手作りマフラー




「あらお兄さん、ちょっと時間ある?」
「は?」

 客寄せに引っかかって約一時間後…
(成る程、上手いやり方だな…)
 現世某所にて、面影は一般人の出で立ちで北風吹き荒ぶ歩道を歩いていた。
 無論いつもの戦闘服姿ではなく、その時代と見た目の年齢に準じた若者向けの服装だ。
 その首には、老女から呼びかけられる前には巻いていなかった藤色のマフラーがしっかりと巻かれていた。
 極太の毛糸で単調な編み目で編まれたものだが、見た目は確かにマフラーだ。
 無理やり買わされた訳ではなく、変な勧誘に引っかかった訳でもない。
 呼び込みに応じてからの一時間、面影は純粋な手芸教室に参加していたのである。
 事の発端は一時間前に受けた三日月からの臨時連絡

「すまん、残党が一部戦線から逃走した。掃討して向かうので一刻程遅れる」

 二班に別れての現世遠征による遡行軍殲滅作戦は概ね成功した。
 第二班であるこちらは予想より敵数が少なく、予定通りの戦況で終わる事が出来た。
 本来なら第一班の隊長である三日月と戦闘後に落ち合い、それから共に帰還しようと話していたのだが、どうやら向こうの敵が存外しぶとかったらしい。
 助力に向かおうか申し出たのだが、既に対応済みで戦力差についてもそれには及ばないという返事だったので、そのまま時間を潰すという事になった。
 向こうが戦っているのに先に帰るという選択肢は最初から自分には無く、取り敢えず他の男士には解散の指示を出し、その後は三日月の合流を待っているところだった。
 慣れない現世でどう時間を潰そうかと思っていたところで、一人の老女に声をかけられたのは全くの偶然だった。
「あらあなた、首元が随分寂しいわね。丁度これからすぐ出来る指編みマフラーの教室をやるのよ、良かったらどう?」
「…え?」
 人間、歳を重ねれば良くも悪くも強引になるのか、戸惑う面影をぐいぐいと半ば引き摺って、その老女は近場の手芸店の一画に彼を連れ込んだのだった。
 当日、簡易に出来る指編みマフラーのワークショップが企画されていたが、最後の枠が空いていたらしく、たまたまそこを通り過ぎていた面影に声をかけたとの事。
 連れ込まれた面影は面影でどの道何の予定もなかったので、此処で時間を潰せるならまぁ良いか、と実に安易な判断で、そのまま参加が決まった。
 彼以外の参加者はやはり全員女性で、別の意味で彼は大いに注目を集めてはいたのだが……
(……意外と集中したら面白いな)
 周りの視線などガン無視で、作業に終始没頭していたのがまた彼らしかった。
 そして時間は瞬く間に過ぎ…
「お疲れ様、今日はお付き合い頂いて有難うね!」
「いや……」
 参加費と実費で幾らかは取られたものの、別に変な壺や印鑑を売りつけられたわけでは無いし便利且つ実用的なアイテムを買った様なものだし……と、納得しながら、面影は店を後にしたのだった。
(丁度良い頃合いでもあるし、そろそろ…)
「面影」
「!」
 会えるだろうか、と考えていたその矢先に呼びかけられ、面影は歩を止めて声がした方へ振り返る。
「おお、此処にいたか」
「!!」
 既に辺りは夕暮れ時、そろそろ太陽が一時の暇を告げようという時、まるでそこにだけ宵闇の王が訪れた様な……美しい男が居た。
 道行く人々は例外なく彼を振り返り、名残惜しそうに進める足を遅くしながら過ぎていく。
「三日月……」
 紺のロングコートの下には白のニット、黒のスキニーは細い脚に絶妙なバランスで密着しており、すっとした印象を与えている。
 只でさえ身体のバランスも人類の黄金比に等しい上に、顔もまた整い過ぎている程に整っているのだから、それは周囲の視線を集めても仕方ないだろう。
 残念なのは、当の本人が周囲にどれだけ衝撃を与えているのかがまるで分かっていないところなのだが…それは面影本人にも言えるところである。
 その面影は、自身のことは理解せぬまま棚に放り投げ、先程出来上がったばかりのマフラーを手荒に外しつつ、つかつかと三日月へと近寄った。
 三日月の美貌に一般人が夢中になるのは分かる、十分に分かっている、が、何故か胸の内がモヤモヤする。
 気安く、そんな下卑た目で見て良い男ではない……!
「すまんすまん、ちょっと片付けに手間取っ………」

 ぐるぐるぐる……!

「ん?」
 相手の台詞には構わず、面影は無言のままに手にしたマフラーを相手の首に巻きつけ、ついでにそれで相手の顔下半分を覆ってしまう。
 こうしたら、三日月の顔面による魅了攻撃は殆ど発動しなくなるが、それこそが面影の目的だった。
「面影、どうした?」
「お前は…周りの注目に無頓着過ぎだ…!」
 目的を果たした後でも、きっちりと三日月に釘を差したが、相手はおやと首を傾げる。
「……「おまいう」というのはこういう時に使うのか?」
「知らない。取り敢えずそれを付けておいてくれ…」
「…しかし、お前も首元が寒そうだ、無理せず…」
 確かに今日は寒波の影響で現世は今季最低気温を叩き出しているらしいが、だからこそ、面影はマフラーを三日月から返してもらうなど考えておらず、寧ろ一刻も早く本丸に連れ帰る事だけを考えていた。
 向こうが最後まで言い終わるのを待たずに、さぁと促しながら面影は踵を返す。
「必要ない。本丸で返してくれたら良い、どうせ私の拙い手作りだ、既製品より質は劣るだろうが帰るまでの風除けにはなるだろう」

 ぴたっ

「……三日月…?」
 共に歩き出してくれると思っていた相手がその場に彫像宜しく硬直した様に留まったことを訝り、面影もまた立ち止まって振り返る。
「どうした? 三日月」
「……何だと? 今、なんと…?」
「…既製品でなくて済まないが、やはり寒いか?」
「違う、その前だ」
「……私が作ったものだが、初めてのものだから不格好だし別に何のご利益も無いぞ。返すのは本丸に戻ってからで良い」
「嫌だ」
「は?」
 今日はやけに聞き返す機会が多いな…と考えていると、ぐいと三日月に強引に手を引かれる。
「え…?」
 疑問に思う面影に何の返事も答えも返さず、三日月はずんずんずんと暫く歩道を歩いて行き…とある店に迷い無く入店した。
(?………テーラー?)
 詳しくは知らないが、服を買うところの筈…と戸惑っている面影を他所に、三日月は勝手知ったる様子で店員に何事かを伝え、相手もまた流暢に答える。
 どうやら三日月の行きつけの店だったらしく、店員は淀みない動きで彼を品物が並ぶ棚の一画に案内する。
 ここに並ぶのもマフラーや手袋など、冬の装飾品らしい。
「お連れ様の今の装いに合うのはこちらなどが宜しいかと」
「うん」
「………??」
 お連れ様?というのは私のことか?と思いつつ、今は相手が自由にしてくれた手で店員が示した棚のマフラーを取ってみる。
 素人の自分が触れただけでも非常に手触りが良く、高級なものだと窺い知れる。
 当然、先程作ったばかりのものとは雲泥の差だ。
(ふぅん…?)
 何気なくぴらっとマフラーの角を裏返すと、タグとそこに紐付けられた値札が目に入り…
「…………!!!!!」
 それから本丸に帰るまで、正直、面影は記憶が無かった………



 後日
「こんな高価なものは不要だからあれを返してくれ!」
「うむ、断る」
 すたすたすた、と廊下を歩く三日月の後ろを、同じくすたすたすた、と面影が何かを言い募りながら追いかけてゆく。
 手にしているのはいつぞやの、自分が呆然としている隙を突いて三日月が買ってくれたマフラーだ。
「人の決めた値段を気にするなど神らしくもないぞ、面影」
「対価が違いすぎる! あんな不出来な物の代わりにここまでしてもらうなど…」
 二つほど桁が違ったぞ、と訴える面影に、ふと三日月がくるりと振り返り…
「お前が手ずから作った物を、お前がその手で俺に巻いてくれたのだ。俺にとっては値千金の価値がある」
と、胸を張って言い切った。
「〜〜〜!!」
「そもそも…」
 なかなかインパクトのある告白に面影が絶句している間に、三日月は顎に手を当てて首を傾げて質問した。
「そんなに不格好だ何だのと気にするなら、何故あの時、安易に俺にあれをくれたのだ?」
「貸したんだ」
 どさくさに紛れて既成事実化するんじゃない、と思いつつ、面影は三日月の問に対する答えを考える。
(何故…と言われても、それはあの時……)

『あの時の美しいお前を、独り占めしたかったから』

(言えない…っ!!)
 ぶんっと勢い良く頭を横に向け、答えを拒む面影の顔が見る見る内に真っ赤に染まってゆく。
(おやおや………)
 それを目にした三日月が袖で口元を隠し、密かに唇を歪めた。
 これは、余程可愛い理由がある様だ………
 今すぐに問い詰めても良いところだが、それでは面白くない気もするな……後のお楽しみにしておくか………
「兎に角、あれは俺が貰うぞ。代わりの物は渡したのだ、誰にもやらぬ」
「この、頑固者…!」
「ははは、お前に関してはそれで結構」
 そんな二人の攻防は、その後三日は続いたという………
 最終的には三日月の頑なさに面影が諦めたらしいが、さて、三日月は果たして面影から裏の理由は聞き出せたのだろうか………?