入院十日目




「おはよう面影……おや、何をしている?」
「あ、おはよう三日月」
 その日の朝、いつもの様に面会時間早々に病院に足を運んだ三日月が面影の個室の中に入ると、昨日とは少し異なる光景が目に飛び込んで来た。
 しかし、何が異なるのかを見定める前に、いつもより嬉しそうに微笑んでいる面影の笑顔に目が惹きつけられてしまう。
 そんな男に、相手が答え合わせの様に声を掛けてきた。
「今日からリハビリが始まるんだ。それに、これからは違うシーネを装着するって」
「! ほう」
 そうなのだ。
 これまではずっと装着していた事もあってそれが通常の光景になっていたのだが、今日の面影の両腕には、昨日まで着けられていたシーネがかなり簡素な見た目に変わっていた……それが違和感の正体だったのだ
 これまでの厚みのあるギプス状のそれが、今はサポーターに酷似したものとなっており、加えて面影の右手の中には何か半透明の物体が握り込まれている。
「…?」
 面影がいるベッドに近づきながら三日月が相手の手の中の物体を確認する様に視線を向けると、それを察した相手が笑みを浮かべたまま握り込んだ掌をゆっくりとゆっくりと開いて中の物の正体を明らかにした。
 握り込まれていたのは半透明の、柔らかい感触を思わせる楕円形の物体。
 どうやらゴムの弾力性を利用したリハビリ用のアイテムらしく、これをどう使うのかは直ぐに想像出来た。
「そうか、順調に回復しているという事だな。良い事だ」
 にこ、と笑った三日月の言葉に、面影は素直にこくんと頷いて自分の視線も同じく手中のリハビリグッズに向けた。
「簡単に出来ると思ったんだけど……正直、今は指を動かすのも上手く出来ないんだ。暫く固定していただけでこんなに関節が固くなるとは思わなかった……」
「ふむ、あまり動かさないでいると更に固くなる様だからな………筋肉も少なからず落ちているだろう。許可が下りたのなら無理をしない程度に頑張るといい。俺も出来る限り手伝おう」
「有難う、三日月。リハビリの先生も、隙間時間にも積極的に取り組む様に言っていたから、痛みが酷くならない限りは特に制限はないみたいだ」
 三日月の言葉は人として当然の返事とも言えるが、寄り添ってくれる心遣いがとても有難い。
 正直、もし自分が三日月と出会っていない、過去の一人きりの時にこんな状況になっていたら…と思うとぞっとする。
 一人きりだったとしても多分、何とか自力でやり繰りはしていただろうが、今の様に心穏やかでいられたとは到底思えない。
 金銭的にも社会的にもかなり追い詰められていた筈だ。
「…………」
 そんなもう一人の自分の運命について考え込んでいる内に、顔から笑みが失われていたらしい。
「面影、どうした? まだ何か不安か?」
 するん…と三日月の優しい掌が自分の頬に触れ、撫でてくる。
 はっと見上げると、どうしたのかと首を傾げながらこちらを窺う三日月と目が合った。
 向こうは何も考えず、ただこちらを心配してくれているのだろうけど………
(ちょっと……心臓に、悪い…)
 途端に脈拍が速まったのを自覚しながら、ふいっと面影が視線を逸らす。
「いやその…っ、不安とかそういう訳じゃなくて……三日月には、迷惑ばかり掛けてるな、と…」
 なるべく自然に見える様に振舞ったつもりだが、どこまで相手を誤魔化せているのかは不明だ。
「そんな事か。何度も言うがお前が気にする事は無い。お前は俺の大事な恋人なのだから、俺が面倒を見るのは当然の義務であり権利だ。誰にも譲るつもりはないぞ?」
 何でもない様にさらりとそんな事を言った三日月が、にこりと再び面影に微笑みかけ、それを受けた面影は再び照れ隠しで視線を逸らして押し黙る。
 相変わらず、この男は美麗だ。
 只の友人、雇用主としてなら、もっと落ち着いて普通に対応出来たかもしれない。
 しかし今の自分達は彼が言う通り恋人同士なのだ、だからこそ、意識して見てしまう事もある。
 こんな美しく優しい男が自分の恋人だなんて、都合の良い夢や願望ではなかろうかと未だに疑問に思ってしまう事もある。
 それでも、こうして相手が傍にいてくれて心を砕いてくれる様を見ると、二人は恋人同士なのだと思い知らされるのだ。
(……まぁ……最後までじゃないけど…それなりに触れ合ってはいるし……)
 そう言えば…と面影がある事実に思い至る。
 三日月と恋人同士になっても暫くはキス止まりの関係だったのだが、自分のこの事故に伴う怪我が切っ掛けで、一気に精神的にも肉体的にも距離が縮まった気がする。
 その理由が……

『入院中、ずっとこのままという訳にはいかんだろう…? 此処にいる間は俺がお前の処理を手伝ってやる』

 そういう三日月の提言だった。
(………最初は断ろうとしてたんだけど、勢いに押されてしまって……で、でも、三日月、凄く上手かったから…)
 相手の手伝いを断ろうとしたのは事実、しかし、それを結局受け入れたのも自分自身だった。
 流石に自慰をした経験はあったが、元々性欲が殆ど無い様なものだったので、自分で処理している時は回数も最低限だったし快楽もあまり積極的に求めていなかった様な気がする。
 曖昧な表現になるのは、自分でしていた時の記憶が殆ど無いからだ。
 入院し、三日月に触れられる様になってから、そんな彼の身体の事情は一変した。
 他人…いや、三日月に触れられる快感は予想より遥かに大きく、忘れられるものではなかった。
 それに、自分ではやらない、出来ない行為も経験し、その中で面影の身体は三日月に与えられる快楽を貪欲に記憶し、求める様になっていった。
 性質が悪い事に面影の意志など関係なく、肉体が彼の理性を引き摺る時もあった。
 それに釣られてこれまでほぼ毎日、この病室内で三日月の甘く優しい『処理』に身を委ねていたのだが……でも、これからは…?
(そうだ……リハビリが始まったら両手も動かせるようになる……そうなったら)
 自分で自分の『処理』が出来る様になるという事だ。
 それは三日月の手を煩わせる必要がなくなる、という点では事実、喜ばしい事の筈だったのだが………
(そうなると……もう、三日月の手は借りれなくなる、んだな…)
 あの快楽を手放す事になるのだろうか…と思い至ったところで、自分がふしだらな事を考えていた事実に気付き、面影ははっと無理やりその思考を終わらせ、気を取り直して三日月を見上げながら宣言した。
「リハビリ、頑張って、出来る事を増やしていかないとな」
「…………ああ」
 面影の様子に何か思うところがあったのか、暫し沈黙を守り相手を見つめていた三日月だったが、結局何も言わないまま相手の宣言に対し頷くに留め、その場はそこで終わったのだった。



「あまり根を詰めない方が良いのではないか?」
「う、ん…」
 それからその日の日中は、面影と三日月は普段とほぼ同じ様に病室内で過ごしたり、屋上まで散歩に出たり、平和なひと時を過ごしていた。
 その中で昨日までと異なるのはやはり、面影の手元の動き。
「シーネが変わって凄く軽くなったから、つい、手を動かす感覚を味わいたくて…」
 面影の苦笑に対し、三日月も同じく苦笑で返した。
 面影の言う通り、シーネは軽装化されたとは言えヒビが完治した訳ではないので、これからも暫くは装着が義務付けられている。
 完全に脱却出来るのはまだ先の話になるだろうが、それでもかなりの開放感を味わえているらしい。
「幸い、痛みはもう気にならない程度まで落ち着いているんだ。それも回復速度が速い影響だろうって言われたんだけど……よく分からないけど良い事なんだろうな」
「………」
 答えないのは、三日月でもその理由が分からないからだろうと面影は判断した。
 これまでの共同生活の中で、三日月は無責任な発言をする様な男ではない事は面影もよく理解していたので、敢えて追及はしなかった。
「……やはり、急いた動きはまだ難しいか」
「え…? あ、うん、そうだな」
 面影の手先に視線を移した三日月に、若者も彼に倣って己の指先を見つめてゆっくりと指を動かしてみせる。
 相手の言う通り、その動きは実に緩慢だ。
 指をゆっくりと動かして拳を作り、そして再び開く……一連の動きを完了させるまでじっくり三十秒近くは掛かっているだろう。
 しかし、面影はその動きを敢えて自ら遅くしている訳ではなく、これでも精一杯の速さなのだ。
 これ以上速く動かそうとすると、ひきつれた感覚や腕に走る痛みが生じてしまうらしい。
「……もどかしい、けど、続ければ着実に良くなるらしい。今は、余計な事を考えずに繰り返すだけだな」
「ふむ……」
 顎に手を当てて頷く三日月は、何処となく満足そうな表情を浮かべていた。
(……愚直だな………そういうところはあの時から変わっておらん)
 本丸で生きていた彼の前世…面影もそうだった。
 前世の面影を愛していたのは事実だが、三日月は今の彼をそのまま過去の面影の身代わりにするつもりはなく、今の面影が前世と異なるところがあったとしてもそれごと纏めて愛し抜く覚悟がある。
 それでも、前世の彼と同じ性を見つけると、どうしても嬉しくなってしまうのだ。
「? でも…ちょっと疲れた」
 単調な動きではあったが、何度も何度も繰り返してきた所為で疲労が蓄積してきたらしい。
 三日月の様子を不思議そうに眺めた後、面影が手にしていたリハビリグッズを手放してテーブル上に置くと、興味が湧いたのか、三日月が面影に遠慮がちに首を傾げながら問い掛けてきた。
「俺も触っても良いか?」
「ああ、勿論」
 別に触られても何の支障もないので、面影は素直に頷く。
 許可を受け、三日月がリハビリボールを手にして試し動作の様にぐっぐっと何度か軽く握り込む。
 ボールとは言ったものの、それは典型的なボールの様に完全な球体ではなく、寧ろラグビーボールの方が近い楕円形だったが、握り込むにはこちらの方がしっくりとくる。
 それを狙ってのこの形状なのだろう…所謂、人間工学というやつか。
「……柔らかいと思ったが、意外と弾力があるんだな…………ふむ」
 握った後は、そのボールの形を確認する様に様々な角度から眺め……面白そうに笑っている。
 確かにこういう怪我をしない限りは滅多に触る事がない物なので、物珍しさでそういう行動を取っているのだろうか?と特に深く考えず、面影は相手に話しかける。
「触り心地も柔らかくて良いだろう?」
「うん……まぁそれもあるが…ふむ」
「? 何か?」
「いや……お前のリハビリを捗らせる案について、な」
「??? さぼっているつもりはないが…」
「勿論、分かっている。しかし、単調な動作だと飽きてしまうだろうからな。まぁ。それについては追々に、な」
「……? わかった」
 何となく、その時の三日月の表情が悪戯を思いついた様な、そしてそれを秘密裏に進めようとしている様な少年の様に見えたのだが、結局、その時には仔細を聞く事は出来ず、その話題はそこで終わってしまった…………




 そうして二人で過ごしている内に、日は暮れて、病院内での夕食の時間も恙無く終了。
 食器を扱う事も勿論リハビリの一環ということで少しだけ挑戦はしてみたものの、流石にまだ箸を扱う事は困難だったらしく、少し悔しそうな表情を浮かべ、面影は今日も三日月の介助を受けながら夕食を食べた。
 数日前までは清拭の希望について看護士が尋ねてくる時間帯だったのだが、先日シャワーが解禁された後は、こちらで希望を申し出ない限りは確認は不要、という具合に三日月が取り成してくれていたので、誰も来ない筈だ。
 消灯の見回りが来るまで、此処には二人だけしかいない。
 それが入院中のいつもの流れだったのだが、リハビリで少しだけ疲弊していた所為で弱気になっていたのかもしれない面影が、ぽそっと小さく呟いた。
「……私の腕が自由に動けるようになれば………もう、三日月の手を煩わせる事も、無いんだな」
「? どうした? 自由に動けるのは良い事だろう?」
「あ、そんなつもりじゃなくて……」
 そこまで言うと、面影が少しだけ照れた様子で顔を俯け、本音を漏らした。
「………お前の手は、大きくて優しくて………心地好いから……」
 その手で世話をしてもらえる大義名分が無くなるというのが心細く思えてしまい、つい本人の前で吐露してしまった事に、今更ながらに面影は慌ててしまった。
「……………」
「あ…! き、気にしないでくれ、私の勝手な気持ちだから…」
 不快にさせてしまったかと、無言のままの相手に詫びた面影だったが、勿論三日月はそんな狭量な男ではない。
 いや……それどころか……
(退院後には、もうずっと俺の部屋に閉じ込めておく方法はないものかな……こんな顔のやつを他の誰かに見せる訳には…)
 別の意味で狭量な事を考える始末だったが、幸い(?)その真意を面影に見破られる事はなかった。
 このままだとどんどん危険な思考に陥りそうだったので、三日月は一旦そこで気持ちを切り替えた。
 就寝時間になると自分もここを出ないといけなくなるので、その前に目的を果たさねば………
「…そうかそうか、お前は俺の手が好きなのだな………」
 なで………
(あ…………)
 ゆっくりと自らの頭に相手の掌が乗せられ、優しく撫でていく。
 やはり、この男の手は心地良い……自分だけがそう思うのか、他の誰かが触れられてもそう思うのかは分からないけれど………出来たら、独り占めしたいとも思ってしまう。
 それに……
(……好き、なのは手、だけじゃないんだけど………)
 でも、それを言ったら相手がとんでもない事になってしまいそうだから、下手に突っ込まずに無言を守る事にする。
 そうして黙っていると、三日月が手を引きながら含みのある笑みを浮かべた。
「お前が望むなら、幾らでも撫でてやるが………ふふ、甘やかすばかりではいかんな」
 普段は、三日月が散々甘やかしてくるのを面影の方から窘めるというのが通常運転だったので、こうして三日月の方から突き放す言い方をするのは実に珍しい。
「? ああ…確かに」
 相手の言わんとしているところが今一つ読めずにいると、三日月はそっと面影の耳元に顔を近づけて囁いた。
「………そろそろ『処理』も、一人で出来る様にならねば、な…?」
「っ!!」
 てっきり、今日も三日月にしてもらえるとばかり考えていた面影が、思わず息を止める。
 朝にも同じことを少しだけ考えていたが、自分のそんな浅ましい思考を見抜かれてしまった様で、咄嗟に返す言葉が思い浮かばない。
 不自然に視線を彷徨わせている様子が、何よりも若者の動揺を表していたが、三日月は構わずにぺろりと面影の耳朶を優しく舐める。
「……そういう訳だから、今日はお前が自分でやってみると良い」
「え……」
 普通、自慰は自分でやるものだ。
 しかし昨日までの三日月の手厚い『処理』に慣れつつあった面影は、ほんの一瞬だけ、三日月にすげなく放置されてしまった様な錯覚に陥ってしまった。
 そんな僅かな心理の変化を目敏く見抜いたらしい男が、更に新たな提案を持ち掛けてきた。
「なに、久しぶりで不安なのはよく分かるぞ? 案ずるな、ちゃんと出来るかどうか俺がちゃんと『見ていて』やる」
「は…!!?」
 とんでもない発案なのは間違いなかったが、向こうはそんな事はお構いなしに話を続ける。
「これもリハビリだと思えばやりがいも出るだろう? 頑張れば頑張るだけ気持ち好くなるのだし……」
 言いながら、テーブル脇に置いていたリハビリボールを取り上げると、面影の目前に翳して見せる。
「使っているモノも、丁度良く似ているのだから、応用だと思えば良いだろう」
「似ている……? 何に?」
「おや、言わせる気か?」
「………ーーーーっ!!!」
 意味深に問い掛けられた面影が暫し沈黙し……はっと答えに思い至る。
 柔らかな中にもしっかりと弾力があり、楕円型。
 長径側は手掌の幅程でしかないがその太さは果物のバナナ程度……丁度、アレと同じ程の……
「お前…っ、そんな事を……!!」
「ああ、考えていたとも」
 咎めようとした面影の言葉を遮りながらも、返す三日月の口調はあっさりとしたものだった。
「俺のを可愛がってくれていると妄想したくなって抑えるのに難儀したぞ……お前の手が、な…」
「そういう事を言うな!!」
 今後、リハビリボールを見る度に思い出してしまう…!!
 糾弾する面影にも一切怯む様子もなく、三日月は逆に面影へと身を寄せ……………
 さわり………
「っ……!」
 三日月の掌が……面影の股間を着衣の上から優しく撫でてきた。
「あ……っ」
「俺に会う前までは、『処理』もそんなにしていなかったのだろう……? これを機会にみっちりと教え込んでやる」
 性欲が弱かったという過去もお見通しらしい……今は違うが、おそらくそれも見抜かれているのだろう。
 そうしてしまったのは他でもない彼なのだから……
「教え込む…って……もう十分だろう……っ?」
「そう言うな……確認ついでにお前のリハビリにもなるかと思ったのだ」
「そんな気遣いは…」
 『無用だ』と続ける前に、三日月の密やかな言葉が面影の耳に届けられる。
「俺が居ない時にお前は自分を満足させられるのか、見せてくれ……しっかりと教えてやるし…上手く出来たらちゃんとご褒美をやるぞ?」
 低音で甘く響く声……誘惑にこれ以上ないだろう武器を駆使され、びくっと面影の身体が小さく震える。
 よくよく考えたら三日月の言い分はかなり強気且つ強引なものであり、従う必要もない筈だったのだが、面影にとっては即座に拒否する訳にもいかなかった様だ。
 もしここで拒否してしまったら、三日月は今日、このまま自分を放置してしまうかもしれない。
 『甘やかすばかりではいけない』と先刻言われたばかりなのだ、その可能性は大いに有り得る。
 ここで手伝いなど要らない、と突っぱねるだけの意地が在ればそうしていたのかもしれないが、今の面影はもう、三日月からの手解きで肉の悦びの一端を知ってしまっている状態だった。
 拒絶して、あの快感を手放してしまうのは惜し過ぎると思ってしまったのだ。
 正直、自慰をする様を見られるのは羞恥極まりないが、三日月は決してその様を蔑んだりはしないだろうし、恥ずかしい姿を見られるのももう今更だろうと心の内の声が囁いてくる。
 それに……彼の言う通り、本当に一人でしないといけなくなった時、三日月に教えてもらっていたらもっと気持ち好くなれるかもしれないし、三日月が言っていた『ご褒美』も気になってしまったのだ。
 上手く出来たら…の程度がどれ程のものか想像もつかないが、彼が納得出来たら気持ち好くしてもらえるらしい。
「う…………」
 黙り込んでしまった面影に、最後の一押し、とばかりに三日月が促しの声を掛けた。
「ほら……早くしないと時間が来てしまうぞ」
 二人がその気になっても、時間切れになってしまえば本末転倒である……とは言え、然程切羽詰まった時間でもなかったのだが、結局、三日月のその一声で、面影は相手の誘いに乗る事を決めた様だった。
(……や、やっぱり、恥ずかしい………)
 恥ずかしいが、ここでいつまでも躊躇っていても仕方がない。
 思い切る様に自らの股間へと手を伸ばそうとした面影だったが、その動きは早速三日月によって止められてしまった。
 元々が緩慢な動きだったので止めるのは実に容易だった。
 それに対して面影が意外そうな表情で三日月を見遣る。
「え…?」
 三日月の言う通り、自慰を始めようとしていたところを止められて、何が起こっているのか分からない様子だったが、対して三日月はふ…と笑って優しく掴んだ面影の腕を導き始める。
 シーネで固定されている事実は変わらないが、急な体動は痛みを伴うだろうから、三日月は極力緩やかな動きで面影の手を本人の胸元へと運んでいった。
「いきなり触るのも悪くはない……が、初めは周りから責めると良いぞ。ほら………」
 そう言われた事で、面影も三日月に処理されていた時の経過を思い出した。
 いきなり局部に触れられた事もあったが、確かに上半身への悪戯を受けてからの方が、身体に燻っていた肉欲の炎の昂ぶりと快感は強かった記憶がある。
 知らず、自らの喉が小さく鳴るのが聞こえた。
 その音を遠く聞きながら、面影はじわじわと視界の中で自らの手が胸の上に移動していくのを見つめている。
 既に三日月の腕は離れていたので間違いなく面影の意志によって動かしている筈なのだが、本人である若者ですら何処か他人事の様な不可思議な気分だった。
 まるでもう一人の自分が動かしている様な……そんな感じだ。
 さわ、さわ……
「……う……ふ……っ…」
 遠慮がちに触れるか触れないかというところで、面影の指先が彼の胸に着衣越しに触れる。
 右と左…対称的に左右の人差し指が触れた箇所が、途端に微妙な変化を生じてくる。
「その調子だ……着衣越しでも、その良さがあるだろう?」
「ん………ん…っ…」
「ははは、もう夢中か」
 問い掛けても、返ってくるのは甘く切なげな声。
 面影は視線を三日月に向ける事なく、自身の悪戯が仕掛けられている胸に生じた変化を潤んだ瞳で凝視していた。
(…生地の上からなのに……膨らんでるのが分かる……)
 心の声が示す通り、軽く生地を通して触れただけで胸に息づく二つの蕾が大きく育ち、着衣ごと膨らんでいるのが明らかだった。
 その変化が目に見える形になった事で、面影は恥じらいつつも刺激を与えるべき場所を視覚的に捉えて正確に指を動かしていく。
 指の腹で優しく撫で回しているところで、三日月から新たな指導が入った。
「そうだ……優しく撫でるだけではなく、爪で苛めるのも良いぞ。これも指先を細かく動かすリハビリだ…やってみよ」
 そんな男の誘いは、面影には正に己の行動を正当化する天啓の様に聞こえた事だろう。
 リハビリ…そうだ、これはリハビリ………腕の回復を促すために必要な行為なんだ………何も恥ずかしい事は無い………
「ん…っ…あ、はっ……!」
 かりっ……かりっ……かりっ………
 生地越しに爪を立てた状態で蕾を弾く様にする度に、そこから快感が波状に身体に伝播していった。
 面影の口からは明らかにそれに反応する声が漏れ出ていたが、それでも何故か彼の表情は何処か不満げな色が滲んでいた。
(…もどかしい………もっと……はやく……)
 リハビリ初日という事もあり、やはりまだまだ動きはぎこちなく、心許ない。
 もっと上手く動かせる事が出来るなら……もっと速く弄る事が出来るなら……もっともっと快感を得る事が出来る筈なのに……
 刺激を与える役目を担う指の動きを極力速めてみても、どうしてもまだ元通りにはいかない。
 その乖離が面影の焦りを生み、より指の動きに集中させる事になったのは、結果的にリハビリの一環になっていたと言えるだろう。
「はっ…はぁ…っ……はーっ…」
 ベッドに横になっているだけなのに、動かしているのは指先だけなのに、まるで激しい運動をしている様に面影の息が乱れ、吐息は熱い。
 顔は紅潮し、瞳は欲情のためか潤んでいるのがとても艶っぽい。
(………これは……思ったよりきついな…)
 面影に指南しながら、相手の快楽に喘ぐ姿を愉しむ思惑でいた三日月が、予想以上の若者の艶姿を眺めながらほくそ笑む。
 こんな光景を眺めながら自身は何でもない風を装っているものの、彼の中に渦巻く欲望は決して小さくはなかったらしい。
 それでも、敢えて三日月は平静さを保ちながら、以降も喘いでいる面影に声を掛ける。
「……そろそろ、物足りなくなってきたか?」
「う…………」
 優しい口調ではあったが鋭い指摘に、面影はゆっくりと、しっかりと頷いた。
「では………」
 面影の指ではまだ着衣の結ばれた紐を解く手技は難しいだろうと、三日月がそこだけは手助けして解いてやった。
 そしてはらりと前をはだけてやると、そこには想像通り、すっかり成長しきった二つの蕾が紅く色づいていた。
「……っ!」
 それらを目の当たりにした面影が息を呑むのが分かる。
 彼自身、そこまで明らかな変化を示しているとは思わなかったのだろう。
「ふふ……ほら…もっと好くなるぞ?」
 促されるままに、面影は自ら直接乳首に触れ始めた。
「はぁぁ…っ……あっ、あっ……あぁ…っ!」
 着衣越しに触れていた時より明らかに強い快感に、面影の嬌声もより一層大きく艶めいたものになってきた。
 生地が無くなった事で、与える刺激も撫でたり爪弾くだけでなく、直接摘まんだりする事も出来る様になった……が、やはりまだ精緻な動きは困難で、長時間力を込める事もきついらしく、摘まんでもすぐに脱力して手放して…というのを繰り返す。
「う………くぅっ……」
 折角、より強い快楽を得る機会だというのに、なかなか上手くいかない。
 その不自由さが焦りを生んでいる事を見抜いたのか、急いた心を宥める様に三日月が優しく頬に口付けてきた。
「大丈夫だ……落ち着け………」
「で、も………っ」
 快感を求める気持ちと、上手く指先を操れない不甲斐なさで頭の中がぐちゃぐちゃになっているのだろう、まだ落ち着きを取り戻せていない様子の若者に、三日月は繰り返し顔の至るところに口付けを落とす。
 リハビリを理由に自分も煽ってしまい、追い詰めた責任の一端があると思ったのか、三日月が困った様に苦笑して囁いた。
「こちらはまだお前には難しかったか………では、俺が引き受けよう。代わりにお前は……」
 最初にした様に、三日月は再び面影の腕を掴み、今度は下半身の方へとそれらを導いていった。
「ん…ん……」
 もじ…と太腿を擦り合せる仕草を見せた面影に、分かっているとばかりに笑いながら頷く。
「お待ちかね、だろう?………本当なら此処もじっくりと時間を掛けたかったが……今のお前には少々酷だな」
 そう言うと、三日月の手が手早く下の着衣の結び紐を解き、下着と一緒に引き下ろして取り去ってしまった。
 きっと元々は下半身への悪戯も着衣越しから始めさせる予定だったのだろうが、面影の手の状況を確認し、負荷を少なくするべきだと判断したのだろう。
「ほら……握って…」
「ん、あ……」
 三日月が面影の手を導き、本人の雄を両手で包む様に握らせると、そこで三日月の手は離れて面影の胸へと移動していった。
「俺はこちらを……な」
「うあぁ……っ、みかづき……っ」
 先程、面影が出来なかった胸の突起への愛撫を三日月が引き受ける形で、彼は早速両方の膨らみを指先で捉えて摘み上げ、優しく揉み込み始めた。
「はあぁん…っ、あ、はぁ…っ……いっしょ……きもち、いい……」
 『一緒』というのは、複数の性感帯を同時に責めている事を言っているのだろう。
 これまでも三日月によって複数個所への愛撫を受けた事はあったが、各々の部位をそれぞれの手で弄るというのは初めての体験であり、その新鮮な感覚に面影は夢中になった。
 たどたどしい指使いと滑らかなそれの相違がまた別の意味で刺激になったのだろう。
 己の楔を包んでいた両手を忙しなく動かして粘膜を擦り始めた面影に、三日月が再び口づけを与えながらここでもアドバイスを行った。
「出来る範囲で緩急をつけて………そう……ふふ……感じるところを自分で探して、気持ち好くなるといい」
 優しく低い声で、まるで催眠術に掛けられる様に話しかけられ、面影は相手に言われるままに手を動かし始める。
 ゆっくりと擦り、物足りなくなると速度を速め………その合間に裏筋や零口を指先で撫で摩ると、びくびくと勝手に肩口が揺れた。
「よしよし……」
 三日月が気持ち好さで身体が反応している若者の唇を塞ぐと、その口腔内に舌を捻じ込んで蹂躙すると、更に相手の身体の動きが激しくなる。
 加えて、乳首への愛撫もより濃厚に、強めの力で捻り上げてやると、がくんと面影の頭が限界まで反らされ、離れた唇から掠れた嬌声が上がった。
「あ゛ぁ~~~っ!! っくぅ、あっあっああ…っ!!」
 蕾への刺激が引き金になったのか、一気に面影の楔が大きく育った……が、まだ絶頂には至らない。
 びくんびくんと揺れる楔を握り込んで抑える形になりながら、面影はそこでもままならない自身の身体を持て余していた。
(いい……きもちいい、のに……っ………手が……もう、限界…かも……)
 自由に動かせるのであれば、おそらくとっくに激しく手指を使い、果てていたと思う。
 しかしやはりここでも覚束ない動きに制限され、快感を高められはしたものの、絶頂に至る前に腕の方が力尽きてしまったのだ。
 事実、そんなに激しく派手な動きをした訳ではないのだが、長く固定されていた腕の筋肉、腱、骨が、上手く連動して動いてくれない所為で、より過剰に力を込めてしまった影響だ。
「み、みかづき……ごめ………もう、むり…」
 謝る必要は無かった筈だが、無意識の内に面影は三日月に詫びていた。
 相手の手の動きに着いていけない事に対する謝罪であったかもかもしれないし、自分が動けなくなってしまい、相対的に快楽が強くなった相手の愛撫への限界を訴える意味もあったのかもしれない。
 しかし、どちらの意味なのかと問われても、今の意識が朦朧としている面影本人も明確に答える事は難しかっただろう。
 そんな詫びを聞いた三日月が視線を相手の下半身に移すと、相手の両手は楔から離れ、くったりと脱力した状態でシーツの上へと投げ出されていた。
 ひと目で相手の腕が力尽きたのだと分かる光景に、三日月が眉を顰める。
(……これは……腰を据えてかからねばならぬか……)
 人の身になって久しいが、やはりまだ自身の認識と齟齬があるのだと三日月は悟った。
 刀剣男士であれば怪我の内にも入らない様な傷でも、人間にとっては致命傷になり得るのだと、分かっていた筈なのだが………
 回復速度が尋常ではない、と先日主治医に言われたという事実も、認識にずれを生じさせてしまっていたのかもしれない。
 どんなに過去の業を引き継いでいたとしても……人は人に過ぎないのだ。
「………今日は此処までにするか」
「え……っ」
 三日月が発した言葉に、過剰に反応した面影が顔を上げ、縋る様に見つめてくる。
 此処までと言われた事で、まだ残っている身体の疼きの解消が出来なくなるのではないかと不安になったのだろうが、無論、三日月は相手を放置するつもりはない。
 愛しい恋人を苦しめるという選択肢は元より存在しないのだから。
「はは、案ずるな……お前のリハビリの話だ」
 安心させる様にそう断り、三日月は面影の頭の傍から数歩歩き、下半身の傍へと場所を移動した。
「ご褒美はまた次の機会にするが……お前の頑張りには応えねばな」
 結局、三日月の言っていたご褒美がどういうものなのかは分からないままだったが、彼が面影の楔を本人の代わりに優しく握り込んだ事で、面影の意識は瞬時にそちらへと移っていき、それどころでは無くなってしまった。
「んくぅ………っ、あ、う…」
 きゅ……きゅむっ……
(ああ……やっぱり…三日月の手の方が……ずっと気持ち好い…)
 辿々しい動きしか出来ない今の自分の手とは比較するまでもなく、元より、自身で弄るよりも余程三日月の手の方が自らをより昂らせ、快感に堕とす事に長けていた。
 中途半端に快感を与えられ、疼いていた熱の塊を慰撫する様に絡んできた男の指は、まるで『もう大丈夫だ』と言うかの様に優しく繰り返し上下に動き、敏感になっていた楔の粘膜を擦り上げる。
 そんな単調な動き一つ取っても、先程までの面影本人による悪戯とは雲泥の差。
「ああ、ん……三日月……もっと、もっといっぱい擦って…」
「ああ、叶えよう……お前も、しかと学ぶのだぞ?」
 面影本人の腕は休憩という形を取らせたものの、只快楽を享受させるだけではなく、そこはしっかりと教育を施すらしい。
「此処は…強めに弄るのが好きだったな…」
 言いながら三日月の指が亀頭へと掛かり、親指と人差し指で摘む様な仕草でこしこしと先端近くを擦ってやると、途端にその窪みから透明な雫が溢れ出し、男の手指を濡らしていった。
「ああああっ! 好い…っ! そこ…そこぉ…っ」
「お待ちかねだったか……だが、まだ我慢だぞ?」
 ぎゅう…っ
「っくぅ!? あ…やぁ…っ」
 珍しく、面影が明らかな苦痛を示すように眉を顰めた。
 三日月は面影を兎に角甘やかし、可愛がっている…正に溺愛というものだ。
 そんな男が愛しい相手をわざと苦しめるなどあり得ないのだが、今回の三日月が相手にもたらした苦痛にはそれなりの理由があった。
「み、かづき……それ、きつ……」
「達くにはまだ早いのでな……頑張れ」
 面影がそれ、と訴えたのは三日月がきつく締め上げている面影の楔の根元の部分。
 二つの宝珠の直上に当る竿の根元周囲を包み、指全体で力を込めて圧迫し、射精を阻んでいたのだ。
「前にも教えただろう…? 耐える程に後の快感は大きくなるのだと」
 まだ達くのは許さない、という意味なのだろう、そう言いながらも別の方の手を使っての悪戯は続いていき、次に彼が手を伸ばしたのは竿の裏筋の部分だった。
「お前は此処も好きだったなぁ……優しくくすぐってやるだけで面白い程に…」
 言いながら、その通りに指先を裏筋の上で踊らせてみると、若者の身体が腰を中心にびくびくと魚の様に激しく跳ねた。
「ああ、あ〜〜〜〜っ!! い、や、やだっ…! 達けな…っ!! はあぁんっ!」
「ふふ………ほら、愛らしく腰が揺れて悦んで…」
 揺れるだけではなく、まるで溜め込んだ快楽を他に逃すかの様に腰が艶かしくくねったが、それでも封じられた戒めは解放されず、熱は更に籠るばかり。
(い、いき、たいっ! 達きたいのに、三日月が締め付けてるから…っ! うう……気持ち好いのに、苦し、い…っ)
 敢えてそれを無視するかの様に、三日月は更に面影を確実に追い詰めていく。
 ゆっくりと…時には激しく、三日月の指先達は優雅な舞を踊るように面影の肉棒を舞台として動き続けた。
 時折、面影にも声を掛けながら何をしているのかを語り、相手の脳にその記憶と知識を刻み込んでいく時の男の様子はとても愉しげだった。
 覚えろ……そして決して忘れるな……お前の身体を作り替えているのは、俺なのだ…と。
(……そろそろ、か?)
 暫く悪戯を続けている内に面影の跳ねていた腰も徐々にその勢いは弱まっていき、面影本人は最早自らを取り繕う事も出来なくなった様子で、その表情は欲情に塗れながらも絶頂に至れない苦しみに苛まれたものだった。
「み、かづき……もう、だめっ…いか、せてぇ…おねがい、だからっ…」
 確かに限界なのだろう、その瞳からは涙が一筋流れ落ち、その焦点はぼんやりと合っていない様にすら見える。
 口は閉じる気力も最早無いのか、しどけなく開かれ、熱を逃す犬の仕草の様に赤い舌が物欲しげに覗いていた。
「……達きたいのか?」
「う……う、んっ」
 尋ねてみたら、向こうは即座に返事を返してきて、そこで三日月は何かを思いついたのか、は、とした表情を浮かべると直ぐに笑みでそれを打ち消し、相手に問い返した。
「ならば後で、俺の我儘も聞いてくれるか?」
「ん……き、く……きくから…はやくぅ…っ」
 そこでもし少しでも理性とゆとりが残っていたのなら、面影は間違いなく相手に聞き返していた筈だ。
『どんな我儘だ?』と。
 しかし、最早肉体的にも精神的にも限界が近かった面影は、一も二もなく相手の要望に対して頷いた。
 もしかしたら、相手が三日月だったが故に余程の無理難題は与えてこないだろうという安心感はあったのかもしれないが。
 兎に角、自分の我儘を受け入れるという答えを得られた事で、三日月は契約成立とばかりに相手を解放へと導くべく動き出した。
「ふふ……では、色良い返事をくれた分の礼をしよう」
 元々は手だけで達かせる予定だったのだろうが、そこで三日月はゆっくりと腰を屈め……
 くちゅり……
「ひぁっ!?」
 面影にとっては昨日振りの体験……再び三日月によって口の中に雄を咥えられてしまった。
 昨夜と同じ状況ではあるが、今の面影の事情はかなり異なる。
 既に限界を越えるか否かというところまで雄を嬲られ、性感も極まっているところでの口淫。
 それは最早、腰が物理的に砕けてしまうのではないかと危ぶむ程の衝撃となって面影を襲った。
「ん、くぅぅぅっ!!」
 解放を約束してくれた男の手は、未だに束縛を解いてくれない……早く…早く…!
 心の中で希う面影の耳に、ぼんやりと三日月の声が響いてくる。
「そして此処も………男が悦ぶ場所なのだ、覚えておけ」
 口に含んだ楔を一旦外したのだろう、語る際の吐息が敏感な粘膜に吹きかけられ、それすらも甘い責苦となって面影を狂わせようとしたが、そこでようやく三日月が拘束していた方の手が動き始めた。
 きゅ、きゅ、きゅっ……
 ゆっくりと握り込んでいる力が緩んでいくのだが、その過程で三日月が手首を捻りながら触れていた根元の粘膜を擦り上げていく。
「あ、あ、あぁっ!!」
 そこで、男が言っていた『悦ぶ場所』という意味を理解する。
 双珠と茎の境目を擦る快感を初めて実感し、面影は目の前がチカチカと白く輝き、同時に茎を拘束されていた痛みが緩和していくのを感じた。
「は、あぁ〜〜〜っ!!」
 びゅるるるるっ!!!
 勢いよく、先端から白い熱液が噴き上がった…のだろうが、それが見られる事はなかった。
 一度は外していた口で再び面影の分身を咥えていた三日月が全てを受け入れ、飲み下したからだ。
「ん………ふ…っ」
 ただ飲み下すだけではなく、その傍らで舌を器用に蠢かしながら尚も肉棒を舐め回していると、追い立てられた様に幾度も射精が続き、引き攣った面影の悲鳴が断続的に響いた。
「ひ、んっ…!! あはぁっ! み、かづき、そんな激しく舐めちゃ…またっ、射精ちゃうっ!」
 流石にそれには返事を返す事は出来なかったが、代わりだと言う様に再び放たれた精も全て嚥下した三日月は最後にペロリと零口を舌先で舐め上げて微笑んだ。
「嗚呼………やはり美味だな…おや?」
 そこで何かに気付いた様な声を漏らし、男は咥えていた相手の分身に静かに手を添えてさわりと下から上へと撫でた。
 それは依然萎える事無く、頭を天へと向けたままだ。
「ふむ……まだ満足出来ぬか?」
「あ……そんな…」
 否定したくても自らの身体が何よりの証明になってしまっているので、言葉も途中で止まってしまう。
 そんな相手の様子を見た三日月がチラリと病室の壁へと視線を向け、そこに掛けられていた時計で時間を確認すると何かを考え込むと、有無を言わさぬ形で面影の体を前に抱き上げてしまった。
「え…っ」
「あまり時間が無い。シャワーも纏めて面倒を見よう」
「え…っ!?」




 そして浴室へと半ば強引に連れ込まれた面影だったが………
「ほら……全部、射精してしまおうな」
「あぁっ、あ〜っ…! また、いく、いくぅ…っ」
 シャワーの心地良い温水が降り注ぐ中、面影は背後から三日月に抱きすくめられながら幾度目か分からない射精に啼き声を上げていた。
 今の状態になる前に身体の清拭は済ませていたが、そこまでが面影の腰の限界だったらしい。
 既に立てない程に腰が砕けている状態らしく、若者はバスタブの中で詩膝の状態で座り込み、背後の三日月に凭れ掛かった状態だった。
 バスタブの栓は開いたままで、温水と共に、射精した傍からそれらは湯と共に排出されていく。
「良い子だ……そう……」
 一時的に休憩を取った事で、面影の両腕もまた多少は力が戻り動かせる様になっていたが、無理を防ぐ為に今は面影の手を覆う様に三日月のそれが乗せられており、半ば操られるようにして楔を愛撫していた。
 寧ろ、そうやって手の動きを誘導される事により、コツは上手く伝わっているのかもしれない。
「呑み込みが早いな……明日からのリハビリも楽しみだ……」
「や、ぁ……そんなこと…言わない、で…っ、あっ…」
 後ろから耳朶に口付けられながら囁かれ、ぞくぞくと身体を震わせながら面影が喘ぐ中で、不意に腰に当たる違和感に気付く。
(あ………これって……)
 固く熱い物体が腰に当たっている……いや、押し付けられているのかもしれない………
 物言わぬ訴求に、どきどきと胸を高鳴らせながら面影は恐る恐る相手に尋ねた。
「あの………三日月……腰に、当たって、る……」
「当然だ……当てているのだから」
 やはり、故意だったらしい。
「っ……!!」
 ひくっと喉から奇妙な音が漏れそうになった若者に、三日月が愉しそうに囁いた。
「そう言えば、俺の我儘を聞いてもらえるのだったなぁ」
「な………なに……?」
 先刻、確かに約束したあの提案だったが、今になってその内容に一抹の不安を覚えたらしい面影が怯えた様に聞き返すと、その不安を察知した相手が苦笑しながら首を横に振った。
「そんなに怯えないでくれ…別に命を取る訳ではない」
 そして、続けて男が打ち明けたのは………
「リハビリついでに、俺のも可愛がってくれないか?」
という、命は取らなくともなかなかに大胆な願いだった。
「え…っ!?」
「聞いてくれるという約束だっただろう…?」
 驚き、身体を引いた面影に、言質を取ったとばかりに三日月が迫る。
「で、でも………」
 自身のものではなく、相手の男性に触れるなんて……と、面影は頬を染めたが、直ぐに何かに思い至り、慌てて顔を上げて断りを入れた。
「その…嫌じゃなくて……! は、恥ずかしいのと……」
 言いながら、面影は一旦腕を股間から離して両の掌を不安げに見つめた。
「……こんな、碌に動かないんじゃ…み、三日月を……悦ばせてあげられないんじゃ、ないか…って……」
「………」
 その返答を受けて、不自然に沈黙してしまった三日月だったが、それは相手が及び腰だった事で機嫌を損ねた訳ではなかった。
(………危ないところだった……)
 照れた様な、恥ずかしそうな表情で、そんな可愛い事を言う相手を間近に見てしまい、それだけで達してしまいそうになったのを、必死に耐えていたのだった。
 此処で果ててしまったら流石に男としての沽券に関わりかねない…………
 そうして耐えた事を必死に押し隠しながら、三日月は表面上は涼しい顔で面影を宥めた。
「気にする事は無い………お前に触れてもらえるだけでも嬉しいのだ…お前はリハビリが出来る、俺はお前に触れて貰える……互いに利がある事だと思うが……やはり嫌か?」
「だから……嫌じゃなくて……」
 嫌ではない、という事は相手に触れる事を受け入れる事はやぶさかではない、という意味になり、陰で相手を好いているという気持ちを示す事になり、今度こそ面影は照れた様子で視線をそっと逸らす。
「………へ、下手、でも……怒らないで、ほしい………」
「…………」
 もじもじと身体を小さく揺らしながら不安げに頼み込んできた面影の姿に、三日月、二度目の危機。
(こんなに可愛い奴を目の前にして抱けないとか……)
 絶対に抱く時にはこれまで我慢した分、思い切りやらせてもらおう………
「………お前が可愛すぎる点については、他の誰にも見せるなと叱りたいぐらいだがな」
「あ…っ」
 小さく笑いながら三日月は面影の手を取り上げると、自らの股間の方へと導こうとした…が、そこで一度動きを止めた。
「…このままだとお前の腕に負担が掛かる、か…」
 後ろ手の姿勢だと腕の筋肉に捻りが掛かり負担が大きくなると判断した三日月は、ゆっくりと二人の位置を変える様に動き、動かし、互いが向かい合う形になった。
「あ……え、と…」
 改まって面と向かうと流石に気恥ずかしかったらしく、吃りながら視線を下へと向けた面影だったが、いつまでもこうしている訳にもいかないと覚悟を決めたらしい。
「………ほ、本当に…上手く出来るか分からない、からな?…」
 そろそろと伸ばした手で三日月の雄を包み込む様に握ると、瞬間、ざわっと全身の毛が粟立つ様な感覚が面影の全身に走った。
(あつい………)
 自分を慰める時にもその器官が熱を孕む事は知っていた筈なのに、他人のものだとまるで感じ方が違う……より生々しくて…可笑しい話だがこちらの方が現実感がある様にすら思えてしまう。
(すごい………大きくて…固くて…どくどくって…脈打ってる……)
 はぁ……と知らず熱い吐息が漏れた事を自覚し、自分が興奮していた事に気付いた面影は、誤魔化す様に再度意識を自身の両手に集中させる。
 そちらへ目を向けている間は三日月の視線を遣り過ごす事も出来たので、若者はそのまま手を動かし始めた。
 三日月の気遣いのお陰で、確かにこの姿勢の方がかなり楽に目的を果たす事が出来る……目的そのものはかなり不埒だが。
 ずり……ずり……と上下に楔を扱き上げると、その形状がよりしっかりと肌に伝わってくる……浮き出た血管の形も、張り出たエラの形も……
(あ………自分のを触るより…ずっと興奮してる……頭、ふわふわして…)
 ぼんやりと頭の中に霞が掛かった様な中で、面影が繰り返し三日月を慰撫していく一方で、三日月もやられるままではなく、彼もまた手を伸ばして面影の肉棒を包み込むと、同じ様に擦り始めた。
「あんっ……あっあっ…みか、づき……」
「……お互いに、好くなろう…」
「っ……う…ん…っ」
 相手からの提案の直後に頷いたところから、よく考える余裕も無かったのかもしれない。
 面影はそれからもひたすらに三日月の肉棒を握って上下に扱いていたが、それから少しして心理的なゆとりが生まれたのか手の動きにも遊びが見え始めた。
 単調な上下運動だけではなく、三日月がベッド脇から指導した様に茎の他にも先端の膨らみや根元の双珠にも指を這わせたり、くすぐったり……
「……ほう…」
 面影にも気付かれない程の小声で感嘆を漏らした三日月の瞳が、愉しそうに面影の奉仕する姿を捉える。
 下手だったら…と当人はかなり気にしていた様子だが、そもそもそんな不安は杞憂に過ぎないという事をこの子は理解していない。
 愛している相手が必死に奉仕しようとしている姿だけでも、雄はいくらでも昂る事が出来る………そういう性なのだから。
 それに、確かに多少は拙く動きも緩慢ではあったが、その拙さが寧ろ新鮮で三日月の楔は確実により大きく固く育っていった。
(…………何だか……ヘン、だ)
 これは相手から与えられている愛撫による高揚感からだろうか……それとも、触れている彼の男性の熱が脳にまで伝播し狂わせているのだろうか……?
 自らの心の内に生じた欲求を自覚し、面影は奇異な胸騒ぎに困惑を覚えた。
 目の前の男の雄……生命の脈動を打ちながら、雄々しくこちらへと頭を向けてくるその先端から溢れてくる雫から目が離せない………
 三日月の位置的に相変わらず降り注いできているシャワーの湯水が当たらない場所だったので、明らかに先端が濡れているのは温水ではなく彼自身の甘露に依るものだという事は分かる。
 三日月は……自分のそれを…舐めていたんだ………
「う……っ」
 ずきっ……
 何故か、自らの雄が一気に反応し痛みを生む程に昂った。
 あの時の三日月の姿は男の自分が見ていても情念を揺さぶられる程に艶っぽかった……それを思い出した所為でこんなになってしまっているのか…?
 いや、違う………それだけじゃ、なくて……
「……………」
 変わらず両手で愛撫を続けている面影は、その掌の中で徐々に熱を高めている相手の楔を凝視し、無意識の内にぺろ、と舌舐めずりをした…ところで、はっと我に返る。
(………私は…何を…?)
 混乱しているところで三日月が面影の楔への悪戯をより激しくし始め、それに直ぐに気付いた面影が狼狽する。
 もう少し思考する時間があれば何かしらの答えが出せるかもしれなかったのに、これでは最早考えるどことではない。
 おそらくは面影の分身がより大きく成長したことで、三日月が相手の限界を察して一気に攻勢を掛けてきたというところだろう。
「ふぁぁあ…っ! あっ、だめっ、そんなっ……!」
「もうすぐ…なのだろう?」
「そ…れは…でもっ……みかづき、は……」
 見透かされ、指摘を受けた面影はそれでも誘われるままに絶頂を受け入れる事を拒もうとした。
 何故なら、自分が触れ、愛撫している三日月の楔は、まだもう少し達くまでに余裕がある様な雰囲気を本能で感じていたからだ。
 その差異は、やはり自分の腕の動きが覚束ないからなのだろうが、その所為でこちらだけ先に達して三日月は中途半端なままだというのは申し訳ない気がする………いや…正直なところ、叶うならば二人で一緒に………というのは身勝手な望みだろうか。
 既に、先程まで脳内で渦巻いていた曖昧な『疑問』は思考の彼方に追いやられていた。
「……ふむ」
 面影の密かな望みを察したのか、三日月が小さく唸って少し考え込む…が、今以上の無理な動作を強要して面影の腕に過剰な負担を掛ける事は、当然だが彼の選択肢には入らない。
 しかし、一つの解決策を思いついた様に、彼はふっと笑みを深めてバスタブの中で両下肢を伸ばしながら面影をそれらで囲むと、今度はそれらを屈曲させながら捉えた若者の身体を自身の方へと引き寄せた。
「あ……っ?」
「ならば、こうしよう…」
 ちゅく……っ
「はぁ……っん…」
 三日月が面影の身体と自らのそれを密着させながら、二人の楔の先端同士を擦り合せると、そこから新たな快楽が面影の身体に響いた。
「あ、あ……っ」
 ちゅくっ……ちゅくっ………
「好い…だろう?」
 尋ねながら、三日月は手に触れている面影の楔を操り、自らの楔の先端と相手のそれが擦れ合う様に誘導していく。
(あ、あぁ……私と、三日月のオ〇ン〇が……キス、してる……はぁ…気持ち、好い……)
 二本の肉棒が先端同士を擦り合せている様子は、見ているだけでも心が昂ぶり淫靡な気持ちになった。
「これなら、お前の手を煩わせる事も少なく済むからな……ほら、もっと…」
「あ……ん…っ…いい…好い…」
 最初は三日月の方が促す様に積極的に肉棒を操っていたが、その流れに押される様に面影も三日月の楔の先端を自らのそれに接触する様に動かし始める。
 位置を少し調整するだけの動きなので、確かに殆ど負担にはならず、それでいて快楽は変わらず貪る事が出来る。
 三日月から誘われた淫らな遊戯に面影は夢中になり、二人の楔が戯れ合う様子をじっと見つめていた。
 互いの零口を穿り合う様に押し付け合い、まろみを円を描く様に蠢かせ、雁首が引っ掻かかる程の深さで前後で擦り合い………
 二人の零口から溢れる淫液を互いに絡ませ、塗り付け合う光景はあまりに背徳的で、面影の胸も高鳴っていく。
(こんな……やらしいの見てたら……へ、へんな気分に………)
 その感覚から逃れる様に半ば無理やり視線を外す形で顔を上げると、丁度三日月と顔を見合わせた。
 すぐ傍にある男の美麗な顔を見て……そのまま彼の形の良い唇に目が釘付けになる。
 互いの楔同士だけではなく………私達も………
「……み、かづき…」
「うん…?」
 提案の成果か、三日月の楔も着実に限界へと歩んでいるらしく彼の顔も微かに紅潮していたが、それもまた面影の背中を押す形になった。
「……わたし…たちも……キス…しよう……したい…」
「!?………」
「……だ、め…?」
 はふ…と熱の籠った吐息を漏らしながら遠慮がちに見上げてくる可愛い恋人にそんなおねだりをされたら、どんなに強靭な精神力を誇るこの男でもイチコロだっただろう………事実、そうだった。
「…そんな顔、俺以外には見せてくれるなよ?」
 しっかりと念押しはしておいて、三日月は相手が望むままに唇を塞いでやる。
「んん……っ!」
 求めていた接吻を与えられ、面影は自ら唇を開いて相手を迎え入れながら、無意識の内により強く激しく相手の楔を己のそれに擦り付ける。
「ああ…好いな………キス、しながら達こうか?」
「ん……う、ん……うん…っ」
 三日月の言葉に唇を重ねたまま面影がこくこくと首を縦に振ったが、その間にもその両手は休む事無く蠢いていた。
(きもちい………だめ、もう、直ぐに達きそう……っ)
 そんな面影に、三日月が懸念を払拭してやるようにひそりと囁く。
「俺ももう達きそうだ………一緒に、射精そう」
「あ、あ……み、かづきぃ…っ! 私も、もうっ…!!」
 一緒に…という言葉が一際強く面影の胸の奥に響く。
 堪らない程の快楽も、彼と一緒になら…怖くない。
「は、あぁ、ん……ーーーーっ!!!」
 絶頂の直前、唇を相手のそれで塞がれ、その行為が引き金になった様に面影は楔の奥から迸る情欲の証を外へと放った。
 勢い良く放たれたそれは放物線を描きながら宙を舞い、そのまま目の前の男の腹へと落ちていく。
 その情景を快感で朦朧としながらも見つめる中、相手の昂った肉棒からも同様に白い奔流が噴き上がる様が見えた。
 それはさながら白蛇の様に宙を舞い踊り、こちらへと向かい……自身の腹へその熱い身を横たえる。
(ああ…っ…二人で一緒に……すごい、何度も…!)
 面影の心の呟きの通り、射精はどちらも一度では済まず、その後も繰り返し互いの腹へと白濁を放ち続けていた。
 その快楽の証も、直ぐに上から注がれ続けているシャワーによって洗い流されていき、面影はそれをぼんやりと見つめる事しか出来なかった。
 三日月が注いでくれた愛欲の証……
(嫌だ…………行かないで…)
 自分でもおかしな事を考えていると理解している…が、思うことが止められない。
 三日月から放たれた彼の一部だと思うと、手放すのが勿体無いと感じてしまう。
 そんな事を考えていると、再び先日の三日月の姿が思い浮かんだ。
 自分の精液を嬉々とした様子で飲み下していたあの時……もしかして、彼も今の自分と同じ気持ちだったのだろうか…?
 本来なら、飲むものではない…分かっている……けど、あの時の三日月は本当に嬉しそうで……
(ああ………頭が……ぐるぐる、して……)
 何も分からなくなって……気が、遠く………
「!……面影?」
「う………」
 呼び掛けてきた男に答える代わりに、面影はぐったりとその身を預ける様に前のめりに倒れてしまう。
 座った状態だったので抱き止める事は容易で、三日月はあっさり相手を腕の中に捕えると、困った様に微笑んだ。
「これは……のぼせてしまったか……悪い事をした」
 体液を洗い流す意味合いもあったが、冷えてはいけないと温水をかけ流していたが、それが仇になってしまったか……
(………面会時間も過ぎてしまったな)
 面影に約束していた「ご褒美」も、お預けにするしかなさそうだ。
 これは、本人を起こさずに着替えだけ済ませてベッドに寝かせ、退散するのが正解の様だ。
 特別室を使用している立場上、多少の融通は利かせてもらえるが、それでも院内のスタッフにあまり迷惑を掛ける訳にはいかない。
「しかし………リハビリ初日にしては上出来だったぞ」
 快楽を餌にした事は事実だが、思惑通りに必死に頑張っている可愛い姿を間近で堪能出来たし、今日の頑張りは必ずや面影の腕の機能回復にも一役買ってくれる事だろう。
 これは、明日からの『リハビリ』にも期待出来そうだ……と、若者に対し執着の強い男はそれを隠す素振りも見せず、相手を見下ろしながらくすくすと小さな笑みを零していた………