大雑把な設定
三日月宗近
世界的にも超がつく程のお金持ち。
詳細は不明だが働いてはいる様子……だが、本人は出社どころか滅多に外にも出ないという筋金入りの出不精。
実はそんな生活の裏で同じく転生している筈の面影を探す為に己の時間を費やしていたのだが、とある日に電車内でようやく面影本人と再会を果たす事が出来た。
現在は確実に彼を手に入れるべく外堀を埋めている最中。
相手が記憶を失っている事には少なからず胸を痛めているが、そうは悟らせないよう飄々と振る舞っている。
(面影の記憶喪失は三日月宗近のせいではなく、彼を顕現させたのが政府機関であり、『審神者』の霊力を受けなかったが故に転生時の記憶の固着が不完全だったことによる、試作体であるが故の事故だった)
正直、面影には直ぐにでも手を出したいのだが、記憶のない相手に身勝手に迫る事は心情的に憚られるため、今は兎に角、過去には出来なかった分面影の事を甘やかしながら自分を好いてもらえるように奮闘中。
面影
三日月と同様に現世に転生を果たした過去の刀剣男士。
刀剣男士だった時の記憶は殆どないが、本丸での三日月のことだけは記憶の奥底でぼんやりと覚えているらしい…が、それが現世の三日月とは繋がっておらず、完全に別人と思っている。
三日月と再会したときに原因不明の意識消失を起こして倒れてしまったが、それを契機に何故か向こうからがんがんと善意の攻勢をかけられ、いつの間にか住居等まで用意され、家政夫兼秘書的な立ち位置に置かれてしまった。
バイトしなくても十分に生きていける程に三日月から給金は貰えているが、社会との繋がりを切りたくないという願いを彼に聞き届けてもらい、最低限の形でカフェの店員をしているらしい。
三日月が金持ちなのは理解しているが、下手に相手の事情には踏み込みたくないと常に一歩引いている。しかし、それは三日月に金目当ての卑しい人間だと思われたくないからでもある。
彼の身の回りの世話をする事を最近では楽しく嬉しい事だと感じているが、一方で、いつか三日月に大切な人が出来た時には自分が其処を出ていかなければならないのだろうと、密かに覚悟を決めている。
「面影や」
「?」
とある日、三日月の私室で昼食後の片付けを済ませていたところ、不意に三日月に呼び掛けられた面影がそれに応じて振り返ると、相手がこちらに向けて何かを差し出してきていた。
「? これは?」
「お前用に手配しておいた。好きに使うと良い」
反射的に受け取ろうと手を伸ばしかけた先にあるのは、一台のスマートフォンだ。
鈍色の輝きを放つそれは誰が見ても新品のそれであり、液晶には初期時の画面が映っていた。
「………え?」
「今のお前の手持ちでは不自由なこともあるだろう。前々から気にはなっていたのだが、手配が遅くなってしまってな、すまない」
差し出されたままのスマホと目の前の男を交互に見遣る面影の顔には明らかに戸惑いの色が浮かんでいた。
勿論の話だが、自分はこれを相手に強請った事も無ければ、手持ちのガラケーが壊れた訳でも無いのだが…?
「何かの…間違い、では?」
面影の戸惑いを受け、今度は三日月が軽く苦笑して首を横に振る。
「俺が勝手に手配しただけだ。離れている時でもお前の顔を見ながら話したいと思ってなぁ、ガラケーではそれも叶わんだろう?」
ずいっと更にこちら側に差し出された機器を、圧に押し負けた形で面影はおずおずと受け取った。
「…良い、のか?」
三日月が自ら手配したという事は、今後これに掛かる諸経費も全て彼が持つという心積りなのだろう。
幾ら世間知らずな面がある自分とて、スマホの利便性は十分に承知している、受け取って嬉しくないはずは無い。
しかし、負担が相手に掛かると分かっていると、自分に益があったとしても素直に喜べないものだ。
品を受け取りつつ、まだ所在なさ気に身を揺らしている若者に、三日月はにこりと優しい笑みを浮かべながらぽんと軽く彼の頭に手を置いた。
「良い良い。お前は十二分に良く働いてくれているからなぁ、俺の感謝の気持ちだと思って受け取ってほしい」
朗らかに、屈託なく笑う相手の気持ちに偽りがない事を悟り、面影がうっすらと頬を朱に染める。
褒められるというのは単純に嬉しいものだが、それが彼という人物からだと一層その気持ちが強く湧き上がってくる。
(……良い男…だな…相変わらず)
しみじみと思いながら、面影はこっそりと相手の容姿を見つめた。
射干玉の黒を宿しながら、浴びる光によっては深い蒼を称える不思議な髪を持ち、対称的に抜けるように白く滑らかな肌は全ての女性が羨む程に肌理細やかで些細な傷一つない。
素材もさることながら、驚くべきはその生きた造形美だ。
自然界ではあり得ないと言われているシンメトリーに限りなく近い体型は、人体の黄金比を誇り、顔の造りはそれこそ神が己に似せたのだろうと思う程に美々しいものだった。
そして、その外見に勝るとも劣らぬ程に男は柔和な性格をしており、面影はこれまで彼が怒った姿を見た事がない。
まぁ、そもそも付き合いが短いので単に知らない面が多いだけなのかもしれないが………
(そもそもが、私が此処にいること自体が面妖な事なんだが……)
思い返すと、彼との出会いからが既に普通ではなかった。
たまたま電車で同じ車両に乗り合わせ、相手の顔を見た瞬間…自分でも理解不能だが、どうやら失神してしまったらしい。
気が付いたらそこは病院で、三日月がこちらを痛まし気な表情で見下ろしてきていた。
只、偶然乗り合わせただけの赤の他人に対して随分と優しい人だ、とぼんやりした頭で思っていた記憶がある。
しかしそこで終わる筈の彼との縁が、予想外の形で続くことになった。
何故か面影の働き口を三日月が融通する流れになり、そこから更に三日月の善意の攻勢が怒涛の如く続き、あれよあれよという間に面影の住居が三日月のそれの隣になり、彼らは所謂お隣さんになってしまったのだった。
因みに。
彼らの住まう場所は高層ビルの最上階………所謂タワマンというやつである。
更に因みに、家賃は全て三日月が支払っているのだ。
おかしすぎる、漫画の世界でもこんな筋書きなどそうそうお目にかからないだろう。
それだけを聞いたら、世間一般の人々は面影の事をシンデレラストーリーの主人公の様だと評するかもしれない。
しかし面影本人に言わせたら、そんなムーディーなものではなくロマンティックなものでもなく、半ば平和的な拉致状態だったので何かを思う余裕も抵抗する気力も無かったらしい。
家族というものがあればもっと徹底的に争ったかもしれないが、残念ながら(?)彼の者は今は天涯孤独の身。
そういう事情もあって、相手に強く主張する事も出来ず、半ば流される形で面影は今の立ち位置に収まったのだ。
いや、流されたというのには語弊があるかもしれない。
より正確な表現で表すと、自分と同じ匂いを感じた、というものだろうか……
それに、関わっていく内にこの美しい男にはこちらを貶める意図は全く無く、見た目の通りに純粋に心配してくれている事も察する事が出来た。
そして何より、この三日月という男は観察していく内に知ったのだが、生活力というものがほぼ皆無だったのである。
つまるところ……
(単純に、こちらとしても放っておけなかった……)
人が良いのか、甘いのか……と我が身を振り返りつつ、面影はそこで改めて渡されたスマホを見つめた。
付き合いはそれなりの期間に及ぶのだが何故今になって…と思ったところで、先日自分が彼の前で何気なく愛用のガラケーの調子が悪いのだと零した事を思い出す。
成程、これまでは愛用している物を無理に代えさせる訳にもいかないと、三日月なりに気遣ってくれていたのか……本当に優しい男だと思う。
その優しさを無駄にするのも申し訳ない、と、面影は有り難く受け取ったスマホを有効利用させてもらう事にした。
(有効利用…と言えば…)
今すぐに試せる機能があるのだった、と面影は一つのアイコンをぽちりと押して機能を稼働させる。
「ん?」
「いや…街中で色んな人がよく写真を撮っているところを見ているから、どうするのだろうと思って……ええと…?」
自分の目の前でスマホを掲げ始めた面影に、三日月が微笑ましく思いつつアドバイスを与える。
「画面に映っている撮りたいものを押したら自動でピントが合うからな、後は撮影ボタンを押して…」
かしゃっ!
「あっ…」
三日月の言葉を聞きながら実践しようとしていたらしい若者だったが、つい気が逸ってしまったのか、その姿のままボタンを押してしまったらしく、撮影を終えた小気味よい音が響いた。
「す、すまない、焦って押してしまった……でもそうか、こういう風に撮るのか…」
「はは、なに、何度か試していたらすぐに出来る様になるだろう。聞きたい事があれば遠慮なく声を掛けてくれ」
「有難う……あ…」
返事をしたところで、ふと思い出した様に顔を上げた面影が急にそわそわと落ち着きなく視線を泳がせた。
「あ、あの…これからバイトだから、行かなければ……これ、本当に有難う三日月、大切に使わせてもらう」
「ん? うん。気を付けて行って来るのだぞ」
返事を返した三日月に小さく礼をすると、面影は急いで踵を返し、いそいそと部屋を出て行った。
部屋を出た面影が真っ先に向かったのは、目的のバイト先ではなく、ビル内に併設されているコンビニだった。
彼は入店すると商品の陳列された棚には一瞥も向ける事なく真っ直ぐに複合コピー機へと向かい、その機器に据え付けられていた説明書きを読んだ後、書かれている通り非接触型端末に与えられたばかりのスマホを置いた。
(い…急がないと……)
まさかこんな場所で自身を知る誰かに会う事は無いだろうが、此処で何をしているのかを見られる前に事を済ませてしまわなければ…!!
焦りで微かに震える指先を必死に操作しながら、面影は端末からとあるデータを引き出して、それをそのまま印刷する様にオーダーを出す。
時々周囲に気を向けながら、誰も自分の事を見ていない事を確認しつつ、面影は動悸と共に印刷物が排出されるのを待った。
実際には一分にも満たなかった筈だが長く長く感じられた時間を経て、遂にプリント用紙がことんと乾いた音をたてて排出口に落ちてくる。
面影はそれを忙しなく取り上げ……しげしげと印刷面を確認して無意識の内に手を口元に当てた。
(……良かった…綺麗に、写っている…)
一か八かの賭けだったが、予想以上の成果だ………
そこに写っているのは、先程、間違ってシャッターを押した時に撮影された三日月の姿。
写真の撮り方を教えようと、こちらに人差し指を向けながら優しげに微笑む姿の彼は、こうして写真となっても尚美しかった。
狂信者が唯一信じる神の聖画を目の当たりにしたら今の心境になるのではないだろうか…と思いつつ、面影ははぁ、と自嘲気味に溜息を一つ吐き出した。
(…………我ながら拗らせてるな…)
今時、小学生でもこんな姑息なやり方はしないだろう。
撮影ミスと見せかけて、相手の姿絵をこっそりと手に入れるなんて。
それでもやらずにいられなかったのは…執着、だろうか。
まだ確信は持てないが、どうやら自分はあの三日月という男の事を気に入ってしまっているらしい……かなり。
最初は、恩がある相手だから気になっているのだろうと思っていた。
だから、自分なりに相手の生活で手伝えることは手伝う等して少しでも負担を減らしてやろうと考えていた。
単純に恩返しのつもりだったのが、今は、これが密かな楽しみになってしまっている。
仕事を覚えて三日月に褒められると胸が熱くなり、感謝の言葉を述べられるとつい口元が綻びそうになるのを抑えられない。
(好きか嫌いかで言えば、きっと好きの部類に入る……ではそれはどういう意味で…? 只の憧れなのか…それとも……)
写真の中の三日月から向けられる視線にすら耐えられず、ふいっと目を逸らしながらも、面影はそれを大事そうに持参していたショルダーバッグの中へとしまい込んだ。
(帰ったら寝室に飾ろう……下手に持っていたらいつか三日月に気付かれそうだし。あ、なら帰りに写真立てを買わなきゃ…)
自分が彼のこんな写真を持っていると知られたら、どう思われるか分からない。
絶対に秘密にしなければ……となると誰も入って来ない寝室に置くのが最適だ。
そんな事を考えながら、ショルダーストラップを握る手にいつになく力を込めて、面影は目的を終えたコンビニから今度こそバイト先に向かうべく足早に立ち去っていった。
そんな面影が立ち去ったコンビニの、コピー機からは死角になる場所から、三日月がこっそりと彼の様子を見つめていた。
(あっ……あなや~~~~~…っ!!!!)
三日月もまた口元を手で押さえながら、必死に心の荒ぶりに耐えていた。
柄にもなく顔が紅潮している様だが、それを掌で覆って隠しつつ、先程の面影の笑顔を繰り返し思い出す。
急に挙動不審になった面影の行動を訝しく思い、気付かれないように後ろをつけてきたのだが、まさか彼があんな事をするなんて……
遠目ではあるが常人とは比較にならない程に目が利く三日月には、しっかりとあの印画紙に写った己の姿が把握出来た。
(面影………)
転生した後も…俺を忘れた今になっても、あんな顔をしてくれるのか…
自分が写った写真を取り出し、見た瞬間、浮かべた花のように麗しい笑顔。
周りに誰も他の客が居なかったことに心から安堵した。
もし誰かが見ていたら、きっとその者は彼に心を奪われることになってしまっただろうから。
(ああ……こんなに嬉しく思うものだったのだな…)
相手が好意的な思いを向けてくれているという事実を知るだけで、こんなに暖かな感情が胸を満たすということを、随分長いこと忘れていた……
(………少しは好かれていると……自惚れても良い、のか…?)
あんなに慌てて、人目を忍んで内緒で写真を求めるなんて可愛いことをしてくれるなんて…
実物の自分が前にいる時には、いつも遠慮している様に伏し目がちなのに、写真に対しては真っすぐな視線を向けて嬉しそうに微笑んでくれていた。
「……期待、してしまうぞ、じじいは思い込みが激しいのだからな」
取り敢えずこれからは、今までよりもう少し甘えてみよう、と心に決めつつ、三日月は自分の部屋に戻るべく踵を返した。
(ああ、そうだ………戻ったら、一つ頼みごとをしてみるか)
そんな事があってから暫く後…
三日月と面影の寝室に、三日月が自撮りしたと思われるアングルで、二人が共に並んで写っている写真が飾られていた。
三日月の顔には至福の笑顔が、そして面影は耳朶まで赤くしながらも恥じらいと隠し切れない照れを表しているその写真は、誰が見ても心通わせる二人の繋がりを表すものだったが、それを見る事が許されたのは後にも先にも彼ら二人だけだった事は言うまでもない。