入院十三日目





「………危なかった」
 その日の早朝
 面影は病院の屋上に出て、共用の物干し場にシーツを干し、洗濯バサミで固定したところで軽く息を吐きつつ呟いていた。
 ここに来る前に下階のランドリーで洗われたばかりのシーツが、目の前で風に吹かれてぱたぱたと布音を響かせながらはためく様を見詰めていると、昨日から今日に至るまでの己の痴態が脳裏に甦ってくる。
(本当に………危ないところだった………)
 実は昨日は、普段傍に居てくれる筈の三日月が、どうしても外せない仕事の用事で不在だったのだ。
 しかしそれそのものは特に問題ではない。
 人は生きていく為には働かないといけないし、働く場があるというのは恵まれている証だ。
 それに、人は独りで生きていく事は出来ない。
 働くと言う事で社会との関りを持つことが出来るのも、その者にとっては良い事だろう。
 だから、たかが一日二日程度、三日月が不在であったとしても、面影は彼を責めるつもりは毛頭なかった。
 寧ろ問題があったのは自分の方だ。
 彼がいなくても、腕がかなり回復してきている今の状態なら、日常生活を送る事にも然程支障はなかった。
 問題なのは、心…精神面の方だ。
 三日月の家政夫としても、恋人としても、結構な時間を相手と共に過ごす様になっていた所為で、何かにつけて三日月を想い出してしまう。
 昨日もそうだった。
 朝も昼も夜も、ふとした拍子にその場にいない男の事を思い出しては『まだ来ないのだろうか』と相手を待ち焦がれてしまっていた。
 もし三日月が最初から『来ることが出来ない』と断ってくれていたのなら、自分もそうと割り切って、一日を平和に過ごす事が出来たのかもしれない。
 しかし彼もまた僅かな可能性に賭けたのだろう、『仕事が終わり次第此処に来る』と言ってくれていた……それが互いに『期待』を持たせる事になってしまったのだ。
 いつ来るのか…今か、それとも……
 そんな期待を抱いてしまっていた事もあり、昨日はずっと三日月の来訪の時を待ちかねていたのだが、結局のところ病院の見舞いの制限時間内に相手が来る事は叶わなかった。
 そうして三日月に会えなかった事を残念に思いながら床に就いて………
(あ、あれは……私だけの所為じゃ、ない…)
 昨夜の自身の際どい姿を思い出してしまい、目の前ではためく真っ白なシーツとは対照的に面影の頬が赤く染まる。
 翌日には三日月に会える事を望みながら横になった面影だったが、残念(?)ながら心も身体もそうあっさりと眠りに落ちてはくれなかった。
 昼間に繰り返し三日月を想っていた事で、これまでほぼ毎日彼に触れられていた記憶までも思い出してしまい、抑えられない火照りに苦しむ事になってしまったのだ。
 普段、火照りを鎮めてくれる三日月が傍にいてくれない以上、その役目を担うのは自分自身。
 結果として、昨夜は独りで身体を慰める事になってしまった。
 別に何もかもが初めてではなかったし、三日月に出会う前からもそういう行為は必要に応じて行っていた。
 何も問題はない筈…だったのに、昨夜に限っては新たな問題が生じてしまっていた。
 ずっと三日月に身を委ね、彼の与えてくれる快楽にいつの間にか飼い慣らされてしまっていたのか……自分の拙い行為だけでは達けなくなってしまっていた。
 困惑していたところに、一本の蜘蛛の糸が己の目の前に垂れ下がってきた。
 それが、あの三日月からの電話。
 彼の声を聞いた途端、身体は一気に反応を示し、悦びながら彼を求め始めたのだ。
 その時は恥ずかしさよりも解決の糸口が見つかった事に安堵し、夢中になって彼の声に縋った。
 向こうもきっと、直ぐにこちらの異変に気付いたのだろう。
 スマホを通じ、声だけで繋がる二人だけでの淫らな遊戯を仕掛けてきたのだが、それに対して拒む余裕など最早面影には無かった。
 本当に、昨夜の自分は三日月の操り人形の様なものだった。
 動かす手指を三日月のものだと錯覚し、いる筈のない恋人の姿を隣に見て、まるで彼に触れられている様に振る舞いながら、その全てを相手に聞かれてしまっていた。
 しかし、聞かれていたのは自分だけではなくこちらにも相手の昂ぶりの音が聞こえて来て、それが更に熱と疼きを高めてしまい……更なる痴態を晒してしまったのだ。
 互いが互いの音と声に煽られながら自らを慰め合い、激しい快楽に溺れ、劣情を思い切り吐き出して………
 その日はそれで終わってしまった。
(……三日月に、お休みも言えなかった………心配させてしまっただろうか…)
 今日の早朝、再び目を開いた時は、当然昨夜に達した後のままの姿だった。
 何という淫らではしたない姿で寝入ってしまったのか……気付いた瞬間、他に誰もいないのに、慌てて掛布団を引き寄せ身体を隠してしまっていた。
 時計に目を遣ると、まだまだ朝食の時間は先だ。
 外から差し込む光も仄暗く、夜明けになって然程時間は経過していない様だ。
 それを確認して、面影はほっと息をついた。
 朝の看護士の訪室は朝食の少し前なので、今の自分の姿を誰かに見られるという事態は避けられた様だ。
(いつもは……三日月が、してくれた、から……)
 あの恋人は自分への愛が重すぎるあまり、そういう行為に至った時にはとことんこちらを追い詰めてくる傾向がある。
 なので、最後は大体自分が気を失ってしまうのだが、その後のフォローはいつも三日月が完璧にこなしてくれていた。
 体液はしっかりと拭き取られ、着衣もしっかりと元の通りに、何事も無かったかの様に寝具の中で目覚めるのが通常だったのだが、昨夜はその三日月がいなかったのだから、朝の醜態は当然と言えば当然の話。
 いや、あれを当然というのも少々問題なのだが……
(は、早起きで命拾いした……あんな格好誰かに見られたら生きていられない…!)
 ひとしきり恥じらった面影が、新たな問題に直面したのはその少し後。
 昨夜の行為の最後、快楽のあまり考えなしに精を噴き上げた所為で、シーツにしっかりとその残渣が残ってしまっていたのだ。
 流石にこのまま使う事は心情的に無理だし、かと言って交換を申し出たら、この体液の名残を見られてしまうだろう。
 リネンを回収する場所は何処かにあるのだろうが、入院患者とは言え部外者が勝手にそこを探して漁るのも憚られる。
 そうなると、行きつく答えは一つ。
 病院内に備えられているランドリーで洗濯し、乾燥させ、何事も無かった様に使えば良いのだ。
 そういう結論に至った面影の行動は迅速だった。
 直ぐに朝のシャワーを浴びて下着も全て取り換えて病院着を纏い、早々にベッドからシーツを引っぺがし、何枚かの硬貨と洗剤を手にいそいそとランドリールームに向かい、空いている洗濯機にシーツと洗剤を放り込み、硬貨を投入口に入れて即稼働。
 ぐおんぐおんと音を立てながら小刻みに揺れ出したそれを確認して、一旦面影は病室に戻った。
 この時間だと流石に入院患者はまだ各々の病室内にいる様で、行きも帰りも、途中誰にも会う事はなかった。
 洗濯が終わった頃になったら再度ルームに行って乾燥機に入れようと思いながら、その時まではゆっくりと部屋の中でテレビなどを見ながら過ごしたのであった。


 ニュースにエンタメに天気予報…
(この時間帯は同じ内容の番組が繰り返されるから、飽きてしまうな…)
 相変わらず三日月からの連絡は無いが、まだ早朝だから連絡を控えているのかもしれない。
(……今更だけど、どんな顔をして会えば……)
 昨夜のテレフォン〇ックス紛いの行為の際、そこにいない彼に随分大胆な我儘を口走ってしまった様な……記憶はあるのだが、正直認めたくないから思い出すのも躊躇われてしまう。
 普段からそういう時に三日月に対しておねだりしてしまっているのだから、今更恥じらっても、というのが当然だろう。
 それでも、三日月が居ない場所ですらあんなに激しく乱れてしまったというのは、面影にとっては認めたくない事実だった。
(すっかり、絆されてしまった………)
 その事実すらあっさりと認めてしまっている自分に気付き、慌てて面影は首を横に振り、思考を他へと移そうとした。
「そ、う言えばそろそろ洗濯も終わる、か…」
 敢えて口に出してそれまでの思考を振り払い、面影は足早にランドリールームへと向かう。
 何かをしている間はそちらへと意識が向くので、余計な事は考えなくて済む。
 取り敢えずは洗濯物の問題を片付けている間に気を取り直そうと、目的の洗濯機の中から湿ったシーツを取り出したところで、若者は自身の失態に気が付いてしまった。
「あ……お金…」
 本来ならこのシーツを乾燥機に移動させるつもりだったのだが、その乾燥機を稼働させる為の硬貨をうっかり忘れてきてしまった。
 どうしよう、一旦小銭を取りに病室に戻ろうか………いや。
 そこで面影は、少しの軌道修正を試みた。
 先程のテレビでの天気予報を思い出す限り、今日は一日を通して晴天だという。
 それなら、病室に戻って此処に戻って来るよりも、ここから直接屋上に行ってシーツを干してしまった方が良いのではないだろうか?
 乾燥機も悪くないが、日光を浴びた清潔なシーツにも心惹かれる。
 今から干したら、昼には十分に乾く筈だから、今日の寝る場所にも困る事は無いだろう。
「……よし」
 そして若者は、身体の前に湿った布地を抱えて足早に屋上へと向かったのだった。
 三日月が部屋を訪れる朝食の時間まで一時間も無いが、それでもまだまだ余裕はある。
(今日は、時間通りに来るんだろうか……?)
 そんな事を考えている間にも面影の足は躊躇いなく動き続ける。
 彼のいる病室は特室というだけあって建物の最上階なので、エレベーターを用いる必要もなかった。
 階段を上って何の支障もなく屋上へと至るドアへと辿り着き、それをゆっくりと押し開くと、燦燦とした光が頭上から振り注いできた。
 やはり、部屋で感じる日光と外で感じるそれは違うものだな、と思いながら若者は微かに風が吹く屋上へと進んで行く。
 転落防止のため大人の身長より高い鉄製の柵がやや殺風景ではあるが、場所が場所だけに当然の措置だろう。
 それでも部屋では感じられない開放感に、一つ大きく深呼吸をすると、面影は少し先に見えている共用の物干し場へと近づいて行った。
 朝早いこの時間、やはりというべきか一番乗りは自分だ。
 此処には以前から、晴れている時に三日月と一緒に散歩で訪れる事があった。
 その際に他の患者やその家族が洗濯物を干す行為を見ていたので、今も特に戸惑う事はなく、手際よく作業に取り掛かっていく。
 腕や手を用いる作業ではあるが、シーツ一枚程度の重さであれば問題なく扱えるのは幸いだった。
 軽く勢いをつけながら、大きく広げたシーツを竿の向こう側へと投げ遣り、手前側の端を掴んで均等に掛け……
「これで良し……と」
 ぱちり…と、据え置きの洗濯バサミを用いてシーツを物干し竿に固定して、概ね作業は終了……というところで、タイミング良く着衣のポケットにしまっていたスマホが小刻みに振動し始めた。
「っ!…と…」
 つい反射的にそれをポケットから取り出して耳元に当てながら応答すると、向こうから昨夜振りの三日月の声が聞こえてきた。
『面影、何処だ?』
「え? あ……」
 はっと我に返り、今が丁度、いつもの彼の来訪時間だと思いつく。
 普段から配膳車から朝食を運んでくれるのは三日月であり、その為に彼は配膳前の時間にはゆとりをもって病室を訪問してくれていた。
 おそらく今日も普段通りに病室に向かったが、そこに自分がいない事を確認して電話を掛けてきたに違いない。
「あ、お、おはよう、三日月。今は屋上にいるんだ、ちょっと洗濯物を干しに……」
 何となくシーツと言うのは憚られ、曖昧な言い方でそう説明すると、向こうは納得したのか直ぐに面影に返事を返してきた。
『そうか。なら、そのままそこに居てくれ』
 言うが早いか、ぶつっと通信は切れてしまった。
「?」
 自分もそろそろ部屋に戻ろうと思っていたのでその旨伝えようとしたのだが、先に通信を切られてしまい、面影は暫しその場で佇んだ。
(私が部屋に戻っても良かったのに………)
 どうせ朝食もあるのだから…と思いながらも、もしかしたら三日月も朝の気持ち良い空気を屋上で吸いたいのかもしれない、と、そこは深く考えずに相手の到着を待つ。
 程なくしてがちゃ…とドアが開く音が響き、そちらへと振り返ると、屋上へと歩み入る三日月の姿が見えた。
 ぴしりと糊が効いた白の半袖シャツに、しっかり折り目がついた紺のスラックス。
 三日月は着飾るという概念を完全に捨てた簡素な出で立ちだったが、そのシンプルな装いは却って三日月という素材の良さを際立たせている。
 知らず、ほぅ…と溜息が漏れていた。
 あり得ないのに、三日月本人が発光しているのではないかと思う程に眩く見えたが、動揺を悟られない様ににこりと笑っていつもの様に挨拶の言葉を述べた。
「ああ、おはよう三日月……その、昨日は大変だったんだな、今日ぐらいゆっくり遅く来てくれても良かったのに」
 昨夜の秘密のやり取りについては触れずに、三日月の多忙だった一日の方へと話題を向けてみたのだが、相手はそんな面影の言葉には答えず、ずんずんずんと真っ直ぐにこちらへと歩いて来る。
 何となくその表情が逼迫している様に見えて、思わずじり、と後ろに仰け反ったものの、どうにも理由が分からずに面影はそのまま立ち竦むしかない。
「あ、あの…?」
 三日月は普段会話する時の距離から更に大幅に詰めてきて、面影の目前へと顔を寄せると……
 ちゅ…っ
「っ!?」
 前触れも無く、それらしい冷やかしも挨拶も無く、唐突に唇を塞がれて思わず目を閉じるのも忘れて面影は限界まで瞳を見開いた。
(は……い…???)
 一体何が起きたのか…起きているのか……
 動揺している面影の隙を突く様に、ぬるんと三日月の舌が口腔内に潜り込んでくる。
「!?!?!?」
 流石にここに来て何をされているのか理解した面影は、ぐっと三日月の胸元に両の拳を当てて引き離そうとしたが、向こうの拘束力が強過ぎてびくともしない。
 三日月の詳しい仕事内容については詳しくは知らないが、基本部屋の中に籠ってばかりなのでデスクワークだと思って間違いはないだろう。
 それなのに、この男は存外力持ちで、面影を吃驚させる事が何度かあった……正に今この時の様に。
「ん……あ、ふ…っ!!」
 普段なら、相手の押しに負けてしまってされるがままになるのがお決まりの若者だったが、この時ばかりはそうはいかなかった。
 此処は二人きりの病室ではない、病院内の人々に開放されている屋上である。
 先程自分達が開けたドアを再び開いて、誰かが来る可能性も十分にあるのだ。
 こんな所でいちゃついていたら、そんな誰かの目に触れてしまう事は容易に想像出来た。
 流石にそういう噂のネタになる訳にはいかないと、面影は三日月からのキスを拒むべくぽかぽかと相手の胸元を拳で叩いて止めさせようと試みた。
 勿論、本当に相手を傷つける訳にはいかないので、或る程度の手加減はしている。
(三日月、どうしてこんな所で……っ! 頼むから、せめて今は止めて……っ!!)
 どうして相手がこういう暴挙に出たのか理由が分からないまま必死に抵抗を続けていると、ようやく三日月が唇を離して面影を見下ろしてきた。
 その瞳には先程までの焦りを感じさせる色は消えていたが、それでも普段の余裕が消え失せている事は直ぐに分かった。
「みか、づき……流石に、ここでは駄目だ……誰かに見られたら…」
 何とか相手を落ち着かせようと声を掛けた面影を見下ろしていた三日月だったが、そんな若者に答えを返す様にぐっと彼の上腕を掴んだ。
 手掌や二の腕を掴まなかったのは、彼の負ったヒビに影響を与えない為だろう。
 そういう気遣いが出来るというところを見ても、男が何も分からない程に錯乱しているという事ではない様だったが、そんな男は面影の腕を掴んだまま、踵を返して歩き始めた。
 向かう先は、彼らが使用した階下に通じるドアではなく、屋上に設置されていた受水槽が並んだ場所。
 それらは大型施設ではよく見られる、水道水を一時的に貯留する設備であり、此処の病院にもそれらが複数設置されていた。
 鉄製の大きな立方体の槽は一辺が大人の身長以上の幅があり、それらが並んだ列が複数、縦列に配置されている場所は、槽と槽の隙間はちょっとした死角…隠れ場になっていた。
 三日月はその中でも、出入り口のドアから最も遠く離れた槽同士の並んだ列奥へと面影を連れて行き、突き当たりを更に曲がって、上から見たらコの字になっている一番奥へと進んでいく。
 最奥には病院施設の別棟が近接して併設されており、見える範囲内には窓もなかったため、向こうから誰かに見られる事はなかった。
「え………?」
 どうしてこんな場所に?と戸惑う面影の耳元で、三日月が誘う様に囁いた。
「此処なら問題無いな?」
「こ……っ…」
 問題大有りだ!!と叫びたかったが、またも唇を塞がれてしまい、面影の再度の訴えは未然に阻まれてしまう。
「ん……ん…っ…」
 先程の開放された場とは異なり、此処は槽に挟まれ、その陰が彼らを覆うように差していた。
 仄暗い空間に閉じ込められた状況の中で、幾度も唇を吸われ、舌で舐められ、一度目は堅固だった拒絶の意志が少しずつ解れて崩されていく。
 隠れ切れている訳ではないと分かっているのに、三日月の行為に流されてしまいそうで、面影は無意識の内に彼のシャツをぎゅっと握り締めてしまった。
「……すまん」
 面影から感じる困惑の気配に、流石にこれ以上の強制は無態が過ぎると思ったのか三日月が囁く様に答える。
「…………昨日のお前の声を聞いてから……どうにも抑えられんでな…」
「っ…!」
 三日月の言葉で昨夜の二人の行為を改めて思い出し、身体を固くしながら頬を染めつつ相手を見上げると、そこにはいつもの余裕ある彼ではなく、熱っぽい目で獲物を狙う様な、獰猛さを押し隠した男の姿があった。
(抑え…られなかった……?)
 もしかして、昨夜の二人の秘密の行為の後でも三日月は………?
 いけない事だと思いながらもつい破廉恥な想像をしてしまった面影だったが、その心中を読んだのかそれとも偶然か、それに対する答えを三日月があちらから与えてくれた。
「……幾度、自分で鎮めても、お前の姿を消す事が出来なかった…」
「~~っ!!」
 まさかと思った想像が当たっていた事で、面影もまた三日月の昨夜の様子を想像してしまう。
 自分が寝入ってしまった後でも、深夜、一人で自らの分身を握り込み、慰めている三日月の姿………
 どんな表情をして、どんな声を漏らして、どんな手の動きで…………どんな私を思い出していたのだろう……?
(だ、だめ………変なこと思い出しちゃったら……私まで……)
 そう思ったものの、何となくこの雰囲気…場の流れが宜しくない方へ向かいつつあるのは感じていた。
 此処から、爽やかな朝の空気を楽しむ健全な二人に戻るというのは……かなり難易度が高そうだ。
 ならせめて……
「み、三日月…兎に角、部屋に戻ろう。シーツは干してしまったけど、ソファーで休めばいいし…」
 部屋に戻れば、少なくとも此処よりは閉鎖された場所なので、何かが起こったとしても人の目を避けられる。
 それに、部屋へ至るまでに三日月も落ち着きを取り戻してくれるのではないか、という淡い期待を抱きながら面影は声を掛けたのだが……
「待てぬ」
「へぁ…!?」
 あっさりと拒否されると同時に、がばっと着ていた病院着の上着が勢い良く捲られ、上半身の薄い皮膚がひやりとした外気に晒されたのが分かった。
「ちょ…っ、三日月…っ!?」
 何が起こったのかと思った面影の目前に捲られた上着の生地が迫り、その端を握っていた三日月の手を認めた時には、男は露出した面影の胸の蕾を唇で捕えてしまっていた。
「は、あぁっ…! ちょっ……だめ、だ………こんなとこで…っ」
 何度も確認するが、槽に囲まれた一画だとしても、此処が外である事は間違いない。
 それに屋上の中央部から此処は視覚的に遮蔽されていて見えないとしても、誰かが此処に歩いて来てしまえば、あっさりと自分達の行為が露呈してしまうのだ。
「ね…三日月…頼むから、少しだけ我慢して……部屋に…」
 こうなったら最大限の譲歩をして相手を止めなければ…と、必死に面影は声を掛ける。
 最早、「やるな」と言える余裕もない。
 行為を止める事は諦め、少しだけ時間の猶予を貰い部屋に移動してもらうのがぎりぎりの譲歩策だったのだが、それですら今の三日月には届かなかった。
「…本当に、いいのか? こんなにしているのに……」
 ちゅうぅぅっ……
「ひ、ぅ…っ!」
 がくんっと身体が一際激しく戦慄き、面影の顎が限界まで反らされる。
 屋上には二人以外いないが、それでも外で恥ずかしい啼き声を晒す訳にもいかず、面影は必死に声を殺した。
 三日月を本気で拒むのであれば彼の身体を突き飛ばすのが正解だったのかもしれないが、そこまで冷静に考えられなかったのか、兎に角何かに縋りたかったのか、面影は逆に相手の身体にしがみつく様にぎゅうと抱き締めてしまっていた。
「だ、め……そんなに強く吸っちゃ……ひゃぁあっ…!」
 ちゅうぅ……ちゅぷ……くちゅっ………ぴちゃり……にゅるる……っ
 吸うだけではなく、三日月はその可愛い蕾を舌で撫で上げ、くすぐり、突き、周囲の淡く色づいた肌も円を描く様に舐め回す。
 着衣の奥で隠されながら三日月に施される悪戯に、面影は全身を震わせながらきつく目を閉じ、必死に声を抑えた。
「ふ……うっ……はぁ…っ………や、ん…っ……あ……っ」
「………好いのだろう?」
「う………だ、から…だめ…だって……」
 ここまで乱されながら尚も抵抗を諦めていない様子の若者に、病院着の陰で三日月が小さく笑った。
 本人が何処まで気付いているのか知らないが……こんなになってしまってはもう手遅れだと言うのに……
「こういう場所で戯れるのも一興だろう?」
「そん、な…っ!」
「ほら……」
 かりり…っ!
「ひ…っ!?」
 少しだけ力を込めて乳首を甘噛みされると、じんとした痺れと快楽が全身を駆け巡った。
(ああ……だめ、だめ、なのに……こんな場所で……っ)
 改めて自分達が戯れている場所を認識すると、今更ながらに自分達の大胆過ぎる行動に思い至り、面影の心臓が激しく打ち鳴らされ始める。
 こんなところを他の誰かに見られたら………
「……っ」
 誰とも知れない第三者に見つかってしまった場面を想像した瞬間、ぞくぞく…っと背筋に謎の悪寒が走った。
 悪寒というと悪い印象に聞こえるが、今、面影の背を走ったのはそれとは違う。
(あ…っ……どうして…? 嫌な筈なのに、こんな………)
 嫌悪や恐怖を感じたら身体は本能的に委縮する筈……なのに面影の思惑とは裏腹に、彼の身体は明らかに更なる性的興奮により、身体の中心に変化が生じつつあった。
「ん……ふぅ…っ……」
 淀む熱が逃げ場を求める様に渦巻くような感覚に、面影は微かな呻きを漏らしつつもじ…と両脚を閉じ合わせながら腰を揺らす。
 身じろぎは我慢出来ないとしてもせめて声だけは耐えようと、自らの手甲を口元に押し付ける面影の姿は、下から見上げる形になった三日月の瞳にあまりにも蠱惑的に映った。
 何かを訴えようと見つめてくる瞳は今にも涙が零れてしまいそうな程に潤み、頬は羞恥と忍耐で赤く火照り、汗ばんだ肌に艶やかな乱れ髪が張り付いている様は、三日月の只でさえ崩壊仕掛けている理性を更に激しく揺さぶってくる。
「………お前も、だろう…?」
「え…?」
 面影の聞き返しには答えず、代わりに三日月はするんと相手の下の病院着の中へ片手を差し入れてくる。
 下着の奥まで挿し入れられた手が面影の分身に触れると、それは若者が自覚していた通り、既に十分な熱と固さを備えていた。
「ああ……やはりお前も…まだ、足りなかったのだろう……?」
「ん、はう…っ」
 にゅく、にゅく、と煽る様に焦らす様に繰り返し分身を握り込まれながら、面影は相手の言葉に自らの身体が素直に反応するのを感じていた。
 変わらずしゃぶられている乳首も、扱かれ始めている楔も、いつもより随分と早く反応を示し始めており、感度も比例して高くなっている様だ。
(あん…っ………感じすぎ………乳首と、オ〇ン〇…同時に弄られてるから…?)
 自らの身体の反応に困惑し、何とか抑えなければと思うものの、快感は肉体すらも味方に付けて面影の精伸に反旗を翻してくる。
(や、だ……いつもより早く……勃っちゃって……あ、乳首も……大きく………)
「そうかそうか………待たせてしまったな…」
「そ、んな………っ」
 否定する前に三日月の悪戯がより激しくなり始めたため、面影はそれ以上の言葉が継げなくなってしまう。
「……っ! ぅ…っ! く、ぁ……!」
 乳首と楔の双方から、相手がそれらを弄る度に濡れた音が立ち、その音が更に面影の興奮を高めていく。
 くちゅりくちゅりと耳が淫らに犯されると同時に、胸と肉棒から快楽の小波が生じて全身に伝わり、身体を震わせながら面影は再び三日月にしがみつく。
「は、ぁ…っ…はぁっ…はぁっ……! ん……だめ……っ………」
 がくがくと両下肢を震わせて立つのも覚束ない様子だった面影が、はっと何かに気付いた様子で目を見開き、慌てて三日月に願う。
「み、かづきっ……だめ…このままじゃ……濡れちゃ…っ」
 どうやら、このまま達してしまえば体液で衣類を濡らし、穢してしまうという事を言いたいのだろう。
 屋上から自分達の病室までは、さして長い距離ではないが、それでも誰にも遭遇せずに戻れる保証はない。
 際どい部分を濡らしてしまっているのを見られるのは、流石に憚られると若者が思ったのは当然の心理だった。
「ん…?……ああ、そうだな……俺はそれでも構わぬが…」
「~~~っ!?!?」
「ふふ……そう怯えるな。では、仕方ないな…」
 くすくすと笑いながら、三日月がゆっくりと面影の病院着のズボンの縁に手を掛けると、そのままゆっくりと引き下ろされていく。
(あ………)
 咄嗟に三日月に訴えていた面影だったが、そこに来て新たな事実にようやく気付く。
 脱がされたら確かに服を穢す心配は無用になるだろうが、代わりに下半身をこんな場所で露出してしまうという事になるのだ。
 病院着が太腿半ばまで引き下ろされたところで、面影は改めて自分の置かれている状況を認識した。
 槽の陰とは言え、既に太陽が昇っている外で秘部を晒しているだけでなく、勃起して絶頂に至ろうとしている自らの様を眺め見て、面影の全身が羞恥で激しい熱を生む。
「あ、あ…………はあぁあっ…!」
 若者の焦る様子で彼の心中を察した三日月が、その心を更に追い立てるように愉しげに言う。
「ほらほら………早く達かないと、他の誰かに見られてしまうぞ?」
「やっ、やだ、やだ…っ! はやく……はやくいかせて…っ! 見られちゃう…!」
「ふふ…こんな朝早くから、外で恥ずかしい姿を晒しながら達くのだな……そら、いいぞ、思い切り射精せ、射精せ!」
 発破を掛けながら、ぎゅっと一際強く面影の肉棒を掴むと、止めを刺そうと言うかの如くきつく激しく扱き上げる。
 普段の優しさだけでなく、野生の獣の様な獰猛さを孕んだ手管に、面影はあっけなく白旗を振った。
 せめてもの敗者の矜持は、誰にもその断末魔を聞かれない様にと口元を手で押さえ、喉を痙攣させるという抗いだけ。
「ふ………くぅ…っ…〜〜〜っ!!!」

 ぶびゅるるるるっ!! びゅるるるっ! びゅくっびゅくっ……!!

(ああ……っ! こんな外で、射精しちゃうなんて…! いけない…いけない、のに………)
 気持ち好い……っ!!
 感じてはいけない快感に囚われてしまった若者は、視線の先で己の分身が繰り返し白の奔流を放つ様を陶然として見つめながら、とんっと背後の受水槽に背を預け、そのままずるずると頽れてしまった。
「あ……う…っ」
 ひやりとしたコンクリ打ちの床に頽れ、射精後の生理的な疲労感にくたりと脱力した様子の中で、微かに肩だけが忙しなく上下している。
(恥ずかし……こんな明るい場所で……三日月の前で……)
 少しの間は顔も上げられない様子の面影だったが、いつまでもそうしている訳にもいかないし、自分がこの状態のままだと三日月も対応に困るかもしれない。
 こんな無様な姿を晒して、冷やかされるかもしれない事を覚悟しつつ、面影がそろっと伺う様に視線と併せて顔を上げると……
「……っ!」
 そこには思っていた反応とは異なる姿の三日月がいた。
 こちらを上から覆うように上腕を受水槽に押し付けながら、真っ直ぐに見下ろしてきている。
 しかしその顔には普段の冷静さはなく、瞳は僅かに細められ、興奮に頬は赤く染まり、熱い吐息を溢している口元にはペロリと上唇を舐めている紅い舌が覗いていた。
(あ……っ)
 狙われている、という本能的な恐怖を感じて、無意識の内に背後の受水槽に自らの背中を強く押し付けると、その金属製の冷たさが少しだけ面影の思考から霞を取り払ってくれた。
 自分の状況は変わりないのだが、お陰で周囲の状況にも少しだけ意識を向ける余裕を持てるようになり、面影は素早く視線を動かす。
 どうにかして三日月を落ち着かせて、此処から移動して、部屋に戻らないと……
 雄としての欲望を吐き出し、身体もある程度は鎮まった。
 本来の目的を思い出した今なら三日月を説得して移動出来るかも……と淡い期待を抱いた面影だったが、その視線が相手の身体の中心に向けられたところで、彼の思考はピシリと固まってしまった。
(あ……三日月…の…)
 ほんの少し視線を上に向けたところに位置している相手の股間…その中央がしっかりと岐立していた。
 仕立てのしっかりした黒のスラックスの布地を破らんばかりに押し上げている向こう側では、雄の昂りが解放を求めて首を持ち上げているのだろう。
 あれだけしっかりと勃ち上がってしまっていては、最早自然に落ち着くのを待つのは難しいだろう事は同性だからこそ分かってしまった。
 先程までは自身の肉欲に囚われ、それにばかり意識を向けていたから完全に失念してしまっていたが、確かに自分が相手の愛撫に喘ぎ、欲望に乱れ、絶頂に至るまでの間、三日月は達した様子はなかった。
 そして今、彼は己の内に燻った欲望を放つ事なく溜め込んだままで……
(……苦しそう………きっと、辛い、はず…)
 直にこうして相手の欲情を認めてしまっては、もう見ない振りは出来なかった。
 これは………やっぱり私の所為…だな………私が…不本意ではあるが三日月を煽ってしまったから………
(じ、自分だけ気持ち好くなっておきながら、三日月には我慢しろだなんて、とても言えないし……)
 それにいつまでもこの状態のままという訳にはいかない。
 ここは、三日月にも昂りを鎮めてもらって、即撤退という流れに持ち込んでしまおう。
 その為には……
「…三日月……そのまま…」
「…っ!?」
 自分でも驚く程に躊躇いなく、面影が三日月のスラックスのファスナーへと手を伸ばしてそれを一気に引き下ろすと、そのまま手を奥へと差し入れ……
「面影……っ?」
「だめ…動かないで…」
「…っ」
 普段、面影が三日月に何かを頼む時には、いつも遠慮がちで、機嫌を損ねない様に相手の心情に配慮した言葉を用いる。
 今の制止の言葉も決して乱暴なものではないが、いつもとは異なる反論を封じる様な力が込められており、その珍しさもあって効果は絶大であった。
 面影の言葉に従い、沈黙と静止を以て応えとした三日月が見守る中で、若者はゆっくりと相手の分身を服の外へと引き出した。
(う、わ…っ……やっぱり、大きい…)
 初めて見た訳でもないし、初めて触れるという訳でもない。
 それでも、何度見ても他人の男性の証というのはインパクトがあるものだ。
 しかも、今の三日月のそれは十二分に昂り、その大きさと固さを増しているのだから。
 更に朝の光の下で直視しているという状況もあったので、少なからず面影は怯んでしまいそうになった。
(でも…やるしか…)
 こくんと小さく息を呑み、そして覚悟を決めた目をして、面影は改まって両手を掲げて相手の肉楔を左右から優しく包み込んだ。
(…ああ…どくどく脈打ってる……こんなに熱くなって……)
 相手の生々しい生命の脈動を手に感じるだけで、面影の胸のざわめきも激しくなってくる。
 それから意識を逸らす様に、若者が相手の顔を見上げながら首を傾げて確認を取った。
「その……頑張る、けど……されて嫌になったら…言ってほしい」
 こんな明るい場所で自らの男根を弄られているのを見たら、気分を害してしまうかもしれない、という若者なりの気遣いだったのだが、無論、三日月にとってそんな事は億が一にも有り得ない事だった。
「……お前が可愛い口で咥えるのが見たい……」
「っ!?」
 気分を害するどころかノリノリでリクエストまで要求され、一瞬面食らった面影だったが、相手の希望は自分の目的とも合致している部分がある。
(リハビリを理由にするなら手と指でするんだけど……今は早く部屋に戻るのが先決だから……)
 そうなると、三日月の望む通り手掌による愛撫だけでなく、口と舌も使った方が間違いなく目的は達成出来るだろう。
「はぁ……はぁ……」
 何故か息遣いが荒くなってきてしまう……胸の動悸は緊張によるものだけだろうか……奥から湧き出る悦びの感情は……?
(違う……これは、仕方ない事なんだから…喜んでなんか…)
 そう言い訳を心の中で呟きながら、面影はぺろ…と舌先を口から覗かせ、ゆっくりと目的の場所へと寄せていく。
 向こうの熱棒は既に天を仰ぐ形でそそり勃ち、とろりとした透明の雫が先端から溢れ、そのまま茎に一筋伝っていた。
「ん………ちゅ…っ」
「っ…」
 軽く唇で触れながら、垂れた雫を舐め取るだけで、ピクンと楔が揺れて応える。
 ほんのささやかな反応、なのに心の底から愛しさが溢れて止まらなくなってしまう。
(ああ………三日月のオ〇ン〇と、キスしてる…)
 もしこんな状況じゃなければ、もっと時間を掛けて相手を慈しみ、様々な反応を見たいと思った…が、今はそれは難しい。
(早く………達かせてあげなきゃ…)
 くちゅ、くちゅ……ぺちゃ…っ…
 亀頭部分を口の中に含み入れ、周りを舌先でなぞる様に舐め回すと、悦ぶ様に先端の窪みが開閉し、更なる甘露が溢れ出してきた。
 その熱と味に誘われる様に面影の手がしっかりと茎を支え、口腔内に更に深く肉楔が呑み込まれていく。
「んく…う、ふうぅん…っあ、む…」
「ああ………身体が芯から悦んで、抑えが効かぬ……すまぬな面影…」
 眉を顰めながら必死に己の分身を咥えている恋人に三日月が詫びるが、相手は最早それを聞く余裕もなかった。
(あっ……また、大きくなって……もう、口に入りきれな…)
 顎を限界まで開いて相手を迎え入れながら、前後に頭を動かして口腔内の粘膜で楔を激しく擦り上げるのに夢中の様だ。
 頭が揺れる度にじゅぽじゅぽと口から泡立つ水音が聞こえてきて、その音すらも二人の興奮を高める要素になっている。
 隙間なくみっちりと口腔を満たした雄の粘膜が熱く激しく擦り上げられ、その速度が徐々に増していくと共に、三日月の荒く短い息遣いもまた間隔が短くなっていった。
(ん……っ…先っぽ、ぴくぴくして……三日月の、味が…)
 これまでとは明らかに異なる味が味蕾へと広がっていき、それが三日月の精の証と察した若者は、無意識の内に軽く肉茎を甘噛みした。
「う…っ…!」
 図らずも、その『悪戯』が熱い果実が爆ぜる切っ掛けになった。
「んぐ…っ!!」
 三日月の手が面影の後頭部を掴み、自分へと引き寄せた流れで、熱楔がごりゅりゅっと面影の口腔の粘膜を強く擦る。
(あぁ……っ、表面の血管の形も分かってしまう……すごい…っ)
 生々しい感触を感じたその直後、更に大きな変化を若者は口中に感じた。
「ふ、ぐ……っ!?」
 ぐぐぐっと三日月の分身が限界まで膨張し、本気で顎が外れるのではないかと面影が懸念したところで………

 どくんっ!! どくっ、どく…っ!!

「ん!? んぶぅ…っ!! んくっ……っ!!」
 三日月の肉棒の先端から一気に白濁の熱い奔流が溢れ出し、瞬く間に面影の口中を満たしていく。
 液体と固体の中間の様な、滑らかさと粘りが入り交じった雄の証明が一度、二度、三度と零口から迸り、面影はそれらを幾度も喉を鳴らして飲み下しながらも、溢れた全てを飲み切る事は出来ずに、とろりと口の端から零れ落ちた。
「は…………ふぁ…っ…」
 にゅるん…っと楔を口から引き抜いた面影の瞳が、一際大きく見開かれる。
「え……っ?」
 目の前にそそり勃つ三日月の肉刀の雄々しさに、面影の瞼がぱちぱちと素早く開閉し、若者は絶句した。
(ど、どうして………たった今、射精したばかりなのに……)
「はは……驚かせてしまったか…? しかし、お前の所為なのだぞ?」
 三日月だけは、この状態が想定内だったと言わんばかりに冷静な口調で面影に呼びかけてくる。
「昨日は声こそ聞けたがお預けの状態だった上に、今此処でお前のそんな姿を見せつけられてしまったからな……一度の吐精で済む筈がなかろう」
「そ、んな……」
 これは面影にとっても予想外の事態だった。
 彼の思惑としては、此処で三日月の昂りを早々に鎮めた後に二人で病室に戻るつもりだったのに、これではその目的が果たせない。
 当惑してしまっている面影の表情から彼の思考を読み取ったのか、三日月が目を細めながらゆっくりと片足を上げて、そのまま相手の方へと移動させていき……
 ぐり……っ
「っあ…っ!」
 軽く力を込めて、若者の股間を爪先で刺激した。
 革靴を履いていたので本当に軽い力に加減していたが、それでも相手に与える刺激としては十二分だったらしく、面影の口から小さな悲鳴が上がった。
「お前こそ……そんな状態で此処から出られると思ったのか…?」
「……っ!」
 問われた意味が直ぐには理解出来なかった面影だが、三日月の視線の先を追う形で見下ろしたところでびく、と身体を硬直させる。
 三日月の楔の雄力に意識を持っていかれて気付かなかったが、自らの分身も彼に負けず劣らずの勃ち上がりを見せていたのだ。
 病院着を引き下ろしたままだった所為で、その様を隠す事も出来ないまま露わにしてしまっていた事実を今更認識してしまい、面影の顔が真っ赤になった。
 三日月の剛直ばかりに気を向けていたが、まさか自分までまたこんなに……どうして……?
「俺の雄をしゃぶっただけでそんなに興奮するとは……お前も相当欲求不満だったのだな」
「ちが……っ」
 否定する前に三日月に腕を掴まれ、面影はほぼ強制的に立ち上がらされる。
「え……?」
 そしてそのままぐるっと身体の向きを反転させられると、ぐっと背中を強く押された勢いで目の前の受水槽にとんっと両腕をついた。
 軽量型のシーネを装着していたので、肌が直に金属製の受水槽に触れる事は無かったが、しっかりとした硬度は伝わり、その感覚が面影の快感で麻痺していた思考を現実に引き戻した。
 尤も、引き戻された事で自分達の今の危険な状況を再認識する事になってしまったのだが……
(三日月……? こんな格好を私にさせて、何を……)
 戸惑いつつ振り返った若者に、三日月が一つの頼みごとを申し出る。
「面影……両脚をしっかりと閉じて…」
「え………う、うん…」
 彼が何をしようとしているのか面影には全く予想がつかなかったが、頼まれた内容は無理な用件ではなく、断る理由もなかったので素直に従う。
 そして、言われたままの姿勢をとったところで、面影は少しだけ不安げな表情をして背後に居る筈の三日月を振り向いた。
 こんな格好をさせて、相手は一体何をしようというのか……?
 そんな懸念を抱いている面影の視界の向こうで、三日月がゆっくりと身体が密着する程に歩み寄ってきた。
「え……三日月…?」
 ぬるん……っ
「えぁ…っ!?」
 三日月がこちらへと身体を寄せてきたと思ったら、自らの太腿の密着部に濡れた、熱い何かが押し当てられてきて、思わず声が漏れる。
 その直後、自分達がいる場所が公共の場所だという事を思い出して慌てて口元を手で押さえたが、幸い屋上に居るのは二人だけだったので誰かに聞かれる事は無かった。
 そうしている内に両大腿が合わさっていた隙間が固い棒状の物体によってこじ開けられ、背後から前へ向かって圧し進められていく。
(熱い………)
 固いが肉感的なその物体は、面影の太腿の内側を濡らしながら前へと進み、その先端が面影の勃ち上がりつつあった楔に触れた。
「ん、あ……っ」
 その感覚を感じながら下へと視線を向けると、自らの肉棒が三日月のそれによって押し上げられる様が見えた。
(あっ………み、三日月のオ〇ン〇…っ)
 つまり、自らの内股を擦り上げてきていたのは、やはり相手の固く育った肉楔だったのだ。
 相手の昂ぶりは面影の乱れる心中などそっちのけで、ずりゅ…っと面影の肉楔を擦り上げながら限界まで前に突出すると、今度はまた生々しい感触を残しながら背側へと引き抜かれていった。
 そして、その試し行為が一往復したところで三日月の腰の動きが一気に速められ、ぐちゅっ、ずちゅっと濡れた音を立てながら、彼の楔が繰り返し面影の内股を擦り上げ始めた。
 所謂、『素股』と呼ばれている行為であるが、初めて経験した面影は太腿に相手の肉感を感じながら繰り返し股間から突き出されてくる彼の分身を見つめ、その都度に自らの男性が擦られる快感にぞくぞくと身を震わせた。
「あっあっあっ……! そんな、そんなの……っ、三日月のオ〇ン〇、擦り付けちゃ………ああんっ、私のオ〇ン〇にも当たって、る……っ」
 正しくは面影の肉棒のみでなく彼の二つの肉袋をも背後から擦り上げる形になり、その刺激は面影の射精感を促してより一層彼の肉棒に高々と天を仰がせていく。
「こういうのも好いだろう?……お互いにな」
 背後からひそりと囁いて来る三日月の声に、秘められた熱と欲情を感じる。
 お互いに…というのは、面影の内股や昂ぶりが擦られて性感を高められていくのと同時に、三日月の分身もまた面影の内股によって擦られ、快感を享受しているという意味だろう。
「ああ………お前の肌は滑らかで心地良い……腰が止まらぬ…」
 ずちゅ、ずちゅ、ずちゅ………っ
「やぁ……三日月、オ〇ン〇熱いぃ……っ…! 固くて、ぬるぬるして、きもちい……っ!」
 雄の熱を股間に感じながら、ふーっ、ふーっと耳元に三日月の吐息を吹きかけられ、知らず面影の腰も淫らに揺れる。
 既に若者の肉楔は立派に天を仰いでいたが、変わらず今も肉袋を擦り上げられながら肉棒の裏筋までも刺激され、その悦びに先端から透明の雫がとろとろと止め処なく溢れていた。
(ああん……三日月の熱いオ〇ン〇の感触が内股に……雁や血管の形まで分かっちゃう……っ…だめ、いやらし過ぎて…頭がくらくらして……っ)

 がちゃんっ……!!

 突然、遠くから金属音が響き、続いて聞き覚えの無い何者かの声が聞こえて来た。
『おおー、今日も良い天気になりそうだなぁ』
『うん、これなら直ぐに洗濯物も乾きそうだね、おじいちゃん』
「っ!!??」
 びくっと全身を震わせ、同時に面影の身体が硬直する。
 誰か、来た…!!
 来たのはおそらく二人……声質と話し口調から老齢の男性と、かなり幼い…せいぜい小学校低学年程の少年だという事が察せられた。
 先程の金属音は、屋上へ通じる扉が開かれるそれだったのだろう。
(うそ………誰か来ちゃった……! こ、こんなところ見られたら…!!)
 二人の男性が身体を密着させ、露出した下半身を擦り付け合っている姿……
 自分達の今の状況を客観的に見ても、誰かに見られたらその瞬間、人生ゲームオーバーが決まってしまう……!
(ど、ど、ど…どうしよう……!)
 うわーーーー!!と心の中で悲鳴を上げながら、面影は必死に解決策を考えようとしたが、悲しいかな、動揺すればする程に人間というものは思考が纏まらないものだ。 
 慌てる中で、事態はより一層悪化の一途を辿っていく。
『さて、儂は洗濯物を干すんでな。お前は少し遊んできなさい。危ないから柵には近寄らんようになぁ』
『うーん、じゃあ、ちょっとあっちの迷路行って遊んで来るね!』
(~~~~っ!!!)
 よりによって……と面影の目の前が真っ暗になる。
 子供が言った「迷路」というのは、この屋上に備え付けられていた受水槽が立ち並んだ、区画の事だろう。
 そう、正に今自分達が隠れている区画がそれなのだ。
 迷路と呼ぶ程に入り組んだ形ではないのだが、視界を遮る程に高い施設が複数並んでいる様子は、子供の目から見たら探検の対象になるものらしい。
 もう一人のご老体はどうやら洗濯物を干す作業に準じるらしく、その場から離れるつもりはない様だ。
 出来ればそのまま子供も引き留めておいてほしかったが、願っても詮無い事である。
 向こうの扉の方から乾いた小さな足音が聞こえ、それが確かにこちらへと近づいて来るのを察して、面影はせめてもの取り繕いを試みた。
「み、三日月、早くどいて……っ、こんな格好、見られたら…」
 あの子供が自分達が居る最奥域に来る前に、せめて身繕いを整えておかねば…!
 大人二人がこんな隠れた場所に居る状況については、最早どうでも良い、と言うか子供相手ならどうとでも言い訳は出来る。
 しかし、二人の下半身の服装が乱れている上に性器を晒している姿は何としても隠さねばならない!
 そう思った面影は小声ながらも必死に三日月に身体を離す事を願ったのだが、彼も子供の足音が聞こえている筈なのにも関わらず、若者の身体から離れる素振りは見せなかった。
「み、三日月……っ、早く…っ!」
 子供の足音も、声は潜めてはいたものの自分の訴えも聞こえていない筈がないのに応じようとしない相手を訝しみながら、再度面影が振り返りながら呼びかけたが、向こうはこんな事態の中でも余裕に満ちた笑みを浮かべていた。
「なに、あんな小さな足なら此処まで来るのにもう少し時間が掛かる……折角だ、この状況も愉しもう」
(う、そ…っ!!??)
 どうして此処まで自信に満ち溢れた態度が取れるのだろう……まるで未来に何が起こるか分かっているかの様な態度だが、予言者でもないのにそんな事が出来る筈はない。
 ずちゅ…ずりゅ…っ…!
「ん……んふ…っ! は、ううん…っ」
 股間の熱が更に増したのは、相手の所為か、それとも自分の所為なのか…?
 いや、今感じている熱も、もしかしたら動揺している自身の脳が創り出している空想の産物なのかもしれない。
 だって、こんな危機が迫っている場に於いて、未だにこんな破廉恥な行動に耽りながら諌めるどころか興奮しているなんて……そんな……
「おや? お前こそ、また固くしているではないか……ふふ、本当に見られるかもしれないと期待しているのはお前ではないか?」
「そ、んな…っ! そんな事…っ」
 必死に弁明しようとしても、身体の反応については持ち主の自分が一番良く分かっていた。
 嗚呼、やはり、この熱と歓喜の震えは都合の良い妄想でも勘違いでもなく、紛れもない現実だった。
(止まらない……熱も、腰の動きも……三日月のに擦られて、すごく、きもちい…っ!!)
 快楽に引っ張られる本能と、少年の足音に引っ張られる理性……その二つの力が脳内でせめぎ合っている。
 遠くに聞こえていた足音が徐々に徐々に近づいてくる…様な、気がする。
 どうやら向こうは真っ直ぐにこちらに向かっている訳ではなく、複数の槽が形成している隙間の一つ一つの隅に行っては戻るを繰り返しつつ、進行して来ている様だ。
 しかし、それでも相手の足は確実にこちらに近づいて来ており、乾いた音がより近くまで響いてきた。
 あと幾つ先の区画にいるのだろうか…?
(…っ…だめ、もう…っ)
 此処まで来てしまったら、精々下の着衣を戻して二人の身体を離す程度の誤魔化しぐらいしか出来ないだろう…探究心が強い子供の目に不自然な姿として映らなければ良いが……
 いや、二人の股間の分身達がまだ果ててない以上、この不自然な膨らみをどう誤魔化せば良いのか。
(だめ、だめ、だめ…っ!!)
 見られる、見られてしまう……っ!!
 どくどくと激しい動悸を胸に感じながら、同じ様に激しい拍動が股間から響いてくる。
 この期に及んで、まだ肉体は背徳の快感を感じて悦び、勝手に絶頂へと至ろうとしていた。
(やだ……こんなとこ、達くとこ、見られちゃうなんて…っ!!)
 子供は今、何処の区画にいるのだろう……二つ隣か、それとも……
『おーい、すまんが一度こっちに来てくれんかね』
 不意に、屋上の物干場辺りから老人の呼び掛けが聞こえて来て、その直後、少年の足音がパタリと止み……
『はーーーい』
 幸いな事にその子は従順に老人…恐らくは彼の祖父の呼び掛けに応じ、来た道を逆に戻って行くのが遠ざかっていく足音で分かった。
『なぁに、おじいちゃん』
『すまんがこっちを持ってくれんか。物干し竿に上手く掛けられんでな』
『うん、分かった』
(あ……向こうに、行ってくれた…?)
 迫っていた危機が取り敢えずは去った事を察し、ほぅ…と安堵の溜息を漏らしたのも束の間。

 ずりゅりゅ…っ!

「ひぅ……っ!!」
 一際強く裏筋と雁を擦り上げられ、びくんっと背中を限界まで反らしながら面影が必死に声を殺しながらも悲鳴を上げる。
 少年が動き回っている間は三日月の腰の動きも多少は控えたものになっていた。
 おそらくは過度な刺激だと、堪えきれずに面影の声が上がる事を懸念していたのだろう。
 どうやら三日月も積極的に二人の秘密を暴露するつもりは端から無かったのだろう事が窺えたが、発見者になりえた存在が遠ざかっていった事で、最早遠慮は無用と判断したらしい。
「邪魔者はいなくなった様だな……ふふ」
 囁きながら、三日月の腰の動きはより一層激しく大胆なものになっていく。
「ん、はぁっ、はっ、くぅんっ! あっあっあぁっ! あはあぁっ、三日月のオ〇ン〇、あつぅいっ! はぁ…っ、あ、いく、いきそ……っ」
「ああ、いいぞ…好きな時に達ってしまえ…」
「ん、ふあぁんっ! あっ、みかづき…みかづきぃっ!」
 限界まで張りつめた分身の感度も最高潮まで高まり、ごりゅごりゅと容赦なく分身を責めてくる三日月の昂ぶりを感じながら、面影の腰もまた無意識の内に激しく揺れていた。
 粘膜同士が擦り合う度に、互いの先端から淫液の雫が飛び散り、目前の槽やコンクリート床を濡らしていく。
 そして、三日月の固い肉棒が面影の欲棒を擦ると同時に、彼の双珠が一際強い力で面影のそれらを圧してきた。
(あ…精子、上がって……!!)
 目には見えなくても、珠の中の精が外からの圧で外へと向かって押し出されていく感覚が、「その時」の訪れを告げる。
「ん…くぁっ………! あっ、い…っ、くぅぅぅっ!!!」
「くぅ…っ!」

 びゅるるるっ!
 どぴゅっ! びゅくびゅくっ!!

 勢い良く白濁液が二本の放物線を描いて男達の前面へと飛んでいき、コンクリート床と槽にぱたた…っと小さな音をたてて落ちていく。
 このまま誰にも見られないまま乾いていけば秘密が漏れる事もないだろう。
 それでも目の前に明らかになる二人の淫らな戯れの証を見せつけられ、面影は絶頂の快感に震えながらもその証に顔を更に赤くしていた。
(う……こんな場所で…達っちゃった……)
 しかも、殆ど性交に近い形で達かされて……
「面影……」
 同じく達した相手が、甘く優しい声で名を呼びながら後ろから抱き締めてくる。
 今日、顔を合わせた時の様な貪欲さは影を潜めており、どうやら吐精した事で欲求は一時的に鎮まった様だ。
 それを認識したと同時に、病院内の朝食のアナウンスが微かに聞こえてきた。
 朝食が終わったら、入院患者も外来も忙しなく動き出す。
 きっと、屋上に来る人間も一気に増えてくるだろう。
『おじいちゃん、ごはんだって』
『そうか、なら丁度干し終わったところだし、戻るとするかね』
 遠くから微かに二人の声が聞こえる。
 面影達の「そこにある危機」でもあったあの老人達も、アナウンスを聞いて病室に戻るべく移動を始めた様で、会話を交わしながらドアを開ける音が聞こえてきた。
「ん……は、ぁ…」
 射精したばかりで気怠い身体をのろりと動かしながら、面影は相手の方へと振り向いた。
「三日月……お願い、部屋に…」
「…ああ」
 これ以上此処に留まる理由もない以上、部屋に移動するべきなのは三日月も理解している筈だ。
 それを認識した上で相手に願うと、向こうも面影に対し素直に頷き、抱き締めていた腕をそっと解いてくれた。
「歩けるか?」
「ん…大丈夫」
 それから手早く身支度を整えると、面影は三日月と共に何事も無かった風を装いながら、自分達の病室へと戻っていったのであった。
 それからはいつもの日常が繰り返される筈……だったのだが……
 二人が部屋に戻ってから然程時間が経過していない時に主治医が訪室し、彼らにとっての大きな節目が訪れた。
 面影の退院の予定が告げられたのだ。