入院八日目





「今日から、シャワーなら使って良いでしょう」
「!」
 訪室してきた医師から、腕の調子を確認された後で温和な口調でそう告げられた。
「ヒビは無論、完治まで時間は掛かりますが経過は順調の様です。前回のレントゲンでも確認しましたが、前にも伝えた通り変な捻りもなくズレもありませんし…」
 ふむふむと素直に主治医の言葉を聞いていた面影の居るベッドから少し離れたソファーには、居るのが当然とばかりに三日月も座っており、そこで二人の様子を眺めている。
 三日月は面影の雇い主という立場ではあるが、特に血の繋がった身内という訳でもない他人だ。
 本人は面影の最も近しい人物と言う自負はあるのだろうが、だからと言って医師と患者の会話に割って入る様な事は出来ないと、そこは弁えているのだろう。
「シーネの具合はどうですか? 腕の痛みは?」
「最初から比べたら随分と楽になったし、慣れました…無理をしなければ特に痛みも……」
 面影の言葉を注意深く聞きながら、主治医は手にしていたカルテに軽やかにペンを走らせていく。
 その表情は相変わらず柔らかく、他の患者からの受けが良いらしいという噂は嘘では無い様だ。
「…しかし、予想以上ですね」
「は?」
「いえ、ヒビなので開放骨折よりは治りは良い筈ですが……スピードが通常より随分早い様です。正直、これ程とは」
「…そう、なんですか」
 そう言えば……自分は他の人達より確かに回復が早いと感じる事があった気がする。
 元々、慎重な性格のお陰で大病や大怪我とは無縁の人生だったが、それでも小さな怪我などは度々負っていた。
 不意に視界の向こうで三日月が動いた様な気配を感じてそちらへと視線を移すと、彼は背中を向けており、表情を見る事は叶わなかった。
 何となく今は触れてはいけない様な気がして、面影は何も言わないまま改めて主治医に向き直る。
「湯船にはまだ入れないんですか?」
「先ずはシャワー浴からですね。身体にまだ過度な熱を与えるべきではありませんし、創部の防水の処置に慣れてからの方がーー」
 シーネはまだ外せないので、シャワーの際にはそれごと腕をビニルで包んで防水処置をするそうだ。
 それはそれで面倒そうではあったが、それでも面影は純粋に嬉しいと感じていた。
 清拭とシャワーはどちらも身体の汚れを取る作業だが、その違いは大きい。
 肌に残存している汚れをこれで一気に洗い流せると思うと、それだけで面影の心は沸き立った。
「失礼」
 そこで、三日月の声が二人の間に割って入って来た。
「俺にも準備のやり方を教えてほしいのだが…」
 これまで主治医も幾度も三日月と顔を合わせているし、何なら怪我の説明にも立ち会っているので、彼の事は面影の関係者であると既に認識していた。
 そのお陰か、医師はあっさりとその願いに対して頷いてみせる。
「ええ、良いですよ。いつもこちらの手伝いまでしてくれて助かっていると、スタッフからも伺っています」
 三日月がほぼ毎日部屋に常駐し、面影の世話を甲斐甲斐しく焼いているお陰で、その分担当だった看護士達の余計な仕事は少なくなっていた。
 特に両腕が不自由な患者となると、家族など世話をしてくれる人物がいない場合、ちょっとした事でも看護士を呼ばなければいけない事態になり、当然その間は彼らの業務が滞ってしまう。
 三日月が居る事で、面影の担当になった看護士はかなりその恩恵を受けていたのだった。
(確かに日中はずっと居るしな……)
 この病院内では、二人の関係は完全に逆転している状態だ。
 家では基本的に家政夫の面影が三日月の身の回りの世話を焼いていたのだが、今は言うまでもなくその世話係を担っているのは三日月の方だ。
 寧ろ、世話をしてくれる報酬を面影が払ってもおかしくない程に、三日月の世話は手厚いものだった。
(自分の身の回りの管理に関しては全然なのに……私に対してはやり過ぎだ…)
 痒いところにも手が届く…と言うか、最早自らの手が不要になる程に……まぁ、不本意ながら今正に自分がそういう状態なのだが。
(……その所為で……あ、あんな事までされてしまう羽目に…)
 三日月の気遣いを思い出したのを切っ掛けに、自然と面影の脳裏に彼との最近の夜の淫らな戯れが浮かんでくる。
 三日月と恋仲になったのは事実だし、自分も世間知らずの生娘ではないので、いずれは身体を重ねる時が来るのだろうという漠然とした認識はあった。
 しかし、『弱腰』とか『軟弱者』と罵られても致し方ないが、どうしてもまだ心の覚悟が出来ず、面影は三日月に対してそういう行為はまだ、と拒んでいる状態なのだ。
 それでも、面影からその希望を提示された三日月は僅かな失望の色も見せずに受諾してくれたのだった。
『無理強いでお前を傷つけるつもりはない。お前は俺の傍で、健やかに幸せに過ごしてくれたら良い』
 もし身体が目当てだったり、一時的な快楽を求めての求愛だったなら、こんなに寛大な返答は無かっただろう。
 大海の如き寛大な配慮を示された事で、より強く三日月に対して申し訳なくなってしまったのは皮肉なものであるが……
(それでも、私の恥ずかしい姿を見ているんだから……す、少しは良い思いを……って、そういう意味じゃなくて…!!)
 このままだと自分も如何わしい思考に嵌ってしまう、と面影は気を取り直して今直面している話題へと意識を向け直した。
 そうだ、今は…シャワーについて許可をもらったところで……
(……でも、湯船に浸かれないって事は……軽く湯を浴びるだけで済んでしまうのか…)
 両手を使えないとなれば、残念ながら清拭を行うのは無理だし……三日月も準備と言っているなら、精々腕の創部を保護して服を脱がせる手伝いをしてくれる程度だろう。
(まぁ、少しずつでも回復しているのは喜ばしい事だ…)
 それから、面影は三日月と共に病室へと戻り、後に訪室した看護士から懇切丁寧に創部を水濡れから守るためのビニルでの保護方法を教えてもらったのである。



 さて、そんな面影が己の予定とはかけ離れた事態に陥ってしまったのは、正にその入浴に挑戦しようという時だった。
 洗面所と脱衣所を兼ねた浴室内の空間にて……
「よし、両腕ともしっかり巻けたな……何処か、隙間や緩いところは無いだろうか?」
「……うん、大丈夫みたいだ」
 問われ、試しに両腕に幾重にも巻かれていたラップの接着具合を確かめ、面影はこくんと頷いた。
 これだけしっかりと腕に密着しているなら、多少の体動にも耐えてくれる筈だ。
 そもそもシャワーヘッドも固定した状態で浴びる予定なのだから、そんなに懸念する必要も無いだろう………
「そうか、では脱がせるぞ?」
「あ……う、ん」
 三日月に服を脱がされるのは初めてではないが、何度経験しても慣れる事はない。
 正直、気は進まなかったがこればかりは仕方ない…と、無心になって頷くしかなかった。
「……相変わらず緊張しているのだな。そう気を張るな、身体に障るぞ?」
「そ、そんな事言われても……裸を見られて緊張しない筈がないだろう」
「俺とお前の仲なのにか?」
「そういう言い方は止めてくれ! そもそも…」
 『そういう仲だからこそ、気になってしまうんだろう!?』と続けようとしたところで面影は口を噤んだ。
 そこまで口に出してしまうと、自分のお気持ち表明をする事になる。
 そんな羞恥プレイを行うつもりは毛頭無かったので、結局面影はそこからはもごもごと口を濁すだけに留め、三日月に作業を任せたのである。
 ひたすらに無心になっている間に、面影の努力に報いる形でテキパキと三日月は手を動かしていった。
 普段面影が世話を引き受けていると異常に呑気に見られがちな男だが、少し本気を出したら彼も若者に劣らず迅速に動けるのだというのがよく分かる。
 相手の上衣と下衣を脱がせて下着を取り去り、手早く腰にタオルを巻いてやったところで、三日月は脱がせた衣類一式を簡単に纏めて洗面台脇の空き場所に置いた。
 さて、これで概ねの準備は完了した。
 後は、シャワーから出るお湯の温度と流量調節をしてもらってから、それをシャワーフックに固定してもらうだけ……と面影がぼんやりと考えていたところで、
「…ッ!? み、三日月!?」
「うん?」
「おまっ……! な、何して…!」
 吃る程に動揺している面影とは真逆の反応で、三日月は再びいつもの呑気な口調で返事を返した。
 同時に、彼の細く白い指が本人の纏っていたシャツのボタンに掛かり、器用に外され、全部が解放されるとバサリと躊躇いなく脱ぎ捨てられていた。
「?……何をって、お前同様に入浴の準備だが?」
「いやいやいやいや!!! おかしいだろう流石に!?」
「何が?」
「何がって…! 私がシャワー浴びるだけなのにどうしてお前まで…」
 おかしいのは三日月……三日月の筈…………自分はちゃんと道理が通った話をしている筈……だ……
 そう思っているのに、相手がここまで堂々とした態度だと、自分自身に懐疑の目を向けてしまいそうになり、面影の声が徐々に小さくなっていく。
 対し、問われた三日月は一切の澱みも疑いもなく、はっきりと相手に断った。
「お前の両腕が使えないのだから、俺がお前の身体を洗うのは当然だろう。流石に服を着たままではびしょ濡れ確定だからな、いっそ俺もお前と一緒にシャワーを浴びたら帰宅後にすぐに床に就けるし都合が良い」
「そ、それは……」
 屁理屈だと思いたいが、悔しい事に取り敢えずの道理は通ってしまっている相手の言い分に、いよいよ面影の顔色が悪くなっていく。
 二人で一緒にシャワー…!?
 それって完全に……妖しい空間になってしまいそうな………え、私の思考がやましい方向に勝手に向かっているだけ?
 いや、そんな筈はない、これまでもほぼ毎日三日月の手によって性欲処理をされてきたのだから、そう考えるのは自然の流れ……
(今日は……シャワーを終えてから、ベッドに戻っていつもの様にそのまま…と思っていたのに……)
 行う行為は同じだとしても、その状況が変わったら……心もそれに揺れてしまうだろう。
 これまではお互いに、一部ははだけられたとしても着衣のままの行為だった。
 それが今日いきなり……二人ともが肌を晒して、そして自分は腕が自由にならない状況のまま、相手の手に身を清める行程を委ねなければならなくなるなんて…!
「あ…あの」
 やはり今からでも断ろうと声をかけようとした面影だったのだが……
「……っ!!??」
 彼は即座にそれを断念し、ぐるんっと勢いよく回れ右をしてしまった。
(び……びっくり、した…!!!)
 ばくばくと激しく鳴り響く己の鼓動を耳の奥に聞きながら、面影は一気に顔が熱くなる感覚を覚えていた。
 目の前に立つ美しい現人神が、躊躇う素振りも見せずに本人のスラックスの上縁に手を掛け、引き下ろそうとした瞬間、殆ど条件反射で後ろを向いてしまったのである。
 他人の脱衣をまじまじと見つめるのはそもそもマナー違反であるから、当然の反応ではあるだろう、が、
(少しは人の目を気にしてくれ!!)
 普通こういう状況なら、脱ぐ側の人間が他人の目を気にする筈だろう!?と、内心でせめて訴えながらも、面影は背後で聞こえる相手の脱衣の際の音を聞き、更に顔を赤らめてしまった。
「………よし、これで良い」
 さわり……
「っ!?」
 自分の準備も恙無く終えたらしい三日月の声が聞こえたと同時に、男に背を向けていた面影の右肩に優しく手が置かれた。
 一瞬、息を詰めた面影の耳元で、優しくも妖しい声が艶っぽく囁く。
「では、身を清めていくか…初めてだから、多少拙いところはあるだろうが、許してくれ」
 最早、脳の許容量が一杯一杯だったのか、若者は振り返る事もなくこくこくと首を縦に振るだけだった………



「温度はどうかな? 熱すぎる事はないか?」
「いや、問題ない……ふぅ」
 ほぼ無意識の内に発されたのだろう面影の吐息に、ふ、と三日月は唇を微かに歪めた。
 その表情は菩薩もかくやと思わせる慈愛に満ちたものだったのだが、残念ながら面影はそれを見る事は叶わなかった。
 今、彼らはユニットバスのバスタブの中に居る。
 水滴が外に漏れ出ない様に清潔感漂う薄い水色のシャワーカーテンが引かれ、バスタブを囲む簡易な密室が出来上がっており、その中で彼らは面影を前にした状態で並び立っている状態。
 カーテンの所為でバスタブの中はぼんやりと薄暗い状態だが、周囲を確認するには十分な光量だ。
 結局一緒にシャワーを浴びる流れになってしまったが、せめてもの線引きとして面影が『正面に立つのは禁止!』と伝えたのである。
 故に、三日月は現在、シャワーを手にして後ろから適度な流量を維持しながら面影の肩に温水を当てていた。
(最初は凄い緊張振りだったが……流石に少しは気が抜けてきたか)
 それには心地よい湯がもたらす解放感だけではなく、面影の希望を受け入れる形で、自分からの視線を直接見る事が無くなったという理由もあるのだろう。
(少しずつ肌を触れ合わせ、絆しているのに、まだこんな生娘の様な反応か………本当に、愛い奴だ)
 だが、折角こうして互いに肌を触れ合わせられる機会……純粋な面影には悪いが、利用しない手はないだろう。
「面影、腕の方は大丈夫か? 水が浸み込んだりしてはいないだろうか?」
「あ、ああ…………うん、問題なさそうだ」
 腕の浸水の可能性なんて、正直、三日月から話を振られるまで当人である自分さえ忘れてしまっていた。
 もしかして、こちらが変に大袈裟に考えていただけで、このまま平和的にシャワーの時間を終える事が出来るかも?
「そうか、なら先ずは洗髪からいこうか。その後で身体の汚れを落とすぞ」
「わ、分かった……その、頼む」
 それから、三日月は淡々と、しかし相手を傷つける事が無いように繊細な手つきで、面影の艶やかな髪を洗い上げてやったのである。
 今日までの日々の中でも、水を使わない洗髪料等で身嗜みは最低限整えてはいたが、流石に全ての汚れを除去する事は不可能だったので、久し振りの洗髪は想像以上に面影の心を歓喜させたらしい。
「はぁ………すっきりした」
「ふふ、満足して貰えたようで何よりだ」
「ああ、とても気持ち良かった、有難う」
 素直に礼を述べた面影だったが、その賞賛は世辞ではない。
 汚れと脂が付着した髪を梳き下ろし、それら穢れを全て落とした三日月の指先の心地良さ……正直、洗髪が終わるのが惜しいと思ってしまう程だった。
(三日月………スタイリストだったら絶対に凄い事になっていただろうな)
 きっとこの美丈夫に、己の命とも言える髪に触れてもらいたいと、多くの女性達が群がったに違いない。
 そんな事を面影が考えている間に、三日月は次のステップの準備を着実に始めていた。
「何分、シャワー浴の許可が急だったのでな。売店で買ってきたボディタオルとボディソープだが、もし刺激が強かったら言ってくれ」
「あ………う、うん」
 そう言えば、今日からのシャワー解禁の話を受けた後に三日月が直ぐに売店に向かっていたが、どうやらこの時の為の準備を整える為だったらしい。
(本当に、やり過ぎだって思ってしまう程に甲斐甲斐しいのに…………どうして今まで恋人がいなかったんだろう)
 過去……前世の記憶が無い今の面影にはその真の理由は知るべくもない。
 そんな若者が答えの出ない疑問を脳内で巡らせている合間に、三日月はボディソープと温水をたっぷりとボディタオルに吸わせ、幾度か手の中で揉み込診、程良く泡だったタオルを作り上げたのだった。
「では、首から始めるぞ?」
「分かった」
 宣誓された事を受け、面影は背後の三日月が首筋を洗い易いように自らの首を前に屈曲させた。
「……………」
 ほんの僅かな時間の中での出来事だったが、その時、白く滑らかに光る若者の首筋を見た三日月の瞳の奥に妖しい瞳が宿った。
 相手を背後に立たせていた所為で、その様を見る事が出来なかったのは幸いだったのか、それとも………
 ごし………ごし………
 三日月は不都合があれば…という様な事を言っていたが、全くそんな懸念は不要だった。
 髪に優しく触れてきてくれた時と同様に、タオルを介して薄膜を削いでいく様に穢れを落としていく動作の中で、苦痛など一切無い。
 首周りを一度、二度と往復し、そのままタオルは背中に運ばれ、腰下まで大きく上下に繰り返し動く度に、清めた証の様に無数の泡の道が造られていくのを、文字通り肌で感じていく。
 まるで肌が生まれ変わっていく様な感覚に、何度目かの安堵に似た吐息を漏らした面影だったが、三日月が操っているボディタオルが臀部から下へと向かおうとしたところで、はっと我に返って声を上げた。
「あ、あの! 足はやらなくていい」
「? しかし?」
「本当に大丈夫だから…すまないが足は止めておいてくれないか?」
「…お前がそう言うのなら」
 三日月が受け入れてくれた事で、面影はひそりと安堵の息をつく。
 足の清拭を断ったのは、別にそこに怪我があるとか、そういう理由ではない。
 単純に………その時の三日月の体勢が面影的に大問題になるからだ。
 今の自分達は三日月がこちらの背を見る形で並んで立っている。
 もし彼が自分の足を清拭するとしたら、当然、足の位置に合わせて目線を下げなければならない。
 そうなると今自分の後ろに立つ男は、その場で屈まなければ目的を果たす事は出来ないだろう。
 しかし彼が屈めば……その視線の先は………
(無理無理無理無理! ぜっっったいに無理ーーー!!!)
 こういう状況にはなってしまったけど、こればかりは譲れないのだ!
 向こうがそこまで察してくれているかどうかは分からないけど………兎に角突っぱねるしかない。
「ふむ……では身体の前面に掛かりたいのだが……俺が前に立つのはやはり駄目か?」
「う、それも……出来れば…」
 ご遠慮頂きたい……という言葉は心の中でのみ言ってみる。
「……分かった。では、このまま始めるぞ? 難しいところは俺のやり易い様にさせて貰う事になるが…?」
「ああ、それは構わない………私も無理を言っているのは…理解している…」
 向こうがやり難いところは自己流でこなしたいというのなら、それ位はこちらも許容しなければ。
 当然の事だとして、面影は頷いて返答を返した。
「ふむ、では……」
 言質を取った、と言う様に三日月は頷き、続いて手を再び動かし始める。
 両脇から前へと差し入れられた三日月の両腕は、先ずはタオルを手にしている右手が積極的に動き始めた。
 その間の左手は、面影の身体が影響を受けて動かない様に彼の腰に回されてがっちりと支える役を果たしている。
(う、うわ………近い…)
 洗髪時とは異なり、三日月の身体の前面がぴたりと自身の背中に密着している上に、固定している左手の影響で更に二人の肌はより強く触れ合っていた。
(……あ…この感触は……)
 不意に気付く。
 自分の背中、左右それぞれの肩甲骨の下縁付近に触れてくる小さな…固い感触を覚え、面影は無意識に視線を横に逸らしつつ顔を赤らめた。
 女性ほどに積極的な主張はしないものの、男性でも確実に存在する胸の二つの突起……三日月のそれらが今、己の背中に触れてきている。
(い、いや、どうして私が緊張しないといけないんだ……変に意識するからいけないんだ、別の事に集中を……)
 そんな事を考えはしたものの、今この状況で他に集中する対象など当然限られている訳で、面影もその流れに逆らえず三日月の動き続けている右手に意識を向けた。
 彼の右手は首筋の時と同様に適度な力を込めながら、喉元から右の鎖骨に沿って肩口へとタオルを動かし、また喉へと戻り…という動作を数度繰り返すと、今度はそれを左側で同様に行なっていく。
 それは実に流暢な流れではあったのだが、その動作の中に面影は些細な違和感を感じていた。
「…ず、随分、念入りにやるんだ、な……」
「ん? うん」
 感じた違和感を尋ねてみたが、向こうは何でもないと言う風に笑みを含んだ声で答えてきた。
「当然だろう?これまで溜まっていた汚れなのだから、念入りに落としていかねば」
 寧ろ、何か問題があるのか?と言わんばかりの口調に、面影は何も言えずに黙りこんでしまった。
 確かに一日二日振りの入浴ではないのだから、しっかりと洗っておこうという三日月の意図には自分も賛同するしかない。
(そう…言われたら確かにそうだな……どの道私は手が使えないんだし、三日月に任せるしか…)
 そう自分を納得させて、面影は三日月に任せようとこれまで通り素直に身を委ねる事にした。
「……下に移動するぞ?」
 やがてそう背後の男から声が掛かると、その言葉通りタオルが鎖骨から胸へと降りて来た。
 それまでは直線的な動きだったものが、今度はゆったりと円を描くようなそれへと移っていった。
 右の乳首と乳輪を中心とした円が描かれる度にその跡に白い泡が残されいくが、その中心部にはタオルが寄っていく気配はない。
 中央の一部分のみが肌が露出された状態、そして周囲はもこもことした泡に覆われている。
(あれ…? 真ん中は、触れないつもりなのかな?)
 確かにデリケートな部分だし触れられなかったのは意外ではあるが、逆に触れられなくても然程問題ではないと判断し、面影はそれについてそれ以上追求する事はしなかった。
 そうしている内にタオルは左胸に移動してきたが、そこでも右の時と同様の動きを繰り返すに留まり、左胸の中央部を残して周囲は泡に包まれていった。
「ふむ、次だな」
 そうして三日月は胸から腹部へと右手を動かすと、そこからは左右関係なく全面を満遍なく這い回る様にタオルが動き出す。
「ん……っ」
 そこで初めて面影の口から小さな声が漏れ、それが聞こえたらしい三日月は即座にタオルの動きを中断させた。
「どうした? 力が強かったか?」
「あ、いや……」
「何処か痛かった?」
「や、そうじゃなくて……ちょっとくすぐったくて」
「ああ…」
 若者の恥ずかしげな告白に、察したらしい三日月が小さく笑う。
「他人に触れられ慣れていないとそうなってしまうらしいな」
「そ、ういうものか?」
 確かに自分はこれまでずっと一人で生きてきたし、誰かと交流を持つという機会も持たなかったから、触れ合うことも無かった。
 だから、そういう事も確かにあるのかもしれない……が……
(ん……むずむずする……)
 腹部の皮膚は四肢のそれと比較すると薄く、痛覚が鈍いと聞いたことがある。
 だからだろうか、濡れた生地が這い回る度にぞわぞわとした奇妙な感覚が全身に走り、その度に肩が勝手にぴくんと跳ね上がってしまう。
(我慢、我慢………もうすぐ終わるし…)
 足の清拭を断っているのだから、腹部が終われば全ての行程が終わりという事だろう………
 そう考えて声を堪えていた面影が、タオルが腹部から離れた感覚を受けて改めてそちらへと視線を向けると、三日月の両手が奇妙な動きを始めているのに気がついた。
 これまで腰を支えていた左手がその場所から離れ、右手と同じ様に面影の身体の前でタオルに付着していた泡を自らに纏わせるように絡みつけている。
 そして左右が同量の泡を纏ったところで、何故か三日月の両手が持っていたタオルをその場に落とした。
「?」
 手元が狂って落としたのか……?
 思わず屈み込んで拾い上げようと思った面影だったが、自身の両腕が使えない事実に思い至りその場に立ち竦んだところで、いよいよ三日月が次の行動に移行してきた。
 する……ん……
「え……っ?」
 思わず、という感じの声だった。
 何故なら、まるで想定していない事だったから。
「は……?」
 不意に感じた不可思議な感覚…その出所である自身の胸に視線を落とすと、三日月の両手が左右の突起を覆い隠すような形で触れて来ていた。
「な……み、かづき?」
 まだ何か、こういう事をする正当な理由があるのだろうか?と、取り敢えず呼びかけてみると、
「ああ、此処は敏感な場所だからな…タオルだと傷つけてしまうかもしれないから……」
 きゅ…っ
「は、ぁ……っ!」
 泡に濡れた三日月の指達が、その行為を敢えて誇示するようにゆっくりと面影の右の突起を摘み上げていく。
 三日月の指先から移動した泡達が薄い桃色の蕾に移り、何とも言えない淫靡な姿になっていくのを、当人はただ見つめる事しか出来なかった。
「こうして、しっかり『手洗い』で綺麗にしてやろう、とな…」
「そんな……そこまでしなくていい、から…っ」
 嫌な予感がしている……いや、最早これは確信に近いだろう。
 これまではベッドの上で行われていた『性欲処理』を、まさか今日は此処で………いや、ほんの少しだけこうなる可能性を疑っていたのは事実だが、つい先程まではこのまま無事に済むと思っていたから、動揺がなかなか治まらない。
 何とか三日月の行為を引き止めようとして訴える面影だったが……
「おや? 難しいところは俺のやり易い様にやらせてもらうと言っただろう?」
 ざわり……っ
 若者が口を閉ざしてしまったのは、言質を取られていた事実を突きつけられた所為ではなく、耳元で囁かれた男の声が余りにも蠱惑的で………
(止めろ……そんな声、耳元で出されたら……っ)
 本当に、この男は色々な意味で規格外だと思う。
 見目麗しく、万人の瞳を望む望まないに関わらず奪い、そしてその声は……男女関わらず、今の自分の様に時と場所も弁えずに欲情させてしまう程の艶を纏っているのだから……!
「で、でも…」
 嗚呼、拙い……これは本当に拙い。
 目には見えない体内の奔流が目の裏に浮かんでくる……身体の中央に熱い流れが注ぎ込まれて……抑えられずにぐずぐずと燻って………
「ほら…じっとして…」
「………っ」
 再び囁かれた声が、耳の奥を犯すと同時に、奔流に更なる熱を産む。
 下手に口を開けば言葉ではなくふしだらな声が漏れてしまいそうで、必死に堪えながら面影はせめて内心で拒んではみたものの、無論、その抵抗が意味を為す事は無かった。
(あ……だめ……)
 現在進行形で悪戯を施されている己の身体から目を逸らす事が出来ず、面影は直近で己の二つの蕾がゆっくりじっくりと不埒な指達によって弄られ始めている様子を見つめる。
 普段は小さな南天程の大きさに過ぎなかった筈の蕾が、今は何故か大きく見えるのは三日月によって摘まれ、引っ張られて形を変えているからなのだろうか?
 それとも、受けた刺激に反応して、本当に大きく育っているのだろうか?
 くにゅ……くにゅ……
「んく……はぁっ……」
 おかしい……身体が熱い……捏ね回される己の乳首達を見ているだけなのに。
 ああ、でも、なんていやらしい光景なんだろう……あの細い指先に摘まれ、擦られ、捻られて…酷い事をされている筈なのに、その箇所からは悦びの波長が全身に向けて放たれている。
 駄目だ、我慢しないといけないのに、聞かれる訳にはいかないのに……声、が……
「だめ………みか、づき…っ」
 ぷくりと膨らんだ蕾は本来の初々しい色では最早なく、より鮮やかな彩で自分の興奮をこれ以上ない程に正直に示している。
 その色と、当の器官を挟んでいる三日月の指先の白さが余りに対照的で、間近で見ている面影はくらくらと軽い目眩すら覚えてしまった。
「は……っ…あ、ん…」
「……っ」
 不意に、背後から耳元に熱い吐息が掛けられた事で、面影がそちらへと意識と視線を向けると、すぐ傍に相手の美麗な顔があった。
 しかし……少しばかり様子がおかしい。
「? みかづ、き…?」
「………」
 振り返って見た三日月の顔は、シャワーカーテンで照明が遮られた翳った空間の中でも分かる程に紅潮していた。
 それは面影も同様だったのだが、珍しい三日月の様子にそこまで気をつけて回す余裕などなかった。
「あの…?」
「…お前の、所為だぞ…」
 ぐり…っ…
「っ!?」
 囁く様な三日月の声と同時に、背側の腰に何かが押し当てられたのを感じて、面影は一瞬言葉と息を止めた。
 タオルの生地越しなのが分かるそれは……固い何かで……しかし金属的なものではなく寧ろ熱すら孕んでいて…丸みを帯びた……
(み、三日月……っ!? た……勃って、る………!!?)
 現物を目の当たりにしている訳では無いが、当たっている物体の感触と位置から推測するに間違いない。
 タオル生地の感触なのは、三日月の腰に巻かれていたそれ越しなのだろう。
「や、やだ……そんな……強く押し付けちゃ…っ!」
 必死に声を上げて面影は相手に離れるように願ったが、三日月はそれに応じる気配はなく、変わらずぐいぐいと強く押し付けてくる。
「すまぬ……今だけ……」
「は、くぅぅぅ…っん…! そ、そんな…触っちゃ…ああぁ」
 腰に当たってくるものだけではなく、一時意識を外していた胸への愛撫にも変化が加わり、面影は再びそちらへと視線を動かす。
 いつの間にか蕾を弄っていた指先は一時それから離れ、今は男の両の手掌が左右の胸筋を鷲掴み、泡の滑りを使用して滑らに揉みしだいていた。
(ああ……女じゃないのに…女みたいに揉まれて、それで気持ち快くなってしまうなんて…おかしくなってる……)
 揉まれている間も、すっかり固くなった蕾はツンと上を向き、覆い被さる手掌に圧し潰され捏ね回され続け、それに加えて胸筋も淫らな動きで揉まれた事で、若者の性感はどんどん高まっていった。
 その変化により、いよいよ面影の肉体にまた新たな変化が顕れ始める。
「…!? も、もうやめて……それ以上されちゃ……私、まで…っ!」
 しかし、引き留めても最早手遅れでもあった。
 一度熱を孕んだ雄の昂りは……容易く治まる術はない。
(あああ、お願い……鎮まって…! このままじゃ、我慢出来なくなる…っ!)
 しかし、その荒ぶりを治めるには今与えられている刺激を即座に止めてもらう事が必須になるだろうが、三日月の様子を見る限り先ず不可能だろう。
 それを思い、絶望を感じながら、その間にも確実に高まってくる欲望に焦りが生まれる。
 焦燥感に駆られて視線を下に向ければ、そこには確実な『証』が存在していた。
「だめ、だめ……こんな…ぁ…」
 いつの間にか…自らの腰に巻かれていたタオルの前面側がしっかりと持ち上がってテントを張っていた。
 きっとその下には自らのシンボルが恥ずかしげもなく成長し、存在感を誇張しているに違いない。
 そして、同じ様な変化が今、三日月の肉体にも生じているのだろう。
「………お前も…」
「っ…!?」
 徐に耳元で囁かれ、仰ぎ見ると、三日月の視線が肩越しに自身の下半身へと向けられていた。
 ……見られてしまった……!!
「あの……これは…っ」
 しゅる……っ
 何でも良いから言い訳を…と言葉を紡ごうとしたが、三日月の行動の方が一手早かった。
「あ…っ!?」
 胸に這わせていた手が一瞬消えたと思った直後には、三日月はその目的をしっかりと果たしていた。
 面影の腰に巻かれていたタオルをあっさりと外し、そのままバスタブの底に落としてしまったのだ。
「ああ、だめだ! 見ないで…っ!!」
 初めて自らの雄を晒された訳ではないのだが、こういうのは過去に経験があるから平気、という訳でもない。
 後ろを振り返らなくても、三日月の熱っぽい視線が自らの岐立した肉楔に注がれているのを感じ、一層面影の羞恥が大きくなっていった。
 恥ずかしい…! 出来るのならば直ぐにでも隠れたい、隠したい…!!
 しかし面影が本心からそう思っているのにも関わらず、若者の肉棒はそんな心の願いとは裏腹に、より一層大きく成長する様に太く固く勃ち上がり、ぴくんぴくんと頭を揺らすまでになっていた。
(どうして……恥ずかしいのに…三日月に見られて……興奮している…!?)
「おお……」
「っ……」
 自身の肉体の反応に戸惑っていると、背後から三日月の感嘆の声が響く。
 そして、面影の見ている前で相手の右手が自分の胸から離れ、真っ直ぐに股間へと向かっていったかと思った時には…
 きゅ……っ
「あ…!」
 優しく、しかし決して手放すまいという強い意志を感じさせながら、彼の手掌の中に面影の男性が握られていた。
「み……三日月…そこ、は……」
「…熱い、な……」
 包み込まれている…その光景を見るだけで、ぞくぞくと言葉では言い表せない衝動が身の内から湧き上がってくる。
 茎の部分は覆われているが、露出したままの先端は小さく窪んだ零口を見せつけてきて、その窪みからは透明な、湯でも水でもない透明な液体が滲んでいた。
「ここも…敏感だから、傷付けない様、直接手で優しく洗ってやらねば…な……」
 囁いてくる三日月の声にもいつにない熱を感じられ、ぞくんと面影の背筋が粟立つ。
 普段の彼とは異なり…今の三日月は欲情を隠し切れていない……そんな彼がもたらす行為…悪戯は、どんなものになるのか……
(い、いや、そんな……!)
 その疑念から声を上げようとした面影だったが、それは結局果たされる事は無かった。
 躊躇ってしまったのだ。
 声を上げて、三日月の行為を止める事を。
 もし万一、声を上げて相手の行為を引き止めてしまえば…万一、それに相手が応じてしまったら……与えられる行為の先にある感覚を失ってしまうかもしれない。
 行為の先にある感覚……快感を……手放したくないと、本能で思ってしまった。
(……は…はやく………)
 こっそりと相手を急かすような言葉まで脳裏に浮かんできた間に、それを叶える様に三日月の手が動き出す。
 にゅく……ぬちゅ……っ
「ん、あ、はあぁぁ…っ」
 擦られていく……目の前で……
 三日月の掌が、ゆっくりと……焦らすように緩やかな動きで、面影の雄を上下に擦り上げ始めた。
 手掌に溜めていた白い泡達が動きに合わせて昂りに塗り込められ、より滑りを良くしていく。
 にゅちゅっ……にゅちゅっ……にゅちゅっ……
「あ、あ、あぁ〜〜〜っ!」
 思わず上がった声に混じった艶に面影本人も驚いたが、もう抑える事は出来なかった。
(や、やらしい声……っ…聞かせたく、ないのに…気持ち快くて、止められない…っ! それに…)
 そして止められないのは声だけではなく………自身の腰もそうだった。
(腰も止まらない……み、みかづきの手で、もっと……さわってほしい…!)
 にゅくっ にゅくっ にゅくっ……
 泡の力を借りて、三日月の白い手掌は殆ど抵抗を感じる事もなく、少しずつその上下運動は速さを増してきている。
 その動きを助けようと言わんばかりに、面影の雄の先端から止めどなく透明の甘露が溢れ出し、泡と共に三日月の手を濡らしていた。
(私の……が……みかづきの手を……ああ、どうして……見ているだけでどきどきして…もっとヘンな気分に……)
「……嬉しいのか…?」
 いきなりの囁きに、ぴくっと肩が揺れ、同時に肉棒も相手の手の中で揺れた。
「え……」
「ふふ……こんなに涎を垂れ流して手の中で暴れられたら、気付かぬ訳があるまい…?」
「ん……っ…そ、んなこと……」
 とんっ……
「ひぅっ!」
 『ない』と続けようとしたところで、三日月の指先が軽く肉楔の先端を軽く叩いてその動きを止めた。
「あ…そ、こぉ…っ」
 先端に触れさせたままだった三日月の指が、見せつけるように緩慢な動きで零口から離れていくと、指と零口をきらきらと輝く一筋の糸が粘りを持って繋いでいた。
「ほら……いやらしく糸を引いて…感じているのだろう?」
「ああ、そんな……見せないで、ぇ…」
 かぷ…っ
「っ!?」
 左耳朶に何かが触れたと思えば、三日月に甘噛みされていた。
 はぁ…っと熱い吐息が耳孔に吹き込まれると同時に、濡れた舌で耳朶から外耳道を舐められると、びりびりと全身に電流が走る。
「お前は可愛い嘘をつくな……本当は見たいのだろう? 今も見て、昂り、感じている……」
「あっ……はっ……はぁ……んっ」
 どうしよう、否定出来ない……ううん、もう頭の中がぼんやりして……返答すら………
 気がついたら、頭を俯け、視線を下に向け、良いように弄られている身体を眺めてそこから生じる快楽に浸っていた。
 ぽたりぽたりと落ちる、口の端から落ちる唾液……止めようにも、開いた口を閉じる事すら叶わない。
「好いのか……?」
 きゅうぅ……っ
「ひゃぁ…っ!」
 右手は変わらず肉棒を苛めている一方、左の手指が再び面影の胸の蕾を摘み、これまでで一番の強さで捻り上げてきた。
 痛みをぎりぎり感じるか感じないかの絶妙な力加減で乳首が引っ張られ、大きく形を変えるのを見て、面影はほぼ無意識の内に応えていた。
「う、ん…っ、きもち、いい…! あ、は…っ…おねが……もっと……」
「っ……く…っ!」
 耳朶を嬲っていた三日月の口から、息を詰めた様な音が聞こえた。
 そして、彼の左手が胸から離れて一旦視界から消えたかと思うと、
 ぱさ…っ
 乾いた音と共に、二人の足元に落ちているタオルが二枚に増えていた。
 最初に落とされたのは面影の腰に巻かれていたもの…ではもう一枚は………
 ぐり……っ!
「………!!」
 タオル越しに感じていた三日月の雄の熱が……より強く鮮明に感じられるようになっている。
 その理由を即座に察して面影が相手の方を仰ぎ見ようとすると、
 ぐり……ぐり……っ
「あ……そんな……」
 背後で行われているのだろう蛮行を思い、面影の顔が一層朱に染まった。
(そんなとこに……挟まないで…っ! 熱い……感触が、リアルで分かっちゃう…!)
 雁首のくびれも、裏筋の形状も、肌越しに分かってしまう。
 その上、肉棒を臀部の隙間に挟み込んで、肉丘に包み込ませる様にして強く擦り付けてくるなんて…!
「こんな……みかづきの、熱いの…っ…擦りつけちゃ、やぁ…っ!」
「お前の……声が…可愛いからだ…」
 ずりゅっ…ずりゅっ…ずりゅっ…!
 まるで女体の豊満な乳房の狭間に挟む様に、三日月は己の肉楔を面影の双丘に埋めて侵食する様に繰り返し擦り付ける。
 その傍らで、右手では変わらず面影の雄を弄び、左手は再び相手の胸へと戻してそこに咲く蕾を愛でていた。
「あっ、あっ、あぁっ…!! こんな……こんなの…っ」
 脳内で自分達二人の今の状況を考え、面影は湧き上がる背徳感に身を灼かれてしまいそうだった。
 二人で身体を重ねながら、三日月に乳首と男性自身を弄られているだけでなく、臀部までも相手の雄に犯されようとしている。
 それなのに、自分はこの淫らな状況に翻弄されてはいるものの、完全な拒絶を示す事はなく、受け入れてしまっているのだ。
 嫌悪も、忌避の感情もなく、寧ろ密かに悦びすら感じながら………
「…面影……気持ち好いか…?」
 はぁ…と熱に浮かされた様な吐息が混じった声でそう問われると、それを拾い上げた耳を介し、脳髄までその熱に溶かされてしまった様な感覚を覚え、面影は夢中で答えていた。
「ん…っ! あ…きもち、い…いっ……み、かづき…の…すごくあつ、くて、いいっ…! は、あぁぁ……っ」
「そうか……俺も…とても、好い…」
 そして、自らの言葉に偽りはないと示す様に、三日月は更に強く、激しく、自身の昂りを面影の形の良い臀部の狭間に埋め、ぐりぐりと抽送を繰り返した。
「お前の甘い声の所為で……ほら、こんなに…」
 くちゅっ…くちゅっ…くちゅっ……!
「ああんっ! だ、め……しみこんじゃ…う…っ」
 肉楔の動きが殊の外滑らかなのは、決して面影の肌に浮かんだ汗だけの影響ではないだろう。
 肉棒が動く度に粘り気を含んだ水音が彼らの肌から生み出され、狭い空間に響き、二人を包み込んでいる……
 この音を生み出しているのは……三日月の肉楔から溢れた肉欲の証……
「あぁ……みかづきぃ……っ」
 擦り付けられる度に、雄の生命の雫が肌に塗り込められ、侵食されていく様な錯覚に陥りそうになる。
 何という背徳的な二人の姿だろう…
 今の自分達の姿を俯瞰的に思い浮かべるだけで、背筋が反り返る程の戦慄が容赦なく全身を走っていき、同時に自らの肉棒がより一層大きく成長するのを感じてしまった。
(み、みかづきが、いやらしいことするから……! 私まで、ヘンなコトを思い出して………い、いつもより…)
「大きくなったな…?」
「!!?」
 奇しくも心の中の呟きを引き受けた形になった三日月の言葉に、面影の身体が固まる。
 その隙を突いて、三日月は自らの欲棒を慰める行為と併せ、面影の更に立派に成長した男根への愛撫にもより力を込め始めた。
「よしよし……もっと欲しいのなら、存分に可愛がってやろう…」
「ひうぅうっ!!?」
 その言葉の通り、三日月の悪戯が更に変化を見せていく。
 これまでは主に茎の部分を上下に刺激していた男の手掌だったが、ここからは他の箇所へもその手を伸ばし始めていた。
「あふぅ…っ……は、くっ……そんな…揉まないでぇ…」
「昨日してやったばかりなのにもうこんなに腫らして………足りなかったのか?それとも…今の戯れが気に入ったのかな…?」
 肉棒の下部に潜んでいた二つの熟れた果珠を底から優しく掬い上げるように握り込み、掌の中で鈴の様に転がしていくと、鈴の音の代わりに若者の嬌声が部屋中に響き渡った。
「は、あ〜〜〜っ! それっ、そこっ…! ゆるしてぇ…っ!」
 上がってくる……!! 抗えない本能の流れが、白の濁流になって噴き上がろうとしている…!
 それでも直ぐにその限界に至るまでには及ばず、留まる奔流のもたらす快楽と、限界まで張り詰めた楔による苦痛の間で悶えていると、続いて三日月の指先が軽やかに楔の窪みを抉り始めた。
 ここに来るまで気づかなかったが、いつの間にか三日月の双方の手が胸から離れ、各々が楔の根本と先端に絡み付いていた。
 終わりが……近い……
 本能と、過去の経験がそう教えてくれた。
 あの、雄としての快楽がすぐ側まで来ている……背後の男が、運んで来てくれる……
(早く……はやくぅ……っ! 達きたい、達きたい、達きたい……!! みかづき、はやくしてぇっ!!)
「はぁーっ……はぁっはぁっ…! はっ…! はぁ……!」
 最早、言葉すら紡ぐ事も出来ず、面影は獣の様に荒い息を吐き出す事しか出来なかった。
 瞳の焦点は合っておらず、だらしなく開かれた口からは尖った舌先が赤々と濡れた様を晒し、その細い腰は男の悪戯に激しく悦び、繰り返し前後に揺れて踊っていた。
「素敵だ……なぁ、どうしようか…何をどうしてほしい? 面影…」
 分かっている癖に……私が求めて止まないと分かっているのに、わざわざ言葉にして聞きたいのだ、この意地悪で優しい男は……
 憎らしくて、それでも惹かれて止まない、不思議な男………彼に求めるのは………
「み……か、づきぃ……」
 とろんと悦楽に溺れた瞳で宙を見上げ、舌から唾液を垂れ流していた面影の表情はまるで夢を見ている様に恍惚としたものだった。
「達って、ぇ……私の、からだ…好きなだけ擦っていいから……オ◯ン◯…いっぱい、気持ちよくなって…!」
「…っ!!」
 ぞくぞくぞくぅ…っ!!!
「本当に…お前は…っ!」
 面影の声で三日月も背に戦慄を覚え、そこから彼にしては珍しく冷静を保てない様子で、夢中で己の腰を相手のそれに打ち付けつつ摩擦で火が生じそうな程に楔を上気した滑らかな肌に擦り付け始めた。
「面影……っ」
「あ、あ……っ」
 ぼんやりと霞が掛かった様な頭の中に、三日月の声だけが艶めかしく響く。
 その声が余りにも魅惑的で、聞くだけで絶頂に達してしまいそうになり、面影は幾度も陸に上がった魚の様に身を震わせた。
(あつい………見えなくても、三日月のオ〇ン〇の形が分かっちゃう……!)
 にゅくっにゅくっと肉々しい何かが臀部の奥で繰り返し擦り刺激してくる様を肌で感じ、それが自分のと同様に固く大きく成長し、熱を孕んでいるのを改めて知らされると、面影は二人の今の体位を思い身を震わせた。
(ああ……こんなの……挿れられてなくても……まるで…シているみたい……)
 確かに今の三日月の動きは、面影に挿入して犯している動きそのもの。
 そんな疑似性交をしている間にも、段々と三日月の肉楔は熱を帯び、大きく成長し、先端から止めどなく溢れる先走りが楔が蠢く度に自らの身体に塗り付けていく。
 その様相は、最早、本能のみに従う獣の様だ。
(こんな…三日月……は、じめて……)
 いつもなら、穏やかに、優しく、自分を労わってくれていた男が、今は野生の肉食獣の様にこの身に覆い被さり貪っている。
 そんな初めての体験に、面影は戸惑いと同時にざわざわと胸の奥に生じた不可思議な感情に気付いた。
 この感情には覚えがある……そう、先日、三日月の自慰をこっそりと覗き見ていた時のそれに酷似している。
 三日月が自分に対して欲情を抱いている……その事実が、今、この胸の奥に悦びをもたらしているのだ。
 今回の入院期間の中で相手から申し出た『性欲処理』の助力も、当初は知己であるが故の『義務』や『義理』の様なものではないかと穿って見ていた時期もあった。
 これまではさり気ない好意だった向こうの気持ちが、徐々に近づいて来て、唇を奪い、愛を囁く様になり……今はこうして明らかに自らを求めてくれている……その事実が溜らなく嬉しくなってしまっている…!
(あ……もう…っ)
 肉体が受ける刺激と共に、心を激しく甘く揺さぶられ、いよいよ面影は己の絶頂の訪れを察したが、ほぼ同時に三日月の方から若者に声が掛けられた。
「面影……いい、か…?」
 その意図するところを即座に察して、面影は相手に伝わる様に大きく首を縦に振った。
「ん…う、ん…っ……わ、たしも…っ」
 一緒に……っ!!
 最後の一言は声に出す事は叶わなかったが、面影の身体からその返事を敏感に『聞き』取れたのか、直後、面影の耳元に息を詰めた様な音が一際大きく響いた…気がした。
「っ……」
 三日月の張り付いた身体が一瞬、岩の様に固くなった…直後
 どくん…っ!!
「はあぁぁ…っ!」
 熱い……っ!!
 勢いよく放たれて来た熱された液体…それが何であるかなど見なくても分かった。
 その液体の注ぎ先は…三日月が意図したのか否か、面影の菊座だった。
 白い滑らかな双丘の奥、密やかに隠されていた秘密の孔は白い淫液に濡れ、とろりと妖しい光を放つ。
 それはまるで雪の中、薄紅の花弁が白に彩られる紅梅の様だ。
(あぁ……射精されちゃった………三日月の熱いの、いっぱいかけられて………!)
 挿入されてはいなかったが、自らの秘所に受精させるかの如く注がれた事で、直後、面影も三日月を追う形で絶頂を迎えた。
「んっ…! あ~~~っ!!」
 三日月に茎を掴まれたまま、面影の楔から白い樹液が天に向かって勢い良く噴き上がった。
 びゅるるるっ!! びゅくんっ、びゅくん…っ!!
「ひ、あぁ…! きもちい……わたし、も、いっぱい…射精て……好い…いいぃ………っ」
 本当に…二人が交わって一緒に達ってしまった様だ………
 精の放出が治まりつつある中でも、茎の奥に残った残渣を搾り出すように、三日月は面影の肉棒を尚も激しく上下に擦り上げてくる。
(あぁ…すごすぎて……身体が…浮く………)
 それが、自分への止めになってしまったのだろう。
 勝手に身体の力が抜けていくのを感じながら、面影は遠く聞こえる三日月の声を聞いていた。
『明日も……此処で……』
 応える事は叶わず、面影は素直に三日月に身を預け、ゆっくりとその瞳を閉じていった………