酔眼淫夢




「おーい、主から良い酒貰ったぜ! 今日の夜は皆で酒盛りしないか?」

 そんな声が上がったのは、とある日の本丸の厨だった。
 瓶を抱えた鶴丸が嬉しそうにそれを厨にいた刀剣男士達にお披露目すると、周りからも喜びの声が上がった。
「へえ、主が」
「見た目では全ては計れないが、なかなかに良さそうなものだね」
「これまで主から下賜されたものでハズレはなかったし、期待しても良いんじゃない?」
 歌仙、燭台切、鯰尾がそんな事を言っている脇では、顎に手を当てた薬研がふむ、と唇で弧を描きながら更に一案を設けた。
「なぁ歌仙、他にも幾つか貯蔵してた酒があったんじゃないか? それらもこの際開けてみないか。この一本だけじゃ俺達相手じゃ一刻と持たないだろ」
 そんな提案に、歌仙はそうだねと呟きながら虚空へと視線を動かし、然程待たずに頷いた。
「そろそろ開けたいと思ってたものもあったし…分かった、夜までに準備しておこうか」
 主の采配のお陰で今宵は楽しいひと時を過ごせそうだ、とやおら賑やかになった場に、騒ぎを聞きつけた面影が姿を現した。
「何かあったのか?」
「あ、面影さん! 今日の夜は酒盛りになりそうです、楽しみですね!」
 わくわくとした気持ちを隠そうともせず、鯰尾が呼びかける。
 鯰尾は一見すると飲酒がまだ憚られる年齢に見えなくもないのだが、その実体は数百年の時を生きる付喪神…そもそも人間ではないので当然そんな人の規律からは外れている。
 なので、彼もまた今宵開かれるだろう酒盛りに大いに期待している様子だったが、何故か対する面影は今ひとつピンとこないという態で相手を戸惑いながら見つめている。
「? 面影さん、もしかしてお酒好きじゃないんです?」
「あ、いや…好き、嫌いという以前の話なんだが…」
 首を傾げながら、面影は自分の戸惑いの理由を遠慮がちに述べる。
「その……酒というものを今まで飲んだ事がないのだ。これまでは、必要が無かったから…」
「あ…そっか…面影さんは…」
 この本丸に来るまではずっと単独行動だったから、誰かと酒を飲むという習慣など無かったのだろう。
 一人の時に酒など飲んで酔ってしまえば、それだけで命が奪われる危険はいや増す。
 それだけ考えても、安易に飲めるはずもない。
「元々弱いって話でもないのか?」
 体質に合うか否か、というところを気にするのは職業病の様なものなのか、薬研が質問した内容についても、面影の答えはやはり曖昧なものだった。
「それも分からない……酒を飲んで我を忘れて醜態を晒す者も多いという話を聞くので、自分がそれを飲むなど考えた事もなかったな」
「はは、カッコ悪いところを見せられないって気概はわかるけど、全く経験がないというのも寂しい気がするね。折角の機会だ、今日は君一人じゃないし試してみたら?」
 燭台切に続いて、歌仙も面影に促す。
「日向が提供してくれた梅で作った梅酒もあるよ。料理で使うものだけど、そのまま飲んでも十分に美味しいものだ。初心者にも手を伸ばしやすいんじゃないかな」
「俺っちも、多少酒の知識はあるからな。かるーいものなら見繕ってやれるぜ?」
 ここまで仲間達に勧められたら、流石に断るのも申し訳ない気になってくる。
 それに、これまで試したことのない酒というものを味わってみたいという気持ちも少なからずあった。
 赤の他人ではなく、仲間達が側にいてくれるのなら大きな間違いも起こるまい……
「…分かった。何事も経験というのは同感だ。私も参加させてもらおう」
 結果、周りの刀剣男士達の勧めもあり、今宵の酒盛りに面影も参加することになったのである。


 基本希望者のみが集まっての酒盛りという話だったが、結局、面影以外は酒の場の楽しさを既に知っている者ばかりだったので、全員がその宴に参加する形で落ち着いた。
 いや、唯一主である審神者は欠席ということになっていたが、かの者は筋金入りの下戸であり、いつか同席した際に、酒を飲んだ刀剣男士達の息だけでも酔ってしまったという前科があったので、当然、安全策として不参加の運びとなったのである。
 因みに砕けた雰囲気の宴、ということで全員今は戦闘服を脱いで内番姿だ。
「主はそんなに酒に弱かったのか…」
「うむ。まぁ俺達刀剣男士の酒量と人のそれとも差異はかなりあるからなぁ……」
 初めての酒盛りということで、何となく緊張している様子の面影の隣には、当然といった様子で三日月が控えていた。
 面影の目の前の卓の上には、数多くのおちょこが並んでおり、その全ての中に様々な酒が少量ずつ注がれていた。
「面影は初めての酒ってことだから、色んなものを少しずつ試していくって趣向にしてみたぜ。右から、日向お手製の梅酒、隣その隣にはそれぞれ、蜜柑、桃、杏を漬け込んだ果実酒が並んでいる。先ずはここらで手慣らしってとこだな」
「ああ、果物なら口当たりも柔らかいし試すには良さそうだ。配慮、感謝する」
「もし果実酒が全然イケそうなクチなら、上段のものも試してみてくれ。さんぐりあって言って、これも果実を使った酒だが外つ国のものらしい。あと、隣の二つは珍しい乳を使った酒でな、馬乳酒ってやつとカルアミルク。カルアの方は口当たりは良いけどちっと強めの酒だから気をつけてな」
「…酒、なのに動物の乳を使うのか…珍しいな」
 ほう、と目を軽く見開いた面影に、それらを配した薬研も楽しそうに笑った。
「馬乳酒の方は主の頂きものだが、カルアミルクは俺が作ってみたんだ。良かったら感想聞かせてくれ」
「はは、まるで薬を調剤している様に見えるな、薬研」
「バレたか。まぁ一番楽しんでいたのは燭台切だったけどな、酒は百薬の長とも言うし、そう言われたら俺としてもつい手を出したくなる」
「うむ。酒は命の水でもあるからな」
「そういう言い方をするって事は、三日月も結構イケるクチみたいだな」
「さてどうかな」
 三日月と薬研の軽快なやり取りを微笑ましく見つめながら、面影は日向の梅酒が注がれたおちょこを手に取り、最初はほんの少しだけ口を付けて唇を湿らせる。
 それを舌で舐めたところで、瞳を見開き、頷いた。
「……これは…美味しいな」
 初めて口にするものなので多少構えていた感はあるが、思っていたよりずっと柔らかな味わいで、アルコール度数も強くない。
 何より、日向が丹精込めて作った梅を材料にしているだけあって、梅の風味が鮮やかに感じられた。
「わ、面影さん、梅酒、美味しかった?」
 自分が提供した梅酒が好評であるらしいという気配を感じ取り、近くで他の刀剣男士達と談笑していた日向が面影に呼びかける。
「ああ、とても飲みやすい。きっと、日向の梅が美味しいからだろうな」
 素材が良くなければ良い酒は生まれないと聞く、それは原料であっても水であっても。
 この本丸に引かれている水の水源は近くの山を流れる渓流からのもので、その質は特上と呼べるものらしい。
 確かに神である自分達が普段から何ら不満もなく飲んでいるのだ、水質が良くなければそうはならないだろう。
「梅酒を作るのに良いだろう梅を厳選したんだ。喜んでもらえたなら良かった。また作るからその時にはお裾分けするね」
「楽しみにしている。私も、何か手伝えることがあれば言ってほしい。貰うだけでは落ち着かない」
「うん。じゃあ、その時には遠慮無く声をかけるから、よろしく」
「ああ」
 何とも平和な空気の中で交わされる会話に、脇で見守っていた三日月と薬研が顔を見合わせてこっそりと笑い合った。
「酒で親睦を深めるってのは飲兵衛の常套句だが、なかなかどうして、上手くいくもんじゃねぇか」
「そうだな」
 面影はこの本丸に曰くあって加わった新参者である。
 しかもその属する先は最初は本丸の審神者ではなく、来歴も、そう言えるほどもない程に浅い、顕現したばかりの政府直属の試作(プロトタイプ)だった。
 生まれ…顕現方法からして他の刀剣男士達とは一線を画した存在が彼だ。
 この本丸にあの『騒動』以降、正式に迎え入れられ他の刀剣男士達ともわだかまりなく過ごせているし、戦闘時においても互いに問題なく連携して事に当たっている。
 面影本人の性格もその生まれによるものか非常に慎み深く、誰かを不快にさせる事が無いようにと気配りも出来ている。
 しかし。
 時にはその控えめな性格が、周りと見えない壁を作ることがあるのも事実なのだ。
 周囲はちゃんと理解している、一歩引いた彼の態度は拒絶ではなく遠慮なのだということを。
 自分の事を後回しにしてしまうのは、与えられた命を軽視しているのではなく、周りの仲間たちの事を最優先に考えてくれているからだと。
 分かってはいる、分かってはいるが、そういう彼の態度は時折…ほんの時折だけ周りの者達を寂しく思わせるのだ。
 それを知られてしまうと、きっと彼はまた申し訳なさそうに眉を顰めてしまうだろうから、気付かれる訳にはいかないのだけれど。
 故に、今回の酒盛りに半ば強制的に面影に参加を促したのは、実はそんな心の垣根を少しでも取り壊したいという刀剣男士達の願いもあっての事だった。
「……けど、三日月は面影には一番懐かれてると思うぜ」
「ははは、そうか?」
「まぁ、あの夢騒動の時も本丸の要は三日月さんだったし、色々と便宜を図ってたよな。面影からあんたについて散々賞賛の言葉を聞かされたのは俺だけじゃないと思う」
「そうなのか? ならば、たまの年寄りの冷や水も悪くはないな」
 そこまで言うと、三日月は面影に少し遅れる形で日向の梅酒を口に含んでその香りと味を愉しみ、ひそりと付け加えた。
「…面影もこれから、戦いの中ででも少しは心安らげてほしいのだ。孤独の中で戦い続けるというのは…辛いものだ」
 刀剣の中でもずば抜けて長寿である三日月の言葉に何か感じるものがあったのか、薬研は静かに頷いて、敢えて楽しそうな声で答えた。
「…これからも、こういう場を設けるのも良いかもな。俺は単純に酒が飲めるなら大歓迎だぜ」
「それは主次第だなぁ、はは」
 そりゃ尤もだな、と笑ってその場を離れ、他の刀剣男士達の元にも足を運ぶ薬研を見送った後、三日月は改めて面影の方へと視線を遣った。
「気に入った味は見つかったか? 面影」
「いや……気に入ると言うか……困ったな」
 視線を受けた時、面影は丁度飲み干したばかりのおちょこの底を困った様に見つめて首を傾げていた。
「困る?」
「……その、どれも美味しくて……一番が決められない……」
「おや、それは嬉しい悩みではないか」
「それに……何かを飲食してこんな感覚になるのは初めてだ………身体がぽかぽかして……頭がふわふわする……」
 そう言いながらも、それそのものは不快ではないのか、面影はおちょこを卓上に置いてほっと息を小さく吐きながら手を胸元へと当てた。
「けど……苦手という訳ではなさそうだ」
「そうかそうか」
 それから暫くは三日月も含めて面影は他の刀剣男士達と楽しい談笑のひと時を過ごす事が出来た。
 酒の影響もあるのか、いつもより心が軽くなった様な感覚を覚え、普段より気兼ねなく話せていると自分でも思った。
 そんな変化を感じ取っているのは本人の面影だけではなかった様で、他の男達もいつもよりかなり砕けた様子で談笑を楽しんでいた。
 非常に良い雰囲気の中で、ふと鯰尾が面影の前に並んでいたおちょこの中身を確認して目を見開く。
「あれ、もう全部空になっているじゃないですか面影さん。ここで少し小休止入れます? お水持って来ましょうか?」
「ああ……」
 いつの間にか全部空になっていたのに面影自身も気づいて、休止を勧めてくれた鯰尾に彼は顔を向けて、
「有難う」
と礼を言った。

『…………』

 それだけの事だったのだが、一瞬その場に沈黙が走った。
「…へ?」
 声を掛けられた鯰尾は間抜けな声を出したまま硬直しているし、周囲の男達も声こそ出していないが皆が同様の反応だった。
 一番近くに座していた三日月すら、声が出せない様子でじっと面影を見つめている。
 ただ一人、面影本人だけが、そんな彼らの変化に気付いていない様子でにこにこと笑っていた。
 ………そう、『にこにこ』と。
「面影殿のそんな笑顔を見るのは………初めて、ですな…」
 声が出せない状態である弟に代わって、一期一振がかろうじてそんな一言を絞り出した。
 皆が驚くのも無理はない。
 彼らが知る普段の面影は…今の彼が浮かべている様な朗らかな笑みを満面に浮かべるような性ではないのだ。
 いつであっても、どこであっても、彼が浮かべる笑みは微かなものであり、慎ましいものだった。
 まるでその場の空気を壊してはならないと自身を戒めているかの様に、遠慮がちに浮かべる笑みは、既に整っている彼の顔貌をより幽玄に美しく見せていたものだ。
 それなのに、今の彼は全く別の形の笑みを惜しげもなく周りに披露している。
 普段の慎ましいものではない…例えるなら、邪気のない子供が鮮やかに彩られた金平糖を、その小さな掌に与えられた時に浮かべるような、そんな笑みだ。
 それは普段とはまるで違うが、或る意味非常に朗らかで屈託のない、鮮やかな笑顔。
 自身で無意識に己を律している心の枷が失われたら、彼はこういう笑みを浮かべる事も出来るのか………
 面影はまだ破顔した状態でその場の雰囲気を楽しんでいる様子であり、自分が周囲の驚愕を誘ったとはまるで自覚がないらしい。
 それもまた刀剣男士達には驚きだった。
 本丸の中でも一番周囲の変化に敏感な筈の面影が、まるで今の空気を読めていない。
 見た目よりも酔いの影響で前後不覚になっているのか、それとも元は開放的な性格だったのか………
「鯰尾、すまんが面影に水を」
「あっ、はいっ!」
 周囲の硬直を解いたのは、静かな三日月の一言だった。
 流石、この本丸の全刀剣男士を統べる筆頭である存在の男は、いち早く動揺から立ち直り、正しい判断を下した。
 今の面影は明らかに酒による影響を受けている。
 暴れたり絡んだりという性質の悪い酔い方ではないが、ここで一旦酒を摂るのは控えさせ、酔いを醒ましてやった方が良いだろう。
 三日月に請われてグラスに冷水を入れた鯰尾が早々とその場に戻り、それを三日月に手渡す。
 酔いの程度が分からない相手に直に手渡すと、そのまま取り落とす可能性もあるからだ。
 面影の隣に座していた三日月は、それが自分の当然の権利であるというかの様に堂々とグラスを受け取り、それを面影の顔の前へと運ぶ。
「さ、面影、これで少し酔いを醒ました方が良い。飲めるか?」
「………」
 皆が驚いている間に更に酔いが深くなっているのか、面影はもう何も言葉を発する事もなく、三日月から素直にグラスを受け取るとそのまま中身を飲み干した。
 そしてグラスを卓上に置いた時、数回瞬きを繰り返した若者は、その瞼をやや重そうに閉じかけていた。
 とろんとした表情の顔にはうっすらと朱を差しており、いよいよ酔いが深まっている様子だ。
 酒の恐ろしいところはここにある。
 自分はまだまだ大丈夫だと飲んでいても、酔いが後になって追いかけて来て、知らず本人の意識を奪うことはよくある話。
 面影は今回が初めての飲酒であり、自分自身の酒に対する許容量がよく分かっていなかったというのも原因の一つだろう。
「あ~~、もしかしたら俺っちの見立てが甘かったか……悪い、三日月さん、もう少し度数を下げるべきだった」
 面影の面倒を見ている相手に薬研が頭を掻きながら詫びたが、向こうはいつもの様に優しい笑みを浮かべながら首を横に振った。
「いや、構わぬ。お陰で面影の珍しい姿を見る事が出来た」
 それは心からの言葉であり、彼はそのまま視線を面影へと移してその瞳の奥を覗き込みながら尋ねた。
「面影? 少々酔いが深すぎる様だな……今日はもう寝所で休むか?」
 酒盛りはまだまだ続くが、寝所に向かうのに早過ぎる時間ではない。
 これ以上深酒をしてしまうと、身を害する事になるかもしれないと、三日月は相手に休息を取るよう切り出した。
「…………」
 呼びかけてくる三日月に、相変わらず無言のままでその視線を受け止め返した面影は是とも否とも答えず、代わりにまた例の笑顔を一際深くしてにこりと笑い、そのままこてんと頭を相手の肩へと預ける形で凭れ掛かった。
「……………」
 面影の無言がそのまま隣に伝染した様に、今度は三日月が黙る。
 瞳を僅かに見開き、ぎぎぎ、と音が聞こえそうな程にぎこちなく首を巡らせ、肩に頭を預けた相手を上から見遣ると、向こうは完全に沈没した様だった。
 くーっと微かな寝息を立てている面影にまた全員が吃驚している中、三日月は二、三度深呼吸をした後ではぁと息を吐き出し、ゆっくりと面影の身に手を回し、立ち上がりながら相手の身体を自分の前に横抱きで抱き上げた。
 そうされていながら、面影は全く目を覚ます様子はない。
 剣士としてあり得ない程の無防備さだったが、相手が三日月宗近という同じ本丸に属する刀剣男士だったからだろうというのが皆の一致した見解だった。
 それに、先程薬研が言っていた様に、この若者が本丸の中で一番信を置いているのがこの三日月宗近であるという事も皆には既に知られている事実だ。
 本丸に迎えられてすぐの頃は、何をするのも初体験であった面影の為に周りの男士達が心を砕いてくれていたのだが、如何せん此処は遊びの場ではなく、戦場に赴く為の陣、前線でもある。
 新人の教育の為にいつまでも貴重な戦力たちが時間を割く訳にもいかないというのが実情だった。
『では、面影が本丸に居る時は俺が教育係を引き受けよう。なに、暇をしているただのじじいだ、暫くは迷惑にもならぬだろう』
 まさか本丸の中でも最も上の立場にある彼が新人の自分に付くなど、と最初は当然面影はその申し出を固辞しようとしたのだが……
『勿論、俺もいつかは第一部隊として出て行かねばならぬ。だからこそ、面影には一日も早くこの本丸に馴染んでもらわねばならん。面影、俺が戦場に呼ばれるまでに、本丸の事を出来る限り学ぶのだ。俺の手を離れた後、誰の手も借りずに済む様に」
 本丸の事…それは本丸での内番や身の回りの事に留まらず、本丸周囲の地理、襲撃を受けた際の各々の役割、それに準じた自身の戦い方……実に多岐に渡る内容だった。
 三日月は実に懇切丁寧に、面影に教え続けた。
 上に立つ者として、他の刀剣男士達の責務を極力邪魔する事が無い様に新参者の教育を引き受け、最速で即戦力になる様に叩き上げていく。
 そして遂に三日月達、第一部隊が参戦を指示された時、面影は態度や性格は別にして、実力だけなら既に長年その本丸に在籍している刀剣男士の如き風格を備えるに至っていた。
 面影が意固地になっていたら、きっと最良の結果を導くまでには至れなかったに違いない。
 そこまでしてくれた相手に、心ある者なら感謝の気持ちを抱かない筈がない。
 面影も例に漏れず、自分に教育を施してくれた三日月には全幅の信頼を寄せるに至り、取り敢えず免許皆伝を受けた後になった今でも、何かあればすぐに三日月に意見を請うようになっているのだった。
 実は皆の目を遣り過ごす形で二人は前から恋仲になっており、面影が相手を慕うのは恋慕の情があるからでもあるのだが、それは二人から未だ誰にも語られぬままである。
 勿論、今も語るつもりもない三日月は、面影を寝かせたまま仕方がないと苦笑して皆に断りを入れた。
「はは、どうやら面影は此処で退場が良い様だ……じじいも今日はもう疲れた。この者を寝所に運んだら俺もそのまま暇するぞ。皆は引き続き楽しんでくれ、くれぐれも主に注意を受けない程度にな」
 そんな彼の言葉に皆は揃って是と答え、見届けた三日月は面影を抱き上げたまま、寝所へと向かって行ったのだった。


(………全く…この男は…)
 寝所へと続く渡り廊下を歩きながら、三日月は千々に乱れる心を必死に抑えつつ胸の中で眠る想い人を見下ろしていた。
 不覚だった…失敗だった………何故自分は宴席への参加を許可してしまったのか………
 あの部屋を出てから寝所に向かうまでの道すがら、三日月の胸中では延々と自身に対する叱咤の声が浮かんでは消えていた。
(可愛すぎるだろう、あの笑顔は……!)
 顕現して間もない、精神年齢はまだ幼いとも言える若者が、酒の力で警戒心を解いた後に浮かべる笑顔があれ程に無邪気で鮮やかなものだとは……!
(……俺だけが見ていたかった……)
 過ぎた事は仕方がない……そう理解はしているものの、彼は繰り返し、独占欲丸出しの言葉を胸の中で呟き続けた。
(しかも………あんな無防備な仕草で、肩に凭れ掛かってきて………)
 こてん…と肩に乗せられてきた相手の頭の重み…今でもはっきりと思い出せる。
 肩口から覗いた、その麗しい寝顔。
 ほんのりと紅く染まった頬も、長い睫毛も……
(…あれを見た時、理性を保てた俺を手放しで褒めたい………)
 もし自分が、打たれてたかだか数百年程度の若造だったなら煩悩に打ち負けて押し倒してしまっていたかもしれない……四桁の年月生きて鍛えられた忍耐力は伊達ではない。
(兎に角、今宵はこのまま布団に寝かせてしまおう……)
 きっと明日には殆どの記憶は飛んでしまっているのかもしれないが、その時に改めて飲酒を控える様に伝えたら良いだろう。
 そんな事を考えていると、不意に腕の中の面影の身体が身じろいだ。
「ん?」
 つられてそちらを見下ろせば、伏せられていた瞼がゆるゆると開かれ、久しぶりに美しい翠の瞳が顕れる。
「…………」
 素面であれば自分の状況を認識した瞬間に何らかの反応を返す筈の若者だったが、今は全くその様な素振りも見せず、相変わらずくたりと全身を三日月に委ねたままじっと彼を見上げていた。
「おお、目を覚ましたか? このままお前の寝所に運んでやろう、大人しくしておれよ」
 まだ夢現の中に在るのかと思ったが、三日月の言いつけはちゃんと聞こえていたらしい。
「…………ん」
 こくんと素直に頷いて………面影はするっと両腕を三日月の首に回し、ぎゅっと彼に抱きつく形をとった。
「………!!!」
 普段は非常に恥ずかしがり屋な面があり、自分からここまで密着するような行為を取ることは決してない若者の豹変ぶりに、再び三日月が硬直する。
 酒の影響で体温が上がっているのか、微かに相手の身から空気を伝って熱が伝わってくるのが分かった。
 面影の呼気からもほんのりと酒の香りがする。
 しかし、このまま寝かせたら、明日には酒気も抜けていくだろう……
(…こんなに素直に甘えてくれるのなら、また酒を勧めてしまいたくなるな……無論、他の者がいない時に限るが……)
 あまりにも無防備すぎる相手の姿に、正直、欲情してしまいそうになったが、流石に酩酊者を襲う訳にもいかない。
 名残惜しくはあるが、今日は同衾は諦めるとしようか……
 そう自分を納得させながら、相手の寝所へ辿り着いた三日月は、勝手知ったる仕草で障子を開けて中へと入る。
 私室の奥に誂えられた寝所にそのまま歩を進めた三日月は、相変わらず殆ど物が置かれていない閑散とした光景に苦笑する。
(少しは何か気に入るものでも飾れば良いだろうに……欲のない男だ)
 そうは思ったが、今は何よりこの男の身体を休ませる事が最優先だ。
「さて、先ずは布団を敷かんといかんな……すまぬ、面影、少しだけここで我慢してくれ」
 布団を敷くには抱き上げている面影を一度手放さなければならない。
 そっと静かに畳の上に若者を寝かせると、三日月は手早く押入れの奥から一組の布団を持ち出し広げた。
 微かに布団から立ち上る相手の香りに知らず口元が緩む。
 前回、此処に身を横たえたのはいつだったか…と思い出しそうになった頭を左右に振り、三日月は改めて面影を抱き上げ、ゆっくりと布団の上へと下ろしてやると、その刺激でぱち、と相手が瞳を開いた。
「……みか、づき…?」
「うむ、すまんが勝手にお前の部屋に入らせてもらった…ふむ、少々顔が赤いな、もう一杯水を貰ってくるか…」
 厨に向かおうと布団の脇で立ち上がった三日月が相手を見下ろした時、意外にも、先程まで横になっていた面影も同じ様に身を起こそうとしていた。
「ああ、お前は横になっておれ面影。俺が厨に行ってくるので、そのまま待って…」
 てっきり自分の行動につられて同行しようとしているのだろうと思っていた三日月は、次に相手の起こした行動に息を止めた。
「…!」
 面影はまだ夢現の中にいる様な表情で、作務衣姿の相手の下半身に手を伸ばし、作務衣だけでなく股引にまで手を掛けゆっくりと引き下ろしてきたのだ。
「面影…っ!?」
 いつもの奥ゆかしさが服を着たような男の突拍子のない行動に、一瞬、寝惚けているのだろうかと考えたのだが、そんな三日月の戸惑いに構わず面影は明らかな目的を持って行為を続行し、相手の下の衣類を彼の膝上まで引き下ろした。
「みず……は…いらない……」
 飲酒の影響なのか、はぁ……はぁ……と聞こえる程に熱い吐息を零しながら、面影は呟きと共に手を伸ばして三日月の雄に触れてくる。
 まだ『臨戦態勢』に至っていなかったそれは下を向き、柔らかい感触を返してきていたが、面影はそれを愛おしそうに床と水平になる形で支え持つと、ちゅ、と優しく先端に唇を触れさせた。
「みず、より………みかづきの…みるく…ほしい…」
「!!」
 ある意味あからさまな暗喩にぞくっと三日月の背筋に衝撃が走る。
 それは…つまり……
 聞こえてきたのは自分の都合の良い幻聴ではないのか……?と未だ全てを信じられない様子の三日月だったが、それでも彼の欲望を揺り起こすには十分な衝撃だった様で、面影に触れられていた雄が明らかに固さと熱を増した。
 雄の主がその変化に気付かない筈も無く、三日月はほんの少しだけ自己嫌悪に陥る。
 相手が酩酊の勢いでやっているのかもしれないのに、それを感じていながらこうも単純に欲情してしまうとは………
 その一方で、自分の手の中で反応を示した相手を感じた面影はふ、と笑みを微かに深くして、ぬるっと口の中に相手を含み入れた。
 火照った身体の男の口腔内はいつもより熱く、まだそれ程に熱を孕んでいなかった三日月の分身に熱量が与えられてゆくと同時に、歓迎するように面影の舌が粘膜を擦りつけるように絡みついていた。
「んん……はぁっ…」
 口でしてくれるのは初めてではないが、最初からここまで積極的になってくれるのは……やはり酔いにつられてのものだろうか。
 いつもの慎ましい態度が、彼が被った仮面であり、それを酒が剥ぎ取ったというのなら……
(正直、大歓迎なのだが、な……)
 普段の恥じらいが見られる面影にも勿論大いに魅力を感じているが、こうして本能に忠実になり、求めてくる彼も愛おしくて仕方ない。
 そもそも、相手に初めてを教えたのは他ならぬ自分自身だ。
 自分の教育で面影の身体が開発されていき、淫らになっていくのなら、その彼の欲求を満たしてやるのも己の責務というものだろう。
「……いつになく、旨そうにしゃぶってくれるな……」
「ん……ふ……」
 根元近くまで咥え込み、口腔内で唾液の海に浸し、大事に大事に磨き上げる様に舌で擦り育てていた雄を一旦口内から解放するべく面影が頭を後ろに引く…と、ぶるんっと立派に育った肉刀が突き出される。
 己の唾液でぬらぬらと濡れ光る凶悪な雄の先端から、ぷくりと先走りの雫が滲み出たのを目敏く見つけた面影が急いた様子でそちらへと唇を寄せ、ぺろりと舐め上げると、続けてぺちゃぺちゃと亀頭や茎の表面にうっとりした表情で舌を這わせた。
「ん……みかづきのオ○ン○ン、すき……はやく…みるく、だして……」
「!!……ふふ」
 淫らなおねだりをしてきた想い人に一瞬目を見開いた三日月はすぐに唇を歪めると、足首まで下りてきていた下の衣類を器用に足を動かして取り去り…………
「俺も、お前のオ○ン○ンが好きだ……」
 軽く上げた右足の底を面影の股間に当て、実は怒張していた相手の肉棒を布越しにぐりっと下から上へと擦り上げてやった。
「あああーーっ!」
 びぐんと背を反らして声を上げる相手に構わず、三日月は続けて足底を彼の股間に当てたまま、ぐりぐりと足指を動かして布地の向こうの欲棒を攻め立ててゆく。
「ひっ…! あっ、あっ! あんっああんっ!」
「こっそりと勃起させて、足でちょっと攻めるだけで好い声で啼いて……可愛くてならぬ…」
 ずりっずりっと布越しに擦られ、既に押し上げられていた布の先端は淫らな染みを作っている。
「ああっ、いっ…ひぁっ! あっ、まって…まって、ぇ!」
 今にも達きそうになっているところを必死に堪えながら、面影が相手の右足に縋ってその行為を中断させると、腰を浮かせて急きながら下の服を引き下ろした。
 膝下に引き下ろすに留めた形になったので完全に取り払われた訳ではなかったが、それによって昂った彼の分身も露わになり晒される。
「ん……」
 三日月の言う通り、彼の楔を咥え、足趾で嬲られて浅ましくも興奮してしまっている分身を直に目にした面影は、微かに肩を震わせたがそのまま伸び上がって赦しを乞う様に再び相手の肉棒に口付け、行為を再開させた。
 ちゅ……ちゅくっ……ぴちゃっ………
 言葉には出さずとも、彼が何を望んでいるのかは明らかだ。
「……成程、布越しでは物足りぬか?」
 にゅるっ……!
「んんっ…!!」
「足の趾の間で擦られただけでこんなにとろとろにして……ああ、今のお前の顔も程良く蕩けているな……」
 良い眺めだ、と優しく自分の雄を咥えている相手の頬を撫でると、三日月は優しい口調で面影に命じた。
「俺のが飲みたいと先におねだりしたのはお前なのだ。俺より先に達ってはならぬぞ?」
 そして、ほら頑張れと頭に手を置き、更に根元深くまで咥え込む様に促すと、面影は眉を顰めつつも必死にそれに従う様に喉奥へと相手を迎え入れた。
 じゅっ…じゅぷっ、じゅくっ…ぐちゅっ……!
 にゅくっ、ぬちゅっ……ずりゅっ……
 互いを煽り合う様に、上と下で濡れた淫音が響き合った。
 その調律はまるで合っていなかったが、明らか、面影の唇から漏れ出る方が激しさも速さも勝っていた。
 三日月から命じられた様に、自分が先に相手より達する事は出来ないと己に課しているのだろう。
 別に破ったからと言って罰則が与えられると宣言された訳ではない…いや、より淫らな悪戯を施される事はあるかもしれないが、そういう可能性を抜きにしても面影は三日月の言葉に無意識の内に素直に従おうとしているのだった。
(可愛い…………)
 もし面影が先に達してしまった場合どうするか実は何も考えていなかった三日月だったが、今回は武士の情をかけてやることに決めた様で、彼の頭を軽く固定すると自らの腰を激しく動かし、自身を敢えて追い込んでいく。
「んん〜〜っ! んっ、んく…っ!!」
「そら、お前が飲みたがっていたみるくだ……とくと味わえ…っ」
 どくんっ! どく、どくっ! びゅくくっ!
「〜〜〜〜〜っ♡♡」
 口の中で激しく爆ぜ、白濁した樹液を幾度も注ぎ込む欲望が跳ね回るのを感じながら、面影はいつになくl恍惚とした表情でそれらを受け止め、口の中を満たす精を味わっていた。
 とろり…いや、どろりとした粘度の高い樹液を舌の上で遊ばせた後に溢れ出る前にこくこくと飲み下してゆく。
 本来は飲むべきものではない、が、愛しい男の体液である事に変わりはない。
 その全てを飲み下し己と同化させる悦びに、喉を幾度も鳴らしながら面影は全身を震わせつつ、自身の欲棒もようやく解放させた。
「はっあ…! い、くっ、みかづきぃ…! イく、イく、達くぅーーーーっ!!♡♡♡」
 びゅるっ!! びゅるるっ…!!
 足趾の間に挟まれて擦り上げられていた面影の昂りも、相手が先に達した事で箍を外す事が出来たのか、数呼吸置いた後に精を迸らせた。
 粘り気のある白濁は宙を舞い、そのまま一部は三日月の滑らかな脚とその甲、趾をも汚していった。
「あ………あっ……♡」
 全ての精を飲み干し己の分身が射精を終えた後、面影の身体はまだ小刻みに震え続けており、若者はそんな自らの身を抱き締めながら苦しげに眉を顰める。
「やっ……やだ…からだ、へん……」
 何故かは分からないが、纏っている上の衣類が肌を掠めるだけでぞわりとした感覚が生じてしまい、それに耐えきれず面影はぐいと一気に服を脱ぎ捨てて全てを晒す。
「面影……?」
 達して少しは熱も治っている筈なのに、何故か彼の吐息は依然熱いまま、激しいままで、身体すら支えられないのかそのままぐたりと布団の上に横たわってしまう姿に、三日月も異変に気付いて名を呼び掛ける。
 しかし、面影はそれに応える事もなく、しどけなく身体をくねらせて首を横に振って訴えた。
「だめ、だめ……ざわざわして……ああ、おさえられ、ない…っ、はあぁっ♡」
 三日月が見ているのに……愛しい男が傍にいるのに、疼きが止まらない…慰める手を止められない……っ!
「ん、んはぁ…♡ あっあっ……い、いいぃっ♡♡」
 上から見下ろしてくる三日月の熱い視線を感じながら、面影は左手で自身の左の胸の果実を摘み捏ね回しつつ、右手は股間の再び昂り始めた楔を掴み、激しく上下に扱き始めていた。
 三日月に見られていると分かっていながら、そう願われた訳でもないのに、どうして自分は彼の前でこんな浅ましい姿を晒しているのか……
 ぼんやりとそんな事を考えたが、その思考すら何処か他人事の様で、ふわふわと地に足が着いていない様な妙な浮遊感を感じてしまう。
 無論それも酒の効果なのだが、今の面影にはそこまで思い至る事が出来ない。
(わたしは…どうしてこんな…………これは、現…? それとも、夢、か…?)
 いや、確かに現実だった筈だ……私は今夜、皆と共に初めて酒を口にして……そうだ、あの時に一度意識を失って…気が付いたら心地よい三日月の胸の中にいて…………それから……それから…………?
(三日月が側に居てくれて………そう、喉の渇きを、あろう事か彼の体液で潤そうとして……)
 普段ならとても口に出来ない事を恥じらいもなく実行し、先程、望んだままに相手の精を飲み干し、自身の昂りも絶頂を迎えた…………
 なのに、相手の白濁を飲み干してからより一層身体が疼き始めてしまったのだ。
 今も自分は迷っている、この意識が現実にあるのか、それとも夢の中で漂っているのか……
(これまでこんな身体の奇妙な高揚を感じた事はなかった………ならば、やはりこれは…夢、なのか……?)
 酩酊状態の者ほど、その違和感の原因が酒であることに思い至らない事は多々ある。
 しかも面影にとって不幸だったのは、今回酒を口にしたのが初めてで、それ故に自身がそれによってどうなってしまうのかという事が全く分かっていなかったことだ。
 これが敵の罠であれば思考の行先も異なっただろうが、今日の酒の席は本丸の仲間達と囲んだものであり、側に三日月が居てくれた事で面影の警戒心は殆ど解除されていた様なものだ。
 今も、自身が見ているのが夢か現か分からないまま。
 しかも面影はこれが現実であった場合に懸念すべき、酔いが覚めた後の後悔と羞恥にすら思い至らない様だった。
(見られてるのに……恥ずかしい、のにっ……ああっ、気持ちいい…)
 本能が快楽を求めるのに応じて、面影は自慰を続けながら三日月に願った。
「は…あっ、あっ♡ みか、づき……抱いて…♡」
 ぼんやりとした意識の中でも、相手が熱っぽい視線でこちらを見下ろしているのは分かる。
 そこに驚きと欲情の色は感じ取る事は出来たが、侮蔑のそれはない様に感じる。
 しかし、万一蔑んだ視線が向けられていたのだとしても、自らの身を這い回る手を止める事は出来なかったかもしれない。
 それ程に、面影の身も心も快楽に飢えていた。
「面影……」
 若者の渇望に応じる様に、三日月もまた手早く上の衣類を脱いでぞんざいに布団の脇へと投げ捨てながら、頭の中では相手の変貌の理由について考えを巡らせていた。
 普段より明らかに声も甘ったるいものになっており、今の相手は明らかに素面の状態ではない。
 概ね、酒が相手の性欲を繋いでいた鎖を断ち切ったのだろうが、それにしても先程からの彼のより一層の変貌は気になるところだ。
 精を飲み干した後にすぐ苦悶の表情を浮かべて、かと思えば、いつもの羞恥も無く自慰に耽る姿を敢えて晒して見せるとは……
(目の焦点が合っておらぬ……達ったばかりというのもあるのだろうが……やはり、酔いが過ぎた様だな…)
 横になっている相手に覆い被さる形で身を寄せた三日月は、覗き込んだ相手の表情と目の虚な様子からそれを瞬時に読み取った。
「み、かづき……」
「ああ、よしよし……」
 呼びかけてくる想い人を落ち着かせる様に、そぉっと手を伸ばしてその細い首に触れ、そのままするりと鎖骨から胸へと手を滑らせると、途端にびくびくっと面影の身体が激しく跳ねた。
「ん、あぁっ♡! やぁ…っ、びりびりする……♡ あっ、きもちい……」
(肌に触れただけでこれとは…異常な程に感覚が鋭敏になっている………ふむ)
 酒以外で彼をこうしてしまった原因に思い至り、三日月は僅かに苦笑いを浮かべた。
(酒で性欲が解放されたのに加えて、俺の精液が催淫の役目を果たしたというところか…)
 調剤された薬剤ではなくとも、男の精にそういう効果があると言うのは昔から知られた話だ。
 薬効として出てきた訳ではないのかもしれないが、実際に男の精液を飲んだという行為が面影の淫欲を覚醒させてしまったのかもしれない。
 結果、今の面影は全身が性感帯になってしまっているのだろう。
(これが初めての相手であったなら、酔いに乗じて抱くなど不届千万であっただろうが……)
 幸いというべきなのだろう、彼は既に己と恋仲であり、身体を重ねた事もある間柄だ。
 酔いの中とは言え、相手が自分を求めてくれておりその身が切ないと苦しんでいるのなら、満たしてやるのは自分の権利であり義務だ。
 無論、他の誰にも譲るつもりはない。
「心配するな面影……お前が望むだけ、俺が幾らでも抱いて満足させてやるぞ」
 軽く肌に触れたきり、何も仕掛けてこない相手に僅かに不安げな視線を向けていた面影は、彼の断言に安堵した様な笑みを浮かべてそっと唇を寄せてくる。
「離れないで…」
「ああ…」
 求められるままに唇を重ね合わせて互いの唾液を啜り合い、舌を絡め合う中……
 ふと三日月の視線が布団の脇に置かれた愛用の蒲公英色の手拭いへと移り、悪戯を思い付いた様に笑みを浮かべると、口吸いを続けつつ腕を伸ばして手拭いを取りあげた。
 そして器用に手元で対角線上の角を合わせて三角を作り、更にその頂と麓を合わせて長細い台形の形状を作り上げると、二人の腰と腰の狭間へと差し入れ……
「………!? えっ、あっ…な、にっ?」
「離れたくないのだろう?……そら、これで…」
 きゅっ……きゅっ……
 異質な感覚に面影が驚いて互いの股間に目を遣れば、二人の楔が裏筋を合わせる形で重ね合わされ、それらをぐるりと取り囲む形で手拭いが巻かれ、端と端とを結ばれてしまっていた。
「あっ…!?」
 今度こそ心底驚いた面影が思わず無意識に腰を引いた瞬間…
 ずりっ…!
「ひあぁんっ!♡♡ あぁ〜っ!♡」
 結ばれた手拭いに引き留められる形で、面影と三日月の雄が擦れ合い、同時に手拭いの生地からも擦られる刺激が伝わってきた。
「あっ♡ ひっ♡ ひぃんっ!♡♡ こ、れっ、オ○ン○ンこすれあって、ぇ!!♡♡ 手拭いも、きゅうきゅう締めつけて……いいっ♡ 」
「はぁ………ふふ、気に入ってくれた様だなぁ…そぅら…」
 自らも感じて熱い吐息を漏らしながらも、下で悦楽に悶える面影を愛おしそうに見つめながら三日月はゆっくりと腰を前後に緩やかに動かし始めた。
 ぬりゅ……ぬちっ…くちゅ……
 三日月が蠢く度に互いの裏筋が擦れ合い、同時に固く結ばれた手拭いが楔達が離れる事を許さず、罰を与える様に茎に刺激を与えてくる。
 まるで違う二つの感覚に、面影は大いに乱れて腰を揺らし、また新たな快楽に悶えるのだった。
「あ、あぁっ!♡ やだぁっ♡ またっ、オ○ン○ンこすれて♡ ひあぁんっ♡♡ ふくらんでるぅ♡ あはぁぁ、これ、きつぃい!♡」
 どうやら三日月が手拭いを結んだ後に二人の肉棒が更なる興奮で存在感を増し、手拭いでよりきつく締め付けられている状態の様だ。
 それは一種の苦痛をもたらしたが完全に快楽が消えた訳ではなく、面影の腰の動きも止まることはなかった。
 寧ろ、苦痛は更に彼等の身体を熱く燃え上がらせる役目も担ったのか、いつの間にか若者の悪戯から逃れた胸の二つの蕾がより大きく赤く膨らみ、ぴんと尖り始めており、それはすぐに目敏い相手に見つけられてしまった。
「ほぅ……こちらも負けず劣らず元気に勃っているな……こんなに固く尖らせおって…犯してほしいと言っている様なものだ」
 きゅっ…きゅうっ…
「っはあぁんっ!♡♡」
 両方の乳首をきつく摘み上げながら、その固い弾力に三日月はうっそりと笑う。
「ああ、堪らぬ……この桜の様な淡い花弁の奥の奥まで味わってみたい…」
「あ…? あ、あっ、そんな、拡げちゃ…♡」
 今度は摘んで尖らせる行為とは真逆に、両の人差し指を使って片方の蕾をぐ、と左右に押し開き、先端の慎ましやかな窪みの更に奥を暴かれてゆく。
 それを目の当たりにした面影が感じながらも動揺している中で、三日月は更に見せつける様に舌を覗かせると、隠されていた秘孔の奥の粘膜にその先端を捩じ込んでいった。
「ああっあっあぁ〜〜っ!!♡♡♡ 」
 既に幾度も三日月と身体を重ねる中でその身を開発されていた面影は、胸の蕾もより敏感に感じる様になってしまっていたが、今日は更に酒の影響でその感度はいや増していた。
 電流の様に走る衝撃が舐められた部分から生じ、それは脳天と雄の器官に向かう二つの奔流へ分岐する。
 そのどちらもが面影の本能を容赦なく刺激し、それに呼応する形で彼の肉体が激しく痙攣した。
 悲鳴に似た嬌声を上げた後は息も絶え絶えといった様子でひくひくと喉を鳴らし、突っ張った下肢の狭間では、密着した三日月の分身と手拭いに拘束されていた肉楔が一気に跳ね上がってその膨らみを増していた。
「そこ…っ! あ、そんな激しくぬりこまなっ……!!♡ や、いや…っ♡ そんなはげしくされたらぁ……また、オ〇ン〇ンおおきくっ…!!♡♡」
「ああ、分かるぞ……俺のもお前のに擦られて、とても心地よい……ここを可愛がれば、もっと応えてくれるのか…?」
 今度は右から左へと唇を移し、同じ様に指先を使ってそちらの乳首の窪みも同様に押し広げ、舌先で唾液を染み込ませていくと、更に向こうの肉棒が暴れてぐんぐんと容積を増していくのが分かり、三日月が笑う。
 これは、もうすぐ限界を迎えるだろうな……
 そんな男の予想通り、面影はちかちかと視界に光が飛んでいる様な錯覚を覚えながら相手に訴えた。
「みか、づき…!♡ あっあっ、イくぅ…っ♡ 乳首もっ、オ〇ン〇ンもっ、きもち…くて…あああっ! また、またみかづきにイかされるっ!♡♡♡」
「いいぞ…何度でも、好きなだけ達ってしまえ」
 許しを受け、相手が手拭いの結び目を解くと同時に楔の中を溶岩が走り抜けるのが分かり、面影が限界まで背中を反らす。
「あああっ! みかづきっ、みかづきぃっ!♡ だめっ、もう、もうっ♡ ああぁ~~~~~♡♡♡」
 どぴゅっ! びゅるるるっ!!
 ぴしゃ……ぴしゃっ…
「ん…っ……ふふ…」
 想い人の熱い白濁液が迸り、それは三日月の胸や腹部にも散っていく。
 自分が相手を悦楽の極みへと導いた証……
 その熱を感じた男は愉しそうに笑いながら下で絶頂に翻弄されている相手を優しく見下ろした。
「好い達きっぷりだったな……満足したか?」
「…………」
 ふわふわと身体が浮かんでいる様な、そんな心許ない感覚に包まれながら、面影は相手の言葉をぼんやりと聞いている。
 彼は既に本丸内の全ての刀剣男士に知られている通り、非常に忍耐強く、それでいて慎み深い性格だ。
 なので多少自分にとっての不都合が生じたとしても、それが本丸の安全や他の者達の危険に繋がらない限りは、彼は平然とその不利益すらも受け入れる。
 我慢してのことでは無い、それが面影にとっての自然なのだ。
 しかし今、酒を飲んで酩酊している状態に在っての彼は、そんな『日常』よりずっと本能に忠実になっていた。
 任務には忠実に当たり常に冷静沈着であるべし、そうあるべしと本能を拘束していた理性が酒によって解かれ、目の前には己に『甘える』事を教えてくれた男。
 そんな状態で本心を取り繕うことなど出来るはずもなく、面影は頭を振って男の首に縋り付いた。
「だめ………まだ…たりな、い…」
「おや」
 意外そうに零れた声だったが、明らかに愉しんでいる口調だ。
 そんな三日月が少しだけ癪に障りはしたが、自分が求めるものは彼しか与えられないし、彼以外から与えられるつもりも無い。
 それに、この男は『こういう時』にはとことん自分に甘い事も知っている…なら……とことん甘えたい……頑なな心が蕩けている今だけでも……
「みかづき…」
 そっと手を伸ばして相手のそれを取り上げると、面影は誘い導く様に自らの後蕾へと運び、指先を触れさせた。
「オ、○ン○ンだけイっても…たりない……っ♡ ここ…みかづきので、みたして…いっぱい……」
「…っ」
 ぞくぞくぞく……っ!
 果たして面影には見えただろうか、目の前の男の瞳に野生が宿り、全身に微かな震えが走ったことを。
「ああ、これは困るなぁ…こんなに煽られてしまっては……」
 お前をもっともっと愛欲に沈めて、俺無しではいられぬどころか狂ってしまう様にしてしまいたくなる……
 くくっと密かに唇を歪めながら、半分は相手の誘いに乗る形で、もう半分は勿論自分の意志で、三日月はさわさわと相手の蕾の表面をくすぐる様に円を描く要領で撫で回した。
「んっ…♡ は、ぁ…」
 他の場所より薄く敏感な粘膜を優しく揶揄われ、相手の首に抱きついたまま面影は甘い声を漏らした。
「……おく……もっと…奥も…っ♡」
「ああ……辛くない様に、じっくりと解しておかねばなぁ…」
 つぷり……
「んああ…っ!♡」
「…ほう……」
 人差し指のまだ第一関節までしか挿入していないにも関わらず、待っていたとばかりに熱く絡みついてきた淫肉の反応に三日月が目を眇めた。
(この激しい反応……酒そのものも、面影の身体には媚薬として作用してしまっているのかもしれん)
 だとしたら尚更、この男に酒を近づけさせるのはあまりにも危険だ…よくよく言い聞かせておかねば……
 思いながらも今は話は別として、三日月はちゃっかりと催淫状態の相手の反応を愉しみつつ、ゆっくりと指を根元まで埋めていき、内側の状態を入念に探った。
 面影に対してだけは独占欲が半端ないこの男は、二人が本丸に居る場合はほぼ毎夜彼を抱いている…ので、相手の雄を受け入れる場所が頑なになっている心配は殆ど要らない。
 しかしそれでも面影を大切にしている分その思い入れもかなりのもので、身体を重ねるその都度、三日月は面影が傷つく事が無い様にと手厚い愛撫を施していたのだが、その男の目線からしても今の面影の反応は過剰とも言えるものだった。
「ひうぅんっ!♡♡ はっ、あっ、ああっ!♡ いい、いいっ♡ そこ♡ 」
「うん、ここだな……好いトコロが膨らんでいるのが壁越しでも分かるぞ、ふふ」
 奥に差し入れた指の腹を相手の腹部に向けた形で、うねる淫肉をゆっくりと何度も擦ると、向こうから異なる感触を返してくる小さな膨らみの存在が露わになってくる。
 まるで三日月の悪戯を嗅ぎつけ、自分からそれを求める様にぷくりと膨らんだそれを、男は応える形でこりこりと何度も肉壁越しに擦り上げてやった。
 そして指の数を二本に増やして、同じくその壁向こうの器官を強く擦ってみせると、より一層大きな面影の嬌声が上がり彼の腰が淫らに激しく揺らされた。
「そんなに物欲しげに腰を振って…もう欲しいのか?」
「はぁ、はぁ♡ だってそこ…よすぎて…っ♡ 腰がかってに揺れて…っ♡ はやく、みかづきので…♡♡」
 ねだる相手に三日月は笑みを深め、相手の耳元に唇を寄せた。
「知っているか? 面影……女子が男を受け入れ、種付けを行う為の場所を『オ〇ン〇』と言うのだ」
「……っ!」
 際どい淫語を囁かれて若者が顔を赤くするより先に、三日月が笑みを含んだ声で続けた。
「俺を求めてこんなにいやらしくうねって、女の様に雄を欲しがるお前の此処は、言うなれば『雄〇ン〇』だな…?」
「そ、そんな、こと……」
「今、返事をするようにお前の此処が締まったぞ…? 身体の方がよく理解している様だ…」
 ぐちゅ、と締め付ける淫肉を掻き回しつつ、三日月は追い立てる様に面影の壁向こうの急所をこりこりこりっと指先で強く弾く様に刺激した。
「うああぁっ!!♡♡ やぁっ♡ もっ、指じゃ…いやぁ…♡♡」
「……欲しいのだろう?」
「ん、うんっ…! ほしい…ほしい…っ!♡」
「何をどうしたら良いのかな…? おねだりの仕方は分かるだろう?」
「そ、れは……でも…」
「教えてくれねばずっとこのままだが…?」
「あ…っ、いじわ、る……ん、あぁっ、やめないで…♡」
 今なら酒の助けも借りてなし崩し的に陥落できるだろうと踏んだ三日月の思惑通り、少しだけ刺激を強くして煽ってやるだけで、瞬く間に面影は堕ちてきた。
 せめて密やかにと思ったのか、ぐいっと三日月の頭を強く抱き寄せて彼の耳元に唇を寄せ、甘い声で希う。
「みっ……みかづきの…オ〇ン〇ンっ……挿れてぇ♡ わたしの…やらし、ぃっ…『雄〇ン〇』にっ♡ いちばん、おくまでっ!♡ おくの、おくまでぇっ!♡♡」
「ああ、俺ももう辛抱が効かぬところまで来ている様だ……なぁ面影…爺が年甲斐もない事をしてしまうが、今宵は少々本気で、お前に種付けをして良いか…?」
「………っ!!」
 あまりに直接的な問い掛けに、びくっと面影の肩が小さく震えた。
 いつもの二人の交わりに於いてすらも、例外なく翻弄されっぱなしであるというのに、わざわざ相手が断りを入れてくる程に今日のそれは激しいものになるという事か……
(ああ……どうかしてしまっている………怖いと思っているのに、嫌だなんて言えない……それどころか、期待している…してほしいと願ってしまっている…)
 あれ以上激しくされてしまっては、自分がどうなってしまうのか分からない……
 今でも既に三日月に開発された身体は、彼のささやかな愛撫にすらも反応してしまう程だと言うのに、これ以上深みに嵌ってしまっては……でも、彼がしてくれるのなら、それはきっと心地よいものだろう………
「ん……うんっ…いい、からっ……早く…♡」
 結局自らの退路を断つ形で面影は三日月にこくこくと頷き、それを受けて三日月は既にかなり前から暴発寸前の状態である分身を、相手に覆い被さった体勢のまま後蕾に押し付けた。
「あ……♡」
 来る……来る………
 どきどきと早鐘を打つ己の心臓の音を聞きながら、面影は相手の侵入がどの様に為されるのか期待を抱きながらその時を待った。
 ゆっくりと愛おしむ様に押し広げて来るのか…焦らす様に先ずは先端だけを埋めては引くを繰り返すのか…それとも………

 どちゅっ!!!

「っ~~~~~!!!♡♡」
 思考を一気に断つように、三日月の雄々しい楔が一気に根元まで突き込まれ、その衝撃と圧迫感に面影の呼吸が止まる。
 最奥を抉るのと併せ、そこに至るまでに先端の固いまろみがごりっと壁向こうの急所を潰す勢いで擦り上げると、これまでにない反応で面影はあっさりと三度目の絶頂へ追い込まれた。
「あっあっああ~~~~~っ!!!♡♡」
 びゅるるるっ!! びゅっ! びゅく、びゅくっ!!
 二度目の絶頂から然程経過していないにも関わらず、面影の欲棒はこれまでになく熱く昂ぶり、大量の樹液を勢い良く迸らせた。
(う、うそっ! うそっ!! 達ってる!!♡ たった…一突きされた、だけなのに…っ こんな凄いの…だめぇ!♡)
 これは……予想以上にまずいかもしれない……
 堕とされる……何処までも深く……
「見事に達ったなぁ……酒の事もあるとは言え、挿れただけで気をやるとは」
 予期出来ていなかった快感の衝撃に、ぐらぐらと未だに脳髄が揺らされている様な感覚に翻弄されている面影の内に留まったままの三日月が、ぬるりと面影の腹に散った彼の白濁を塗り付けながら笑う。
 そしてその笑みがふっと消えると、三日月の腰が再び蠢き出した。
「あ、あ……っ」
「だが、俺はまだ達けてないのでな……共に、また気持ち良くなろう…」
 達したばかりの身体は快感に異常に敏感になっており、相手の楔が体内で蠢き再び抽送が始まると、持ち主の意志に反して面影はまたもあっさりと絶頂に導かれた。
「んあっ♡ あっ、あ~~~っ!!♡」
 きつくきつく三日月の分身を締め付けながら面影は引き攣るような声を上げて腰を痙攣させた、が、つい先程放ったばかりだからなのか、彼の雄の先端からは透明な雫がびゅくっと零れ落ちただけだった。
「はは……達くだけでなく潮まで噴いたか…」
 依然、まだ達する気配のない三日月がひそりと呟き、久し振りに面影の唇を塞ぐ。
 そう言えば…射精を伴わずに達することを『メスイキ』と言うのだったか……と、現世遠征した時に偶然聞きかじった情報についてぼんやりと思い出す。
 別に三日月本人がそういう知識を求めた訳ではなく、たまたま任務で訪れた街が『花街』に近い処でそこで勝手に耳に入って来た知識だったのだが、今、目の当たりにした事で思い出した様だ。
「……すっかり俺だけの雌になったなぁ…面影よ」
「う…あ…っ♡ はっ……はぁ、はぁ…っ…」
「俺が達く前に、何度メスイキをするのだろうな…?」
「め…す…?」
 その淫らな言葉を復唱する前に、再び面影は相手の激しい攻めに翻弄され、言葉を失ってしまう。
 ずちゅっぐちゅっと粘膜同士が擦れ合い、激しく互いの肌が打ち付け合う音が耳を犯し、同時に身体の奥は彼の肉棒に突かれて熱く蕩けていく。
「あっ♡ あっはぁ!♡ あんっあんっ!♡♡」
 突かれる度に頭が真っ白になり、腰が戦慄き、身体の奥が否応なしに収縮して相手を締め上げる。
(す、ごいっ! また、またイくっ! 奥まで突かれる度に、『メスイキ』してるっ!♡ いいっいいっ!)
 射精の時の快感とはまるで違う……犯された後に達しても長く長く続く痺れるような快感……
(だめ、だめ…こんなの……何度も達かされた、ら…戻れなく、なるっ…!)
 既に三日月の手に依って忘れられぬ快楽を刻み込まれた身さえも怖れる程の悦楽。
 それがすぐ側までにじり寄っているのを感じて面影は戦慄いたが、肝心の身体はとっくに持ち主を裏切って三日月に恭順を示していた。
「やっ、いやぁ! 三日月っ…もう…っ」
 嫌だと言いながら必死に自分に縋りついてくる相手への愛おしさを感じながら、三日月は自らにも限界が迫ってきているのを体感し、より一層激しく腰を動かした。
「射精すぞ……っ、お前の奥に…!!」
「んんっ…! もう、射精してっ♡ いっぱい、私のなかに種付けしてっ!!♡♡」
「〜〜っ!!」
 目の前がくらくらする、愛しい者に求められる幸せで。
 年長者としての意地でこれまで何とか目の前の男の見せる艶姿に動じない姿を保ってはいたが、最早それも限界に近かった。
 本当は、滅茶苦茶に己の内に渦巻き荒ぶる本能の望むままに犯し抜きたかったのだ、あの酒の席の時から既に……
 しかし、先ずは面影を気持ち良くしてやる事を優先し、随分と耐えた……が、相手ももうここまで蕩け、少々無茶をする許しも先程得たのだ、もう良いだろう……?
「ん…っ!!」
「あ…っ♡」
 息を詰めた三日月の身体の動きが一瞬止まり、代わりに面影の内にあった楔がぐぐっと一気に膨らんだ事を両者が認識した直後……
「く、ぅ…っ!!」
 ずんっ!ととどめの如く三日月が腰を前に突き出し、面影の体内の奥の奥まで肉楔を突き入れると、びゅるるるっと音が聞こえそうな勢いで三日月の樹液が迸った。
「んあっあああ〜〜〜〜っ!!♡♡♡」
 内から灼かれる様な感覚に声を上げながら、面影も久し振りに射精する。
 しかし追いかける形で射精したにも関わらず、自身のそれが終わった後になっても尚、三日月の射精は依然続いている状態だった。
 しかも、向こうは射精を行いながら腰をぐりぐりと円を描く様に回し、尚も奥を攻めてくる。
(ああっ、すごい、すごいっ♡ まだこんなに射精してるなんて…っ おく、三日月のみるくでいっぱいなのに、オ○ン○ンでもっと奥までかきまわされてっ、染み込んで………三日月が、本気で種付けしてる…♡)
 男と男が交わっても、子を生すことは決してあり得ない。
 それは人であっても神であっても超えることが出来ない不文律だが、それでも互いを求め合い一つになる時の充足感に、面影は朦朧とした頭の中で幸せを感じていた。
「…さて、これで終わりではないぞ、面影」
 三日月は薄い笑みを浮かべたまま、ぬぷり、と相手の柔らかく紅く息づいた蕾から楔を引き抜き……
「え……?」
「俺の本気が一度で済む訳がなかろう? 今宵はじっくりと付き合ってもらうぞ…」
「!」
 返事を返される前に、面影の片方の足首を掴むと器用に身体を反転させて四つん這いにさせ、そのまま上から覆い被さる様にして再び肉棒を秘孔へと突き入れた。
「ひぅっ…!!♡」
 先程、確かに熱い精を注がれたばかりだったのでまさか直ぐに挿入されるとは思わなかった面影は、突然の衝撃に喉を反らし引き攣った声を上げた。
「ひっ…! あ、あっ! そんなっ…もう、お…っきく…♡」
 面影が零した言葉の通り、三日月の楔は既に固さと大きさを取り戻しており、それはまだ熱を孕んでいた面影の最奥を再び激しく犯し始めていた。
(あっ…こ、の格好で犯される、の……獣みたいで…恥ずかしいのにっ……!! どうして、こんな……!)
 ぱんぱんと湿った肌同士が激しく打ち付け合う音を聞く度に、相手の雄の存在感が身体の内一杯に満たされる。
「ああ♡ きもちいっきもちいい! みかづきのオ〇ン〇ンッ! オ〇ン〇ンでそこずんずんされたら♡、また、めしゅいきするぅぅ♡♡ いい、オ〇ン〇ン、いいぃ~~~♡♡」
 おそらくわざとだろう、角度をつけて上から奥へと突き込めば、面影の雄の弱点である器官を肉壁越しに圧し潰せるのを察し、三日月は幾度もそれを繰り返して相手を狂わせた。
「ふふふ……この淫乱め…」
 更に言葉でも煽ってきて、舌を項へ這わせ、ねっとりと下から上へと舐め上げてゆく。
「その乱れよう……別に俺のオ〇ン〇ンでなくても良いのではないか…?」
「ちがっ…! ちがう……っ!」
 揶揄う様な男の指摘に、面影は激しく頭を振ってきっぱりと否定する。
「みかづきしか、知らない…っ! 三日月……私は、お前だけでいい…」 
 震える声を聞き、三日月は相手が見ていないところで僅かに眉を顰め、より深く相手と肌を触れ合わせる様にその白い背に覆い被さった。
「すまぬ……下らぬ事を言ってしまったな……俺も同じだ、お前が居てくれればそれで良い」
 そしてそれを行動で証明する様に、それからの三日月は正に獣になった。
 容赦という言葉を元から知らぬ様に、目の前の愛しい男を貪り尽くす様に、幾度も幾度もあらゆる体位で犯し続けた。
 面影もそんな想い人に応える様に身も世もなく乱れ狂い、絶頂を繰り返し……
 彼の肉体が限界を迎えて意識を手放すまで、その淫獄の宴は絶え間なく続いていた…………




「…………っ、痛……」
 次の日の朝、面影はこれまで経験のない朝に目覚めを迎えていた。
 痛い………何とも経験のない頭痛が、襲ってくる……
 うっすらと瞼を通して日光が差し込んでくるという事は、もう朝であることは確実だ。
 今日も内番を指示されていた事は覚えているから、早く起きて行かねばならないのに…どうしても頭痛が邪魔をする。
 それでも無理に起きようと身じろぎをしたら、追いかける様に激しい痛みが頭を襲い、彼はきつく瞳を閉じて痛む場所に手をやった。
(何だ……? 一体、何が……)
 改めて自分の身体に何が起こっているのかと、彼がゆっくりと身を動かしてみると、頭痛だけではなく酷い倦怠感にも支配されている様だ。
(どうして……昨日は…)
 昨日の自分の行動を反芻してみる。
 昨日、自分はこんな不調を招く様な行動を取っていただろうか……内番はいつもの強度だったから考えにくい、その後………
(確か、私は…)
 思い出していたところに、自分が寝ていた寝所の襖がすぅっと静かに開かれ、彼は反射的にそちらへと視線を向けた。
「っ……みか、づき?」
「起きていたか、面影……具合はどうだ?」
「?」
 相手の唐突な質問に、面影は首を傾げた。
 まるで自分の頭痛の事を察していた様な言い方に違和感を覚えた若者は、相手が盆を手にしてこちらに歩んでくるのをじっと見つめる。
 そう言えば……昨日はここまで歩いてきた記憶がない。
 見回してみても間違いなく自分の寝所だからここに居るのは当然の事なのだが、昨夜はどうやって、いつ、此処に戻って来たのだろうか…?
 いや、今はそれより何より……
「す、すまない三日月! 寝坊をしてしまった様だ……っ!」
 おそらく向こうは、朝になっても起き出して来ない自分を心配して来てくれたに違いない。
 とんでもない失態をおかしてしまったと慌てて再び起き上がろうとしたものの、やはり激しい頭痛は治まってはくれず、面影が身を起こす事すらも許さなかった。
「〜〜〜っ!!」
「ああ、良い、良い、そのままで」
 苦悶の表情で頭を押さえる相手に、まるで三日月は全て分かっているというかの様に手を差し伸べる事で彼の動きを抑え、枕元に歩み寄って来るとそのまま静かに両膝を付いた。
 そして面影が上半身を起こすのを助ける様に、その背中に手を置き、力を貸してやる。
「頭が痛むのだろう? そら、これを飲むと良い。少しは楽になる筈だ」
 盆の上に乗せられていたのは、中から湯気が立ち昇る一つの椀。
 相手から受け取ると、ふわりと芳しい味噌の香りが鼻腔をくすぐった。
「? 味噌汁?」
「うむ、二日酔いに効くという事でな、歌仙が作ってくれた」
 二日酔い、という単語を聞いて、ようやく面影は昨夜の宴について思い出した。
 そうだった、昨夜は初めて酒というものを口にしたのだった。
 どれも美味しく、つい出された杯の全てを飲み干してしまった事は覚えている……が、そこから記憶はぷっつりと途絶えてしまっている。
(もしや…酔い潰れてしまったのか……!?)
 他の男士と比較しても飲んだ量は少なかった筈だ、と思いつつも、酔い潰れてしまったのは事実であり、今正に頭痛で苦しんでいるのも自業自得。
 これは完全に油断だったと反省するしかない。
(そうか……頭痛も、このやけに重い倦怠感も…二日酔いのせいで…)
 今後は酒類を口にする時にはより気を付けなければ…と自戒しつつ三日月が差し出してくれた椀を受け取ろうと手を伸ばした時、するっと浴衣の袖が肘の方へと滑る様に移動し……二の腕の至る所に、赤い花弁が散っているのが視界に入った。
「っ!?」
 思わず一度は差し出した腕を再び自分へと引き寄せ、まじまじとそれを見つめる。
 昨日………少なくとも酒の宴の前にはこんなのは無かった………これは、これは明らかに……『そういう』行為で付けられたもの………
「!!!!!」
 がばっと反対側の腕を見たら同様に幾つもの赤い痕を認め、面影は思わず頭痛も一時的に忘れて、袂を両手で引いて内側を覗き込む。
「〜〜〜〜!!!!!」
 そんな若者の様子を見てもけろっとした表情の三日月とは裏腹に、面影の顔色が見る見るうちに赤くなる。
 浴衣の中の身体の状態は想像以上のものだったらしく、わなわなと震えながら視線を胸元から三日月へと移す。
「み…かづき………きのう、昨日の夜……は、一体…私は…何を……っ」
 思い出せない……っ!!
 頭痛にも抗いながら必死に思い出そうとするが、やはりあの宴の途中からの記憶が完全に途切れている。
 しかしこの身体に刻まれた痕を付けられるのは……この本丸の中で、いや、この世もあの世も含めても一人しかいない筈…!
 ふるふると震えながらも真実を問う面影に、三日月はううんと口元に手をやって少しだけ悩む様な素振りを見せた。
「……やはり覚えておらぬか……まぁ、そうだろうとは思ってはいたが……念の為に言っておくが、誘って来たのはお前だぞ?」
「わ…たし…!?」
 嘘だ!と糾弾したかったが、そう言おうとした口ははくはくと数回開閉した後に閉ざされる。
 正直嘘だと思いたい…しかし、目の前の三日月はこういう嘘はつかない男だ。
 彼がそう言っているのであれば、記憶は無いが、確かに誘ったのは自分なのだろう。
 美々しく優しいこの者を、他の誰でもない自分自身が憎からず思っているのは明らかなのだから……
「お前がいつになく積極的に求めてくれたのでな、俺もつい嬉しくなって激しくしてしまった……ああ、誘って来たのは寝所に籠った後だから、知っているのは俺だけだ、安心しろ。頭痛もあるだろうが身体もまだ本調子ではない筈だ、二日酔いという事でお前の分の内番は俺が代理で務めておく故、ゆっくりしておけ」
 全くもって安心出来ない。
 という事は、二日酔いの症状だと思っていたこの身の重怠い感覚は、相手に抱かれた事による……
「……!!!」
 思考するのを一旦放棄して、面影はばふっと布団を深く被り、籠城してしまった。
「…おや、味噌汁は…」
「い、いいい、今はいいっ!!」
 頭の中がぐちゃぐちゃで、何を考えるべきなのかすら分からない…!!
(わ、たしが……三日月を誘った……!? どうやって…!? どんな、どんな端ない姿を私は彼に晒した…!?)
 そういう記憶がある事とない事、果たしてどちらが本人にとっては幸せなのだろうか?
 自分の想像を超える様なふしだらな姿を見せていたのだとしたら、まるでそれが本性であると知らしめる様な事にならないだろうか?
 何をしたのか正直知りたい…しかし知ってしまったら…羞恥で死んでしまいそうな気すらする……けれど…
(……三日月が……付けた跡……)
 昨日の夜、まぐわいの中で彼が吸った跡……ちらりと見ただけだったがいつもより相当多く付けられている。
 つまり、それだけ彼が感極まって行為に及んでいたという事でもあり……なのに、全く自分にはその記憶が無いのだ。
 三日月がどの様にこの身を抱いてくれたのか、甘い言葉を囁きながら肌を吸ってくれたのか、まるっと記憶が抜け落ちている。
(ああ、もう……っ……!!)
 当然、聞くわけにはいかないが、「知りたい」と思ってしまった。
 そこまで愛されたと言うのは、実は嬉しい事の筈なのに、今の自分は思い出せないままなんて…
 酔っていた自分だけが持つ記憶……抱かれたのは紛れもない自分自身なのに、羨ましいと嫉妬すら覚えてしまう。
 ならば同じ様にまた相手に甘えて強請れば良いのだろうが、酒が斬り離してくれていた理性の箍は今はもうしっかりと彼の本能を拘束してしまっていてそれも叶わない。
 己に対して悔しいと思うなど不思議な気分だが、こんな思いをするくらいなら…いっそ………
 二日酔いなのか、絡まる意志によるものなのか分からない頭痛に再び眉を顰めていたところで、布団の向こうから心配そうな三日月の声が聞こえて来た。
「…俺が言える義理では無いが……お前はもう、他の者達の前では酒は飲まん方が良いな」
「あああ、当たり前だっ!!」
 つい叫んでしまった後で襲ってくる頭痛に身悶えながら、それでも面影は固く誓う。
 三日月すら言い淀んでしまう程に前後不覚になったなど、醜態以外の何者でも無い!!
 現実は面影の笑顔に皆が喫驚しただけであり、彼が蠱惑的に誘惑したのは唯一三日月だけだったのだが、無論記憶の無い面影が知るところでは無い。
 彼がもこもこと布団の中で悶えてる一方で、三日月もまた改めて昨夜の面影の様子について思い出していた。
(うーむ……他の奴らに面影の艶姿を見せたく無いのはそうなのだが……)
 出来ればあの笑顔ですら独占したいし、それを確実にするなら酒を飲ませないのが最も効果的なのは分かっている。
 分かってはいるが、しかし……
(…あの積極的な面影をまた抱きたいとも思うのだがなぁ……)
 きっと向こうはそういう一面を見せるのは恥ずべき事だと思っているのだろうが、愛しい者から求められるというのは自分にとっては喜びでしかない。
 肉体が限界に近いところにあって尚、縋りつき、喘ぎながら、淫靡な言葉で溶け合う事を願っていた彼の何と愛らしかった事か………
 だが今回の事で、きっと面影には既に酒に対する警戒感が少なからず根付いてしまったに違いない。
 そんな彼が今後進んでそれを口にするとも思えない。
 何とも残念ではあるが、もしいつか………二人きりの場でそういう機会があるのなら……
(……また、酌み交わしてみたいものだな)
 そしてほぼ同時に面影の心中では、
(二度と酒など飲まない…っ!!)
と、真逆の決意が叫ばれていた。

 その後、面影の宣言通り彼が酒を口にする事は金輪際なくなったのだが………三日月と二人きりの時もそうなったのかは彼らだけの秘密である。