ナイショの罪






「…物騒だな」
「ん?」
 不意に聞こえてきた呟きに、三日月がそちらへと顔を向ける。
 視線の先には新聞の記事に目を通している面影の姿。
 朝食を食べ終え、食器も片付け終わり、三日月が朝に読んでいた新聞に今度は面影が目を通していた。
「何が物騒だと?」
「近所で空き巣があったらしいんだ……住人が居合わせなかったのは幸いだったけど、結構な被害額だったと」
「うむ……らしいな」
 三日月もその記事については読んでいたらしく、頷きながら同意を示し……は、と思い出した様に顔を上げた。
「あり得ない事だとは思うが…俺が不在の時に不審者が侵入した時には、何もせずに逃げてくれ。お前さえ無事ならば、何を盗られても構わぬ」
 三日月の居住部屋は高層ビルの最上階であり、セキュリティー面もかなり厳重に管理されている。
 不審者が侵入してくる余地は無いと思われるが、それでも絶対ではないと理解している三日月は念を押す為にそんな言葉を面影に投げ掛けたのだ。
 部屋の中には少ないながらも上質な品々が置かれているが、そのどれもが男にとっては面影の安全には代えられないものばかり。
「お、大袈裟じゃないか? 此処は警備会社とも提携しているらしいし…そんなトラブルも聞いた事はないし」
「勿論、お前の安全を考えて此処に居を構えたのは事実だが、それでも僅かな可能性も許したくはないのだ。約束してくれるな?」
「?……ああ、分かった」
 少しだけ、三日月の発言に違和感を覚える。
 彼の先程の発言だと、まるで自分と出会う事を前提にこの部屋を準備したかの様に聞こえるのだが、それはおかしい話なのだ。
 自分と彼が出会ったのはごく最近の話だし、その時には既に彼は此処に入居を済ませていた筈。
 未来を読む予言者でなければ出来ない行動を、彼はしたと言うのだろうか?
 いや、まさか………
(……あ、そうか)
 少しだけ考えたところで、面影は一つの解答を導き出した。
(『私』に固定した訳じゃなくて、『同居人』という漠然とした立場の相手という意味だな)
 よく考えたらそうとしか思えない。
 自分が此処で雇われる前にも、別のハウスキーパーを利用していたという話も聞いていたので、そういう話だとしたら辻褄が合うのだ。
(……自分だけでなく、そういう人達の安全面にも配慮するなんて、本当に優しいんだな…)
 納得したところで、面影は首を傾げて相手が危険に遭遇する可能性について言及した。
「…私より三日月の方が危険だろう? お前の方が此処で引き篭もっている時間は長いんだし」
「まぁそれは否定出来ないが」
 指摘を受けた三日月はあっさりとそれを認めたが、しれっとした顔で返す。
「不埒者如きに後れを取る俺ではないぞ?」
(えっ、なにそれカッコいい)
 飄々とした様子で断言する男の自信に満ちた態度に、思わず同性である面影ですら目を奪われてしまった。
 普段から物静かで、気性も穏やかで、粗暴な雰囲気など微塵も感じさせない男だったが、もしかしたら腕にも覚えがあるのだろうか?
 確かに普段からこれでもかという程にスパダリ振りを見せつけているのだから、十分にあり得る話だが……
(うーん……まぁ私も多少は護身術っぽい事は出来なくはないけど…)
 三日月に出会う前までは独りだけで生き抜いてきたのだ。
 誰にも頼れない以上、頼れるのは自分だけ。
 その事実をしっかりと認識していた若者は、仕事上の知り合いやら図書館で読んだ本などから、その類の知識もある程度履修していた。
 しかし、勿論専門職に就く程ではないので、あくまでも素人が使える程度。
(…そう言えば、家政夫って雇用主の健康な生活を保持するのが仕事なんだから、三日月を危険から守るのも義務なんだな)
 これまでは衣食住を整える事ばかりを考えていたが、そういう不測の事態に対してはほぼ無策だった。
 三日月一人の時にはやむを得ないかもしれないが、自分と一緒に居る時には、自分が三日月を守らなければいけないのではないか?
 ボディーガードの様に本職でもない自分が言うのは僭越ではあるが…と思いながらも、面影は三日月に自分なりの対策案を申し出てみた。
「お前一人の時には難しいが、私が三日月と一緒にいる時には私が盾になる。多少の時間稼ぎは出来るだろうからその間にお前は…」
 その隙に逃げるなり助けを呼ぶなりしてくれ……と続けようとしたところで、その場の空気が一気に氷点下に冷え込んだ様な錯覚を覚え、反射的に相手の顔を見上げた彼の息がひゅっと詰まった。
「……お前を?」
「…えっ?」
 それは正に『豹変』という言葉がぴったりだった。
 数瞬前までは柔和な笑みを浮かべ、菩薩を彷彿とさせていた男が、今は阿修羅の様に瞳の奥に隠し切れない怒りを滲ませている。
 それでも面影の前である事を気遣い、その程度に抑えてくれているのだろう。
「お前を傷付ける様な慮外者……俺が直々に挨拶せずに何とする?」
(雇われ人の危機に雇用主が出張って来るなんて、どんなぶっ飛んだ福利厚生なんだーーーーっ!!??)
 らしくもない絶叫を心の中で響かせながら、面影はそれから暫くは相手の機嫌を直すことに集中する事になったのだった。




 それから数日後……
(……あまり神経質になるのもどうかとは思うけど……)
 その日、普段より早めに掃除を終わらせていた面影は、テーブルの上に昨日購入したばかりのとある物品を置き、腕組みをしながら思案に耽っていた。
(……やはり設置するならリビングが良い、だろうな)
 目の前に置かれているのは半円球の白いボディに黒い円が嵌め込まれた様な物品だった。
 黒い部分は良く見たら半透明のプラスチックで、奥に小型カメラが設置されているのだと分かる。
(最近は色々と便利な物があるんだな…)
 そう、面影が買ってきたのは防犯用の小型の据え置きカメラだった。
 買い物ついでに立ち寄った家電量販店で有用な物がないかと探してみると、丁度良い物が見つかったのだ。
 あの日は結局、お互いに戸締りには気をつけよう、みたいなありきたりな約束事をする事に留まったのだが、やはり防犯面で出来るところはやるべきだろう。
 これを設置しておけば、無人の時に侵入されたとしても犯人の外見等の情報が得られる。
 勿論、これを設置するに当たって既に三日月の許可は貰っている。
 自分がどれだけ防犯に心を砕いたとしても、ここはあくまで三日月に決定権がある居住空間なのだ、彼の許しを得られないまま勝手など出来ない。
 量販店でこのグッズを見つけた時にはまだ許しを得られていない状況だったのだが、もし許可が下りなくてもその時は自分の部屋に設置したら良い、と判断した上で購入してきたのだ。
 そして先程、書斎で仕事中だった三日月に差し入れの玉露と茶菓子を差し入れついでに該当のカメラの設置について伺いを立ててみたところ、さして悩む様子も見せずに『お前の望む通りに』という返事を貰えたのだった。
 カメラを設置するのはあくまで防犯の為だが、これは人によってはプライバシーの侵害と考えられてしまう可能性もある。
 家の中でまで監視されたくない、と考える人もいるだろうが、幸い三日月はそこまで神経質に捉える性質ではなかった様だが、それにしても……
(防犯対策に支障が出ないのは有り難いけど………三日月は私に甘過ぎる気がする)
 日中は二人でこの部屋で共同生活を送る様になってそれなりの時間が過ぎたが、自分の願いを三日月が拒んだ記憶がない……かと言って、向こうが無関心とか放置しているという訳ではない。
 申し出の内容によっては『こうした方が良いのではないか?』と、より面影にとって都合が良い様に取り計らってくれさえもしていた。
 自分はあくまでも三日月に雇われている立場であり、そこから逸脱するつもりはないのだが、向こうはまるで己が雇用主である事を忘れているかの様に、こちらを気遣ってくれる。
 もし何処かの会社に勤めていたら理想的な上司になっていた事だろう……少々マイペースが過ぎる時があるのは気になるが。
(あれだと他人に上手く使われたり騙されたりしないか不安だ………私と違って思慮深いが、優し過ぎるところがあるから、その分気に掛けてあげないと……)
 三日月の底無しの優しさは自分限定で向けられている事に未だに気付いていない面影は、そんな事を考えながらカメラ本体を持ち上げきょろっと周囲を見回した。
 彼が目に留めたのは、部屋の壁に備え付けられていた棚。
 そちらに歩を進め、棚の前に立ってくるっと振り返り、視界を確認する。
 此処からなら、リビングの全容に加えてその向こうのダイニングテーブルを挟んだキッチンまでも見渡す事が出来る。
(コンセントも近くに在るし……適当に物を置いて上手く隠せばいけそうだ)
 置き場所を決めた後は、違和感が出ない様に置時計等を持ってきてカメラを覆わない様に気を付けながら本体を隠していく。
 少々時間は掛かったものの、一見しただけではそこに隠しカメラがあるとは見抜けない程度には隠蔽に成功し、角度にも気を付けつつスイッチをオンにする。
 このタイプのカメラは、装着したメモリーカードに動画データを記録していき、フルになったら過去のデータを消去して新しい動画を上書きしていくので、何かの異常や異変を感じた時に、遡って確認出来る様になっている。
 特に何もない期間は放置出来るので、カードの入れ替えなどが不要だというところも購入の決め手になったのだった。
「これで良し……と。中を確認する事が無ければいいんだけど…」
 この中を確認する機会があるという事は、そうする必要がある厄介事が生じたという事だ。
 自分にも…何よりあの男にも、そんな災難は起こらないに越した事は無いのだから………
「さて……後で三日月にも設置場所を教えておかないと」
 何度も書斎を訪れて向こうの邪魔をするのも申し訳ないから、彼がそこを出て来た時に教える事にしよう…と考えながら、面影はその場を離れる。
 当の三日月は面影が来てくれる方が嬉しいのだろうが、そういう面にはまるで疎い若者は真実に気付く事無く、真面目に掃除に取り掛かったのであった………





 面影が懸念して取り付けたその隠しカメラだが、幸いにも中のデータを確認される様な事件や事故が起こる事は全く無く、二人はすこぶる平和な毎日を過ごしていた。
 そうこうしている内に三日月の努力が実り、彼は無事に(?)面影を恋人にする事が出来たのだったが、彼らの関係性が変わっても、カメラは律義に日々の彼らの生活を見守り続けていた………
 そんなある日……
「………あ」
 その日も部屋の掃除を律義にこなしていた面影だったが、その最中、あの棚の埃を払っている時に奥に置かれていた隠しカメラに気が付いた。
 普段は視界に入れる事はあっても、最早置物としての認識が強かったので何を思う事も無かったのだが、今日はその周囲の置物等も一つ一つ取り上げて綺麗に磨く作業を予定していたので、必然的にカメラにも手を伸ばす事になったのだ。
「懐かしいな………もうすっかり只の置物になってるけど」
 買った時の杞憂も既に記憶の彼方だった面影が、あの日の事を思い出しながら本体のスイッチをオフへと切り替え、その後暫ししみじみとそれを眺める。
 稼働を示していた赤色灯は消えたが、その前まではちゃんと動画は録画されていた筈だ。
(……そう言えば、動画の見返しってやった事無かったな)
 そう思ったところで、面影の心中に録画されている動画を見てみたいという希望がひっそりと湧き上がった。
 何事も無かった日々の生活ではあるが、そういう日常を第三者の目から見たらどう映るのだろうか…?
(………ちょっとだけ、見てみようか)
 リビングには三日月が書斎で使用しているものとは別のノート型PCが備え付けられており、面影も食事の献立や近場の安売り情報などを得る為に愛用している。
 それにメモリーカードを読み込ませたら、動画も確認できる筈だ。
 掃除も一段落ついたところだったという事も有り、面影は裏蓋を器用に開けるとそこに挿入されていたカードを取り出し、PC傍まで移動する。
 そしてPCを稼働させてカードを挿入し、幾つかの動画ファイルを視認すると、適当にその内の一つを再生させた。
「……ええと…ああ、四日前のやつか」
 再生しつつその日時を確認すると同時に動画再生が始まった。
 リビングの向こう、ダイニングテーブルの前に誰かが座っているのが見える。
 いや、座っていると言うよりは………
「ん……え…?」
 動画が録画された時の記憶を脳内で探り、直ぐに面影は正解に至る。
「あ…っ……そう言えば…」
 思い出した。
 この日は朝食後に新聞に挟まれていたチラシをチェックしていて………目ぼしい物を見つけた後に、つい眠くなって……
(……不覚………居眠りをしていたんだった)
 画面の向こうにいるのは紛れもなく自分自身……だったのだが、テーブルに突っ伏して規則正しく肩を上下させている様子が見えた。
 いつもなら、チラシチェックを終えた後は各部屋の掃除に取り掛かるのがルーチンだったのだが、この日は少しだけ疲労が溜まっていたらしく、睡魔に勝てなかったのだ。
 この時間帯は、三日月は書斎に籠って出てこないのが日常になっていた、という事も、面影を居眠りに誘ってしまった一つの要因だった。
 流石に雇用主の目前で、就業時間内に堂々と居眠りが出来る程に常識知らずではない。
(……こんなに条件が良い職場なんて、何処を探してもないだろうし………こ、恋人って立場に甘えるのも違うし、な…)
 恋人という関係にはなったものの、まだそこまで深い間柄になっている訳ではない……向こうはふとした隙を突く形でキスを奪ってきたりするが、自分は頑張っても時々その機会がある時に手を繋ぐのが関の山。
 何処の中学生の恋愛だ、というツッコミが来そうだし、自分自身十分に理解している……が、こればかりはこれまでの人生経験を以てしてもどうにもならないのだ。
 そもそも恋愛経験値が皆無なのだから、参考になる記憶が殆どない。
 そんなお子ちゃまの自分にも、三日月は十二分の理解を示し、キス以上の手を出す事を控えてくれているのだ。
(………あまり、我慢を強いるのは悪い事だとは分かっているんだけど)
 でも、覚悟を決めるのにもう少し時間が欲しいのも正直な気持ちで………
 そんな事を悶々と考えている間にも、PC画面の向こうの時間は着々と過ぎていく。
 とは言え、居眠りをしている面影がその場から動くことはなく、暫くは退屈な場面が続いていたのだが……とある人物がそこに出現した事で事態は一変した。
「……っ、え…?」
 画面の上部…リビングの向こう側から誰かが歩いてきたのを見た瞬間、すっと面影の顔色が青ざめた。
(嘘……っ)
 幸い不審者ではない、が、面影にとっては不審者より望まざる人物でもあった。
(何で、何でこんな時に限って書斎から出て来てるんだ、三日月~~っ!!)
 流れている画像は既に過去のものであり、最早取り繕う事は不可能なのだが、それにすら思い至れない程に面影は動揺していた。
 何という間の悪さ…!
 いつもなら、居眠りなどせずにちゃんと家政夫としての業務に勤しんでいる時間だったのに、どうしてよりによってこのタイミングで現れてしまったのか………
『……ん?』
 PCのスピーカーから聞こえてくるささやかな声…それを聞いた瞬間、面影は絶望の淵に立たされた様な表情を浮かべる。
(終わった………いや、もう過去の画像だから終わっていた、か…?)
 あの声…間違いなく居眠りしているこちらの姿を視認した上で出したものだろう。
 仕事をさぼって寝こけている姿を見られてしまった………!
 この動画が撮られてから今日まで、三日月からは特に職務怠慢を咎める様な言葉は掛けられはいないのだが、それもきっと相手の優しさで控えられていたのだろう。
 まさか過去のこんな大失態を、隠しカメラで見せつけられる事になるとは……
「はぁ………とんだ恥さらしだ…」
『ああ………可哀想に』
 自らの自戒の言葉と画面内の三日月のそれが見事に重なった。
(……ん?)
 何……可哀想…?
(…何か場違いな単語が聞こえてきた様な気がするんだが……?)
 さぼっている人間が可哀想な訳がないだろう……と思っていると、向こうから続けて三日月の声が聞こえてくる。
『毎日あんなに熱心に仕事をしていたから……疲れてしまったのだな…』
 向こうの面影は眠っているので返事が返って来る事はないのだが、それでも三日月は優しく労わる様に声を掛けてくれていた。
『根を詰めるなと言っているのに……頑張り過ぎるのも困ったものだ』
(やめてくれ!! いたたまれない…っ!!)
 向こうが言う程に自分の仕事は大してきついものではない。
 掃除、洗濯、炊事…一人暮らしの人間であれば日常的にこなしている作業、それに多少毛が生えた程度の負荷なのに、そこまで手放しで褒められると、感じなくても良い罪悪感すら覚えてしまう。
 いや、褒めてもらえるのは…評価してもらえるのは単純に嬉しくもあるのだが、三日月の自分に対する評価はあまりにも甘過ぎる。
 今迄は自分を喜ばせる為のリップサービスではないかと思ったりもしていたのだが、こうして眠っている状態でもそんな事を口にしている様子を見て、本心から彼がそう思っていたのだという事が改めて判明してしまった。
(ああ、もう………本っ当に甘いんだから…)
 照れが過ぎて画面から視線を外しながらそんな事を考えていると、また新たに画面内で新たな動きが生じたのが視界の隅で見えた。
「は………?」
 全く起きる気配がない面影に向かって、三日月がゆっくりと手を伸ばしてきたのだ。
 一瞬、惰眠を貪っている自分を叩いて起こすのか?と想像したが、今日この時までそんな記憶はない。
 何をするつもりだろうと、思わず外していた視線を改めて合わせ、凝視していると……
「!!」
 さわり………さわり………
 眠っている面影の頭を、幾度も繰り返し、愛おしむ様に撫で始める。
 それは手の動きだけではなく、面影を見詰める視線もこれ以上はないと言う程に慈愛に満ちていた。
(うわ………え……ちょっと…待って…)
 まさか眠っている間にこんな事をされているとは……
 どぎまぎしている間に、更に衝撃的な光景が画面の向こうで展開された。
『……ふふ』
「……えっ?」

 ちゅっ…

 それは現実には聞こえない筈のリップ音。
 隠しカメラの集音では決して拾えない程に小さい音……の筈なのに、確かにこの耳に聞こえた。
 画面の奥の三日月が、面影の髪をゆっくりと密やかに掻き上げ、覗いたこめかみに優しく口づけを落としていた。

 ちゅっ……ちゅ……

 それからも、こめかみだったり、髪の生え際だったり……近い場所を繰り返し、頭の角度を微妙に変えながら何度でも………
(えええええ~~~っ!?!?!?)
 思わず声を上げそうになり、咄嗟に両手で口を塞いだものの、心中での絶叫は避けられなかった。
(は……え…っ?……まさか……そんな……)
 三日月、私が眠っている隙に、あんな事をしていたのか………!!??
 静かで、啄むようなバードキス……なのに溢れる様な彼の執着欲が肉眼でも見える様な気がして身が竦みそうになる。
 こんな事をされながら、向こうの自分は呑気に眠り続けているのが信じられない。
(も……もしかして………今まで…)
 自分でも気付いていない間に、三日月にこうして隙を見せている時に………彼は、私に……?
 不意に思いついた可能性……しかし、十分にあり得るかもしれないその内容に、面影の身体が熱くなる。
 ぎゅ、と自らの身を抱き締めた時、それに呼応した様に画面内の面影が動く。
『ん………』
 散々受けた三日月からのキスに、眠っていた面影が僅かに身じろぎながら声を漏らした瞬間、ぱっと三日月が俊敏に身を離す。
 そして男が目の前の「眠り姫」の様子を窺うと………
『すぅ……』
 危機感皆無の様子で、面影は再び眠りの海の中へと沈んでいく。
(いい加減起きろーーーーっ!!!)
 現実の面影がだらだらと冷や汗を流している一方で、過去の若者は相変わらず居眠りに興じ、それを見届けた三日月は満足そうにくすりと笑った。
 流石にこれ以上の悪戯は、いよいよ若者を起こしてしまう事になると察した様だ。
『……ゆっくり寝てていいからな……面影』
 優しく赦しの言葉を与えた後、三日月は踵を返して一瞬冷蔵庫の方を見遣り……そのまま足音を立てずに再び書斎の方へと戻っていき、画面から姿を消した。
「………最悪だ」
 あの行動で大体の状況を察せてしまった面影が憎々し気に呟く。
 但し、呟いた対象は三日月ではなく自分自身に対してだ。
 きっとあの時の三日月は、書斎で喉の渇きか空腹を感じて出て来たのだろう。
 しかし、本来であれば何らかの仕事をしていた筈の自分は呑気に居眠りしていて、彼の希望に応える事が出来なかったのだ。
 その上、優しい男は冷蔵庫の扉の開閉音がこちらの居眠りを妨げる可能性を考慮し、結局何も飲み食いする事無く書斎に戻って行ったのだろう。
 ちょっかいを出された事は……多少思う所はあるが、それでも自分の油断が招いた事。
 もし追求したところで、『恋人同士なのだから構わんだろう?』と躱されるのが目に見える。
 今更過去の事を糾弾しても仕方ないし、面影にとっては彼の希望に応えられなかったどころか気遣わせてしまった事の方が大問題だった。
 本来であれば、外からの不審者を警戒して設置した隠しカメラ。
 それがまさか、二人のそれぞれの「罪」を明らかにする事になるとは……
「………はぁ」
 この動画を見た事は……伏せておくのが一番だろう。
 勿論、反省すべきところはきっちり反省する。
 そして反省ついでに………
(……もう絶対に、ここでは居眠りしない…っ!!)
 そう、固く誓った面影だった…………



 その日の午後……
「…今日のおやつは殊の外、豪勢だな?」
「…あの日のお詫びに…」
「ん?」
「いや…何でもない」
 この日のおやつは特に面影の気合が入った和菓子アソートで、添えられた高級抹茶と共に大いに三日月を喜ばせたのだった。
 その後、自戒した面影の誓い通り、リビングでの居眠りはすっかり無くなってしまったらしい……
 代わりに、日常生活内で隙を突いて唇を奪われる悪戯が明らかに増えてしまったのだが、これは面影にとっては幸だったのか、不幸だったのか………