「頼まれていたものはこれで大体は買えたな」
「ああ……」
ある日、三日月は面影と共に万屋に赴き、他の男士達から頼まれていた備品などを購入していた。
たまには外に行きたい、と考えていたところに丁度良く歌仙達が備品が切れてしまったと言っていたところに居合わせ、これ幸いとお使いを申し出たのだ。
そして、普段から目を掛け、可愛がっている面影にも同行する様に誘いをかけ、同意した彼を連れて久し振りに外出を楽しむことになったのだった。
「あ、待ってくれないか、三日月。これを買いたい」
「ん?」
お使いが終わったところで、面影が店の品物から手持ち花火の詰め合わせを取り上げた。
「…いつか、一期一振達に誘われた時に私も共に楽しませてもらったからな。礼を兼ねて差し入れに買って行ってあげたい……良いだろうか?」
「ああ、そうだったな。勿論だ、彼等も喜ぶだろう」
「有難う、では少し待っていて…三日月?」
自分で買うつもりだった花火セットを自然な動作で面影から奪うと、三日月はさっさと会計を済ませて相手に手渡した。
「み、三日月…私が買いたいと思ったのだから…」
「良い……あの日は花火のお陰で俺にも良い思い出が出来たからな…俺からの礼も兼ねてだ」
「?………っ!」
そう言われ、面影がその日の事を反芻したところではっとした表情を浮かべ…頬を赤く染める。
あの日は…花火を終えてから二人きりの時間を過ごし…初めての口吸いを受けたのだ。
それを思い出して面影は赤くなり、何を言うべきなのか分からなくなった様に俯いた。
「またそういう……恥ずかしいことを……」
ひそりと小さくそれだけ呟き、ぷい、と照れ隠しなのか顔を背ける想い人に三日月がくすりと微笑んだところに、ふと、万屋の壁に貼りだされていた一枚の告知に気が付いた。
「ほう、これは……見てみよ、面影」
「え?」
促され、面影も張り紙を見ると、それは今日行われるらしい花火大会の案内だった。
「? 花火大会は来週ではなかったか?」
「いや、これはちょっと離れた場所のものらしいな。地元のは確かに来週だ」
ふむ、と開催地を確認した三日月が、人差し指を口の前に立てながら悪戯っぽい笑みを浮かべて面影に提案した。
「大人の足ならそう遠くない……少し覗きに行かんか?」
「今からか? しかしあまり遅くなると夕餉に間に合わないぞ?」
懸念する面影に、三日月は何でもないという様にサラリと答えた。
「それなら大丈夫だ。元からお前と外食で済ませると燭台切達には伝えてある」
「!……相変わらず抜け目がない…」
こういう手際の良さは確かに年の功のものかもしれないな、と呆れながらも、面影は相手の提案に素直に頷いた。
「皆の迷惑にならないのであれば……見てみたい」
そうして、面影は万屋を出て、三日月と共に花火大会へと向かったのだった。
「凄いな……本当に、空に咲く大輪の華の様だ」
「そうだなぁ……俺も初めてではないが、何度見ても感動が薄れる事はない」
多くの人々で賑わう河川敷の片隅で、二人はすっかり暗くなった中、彼らに混じって花火を楽しんでいた。
食事は、こういう場所ならではの屋台の店のものを色々と試したりと、そちらもなかなかに楽しめていた。
「面影はこの手の花火は顕現してからは初めてだったか」
「ああ…人の目で見ると、また印象が違うものだな」
規模は来週に行われる大会の方が大きい筈なのだが、この日のお使いは短刀たちに予約が入れられており、三日月達は留守番組。
故に、規模が小さくてもこの日、大輪の空の華を見る事が出来たのは僥倖だったかもしれない、と三日月はこっそりと思っていた。
(しかも、こんなに楽しげな顔を浮かべてくれるとは……)
普段は常に控え目で、あからさまな感情を顔に浮かべる事も滅多にない面影が、今は確かに口元に柔和な笑みを浮かべて輝く華を見つめている。
正直、花火よりもそちらの方へと視線を向けてしまうな、と思いつつも、相手に気付かれない様に彼の笑顔を楽しんでいた三日月がふとその眉を顰めたのと、面影がぴくんと上に向けていた顔を下ろし、視線を横に向けたのはほぼ同時だった。
「……嫌な賑わいだ」
面影の囁く様な声に三日月は異論ないと頷く。
「少々、痛飲が過ぎた様だな」
二人が見つめる先、然程離れていない距離の所から、明らかに呂律が回っていない口調の怒声が聞こえ、周囲の人の頭が不自然に揺れている。
さして考えなくても大体予想はついた。
この行事に乗じて酒類を飲み過ぎた観客が、その酔いに任せて何やら厄介事でも起こしているのだろう。
あまり一般人の前で目立つ真似はしたくないのだが、何か大きな災いが起こっては遅い…と、面影がそちらの様子を持ち前の優秀すぎる視力で確認すると、彼はすぐに問題の場所へと駆け出す。
「面影?」
「あれは…良くない」
問いかける三日月にも一言だけ答えて振り返る事もせず、面影は視力だけではなく聴力も駆使して向こうの状況を探る。
見えるのは、明らかに泥酔している若い男と、彼に手を掴まれながら必死に抵抗している女性だ。
友人や恋人いった、同行している者同士には見えない。
女性は浴衣に襷掛けをして、手にはお盆を抱えていた…どうやらそこの近くの屋台の接客係の様だ。
ああ、酒を提供していた客が悪酔いしてちょっかいをかけているのか……と推察していた面影の耳に、やれ酌をしろだのこっちに来て隣に座れだのタチの悪い要望を述べる男の声が聞こえてきた………大当たりだ。
周囲にいる他の観覧客も迷惑しているのは明らかで、不愉快そうな表情を浮かべたり苦言を投げかける者もいたのだが、酔いが酷い当人の心にそんな声が届く訳もなく、無視をされるか逆に罵声を返される有様だ。
力づくで何とかなると思っていた筈の女性も抵抗が強く一向に思うままにならない事態に、その酔客は徐々に怒りの表情を強め、遂に超えてはならない一線を超えてしまう。
側にあった、まだ開けてない状態の酒瓶の首の部分を掴むと思い切り良く振り上げ、あろう事か女性へと叩き付けようとする彼と、小さい悲鳴をあげて頭を庇った女性との間に面影が割り込んだのは正にギリギリのタイミングだった。
がしゃんっ!!
息を呑んで周囲が見守る中、面影は女性を庇いつつ右腕を自らの身体の前に構え、そこで酒瓶の一撃を代わりに受けた。
全力で振り下ろされた酒瓶は粉々に砕け、中身が周囲に飛び散り、図らずもその一部は面影の顔面にも及んでしまった。
「……っ!」
ぴしゃっと飛沫が面影の右目に飛び、彼が身体を僅かに引いた隙に向こうの酔客は「何だお前は!」とありきたりな言葉を投げかけながら面影の右腕を掴む。
(やれやれ……このまま組み伏せるか)
染みる目は気になるが、今はこの不届き者を抑えるのが先だと判断した面影が、組手で相手を押さえ込もうと動いた時だった。
どんっ
「?」
相手の身体を伝って、軽い衝撃が相手の腕を掴んでいた右手に響いたのを感じるのと同時に、酔客が声も出さずにその場でばったりと倒れたのを面影が見届ける。
「………?」
今の衝撃は何が、と考えた若者の背後から、ぐいと彼の腕を掴んで引き寄せる者がいた。
「っ……三日月?」
「無事か?」
自分の背後に置いてきた筈のその男はいつの間にか側に立ち、こちらを覗き込むと、酒を浴びて伏せていた右目を見て痛ましそうな表情を浮かべた。
「目を……」
「大事ない、流水で流せば大丈夫だ」
答えながら、先程感じた衝撃はこの目の前の美丈夫がしでかした事だろうとほぼ確信した面影の耳に、周囲の喧騒が戻ってくる。
どうやら周りの人々は男が酔い潰れたものだと勘違いしているらしいが、それは自分達にとっても都合が良いものだったので、特に訂正など行わずにその場をさっさと離れる事にする。
「こちらへ…すぐそこに神社がある、手水舎を借りよう」
泥酔した挙句、勝手に気を失った事になった男はとんだ恥晒しだろうが、これも自業自得だろうと衆目の中に放置して、三日月はさっさと面影の手を引いて神社へと誘導する。
後は警吏なりが片付けてくれるだろうし、こちらに一切の非がないのだから悪戯に留まる必要もないだろう、とばかりに男の足は速く、面影の手を引く彼の腕も反抗を許さない強さがあった。
暫し無言の時が流れていたが、神社の鳥居をくぐった辺りで、面影が徐に三日月に詫びた。
「…………す、まない」
「うん…?」
「…お前を置いて勝手な行動をしてしまった。その所為で余計な騒動に巻き込まれてしまったし……後れをとってこんな醜態まで晒して…」
「………」
どうやら面影は、自分の不手際に対して三日月が機嫌を損ねていると思っているらしい。
不甲斐無い自身を恥じているのか、俯く面影の表情は暗く、痛ましい。
それを認めた三日月は、はっと目を見開き何かを言おうと口を開きかけたのだが、既に手水舎が見える距離にあった事もあり、先ずは連れの目を癒さねばならないと移動を優先させた。
「話は後だ……さぁ」
すっかり辺りは暗くなっていたが、月と星の光で手水鉢に湛えられていた清水は水面が静かに輝いていた。
その光を頼りに三日月は据え置かれていた杓子を取り、水を掬うと、面影に両手でそれを受けさせて目を洗い流す様に促す。
それを何度か繰り返し、面影は眼痛からも解放されたのか、水滴をまだ顔に付着させながらも両目をしっかりと開いたいつもの容貌に戻った。
「…有難う、三日月。もう平気だ」
「ふむ?」
ぐい……
言葉を受けて、杓子を元の場所に戻した三日月が今度は両手で相手の左右の頬を優しく挟み、自分の方へと向けさせる。
「?」
きょとんとする面影の反応にも構わず、三日月がずいっと顔を限界まで近づけた事により、二人の瞳がかつてない程に接近した。
「みっ、みかづき…?」
動揺した面影とは対照的に、相手は至極真剣な表情でこちらの瞳を凝視し……眉を痛ましげに顰めて小さい声で呟いた。
「……まだ、少し赤いな…」
成程、結膜の状態を確認してくれていたのか…あまりに近付いてきたから思わず動揺してしまった、向こうは心配してくれているのに……と、面影は気を取り直して真っ直ぐに相手へ視線を返す。
そうする事で相手に自分の目の状態をはっきりと伝えるつもりだったのだが、それは同じく、三日月の瞳を至近距離で見詰めるという事にもなり………
(ああ……打ち除けが、あんなに美しく……)
こんなに間近で三日月の打ち除けが顕された瞳孔を見る機会も無かったので、思わず面影はその美しさに見入ってしまった。
月の様に秘めやかで、奥ゆかしい輝きを称えているその瞳が自分を見つめている………それだけなのに、まるで見えない鎖に縛られた様に動けなくなる。
(綺麗だ……)
自身の目の状態など最早意識の外にあった面影だったが、ふっと相手の瞳が視界から消え、我に返ったところで、ぬるっと何か滑らかなものが自らの右目の上をなぞっていくのを感じた。
「え…?」
「動かずに……じっとして」
ひそりと囁きながら相手が自分の右目に唇を寄せてきた事で、面影は先程の滑らかな感触の正体を知る。
「あ……」
舌が……
三日月の唇から覗いた紅い舌が、そろりとこちらの右の視界へと近づき、優しく眼球を舐め上げていた。
濡れた、ひやりとした感触は生々しくはあったが、しかし非常に優しく目に僅かに残っていた違和感を取り去っていってくれた。
おそらく神気を使ってくれたのだろうが、それが無くてもまるでいつもの相手からの優しい接吻そのもので、思わず面影は甘い吐息を漏らしてしまう。
「あぁ……」
「………面影」
ぐ、と面影の右手首を掴み、握り込んだ三日月が、先程の自身の行為について静かに語った。
「俺は…お前に怒っていた訳ではない……お前の行った事は正しい、誇って良い」
「……?」
「俺が怒っていたのは…俺自身に対してだ。目の前で、お前に要らぬ苦痛を負わせてしまった」
それは先程彼が癒してくれた右目の事を言っているのだろうが、面影はふるっと頭を振って否定する。
「あれは……仕方がない。刀を使わずあの女性を守るにはああするしか……」
「それに………」
相手が言い切る前に、三日月がそれを阻む様に言葉を継ぎながら掴んだ面影の腕を持ち上げ、静かにその手首に口付けた。
「っ!?」
びく、と戦慄いた面影の動揺にも構わず、三日月は口付けたまま更に舌を伸ばしてぴちゃりとその白い手首を舐める。
「……あんな輩に…お前の肌に触れさせる事を許してしまった…」
「そんな事…気にしては」
「俺のものだ」
「っ!!」
所有格をつけられ、はっきりと断じられ、面影は言葉を失うと共に暗闇でも分かるほどに顔を赤くした。
そんな彼の手首に少しずつ位置を変えて接吻を繰り返していき、ほぼ一周したところで今度はかぷりと優しく甘噛みすると、三日月は妖しい笑みを浮かべながらその行為を見せつける様な視線を向けた。
「ふ、う…っ」
痛みを感じる程ではないが決して解く事は許さないという程度の歯の感覚に、自身が捕食されていると錯覚してしまう。
そう、こういう行為は初めてではない。
彼はいつも……二人で抱き合い愛し合う時には、こうして優しく至る所に接吻し、所々に強く吸い跡を付けたり…噛み跡を残したり……それが始まりの儀式の様に……
いつも……されていたから、こうして行為を受けると身体が反応してしまう。
「駄目だ……此処では……」
誰にも見られない、二人きりの時を過ごせる寝所なら拒みはしなかったかもしれない。
しかし、今自分達が居るのは他の誰かがいつ訪れるかも分からない神社の一角なのだ、しかも近所では花火大会が行われ、多くの人々が外出しているのに………
駄目だと拒み、身を捩らせる面影だったが、その力は既に弱くなっており、三日月からの誘いに身体が反応しているのは明らかだった。
「みか……あっ…」
訴えようと相手の名前を呼びかけたが、それはあっけなく向こうからの接吻で妨げられ、逆に一層の炎を体内に注ぎ込まれてしまった。
「ん……あ、ふっ……」
三日月の舌が口腔内に滑り込み、ぐちゅぐちゅとあからさまに音が立つ程に唾液を注がれ、舌と粘膜を犯されていく。
何度も受けた事のある愛撫なのに未だに一向に慣れることがない面影は、激しく口の中を責められる度にびくびくと肩を震わせていた。
「あ………」
銀の糸を引きながら三日月が唇を離して面影の顔を覗き込むと、彼は激しく息を乱しつつ肩を上下させ、潤んだ瞳でこちらを見つめていた。
その瞳には最早消すことが出来ない情欲の炎の火種が燻っているのが見て取れ、三日月は誘う様に耳元に口を寄せて囁いた。
「………奥に…行くか?」
「………っ」
奥に行って何をするのか、という事は語られずとも分かる事であり、面影は更に赤くなりつつ逡巡する。
本当なら、そういう事に及ぶのは本丸に戻って自分達の寝所に入ってからにするべきなのだろうが……正直、もう身体が耐えられそうになかった。
目の前の男に縋る様に寄り添い、肩口に顔を埋めて隠しながらこくんと素直に頷くと、三日月は優しく肩を抱きながらより闇が深い低木林の茂みの奥へと導いていった。
花火大会はまだ続いているのか、遠くから花火玉が炸裂する音と人の喧騒が聞こえてくるが、先程までいた手水舎の場所よりはかなり音は遠い。
ここまで踏み入って来る物好きな人はそういないだろう、が、絶対という訳ではなく、いつ誰に見られるかという不安は面影の心から消えなかった。
「誰か……来たら…」
今更だとは思ったがそう懸念を伝えてきた面影に、三日月は何を気にする様子もなく、こっそりと囁いた。
「ここまで来る者はそうおらんよ………来たとしても、周りに気を向ける余裕は無かろう」
「……え?」
どういう事だ、と三日月の顔を振り仰ぐと、相手は楽しそうに人差し指を唇の前に立てて静かにする様に促した。
理由は分からなかったが、相手の指示に従い沈黙を守ると………周囲から微かに人の声が聞こえてきて思わず息を詰める。
(誰か……いる…!?)
緊張で身体を強張らせ、もしや向こうもこちらに気付いているのでは、と様子を探った面影は、向こうの予想外の様子に一瞬思考を停止させてしまった。
聞こえてきたのは、女性の喘ぎ声と吐息…そして嬌声。
どうやら少し離れた茂みの中で、秘め事に耽っている若人がいるらしい。
まるで少し先の自分達の姿を見せつけられている様で面影は意味もなく慌ててしまったが、三日月はそんな相手の身体を背後から抱き包んで囁いた。
「先客も愉しんでいる様だ……あんなに甘い声を上げていては俺達の事など気付くまいよ」
「………っ!」
ぞくっと背筋に電撃が走る様な感覚を覚えると同時に、何か言い様のないもやもやした感じが胸に生じたが、それが何なのか面影には分からなかった。
「横になっては浴衣が汚れてしまうな……さぁ」
「あっ…」
三日月に促され、近くの低木の前へと移動させられた面影はそのまま木の前に立って両手を幹に付け、背中を相手の男に向ける形になる。
背後に立つ男がどういう行動を取るのかこの格好では分からない…それが面影の心臓の鼓動を少なからず速めさせた。
初めて取らされた姿勢を戸惑いながらも守る面影の後ろから、三日月が両手を相手の前へと回し、袂を強く引いて胸元をはだけさせると、そのまま滑らかな肌へと掌を差し入れ撫で回し始めた。
「あっ…ああ…ん…」
優しい指先、温かな掌…背後から伸ばされたそれらが、愛おしむ様に自身の肌の上を這い回る様を見ると、それだけで身体の奥から見えない炎が燃え上がるのを感じる。
まるで見せつける様に踊っていた指が、かり、と淡く色付いた二つの蕾を軽く引っ掻くと、そこから一気に快感の衝撃が全身を走り抜けた。
「は、ぁっ…!」
「もうこんなに固くして…いやらしい身体だ…」
「や…あ…」
言葉で責められながら、両の乳首を指先で摘まれくにくにと強めに揉み込まれると、それだけで脳髄がじんと痺れてきてしまう。
ほんの少し視線を下に向けると、そこには三日月の悪戯な指で摘み上げられた形を変えた蕾が紅く色付いていた、まるで触れられている事を悦んでいる様に……
(ああ……気持ち好い……)
この男に抱かれる様になり、自分の身体は確かに変わってしまった。
いやらしい身体だと言われるが、そうしたのは間違いなくこの男なのに……
三日月がこの身に触れるだけでおかしくなる……もっともっと触れてほしいと聞こえない声を張り上げて……
「…好いか?」
優しさなのか意地悪なのか分からない…そんな声音の問い掛けをした三日月に、面影はこくんと頷きながら小さく願った。
「もっと……あ…っ…強く、弄って…」
「っ!……今日は積極的なのだな……外、だからか?」
微かに声に嬉しさを滲ませながら、三日月は求められるままにきゅむっとより強く相手の蕾を摘み上げ、引っ張った。
「あ、あああっ…!」
ひくんと喉を反らせ、抑えながらも悦びの声を上げた面影の腰がゆらりと揺れる。
それは一度では済まず、二度、三度と………本人は必死に押し隠しているつもりなのだろうが、その浴衣の奥でどんな変化が生じているのかは一目瞭然だった。
「本当に、可愛いなお前は……」
そんないじらしい姿を見せられると、より深い快楽の坩堝に叩き落としたくなってしまう…
「此処は……ああ、こんなに熱くなって…」
「やぁ…っ」
衽を後ろから割られ、隙間から差し入れられた三日月の右手が自身の隠れていた昂りに優しく触れてきた。
胸に触れられただけで直に接触された訳でもないのに、既にその存在は己を主張し頭をもたげつつあったが、三日月に触れられると一層その興奮が増した様にぴくんと揺れ、とろりと先端から熱い雫を零す。
「ん…あぁ……」
「はは、涙を零す程に嬉しいか?……よしよし」
雫口から滲む涎をぬるぬると指先で亀頭全体に塗り広げる様に愛撫しながら、一方で三日月の左手がぐいと衽を強く引き、面影の浴衣を大いに乱した。
「ああっ!」
控え目に抑えた声を上げるもそれを止める事は出来ず、面影の浴衣の合わせ目は最早無きが如しで、帯で辛うじて腰には留められているものの、胸も、下半身もほぼ晒された状態になってしまった。
「浴衣を濡らすわけにもいくまい?」
晒されるという事は視覚的なものもそうだが、聴覚的にも中の音が聞こえやすくなるという事であり、面影の目下に露わになった己の分身を優しく握り込んだ三日月の手が上下する度に、くちゅっくちゅっと濡れた音が響いてきた。
浴衣の布地の奥に在ったのならきっと隠されていただろう淫らな水音は、今は憚り無く二人の耳へと届けられ、愛撫を受けている面影は快感に悶えながら直にその様を見て、その音を聞いて羞恥に震えた。
「だ、め……見え、ちゃ…っ……聞こえ……いや……」
「こんなに美しいのに……?」
そう言われても、無論はいそうですかとすぐに意識を切り替える事など出来る訳もなく、面影はふるふると首を振った。
「こんな格好………恥ずかし、い…っ」
「だが、身体は素直に悦んでいる……ほら…」
促され、下を見た面影の視界には、相手の言葉の通り悦びの雫を先端から溢れさせた己の肉棒が、三日月の手に包まれながら天を仰いでそそり勃っていた。
「俺の手をこんなに濡らして……達きたいと泣いている」
「あ、あ…言わな…で…」
過ぎた快楽に、面影の瞳には涙が滲んでいた。
三日月の言葉が真実なのだという事は、身体の持ち主の自分が一番良く分かっている。
浴衣の布地という帷を暴かれ、裸体の殆どを晒され、それを愛しい男に見られて悦んでいる自分……
欲棒に触れられ、悪戯を施され、先走りで彼の手を穢しながらも解放を望んでいる自分……
「達かせてほしいか?」
ひそっと耳元で囁かれた言葉はまるで呪だ。
隠そうとしている自分の本音を容赦なく暴き立て、彼の人の前に嘘偽りも許さず露わにしてしまう。
「う、あ……っ…達き、たい……」
「もっと触ってほしい?」
「あ…触って……もっと強く……擦って…」
望むままにそれを言葉に乗せ、面影は振り仰いだ先の月の化身に願った。
「三日月……っ、達かせて…お前の手で、達きたい…っ!」
「っ………愛い奴め」
熱い吐息と共にそういう声が届いた直後に、肩に濡れた感触とささやかな痛みが走り、見ると、三日月が自分の肩に噛み付き軽く歯を立てていた。
嗚呼、食べられてしまう……けれど、彼に食べられるのなら……そして彼と一つになれるのならそれでも………
ぼんやりとそんな事を考えていた面影を、激しく擦り上げられた分身の戦慄きが現実に一気に引き戻した。
「ふ、ああぁっ!」
より力を込めて握られ、激しく擦り上げられる度に、ぐちゃっぐちゃっと濡れた卑猥な音がその場に響く。
「あ、ああ……はぁぁっ……う、くぅぅんっ…!」
最早、口を閉じる事も叶わず、面影は涎を零しながら熱い吐息と声を漏らし、相手の手の動きに合わせて腰を振っていた。
「もっと……三日月っ……もっと、ぉ!」
「もっと……か…ならば、こちらも可愛がってやろう…」
つぷり……っ
「はぁ、んっ…!」
三日月の左手が面影の浴衣の裾を大きくたくし上げ、相手の白い臀部を露わにすると、そのまま中指を密かに息づく蕾へと差し入れた。
ひやりとした外気が皮膚を撫でていき、自分の下半身がほぼ全て露出させられている事実を知った面影が身を捩らせたが、前も後ろも身体の中心を捉えられている以上、身動きなど取れようもなかった。
つぷ……つぷっ……ちゅく…
時々、前の先走りを掬ってそれを助けとしながら、三日月の左手指が面影の秘所を優しく犯していき、右手は変わらず昂りを追い上げていった。
「う、あ、ああっ! い、好い…っ、み、かづき、達く、達く、ぅっ…!」
面影の訴えを聞いた三日月が徐にその場にしゃがみ込み、指に加えて己の舌を秘蕾に捩じ込み、内をからかい始めると、びくっと面影の背が弓形に反らされた。
「ん、あああぁ〜〜っ! だ、め、それっ…! すごすぎ、て…おかしく、なるっ!」
しかし、そう言いながらも彼の腰は激しく前後に揺れ、尚も快感を求めていた……故に、三日月もそれを止める事はなかった。
舌で、滑らかで敏感な粘膜を愛しながら、指を二本、三本と増やして蕾をゆっくりと押し広げていく……それは勿論、この先の儀式の為だ。
「ああ…そろそろ達くのだな…? 良いぞ、好きな時に思い切り射精せ」
「あああ、三日月…っ! 射精る…っ! あっあっ、達く、いっ……あああああ〜〜〜っ!!」
初めての立ったままでの絶頂に、ガクガクと脚を震わせながらも必死で目の前の木の幹に縋り、屑折れそうになるのを耐えて面影は射精した。
「んあっ…三日月の、指でっ…はぁぁんっ…止まらな…まだ、射精る…っ!」
執拗に前と後ろを指で責められながらの吐精は一度では済まず、面影は何度も腰と太腿を震わせながら前の幹へ白い生命の雫を浴びせていた。
とろりと粘り気を保って幹を伝い落ちるそれは、まるで夏の虫を誘う為の蜜の様だ。
「はぁ……は…っ………はぁ、はぁ…っ」
身体の奥から生じた大きな波をようやく乗り越えて、生まれたての子鹿の様に足元がおぼつかなくなっている面影を優しく後ろから支えながら三日月が微笑む。
「本当に…お前は好い声で鳴く………うん?」
ふと、三日月の視線が横に逸らされ、そしてすぐに彼の唇の端が軽く引き上げられた。
「ああ、向こうも随分と興が乗っている様だな…」
「…?」
面影もそちらへと意識を向けると、つい先程聞こえていた女性の淫らな声がより大きく響いていた。
もしかしたら自分のそれも聞かれていたかもしれないと、一瞬胸が不安と恐怖でざわついたが、どうやら向こうはそれどころでは無い様子だ。
それもお互い様というところだろうが……
「ふふ……なかなか、相手も責め上手の様だ」
あんなに大きな声を上げて乱れるとは…と、三日月が評するのを聞き、面影はまた胸に言いようの無い嫌なざわめきを感じた。
女の嬌声……聞いていると、自分もああやって乱れているのかと羞恥を覚えると同時に、多少なりとも心と身体が高揚してしまう……
それは…認めたくはないが、自分も目の前の男に乱されたいと願ってしまうからなのかもしれない。
では、目の前のこの男は……?
彼も、他の女性の嬌声を聞いて心乱す事があるのだろうか……心を向けて、抱きたいと思う事が…?
……嫌だ…!
そこでようやく、面影は胸に感じた不快感の正体を自覚するに至った。
「嫌、だ……」
「面影…?」
まだ力が入らない身体を、それでも上体を捩りながら相手へと向けさせ、面影が右手を伸ばして相手の右耳を塞ぐ。
「嫌だ……聞くな…」
突然、強い拒絶の言葉を口にした想い人の様子に三日月も首を傾げて眉を顰めた…が、
「私を抱いているのに……他の誰かの声など…」
という相手の一言で、その表情は驚きから徐々に笑みへと変わっていった。
「もしや………やきもちか?」
そうではないと否定したかったが他に思い当たる感情を見つけることが出来ず、面影は顔を伏せてわざと言い捨てるように答えた。
「…かもしれない」
我ながら可愛げの無い返答をしてしまった、と一瞬後悔の念が心を過ぎった次の瞬間、面影はぐいと身体を強く押されて木の幹へとそれを押し付けられた。
「三日月…っ?」
もしかして怒らせてしまったのだろうかと思った直後に、秘蕾に熱く固い塊が押し当てられ…
「…っあ…」
ずぐ…っと生々しい感覚と共に身体の内へと挿入ってきた。
それは熱された鉄の如き灼熱…しかしその侵入はゆっくりで、ひどく優しかった。
いつも身体を重ねる時に、無理をさせて傷つけることがない様にと彼は気遣ってくれる……今と同様に。
怒らせた訳ではないらしいという安心感と、昂りがずぐずぐと侵入してくる圧迫感で意識が混乱してきた面影に、喜びを隠せない様子で三日月が言った。
「嬉しいものだな…愛しいお前にやきもちを焼いてもらえるなど…」
語りながらも腰の動きは止まず、内の粘膜を擦り上げながら三日月が雄を根元まで埋めていくと、受け入れる面影の口から徐々に甘い声が溢れ始めた。
「ん、んっ……はぁぁっ」
どうあっても最初の挿入時には圧迫感を感じてしまうが、幾度も三日月と繋がり合う内に、面影はそこから快楽を追うことを身体で覚え始めていた。
内を満たしてくる肉棒の存在を感じつつも、上手くそれをやり過ごしてしまえば……後はもう男が与える甘美な快楽に溺れてしまえば良いのだと。
今も相手は、雄の証を全て呑み込ませた後は腰を支えていた両手を離し、そのまま胸へと滑らせ、再び固い蕾を捏ね回す悪戯に興じ始めて新たな快感を与える事に余念が無かった。
「ああ……好い…感じる……三日月…」
「心配せずとも、俺の目も耳もお前だけに向けられている……他の何者にも心動かされる事など無い…」
優しく囁く三日月の瞳がきらりと妖しく光り、胸を弄っていた左手だけを下へと下ろした。
「だから……」
「っ!?」
いきなりだった。
三日月の左手が面影の左の膝裏に掛かり、ぐいっとその片足を大きく抱え上げてしまった。
「う、あっ! だめっ! お、ろして…っ!!」
激しく動揺した面影が、何とか上げられた足を下ろそうと足掻いたが、残された右足はつま先立ちの状態まで浮かされており、碌に力が入らない。
自分の今の姿を認識した面影は、目に涙を浮かべる程に動揺していた。
纏っていた浴衣は前も大きくはだけ、かろうじて帯で申し訳程度に腰の部分で留められているだけ…素肌を覆う役目を殆ど放棄してしまっている。
それでも先程までの様に、木に縋り身体を前のめりにしている時は、せめて前面は影に隠れている状態だったのに………今は……
「いや、許して…っ! こ、れ…丸見えっ…! 三日月が…挿入ってるとこ、も……私の…あっ…オ、〇ン〇ン、も…っ、ぜんぶ…っ!」
片足が掲げられたことで、秘所がより外気に晒され、露わとなり、面影の思考を狂わせてしまっていた。
如何に宵闇の中での睦み事とは言え、誰も見ていないという保証は相変わらず無いのだ。
傍の茂みから…少し離れた木陰から……もし、誰かが覗いていたら……
自分のこの乱れに乱れた淫靡な姿を、見られでもしていたら……
(あ、ああ………月、が…)
見上げれば、降り注いでくる月明り……いつもなら美しいと思うそれも、今は己の姿を慈悲もなく暴き立てる無情の責苦でしかなかった。
長く闇に慣れた瞳なら、あの月光の助けがあれば少し離れた場所からでも、この自分の姿を十分に見る事が出来るだろう。
すっかり腫れて、じんじんと痺れるような快感を生み出す二つの乳首も、触れられてもいないのに、再び頭をもたげて性の衝動に打ち震えている己の欲棒も、他の男の雄を根元まで呑み込み、奥の粘膜を擦られる度に水音を立てている後蕾も……全て……
「だめ…だめっ……見られちゃ…っ…ああ……下ろし、て…」
「駄目だ…」
切なげな声で懇願した面影の願いを、しかし今正に相手を蹂躙している三日月はきっぱりと断じた。
「面影……俺の目と耳は、お前を捉える為だけにある様なものだ……だから、見せてくれ、お前の淫らに善がる身体を……聞かせてくれ、お前が悦び、求める声を……さぁ…」
ずん…っ!
「っく、うあぁぁっ!」
せめて誰にも聞かれぬようにと声を極めて小さく押し殺していた面影でも、その時は掠れた悲鳴を上げてしまった。
前触れもなく、いきなり下から三日月が、彼の楔を上へ向かって突き上げ、同時に抱えていた面影の身体を下へと引き下ろしたのだ。
それにより、三日月の熱い昂りはより強く、深く、面影の秘肉の奥を突いたのだった。
貫かれた衝撃で、面影の身体は大きく反り返り、視線は定まらず、形の良い唇は開かれたまま紅い舌すら覗かせる。
まるで虚空にある何かに舌を伸ばして舐める様な姿のまま、面影は口元から涎を溢れさせ、零し、熱い吐息を聞こえる程に吐き出した。
「く…はぁっ……はっ…はぁっ……あ、う…」
違う……いつもとは…全然、違う……
(いつもより……深く挿さって……奥も…違うところ…突かれて…る……ああ、三日月のも……大きい…っ)
恥ずかしい格好なのに、身体の疼きが止められない……
拒むどころか、今は相手の身に自身の体重を委ね、その重みを使って己から相手をより深く咥え込もうとしている。
「嗚呼……好い締め付けだ…」
相手の淫肉に埋めた雄が、きゅうきゅうと包み込まれ、搾り上げられる感覚に三日月が僅かに眉を顰めて微笑んだ。
「はは……まるで乳を搾られている様だな……そう言えば、主の生きる現世ではミルクと言うのだったか…?」
ほんの少し気を抜けば直ぐにでも射精してしまいそうな誘惑に抗いながら、面影の内の誘惑を振り切る様に腰を動かし、粘膜を擦りつつ最奥を繰り返し穿つ。
その度に、ずんっずんっと下から突き上げられる身体を揺らして、面影が激しく悶えた。
「…どうだ? これなら、いつもよりずっと奥に届くだろう…?」
「ん、あっ! すご、い……一番奥に…届いて、る……あああっ、ああっ! もっと、もっと来て…!」
ゆさゆさと己から腰を振って相手に強請る面影の雄の証が、その動きに合わせてゆらゆらと揺れては先端から哀願の涙をとろとろと零す。
闇に紛れて見えないが、最初は透明だったそれは徐々に白濁を混じらせつつあり、限界が近い事を示していた。
「あっあっ、もう、達くっ……! 三日月のオ○ン○ンでっ、達かされちゃ……っ!」
「ああ、良いぞ……では、こちらの乳搾りも手伝うか…」
そろ、と三日月から、背後から茎を掴まれた面影の分身がひくんと戦慄いて更に涙を零すと、それを潤滑油代わりに彼は忙しなく手を上下に動かし、絶頂への道程の手助けを始めた。
その様は、確かに動きこそ違えど、まるで乳を搾る様な形にも見える。
「最後の一滴まで、遠慮せずにミルクを射精すと良い……ああ、好いのだな…こんなに嬉しそうに跳ねて…ふふ」
「んあああっ! 熱い……っ、オ○ン○ンも…奥も…きもち、い……っ、もうっ、だめぇっ!!」
声を控えていた彼だが、絶頂に至る直前の嬌声はやや大きかったが、最早そんな事に意識を向ける余裕など無かった。
「ああっ…射精る……っ、〜〜〜っ!!」
三日月の温かな手の中で、激しく肉棒が痙攣しながら射精する……それと同時に自身の内の媚肉もきつく相手の雄を締め付け、奥への射精を促すのを感じた。
「ん、あっ……はぁ……あっ……?」
びゅるびゅると幾度かの射精を経て快感を貪った面影が、ふと訝しげに背後の男の方を振り仰いだ。
いつもなら、ここで三日月も熱い精を奥まで迸らせる筈なのだが……今日はいつまで経ってもその様子が無い。
「三日月……?」
「………っ」
どうしたのだと疑問を投げかける前に、向こうがずるりと腰を引いて肝心の楔も抜いてしまう。
「あ……っ」
その時の感覚でつい声を上げた面影だったが、抜かれた楔の様子を確認して息を呑む。
まだ射精に至っていないそれはすっかり大きく逞しく育ち、三日月本人の腹を打つほどに反り返っていた。
これ程に勃起しているのなら、射精に至るには容易かった筈……なのに……
「…も、しかして……私の身体が…その、好くなかった、か?」
相手を満足させられなかったのかと内心激しくショックを受けた面影に、三日月は首を横に振って慌てて訂正する。
「そうではない…! お前の身体は最高だ……だが、今は、な……」
「?」
「……その、此処でお前の内に射精してしまうと……帰り道が不快だろうから、な……」
「っ!」
言われてみたら確かに…此処が自分達の本丸ではない以上、いつかは帰らないといけない。
その帰り道…身体の内に精の残渣を留めたままに動くというのは生理的嫌悪を催してもおかしくないだろう。
まさか当事者の自分よりも彼の方がその可能性に思い至るとは…
(ああ……彼は本当に…)
自分にとことん甘いのだ。
あんなにいきり立っているのなら、本来ならば直ぐにでも達きたかった筈なのに……
そしてこちらの都合に少しだけ目を瞑って、内にそのまま精を放てば彼も快感を得られた筈なのに……
結局彼はこちらの心情を優先してくれて、今だに達せずに半端な状態で苦しんでいるのだろう。l
自分とて同じ男性なのだ、その程度の事情は察する事が出来る。
きっとこの後は何でもないという顔をして手などで処理して済ませてしまうのだろうが、面影はそれではあまりにも申し訳ないと思った。
可能なら、彼にも少しでも気持ち良くなって貰いたい………自分に出来る事があるなら………
(あ……)
ふと思い付いた事があり、面影はそっと三日月の前で静かに屈んだ。
正直気恥ずかしくはあるが、向こうも既に限界が近いだろうから、悩む時間は無かった。
「? 面影?」
「……三日月…」
向こうの乱れていた衽を更に開き、面影は熱く固く育っていた彼の肉棒を優しく握って先端に唇を寄せると、ちゅ、と啄む様に口付け、そのままぺろりと濡れた零口を舌先で舐め上げた。
「……っ!? おも、かげ…?」
「熱い……火傷しそう………んっ…」
ぺちゃ、ぺちゃ、とたどたどしく音を立てながらひとしきり三日月の雄の頭を舐め回した後で、面影は恥じらいながらも顔を相手に向けて願った。
「内で達けなかったのなら………私の口の中に、射精して…」
「なっ…!」
驚き、一瞬固まってしまった三日月の隙を突くように、面影は口を開いてぬるりと怒張を口腔内へと導き入れた。
「ん……ふ、ぅっ…」
口を限界まで開かなければ受け入れられない程に大きなそれを、面影は夢中でそうしながら喉の奥へ奥へと迎え入れる。
身体が反応して溢れ出た唾液を、舌を使って塗りつけていくと、面影の口の周りもすぐに涎でべとべとになっていった。
(すご、い、どくどく脈打ってる………あ…先っぽ、膨らんで……なら、もうすぐ…)
ぼんやりと霞みがかった頭の中でそんな事を考えていたら、上から苦しげな三日月の声が降ってきた。
「面影……もう良い、離せ……十分だ…」
それもまた相手の心遣いなのだろう、しかし面影は離すつもりなど微塵もなかった。
答えるため、一瞬、口から相手を解放したが、握った手は離さず………
「…心配、しなくていい………ちゃんと…全部受け止めるから……達って」
「っ!!」
それだけ言って、再び自身のを深く咥え込んで愛してくる面影のいじらしい姿に、普段は鋼の如き三日月の意志があっさりと和紙の様に燃え尽きた。
元々が射精寸前のところを耐えていたのだ、爆ぜるのも時間の問題だった。
「すまぬ、面影…っ! あ、くぅっ……!!」
「っ!!」
三日月が苦しい思いをするのは想像するだけでも嫌なのに、今、聞こえてきた彼の呻きは何故こんなにも悦びをもたらすのか……
びくんっと口の中で激しく跳ねた男の反応で、面影は「その瞬間」の訪れを察し、それを待った。
(あ……来る……)
悟った直後に、喉の奥に向けて白い溶岩が一気に注ぎ込まれてきた。
熱く、粘ったそれは面影の喉奥へ叩きつけられ、一度ではなく、何度も彼の口の中へと放たれてくる。
「ん……っ」
今までは相手の雄を口で愛した事はあったが、こうして欲情の証を口で受け入れるのは初めてだった。
それまでは、達する前に三日月が楔を引き抜き、口腔を穢すのを止めてくれていたからだ。
しかし今回は、限界に至るまでに時間がなかった事と……その快感に三日月が退くのを一瞬躊躇してしまったことで、止める事が出来なかった。
精を受け入れた面影は、内心その勢いと量に驚いていたが、約束通り零すことなく全てを口の中に収めると、最後にちゅうっと三日月の楔の内に残っていた精の残渣も吸い出す。
いつもは相手が自分にしてくれている事を真似てみたのだ。
「ん……っ、おも、かげ……」
残りの精を吸い出された時、快感でぴくんと微かに肩を震わせた男は何とかそれを押し隠しながら膝を付き、そのまま膝立ちの状態で相手に向き合った。
「本当に、無茶をする……」
こちらを責めるというよりは、多分に申し訳なさを感じさせる声音でそう言いつつ、三日月が袂から懐紙の束を取り出した。
そしてその内の一枚を持ち、そっと面影の口元に当てがう。
「すまぬ、不快だったろう……さ、ここに出すと良い」
地面にそのまま吐き出すのは、見られる側からしてもはしたなく思えて躊躇うだろう、という優しい三日月の気遣いだったのだが………
「…………」
「? 面影…?」
いつまで経っても口の中のものを出そうとしない面影を訝しんだ三日月がその顔を覗き込むと、相手は手で口元を押さえながら瞳を閉じ、眉を顰めて何かに耐える様な表情をしていた。
「! お前……」
そこで面影が何をしようとしているのか察知した三日月が慌てて相手の肩に左手を置き、懐紙を持っていた右手をより強く口元へと当てがった。
「止めよ、そんな事を無理にする必要はない! さぁ、吐き出せ…!」
無理をして自分の精を飲もうとしている相手にそう訴えたが、向こうは頑なにふるふると首を横に振って、中のものを吐き出そうとはしない。
「〜〜〜っ! この、頑固者…っ」
滅多に聞くことの出来ない叱り口調でそう言い捨てると、三日月は無理矢理面影と唇を重ね合わせ、歯列を割って舌を滑り込ませて強く吸い上げる。
「んんんっ………!」
嫌だ、とばかりに頭を振ろうとする面影の頭を先に手で押さえて固定し、構わず己の精を相手の口から吸い出した三日月だったが、そうこうしている間にこくんと面影の喉が動き、結局、精の殆どは面影が飲み下してしまっていた。
「ん……はぁ……っ」
くちゅ、っと唇を離すと、面影は何処か陶然とした表情で、まだ熱い吐息を漏らしながら三日月を見上げている。
蠱惑的な姿の相手に困った様に眉を寄せつつ、改めて三日月は相手に言い含める様に言った。
「不快な事をやらずとも良い……いつも言っているだろう、お前に無理をさせたくはないのだ」
「無理…じゃ、ない……」
「痩せ我慢をするな……あんな辛そうな顔をしておいて」
「あれは…っ……その…」
指摘された面影は、ふいっと視線を逸らして赤くなり、口元を手で覆い隠しながら躊躇いがちに本当の理由を答えた。
「み、三日月のが………濃くて……喉に…絡んだ、だけで………」
「…!?…〜〜〜っ!!」
一瞬きょとんとした三日月だったが、そのあまりにも生々しい理由に彼ですら赤くなる。
「あ…………それは…」
そう言えば今日の初めての射精だったから…と心の中で訳の分からない言い訳をしながら、どうにかその場を取り繕おうとしたところで、不意に面影が身を寄せ、耳元に口を近付けたかと思うと………
「……本当は…ずっと前から飲みたかった………三日月の……ミルク…」
「っ!!!」
それを今直球で言うとは……どれだけこちらを昂らせるのか分かっているのか……!?
頭がくらくらするのを覚えながらも、必死に理性を総動員して立て直そうとしていたところで、そんな事は何も知らない面影がせめて相手が口の中に放った事を気に病まないように気遣ったのか、一言、遠慮がちに付け加えてきた。
「そ、の………おいしかった……」
「〜〜〜!!!」
瞬間……三日月は諦めた。色々と、諦めた。
わかった……いや、わかっていた、この男士は恐ろしい程に天然だ。
男を煽るなどといった高度な技術など持ち得ていないし、そういう意識も全くと言っていい程に無縁の、純粋培養の精神しか持っていない。
きっと今のも、多少の誇張は入っていようが、全くの嘘というわけでもないのだろう。
しかし、無知故に、面影は予想もしていなかっただろうし、今も全く気付いていない。
自分の言葉が、三日月の理性の最後の砦を粉々に吹っ飛ばしてしまった事に……
「……三日月…?」
不自然に静かになってしまった相手に、不思議そうに首を傾げながら面影が声を掛けると、彼は先程の動揺した態度から一転、飄々とした立ち居振る舞いで面影の浴衣を着付け直し始めた。
面影の目の前でこれ以上泰然とした態度を貫くのが無理だと開き直ったら、寧ろ思考はすっきりした。
今は彼を元の浴衣姿に戻してそのまま本丸に帰還させる事だけを考えて……戻ったら、本能に従い獣になれば良い話。
「え……?」
「俺のも直さねばならん。支度を整えたら、直ぐに本丸に戻るぞ」
「あ、ああ……」
互いに快楽に酔っていた先程までの空気は何処へやら。
淡々と帯を解き、慣れた手付きで浴衣を着付け直してくれた三日月に戸惑いながら返事を返した面影に、相手は抑揚のない口調で最後通牒を突きつけた。
「……着付け直して本丸に戻るまでが……俺の忍耐の限界だ」
「………え?」
「また直ぐに剥ぎ取られる事になるが、せめて今は肌を隠す程度の慈悲はやろう…ああ、そう言えば可愛いやきもちも焼いてくれていたのだったな、お前は」
「み……か、づき?」
段々と嫌な予感を感じて面影が身体を引いたが、それで逃れられるほど三日月は甘くなかった。
喋っている間に自分の浴衣も手早く着付け終わった三日月が、面影の腰を抱き寄せて耳元で囁いた。
「本丸に戻ったら、直ぐにまたお前を抱く………やきもちを焼く事など二度と考えられないぐらいに可愛がってやるから、覚悟しておけ」
「…っ!!」
冗談などではない、本気も本気だという事が分かったが、身体を拘束されていて逃れる事が出来ない。
いや、元々自分が帰る場所はあの本丸しかないのだから、逃げる事自体が不可能ではあるのだが……これは…洒落にならない事になってしまったかもしれない。
「帰るぞ?」
「あ……っ」
手を掴まれ、優しく引かれて共に歩き出した面影だが、その繋がれた手は決して振りほどけない錠だった。
そして、向かう本丸の…彼の寝所は、自分にとっては愛の檻だ。
入ったが最後、夜が明け、自分達がまた刀剣男士としての任に戻るまで、決して出る事は叶わない。
いや、心から望めば彼は解放してくれるかもしれないが…自分の事だからこそ、それは出来ないと分かっている。
この心が、自ら檻へと入る事を望んでしまっているのだから………
「……三日月…」
「ん…?」
「……せめて……お手柔らかに頼む…」
この男の絶倫振りを知っているだけに、そう願わずにはいられなかったが、対した相手は少し呆れた様に笑って答えた。
「…俺の台詞だ」
「は?」
「……無自覚なのが何とも…恐ろしいと言うか…それも可愛いと言うか…」
それからは、最早忍耐が効かぬとばかりに三日月は面影を連れて早々に本丸へと帰還し、面影はただ相手に付き従って行くのみであった。
その夜、三日月が言った言葉の意味を面影が理解したのか否かは……二人のみが知る話である………