猫と蜂蜜





「………三日月」
「うん?」
「それ、いつまで出しているつもりなんだ?」
「何をだ?」
 その日の昼下がり、三日月の私室でそんな会話が交わされていた。
 ぽかぽかと温かな日差しが差し込む三日月の私室は、日当たりが非常に良く、本丸の中でもなかなかの『優良物件』であるのだが、今日に限っては何故かその場の空気がひんやりと冷え込んでいた…気がした。
 原因はおそらく…いや、間違いなく三日月を追及している若者の所為だろう。
 面影…この本丸の中では新参者ではあるが、刀剣男士としての実力は他の者達とも遜色ない美しい大太刀である。
 いつもなら穏やかな表情で、語り口調も物静かで人当たりの良い若者である筈の彼が、今は冷えた表情と瞳で三日月を見下ろしていた。
 『見下ろす』事になったのは、今の三日月は私室の中央で座っていたからである。
 炬燵の中に下半身を埋めた状態で。
 そしてその炬燵こそが、面影が眉を顰めている原因だった。
「その炬燵! いい加減片付けろ! 一体今、何月だと思っているんだ!? 」
「ん~~~」
 びしっと炬燵を指差して追及する面影に対し、三日月はどうにも気の入らない呑気な変事を返す。
「しかしなぁ、じじいは老いている分冷えには弱くてなぁ……」
「もうすぐ四月だぞ……いつまでも炬燵を出したままなど、だらしない………それに」
 一度言葉を切り、面影がこほん…と小さく咳払いをして改まる。
「……お前の身体にも良くない。炬燵の中でうたた寝するのは身体がよく休まらないのだから…」
 面影がきつい口調になる理由の最たるものはこれであった。
 正直、炬燵を自室で出していようといまいと、それは誰かに迷惑を掛ける事は無い…ならば部屋の持ち主として責任を取れるなら好きにしたら良いのだ。
 しかし面影が重要視しているのは、夕餉が終わってから就寝の時間の合間、炬燵の中でうたた寝をしてしまう三日月の悪癖についてだった。
 確かに炬燵は暖かく快適だが、直に畳上に横になるのは多少なりとも負担になってしまう。
 しかも、今はもう気温そのものが暖かくなってきているので炬燵のスイッチを入れなくても済む程なのだ。
 然程生活上も困らないだろうし、夜は夜で、炬燵が無ければそのまま布団に向かえば良い。
 そう考えると、健康面を考慮したら面影の言葉の通りそろそろ片付けるのが良策なのだろうが……
「ううむ………それはそうなのだが……」

 にゃああぁ~~ん……

「ん…?」
 二人以外の誰かの声が聞こえ、面影が即座に音源と思しき方向へと視線を向けると、そこは廊下に通じる障子仕様の引き違い窓だった。
 今日は陽気も良く涼やかな風が吹いていたので、主人の三日月が開けていたのだろう。
「おお、遊びに来たのか? よしよし」
 怪訝そうに窓側へ目を向けた面影とは異なり、三日月は声の出処に覚えがあった様子でにこやかに声を掛けていた。
 その優しい言葉を受けた者は……
「にゃあぁん」
 ぴょんと窓から飛び降りて畳の上に降り立ったのは、一匹の黒猫だった。
 猫は三日月とは既に見知った間柄なのか、警戒する様子も見せずにととと…と男へと近寄ると、彼が被っている炬燵布団に潜りこんできた。
 暫くごそごそと中で蠢いていた猫は、やがてぴょこりと三日月の胸元の布団から顔を出し、自分と同じく部屋の訪問者である面影を珍しそうな瞳で見上げてくる。
 意外な展開に驚いている面影が見ている中、その一匹だけではなく他にも二匹の猫達が同じ窓から身軽に部屋の中に入り込んで来た。
 三毛猫と…白猫。
 まるで自分達の縄張りだとでも言う様にその動きには躊躇いがなく、二匹の猫達も素早く炬燵の中に入っていく。
 最初の一匹とは異なり、炬燵の中の暗闇が落ち着くのか、二匹は布団の奥に潜り込んだきり出て来る様子はない。
 過去の或る事件により、面影は猫との意思疎通を図る事が出来る。
 そんな彼の能力で、取り敢えず三日月の胸元でごろごろと喉を鳴らしている猫の心中を軽く探ってみると『極楽~』という端的な感想が読み取れた。
 どうやらこの子達が此処で寛ぐのは初めてではないらしい。
 基本、昼間は面影も内番やら遠征で忙しなく立ち回り、この部屋を訪れる事は滅多になかったので、いつの間にこの子達が居座りだしていたのか、全く気が付かなかった。
 しかし、よくよく思い返してみれば、最近の三日月の内番服、付着している獣の毛が多くなっていた様な気もする………
「……………」
「どうも、猫達が此処を気に入ってしまった様でなぁ。片付けるのはもう少し待ってやってくれんか?」
「う…………」
 面影は三日月にそう請われ、暫く無言になってしまった。
 彼もまた三日月と同じく動物に対して好意的な性格なので、現れた猫に対して無碍な行為を行う事は憚られたのだろう、が、もう一つ、彼の口を塞いだ隠された理由があった。
(………は、反則だろう、これは)
 にこにこと笑う三日月の胸元に、まったりと寛ぐ黒の毛玉……それは三日月を慕う面影にとっても胸を衝く光景だったのだ。
 声を出したくても形容し難い感情で胸一杯になり、少しの間だったが面影は沈黙を守った後……已む無し、という態で息を吐き出す。
「し、仕方ない、な………けど、夜のうたた寝だけは気を付けてくれ」
「うむ、気を付けよう」
(……この男の気を付ける……には、こちらこそ気を付けないといけないんだが…)
 安易な返答をしながら、いつの間にか大事をこなしていたり……こちらが思いもかけない無茶をしてしまうのがこの三日月宗近という刀剣男士なのだ。
 しかしまぁ、炬燵程度の話なら然程大事にはならないだろう。
 炬燵を片付ける時期については、また後日相談しても良いだろうし、と判断し、此処は面影が引き下がる事にしたのである。



 その夜……
「……………寝てるし」
 はぁ…と溜息をついて、浴衣姿の面影が眉を顰める。
「…すぅ………すぅ………」
 若者の視線の先には、同じく浴衣姿の三日月。
 彼は昼間と同じく炬燵の中に潜り込み、頭の右側を下にする態勢で炬燵机にそれを乗せて寝息を立てていた。
 そんな彼の頭のすぐ前には、開きっぱなしで置かれいる何かの草紙。
 開かれたままの頁を見ると達筆な文字が綴られている…ちらほらと武具の名が見えるという事は軍記か何かなのだろうか?
 しかし今はそれよりも三日月の身体が気になるのか、面影は早々に頁から目を離すと相手に近づいて肩に手を置いた。
「三日月…ほら、そろそろ起きろ」
 遠慮がちに静かに揺すってやったのだが、炬燵の中は非常に心地良かったのか、向こうはなかなか目を覚ます様子がない。
「ん~………」
 小さい呻きを漏らしながらも、どんな夢を見ているのかその笑顔にはうっすらと笑みすら浮かんでいる。
「み・か・づ・き?」
「んん~~……よいではないかよいではないか~…」
(どんな夢を見ているんだこの男は…っ!!)
 怖いもの見たさでちょっとだけ興味を持ったものの、今はそれよりも相手を起こす事に集中しなければと、気を取り直してもう一度声を掛けた。
「こら、三日月、こんな処で寝たら風邪を引くぞ?」
 少しだけ強めの口調で言いながら、肩を再度揺すると……
「うわ…!?」
 突然、炬燵布団の端が蠢いたかと思うと、何かの塊が中から飛び出してきた。
 一瞬瞠目したが、その物体を目で追い掛けると直ぐに正体が分かった。
「お前達か……まだいたのか?」
 猫達だ……昼間に見た彼らと同じ毛色をしているという事は、結局あれからもずっと部屋で寛いでいたのか、それとも一度は何処かに出掛けて戻って来たのか……?
 どうやら炬燵の中で寝ていたところを、自分が三日月に声を掛けつつ身体を揺らしたのを受け、驚いて炬燵の外に避難した様だ。

 にゃあぁーーんっ!

 意図した事ではなかったとは言え、彼らを驚かせて炬燵の中から追い出す事になってしまい、不満を表す様な鳴き声を上げられ、面影は素直に声をだして謝罪した。
「す、すまない。驚かせるつもりは無かった…!」
 一度脱出した猫達は部屋の中に留まりはしているものの、まだ警戒しているのか彼らが再び炬燵に近づく様子は見せず、部屋の壁に添う様にしながらこちらを窺っている。
(悪い事をしてしまった……が、今は…)
 猫達との一悶着があった後でも、三日月は変わらず卓上に頭を乗せて安らかに寝入っていた。
(……なかなかしぶといな)
 さて、ここまで起きないとなると力ずくで起こすしかないだろうか……とは言うものの、相手が恋人である事を考えるとあまり乱暴な事はしたくはない……と、面影は一度相手の肩から手を離してその顔を見下ろした。
 相変わらず美麗な顔をしている男の安らかな寝顔を見ている内に、面影の胸の内に小さなもやもやが生じる。
(全く……相変わらず呑気なものだ……けど、こんな状態なら今夜は無理…かな)
 自分がこの部屋に来たのは三日月の様子を窺う為もあったのだが、それはあくまで表向き……
 二人は恋人であり、実は身体を重ね合う事もある仲だ。
 ほぼ毎日…互いに断る理由がない限りは彼らは閨を共にしていたのだが、誘いを掛けるのは大体は三日月の方だった。
 しかし今日は二人ともが本丸に在籍し、特に身体を酷使する任務も無かった筈なのに、いつまでも三日月が面影の私室を訪れる様子が無かったので、面影が訝しんで三日月の部屋を訪れたという訳だ。
(…………ちょっと…残念…だけ、ど)
 実は…誰にも言えない話だが、今日の二人の任務内容を把握していた面影は、今夜は三日月からの誘いがあるだろうと内心期待していた。
 そして今の彼の身体は、持ち主の期待に引っ張られる形で僅かな肉欲の火種を内に抱えている状態だったのだが、この様子だと三日月を布団に誘導したらそのまま退出…という結果になりそうだ。
(しかし、どうやって起こせば…)
 自分が相手を抱き上げるなり背負うなりして布団に強制連行しても良いが………
 三日月を起こす方法について少しの間黙考していた面影が、はた、と何かを思いついた様に顔を上げて瞳を見開く。
 そうだ、これなら………もしかしたら………
 妙案を思いついたらしい若者だったが、何故か彼は愁眉を寄せると共に頬を朱に染め、自らの拳を口元に当てて呟いた。
「……でも」
 どうやら、脳裏に浮かんだ案は手放しで実行出来る様なものではなかったらしい。
 その場に佇んだまま、相変わらず部屋に居座っていた猫達の視線を受けながら沈黙を守っていた若者だったが、一度目を伏せ再びそれを開くと、覚悟を決めた様に動き出した。
「………三日月?」
 先程声を掛けた時より、逆に声を抑えながら面影は相手に呼び掛けつつ彼の隣で跪坐の形を取る。
「なぁ……起きない、のか…?」
 声を掛ける、と言うよりは囁く…といった声量でそう呼び掛けながら、面影は三日月の身体に密着する様に身体を寄せる……と、
 ちゅ……
と、遠慮がちに自らの唇を、天井に向いていた彼の耳の耳朶に触れさせた。
「……………?」
 微かに…本当に微かに三日月の身体が身じろいだ気がしたが、それには敢えて意識を向けずに面影は次の行動に移る。
 もう声を掛ける事はせず、面影は無言を守りつつ今度は炬燵の中に隠れている三日月の下半身へと手を伸ばした。
 ぴくん……っ
 今度こそ、三日月の身体が蠢き、肩が揺れる。
「ねぇ……三日月…」
 いつもは夜の営みの時以外でこんな甘ったるい声を出す事は無いのだが……今計画している策には必要だと割り切り、引き続き面影は三日月の耳元に口を寄せる。
「まだ…眠い…?」
 炬燵布団の中に差し入れられた面影の手は、人目に隠れた場所で三日月の浴衣の衽を割り、奥にあった男の分身を優しく握り込んでいた。
 普段は三日月の方から仕掛けるのが常套だったので、これは当人の三日月にとっても意外だったに違いない。
「………っ!?」
 三日月の身体がびくっと震えたが、それは驚きによるものだけではなく、肉体の本能としての反応でもあったのだろう。
 そんな相手の状態を敢えて無視し、煽る様に握り込んだ肉棒を個々の指をねっとりと蠢かしその粘膜を刺激する。
 更に、時々先端の窪みをくすぐってやると、見る見るうちに固さを増していくと同時に熱と太さが増してきた。
(……もう、大きく……)
 自分も同性だから分かる。
 これだけ男根が反応しているなら、相手も少なからず覚醒…或いはそれが近い筈だ。
「……ん……っ……ぁ…」
 相手の様子を窺い耳を澄ませると、微かに、しかし間違いなく三日月の呻きが聞こえた。
 いつもの朗らかな声色ではなく明らかに劣情が入り混じった熱っぽい声に、面影までもが心をざわめかせてしまった。
(す、すごい……艶っぽい声……三日月がこんな声……)
 普段はこちらを責める自信に溢れた声ばかりを聞いていたので、その稀有な体験に、面影は更に興が乗ってしまった。
「まだ……寝てる、のか…?」
 そんな台詞を囁く様に投げかけながら面影が相手の顔を覗き込むと、頭の位置も向きもそのままに、目の動きのみで面影を追い掛けていた男の視線とぶつかった。
(あ……っ)
 この時の炬燵は熱を生み出していなかったにも関わらず、相手の顔は明らかに紅潮しており、こちらを追い掛ける様に見つめてくる瞳には苦し気な色と愉し気なそれが混ざり合っていた。
(い、色っぽい……なんて表情をして……)
 ぞくぞくとした戦慄を覚えながら視線を絡ませ合い、それでも何も言う事が出来なかった面影に対して、三日月がにぃ…と唇を歪ませてその流れて口を開く。
「…珍しいな……お前からの誘いとは……」
 ぐい…っ
「あっ…!」
 前触れなく、三日月が面影側の手を伸ばして相手の頭を捕えると、そのまま自分の方へ寄せ、唇を奪う。
 その一連の動作は実に滑らかで、僅かな乱れも見せなかった。
「んん……っ」
 唇を重ねるだけに留まらず、滑らかな舌を口中に潜り込ませて翻弄し始めた三日月の手管にいつもの様に流されそうになったところで、はっと面影が我に返る。
「だ、だめ…っ!」
 両の掌を相手の胸元に押し当て、ぐいっと押して相手と自分の身体を引き離す。
「…?」
 自分から誘った…と言うか煽った立場でありながら、今度は相手を引き留めるという理屈に合わない行為をした面影に、三日月が眉を顰めて首を傾げてみせた。
 心地良く寝入っていたところに不埒な悪戯を施され、肉欲を呼び起こされ、その誘いに乗ろうとしたら断られたとなると、三日月でなくとも大いに理不尽さを感じるだろう。
 いや、相手が三日月だからこそ、まだこういう穏便な反応で済んでいるのかもしれない。
 ここまで本能を刺激されてお預けを食らってしまったら、相手によっては怒りをぶつける事もあるかもしれない。
 当然、面影もそれに考えが及ばなかった訳ではないので、直ぐに三日月にその理由を説明した。
「こ、ここでは駄目…………」
 面影はちらっと遠慮がちに三日月の寝所へ繋がる襖へと視線を向けた。
「…寝所に……行ってくれるなら……つ、続きを……」
「………」
 そこで一旦言葉は切られたものの、相手の意図するところを察した三日月は直ぐに愁眉を開く。
(成程………そういう事か)
 彼の脳裏には、昼間に自分にうたた寝をしないように注意する面影の姿が思い起こされていた。
 だからこそ今も炬燵の中で長居させない為に誘いをかけ、続きをしたければ寝所に行こうと誘導しようとしているのか………
「……ほぅ」
 くす…と見抜いたとばかりに面影を真っ直ぐに見つめて声を漏らす男に、若者は赤くなりながら視線を逸らし、もじ…と所在なさげに身を揺らす。
 そんな恥じらう姿だけでも、直ぐにでも抱き上げて寝所に特攻したい程の欲望が湧き上がってしまった三日月だったが、敢えて彼はそれを踏み留まった。
 このまま誘いに乗るのも悪くない…が、相手の策に完全に乗ってしまうだけではつまらない気もする………さて…?

 にゃぁぁ~ん……

「ん…?」
 三日月の思案を遮る様に聞こえて来た猫の鳴き声に、二人ともがそちらへと注目する。
 昼の猫達が今も部屋の片隅に寄り集まり、こちらをじっと凝視している様に、三日月は面影の策で彼らが炬燵から一時的に追い出されてしまったのだろう事を察した。
「……そうか…成程なぁ」
「?」
 何かに勝手に納得している男に面影が訝し気な視線を向けると、相手は無言のままに立ち上がり、その動きの中で若者を横抱きに抱え上げてしまった。
「え…っ!?」
「では、行こうか?」
「う……」
 三日月の身体が寝所に向けられていた事で自分の誘いが成功したのを知ると同時に、今更ながら大胆な行動を取ってしまった事に面影が赤面する。
 策とは言え誘ったのは自分だが、いざその流れになると恥ずかしくなってきてしまったのだろう。
 しかし、嫌ではないので面影は素直に三日月に抱かれたまま寝所に連れて行かれた…のだが……
「…お前達も参れ」
 何故か三日月がくるっと首を巡らせ、猫達に向かって声を掛けたのである。
「え…?」
 今からの事を考えると、別にあの子達を寝所に連れて行く必要はない筈……
(どうして……?)
 何故彼らを…?と不思議に思っている面影の困惑を他所に、呼ばれた猫達は三日月の呼びかけに素直に応え、言葉を解している様にととと…と彼の後を付いてきた。
 猫達を引き連れた三日月は器用に面影を抱きながら襖を開き、闇の中でも危なげなく中へと進み、その先に敷かれていた布団の傍へ寄ると、そのまま上に若者を寝かせてやり枕元の行灯の灯りを点けた。
 いよいよ始まるのか……と、面影が緊張で喉を微かに鳴らす。
 これまで幾度も三日月に抱かれてきた男だが、相変わらずその反応は初々しいものだった。
 そんな若者の目前で、彼の帯へと手を伸ばしてそれを解いた三日月だったが、いつもの様にそれを脇へ放る事はせず、それを用いて面影の両手首を頭上で縛り上げてしまった。
 ただの帯で縛っただけだが、三日月の神力が及んでいるのかその拘束は鋼の鎖の様に固く、解く事は叶わない。
「は………えっ!?」
 吃驚している面影には何の説明も行わないまま、続けて男は布団から離れて隅に置かれていた木造りの引き出し型の小物入れを引き寄せる。
 下段に大きめの物を入れる収納箱が一つ、上段に小さめの物を入れる箱が二つ、というよくある造りの小物入れだ。
 普段は三日月の髪を飾る房飾りや、袱紗などを収納しているのを面影も見た事があったが、下段の引き出しから彼が取り出したのは、小ぶりのガラス瓶。
 瓶は鬼灯型で、頂部には球体の蓋がぴっちりと嵌っている。
 中には黄金色の液体が瓶の半分程の高さまで充填されており、三日月がそれを取り出した時の動きで、上面がねっとりとした動きで揺れるのが見えた。
 どうやら、中の液体はかなり粘度が高いものの様だ。
「あの………それ…?」
 この状況で不安を感じない筈もなく、少しだけ怯えた表情で面影が自分を見下ろしてくる男に疑問を投げかけると、あちらは何という事は無いとばかりに首を横に振りながら答えた。
「案ずるな、これは只の蜂蜜………喉を労わる為に持っていたものだ」
「蜂蜜……」
 危険性はない物だと知らされ、一度は息を吐いて安堵する面影だったが、直ぐに別の疑問に思い至る。
 そんな物品を……何故、この状況で持ち出してくるのか…?
「?」
 ぱちぱちと瞬きを繰り返す若者の前で、三日月はゆっくりと瓶の蓋を外してそれを小物入れの中へ再び収める。
 それから瓶を傾け、とろりと瓶口から零れ出た蜜を自らの指先で受け止めると、男はその指をゆっくりと面影の胸元へと近づけていった。
「え……っ?」
「ああ、動いてはならんぞ」
 ぬるり……
「あ…っ」
 三日月の蜂蜜で濡れた指先が面影の胸に膨らむ蕾を捕え、絡めていた蜜を塗り付ける。
 最初は右に……そして続けて左に……
 行燈の灯りに照らされた面影の艶めかしい肌……その上に息づく淡い蕾に蜜が光り、それだけで淫猥な雰囲気を醸し出してくる。
「おお………これは…」
 その雰囲気に魅せられた様に、三日月が感嘆の声を漏らす…その言葉の中に確実に熱を潜ませて。
 まるで獣に狙われた様な視線を感じてふるりと面影が身を震わせると、その緊張感を察した相手が苦笑して少しだけ身を引いた。
「ふふ………」
「…?」
 てっきり手を出されるのかと身構えていた面影は、相手が引いた事に違和感を感じて眉を顰める。
 そんな若者の前で、三日月はつい、と視線を自らの背後へと移してそちらへと声を掛けた。
「お前達、おそらくは炬燵から追い出されたのだろう? そら、面影が詫びをしたいそうだぞ?」
「え…っ!?」
 一体何の話だと面影が困惑していると、三日月の向こうから乾いた微かな音をたてて、三匹の猫達が走り寄って来た。
 そこで彼らが三日月を追い掛けて来ていた事実を思い出した面影は、ひゅっと息を呑んで彼らが近寄って来る様子を見詰めた。

 にゃぁぁん……

 三匹は三日月よりも自分の近くに寄り添いながらこちらを見下ろし……先ずは黒猫がひた、と面影の胸に前脚を乗せて乗り上がってきた。
「ん、くぅ…っ」
 柔らかな肉球の感触、微かに肌に触れる獣毛と爪の感触………
 それが敏感な肌を微妙に刺激し、何とも言い難い感覚を伴い、面影は思わず艶っぽい声を漏らした。
「や……降りて…っ」
 思わずそう言ったものの、猫達はそんな面影の言葉より彼の胸に垂らされた蜜の方が気になる様子で、逆に他の二匹も興味有り気に面影の胸に乗り上がってくる。
 そして、じっと彼の胸に光る蕾を見詰めていた彼らは、蜜の匂いを感じ取ったのか、ふんふんと鼻先をそちらへと近づけていき………
 ぺちゃ…っ
「ひぅ…っ!」
 黒猫が蕾に付着した蜜を舐め取り、その味を占めたかと思うと、今度は率先して再び舌を伸ばしてくる。
 そんな仲間の様子でどうやら蜜が美味であると察した他の二匹も、別の蕾に纏わりついた蜜を味わい始めた。
「あ、あ、あぁ~っ! ひ、あぁっ! やめ、てぇっ…!」
 ぴちゃっ、ぴちゃっ、ぺちゃっ………
 面影の懇願の声にも一切怯む事無く、三匹は忙しなく舌を蠢かして蜜を舐め取り続けるが、それは当然面影の蕾を刺激する事にも繋がった。
(ね、猫の、舌……ざらざらして…三日月のとは、全然違う…っ、こんなに、感じるなんて……)
 過去に三日月の舌で愛撫された事は数え切れない程にあったが、流石に獣に舐められた経験などない。
 明らかに人のそれとは異なる感触、そして獣に自らの身体を蹂躙されているという事実が、面影を更に翻弄した。
「はっ…はぁ……はぁーっ…はっ…」
 腕を封じられ、身体をそれでも捩りながら悶える面影の媚態を愉しんでいた三日月は、自らの身体にも走る戦慄を覚えながら更なる欲を胸に抱いた。
 もっと……もっと…彼らに乱される彼を見たい………
「……そうかそうか……美味いか…?」
 蕾に付着していた蜜が全て舐め取られ、猫達がその場所から興味を失い始めているところで、三日月が再び面影に近づいていく。
「あ……っ…」
「もう少し、遊んで貰うと良い……お前も愉しんでいた様だしな」
「そん、な…っ」
 三日月が何をしようとしているのか……あの瓶を再び傾け、指先に蜜を受けている姿を見たら嫌でも予想出来てしまった。
「だ、だめ…やめてくれ、三日月…っ」
「……それが本心とは思えぬな」
 必死に懇願する面影に、しかし三日月は笑みを絶やさずその願いを却下した。
「此処も嬉しそうに紅く大きく育っているし………こ奴らもお前の声に応じておらぬではないか?」
「そ、れは……っ、ちが……」
 三日月の、胸を指し示しながらの指摘に、面影が口籠る。
 過去の事件で猫との意思疎通を図れるようになった自分……なら、相手の指摘の通り、こちらの希望を猫達に伝える事も出来る筈なのだ。
 なのに、向こうが蜜という誘惑があるとは言え、拒絶の言葉には全く反応してくれないという事は………
「本心では、止めてほしくないと…心地好いと悦んでいるのだろう…?」
「っ!!」
 心の奥に隠していた本音を暴く様に囁かれ、びくりと肩を震わせる面影に薄く笑い、三日月は尚も指先に蜜を受けると今度はそれを相手の腰下へと持っていった。
「ひっ………!」
 ぬりゅ………っ
 そこに息づく面影の分身に濡れた指が絡まり、纏っていたとろみが伝わって来る……
 にゅる……にゅく……っ…
「は、あ、あぁ~っ!」
 普段よりも指にかかる抵抗が大きいと伺える動かし方に、蜜を塗り付けられる感触を感じて面影が悶える。
「おやおや……もう大きくなっているぞ? どうした?」
「あ…っ…それ、は……はぅ、ん…」
 笑みを含んだ質問に答える余裕も持てない…それに、きっと向こうはその理由にも気付いているだろう。
 分かっていてこちらが答えられない事を見越して尋ねてきている意地悪な恋人に、せめて面影は首を横に振るしか出来なかった。
「ふふふ、そうか、答えられない程に好かったのなら……お前達」
「!?」
 最後の呼び掛けが自分に向けられていないという事は分かった……では、誰に…それに、『達』って……
 戸惑う若者の前で三日月はばさりと大胆に面影の着物をはだけると、『猫達』に向かって呼びかけた。
「此処にも、お前達の餌があるぞ?」
「んな…っ!!」

 にゃあ~ん

 驚く面影の目前で、彼の胸から興味を失くしつつあった三匹が三日月の導きに従い、一気に面影の下半身へと駆け寄っていく。
 そして、三日月により蜜で彩られた肉棒に、我先に口を近付け始めた。
「あ、あ、あ~~~っ!!」
 三匹の舌が一斉に肉棒に纏わりつき、表面の蜜を舐め取っていく様は淫らそのものだ。
「舐めるだけだぞ………決して歯は立てるなよ」
 人語で話しかけてはいるがその意は伝わっているのか、三匹は三日月の言葉の通り歯で噛み付く様子は一切なく、素直に舌だけで面影の分身を味わっている。
 とは言え、面影がその三枚の舌によって快楽の餌食になってしまったのは変わりなかった。
「やぁっ…! み、んな、やめてっ…! そんなに激しく舐めちゃ…だめぇ…っ……はぁんっ…」
「……お前は下手な嘘ばかりつく」
 猫達に翻弄されてばかりの恋人に、三日月は見下ろしながら微笑みかける。
「嫌がる者が、そんなに悦ぶ筈がないだろう……こ奴らにもお前の声など一切届いていない様だぞ?」
 そんなに…と言いながら三日月が見遣った先では、面影の分身が最初より明らかに大きく育ち、はち切れんばかりだった。
 相変わらず猫達に蹂躙されながら、肉楔は別の生き物の様に頭を揺らし、蜂蜜ではない自らの蜜を先端から溢れさせ始めていた。
 その蜜をも猫達は舐め取っていったが、元々味の強い蜂蜜と混じっていた所為なのか、さして気に留める様子も見えず舌は忙しなく蠢き続けている。
 ぺろっ ぺろっ ぴちゃっ 
 先端も、茎も、根元も……蜂蜜で覆われた場所全てが彼らの標的だった。
「うっ…あぁっ……はぁっ! や……もう…本当に…無理…だから…っ」
 びくびくと元気に跳ねる分身とは正反対で、本人は与えられる快楽に耐えるだけで精一杯なのか、全身から汗を噴き出して布団の上で震えて射精を耐えている。
「どうした…? 今日は随分と粘るな…もう達きたいのだろう…?」
 普段なら既に精を放っているだろう事を訝しんだ三日月が首を傾げると、相手はがくがくと身体を震わせながらも必死に言葉を紡ぐ。
「だって………いやっ……三日月の、前で………獣に…達かされる、なんて…っ! あっ…あっ…!!」
 面影の意志は決して弱くはなかったのだろう、しかし与えられた身体にも限界はある。
 いよいよその限界を超えようかというところで、面影は引き攣った声を上げた。
「いや、ぁ…っ!! 三日月に、は…見られたく、ないっ!! わ、たし……私は…っ、みかづき、だけの…ものだっ!!」
 この身を自由にして良いのは、してきたのはずっと三日月だけだった。
 なのに、本人の目の前で………獣に絶頂に導かれるなど……!!
「……!」
 その悲痛な声を聞いた瞬間、きろ、と三日月の瞳が見開かれ、奥に驚きの色が過った。
 日常の中であれば面影もその変化に気付けただろうが、今この時では叶わなかった。
 耐えて耐えて…必死に耐えていた面影だったが、丁度その時、名残惜しかったのか、肉棒の先端に口を寄せていた三毛猫の舌が、偶々その先端の窪みに深く入り込み、粘膜を抉ってしまったのだ。
「っ!?」
 瞬間、ばちっと面影の目の裏に火花が散った。
 何度も経験した事があり……しかし、一度も乗り切れた記憶がないこの感覚……
 本来ならば望むべきものなのだろうが、今は来てほしくはなかった……!
「あ~~~…………っ!!!」

 びゅるるるるっ!! びゅーっ! びゅくっ、びゅくっ!!

(い、いやぁ…っ! 三日月の前で、まさか獣に……っ! だめなのに……きもち、いい…っ!! すごく…っ!!)
 限界まで耐えていた分、その快楽は大きなうねりとなって身体を呑み込む。
 それに加えて、面影をより激しく昂らせていたのは、獣に達かされる自らの姿を見つめる、三日月の視線そのものだった。
 見られながらその視線に昂ぶり歓喜に打ち震える己の浅ましさ……それを思いながら羞恥に追い詰められ、幾度も射精を繰り返してまた快感に溺れてしまう自身の姿。
 面影本人にとっては消えてしまいたい程の経験だっただろう…が、観察者でもある三日月にとっては……
(美しい……素晴らしい………愛しくて気が狂いそうになる、俺だけの最高で最愛の男……!)
 炬燵を出したままである事を咎めはしたが、それもこちらの身体を気遣っての事。
 先程の夜の誘惑も、自分を布団へと導くという打算はあったものの、それでも恥ずかしさを耐えて実行してくれた。
 今…この状況を作り出したのはまさしく自分なのに、それでもそんな自分に操を立てようと必死に耐えてくれた。
 そして、羞恥と快感に塗れた媚態を目の前で晒してくれている……
 仕向けた自分こそ、それについては詫びなければならないところなのは理解している……が、この愉楽は何にも代え難いもの…!
「………さぁお前達、戯れはここまでだ」
 これ以上は面影を追い詰める事は出来ないと、三日月は軽く手を振って三匹を面影の傍から離し、代わりに自身が寄り添った。
「面影…」
「は……はー…っ……はぁ……」
 まだ息が整っていない面影は視界も定まっていないのか、呼んでくれた三日月の方へと視線は寄越すも焦点は合っておらず、ぼんやりと二人の間の宙を眺めている。
 そんな相手に自分を認識させる様に、三日月が面影の唇を塞ぐ。
 その仕草は、いつものそれよりもずっと優しいものだった。
「んく……は、ふぅ…っ…」
 ぴちゃぴちゃと口から漏れる水音と自らの漏らす声が、ゆっくりと面影の意識を現実へと引き戻していく。
「みか…づき………あ……私…」
「お前が負い目を感じる必要はない……俺の悪戯が過ぎてしまったのだ」
 状況を認識した途端、目を伏せて申し訳なさげにする面影に三日月が直ぐにそう言って取り成し、再び唇を塞いで心を落ち着かせる。
「奴らをけしかけたのは俺だ………だが、それでお前の心に罪悪感が生まれたのなら…」
 そう囁いて、三日月はあの蜂蜜の瓶をいつの間にか収めていた浴衣の袂から取り出すと、残り少なくなっている蜂蜜を指で掬い、再び面影の胸の膨らみへと塗り付けた。
 しかし、今度はそれを猫達に振舞う事は無く……
「あ、あ…ん……三日月…っ」
「……俺が消してやろう」
「え、あ……はぁん…っ」
 先程までは猫達がそうしていた様に、今度は三日月が蜜を舐め取りつつ面影の蕾を嬲り始めた。
 まるで、猫達との記憶を自分が上書きすると言うかの様に……
 猫達の舌よりは滑らかで刺激は少ないものの、食欲のみで動かされていたそれらとは異なり、明らかに面影を可愛がる事を目的とした行為。
 蜜を舐めて肌を清め、淡い乳輪に沿って円を描く様に舌先でなぞり、ぷくりと膨らんだ果実の様な乳首を甘噛みしながら先端を擦り上げると、面白い様に若者の肢体が跳ねた。
 一度絶頂に達した分、より身体が敏感になってしまっているのかもしれない。
「う…っ…ふぁっ……あ、ん……そ、こ…いいっ…」
「当たり前だ……お前の事は、俺が一番良く知っている…」
 あんな獣達などに負ける訳がないだろう……?
 最後の一言は言葉に出すのも不愉快なのか喉の奥へと呑み込み、代わりにちゅうっときつく蕾を吸い上げてやると、面影の身体が震えると同時にその両肢が不自然に閉じ合わされつつ左右に揺れた。
 その動きの意味するところに、彼を最も良く知る男が気が付かない筈もない。
「ふふ……」
 小さく笑いながら、ずるりと身体を面影の下半身へと移動させ、三日月がまたも蜂蜜の瓶を持ち、深く傾ける。
 その笑みはまるで悪戯を企む少年の様に純粋で……恐ろしい程に無邪気だった。
「こちらでも……俺の方が上手だと示してやろう」
 とろんと濡れて粘った感触が、肉棒の先端に触れたかと思うと、次は茎へとゆっくりゆっくりと伝い落ちていく………
「あ、あぁ………ふぅっ!」
 ゆるゆると粘膜を伝う蜜の感触に意識を向けていた面影だったが、不意に襲ってきた甘い感覚に思わず声を上げる。
 その出処へと目を向けると、恋人が自身の分身に愛おしそうに手掌を添わせつつ肉茎に唇を付けていた。
 いや、唇が触れていると認識したのは一瞬で、伝わる滑った感触と共に、相手の頭が少し傾いだところで彼が唇だけではなく舌も覗かせて触れているのが視覚的にも分かった。
「三日月……っ…そこは…猫…が…っ」
「構うな……責任を取って俺がしっかり清めてやろう」
 元々、不浄の器官とされているそのモノだが、これまでも幾度となく口に咥えられてきた経験はある…無論、三日月限定で。
 なので、二人きりでの行為だったなら面影も今更慌てる事は無かっただろう。
 しかし、今の自分の分身は…あの三匹に散々嬲られ、舌で穢されてしまった後なのだ。
 それを清めもせずに相手の口に触れさせるというのはどうしても心情的に許せなかったらしく、面影は珍しく強硬にその行為の継続を拒もうとした。
 が、そもそも腕を拘束されている面影が相手を止められる筈もなく、若者が悶えている間に三日月は美味しそうに笑みを浮かべながら肉楔の至るところに舌を這わせて舐め回していく。
 肉棒には三日月が塗り込めた蜂蜜のみでなく、先程面影が放ったばかりの精の残渣も少なからず付着していた。
 しかし男はそれに構うことなく、寧ろどちらも進んで味わおうとしている様にすら見えた。
「ん……ふふ………」
 ぺちゃ………ぴちゃ………
「あぁ……ん…くふぅっ……あっあっ…そこ、もっと穿って……」
 先程まで抵抗していた面影だったが、既に余すところなく舐め回されており、それも無駄だと悟ったのだろう。
 加えて、肉棒に与えられる快感に理性が蕩けだし、肉欲に従順な本能が顔を覗かせたのかもしれない。
 拘束されて動きが不自由な自分に代わり、もっと快楽を与えて欲しいという様に、素直に面影は己の欲望を訴え始めた。
(……や、やっぱり、猫達より三日月の方が………ずっと気持ち好い……っ! 私の、好きなとこばかり…責めて…っ……それに、三日月もあんなに美味しそうに…)
 人間の舌と比べて猫達のそれの方が粗いだけに刺激も強かったが、それでも今の三日月の口淫の足元にも及ばない。
 滑らかな感触の舌が蜜を掬い取りつつ、じっくりと裏筋を舐め上げ、亀頭と茎の境目をなぞる。
 更に先端のまろみを円を描く様に愛撫し、望まれるままに窪みを舌先で穿り、新たな先走りを誘って舐め取る。
 雄の弱点を的確に突いて快感を煽る術は、無論、猫達には真似出来ない芸当だった。
 しかし、高まる劣情に身を任せながらも、面影は今の愛撫だけでは満足出来なくなりつつある肉体の欲望にも気付いていた。
「……ん、はぁ……はぁっ……そこ、だけじゃ…いや……みかづき…」
「うん…? ならば何処を……?」
(意地悪………っ……絶対に、分かっている筈、なのに…)
 心中でそう思いながらも、それを口にしたところで三日月は聞いてくれないだろうという事は分かっていた。
 こうやって相手が尋ねてくるのは、自分から答えを引きずり出したいからなのだ。
 今までもこうして何度も淫らな問いを投げかけられ、その度に羞恥に喘ぎながらも欲と快楽に負けて答えてしまっていたのだから……そして、それが覆される日がこれからも来るとは思えなかった……そう、今も含めて。
「う………あ、の…」
 小刻みに身を震わせながら、面影は恥じらいの視線を己の下半身に向け………やがておずおずと両下肢を開いていく。
 既に愛撫を受けて昂っていた分身の奥に潜んでいる秘孔が、若者の勇気ある破廉恥な行為によって露になっていき、三日月の目にも明らかになった。
「………こ…此処…を……」
「…ほぅ」
 明かされた秘密を見た三日月が短い感嘆の声を漏らしたが、それを聞くだけでも面影の背に羞恥の戦慄が走った。
 見られている………自分で見なくても分かる…其処が今、どういう状態なのか………
「成程、前だけでは足りなかったのか……」
 さわっ……
「っ……!」
 孔の周囲を軽く指先で撫でられ、びくっと面影の身体が痙攣する。
 触れられたところから全身に快楽の波が広がり、身体の奥からまた新たな疼きが沸き起こった。
 もっと、欲しい……そんな場所でなく、もっと深く深く……奥に……
「ん、ふぅぅ……っ」
「そうだな……お前の身体はもう、前だけでは満足出来なくなってしまったのだから……」
 焦らす様に孔の周囲を指先で軽く触れていた三日月が、嗜虐的な笑みを浮かべながらそう呟き、指先に軽く力を込める。
 そして、孔の奥へとゆっくりと指を挿し入れながら、自らの口でくぷりと面影の肉棒を咥え込んだ。
「ん………む……」
「あ、あ、三日月…っ! それだめ……っ、すぐ……いっちゃ…」
 止めようとした面影が全てを言い切る前に、三日月の指先が熱く熟れた肉壺の奥へと深く深く侵入し、そこに潜んでいた雄の弱点を肉壁越しに強く擦り上げる。
「んああぁぁっ!! い、くぅ…っ!!」
「ん……っ」
 一際大きくなった面影の分身の変化に、状況を察した三日月がぐぐっと口の奥深くまで受け入れたと同時に、淫らな果実が激しく爆ぜた。

 びゅくびゅくっ!! びゅるるるっ…!!

「は……うん…っ………う、うぅっ……」
(やっ…達ってるのに……三日月…まだオ〇ン〇ン舐めて……奥も、ぐりぐりって………!)
 絶頂を更に追い立てる様な三日月の悪戯に、面影は幾度も繰り返し精を吐き出し続ける。
 三日月が宣誓した通り、吐き出す精の量も絶頂を感じる時間も、猫達に絶頂に追いやられた時とは比較にならない程だった。
「はぁ……はぁ……はー…っ……はぁ…」
「………ふぅ」
 こく…こく…と喉を鳴らして面影の精を全て飲み干し、ゆっくりと肉棒から口から離すと、三日月は面影の様子を確認してから彼の腕を拘束していた浴衣の帯を解いた。
 これだけ脱力し快感に身を浸しているのであれば、下手に抵抗する事もない…出来ないだろうと判断した様だ。
「ふふ……二度目なのにこんなに濃厚なのか……俺も昂ってしまうな」
「はぁ………はぁ………っ」
 腕が自由になり、全身をしどけなく布団の上に横たえていた面影が、潤んだ瞳で三日月を見上げる。
 その視線は三日月の上気した顔から浴衣を纏った身体へと移っていき……不自然に浴衣が形を変えている箇所に縫い留められた。
「……………」
 何を考えているのか分からない虚ろな瞳でゆるゆると上体を起こした面影が、その途中で布団の上に転がった瓶に気付く。
 転がってはいるが、中身はほぼ使われていたので、横倒しになっていても中身の蜂蜜が零れる事は無かった。
 まだ僅かに残存している黄金の色を見て、面影はその瓶を手に取り、瓶口から指を入れると残存した蜜を奥から掬い取った。
「……おや…」
 三日月が見つめる中、面影はそんな彼の視線にも気付いていないのか、それとも気付いていても意識を向けるゆとりも持てないのか、その視線にも目を向ける事無く、手に乗せられた蜜を今度は三日月の肉楔へと塗り付け始めた。
 今の面影の脳裏に浮かんでいたのは、先刻、三日月が蜜を塗った己の分身を食む姿だった。
 一片の嫌悪感も無く、寧ろ至高の一品を味わうかの様な恍惚とした表情で茎を咥える姿を見ている内に、面影もまた同じ欲望を抱いたのだ……食べたい、と。
(三日月の…あんなに美味しそうな顔、見せられたら………私まで、欲しく…っ)
 蜂蜜が残っていなければそのままでも味わうつもりだったが、まだ少量でも残っているのを見たので、思わず手が伸びたのだろう。
 少量ではあったが肉棒全体にかろうじて蜂蜜を塗る事が出来た若者は、依然、快感に囚われたままの様子で熱っぽい視線をそれに注ぎ、吐息を漏らしていた口をそろそろと近づける。
 ちゅ……く…っ
「…………っ」
 熱い口腔に雄を含まれた三日月は、その快感に身体を僅かに硬直させながらも、笑みを消す事なく無言で相手を見下ろし続ける。
「…好い顔をしている……」
「ん……あ、む…」
 さわりと三日月の手が優しく面影の頬を撫で、その流れで美しい紫の髪を搔き上げ、耳介にかけてやると、とろんとした瞳が嬉しそうに見上げてきた。
 こんなに愛らしく淫らな顔を見せられたら、流石の三日月も昂らない訳にはいかなかった様で、直後、面影の口の中の楔がぐんと体積を増した。
「んん…っ」
 大きくなった楔の先端から先走りが溢れて面影の口中を蜜と共に潤す。
(ん、あ………おいしい……三日月の、オ〇ン〇ン………これ…好き…)
 ぺちゃぺちゃと口の中で舌を躍らせて三日月の雄を貪っている内に、面影の欲望も比例して大きく育っていく。
(あ……どうしよう………からだが…ざわざわして……もう…)
 欲求に身体を支配され、ぶるっと震えた面影が口の中から相手の楔を引き出す。
 もうすぐ、三日月の楔が限界を迎えただろう事は同じ男として予測が出来た。
 口の中にそのまま精を吐き出される行為自体は嫌ではなかったのだが、それより面影にはもっと強い欲求があった。
「み、かづき………おねがい………」
 ほんの少し名残惜しそうな表情を浮かべながら、面影は三日月の雄から手を離すと、ゆっくりと自らの身を布団の上に仰向けに横たえる。
 そして……
(…は、ずかしい……けど、もう、限界……っ)
 真っ赤な顔で、面影は自由になったばかりの両手で己の両膝を抱え、ゆっくりと自らの方へと引き寄せつつ外側へと開いていく。
 結果、両脚を外側に開き、秘部が露わになった破廉恥な姿を三日月に晒す事になった若者は、口元から唾液を垂れ流しながら羞恥を打ち消す様に声を上げた。
「…み、三日月の最初の…は………こっちに、ちょうだい…」
「っ……!!」
 『こっち』と言われた面影の秘孔は、三日月の指の悪戯の所為もあってほんのりと紅く色づき、ひくひくと物欲しげに痙攣を繰り返している。
「はやく………奥、いっぱい擦って……」
 はぁはぁと熱い吐息を交えながらの愛しい恋人からのおねだりに、三日月の瞳孔が一気に散大した。
 外見上はまるで変わらなかったが、その心中は野生の獣の如き荒れっぷりだったのは言うまでもない。
 こんなに無防備に淫らな誘い方をする恋人を目の前にしては、流石の美神も平静を保てなかったらしく、相手の誘いに乗る形で覆い被さった。
 面影に愛撫されて、既に三日月の肉刀は直ぐにでも相手を貫ける強度を誇っており、その先端で焦らす様に孔の入り口を突いてやれば、面白い様に面影の腰が反応した。
「ふふふ…こら、行儀が悪いぞ?」
「や……っ…ああん、もう、焦らさないで…!」
「ああ……そんなに押し付けるな…本当に可愛い奴だ……ほら…」
 ずぷ……っ
「くふぅ……っ!」
 肉楔の先端でゆっくりと孔を押し広げて侵入すると、熱い肉の壁が亀頭を包み込みながらも、歓迎する様に奥へとうねり引き込んでいった。
 それは明らかに肉棒の味を覚えた身体の反応だった。
(あ、相変わらずすごく大きい……三日月のオ〇ン〇ン…ッ! 熱くて固いのが……お腹いっぱいに……あ、あ……)
「素晴らしい、熱烈な歓迎っぷりだな、面影……」
「あん、ん、んんんっ……!」

  ずぐっ、ずぐっ、ずぐっ………!

 勢いを付けながら肉洞を拡げて押し入ってくる三日月の分身を迎えながら、面影は身体が勝手に相手を締め付けるのを感じていた。
「ん…だって………三日月のオ〇ン〇ン、きもちい……から……あっ、もっと…奥…おくぅ…っ」
 三日月の言う『熱烈な歓迎』を止められないまま、面影は腰を揺らして肉棒がもたらす快感を貪る。
「おお、よしよし……そんなにがっつかなくても良いぞ……俺も十分にその気なのだから」
 くっく…と喉の奥で笑いながら、侵略者は求められるままに腰の動きと勢いを徐々に速めていった。
 相手と自分の欲望が一致しているのなら、断る理由などない。
「あーーっ! く、くぅんっ! あ、はっ! はげしっ…! いいっ、いいぃーっ! きもちいぃ! みかづきぃ…!!」
「ああ、俺も堪らなく好いぞ……!」
「ん……あぁ…! う、れし……うれしい…っ!」
 自分の身体で、相手が気持ち良くなってくれている………それが、堪らなく嬉しい……!
 じわりと目尻に涙を浮かべながら、面影は三日月の首筋に縋り付き、両脚をより強く相手の躯幹に絡ませると自らの方へと引き寄せた。
 それにより、一層深く強く楔の根元までを咥え込む事になり、もたらされる快楽が増していく。
 それからも、三日月は幾度も幾度も繰り返し、面影の最奥を突いた。
 単調に突くだけに留まらず、突いた瞬間に腰を蠢かせて先端が周囲の肉壁をも抉る様に責めると、面白い様に面影が悦びの声で啼いた。
 昼間の冷静沈着な表情からはまるで想像も出来ない、蕩けた顔と声………そうさせる事が出来るのは自分だけだと思うと、三日月の身体もこの上なく高まっていく。
「い……い、く……いきそ、うっ! 三日月…っ、もう…っ!」
「ああ……俺も…」
 すぐ傍…目前で囁かれた男の声も微かに掠れ、吐息は熱く、美しい顔には朱が差し汗が滲んでいた。
 彼もまた、自分と同じく欲望を抱えて解放へと向かっているのだと思った面影は、殆ど無意識に自ら男の唇を塞いでいた。
「ん…んーーっ!!」
 達く…!
 身体が痙攣し、それは己の肉筒の内側も同様で、思い切り三日月の楔を締め付ける。
 その刺激に応える様にぐぐっと肉棒が更に太さを増したのを感じた直後、どくんと身体の最奥に灼熱が生まれる。
「あぁーー……っ!!」
 唇を相手から離し、面影の嬌声が上がった。
(射精てる……三日月の熱いのが、私の奥………あっ、こんないっぱい……オ〇ン〇ンもびくびくって内で暴れてる…っ! あああ、私も三日月の身体を穢して……っ)
 自らも耐えられず放った精が、三日月の引き締まった腹部を濡らして垂れ流れていく様は、あまりに煽情的で背徳的な光景だった。
 美しい月の化身とも言える神の御姿を、肉欲の証で穢し飾る様な真似をしてしまった……
 相手の楔が尚も内に留まり、存在感を明らかにしているのは、その罰だとでも言うのだろうか……?
「はぁ………はぁ………っ」
 射精が一段落した後にも、三日月は尚も腰を進めて最奥への突きを繰り返し、その度にぐちゅぐちゅと濡れた泡立った音が部屋中に響いた。
(ああ……一番奥まで掻き回されてる……私……今、三日月に本気で種付けされてる………っ!)
 もし女性だったなら、これだけされたら間違いなく孕んでいただろうと思える程の濃厚な性交に、面影の理性は粉々に破壊されてしまっていた。
 相手の欲望を全て身体の内に呑み込んだが………まだ足りないと疼いている。
「ん……」
 最後の精の一滴まで奥に注いだ男は、一旦落ち着いたのかずるりと楔を引き抜きゆっくりと膝立ちで上体を起こす。
 それに合わせて面影も自ら布団の上で起き上がり、ゆっくりと三日月の方へと四つん這いの状態で獣の様に近づいていった。
「?…………面影?」
 てっきり暫くは布団の上でぐったりと休むかと思っていたので、これには三日月も少しだけ驚いた様子で若者を見下ろし首を傾げる。
 そのまま『どうした?』と声を掛けようとしたところで、面影が彼より先に動いていた。
 くちゅ………
「む……っ」
 肉洞の内で射精したばかりの、己の精に塗れた恋人の分身に徐に手を伸ばして握り込んだのだ。
 濡れた肉棒に触れながら更に身を寄せ、今度は自身が猫の様にしなやかな身をくねらせながら面影が男を見上げてうっそりと笑った。
 彼を…神を穢した罰として己が身を穢されるのなら、悦んでそれを受けよう……この身の全てを、どうか穢して………
「三日月………」
 右手では尚も相手の雄を握りながら、面影は見下ろしてくる三日月に向かって微笑みながら左の指先で自分の口元を指し示す。
「…二回目は………こっちに、欲しい……」
「……」
 本人は自覚が無かったのだろうが、自らの口の中に覗く赤い舌を誘う様に見せつける姿は、雄を煽るには十二分な威力を持っていた……それが例え月の男神であっても。
「………なかなかに煽ってくれる」
 目を眇めてくっと喉の奥で笑ったかと思うと、三日月は手を伸ばし、面影の頭を押さえてぐっと自身の方へと引き寄せる。
「んく…っ」
 その流れで、半ば強引に口の中に三日月の雄を含まされてしまった面影だったが、苦悶の表情を浮かべたのは雄を押し込まれたほんの一瞬。
「は………ん…あむ……っ」
 含んだ楔から伝わる三日月の味に、面影は直ぐに陶然とした表情を浮かべて自ら舌を蠢かし始めた。
(三日月の味………凄く濃くて……美味しい……頭、くらくらする………)
 アイスキャンデーにしゃぶりつく猫の様に、四つん這いの若者は夢遊病者の様に一心不乱に雄を咥えて舐め回す。
 茎の根元から先端までを繰り返し唇で啄む様に優しく食み、裏筋を舌先でじっくりとなぞり、雁首の溝をぐるりと一周して味わうと、最後には先端の窪みを尖らせた舌でちろちろと穿る……
 その動きは実に流暢だったが、それがいつも三日月が面影に施している愛撫のやり方と酷似していたという事実に、面影は気付いていただろうか………
(あ………三日月…すぐにまた大きくなって………口、疲れちゃう……)
 何度見ても、何度味わっても、この男の立派な雄には驚かされてしまう………
 しかしその度に一番驚いてしまうのは……こんな大きなものが自身の身体に全て埋められてしまっていたという事実だ。
 これで肉洞を押し広げられ、幾度も最奥を突かれ、弱い部分を擦られて……快感を刻み込まれ続けた。
 それを思うと更に愛おしさが増してきて、より舌の動きに熱が入っていった。
「う……う、ふぅ……ん…っ」
「………おや」
 上から面影の痴態を眺めていた三日月が、相手の動きに変化が見られた事に目を細める。
(自分でも気が付いていないのか……? 食べるのに夢中の様だな……)
 本人は目の前の『ご馳走』に集中している様子だが、彼の身体は己の欲望に従い、腰が左右に物欲しげに揺れている。
 うっとりと男根を頬張りながら細く扇情的なラインの腰をくねらせる様は、それだけで雄をその気にさせる魅力に溢れていた。
 そんな面影の姿を見ながら、三日月は己の劣情の証を飲ませるだけでは勿体無いと感じた。
 自ら口に欲しいと懇願していた面影の気持ちを考えると少しばかり申し訳なくも思うが……まぁ夜は長いのだ、改めて二度でも三度でも注いでやれば良いだろう。
「……そろそろ…射精すぞ?」
「ふぅ……んっ…」
 言葉でも通告されたが、それが無くてももうすぐ吐精されるだろう事は面影は察していた。
 口の中で先走りの量が一層増した上に、あの白濁の味がうっすらと味蕾を刺激し始めていたからだ。
 少しずつ少しずつ……精が滲み出しているという何よりの証だった。
「ふっ……ふっ……う…!」
 激しく頭を前後に動かし、口中の粘膜に肉楔を擦り付けて射精を促していると、ぐいっと三日月の大きな掌が面影の頭に乗せられ、軽く力を込めて上向かせられた。
「……口を開けて……」
「……!?」
「お前の口を犯す様を…直に見たい」
 隠す事なく欲望を口にする恋人に、面影が僅かに目を見開き…
「……ん、あ…」
 抗う素振りも見せず素直に男の望みに従い、肉棒を口外に解放しながらゆっくりと口を開いた。
「良い子だ………」
 開放された雄に今度は三日月本人が手を添え、その先端を若者の口へと向けると、準備が整ったとばかりに膨張し切った茎を激しく扱く。
(あ………くる……くるっ…!)
 いつ、どのタイミングで精が放たれるのか…その瞬間を待ち望み、胸が激しく高鳴る……!
「っ、いくぞ…っ!」
 逼迫した口調で三日月が言い放った直後、支えられていた肉楔がそれに抗う様にぶるっと揺れ……

 びゅるるるっ…!!

「あ……っ!」
 白濁の飛沫が勢い良く面影の口へ放たれ、紅い舌の上に真白の淡雪が散らされた。
 そして一度目の射精が終わると、三日月が敢えて支えていた手を僅かに動かし、二度目以降の射精の向きを口から外へと外し…

 びゅるるっ…びゅくっ、びゅるっ!!

「はぁぁ……やぁ…ん…!」
 熱された白濁は、美しい若者の紫髪と顔を濡らして穢し…美しく彩った。
(ああ…勿体無い……)
 白濁を乗せた舌をぺろっと少しだけ外に出し、そのまま引っ込めると同時にこくりと喉を鳴らす。
 それだけでは足りないとばかりに、頬に付着した精を指先で拭い取ると、それらも口元に運んでぴちゃりと舐め取ってみせた。
「………ふふふ……完全に肉欲に囚われた顔をしているぞ」
「あ、ん………そう言う三日月、だって……」 
 揶揄された面影は、それを受け流すようにすり…と三日月の雄に愛おしそうに頬擦りをしながら男を見上げる。
「射精したばかりなのに、まだ全然萎えてなくて…辛そう…」
「………」
 見上げた美しい男の顔は変わらず薄い笑みを浮かべていた、が、昏く光る瞳の奥の表情はまるで違う。
 野生の獣が生き餌を前にして『待て』を強制されている様な……必死に己を抑えているが、箍が外れたら欲のままに襲いかかり、全てを貪り食う様な危うさを秘めていた。
(さっきまで、あんなに私の奥で暴れ回ったばかり……なのに……あ…)
 三日月の瞳から先刻の交わりを連想した面影が、しまったとばかりに下を向いて動揺を表し肩を震わせる。
 脳裏に浮かぶ、自分を押し倒して楔を突き刺し、幾度も腰を打ちつけてきた三日月……そしてそれを嬉々として受け入れながら、尚も足りないとおねだりを繰り返した自分自身……
(だ、だめ………思い出したら私も……また…奥……欲しくなって…)
「はぁ……はぁ………」
 遠くに聞こえるのは、自分自身の吐息……熱く、何かを渇望する様な………いや、何を求めているかはもう分かっている……
 目の前の男……獣の様に自分を喰らおうと身構えている彼が、欲しいのだ。
 それも彼の欲望と同じく、自らも獣になって本能のままに貪り合いたいと願っている。
(もうだめ………お腹の奥が疼いて…たまらない…!)
 ずるりと身体を動かし、ゆっくりと…面影は三日月に四つん這いのまま背を向ける態勢を取る。
 そして、自ら尻を突き出すように高く掲げ…自らの手で白い双丘を押し開いて隠れていた秘孔を露にした。
「三日月………このまま、私を、後ろから犯して…!」
「面影…」
「お願い……獣みたいに…激しくして……! もっと、欲しい……っ!」
「……!」
 三日月が凝視する面影の秘所は紅く染まり、その孔からは先刻己が注ぎ込んだばかりの白濁がとろりと誘う様に表に溢れ出し、滑らかな肌を伝い下りていた。
 内に潜む獣の箍が外され、全てが自由になり、獲物は自らの前に……
 三日月の意識が現実を再認識した時、既に両手は面影の細い腰を掴み、分身の先端を相手の菊座へと押し当てていた。
「はは………俺もどうやら、『待て』は苦手らしい、な……」
 特に、お前という極上の獲物に対しては………

 ずぐ……っ

「んあ……っ」
 熱い塊の感触に、面影の顎がぴくんと跳ね上がった。
 ああ、挿入ってくる……やっぱり大きくて、固くて、力強い……
(どうしよう……達かされたばかりで、ナカ、敏感になってる……このままじゃ、きっとすごく気持ちいいに決まって……)

 どちゅんっ!!

「ひぁっ!!」
 目の前で火花が飛び、面影の本能が危険信号を放った。
(三日月…っ! そんな、一気に来たら…!!)

 どちゅっ、どちゅっ、どちゅっ……!!

「んはうぅぅんっ!! すごっ、すごいぃっ! あ、はっ!! いいっ…! オ◯ン◯ン、もっとぉ…!!」
 一突き一突き毎に身体が歓喜の声無き声を上げ、面影の口からはそれを代弁するかの様に嬌声が上がる。
「今日のお前は殊更素直だな……突く度に達ってるだろう?」
「んん……っ、だめ……達くの、止まらな、い…っ! 頭、おかしくなるっ……オ◯ン◯ンのことしか、考えられなくなるぅっ!!」
「ふふふ………案ずるな。俺に抱かれている時のお前は、いつも『そう』だろう?」
 言葉で煽り、更に煽る様に奥に挿入していた楔をぐりぐりと内で捏ね回してやると、快楽に負けて面影の四肢が自重を支えられなくなったのか、膝が徐々に伸ばされ体幹が下がっていき…
「ひゃううっ!!」
 その途中で、徐に面影が悲鳴の様な声を上げると同時に全身を激しく震わせた。
 自分が責めているタイミングとは合わなかった相手の反応に、訝しんだ三日月が様子を伺い、その理由はすぐに察せられた。
(ああ………アレは堪らないだろうなぁ…)
 原因は、面影の身体の下……勃起した若者の分身が、敷布団に擦り付けられていたのだ。
 それを理解した三日月が、相手をより深く快楽の沼に沈める様に勢いをつけて腰を打ちつける。
 その度に面影の身体が押され、勢いで分身が敷布団と激しく擦れ合った。
 内の最奥を突かれる快感と、楔を刺激される快感………
 それらが面影を追い詰めながらも、得も言われぬ快楽へと導いていく。
「良い子だ………今日のお前は特に俺以外には見せたくなかったが、こういうのも悪くない…」
「……?」
 三日月は……何を言っている?
 此処には自分と彼しかいない筈…なのに…?
 不思議に思った面影が、喘ぎながら振り返り、三日月を見上げると、彼の疑問が通じたのか相手がくいっと顎で部屋の片隅を示した。
「気付かなかったか? 奴らはまだ此処を出て行った訳ではないぞ?」
「!?」
 促されて示された方を見ると、暗闇の奥で光る幾つかの輝く宝玉が見えた。
 二つが対になる様に並んだそれらは……いや、無機質な光ではない。
 時折、気紛れの様に闇の中で動くそれらは紛れもない生き物の……
(あの子…たち……)
 それらの宝珠は、先刻まで三日月の誘導によって自分を追い詰めていた猫達の双眸だった。
 彼らは暗闇に潜みながらも、じっと視線を外す事なくこちら側を凝視していた。
 おそらくそれは今だけの話ではなく……三日月が戯れから彼らを引き離してからも、ずっと……
 という事は、二人の淫らな交わりの宴の一部始終を彼らに見られていたという事だ。
「う、あ…! はぁぁ…っ!」

 きゅぅぅ…っ!

「っ……ふ、見られていると興奮するか?」
 肉棒を更にきつく締め付けられ、精を搾り取られそうになった三日月がそれを堪えつつ面影の耳元で囁く。
「そう言えば、いつかの厩舎でもそうだったか……お前は、恥ずかしがる癖に見られるのが好きだからな…」
 こうして煽ってやればきっと若者は必死に取り繕おうと言葉を返してくるだろう……その様もとても可愛いので、つい見たくなって意地悪をしてしまうのだが……
 悪い癖だな…と自嘲していた三日月だったが、この時返された反応は、彼の予想を完全に裏切るものだった。
「ん……うん……すき…」
「!?」
「私だけ、じゃない…誰かが……三日月が、私を愛してくれている事を、見て、いる…」
 蕩けた瞳で三日月を振り返る面影には、彼しか見えておらず、余計な言葉で心を隠す様子も無い。
「見て、ほしい……見られたい………私が…三日月に愛されている全てを……はぁああっ!!」
 夢心地で紡いでいた言葉が途切れたかと思うと、一転、引き攣った悲鳴が上がった。
 三日月が、これまでで最も激しい勢いで面影の肉洞の奥を抉ったのだ。
「お前は…何処までこのじじいを狂わせるつもりだ…?」
 ぐぐ…と肉棒を深く深く、最奥よりも更に奥へと圧し入れながら、三日月は面影の耳元で囁いた。
「俺とて、お前の全てを全ての者に見せつけてやりたいと思う時がある……こうして俺を求め、美しく乱れる様……その全てが俺へ向けられているのだと知らしめてやりたい………が」

 どちゅっ!!

「っくぅ!! あ、はっ…ああぁ~~!」
「この姿を誰にも見せたくない…俺だけのものにしてずっと俺だけが愛でていれば良いとも思っている……お前は、俺だけのものなのだから……はは、愚かしい矛盾だ」
 くっと皮肉めいた笑みを零しながら、面影の肉壺を蹂躙し、肉壁を擦り上げる速度を上げていく。
 肉楔が内を擦る度に面影の嬌声も上がり、二人が確実に交じり合う瞬間が近づいていった。
「んっ…! うあっ、あっあぁっ!! く、るっ…! くるっ!! ああぁ、とける…っ!!」
「……それも、良いな」
 二人、共に溶け合えてしまえば………永劫、共に在れる………
「……っく!」
 在り得ない希望を口にしてしまう程に自分はこの恋にいかれてしまっているのだと悟りながら、月の神は情欲を一気に肉体から解放した。

 どくっどくっどくっ……!!

「~~~~~~っ!!!」
 限界まで面影の背中が反らされ、ぴんと全身が突っ張り、面影もまた限界を超えていた。
 熱い奔流が内へ強く叩きつけられ、肉洞の中が浸されていく………
(ん…あ………三日月のが…私の内に…浸み込んでいく………!)
 それと同時に己の分身からも劣情の証が勢い良く放出され、それはそのまま布団の生地へと飛び散り、浸み込んでいった。
 過ぎた快感からの現実逃避なのか、また三日月の敷布を汚してしまった……と場違いな感想が面影の脳裏に浮かぶ。
 そうしている内に互いの射精が収まる中、緊張した肉体から徐々に余計な力が抜けていき、くたりと布団の上に横たわる面影だったが、三日月がその肩に手を掛けると軽々と身体ごと反転させて覆い被さってきた。
「治まらぬ……このまま朝までお前を抱くぞ」
「え……」
「お前が煽ったのだからな……責任は取ってもらうぞ?」
 そもそも、炬燵の中から引っ張り出した時から俺を煽ってくれたのはお前だったな……?と挑発的に笑い掛けられ、その表情の奥に彼の『本気』を見た面影は、逃走は不可能だと早々に察した。
 こうなると、明日の二人ともが軽作業のみの任だというのはせめてもの幸いだと前向きに考えるしかない……
「………お手…柔らかに?」
「…本心で思っているのかは、身体に訊いてみようか?」
 その三日月の含みのある提案の通り……それからの二人のまぐわいは、手加減どころか、互いに獣の本能に任せて求め合う、激しいものが朝まで続いたのだった…………




「やっぱり駄目か?」
「駄目」
 翌日の昼下がり、三日月の私室でばたばたと忙しなく面影が立ち働いていた。
 彼が両手で身体の前に抱えているのは、あの炬燵布団。
 炬燵櫓は脚など折り曲げられる箇所は既に曲げられ、後は収納棚に収められるのを待つだけだ。
 面影が手にしている布団はこれから豪快に洗濯され、物干し竿の上に乗せられる運命である。
「うーん…残念だな………折角の奴らの集合場所が…」
「だ・か・ら、駄目なんだっ!!」
 振り返り、大声で窘める面影の顔が真っ赤だ。
(あの子達を見る度に、昨日の事を思い出してしまうし……そ、それに……)
 今日の朝、三日月の寝所で目覚めた面影はいつもの様に何事もなかった様に着替え、振舞っていたのだが、朝餉に向かう際に廊下に出た時、少し離れた庭先にあの猫達が集まってこちらを見ていたのに気付いた。
 周知の通り、面影はとある怪異に巻き込まれた際、猫と意志を通わせられる能力を得ている。
 そんな彼が、あの猫達から感じ取ったのは………

『昨夜はお楽しみでしたね』

という、生温かい視線と感想だったのだ。
(無理無理無理無理無理、絶対に無理だ!!!!! し、暫くは……近寄れないっ!!!!)
 彼らを見る度に思い出す……その舌達に嬲られ、翻弄されてしまった夜の記憶……
 全てを無かったものとして心を改竄する事は叶わないけれど…せめて記憶が薄れるまでは………!
 更に顔を赤くして無言になった若者の様子に、彼の心中を察した三日月が相手に寄り添い、ひそりと耳元で囁いた。
『まぁ……俺の最愛の『猫』はお前だから、お前が遊びに来てくれるのなら構わぬ………蜂蜜も気に入っていただろう?」
 だから………また、『遊ぼう』な?
「~~~!!!」


 それからも三日月秘蔵の蜂蜜が一夜で無くなるという『不思議』な出来事が、人知れず起こる様になったというが、その真相を知るのは一人…いや、二人………それとも、獣二匹と言うべきだろうか………