まれてしまった。
「あっあっ…だめ、だめ…っ! またっ、またすぐいっ……ああああんっ!!」
直後の二度目の絶頂を感じながら、頭の中でぼんやりと考える。
確かに、先程射精したばかりにも関わらず、相手は全く萎える素振りもなく固さと大きさを保ったまま…
それが、今日という特別な日だからなのか、それとも、自分にも使用したあの怪しい薬の影響なのかは分からない。
しかし、確かに彼は言った、おもちゃに遅れを取るわけにはいかないと。
そして、彼はそのおもちゃで自分が何度達したのかを、目敏く見抜いている。
そこから導き出される答えは………まさか………
(ほ、本気で…抜かないまま、あれだけの回数を……!?)
まさか…と思っていたが、残念ながらその予想が現実のものになることを、面影はそう長くない時間の中で理解した。
薬の影響で、こちらの感度もやたら上がっていたために、絶頂に至るまでの時間が短かったこともあるのだろうが、面影は三日月に挿入された状態のままで幾度となく達かされてしまった。
向こうも回数を経れば少しはへばるだろうと期待していたが、全くその兆候すら見えず、その勢いと熱を保ったままこちらを責めてくる。
「だ、め……っ! あっ、もう、死ぬっ! 死ぬっ! 刀解しちゃ、うっ…!!」
最後には、正常位で責めてくる相手の楔を受け止めながら、息も絶え絶えにそう訴え、三日月に必死にしがみついていた。
「ああ、俺も、死にそうな程に心地良い………このままお前と共に解けるのも、良いかもしれんな」
三日月が優しくそう囁き、面影を抱き返しながら、ずんと渾身の一突きを最奥に穿つ。
「ひあっ…!!」
目の奥に火花が散り、身体の奥が勝手にきゅうぅっと三日月のものをきつく締め上げるのを感じた。
「く…っ」
小さく呻くと共に、どくんと白濁液を内へと放った三日月の楔だったが、遂にその体液は内に納まり切れず二人の接合部から溢れ出し、とろりと面影の白い肌を伝って落ちていく。
「あ……や、だ……三日月の……っ」
折角、内に注いでくれたのに………
取り零すまいときつく締め付けようとしながらも、幾度も絶頂を迎えていた面影の身体も限界を迎えていたらしく、彼は三日月と繋がったまま意識を手放してしまっていた……
…
予定より、大幅に…かなり大幅に遅れた時間に、三日月と面影は件の建物から出て来て、まだ人通りの賑やかなコンコースを並んで歩いていた。
周囲の人々より二人の歩く速度がやや遅めなのは、おそらくは三日月が面影のそれに合わせてやっているからだろう。
今も、面影はその片腕を三日月の腕に伸ばしており、相手はこちらの好きな様に掴まらせてやっている。
「良い場所だったな。また今度お前と行くのも悪くない」
「~~~~~~」
欲求を思う存分に発散させる事が出来たらしい三日月がスッキリとした笑顔で宣う傍で、面影は何処となくげっそりと疲労感を滲ませている。
まぁ、彼の歩みがいつになく遅かったり、そんな様子だったりする理由は、その前に二人が何をしていたかを思えば当然の帰結とも言える。
「……さっきから気になっていたが、お前が持っているその紙袋は何なんだ?」
「おお、これか」
自分が縋っているのとは反対側の手に相手が持っているのは白い紙袋。
中は結構な量の物品が詰められているのか、上の口は全開状態だったが、面影の立ち位置からは何が入っているのかを確認する事は出来なかった。
ホテルに入る前にはそんな物は持っていなかった事は間違いない、という事は、あの施設の中で購入したものなのだろう。
一体いつの間に…と思ったが、もしかしたら自分が気を失っていた時間にでも手配をしたのだろうか?
「思っていたよりも活躍してくれたのでな、今回使ったもの以外にもお勧めの品があったので幾つか見繕ってみた。後はまぁ留守居組へのお土産に菓子折りも幾つか…」
「~~~~!!??」
「………そこまで嫌な顔をしなくても良いではないか」
思い切り眉が顰められた相手の顔を見て、三日月は強請る様にこてんと首を傾げて伺いを立てる様に言い募る。
「…じじいの俺が若いお前の相手をするのにはやはり体力に不安がある。効果も確認出来たから早速、他のおもちゃも使ってより濃密な付き合いをだな…」
「毎日毎日あれだけやっておきながら、どの口が不安だと!!??」
すかさず突っ込んだ後になって、はた、とある事に気付く。
今、「早速」…と言ったか?この男……
「…………お前もしかして……本丸に戻ってからも……その…やる、つもりか…?」
両手の指を使っても足りない程に自分を抱いたばかりなのに…?
恐る恐るといった様子でそう尋ねてきた面影に、三日月はあっさりと首を縦に振った。
「無論だ。今から帰っても夕餉にも間に合う時間だ。すぐに寝るには時間が惜しいだろう……折角のこういう記念日なのだから、帰ってからもお前を白く飾って、何度でも殺めてやるぞ」
「し…っ」
決してそういう意味合いで付けられた記念日の名前ではないだろうと反論したかったが、動揺も露わな面影の口はぱくぱくと魚のように開閉するだけだった。
「…駄目か?」
すぅ、と見下ろしてくる三日月の瞳には先程まで浮かんでいた揶揄いの色はなかった。
あれだけ抱いても、啼かせても、まだ足りないのだと、欲しいのだと訴えて来る瞳の光の力強さに、う、と面影が僅かにたじろぐ。
正直、絶倫の相手に呆れる事もあるのだが、彼がどれだけ自分に心を向けてくれているのかという事は痛い程に理解している。
肉欲だけではない、愛情が根底にあっての事だとも……だから許しているのだ。
「だ、駄目……という、訳では、ない、けど……」
ここで突き放せる程に非情にもなり切れなかった面影だったが、せめてもの意地として一つの提案を持ち掛ける。
「じゃあ……そ、その……本丸では………おもちゃは…なしにしてくれ」
「うん?」
「……恋人同士の記念日というなら……ちゃんとお前の身体だけで…触れてくれないと、いやだ…」
「!!」
この瞬間、面影には自分がそう煽った自覚はなかったが、彼が三日月に夜通し抱かれる事が決定した。
帰って寝室に引っ込んだら、絶対にどろどろに溶かして啼かす…と決意しながら、三日月は受諾の意を示す様に頷きつつそっと面影の耳元に口を寄せる。
このままでは買ってきたおもちゃが無駄になる流れだったが、そこは千年生きてきた老獪な爺、しっかりと別の用途も考えての事だった様だ。
『ああ…そうだな。では、これらは俺がいない時に活躍してもらうとしようか…?』
「え…」
『………俺が遠征でいない時は、寂しい思いをさせるからなぁ』
「…っ!!」
そして、その日特にトラブルもなく本丸へと戻った二人は、同じ部屋で甘く熱い夜を過ごすことになった。
三日月が持ち帰ったおもちゃ達が活躍する場を持てたのかどうかは……当事者二人のみが知ることである………