雄の本能





「一本! 面影!」

 ある日のとある本丸
 鍛錬場に凛とした燭台切の声が響いた。
「…っ……むぅ、御見事」
「…! あ、有難うございました」
 手合わせの決着がついた時の定例のやり取りが行われている中、立会人として付き合っていた燭台切が勝者に声を掛けた。
「面影さん、凄いじゃないか! 蜻蛉切さんから一本取るなんて…」
「あ、ああ……正直、まだ信じられない…」
 のろのろと動いて立ち上がり居住まいを正した面影は、戦闘行為の名残である身体の熱を感じながらも相手に応え、改めて対戦相手だった蜻蛉切へと向き直った。
 実戦でもかくやと言う程に顔や喉を伝っている汗が、どれだけの接戦だったのかを如実に表している。
「蜻蛉切、手合わせに付き合ってくれて感謝する」
「うむ、今の手合わせは自分にとっても実に良い一戦だった。これ程に腕が上がるとは精進したのだろう」
「いや…」
 謙遜の言葉を面影が述べる前に、燭台切が代わりに蜻蛉切に答える。
「そうだね、面影さんは僕たちの中でも特に鍛錬に熱心だから。きっと三日月さんの影響が強いんじゃないかな」
 意外な男士の名前を耳にして、ぴくっと微かに面影の肩が揺れた。
 それに気付いているのかいないのか、変わらず燭台切は優しげな笑みを浮かべて面影へと視線を向けた。
「面影さんは、三日月さんをこの本丸の要だと看做している気がするんだよね。勿論、頂点には主がいる訳だけど、本丸を守り遡行軍を退ける力の中枢という意味では、あの人こそがそうだろう。面影さんの日々の努力を見ていると、本丸と言うよりは三日月さんを守護する為に刀を振るっている様に見えるんだ」
「………」
 声もなくそれを聞いていた面影の傍で、同じく佇んでいた蜻蛉切の方が先に合点がいったとばかりに頷いた。
「確かに…三日月殿は我らにとっても主にとっても無くてはならない本丸の守りの象徴……我ら、審神者の手により顕現した刀剣男士はその出自から本能的に審神者に従うものだが、面影はその軛を持たぬ分、先に会った本丸の纏め役であった三日月殿に信を置いているのやもしれんな」
「それは………」
 彼の言葉に思わず声を出した面影だったが、自分でもどう返したら良いのか分からず、途中でその唇を閉ざす。
 確かに、当たらずと言えど遠からず、かもしれない。
 本丸に於ける審神者という存在の重要性は、当然刀剣男士として理解しているつもりだ。
 此処が陥落してしまえば、敵方が歴史を破壊する未来に確実に歩を進めるという事も。
 それは小さな一歩かもしれない、しかし蟻の一穴が堅固な堤も破壊するという言葉もある。
 何よりこの本丸の崩壊は審神者の絶命、引いては刀剣男士達の刀解に繋がるのだから、億分の一の可能性であっても絶対に避けねばならないのだ。
 例え千の刀剣男士が砕かれようと、審神者一人を死守すべし。
 無論、これは暴論であるが、どちらがより重要な立場であるかを知らしめる分かりやすい標語。
 しかし、これに根本から当て嵌まらない存在であるのが、この面影という刀剣男士だった。
 彼は政府の思惑により顕現させられた、はじまりの審神者を持たぬ者……故にこれまで刀を預ける対象が居なかった。
 そんな彼があの悪夢の檻の中で邂逅した本丸に身を寄せる事になった時も、男士達を統括する審神者は不在の状態であったのだが、その絶対的存在の代わりに刀剣男士達を取り纏めていたのが、「三日月宗近」だったのである。
『面影…………そうか』
 第四部隊が本丸に面影を連れ帰った折、三日月達が本殿で彼を迎えた際に、跪座を取っていた三日月は柔らかな視線を相手に向けながら、優しい口調でゆっくりと名を呼び頷いてみせた。
『よくぞ一振りでこの事態の中、戦い抜いてきた。それだけでもお前が良い刀だという事がよく分かる。今は主不在のこの本丸ではあるが、危急的措置として俺が代表してお前を此処に歓迎しよう。よく来てくれた』
 刀剣男士は刀の付喪神、故に、刀としての誇り、矜持は持っている。
 彼らはどんなに耳障りの良い言葉を並べられようと、自らが認める実力を持たない相手になど一瞥も向けないのだが、その時の面影は無表情を保ちながらも礼を失する事なく、無言のままに三日月に向かって深く一礼した。
 大太刀という厳しい刀を振るうとは思えない程に華奢で儚げな姿の彼が、相対する月の名を冠する美丈夫に礼を尽くすその様は、まるで戦場の最中に神が見せる夢幻の様だった。
 おそらくその時………面影にとっての守り抜くべき対象が『審神者』という概念から、目の前の『三日月宗近』という実在の男に擦り替わったのだ。
 柔和な笑みを浮かべながらその裏に隠している刃の鋭さ…畏怖に震えそうな身体に僅かな動きすら許してくれぬ程の威圧感………
 嗚呼、正に………この者こそが、この本丸に於いての至高の存在なのだと思い知った。
 了……了だ、この者が求めるのならば、正道に背かぬ限り我が力を奮うに異論はない。
 そしてそれ以降、彼は己に課した誓いに殉じ、その刃を振い続けていた。
 昔も今も、この刃に迷いはない、何も変わってはいない。
 では、刀剣男士としての、自身の心はどうだろうか?
 そうやって昔を思い出していた面影が、ふとぽつりと漏らした。
「………三日月は…私にとって憧れなのかもしれない」
「え?」
 燭台切の返しに、面影が首を傾げながら考えつつ続ける。
「私が此処に来た時、何の躊躇いもなく受け入れてくれた懐の深さには驚いたが、それに逆らわず従った皆の姿を見て、彼がどれだけ全員の信を得ているかを思い知った。私が此処に来てもう短くない時が過ぎているが、一度も三日月に対して落胆した事も失望した事もない。寧ろ己の実力不足を思い知らされる日々だ、なのに、三日月には妬みや嫉みという感情も沸かない………不思議な話だが、敵わないと思う気持ちすら喜ばしいと思えてしまう。ああ、流石、三日月だと……」
「ふむ…」
 顎に手を当てて聞いていた蜻蛉切が、得心がいったとばかりに頷く。
「……面影は、良い導を見つけたのだな。お前の実力が日々伸びているのも、成程、三日月殿であればそれも納得のいく話」
「え…」
「其の道の極みに至らんとする為には、無論何にも負けぬ向上心が必要になる。しかし悲しい哉、そこに雑念が入れば瞬く間に剣の腕は鈍り、目に見えるものの真すら見抜けなくなる。誰かに勝ちたい、その思いは上へと向かう良き機会となるだろうが、相手に対する過剰な敵意と執着心は自らの足を絡め取る荊にもなるだろう」
「へぇ……日の本一を目指す蜻蛉切さんが言うと、説得力がすごいね」
 感嘆した燭台切の呟きに蜻蛉切は苦笑しながらも、先程手合わせをしていた時とはまるで違う優しい目を面影に向けた。
「然るに、面影はそんな不純な感情とは既に無縁の域にある様だ。三日月殿に対し嫉妬の念を向ける以前に、あの御方に追い付き助けたいという純粋な思いが、ここ最近の実力の向上を助けているのだろう。これからも精進されよ」
 相手からの激励に、どきりと一際強く脈打った胸元を右手で押さえつつ、面影はこくりと頷いた。
「肝に銘じておく……今日は、本当に有難う」
「何の、これからも面影が強くなってくれれば、自分にとっても良い鍛錬になる。楽しみにしている」
 そういう事をさらっと言える蜻蛉切さんも、極みに向かっていると思うけどなぁ、という燭台切の言葉を聞きながら、面影はその場を後にした。
(……三日月の…助けに……)
 内心、ずっと願っていた事を言い当てられて、動揺してしまった。
 そう、自分はいつの頃からか、三日月を守りたい、その為に肩を並べて戦いたいと願う様になっていた。
 彼への畏敬の念が強くなればなる程に、その願いも強くなっていった気がする。
 しかし、その願いは直ぐに叶えられる程、甘くはなかった。
 如何に一振で生き延びて来ただけの実力があるとは言え、それが誰にでも通じるという訳ではなく、此処での最初の手合わせはそれはもう惨憺たる結果だった。
 それもそうだ、ここの刀剣男士達は数こそ少ないが、過去の遡行軍の急襲で数多くの刀剣男士達が刀解されていった中で生き延びてきた手練達。
 仲間を守れなかったという一念で、今はその急襲時より皆が遥かに強くなっているのだろう。
 自身の力不足の現実を突き付けられた面影は初日こそ激しく落ち込んでいたが、いつまでもそうしている訳にもいかない、敵はこちらの傷心など気に掛けてはくれないのだ。
 それから面影は積極的に手合わせや鍛錬に打ち込み始め、その一方で自ら進んで遡行軍との戦いに身を投じていった。
 この本丸の他の刀剣男士達に碌に勝てない様では、頂点に立つ三日月の背中を守る役を得るなど到底無理な話。
 本丸に迎え入れられ、三日月から身に余る程の気遣いを受け、やがて彼と心を交わし恋仲になっても尚、面影はその実力で三日月の傍で戦える様に精進し続けていた。

『次の遠征………そろそろ、面影にも俺と共に出てもらおうか。頼りにしているぞ』

 初めて、三日月本人が軍議でそう発言した時の高揚感と歓喜の感情は今も忘れられない。
 決定に反対する者はその場に誰一人としておらず、寧ろ、「ようやくか」、「過保護が過ぎたぞ」と逆に呆れられる発言が飛び交っていた。
 どうやら面影が長く三日月と同行出来なかったのは、力不足の若輩者と侮られていた訳ではなく、逆に実力は十分だったのだが三日月が面影を大事に思う余りに戦場につい出し渋っていたというのが真相らしい。
 しかし、面影を出す決意を固めたまでは良かったが、やたらと愛が重いこの天下五剣の一振。
「出しはするが、何より誰より愛しい男。俺が守らぬ道理はないな」
 最早、その愛の重さは救いようがない、といった感じである。
 そして面影の初の三日月同伴の出陣はどうなったかと言うと…
 言わずもがな彼の出る幕もないまま、三日月無双で幕を閉じたらしい。
 面影の努力の行き先は…と思うところはあるものの、そこで三日月の勇姿を見た面影は更に研鑽を重ねる事を誓ったらしい。
 これを手放しで喜ぶべきべきなのかは微妙なところではあるが、まぁ、誰も不幸にはなっていないので悪い事ではないのだろう。
 そして今や面影は、武人としてもかなりの実力者である蜻蛉切から一本取れる程に成長したという訳だ。
(……あの最後の打ち込み…身体が自然に動いて全ての歯車が嵌まった様だった)
 それなりに自信は持ってはいるが、蜻蛉切に勝てるとは思っていなかった、引き分けに持ち込めたら御の字だとも。
 あの槍の名手は手合わせであっても決して力を抜く様な真似はしない、真からの武人だ。
「………」
 自らの掌を見つめていた面影が、蜻蛉切に最後の打ち込みを決めた瞬間を思い出し、ぶるっと全身を震わせた。
 手合わせは終わっているが、身体はまだ戦闘状態を維持している様だ。
 うずうずと奥から湧き上がる理由なき激情を持て余してしまい、困った面影が前へと視線を戻すと、その通り道の途中に大浴場がある事に気付いた。
「あ……」
 丁度良い、と面影はそこで深く考える事もなく、そのまま浴場で汗を流す事に決めた。
 自室にも露天風呂は有りはするのだが、手合わせで疲労した状態で風呂の準備をするのは正直面倒だという気持ちもあった。
 あれだけ流れていた汗も今は引きつつあるが、べたりとした感触が肌に残っていて何となく気になる。
 幸い今の時間は全刀剣男士達に解放されている時間帯でもあるし、このまま利用させて貰うとしよう。
(それに此処には水風呂もあるし、火照りを治めるには丁度良いかも…)
 いそいそと大浴場の扉を抜けて脱衣所へと入った面影は、そこには誰も居ない事を確認して内心安堵する。
(以前ならば、此処に来る事を諦める事も多かったが……)
 その理由の一つは、夜毎三日月に抱かれる度に身体に残される紅い所有の証であった。
 人目につく事を懸念した面影がこれまで幾度にも渡ってやめてほしいと懇願はしているらしいのだが、ああ見えてかなり独占欲の強い男は、面影が自分のものだという証を好んで付けてしまう。
 面影もその場で止めれば良いのだが、快楽に悶え狂っている最中にそんな相手の行為に言及する余裕など無く、大体は朝になって跡に気付いては嘆息するしかないのであった。
 嫌がらせではなく愛情込めての行為なので強く忌避する事も憚られ、せめて、服で隠れる場所に留めてほしいという懇願だけはかろうじて聞いてくれているらしい。
 そんな三日月の悪癖は未だに治る兆しは無いのだが………
(これが常備される様になったのは良かった………)
 脱衣所の大棚の脇に置かれている、小さな観音開きの棚を開いて取り出したのは一着の湯帷子。
 元々は此処には無かったものだが、意外にもこれを導入する切っ掛けになったのは三日月宗近本人だった。
 彼は皆が知っての通り平安時代に打たれた刀である。
 その時代の貴族は入浴時に肌を晒さぬように麻の着物を纏い、それを湯帷子と呼んでいたのだが、三日月がその慣習を懐かしみ主に求めたのが始まりだった。
 まぁ厳密な事を言えば平安時代の入浴は蒸し風呂が主流だったという事なのだが、その時の三日月宗近は刀としての形態しかとっていなかったので中の様子は知り様もなかっただろうし、例外としてその時代でも沐浴時に湯帷子を使う事もあっただろう。
 細かい事はさておき。
 湯帷子を用いている三日月の姿を見て、他の刀剣男士達にも少なからず興味を持つ者達が現れ、いつの間にか共用の湯帷子が脱衣所に置かれる事になった、という訳だった。
 三日月によって大浴場に入る事を躊躇っていたのにその悩みを解決してくれたのも三日月だったというのは何とも皮肉な話だが、兎に角、この湯帷子で肌を隠せるようになった事で、面影は過去の様に大浴場で他の刀剣男士達と共に湯浴みを楽しめる様になったのだった。
 そんな湯帷子を纏い、大浴場へと足を進めた面影はぐるんと首を巡らせて辺りの様子を窺うが、洗い場にも奥の浴槽にも人影らしいものは見当たらなかった。
 どうやら自分の貸し切り状態らしい。
 しかし思い直してみると今はようやく太陽が天の頂から西へと傾き始めたばかり。
 昼風呂とも言える時間帯なので、確かに人で混み合うという事はなさそうだ。
(それでも意外だな……誰か一人ぐらいは入っていると思ったが……)
 一人でのんびりと入浴する事も嫌いではないが、折角此処に来たのだから誰かと話しながら身体を清めるというのも悪くなかったが……と少しだけ残念に思いながら、面影は洗い場で身体をよくよく清めてから、浴槽へと向かう。
 ぴちゃ……ぴちゃ…と濡れた足音をたてながら大きな浴槽へと向かっていき、さぷ…と控え目な音をたてて湯の中に身を浸す。
 肌に纏わりつく麻の触感を感じながら、湯で刺激された血管が一気に拡張し血流が勢いづくのを実感すると、ほう…と無意識の内に吐息を吐き出していた。
(あ……しまった……)
 身体が熱を孕んだせいで、異様な高揚感と共に破壊衝動がじわりと再び心身に侵食してくるのを感じてしまう。 
 いつもの通り身体を洗ってそのまま此処に向かってしまったが、浴槽に入る前に水浴びを済ませておくべきだったか……
 今からでも水風呂の方の浴槽に向かおうかとちょっとだけそちらへと視線と顔を向けたところで……
『うん? 誰か来たのか?』
「っ!!?」
 不意を突かれる形で浴槽の奥の方からのんびりとした口調で呼び掛けられ、思わず湯の中で身じろいだ。
 視線を向けた先は、浴槽の縁を象る岩々と、奥の空間を隠す様に配置されている置き岩が見える。
 そう言えば、大浴場に来ても一人でゆっくりと休みたい者もいるだろうから、と、岩に囲まれた空間を奥に誂えるような造りだったのだった…久しぶりだったから失念していた。
(っと………そんな事より、今の声は…)
 半ば岩で閉鎖された空間からの声はくぐもっていたが、それでも面影は瞬時に声の主を判別した。
「……み、三日月、か?」
『おお、面影か』
 呑気な、のんびりとした口調の声は、明らかに彼のものである。
 つい先ほどまで蜻蛉切達と話していた対象の男が此処に居るという事実に面影は目に見えて狼狽えてしまったが、幸い、その姿は岩に阻まれて相手には見られずに済んだ。
『お前も今、入浴か?』
「あ、ああ」
 再び問い掛けられ、面影は動揺を抑えつつ頷きながら答えた。
 しかし、このまま互いの姿を見ないままに声だけ交わすというのも変な話である。
 そんな不自然さを感じた面影は、少しだけ悩んだ後に向こうにいる三日月に呼び掛けてみた。
「三日月……邪魔でなければ、そっちに行っても良いか?」
 返事は間を置かず、寧ろ待っていたとばかりにすぐに返された。
『ああ、勿論だとも』
 色好い返事を貰えた事で面影が浴槽の中で立ち上がり、ちゃぷ…ちゃぷ…と水音をたてながら奥の空間へと歩いていく。
 視界を阻んでいた大きな岩は頭までの高さがあり、それに手をつく形でゆっくりと奥へ奥へと進んでいくと、やがて視界が開けた場所に出る。
 上から見ると、径三間程の円型の空間が瓢箪の上部の様に大浴槽から繋がっていたのだが、くびれの部分で左右から岩が迫り出しており、直接大浴槽からこの小空間の様子は窺えない造りとなっていた。
 喧騒から離れ、静かに入浴を楽しみたい者のために作られた空間の一番奥、岩造りの縁に背を預ける形で三日月は居た。
「お前がこの時間に湯浴みとは、珍しいな」
 三日月は、浴槽内に誂えられた一段の石造りの腰掛けに座り、下半身だけを湯船に沈めている姿だった。
 丁度、段の上に座れば半身浴が出来る程度の高さなので、当然立った状態の面影とは頭の位置が大きく変わってくる。
「しかしここでもお前と会えるとは、嬉しい偶然だ。じゃれついてくれたあの馬には、後で礼をせねばな」
 見上げる形で彼がにこりと微笑みながらこちらを見上げてくる。
 どうやら天下五剣でも最美の男は、今日は馬当番の任を任されていたらしい。
 そんな彼も面影と同じく湯帷子を纏っており、その生地の向こうに素肌の色がうっすらと透けて見えた。
「………」
 こく…と知らず喉が鳴っていた。
 手合わせの余韻が残っていたところで湯で身体が更に熱を持ち、止めとばかりに視覚的に三日月の煽情的な姿を目の当たりにしてしまったのだ。
 普段は三日月に抱かれる立場が殆どの面影であっても、彼の中にある男としての本能が賦活されるのも致し方無かっただろう。
 せめて三日月以外の男士であったなら、欲情するなどあり得なかっただろうに……と心から思いながらも、面影は己の気を紛らわせる為にも口を開く。
「…手合わせをしていたから、汗をかいてしまって…」
 相手の返答に、彼の予定を思い出したのか、近侍でもある三日月は納得した様に何度か頷いた。
「おお、そうだったな。確か、今日のお前の相手は…」
「あ、ああ、蜻蛉切だったんだが…その、今日初めて一本取れたんだ…!」
 相手に話を向けられた事で手合わせの時の事を思い出した面影は、高揚感に押される形でいつもより大きな声で告白した。
 やはり本体が刀剣である以上、戦いに勝ったという事実は何にも代え難い喜びなのだろう。
「本当に勝てるとは思わなかったんだが……運が良かっただけなのかもしれないが、勝てたんだ」
「そうか…」
 誇らしげにそう報告する面影を何処か眩しそうに、嬉しそうに見上げながら三日月が感慨深そうに呟く。
「よくやったな」
「……っ」
 雲の切れ目から覗いた美しい月の様な笑顔を目の当たりにして、ぞくっと面影の背筋に震えが走る。
 見つめる程にその美しさに目を奪われ、視線を逸らせなくなってしまい、面影は無言のままにじっと三日月を見下ろしていた。
(………いけない………)
 背筋の戦慄が治まらない…それどころか、体内に潜んでいた本能という獰猛な獣がゆっくりと頭をもたげて獲物を見据え、涎を流している姿が脳内に浮かんでいる。
 その不埒な獣を必死に脳内から消し去ろうと試みるも、試みる側から目の前の男の艶姿が悉く邪魔してきて、より一層三日月に対する欲を掻き立ててくる。
 欲しい、欲しい、欲しい…!!
 いつもならこちらが獲物の立場なのだが、今の自分は疑似とは言え戦闘行為の直後なので、鎮まりきっていない衝動が目の前の男に向けられてしまっていた。
 執着というものは実に厄介だ。
 下手にそれを抱いてしまっている相手だからこそ、気を抜いたら襲ってしまいそうになる。
 抱きたい……貪りたい……啼かせたい……!!
「………っ」
 湿った空気を通してぼんやりと聞こえる、はぁはぁという激しい吐息は、信じられないが自身の口から漏れ出たものだ。
 ちゃぷちゃぷと聞こえていた水音がいつの間にか規則的に大きなものになっているのは、自分が相手の方へと歩を進めているからだ。
 歩み寄っているのは紛れもない己自身なのに、まるで他人事の様に俯瞰して見ている様な錯覚の中、面影は足が止まった時にはほぼ直前に三日月が座っている所まで移動しているのを認識した。
「………」
「………」
 二人の視線が交わり合う。
 獣の様に欲情の色を露わにしている面影に対し、三日月は狙われている獲物の立場でありながら…そして彼本人がそうであろうと察知していながら、その視線は涼やか且つ穏やかで、まるで相手の凶刃をも優しく受け入れる寛容を表している様だった。
 そんな温和な相手が許しているのを良い事に、面影の視線は舐めるように彼の姿を凝視する。
 白の湯帷子に包まれていた三日月の身体の様子が生地を透けて露わになっている。
 素肌をそのまま晒すより、濡れた生地を張り付かせている肌の方が情欲を煽るのは何故だろう…
 いつもなら白さが際立つ柔肌が、湯で温められてうっすらと上気している中で、無意識に視線を向けてしまう箇所があった。
(……無礼にも程がある……きっともう、いやらしい目で見てるのばれてる……でも、目を逸らせない…生地の奥でも、あんな………)
 逸らそうと心では考えても、本能がそれを押し止め、相手を己の瞳の中に捕らえたまま。
 その中で三日月の胸に色づいている二つの蕾を生地越しに認め、どくんと一際強い鼓動と眩暈を感じるのとほぼ同時に、笑みを含んだ三日月の声が鼓膜を震わせた。
「……そんなに熱っぽい目で見つめるな……俺まで堪らなくなるだろう?」
「っ!!」
 後半の言葉は明らかにこちらを煽っている…その証という様に、見上げて来る三日月の瞳は面影の欲情を見透かす様に愉し気な光を揺らしていた。
 ざぷんと音をたてて、面影は腰を下ろしていた三日月の目前で膝を付く。
 ほぼ同じ高さの目線になってからも、面影は僅かにも視線を逸らす事もなく………
「………くっ…」
 暫し面影と対峙していた三日月が不意に顔を下に向けて声を漏らしながら笑うと、改めてその美しい顔を上げ、両手を相手に差し出してきた。
「手合わせで勝てた褒美………俺で良いか?」
 普段なら自分が面影を抱くところであるのに自らを差し出す様に言う三日月は、面影の中に蠢く雄としての欲望が既に止まらないところまできていると察していたのだろう。
 だから、この身を使い、鎮めてやろうと伝えてくれているのだ。
 そんな愛しい男からの誘惑にも等しい呼びかけに抗える筈もなく、面影は只こくんと首を縦に振るだけだった。
「…『三日月で良い』、じゃない……『三日月がいい』」
「ふ……嬉しい事を言ってくれるな」
 面影の両手が伸び、ぐ、と三日月の両肩を掴むと、そのまま浴槽の隅に追い詰める形で迫り、ゆっくりと顔を相手のそれに寄せていく。
 二人の瞳は互いの顔を捉えたままで、彼らの唇が重なる直前まで閉じられる事はなかった。
「ん……」
 触れ合う唇の柔らかな感触に密かな声が漏れる。
(こんな……昼日中から……)
 夜の帷に隠れての逢瀬ならばいざ知らず、日の光が射し込むこんな場所で二人で淫蕩に耽るとは……
 謗られる行為だという事は十二分に理解しているが、その背徳性を思う程に身体はより熱くなってくる。
「…ふぅ……」
 目を閉じている中で、微かに耳に届いた三日月の吐息混じりの声……
 それはどんな媚薬よりも強く面影を昂らせてしまった。
「三日月……っ」
 責めている筈の若者が追い詰められている様な声を出しながら、忙しなく相手の首筋に唇を移動させ、ぺろ…と舌を這わせる。
 湯に浸っているので既に汗などを舐め取る事は叶わないが、滑らかでほぼ抵抗を感じない柔肌の感触が生々しく舌先に伝わってきた。
(これまで女に触れた事は無いが………ここまで美しい者など男にも女にもいないだろう)
 仮に何者からかその様な存在を示されたとしても、きっと自分は認めない。
 己にとっての至高の存在は、目の前の彼に他ならないのだから。
(そもそも、そんな仮想の話など意味はない……けれど、彼は今、間違いなく此処に存在している…)
 その現実をより確かなものとして感じたくなり、面影は片手を伸ばし、濡れて相手の肌に張り付いている湯帷子の生地にひたりと掌を押し付けた。
 湯と肌の熱が伝わり、やや粗めの感覚を返してくる生地の上を掌が這い回ると、その皮膚に何やら固い感覚が当たる。
 明らかに平坦な胸の肌とは異なる高さと固さを誇るそれだったが、目を開かなくても何であるのかは面影にはお見通しだった。
(あ……もう乳首、固くなってる……湯のせい? それとも……感じて、くれてる…?)
 出来たら後者であってほしい、と願いながら、面影は三日月の首筋に舌を這わせる傍で、うっすらと閉じていた瞼を開いて相手の胸へと視線を落とす。
 と、生地を押し上げてその向こうで透けながら薄赤く色付き誘っている、罪深い小さな蕾が瞳に映った。
(……ああ……直接見るより、ずっといやらしい……)
 あの小さな蕾は、こちらが手を出したらどんな風に形を変えてくれるだろう、反応してくれるだろう……
(見たい………)
 耐え難い欲求に圧されながらも、面影の心にはまた別に躊躇いもあった。
 相手の疑うべくもない美しい身体、その中でも目を惹き、肉欲を促してくる胸の愛らしい膨らみを、直ぐに露わにするのは勿体ないと思ったのだ。
 湯帷子を剥くのは直ぐにでも出来る。
 相手が全力で拒んだらその限りではないが、この流れでそういう心配は杞憂というものだろう。
 ならば…少しだけ逸る気持ちを抑えて、今は三日月の身体を生地に覆わせたままに愛でることにしよう。
 三日月の胸の上で蠢かしていた手を蕾の側で止めると、もう片方の手も別の側の胸に乗せ、面影は両の人差し指を使い、かりかりかり…っと生地越しに乳首を軽めに引っ搔いてやる。
「…っふ…」
 …と、びくんっと三日月の全身が僅かながら震え、微かに眉を顰めるのが分かった。
 しかし、同時に漏らされた甘い吐息から苦痛によるものではないのは明らかだ。
 その一本一本でさえも芸術品であるかの様な細く長い睫毛が小刻みに揺れ、うっすらと開かれると、潤んだ瞳の中に面影が捉えられた。
 この瞳の中に在れるのは自分だけ……そう思うだけで得も言われぬ激情が全身を走り抜けた様な気がした。
 その衝動に背を押されたように、再び三日月の二つの蕾を弾く様に繰り返し刺激すると開かれていた瞳が再び閉ざされ……
「ん……あぁ…」
 甘やかな吐息にも似た声が三日月の形の良い唇から零れ落ち、それが面影の耳をくすぐった瞬間、彼の頭の中が真っ白になった。
 きっと三日月が今の自分の立場だったなら、直に触れてくれる様に懇願するまで焦らし続けただろうし、それが出来る忍耐力も持ち合わせていただろう。
 しかし、今の自分にはどうやら無理だった様だ。
「う……三日月……っ」
 襲い掛かるように面影は三日月に覆い被さり、ぐいと湯帷子の袂を強く引いて相手の上半身を露わにする。
 そこには湯で温まり、ほんのり上気して濡れた肌と、より艶っぽく染まり尖った蕾が確かに存在していた。
 つい今しがた悪戯していたにも関わらず、面影はそれを見た瞬間、動く身体を抑えられなかった。
「みかづき………食べたい…っ…」
 熱の籠った言葉を三日月の耳元で吐き出すと、そのまま顔を彼の胸へと向け、濡れた舌で慎ましくも尖っていた膨らみを舐め上げた。
「…っあ……ん……ふふ…」
 行為を受けた三日月は、微かに艶っぽい声を漏らしたが、そのまま子供をあやすように優しく面影の頭を抱き締めて小さく笑う。
「そうがっつくな………俺は逃げたりはせんぞ」
 落ち着かせる様にちゅ、と額に接吻を与えられた面影は、寧ろそうされた事で一層身体の奥に燻っていた欲情の炎が燃え上がった事を自覚する。
「う……けど、ああ、私は……もう我慢出来ない…っ」
「ん、あっ……」
 自身の中の形を持たぬ獣が理性という檻を食い破り、己を操って三日月に襲い掛かっている様な錯覚を覚えながらも、面影はそれを抑える事をせず、寧ろその勢いに心を乗せたまま更に相手の身体に淫らな悪戯を仕掛けていく。
「はぁ……は…っ……三日月のここ…凄く、固くなってる……」
「ふ、ぁ…ぁ…」
 面影がぷくりと膨らんでいる三日月の胸の蕾を指で優しく摘み上げ、先端をちろちろと舌でからかうと、しっかりと固い弾力が伝わってくる。
 湯で清められていた肌は味覚に訴えるものは無かった筈だが、その感触だけでも十分に美味だと感じられ、面影は幾度も繰り返し舌を踊らせた。
「ん……んっ……」
 くぐもった声を密かに漏らしつつ、必死に食いついてくる若者の姿に、微かに息を乱しつつも三日月が愉快そうに笑った。
「ふ………面影よ……そんなに必死に吸っても乳は出んぞ?」
「………っ……分かって、いる…」
 余裕無くがっついている様に見えたのかと、内心焦りつつそう答えた面影が、ふと何かに思い至った様に顔を上げる。
「………けれど……」
 相手の淫らな蕾を摘んでいた指先を離すと、そのまま彼は手を湯の中に潜らせ………
「………っあ……」
 水中で何かをされたのだろう、不意に眉を顰めて三日月が小さく呻くと同時に、ぴくんとその肩が震えて湯に細波を生んだ。
 一見するだけでは分からない程度の表情の変化だったが、それでも面影には十分に察する事の出来る相手の様子に、若者は嬉しそうに相手の耳元で囁いた。
「………こっちは…『そうではない』、だろう?」
「……この悪戯っ子め…」
 非難する言葉でもその口調に責める色は微塵も無く、寧ろ共にその悪戯を楽しんでいる風ですらあったが、面影が湯の中で何やら手を動かす素振りを見せると同時に三日月の肩が再び小さく跳ねた。
「あ…あ……んっ」
 くんっと顎を上げて艶っぽい声を漏らす三日月を間近で見つめながら、面影はゆっくりと手を動かして湯の中での淫靡な悪戯を続ける。
(………相変わらず……大きい、な……それに、すごく、固い……)
 事実を考えるだけでも上せそうになる頭で必死に冷静を保ちながら、面影は三日月の肉の楔を掌で優しく握り込み、やわやわと微妙な圧を掛け続けていた。
 少し前から仕掛けられていた愛撫により、すっかりその楔は湯のせいだけではない熱を持ち、しっかりとした固さと弾力を面影の掌に返してくれている。
 既に幾度も身体を重ね合った相手だ、手で触れるのもこれが初めてではないが、こうして直に触れるその度に飽くことのない興奮が身を襲ってくる。
 しかも今は自分が抱かれる側ではなく抱く側なのだと思うと、更に身の内に渦巻く情欲はいや増していく様だった。
「………気持ち、良いか?」
 相手の様子を見れば快楽を感じていない筈が無いのに、つい確認する様な問いかけをしてしまうのは、己の不安の現れなのか、それともそれを答えさせる相手への嗜虐心の為せる業なのか……
 そう言えば自分を抱く時の三日月もこんな分かり切っている質問を投げかけてくる事がよくあったが、それはきっと後者なのだろう………ちょっと悔しい気もするが。
「…ああ、とても、な」
 そんな面影の心中を察してくれたのか、三日月は至極当然とばかりに素直な答えを返しつつ、優しく彼の鼻尖に口付けた。
「だが……このまま達ってしまうと……少々困ったことになるな……」
 はぁ…と息を吐き出しつつそう呟いた男の言わんとするところは直ぐに察する事が出来た。
 そう、このまま悪戯を続けて三日月が絶頂を迎えた場合、今の状況では彼の精が湯の中に吐き出される形になるのだ。
 個人の部屋に備えられている露天風呂であればそれは秘密裏のままに終わるが、この大浴場ではそうはいかない。
 このまま愛撫を止めて場所を移動するのも一つの手だが、それはなかなかに難しい事でもある。
 すっかり興奮し勃ち上がった雄をそのままに移動するというのは、男の立場から見て現実的ではない事は面影も重々承知していた。
 故に、彼が下した判断は………
「……三日月……そのまま、腰を浮かせて…」
「………ふふ、中々に恥ずかしい事をさせてくれるな…」
 面影が何をしようとしているのか、それだけで察した様だ。
 言いながらも相手の申し出に乗る事にしたらしい三日月は、浴槽の縁に両腕を肘掛けに乗せる様に置くと、それらを支点にしてゆっくりと身体の力を抜いて、湯に浸かっていた胸から下の部分を水面に平行になる形で浮かせていく……
 ちゃぷ…ちゃぷんと響く水音を遠く近く聞きながらも、面影は視線を或る一点から外せなかった。
(あ、あ……なんて…いやらしい…)
 男の身体の表面が水面すれすれに浮いている中で、彼の雄だけが水中からにょきりと若木の様に姿を現し、そそり立っている。
 本来は湯帷子の中に納められていた筈のそれだったが、面影から悪戯を受けている時に既にはだけられていたせいで、今はもうそれを覆うものは無い。
「………っ…」
 己を晒す様に立派に勃ち上がっている肉棒がぴくぴくと小さく震えている様子を見て、そのあまりに攻撃的な視覚刺激に面影の股間がずきりと痛んだ。
 既に相手を手で高めている時から面影の雄も興奮していたのだが、ここに来ていよいよ限界が近くなってきたらしい。
 視覚的暴力と肉体の限界に身動きが取れなくなってしまった面影に、三日月が煽る様な笑みを向けた。
「…何だ…? 何もしてくれないのか…?」
 そう言いながら、見せつける様に自身の片手を動かして、その掌で己の楔を握り込んでみせた。
「ならば、やはり俺が自分でやろうか……」
「だ…っ、駄目だ…っ!」
 それを聞いた面影が慌てて動き出し、相手の手を彼の楔から引き剥がす。
「私と…っ、私がするから…まだ、射精さないで…!」
 そこには、二人の行為の秘匿の為、湯船の中に快楽の雫を溢してはいけないという意思も確かにあったのだが、それより何より面影の脳内を占めていたのは、相手の雫を受け止める機会を逸してしまうという危機感だった。
「はぁっ……はぁぁっ……んっ…」

 ぬちゅ……っ

「…っ」
 いつもなら、軽く舌先で楔を揶揄い遊ぶ事から始める愛撫を一気にすっ飛ばし、面影は徐に三日月の肉棒を喉の奥まで含み入れていた。
 その大胆な行為に三日月が息を詰めている間に、面影は積極的に頭を動かし始める。
「んっ、んっ…ふぁ……あ、むっ…!」
「あ………うぁ…っ…く…」
 雄二匹のくぐもった呻きが閉鎖された小さな空間に響く。
 激しく頭を上下に揺らしながら、口内でも同じく忙しなく舌を踊らせ楔に絡ませると、それを受けて三日月の身体が湯の中で揺れて小さな細波を生む。
(あぁ………熱い……)
 熱棒は熱く大きく成長し、面影の口を圧迫してきたが、それすらも今の若者にとっては甘い刺激になっていた。
 口腔内の粘膜で相手の怒張を刺激すると同時に刺激され、それがまた更に若者を肉欲に追い立て、悪戯が激しさを増していく。
「……んう……あっ…」
 そうしている内に、口中の熱の塊がびくびくっと小さく痙攣を始め、面影がその意味を察した。
(こんな震えて……あ、また大きく……もう、すぐ……)
 その時を察したのは面影だけではなく、三日月本人もそうだったらしい。
 ふぅ、と熱い息を吐き出しながら三日月が片手を自身の口元に持っていき、薄く微笑んだ。
「面影……飲んでくれ…全て」
「ん…っ」
 今口を離してしまえば、その瞬間を逃してしまう…
 そう考えた面影は口を離さないままにこくこくと頷き、より深く喉の奥へと含みいれた。
 嫌悪感はない、寧ろ密かに期待すら抱いていた。
 彼の…生命の熱液が欲しい……!
 強い願いが行為に反映された様に、面影の歯がこり…と優しく相手の固い幹を甘噛みした瞬間、ざぱっと一際大きな細波が立ち、三日月の腰が痙攣した。
「あ、あ…っ!」

 どくんっ…っ!!

「〜〜っ!!」
 初めの射出は激しく長く、面影の喉を打ち、その樹液を飲み下したところで、続けて二度、三度と口中が樹液で満たされていく。
(お、犯されてる…口の中、三日月の精液で……っ)
 息苦しさの中、それでも面影は結局三日月の雄を離す事なく必死に喉を動かし、注がれた生命の証を全て飲み下した。
「んふ……う……」
 ようやく射精が終わった三日月の楔から口を離すと、つぅ、と間に白く細い糸が引き、あえなく切れる。
 はーっ、はーっと激しい呼吸を繰り返しながら三日月を見つめる若者の顔は真っ赤に上気し、瞳は明らかに潤んでいた。
「み、みかづき……私も……もう…っ」
 己の雄の証も限界に近いのだという事を暗に訴えてくる愛しい男に、三日月が口を開いて何か声を掛けようとしたところで……
『おや、誰か先客がいるのか?』
「っ!!?」
 聞こえてきた声は、この空間の入口側から………
 それから然程時間を置かずに二人のいる小空間に姿を現したのは、先程まで面影と刃を交えていた蜻蛉切その人だった。
 向こうは湯帷子を用いずに鍛え上げられた筋肉を惜しげもなく晒しているが、当然、タオルで下半身は隠している。
「おお、三日月殿でしたか……それに面影もいるとは、お前も汗を流しに来たのか?」
 闊達な男の呼び掛けに、岩の背凭れに身を預ける形で『座って』いた三日月が相手を見上げていつも通りに穏やかに答えた。
「うむ、蜻蛉切も来たか。今日の手合わせは面影とだったそうだな、丁度本人から話を聞いたところだ」
「ええ」
「………………」
 三日月とは少し離れた場所で湯の中に座り込んでいた面影は、微かに蜻蛉切に向かって会釈したが、その顔は湯の中で赤くなっている。
 しかし、場所が場所だけにそれを不自然に見られる事は無かった。
「中々に良い仕合だった様だな?」
「はい、我々の見込み以上に、面影は強くなっております。それはおそらく、三日月殿も十分に感じておられることと思いますが…」
「うむ…このじじいの背を任せられる程度にはな。しかし、まだまだ……面影はもっと強くなれるだろう。俺を守るだけで満足してもらっては困る、最優先で守るべきは俺達の本丸、そして主なのだ」
 良いな?と首を傾げて面影に呼び掛ける姿は、ほんの数瞬前に自分と淫らな行為に耽っていた彼と同一人物とは思えない……
「……ああ、精進しよう」
 それだけを言って押し黙る面影だったが、その態度も元々が物静かで控え目だった若者のそれと乖離無かったので、蜻蛉切に疑念を抱かれる事は無かった様だ。
 しかし三日月と同様に面影は蜻蛉切との会話をそつなくこなしてその場を誤魔化していたのだが、その心中は決して穏やかな物では無かった。
(よく…あんな涼やかな顔を保てるな……いくら…は、放ったばかりとはいえ…)
 心底感嘆しながら三日月の様子を伺っていた面影は、感心する一方で己の身を抑えるのに必死だった。
(辛い………早く、早く終わってくれ!)
 相手の絶頂を導いたものの自身の昂りはそのままだったので、今も湯の中に身体を沈めて隠してはいるが、楔は変わらず限界まで張り詰めて角度を保ったままだった。
 ここまで来たらそう簡単には治まらないのが哀しい男の性だ。
 蜻蛉切がこの場を離れない限りはこの身の疼きを解放する事も叶わない。
 ずきずきと痛む股間を意識しながらだとどうしても口数が少なくなってしまうが、そこは幸いというべきか、三日月が蜻蛉切との会話を上手く繋げて誤魔化してくれていた。
 しかしこのまま話が盛り上がってしまうと、寧ろ蜻蛉切がそのままここに留まってしまうかもしれない。
 当初は軽く挨拶だけをしに来てくれたかと思っていたのだが、何となくこのままの流れだと不味い事になりそうな気がする………
 どうしよう…と熱い湯の中で、知らず悪い予感に背筋を寒くしてしまった時、また新たな浴場の利用者の声が遠くから響いてきた。

『huhuhu、おかしいですねぇ。蜻蛉切が確かに此処に入って行ったと思ったんデスが…』

 大浴場の、入口側からだろうか?
 その声もまたその場にいた三人にとっては馴染み深いものだった。
 かつて第一部隊として在籍していた、三日月宗近、蜻蛉切の二人の他にもう一人いた人物。
「! あれは、村正…」
 振り返った蜻蛉切の言葉に、三日月も間違いないと頷く。
「おや、村正も一風呂浴びに来たのか?」
「その様ですな…」
 どうやら向こうは自分にも用事がありそうだと察した蜻蛉切は、その場に留まろうとしていたのかは不明だが、取り敢えずは暇する事に決めたらしい。
「自分を探している様ですのでこれにて……邪魔をしたな面影、ゆるりと寛いでくれ」
 村正も話に加えたとして、この狭い場所に四人……入れない事はないがゆっくりとは出来ないだろうと、後から来た蜻蛉切がここは遠慮することにした様だ。
 こういう細やかな気遣いが出来るのもこの武人の長所だが、今この時程、そんな彼に感謝した事はないかもしれないな…と密かに面影は思いながら返事を返す。
「有難う……蜻蛉切も」
 内心の安堵感を極力表に出さないように気をつけながらも、面影は相手に頷いて取り繕った。
 そして、律儀に三日月と面影二人に暇乞いの挨拶を済ませた男は、「ここだ」と村正が聞こえるように大声で呼び掛けながら、その空間から離れて大きな浴槽の方へと湯船の中を歩き去って行った。
 彼の姿が見えなくなってからも暫くは動こうとしなかった面影だったが、しんとした静寂が戻ったところで深く息を吐き出した。
「はぁ……」
「ふふ……まさか蜻蛉切もこの場所に来るとは…」
「あ、ああ…もしかしたら彼も此処でゆっくりと一人で過ごしたかったのかもな……だとすると、少し悪い事をしてしまった…」
「……………」
 そんな自省めいた面影の台詞に意味深な表情と無言で答えた美しい男は、座ったままでその場に留まる若者に現実を思い出させる様に問い掛けた。
「…お前もよく我慢したなぁ」
「っ!」
 向こうが見抜いていない訳がないと分かってはいたが、こうして端的に指摘されるとやはり身体が反応してしまう。
「………珍しく蜻蛉切が長居をするから、こっそりと一人で達してしまうのではないかと冷や冷やしたぞ…」
「そ、んな事は…」
 『ない』と続けようとしたところで、ずきりと痛む下半身に息を呑む。
「う……っ」
 座り込んだまま前屈みになる面影の様子で相手の実情を察した三日月が、片手を掲げて若者を誘う。
「流石にもう限界だろう……さぁ、また誰か来ない内に、こちらへ」
「………っ」
 三日月の言葉は尤もだった。
 この大浴場が全ての刀剣男士達に解放されている時間帯である以上、また蜻蛉切以外の誰かがここに来る可能性は消えない。
 その事実と肉体の限界に強く背を押され、面影は素直に腰を上げ、ゆっくりと三日月の方へと歩いて行った。
 前屈みのままで男の面前まで来た面影は、彼に促される前にゆっくりと自らの衽を開き、下に息づいていた分身を曝け出す。
 麻の生地を既に持ち上げて屋根を形作っていたそれは、薄い拘束から解放された途端、ぶるんと三日月の目前で勢い良く頭を振って奮い立った。
「おお……」
「三日月…っ…もっ……早く…」
 感嘆の声にも構わずにひたすら哀願する若者が愛しくて、三日月は彼の望み通りに優しくその熱く脈打つ茎を握り込んだ。
「あいわかった……好きなだけ、このじじいの口の中に注ぐが良い…」
 ぺろっと赤い舌を覗かせて煽る様な視線と声を投げ掛けた三日月は、そのまますぅと瞳を閉じ………

 ぬるん……

「っ!!」
 一気にその太く固い肉棒を、口の奥へと飲み込み、柔らかな粘膜に包み込んでやった。
「あ……あっ」
「んん………」
 待ち侘びた瞬間……
 それだけで既に達してしまいそうなのを必死に堪えつつ、面影は滑らかな口腔内で己の分身に舌が絡み付き、吸い上げてくる快感に酔いしれる。
 固く成長し、解放されたいと思っていた雄に、理性と羞恥心はまだだ、まだだと幾重にも鎖を掛けて雁字搦めにしてしまっていた。
 その鎖を今、三日月の舌が一本、二本と砕いてくれている。
「ああっ……好い……好いぃっ!!」
 今はもう、脳が自分を支配しているのではなく、雄の器官が自分を操っている様だ。
 思考に至る前に、自らの腰が激しく前後に振られ、その度に三日月の喉の奥を穿ち、犯している……
 下を見ると、眉を顰めながらだらだらと涎を溢して自分の雄を咥え込む美麗な月の化身がそこに在った。
 罪悪感と、それ以上の背徳感は容赦なく面影の背を走り抜け、それもまた鎖を砕いていった。
「ん……っ!!」
 精液が……上がってくる……!!
 その時が来た事を悟り、面影の全身が戦慄きながら更に前のめりになった。
 夢中で三日月の後頭部を押さえ、ぐんっとより深く楔を咥え込ませながら願う。
「あああっ! 達くっ! 達くっ! 三日月、飲んで…っ!!」
 下半身の筋肉達が連動して、一気に射精へと向かうのが分かった。
 細い空間を一気に通り抜け、外界へ向かう熱い奔流……
「ああ、ぁ〜〜っ!」

 どぴゅっ どぴゅっ! びゅるる…っ!

「んく…っ」
 三日月の呻きが聞こえた気がする……が、もう止める事は出来ない……
 それからも、面影は何度も腰を震わせて精を放出した。
 あれだけ長い間耐えていただけに、量も多く、その分快楽も深かった。
「はぁ……はぁ……っ」
 その快楽に頭がぼんやりとしながら、荒い息を零していた面影の耳に、細やかな呟きの声が聞こえてくる。
「嗚呼………なんと美味き甘露よ……」
 は、と我に返って下を覗けば、三日月がゆっくりと肉棒を口から放し、すりすりと愛おしそうに己の楔の茎を優しく指で撫で上げながら、悪戯っぽい目で見つめてきていた。
「ふふ……しかもまだこんなに元気で物足りないと言っている…」
 言いながら、彼は再びぬちゅうと口の中に面影の分身を迎え入れ、舌での愛撫を再開した。
「ああっ…!! それだめっ! そんな……! 達ったばかり、なのにっ!!」
「そら、頑張れ頑張れ。若人がじじいに負けるなど、情けないぞ?」
「それ…関係な…っ…あっあ〜っ!!」
 達したばかりでより敏感になってしまっている肉棒の粘膜を、熱く柔らかな口腔に再び含まれ、ねるねると舌を絡ませながら激しく吸い立てられ、面影は拒む事も碌に出来ずに悶えた。
(だめっ…! 敏感になっちゃってるのに…そんな激しくっ………ああん、気持ちい…っ! また、また直ぐに…)
「射精ちゃうっ! あっ、はぁあぁぁ〜っ!」
 二度目の射精はあっけなく訪れたが、その快感は初回のそれより深かった。
 意識が飛んでしまいそうになり、思わず三日月に覆い被さる形でしがみついたが、そんな中でも淫らな腰は揺れを止める事なく再び三日月の口の中に劣情を思い切り吐き出していく。
(いやっ……また、三日月の口の中にいっぱい射精して……飲ませちゃって、る…!)
 この世で最も美しい付喪神に何という事を……
 そんな罪悪感とは裏腹に、その美しい存在を穢しているのが他ならぬ自分自身という背徳感のもたらす愉悦にぞくりと背筋が震える。
 精の放出が落ち着いたところで相手を見下ろすと、全てを飲み下し終えた男がぬるんと鎮められた楔を解放し、こちらを上目遣いで見つめながら、ちゅ、と先端に口付けてみせてきた。
「もっと…褒美が欲しいだろう?」
「……っ」
 答えようとしたが、そこで身体がくらりと傾ぎ、ざぷりと大きな水音をたてながら面影は三日月に抱き止められる形で座り込んでしまった。
 二度の射精に加えて、湯の中で熱気に当てられた事も起因しているのかもしれない。
「おっと…」
 小さく荒い吐息を零す若者に胸を貸してやりながら、三日月はこっそりと悪巧みを持ちかける様に囁いた。
「……これ以上ここにいては上せてしまうな………お前の部屋に行こうか…?」
 自分の部屋に誘うのではなく面影の部屋を指定したのは、隣同士ではあるものの単純にそちらの方がこの大浴場から近かったからだ。
 それは一刻も早く面影と再び肌を合わせたかったからなのか、それとも極力人目につかないようにとの配慮だったのか……
 真意は分からないままだったが、そんな彼の問いに面影は殆ど無意識の内に頷いていた………



「んあ……ッ、あぁん…」
 大浴場から出て、自分の部屋に辿り着くまでの事は、殆ど記憶になかった。
 誰かに途中出会った記憶はない…という事は、幸い他の者に今の自分の醜態を晒す危機からは逃れられたということか。
 部屋に来るまで、果たして己の足で歩いて来たのだろうか……それともまさか彼に抱えられて……?
 今だけ記憶が混乱して後になって思い出すのかもしれないが、少なくとも現時点での状況は、どうやら部屋に着いて早々に布団の上に横たえられた後、纏っていた浴衣を剥ぎ取られてしまったらしい。
 因みに浴衣は大浴場の脱衣所に湯帷子と一緒に備えられているものだった。
 あんな意識の状態では戦闘服を纏う事など出来なかっただろうから、おそらくは三日月の取り計らいだろう。
「いや……また、私ばかり…っ」
 仰向けに横たえられた自室の布団はひんやりと心地よく、その冷たい刺激がゆっくりと上せていた思考を冷ましてくれたが、そこでまた新たな熱を加えようというかの様に、下半身へと覆い被さった三日月が三度、唇を寄せて肉棒を愛し始めていた。
「そうは言うが、俺を抱きたいのだろう? ならば『その気にさせる』のは、俺の務めだからな……すぐに立派に育ててやろう」
「うあ……っ」
 わざと聴かせているのだろうか、股間からちゅ、ちゅっと濡れた小気味よい音が響き、その度に楔から甘い刺激が脳天へと走り抜ける。
(ああ……三日月の舌がいやらしく這い回って……き、気持ち良いっ……!)
 濡れた柔らかな舌が、雁首をねっとりと舐め回し、裏筋を幾度も繰り返しなぞり上げ、雫口をくりくりと穿る。
 およそ雄の弱点とされる場所を執拗に責められ、生まれる快感を拒む事も否定する事も出来ずに面影が悶える中で、彼の目が相手の様子を改めて捉えた。
(三日月………?)
 変わらず自分を高めようと口淫に耽っている男は、膝を曲げて上体を前に倒す形で下半身に覆い被さっていたのだが、そうする事で高く上へと突き上げられた臀部が白く艶かしい彩を放ちながら妖しくくねっていた……
 その行為が何を示しているのか、面影は直ぐに察した。
 知っている……あの腰の動きは……何故って、自分もこれまで幾度も経験があるから…彼に抱かれている時に………
(もしかして……三日月も…)
 欲情、してくれている……? 欲しがってくれているのか?
 一見、涼やかな顔をしてこちらを導くよう行動している様に見えていたから、己の不甲斐なさに正直後ろめたさを覚えていた。
 褒美として抱かせてやろうと向こうがその意思を見せてくれた時も嬉しくない訳ではなかったが、もしかしたらただ義務的に、本当にただの褒美として、そこに特別な気持ちなど無いのかもしれないと不安に思いもした。
 けれど、今、あんな風に端ない姿を晒してくれているという事は、少しは自惚れても良いという事だろうか?
(そうだ………私だって、本当は…)
 今も絶え間なく快感を与えられ続ける中、面影は悶えながらも声を上げた。
「あああ、んっ! わ、たしにも、三日月の…おしゃぶりさせて……っ」
 私も、彼と同じ様に愛してあげたい……気持ち良くさせてあげたい……!!
 そんな熱望を受けて、ぴくっと三日月が反応を示し、一旦愛撫の手を止めてこちらを見上げてきた。
「………面影?」
「…私も……『その気にさせてやる』……」
 挑戦者の瞳でそう言いながらこちらを真っ直ぐに見据えてきた面影は、いつもの柔和で儚げな雰囲気とはまた別の、実に精悍な顔をしていた。
「ああ………堪らぬな」
 ふふっと笑う三日月の表情には揶揄ったり冗談を言う様な素振りはなく、心底そう思っているのだという事実が伝わってくる。
「今のお前にそんな事を言われては、俺まで我慢が効かなくなるではないか…」
 言いながら身体を起こして一旦行為を止めると、三日月は躊躇いなく身体を起こして反転させ、面影の頭上に己の股間が来る位置へと陣取った。
「俺をその気にさせると言うのなら、責任は取ってもらうぞ?」
「! そのつもりだ…」
 いつも抱かれる側の時にはやられっぱなしに近い立場だったが、今この時は違う。
 それを証明する様に、面影は目の前に露に晒されていた雄の証を優しく握り込み、ちゅぷ…と音を立てながら口へ含み入れる。
(はぁ……美味しい……三日月のオ〇ン〇ン…)
 本来ならば美味だとは感じない筈のそれだったが、面影は夢中になって舌を踊らせ、舌触りと滲み出る先走りを味わっていた。
 しかし、今回はその行為ばかりに没頭している訳にはいかない。
 こちらが相手を抱く以上、やらねばならない事があった。
「んん……」
 口淫の傍ら、面影は自らの人差し指と中指を咥えてたっぷりと唾液を塗りつけ絡ませると、先ずは人差し指だけを相手の菊門に押し当て、そのままぬぷぷ、と奥まで差し入れていく。
 三日月を抱くのは久方ぶりなのだから、此処もまだ頑なに閉じられている……傷付けない為にもしっかりと解し、柔らかくしておく必要があった。
(やっぱり固い……でも……)
 頑なさの中に微かに感じる肉の反応……
 それをより明らかにする為に、指を根本まで突き入れてはゆっくりと引き抜き、甘爪が見える辺りまできたところで再び突き入れる……
 幾度も繰り返していく内に徐々に内側は解れていき、ぬちゅっぬちゅっと淫らな音が響き始めた。
「あ……あぁ……」
 そこに甘く重なる三日月のささやかな嬌声……
 それらに導かれるように、面影は中指も加えて、より一層激しく三日月の内側を捏ね回し、乱し始めた。
(三日月の奥…どんどん柔らかくなって、うねり始めた……まるで、引き込むみたいに…)
 奥へ奥へと指を引き込んだ先にあるもの…………
 それに思い至り、面影は応える様に二本の指先を奥へ届けつつ、それらの指の腹で肉壁の向こうに潜む雄の弱点を潰すように刺激してやった。
「くぅ……っん…! ああぁ…!」
 びくんと三日月の肩が跳ね、彼が顔を上げて『おしゃぶり』を中断しても、面影は変わらずひたすら相手の楔を舐めしゃぶりながら二本の指先で繰り返し淫肉越しに弱点を責め立てる。
 愛しい男が自身の愛撫によって悶える姿は何よりの『ご褒美』なのだ、止める理由など無かった。
「ん、ふっ……はぁ、はぁ…」
 一度は中断されていた三日月の捕食行動が再開されたが、より一層熱と激しさが増してきた様だ。
「くぅ…」
 その快感に押されて呻き声を上げたが、面影も同じく口と指先で快楽を与えてやる。
(まるで、一騎討ちの様だ……)
 共に汗を噴き出し、心の臓を高鳴らせ、身体と心で共にぶつかり合い、語り合う………
 相手の身体の変化を見抜き、次の一手を考える、と言うのも正にそれだ。
 そんな事をぼんやりと考えていた面影の視界の中で、ゆっくりと何かが揺れる。
 は、と意識をそちらに向けると、それは当然、三日月の下半身だったのだが………先程までは殆ど動きが無かった彼の下肢と臀部が連動して、揺れ始めていた。
 最初はごくゆっくりとした速さだったのだが、徐々にかくっかくっと激しいものへと変わっていく。
 故意なのか、無意識なのか……
(三日月………もう、欲しい、のか…?)
 この腰の淫らな動きは、明らかに雄を求めている身体の反応だ……
「みか、づき……?」
 呼びかけながら、ふと無意識にぐりっと一際強く前立腺を抉った瞬間、ああ、と引き攣った声が上がると同時に男の背が反り返り、ぴゅぴっと雄の切先から先走りが勢い良く迸った。
 どうやら軽く達ってしまったらしい月の化身は、潤んだ瞳をこちらに振り返りつつ向けながら、ぺちゃ、と誘う様にすっかり昂りを取り戻した面影の分身を舐め上げた。
「見違えたぞ………俺をこんなに熱くさせるとは…」
「…っ」
 そんな言葉に、一瞬、瞳を大きく見開いた若者は、直ぐにその唇に笑みを刻んで応える。
「……先生の、教え方が上手いからだろう」
「! はは」
 言外にお前のせいだと指摘されて、三日月もそれには素直に笑うしかなかった。
 確かに、毎日と言って良いほどに自分に抱かれている相手が、そこから色々と日々学んでいくのは容易に想像出来る。
「…三日月……もう良い、だろうか…?」
 お前を、犯しても……
 むくりと上体を起こして身体の位置をずらしながら問うてくる若者に、三日月はふ、と微笑んだ。
 相手の濃厚且つ優しい悪戯のお陰で、淫蕾はすっかり柔らかく解れて今や貫かれる瞬間を待ち侘びている。
 手にしている熱く固い雄の証は、もう己を貫くには十分な逞しさを備えていた。
「良きかな、良きかな」
 口癖になっているその台詞を口にしながら、三日月は右手を下から潜る形で己の秘部へと這わせ、くい、と自ら肉蕾を左右へと押し広げた。
「俺の身体で、存分に気持ち良くなるがいい……年寄りを長く待たせるものではないぞ」
 白い指先で掴まれ、広げられた二つの丘の深奥に潜んでいた薄桃色の蕾はふっくらと息づき、ひくひくと痙攣を繰り返していた。
 こんな情景を見せられて、果たして理性を保てる男はこの世に…いや、あの世も含めているのだろうか?
 自分は…当然無理だ…!
「ああ、もう……っ!」
 続ける言葉すら分からないまま、何かに急かされる様に面影は膝立ちの状態で相手に迫り、ぐいと楔の先端を彼の蕾へと押し当てた。
 粘膜と粘膜が触れ合う感覚が、いつもより生々しく脳への刺激として伝わっていく。
 その刺激への条件反射宜しく、面影の腰が前へと一気に突き出され、ずぷぷ、と雁首までが蕾の奥へと呑み込まれていった。
「あ……っ」
 小さな三日月の喘ぎ声を聞きながら、面影は更に前へ前へと腰を揺らし進めていく。
 最も太い箇所が呑まれた後は、然程苦労なくすんなりと楔は埋もれていった。
「あーあぁっ! みかづきのなかっ…熱くて、きもちいっ…!! 腰、止まらな…っ」
 淫肉に包まれた肉刀はやわやわと、しかしきつく締め付けられながら、それを振り解く様に激しく肉壁を擦り上げていく。
 楔と肉壺は、互いが互いを激しく擦り合いながら、それがもたらす快感に打ち震えた。
「んっ、ふ、あ…っ…」
 激しく双方の肌と肌がぶつかり合う音が響き渡る中、三日月は快感に追われる様にぎゅうと傍にあった枕を両手で抱き締めて口元を塞ぎ、くぐもった喘ぎ声が小さく聞こえる。
「………」
 そんな様子を上から見つめていた面影は、ぐ、と身体を前のめりにすると、片手を伸ばして自らの手指を相手の口中へと差し入れた。
「ん、ふ…っ」
「口……塞がないで…」
「あふ……むっ…」
 塞ぐ代わりに指を入れて三日月の口の中を犯す様に軽く掻き回すと、素直にそれらに舌を絡ませてきて、その生々しい感触が更にこちらの性欲を煽って来る。
 その挑発を受けて、面影の腰の動きが一層速く、激しくなっていった。
「みかづき……お前……は…」
 はぁはぁと荒く息を吐き出しながら、面影が途切れ途切れに呟く。
「私を…狂わせるのが、上手すぎる……っ」
「! ふ、ふ……」
 笑みの含まれた声を漏らしながら、三日月は一時面影の指を口から解放し、振り返った。
「当然だ。こっちも……本気、だからな」
「っ!!」
 三日月の気持ちは知っているつもりだったが、こうしてはっきり言われてしまったことで、面影は完全に理性が焼き切れてしまった。
「お前の、せいだっ…!」
 いつも控え目の発言しかしない…穏やかな表情で人当たりの良い対応をするのが常の若者が、らしくもない荒々しい口調で投げつける様にそう言うと、一気に楔を根元まで突き入れ、三日月の秘窟の奥の奥まで抉った。
「あああぁっ!!」
「もう……優しくなんてできないっ!! 抉って、擦って、滅茶苦茶にしてしまう…っ!!」
 そんな事をしては傷つけてしまうかもしれないという気持ちと、自分だけが相手を傷つけることで所有の証を立てたいという独占欲。
 少なくとも今まで自分には前者の思考しかなかった……筈だ。
 なのにまさか…己の内にこんな身勝手な欲望が存在していたなんて……!
 止めるべきなのかもしれない…のに、止める事が出来ない……!!
「ああ~~っ!! はげ、し…っ…おもかげ…!」
「うん……うんっ……みかづきのココも…私と同じに……! 私のと、同じ形に…するからっ…!」
 身体の奥の淫らな肉壁には言葉は通じない…から、こうして直に触れて教えてあげなければ……
 何度も何度も繰り返し、この雄の大きさと形と固さと熱を肉壺に知らしめ、刻み込んでしまおう。
 『此処』を満たし、犯すのは、私だけなのだと……
 そう、夜毎、彼が私に同じくそうして来たお陰で、私の奥はすっかり彼の在り様を覚えてしまった。
 逞しい『それ』が挿入ってきたら、恥ずかし気もなく悦びに戦慄いてしまう程に………
 だから、今度は……!
「私のも……覚えて…っ!!」
「う、あぁっ!」
 肉棒が届く限り、余すところがない様に、存在を強調する様に、面影は幾度も腰を打ち付ける。
「凄い…っ、三日月……奥、悦んで…離してくれない……っ」
 腰の律動に合わせ、肉刀が挿入された瞬間に柔らかく包み込んだかと思うと、樹液を搾り取ろうときゅうきゅうと締め付けてきて、それを振り切る様に引き抜こうとすれば、まだだと訴える様にうねって縋って来る。
 まるで蟻地獄に嵌ってしまったかの様な危うさ……
 どんな男…雄でも、これに夢中にならない者などいないだろう……しかし、
(私、だけだ…!!)
 この男のこんな淫らな艶姿を他の誰かが目にするなど、考えただけでも吐き気がする。
 これまでもこれからも、それが許されるのは私だけだ…!!
「く、ぅ…!!」
 更に腰を激しく振りながら、より深く快楽を与える為に、面影の片手が三日月の胸の蕾に、そしてもう片方が彼の雄の証へと伸ばされる。
「ああ、あっ…面影…っ」
「三日月……っ」
「はぁあ……好い…好いぞ……もっと…」
 固く尖った胸の蕾を摘まみ上げて捏ね回し、同じく固くなっている楔を握り込んで激しく扱き下ろすと、より一層、男の内が熱く激しい反応を返してくる。
 互いの身体の中心で繋がり合った二人の肉体は激しい熱を持ち、揺れ合う度に玉のような汗が散っていった。
 幾度も肉壁を擦り上げていた面影の楔がいよいよ己の熱を放つべく細かく震え出すと共に、三日月の深奥もそれを感じ取ったのか期待に疼きを強くしていった。
「う、あ………射精す……! 射精すぞっ、三日月っ!!」
「ああ……出し惜しみは無しだぞ…? お前の全て…最後の一滴に至るまで…」
 限界が近いのだろう、赤く染まった肌を晒しながら、三日月はゆっくりと面影の方を振り返り…ぺろっと舌で己の指を思わし気に舐めながら唇を妖しく歪めた。
「…俺のものだ」
「っ!!」

 どくん…っ!!

 それは前触れもなく突然だった。
 普段は射精の前には少なからずその前駆感覚が生じるもの……少なくとも自分はそうだった。
 それなのに、今は三日月の妖艶な笑みを見た瞬間、半ば強制的に身体が『持っていかれた』のだ。
「ふぅう……ッ!! あっ! 勝手に、でてっ…!」
 ここまでずっとお預けだったのだから、それは当然いつかは放たねばならなかったのは生理現象として当然である。
 しかし、今回ばかりは己の意識には全く関係なく、身体が勝手に三日月の笑みに反応し彼の望みのままに精を捧げた様な行為に、持ち主の面影本人が当惑してしまっていた。
 その当惑の隙を突く形で身体は変わらず三日月の最奥を穿ちながら、所有の意志を示すが如く繰り返し精を注ぎ込み続けている。
(ああっ、気持ちいいッ、すごいっ…!)
 一旦はその快楽に意識まで持っていかれそうにはなったものの、面影はすぐにそんな中にあっても気を取り直し、目の前の男を悦ばせる事に集中する。
 そうだ、今は抱かれているのではなく、こちらが相手を抱いているのだ。
 彼がいつも自分にしてくれている程には出来ないかもしれないが、それでもせめて…出来る限りで悦んでほしい……感じて欲しい……
「ま…だ……」
 勢いは多少衰えてしまっているだろうが、まだ注ぎ込める…!
 ぐいと改めて強く三日月の細い腰を抱き、引き寄せると同時に一気にこちらのそれを打ち付けると、ばちゅん!と弾くような音が響き渡った。
「うあ、あぁ…っ!!」
 瞳を閉じた男の掠れた嬌声に交じり、二人の腰がぶつかり合う音が繰り返される。
「んぁ……俺、も…あっ!」
 幾度も熱い奔流を受け入れながらもそれを享受するのみに留めず、麗しい月の化身は若い雄を柔らかくも絶妙な締め付けで繰り返し搾り上げると共に、己の昂りからも繰り返し、敷布団の布地の上に白濁を放っていた。
「はぁぁ……んっ…」
「三日月……ちゃんと、届いているか…? お前の、奥……一番、奥まで…っ!!」
 最奥に放った劣情を、より深く深く、男の芯に届けるように肉楔を突き入れる。
 射精が終わってからも面影の腰の抽送は止まらず、繰り返し濡れた破裂音が響いていたが、やがてそこにぐちゅぐちゅと別の音が加わってくる。
 二人の接合部からその音が聞こえると共に、面影によって塞がれていた秘蕾の僅かな隙間から肉棒に掻き出される形で、奥には至れなかった分の白い樹液が太腿を伝って流れ落ちていた。
 ああ、いいな…と熱で浮かされた頭で考える。
 彼の一番奥まで自分の証を届けながら、彼を貫く凶悪な楔で自分の体液を相手の粘膜に擦り込んで、細胞に至るまで染み込ませて犯してしまえたらいい。
 そう願いながら、面影は限界に腰が動けなくなるまでひたすらに抽送を繰り返した。
「う………ん…っ」
 直ぐに抜いてしまうのは名残惜しいのか、全てが終わった後にも、面影は分身を三日月の肉壷に残したままに覆い被さった。
 互いに濡れた肌を重ねると、それだけで幸福感と充足感で心が満たされるような気分になったが、それは三日月にとっても同様だったらしく、面影の身体の重みを感じると同時に控え目な笑い声が聞こえてきた。
「はぁ……はは……飲み切れずに溢れてしまったか…まぁ、あれだけ注がれたからな…」
「……っ!」
 求めていた時にはあんなに貪欲な事を考えていたのに、共に達してしまった今になって、独りよがりな行為だったのではないかと不安が頭をもたげてくる。
「………」
 取り敢えず今も相手の内に挿入したままであり、彼に負担にもあるだろうし不快かもしれないと思った面影が楔を引き抜こうとしたのだが…
「…?」
 きゅうと柔らかくもきつめに締め付けられ、抜くのを阻まれてしまった。
「…え?……三日月…その…」
 力を抜いてくれないか、と頼むより前に、相手は先手を打って更に楔を締め付けながら断ってきた。
「ダメ、だぞ…?」
 絶頂から少しだけだが時間が経過し多少息は整ってきたとはいえ、依然身体に籠った熱は下がりきらぬ様子で、三日月はほんのりと上気した肌に汗を浮かべたまま振り返り、潤んだ瞳で面影を見つめてきた。
「俺のここは…まだお前を覚えておらぬ……もっと、教えてくれるのだろう?」
「!?…お前……は…」
「ほら………お前もまだ…」
 満足していないのだろう?とばかりに分身を締め付けられると、己の意思に関わらずどんどんと再び容積を増していくのを感じる。
 このままだと抜く前に抑えられなくなってしまう…そうなれば相手の負担にもなってしまうのに、こちらの気遣いなど関係ないとばかりに三日月は変わらず追い詰めてきて、笑っているのだ。
 そこまでされた時点で、面影は『遠慮』という言葉の意味を忘れることにした。
「もう…知らないからな…!!」
 煽ってきたのは向こうなのだから、もうこれ以上抑えるのは無しだ…!
 望み通りに、彼が普段自分に夜毎やる様に、犯して犯して覚え込ませてやる………!!
 幸いと言うべきか、既に一度体内に放ったお陰で肉壺はしっとりと濡れそぼり、多少荒く動いても傷付ける心配はないだろう。
「うあ……!」
 抜かないままで、しかし相手の体勢を変える様に面影が三日月の片足を掴んで仰向けにさせると、ぐりっと固くなりつつあった面影の肉棒が三日月の淫肉を荒々しく抉った。
 その刺激を受けてぴくんと三日月の分身が揺れるのを見ながら、面影は相手の腰を抱えて膝立ちになる形で、ぐんっと再び奥を貫き始める。
「あ、あ……っ」
「望み通り……忘れられなくしてやる…っ!!」
 激しく抽送する度に、接合部から濡れた音が響いて二人の耳を犯す。
「ここ…が、好いんだろう…? 三日月…!」
 幾度か過去に三日月を抱いた時の記憶は今も鮮明に脳内に刻みつけられており、その記憶を頼りに面影は的確に相手の性感帯を幾度も責めていった。
「ん、あぁあ…っ! はぁ、そ、こ……好い、もっと…」
「はぁ…はぁっ…! う、三日月…三日月……ッ!!」

 ばちゅんっ! ばちゅんっ!!

 卑しい水音…とぶつかり合う度に響く破裂音………
 気が付けば、自らの腰に三日月の細く艶やかな両脚が絡み付いて持ち主の方へと引き寄せようとしていた。
 更によく見ると、三日月の楔がより一層興奮して首をもたげて先走りの雫を先端からとろとろと溢している。
 明らかに感じていると分かる肉体の反応だった。
(……ああ………凄く、嬉しい……)
 こうして直接的に目に見える形で求められてしまうと、喜びが心に溢れて止まらなくなる。
 ああ、成程、自分を抱く時に三日月が止まらなくなるのもこういう訳なのか……
(もっと達かせたい……! もっと達かせて、もっと達って、三日月の内をどろどろにしてしまいたい…!)
「今日は、とことん、付き合ってもらう、ぞ……!!」
 三日月の身体を奥まで貫く度に、楔が蕩けそうな程に絡みつく淫肉が雄と化した面影を夢中にさせ、彼にしては珍しい程の啖呵を切らせるまでになっていたが、そんな若者にも三日月は全く動じる素振りもなく、寧ろ願ったりといった様子で受け入れていた。
「ああ……俺もまだ味わい足りない………お前こそ覚悟せよ…限界まで、搾り取ってやるぞ…?」
「ん…んうっ!」
 締め付けられ、思わず達しそうになったところをかろうじて押止まった面影が、仕返しとばかりにより一層強く深く相手を穿つ。
「望むところだ……っ!!」
 それからは、互いの荒い息遣いと肌と肌がぶつかり合う音だけが部屋に響いていた。
 粘膜が擦れ合う度に、二人の身体の中心に悦楽が生まれて彼らを踊らせ、その調律は徐々に速まってくる。
(三日月………さっきより、勃ってる……)
 律動を止める事が無いまま、面影は相手の身体の変化を目敏く見抜き、そっと片手を伸ばして固くなった彼の分身を握り込んだ。
 それにより相手の下半身を支える支点は一つ失くしたが、自らの腰に相手のそれを押し付けながらであれば片手だけでも事足りると面影は判断し、三日月の肉棒へと意識を戻す。
 熱くてしっかりとした感触を返してくるそのものにくらくらと目眩を感じたが、直ぐに気を取り直して、きゅ、きゅっと場所を変えながら圧を掛けてやると、嬉しそうに先端から悦びの涙が流れ伝ってきた。
 一度その手を離して付着した体液をゆっくりと舐め取ると、改めて三日月の肉棒を握り込み、己の唾液と相手の体液の助けも借りながら激しく上下へと扱き上げると、瞬く間に新たな涙を先端から溢れさせてきた。
「くぅ……あ、あぁっ…好い…好いぞ……もっと、強く……」
 強くと言うのは握り込む力の強さか、それとも扱く事による刺激のそれを言っているのか………
 判断がつきかねるところであり、面影は夢中で求められるままにどちらも叶えてやった。
 ちゅこ、ちゅこ、ちゅこ…っ!
「ああぁ〜〜っ!!」
 いやらしい音が響く中、三日月の艶めいた悲鳴が上がり、面影の耳を大いに楽しませてくる。
(素敵だ………ずっと、ずっと聴いていたい…)
 もっともっと相手の好い声が聞きたいと、面影はより強く速く腰を揺らし、手を動かし、三日月の欲求を満たしてやったが、彼の望みは当然、普遍的に叶えられるものではなかった。
「く……うぅ……っ!」
 激しい律動は三日月だけではなく面影本人も同じく絶頂へと導く上、三日月の分身への愛撫も、それが彼の淫肉のより淫靡な歓迎へと繋がるのだ。
 当然、それらは否応なしに面影その者の限界へと彼の身体を連れて行ってしまった。
「あ、あぁっ!! 射精るっ! 三日月、お前の内に…全部射精すぞっ!!」
「ん……っ、来い、早く…っ……お前が…ほし、い……!」
「!!……っ!!」
 欲しいと言葉で求められ、感極まった面影がその激情を抑えられる筈もなく、彼はそのまま一気に精を三日月の肉壺の最奥へと叩き付けた。

 どびゅっ!! びゅっ!! びゅるるるっ!!

 己の分身が別の生き物になったかの様に、まるで自制が効かない…!!
「う、お……おおぉ…っ!」
 雄……まるで獣の雄になってしまった様だった。
 いや、相手を穿ち、貫き、切り裂きたいという、刀剣としての本能に近しいところに今の自我はあるのかもしれない。
 普段の静かな声とはまるで違う、獣が呻き、威嚇する様な低い声を漏らしながら、腰が激しく痙攣するのをそのままに任せ、射精の快感に酔う。
 そんな若者の視界に、己と同じく繰り返し勢い良く射精している三日月の楔が映った。
(一緒に………達けた……)
 共に達したいとは思っていたが、恥ずかしい話だがその瞬間は肉体の感じる快感に手一杯になってしまっていた所為で、促しの声すら掛けられなかった…
 けれど共に絶頂に至ったという事は、少なくとも向こうも快感は感じてくれていた筈、と様子を伺うと、先程までは緊張していた彼の肉体は今は弛緩しており、汗に濡れてしどけなく横たえられていた。
 上半身は布団の上にあるものの下半身はまだ自分が抱えており、接合部に至っては依然繋がったままである。
 楔の内側が繰り返し蠢き、奥に残っている精を尚も吐き出そうとしているのを感じながら、面影はぶるっと胴震いをした。
 一滴、最後の一滴までも三日月の奥に呑ませ、自らの精を浸透させて、内側からも侵食してしまおう……
「三日月………ちゃんと、味わってくれ……」
 
 ぐちゅ………ぐちゅり………っ

「ん………ふ、あぁん……」
 精に塗れてぬらぬらと濡れそぼった楔を、それからも繰り返し面影は三日月の媚肉に抜き差しを続け、腰をくねらせこね回し、己の体液を粘膜へと擦り込んでいった。
 三日月もまた相手の腰の動きに合わせて自らのそれを蠢かし、より奥へと誘いかけてくる。
「…三日月………素敵、だ……」
 私を優しく受け入れてくれる寛容さも……幾度も犯されながら尚求めてくる貪欲さも………お前の全てが夢中にさせてくる。
「ん………」
 上に覆い被さり口付けを与えながらも、二人の腰は重なり、接合部も繋がったまま淫らに蠢き続けていたが、その行為の中で三日月がうっそりと微笑みながら面影に耳打ちした。
「なぁ面影よ…………もう今日はずっとここに居ても構わぬか?」
「え…?」
 てっきり夕餉頃までには自室に戻ると思っていた相手からの申し出に、一瞬ぽかんとした面影は、念の為に聞き返す。
「……夕餉まで此処にいるという事か? それは勿論…」
 大歓迎だが、と続ける前に、向こうが顔を僅かに俯けてふふと笑い、再び顔を上げた。
「おや、夕餉など要らぬ程に、俺が褒美をくれてやろうと言うのにか…?」
 彼にしては珍しく端なく口を開け、覗く舌に思わせぶりに人差し指を乗せながら、はぁと熱い吐息を零しながらそう煽ってくる。
「!!」
 そんな相手が何を言わんとしているのか、分からない程面影はもう幼くはなかった。
 それは、つまり………
「あ……そ、それは……無論、大歓迎だ……が………その」
 また襲い掛かりたくなる衝動を必死に堪えつつ、面影は相手に確認する。
「…別の、意味で………ちょっと…強引に、構ってしまう、かも…」
「! ふふ、そうかそうか…」
 心得た、とばかりに三日月が頷くと、不意に腰を大きく蠢かし、ぬるんと内から面影の楔を解放する。
 そしてその動きに続いて、流れる様な自然な動きで面影を押し倒すと、上に乗り上りながら位置を下へとずらしつつ、体液でぐっしょりと濡れたままの相手の肉棒を握り締めて顔を寄せた。
「嗚呼………見る度に心がさざめく…何と愛おしい」

 ぴちゃ………ぺちゃ……っ

「ふ、くぅうっ! み、かづき…!?」
「ふふふ……今度はこちらの口が寂しくなってしまったのでな……夕餉代わりに馳走してもらおうか…んむ…」
 飴を舐める様に舌を踊らせて雁首を責めた後、そのままくぷっと亀頭を含んで口中でじっくりと可愛がり始める。
「ん〜……ふ、むぅ…っ……ちゅ……っ」
「あっあっ…ああぁ…っ」
 また……雄が、暴れ出してしまう………!!
「三日月……っ!」
 止めなければ…と思う気持ちと、本能のままこのまま暴れさせてやろうと思う気持ち…
 三日月の悪戯が無ければ前者がまだ勝てる見込みはあったのかもしれない。
 しかし彼が誘ってきた時点で、面影には最早抗う術は皆無だった。
 嗚呼、溺れていく、肉欲の沼に…………
 犯しているのは、抱いているのは明らかに自身の筈なのに……まるで喰われているのはこちら側なのではないかと錯覚してしまう。
 褒美だとその身を差し出して、己を貪らせる代償に雄の精を望むままに搾り取る……まるで魔物だ
(ああ……そうか……)
 月は、人を狂わせる魔性を秘めていると言われていたな……
 確実に肉欲を増幅させられている間に、面影はぼんやりと考える。
 美しいだけではない…触れてはならない一面を秘めている存在だった。
 分かっていた筈なのに、あまりにも近くに、傍にいてくれていた事で失念してしまっていた……
(……今更…逃げられる訳もないか………逃げる気もないが……)
 そう考えたら、ふっと心が軽くなる気がした。
 愛しい男が抱いてほしいと求めてきているのだ、拒む理由が何処にある……?
 下らない拘りなど捨てて、このまま魔性に囚われて、この男と溶け合ってしまおう………
「三日月……お前が望むままに………」



 それから、面影は夕餉を食べた記憶もなく、夜明けまで三日月を抱き続けた………