「秋の気配が近づきましたな」
「おお、一期一振か」
「こんにちは、三日月さん」
その日も本丸にはのどかな時間がゆるりと流れていた。
政府が統率している本丸の数はかなりのものだと言われている、が、具体的な数は審神者や刀剣男士達には伝えられていないらしい。
らしい、というのは、「知っている」と公に発言した者が誰も居ないからだ。
実は居るかもしれないし、事実、居ないかもしれない、が、厄介ごとに巻き込まれたく無いのか、それについてわざわざ詳しく追求する本丸側の立場の者は居なかった。
いや、それすらも審神者や政府側の思惑…策なのかもしれないが。
兎にも角にも、現在の本丸の数については秘匿されているのだ。
そんな数多ある本丸の内の一つ、此の地の拠点は、昨日と同じ様な時間の流れをなぞっている。
遠征組に駆り出されている者達以外は、皆、それぞれに割り当てられた役目を遵守し、本丸の平和を守っていた。
そんな刀剣男士達の中で、筆頭近侍である三日月宗近は、今は縁側で日向ぼっこしつつ、手にした愛用の湯呑みから焙じ茶をゆっくりと口に含んでいる。
その佇まいは凛としながらも辺りに柔らかな印象を与え、親しみ易い雰囲気を醸し出している。
彼は一千年を超える年月を生きる付喪神であり、彼自身が普段から自称している通り、『じじい』の様な包容力を窺わせていた。
そんな彼に、通り掛かりの一期一振が声を掛けたのは全く自然な流れであった。
「三日月さんは、本日は非番でしたか」
「ああ、そうだ。昨日の畑仕事は少々骨が折れたのでなぁ、今日はのんびりとさせてもらっている」
「良いことですな。特に今の季節は、心を落ち着けるに好ましい」
「そうだな」
二人が揃って眺める先の先には鮮やかな火焔の如く染め上げられた山々。
遠方の自然のみではなく、この本丸に植えられた木々の中にも常緑樹に混ざって紅が鮮やかな木が目を引いている。
翠から朱への自然が織り成す豪華絢爛な織物は、正に自然という大いなる神手のみが織り上げられる逸品だ。
「俺達がこの世に生み出されて永き時が流れたが、憧憬を感じる景色というものはそう変わらぬものなのかもな」
「ええ………それが例え仮初であっても」
意味深な言葉を呟いた一期一振に対し、三日月は何を言うでもなく、代わりに沈黙を埋める様に湯呑みにそっと口をつけた。
そして口を離すと、思い出したように独白にも似た呟きを漏らす。
「こういう景色を眺めていると、かつての主達と共に自然を愛でていた時の事を思い出す……日が暮れた後、盃を交わしながら互いの松虫の声を楽しんだものだ」
「ああ、あれは実に風流な響きですからな…」
松虫というのは平安時代でいうところの鈴虫である。
その時代の雅な身分の者達は、それぞれが捕らえ育てた松虫の姿や鳴き声を聴き比べ、競い、楽しんでいたという。
遥か昔の記憶を懐かしむように瞳を閉じ、うっすらと笑みを浮かべていた三日月は、再び瞳を開いたところで心の中で囁いた。
(しかし今の俺にとって、耳を奪われるのはあやつの声だけだがな……)
脳裏に一人の男が浮かんだところで、丁度その時二人に声を掛けた人物が現れる。
「あれ? 三日月…それに一期一振も?」
「おお、面影ではないか。何かあったのか?」
今正に思い浮かべていた愛しい相手が現実に現れた事で、三日月はそちらに振り仰ぎながらにこりと笑みを深める。
「いや、主に報告する事があったから、今はその帰りなんだ。見回り先で結界の綻びに繋がりそうな地盤の緩みが見受けられたから、大事を取って…」
「そんなものがあったのですか?」
一期一振が瞠目しながら聞き返し、面影はこくりと迷いなく頷いた。
どうやらあやふやな思い込みによる判断ではないらしい。
「間違いなかった。いつ出来たのかは不明だが……先日の地震が関係しているのかもしれない」
「ああ……確かにあれはなかなかの大きさでしたね…地脈が乱れてその影響で結界が…?」
「その可能性が高いと思い、主に伝えてきた。然程大きなものではなかった事と、現時点では問題なく結界は稼働しているので、本格的な調査は明日以降に行うそうだ。明日なら、幸い遠征組も全員戻って来る」
面影が粗方の説明をしたところで、三日月がそうかと頷いた。
「ご苦労だったな、面影。よく見つけてくれた。そういうところから、密やかに滅びは近づいてくるものだ」
年長者の三日月が言うと、それだけで言葉の重みが増す様な気がする。
そんな彼が、ふと一期一振の方へと顔を向け、
「遠征組と言えば、お前の弟も編成に入っていたのではなかったか?」
「ええ、鯰尾が。しかし、遠征から帰って直ぐにまた遠出をさせるのも気が引けますな…」
この問題については、無理はさせずに自分が赴いた方が…と一期一振が真剣に考え始めたところで、面影が穏やかに微笑みながら声を掛ける。
「兄弟愛というのは微笑ましいな。私にはよく分からないけれど……」
そして、彼の視線は一期一振から三日月の方へと移る。
「二人は何を話していたんだ?」
「ん? うむ、虫合わせについて話していたところだ」
「虫合わせ…?」
そこで三日月が平安時代に経験していたその行事について説明を始めたところで、その場に更に新たな人物が現れる。
「おー? どうしたんだい、こんな場所で皆して集まって」
「薬研?」
戦闘服ではなく、白衣を羽織った内番姿の薬研が小脇に数冊の書物を抱えた状態で歩いて来た。
彼が来た方向に書物庫がある事に思い至り、その場の全員が相手が此処に来た理由を察する。
薬研がこのまま廊下を歩いて行く先に彼の仕事場…医務室があるのだ。
「面白い書が見つかりましたか?」
「いや、欲しいと零していた薬草の辞典が届いたから受け取って来たんだ。主が何処かで聞いてたらしくて……期待に応えて、しっかりと学ぶぜ」
薬研の言葉にその場の全員が満足そうに笑う。
「我らの主は真に良き人ですな」
「うむ、それは間違いない」
刀剣男士は審神者の下に就き、その命を忠実に守る存在だが、彼らに対する処遇は当然審神者に一任されている。
流石に最低限の規約は定められているが、それ以上の采配は完全に審神者に任されているのだ。
上も下も見れば切りがない話ではあるが、此処の本丸を任されいる審神者は極めて善良な人柄らしく、管轄の刀剣男士達の自由意志を最大限尊重してくれている。
刀剣男士の希望は極力叶えてくれる優しい一面もある一方で、遡行軍に対する戦闘中は一縷の人情すら欠落した様な采配を振るう事もあるその審神者は、刀剣男士にとっては理想の上司とも言えるのかもしれない。
一期一振の「良き人」というのはおそらくは刀剣男士にとって、という意味でもあるのだろう。
「いち兄達はところで何の話を?」
そこで面影と同じ様な疑問を述べた薬研に二度目の「虫合わせ」の説明を始めると、予想に反して薬研は苦虫を嚙み潰した顔をした。
「? どうしました?」
「いや、この時期に虫と聞くと、俺はどうしても虫干しの方を思い出しちまうんだよな……」
そして、何か深い恨みがあるのか、ぶつぶつと物騒な言葉を呟き始める。
「本当に、あの書を喰われたのは不覚だった……あれも貴重なものだったのに……茹でて磨り潰しても腹の『虫』が収まり切れない…」
(誰がうまい事を…と言ったらとばっちりを受けそうだ……)
こっそりとそう思った面影が、この場の平和を維持する為にとそのままスルーしようとしたところで、
「ははは、これはうまい事を言うなぁ」
(三日月~~~~~~っ!!)
折角の気遣いを思い切り蹴り飛ばす勢いで三日月が笑い飛ばしてしまうのを見て、内心で面影が絶叫したが、当の本人はけろっとした表情で薬研に話しかける。
「書でも何でも、形あるものは何れは形を失くすものだぞ」
「そうは言うけどな、その書の形を長く維持する為に虫干しの文化が生まれたのも事実だろう?」
「確かにそうだ。人の叡智はそういう困難を前にしてこそ光るものでもあるだろう。そう考えたら虫の存在も悪いだけのものでもないのではないかな」
「まぁそれはそうかもだが……それでもなぁ…」
それから暫く、彼らの話題は虫に関わる話題について大盛り上がりだった。
「そもそも、あの時代の人々は見えない怪異を実体化する事で解決しようと…喧々」
「ああ、三尸虫とやらもそうだったか。しかし見えないものを恐れる事で…諤々」
一方は、知識の確認や探求を好む研究肌…もう一方は昔話が始まると止まらないじじい……それはもう話は止まらず次から次へと転がるばかりだった。
しかしそんな彼らの話は意外と外野の二人にも興味深く聞こえたらしく、結局途中で止める者はいなかった。
どれだけの時間が過ぎたのか……
いつの間にか、庭のあちこちから鈴虫の鳴き声が聞こえ始めていた。
初めに一期一振が此処に来た時には聞こえていなかったのだが、意識を周囲に戻してみれば、夕陽もかなり西へと傾きつつあった。
「って事で……おっと、もうこんな刻限か?」
いつの間にか翳ってきた日差しに気付いて薬研が太陽の方へと視線を移し、続いて三日月も久し振りに首を巡らせる。
「はは、秋の日はつるべ落とし、とはよく言ったものだ」
「そうですな……そろそろ奥へ移動しませんか、三日月さん。夕餉ももうすぐですし」
「うむ」
促された三日月はのんびりと立ち上がり、くるりと面影の方へと向き直った。
「お前も共に行くだろう? 面影」
「あ…ああ」
断られる事など欠片も思っていない様子で三日月が話しかけて来るのに対し、思わず反射的に頷いてしまう。
促されるままに三日月の隣に並んで歩き出すと、同じく二人の後ろで、一期一振の隣で歩き出した薬研が少しだけ呆れた様子で言った。
「相変わらず仲が良いんだな、お二人さん」
「え……」
「ああ、仲は良いぞ。お前や鯰尾、一期一振と同じぐらいには、な」
一瞬困惑して言葉に詰まった面影の代わりに、三日月がさらりと答えてくれた。
先程、面影が兄弟愛について言及していた事もあったので、身内の様なものだという意味なのだろう、と向こうの兄には取られた様子だったが、訂正する必要はないだろう。
正直、先程までの会話を見ている限りでは、三日月と薬研の方が気が合っているという気がするんだが……と思ったが、面影はそこは黙っておいた。
下手に突ついて再び彼らの虫談議に火がついてしまったら流石に拙いと思っているだろう某二振の傍では、白衣を軽く靡かせながら薬研が頷いていた。
「………ふぅん、流石、後見人を長く続けていただけはあるなぁ」
確かに、後見人も兄も、若輩者の面倒を見る立場という点では同義だ。
一同はそれからも和やかに会話を楽しみながら廊下を歩いて行った…………
その夜更け………
「ん……」
小さな呻きが口から洩れたのを切っ掛けに、面影は目を覚ました。
まだ夜は明けていない……
自分はいつもの様に布団の中で身体を横たえ、眠りに就いていた筈。
一瞬、敵襲の気配を感じたのかと疑ったが、しん、とした静寂ばかりが辺りを支配しており、とてもそうは思えなかった。
ではどうして前触れもなく目が覚めたのか…と考えたところで、彼は自らの喉に手を当てた。
(……喉、乾いた)
そうか、この口渇の所為で起きてしまったのか。
納得したところで周囲を見回し闇の深さを改めて確認したが、まだ夜明けは遠い様だ。
気を取り直して寝直そうとしても、どうにも渇きがきになってしまい、眠気も寄り付いてくれそうにない。
(……仕方ない、厨に…)
ゆっくりと身を起こそうとした時、不意に枕元の行灯がぽう、と灯った。
面影は何もしていないのに勝手に灯った形だったが、若者は一瞬驚いた表情を浮かべたものの、直ぐにその理由を察して安堵の息をつく。
「三日月……すまない、起こしてしまったのか」
「いや……どうした?」
実は彼の隣では三日月が眠っていた。
理由は、誰にも言えない恋仲故の逢瀬のため。
今日は面影の部屋に三日月が訪れ、いつもの様に肌を重ねていたのだった。
そして甘くも激しいひと時が終わり、二人で並んで眠りに就いていたところ、面影が起きた気配を察知して三日月も覚醒したのだろう。
灯った行灯は、三日月が神気で点けてくれたものだった。
「何でもない、ちょっとだけ喉が渇いてしまったから…」
そんな相手の言葉に、三日月が上体をこちらに向けながら腕をついて起き上がると意地悪っぽい笑みを浮かべた。
「…ああ、今日も可愛い声で思い切り啼いてもらったからなぁ……素敵だったぞ」
「そ、そういう事を言うな…! 全く……」
言いながら、面影は相手が起きた事で踏ん切りがついたのか、布団を捲ると起き出し、隣の畳に脱ぎ捨てられていた浴衣を手早く身に纏う。
「厨に行って来る……ついでに水差しも持って来よう」
自分程に声を張ってはいなくても、向こうもかなりの汗はかいた筈だったので相手を気遣いそう声を掛けると、それを察した三日月が眉を顰めて答える。
「疲れているだろう? 俺が行っても…」
「大丈夫だ、直ぐに戻る」
既に身なりを整え、立ち上がっていた面影の方が明らかに早く行動できる事実を受け、三日月は結局素直に相手の厚意を受け取った。
「すまんな」
「いや、じゃあ、行ってくる」
そして静かに襖を開き私室を抜け、面影は廊下へと続く障子も開いて外へと出て行った。
(……夜でもまだ冷える程ではないのは有難いな…)
これから日が経つ毎に気温も下がり、いよいよ冬へと季節が流れていくのだろう、と漠然と考えながら、若者はぺたぺたと小さな足音を立てながら廊下を歩いて行く。
(朝までまだ数刻というところか……流石にこの時間だと誰も起きては…)
『…………ぁ…』
「…ん?」
「いないだろう」という言葉を心中で継ごうとしたところで、遠い何処かから何かの物音が聞こえた様な気がして思わず面影が足を止める。
「……?」
その場に佇みながら聴覚に意識を集中させる。
殺気はない……しかし、明らかに先程聞こえた音は、自然から聞こえる葉音の様なものでもなかった。
『……ゃ………ぁぁ……』
「!?」
今度は間違いない、先程よりよりはっきりと聞こえてくる。
若い男の声だ。
声の出所は遠くではないが近くでもない………方向は探るまでもなく直ぐに察せた。
今立っている廊下の少し先……左に曲がった先からだろう。
直角の曲がり角なので、その先は今此処からは見通す事は出来ない。
(………今の声…って……)
男なのは間違いないが、まだこの小さな音だけでは誰のものなのかを特定する事は難しい。
誰かが悶える様な声だったのだが、それを聞いた面影は直ぐに行動する事は出来なかった。
苦悶の声であれば直ぐにでも駆け出していただろう。
そうしなかったのは、その悶える声の趣が苦痛ではなく、艶を纏った様なそれの様に感じられたからだった。
(……まさか…)
そうは感じながらも、面影の頭ではまだ自分の感覚を疑う一面も残っていた。
だって、廊下なのだから。
誰かの寝所の傍だという事ならともかくとして、夜とは言え何者かが通るとも限らないこんな場所なのに……?
『ぅ……ぁ…』
「…っ」
悩んでいるところで三度問題の声が聞こえてきて、それに押されるようにぺた…と面影の足が再び歩を進める。
しかし、当初の様に無造作に歩くのではなく、極力音を立てない様に静かに……
足だけではなく、呼吸する動作すらも控え目に、身体も空気を極力乱さず、気配を消して………
此処に自分が居る事を悟られてはまずい……確信ではないが、そんな気持ちが面影の心中に存在していたのだ。
静寂の中で己の心音だけが激しく聞こえてくる。
何か、やってはいけない禁忌を犯している様な罪悪感を覚えながらも、面影の歩みは止まらない。
だって、何が起こっているのか見ないといけない……本丸の中での異変かもしれないのだから……
それは確かな理由でもあり、また、言い訳でもあると面影本人も理解していた。
曲がり角に辿り着いたところで、一度足を止めて面影はゆっくりと深呼吸する。
そして意を決したものの、その決意とは裏腹にこそりと角の向こうを覗き見る姿は実に控え目だった。
深夜でも月は出ているので完全な宵闇ではないものの、薄雲に月光が遮られ、視界はやや覚束ない。
それでも面影が手に光源を持たずに廊下に出たのは、既に住み慣れていた本丸だったので間取りはほぼ完璧に覚えていた事と、彼ら刀剣男士達の視認能力が卓越していたからだ。
陽光の下と同様ではないものの、辺りに何があり、先がどうなっているのかと察する程度は容易い。
そんな面影の視界に映ったのは……角の向こうに伸びた廊下の向こうで憚りなく絡み合う二人の男達だった。
距離としては…十間程はあるだろうか。
しかしこの程度の距離なら十分肉眼で顔の判別は可能だった。
(一期一振……と…薬研!?)
あの二人の兄弟が、どういう訳かこんな夜半に廊下にまで出てきて、誰が来るかもしれない公共の通路である場所で…!?
(な……何で?)
一気に動悸が激しくなったのを感じる。
意外な光景を目の当たりにした面影だったが、実は彼はあの二人の隠された関係を知らなかった訳ではない。
以前にも、ふとした切っ掛けで兄弟達が仲睦まじくまぐわっている様を見た事があった。
しかもその時は一期一振と薬研だけではなく、もう一人、今は遠征組に編成されて不在の鯰尾も一緒に交わり合っていた。
あれは、彼等の秘められた関係性を初めて見たという事実と、三人が交わる姿が視覚的にも過激だったので、今の驚きより遥かに衝撃だった。
その経験が、この時点での面影の動揺をある程度は緩和してくれたのかもしれないが、それでも彼は無意識の内に口元に手を運び、声を抑えていた。
(こんな場所で……誰かに見られたら…)
既に自分に見られてしまっているのだが、その事実には思考が及んでいないのか、面影は素直に二人の心配をしてしまう。
自分と三日月の私室がこの本丸の中でも最も奥まった区画に誂えられており、そこから各刀剣男士達の私室の棟を通ってから厨等の施設に行くことが出来る間取りになっている。
二人が事に及んでいる場所は、彼ら粟田口兄弟の住まう私室から出てすぐの場所だ。
兄弟達が共同生活をしている部屋は他のそれよりかなり間取りが広い場所を宛がわれているので、その都合上、向こう側へ続く通路で次の刀剣男士の部屋に至るには割と距離がある。
あの二人もあからさまに大声を出している訳ではないしこの深夜だ、流石に誰かが来る可能性は低いだろうが、絶対ではない。
今、此処に立って覗いてしまっている自分が何よりの証明になってしまっているし…
既に彼らの関係を知っている面影は、これまでもその秘密を他の誰かに知らせた事は無いし今後も誰にも知らせるつもりもなかった。
モノである刀剣が、まぐわいという人の真似事をするのは奇妙な事かもしれないし、それを他者に見られる事に羞恥を感じるのも同じく奇妙な事なのかもしれない。
実際、面影以外の刀剣男士があの兄弟の痴態を目にしたとしても、人の様に騒ぎ立てる事なく、面影がそうだった様に激しく狼狽える事もなく、淡々と事実のみを認識するに留まる者も居るのかもしれない。
それでも、こういう場面を知られる機会は少ないに越した事はないだろう……自分達が住んでいる人の世界では『そういう』ものなのだから。
(…それにしても、困った…)
まさかここから二人のいる廊下を通って厨に向かう訳にはいかないだろう。
かといって、この廊下以外の場所を使って厨に向かうとなると……土足で庭に出て回り込む事になってしまう。
しかしそうしたところで、次は閉錠された門を開けるという更なる難問が立ちはだかってしまう訳で……
うんうんと心で小さく唸っているところで、面影を現実に立ち返らせたのは、あの二人の艶めいた声だった。
角に潜んで全身は隠れてはいるが、こそりと顔だけ覗かせると邪魔していた壁が無くなる形になり、彼らの声がほんの少しだけ明瞭になって聞こえて来るのだ。
彼らなりに周囲に気付かれることが無い様にと少しは抑えられているのだろう声だが、刀剣男士である面影の聴覚をもってすれば十分に聞き取れるものだった。
「ん……ふぁっ…! や、薬研……そんな、はげしく…っ」
「好いんだろ…? こういう場所の方が興奮するんだもんな、いち兄?」
「やぁ……言わないで…っ」
「ほら、もっとしっかり腰を振らないと気持ち良くなれないぜ?」
「あああ〜〜〜っ……!」
「………っ!」
初めて彼らの行為を見た時にもそうだったが、見知った相手のそういう姿はなかなか視覚的に来るものがある。
廊下の庭側の縁に等間隔に置かれた支柱の内の一つに、一期一振が両手を伸ばしてしっかりと握り締めていた。
浴衣は纏っているもののその裾は大胆に捲り上げられており、腰上まで上げられたその布地を留める様に、背後から密着している薬研の腰が押し付けられている。
一期一振程の浴衣の乱れは無いものの、薬研の衽も緩くはだけられており、その隙間から垣間見える雄の昂ぶりが彼が腰を動かす度に一期一振の秘部に呑み込まれているだろう事が分かった。
「ん……っ…あっ…ああっ…!」
小気味良い、肌と肌がぶつかり合う音が響く度に、その裏でぐちゃっぐちゃっと濡れた音も聞こえてくる。
それに合わせ肌を隠す事がほぼ出来なくなった着物の隙間から見える一期一振の楔が見事に反り返り、身体の動きに合わせて頭を振っているのも見えた。
接合部から響く調べが少しずつ速さを増していくに従い、弟に貫かれている兄の腰もより激しく揺れ始める。
彼の顔も分身に倣う様に徐々に反り返っていき、閉じる事が出来なくなった口から滑らかな舌が突き出され、はくはくと声なき声を上げる。
絶頂が近いのだろう事は容易に想像出来た。
(ん………っ)
ずきりと股間に痛みに近い疼きを覚え、思わずそちらに右手を押し当てて前屈みになってしまった面影が、今更ながらに自分の状況を自覚し冷や汗を流す。
いけない……あんな激しいのを見てしまったから、こっちまで……!
(わ、私まで……三日月に、あんなにしてもらったばかりなのに………)
少し前には自分もあの様に三日月に貫かれ、悦楽を思うままに貪っていた。
なのに満足した筈の身体が、彼らの媚態を見てしまった所為で再び熱を持ってしまった。
本来は厨で水を飲み、水差しに水を汲んで早々に部屋に戻るつもりだったのに、まさかこんな予想外の足止めを食らう羽目になるとは……!
(だめ………だ、め…なのに……っ)
駄目だと何度も繰り返される己の心の叫びを聞きながら、それでも面影は欲望を止める事が出来なかった。
衽の上から分身を押さえていただけの掌は、いつの間にか布地越しにすりすりと擦り上げる動作に変わってしまっている。
(あ………もっと……)
むくりと頭を持ち上げ、固さを増してきたのが分かる「それ」に、もっと刺激を与えて快感を得たいと願った面影は、衽をはだけて直接握り込む。
再び手を動かし始めると共に、壁の陰から頭を覗かせて一期一振達の様子を窺う。
向こうはおそらく二人とも絶頂が見えているのだろう、互いの腰の動きはかなり激しく大きいものになっており、声と呻きが逼迫したものへと変わっていた。
そんな艶姿が視覚を通じて面影にもより大きな刺激と興奮をもたらしてくる。
(…羨ましい)
私も、また三日月と………ああ、でもこんな夜半に彼を誘うなんて事は出来ない……
ほんの少しだけ欲望を胸の内に吐露した若者だったが、自らの肉欲の為に相手の休息を妨げる訳にはいかないと直ぐに思い直す。
ここで自分を慰めて鎮めたら、何事もなかった様に部屋へと戻ろう。
水差しの件については適当に誤魔化すか……でもあの二人、もう少しで達きそうだから、その後部屋に戻ってくれたら厨に向かう事は出来るかもしれない……
ひた、ひた……
「…っ!?」
つらつらとこの後の事を考えていたところで、面影の耳にまた別の人物の足音が聞こえてきて、思わず身体が硬直する。
(え…だれ………って、あっちは…)
足音が聞こえて来る方向は、先程自分が歩いてきた方向。
そしてこの足音から分かる歩き方の癖を持つ人物は………!
「~~~っ!」
察知した瞬間、面影は無我夢中でそちらに向かって足を動かしていた。
勃起している状態でかなり不自然な姿勢になってしまったが、そんな事を気にする場合ではないと、あの二人に気付かれない様に最低限音を殺しながら廊下を走る。
少しだけ先に行ったところで予想通りの人物と鉢合わせになり、面影は一気に脳が冷えていく感覚を味わった。
目の前に立っていたのは三日月宗近。
彼もまた同じく浴衣を着た状態で部屋を出てこちらへと向かおうとしていたらしい。
「ああ、おもか…」
三日月が面影を視認したところで安堵した様に微笑み、声をかけ……
ぱふっ…!
「?」
ようとしたところで、その口を面影の掌が塞いで発語を止めた。
いきなりの面影の行動だったが、された方の三日月は何か理由があるのかと即座に察した様でそれ以上悪戯に騒ぐ事もなく、代わりにじっと面影の方を凝視してきた。
きっと面影はその理由を語ってくれるという疑いのない眼で見つめて来る男に、若者はバツが悪そうに俯き加減でその理由を小声で語った。
「声…抑えて………何でもないから、部屋に戻ろう」
納得するには到底足りない理由だったが。
「???」
面影が部屋を出て行ってから、実は彼が認識するよりかなりの時間が経過していた。
若者が語っていた様に、厨で水を飲んで水差しを持ってくるだけなら、然程時間は掛からない筈。
水差しを持って来ると言われていた三日月は、そのまま眠らずに面影の戻りを布団の中で待っていたのだが、待てど暮らせど相手が戻って来る気配はまるで無かった。
自陣の本丸の中の話とは言え、いつまでも戻って来ないと流石に心配になってしまい、つい布団から起き出して面影を迎えに行くことにした、というのが三日月側の都合だった。
そして廊下に出て厨へ続くそれを歩いて行ったら、難なく面影の姿を見つける事は出来たのだが、当の本人は明らかに狼狽した様子で走り寄って来たかと思うと口を塞いできたのである。
これで何でもない、と言われても、一体誰が素直に納得出来るだろう?
そもそも、何故声を抑える必要がある…?
じぃっと面影に口ではなく目で語りかけてみたものの、向こうは相変わらず困惑した様子で視線を逸らし口を閉ざすばかり。
さてどうしようか…と三日月が思案を巡らせようとした時だった。
『ぁ~……っ!』
「!?」
「っ……」
遠く聞こえて来た微かな嬌声……
小さな声ではあったが、あれは確実に三日月の耳にも届いてしまっただろう。
その証左に彼の視線は面影から外され、声が聞こえた先……曲がり角のその先へと向けられていた。
面影に問うより自分の目で直接見た方が早いと考えたのだろう、徐に三日月は自らの口を塞いでいた面影の手を引き剝がすと、通せんぼしていた彼の身体の横を難なくすり抜け、曲がり角の方へと歩いて行く。
「ま、まって…!」
あの声は間違いなく絶頂を迎えた一期一振のもの。
状況を考えたら、彼等はまだ廊下に居る筈だ。
面影があの兄弟にそこまで心を砕く必要は無いのかもしれないが、それでも此処で止めないのは違うと考えたのだろう、必死に音を抑えながらも三日月の後を追い掛ける。
しかし、引き留めるより先に三日月は曲がり角に辿り着いてしまった。
幸いだったのは、あの声に三日月も「何か」を感じたのか、一気に先に踏み込む事はなく、先ずは様子を探るべく角から様子を窺う行動に出た事だった。
もし無造作に向こう側に踏み込んでいたら、取り繕う間もなく、あちらにも気付かれてしまっただろう。
そして……
「……っ」
覗いた直後に微かに肩を揺らした三日月の動作に、面影はあの兄弟の秘密の秘匿には失敗してしまった事を悟る。
ああ、バレてしまった……
無意識の内に、面影が眉を寄せながら目を閉じた。
再びその目を開いた時、意外な事にその視線の先に立つ男は特に驚きの表情を浮かべる事もなく、声も息も乱す事無く、淡々と何事も無かった様に視線を只先へと向けているだけだった。
(…あ)
そうだ、思い直してみたら、彼も自分と同じく彼らの秘密については既に知っているのだった。
なら自分まで過度に動揺する必要はない、三日月もきっと自分の行動も含めて察してくれているのだろうし、これで此処に留まる理由も無くなった筈だ。
「……その……そういう訳だから………戻ろう、な…?」
これ以上あの二人の邪魔をして、こちらの存在に気付かれる訳にもいかないだろう…という気持ちで、面影はくい、と相手の袖を摘まんで引いた。
しかし、三日月は二人の姿を見つめたまま、いまだにその場から動こうとしない。
「……みかづき…?」
生きた石像になった恋人に再度ひそりと呼び掛けてみると、そこでようやく彼はゆっくりと首を巡らせ、こちらを向いてくれたのだが、何故だろう、その瞳に何やら妖しげな光が宿っている様な気がした。
(え?)
何故そんな目を…と問う前に、三日月がずいっとこちらへと踏み込んできた。
そのため必然的に角から離れる事になったので、それはまぁ良いのだが、三日月のその動きは素直に寝室に戻るためのそれではない事は本能的に察せてしまい、それが却って面影の戸惑いを誘い、動くのを封じてしまった。
「な……なに…?」
動揺を隠せずにおど…と三日月を上目遣いに見上げた面影が、突然、びくっと激しく身体を震わせた。
「……っ!」
思わず喉が鳴ってしまうところを必死に抑えながら、面影が大きく目を見開きながら三日月を凝視する。
「み……か、づき……っ」
「……成程」
何が楽しいのか、三日月は唇で弧を描きながら何かに納得した様に頷く。
その彼の右手が、いつの間にか若者の衽の隙間から中へと潜り込んでいた。
「や………めっ…」
「止めてほしいのか…?」
密やかな声に同じく密やかな声で返し、三日月は含みのある笑みを浮かべたまま相手の着物の奥で手を蠢かせた。
ちゅ……くちゅ……っ
隙間から聞こえる水音に、面影の頬が闇の向こうで羞恥と興奮で赤く染まっていく。
「こんなに元気になってしまっているのに……?」
「~~~っ!」
服の中でも、身体の持ち主である面影には分かっている。
触れている三日月にも既にお見通しだろう。
三日月が触れている面影の楔は、面影の独り遊びから落ち着く暇も持てずに隆々と勃ち上がったままで、再び三日月に触れられてしまった事で一層熱く脈打ってしまっていた。
「しかし、俺は少々傷付いたぞ…?」
「え…」
傷付いた、と直接的な言葉を投げかけられ思わず面影が相手を凝視すると、向こうもまた真っ直ぐに自分を見つめていたがその唇は思わせぶりに笑みを称えていた。
傷心とは真逆の態のまま、彼は言葉を続ける。
「まだ満足していなかったのなら恋人の俺に言ってくれたら良いものを、あの二人を覗きながら自分でした方が良かったと…?」
「ちが……ほ、本当に、偶然で……」
「ほう…偶然彼等を見て昂る程に、お前の心に響いた訳か……それは声か? それとも繋がる身体にか? 俺という者がありながら?」
拙い……
心の声が上がると同時に面影の身体が固まる。
三日月はとても愛情深く自分の事を想ってくれているが、その反面、嫉妬深い一面もある。
直接的な浮気では無いが、あの二人の睦み事を覗き見、三日月に縋るのではなく二人を見たまま自分で慰めようとした事が気に入らなかった様だ。
「だ…って…お前を煩わせる訳には……」
面影には面影の言い分はあった。
一期一振達を見て欲情した時に、面影もまた三日月が指摘した様に彼に縋ってみようかと考えはした。
しかし、既に夜半であり、先程起き出した際にも相手の安らかな眠りを邪魔した負い目もあったので、それ以上の負担を強いるのは後ろめたかったのだ。
「ふむ……それで、あの者達の声と姿を代わりに愛でたくなったという訳か……? しかしまたも覗きというのは感心出来ぬな…」
「う………」
そう言われると返す言葉もない。
三日月と共に正月に粟田口の兄弟達の濡れ場を覗き見た事を引き合いに出して『またも』と言っているのだろう。
「………そうだ」
不意に何かを思いついた様にそう言うと、三日月が小さく屈みこみ……
「ぅゎ…っ!」
面影を身体の前に横抱きの形で抱え上げてしまった。
面影が咄嗟に上げた声をそれでも最小限の大きさに抑えられたのは、流石の対応だったと言えるだろう。
しかし続けて三日月が取った行為は、若者の隠密行動とはまるで真逆のものだった。
最早、足音を控える事もなく、とたとたとそれを響かせながらあの二人が居る廊下の方へと歩き出したのだ。
何が起こっているのかと一瞬頭の中が混乱した面影が唖然としている隙に、三日月は悠々と曲がり角を超え、兄弟達の視界に入る位置に入っても尚、歩みを止める事無く彼らに近づいて行った。
「…っ!? え…」
「三日月…?」
互いに絶頂を果たした二人は、その場から直ぐに退場する事もなく、今も身体を冷えた廊下の上に投げ出し、絡み合う様に横たわっていたが、三日月の裸足が立てる柔らかな足音に気付いてほぼ同時に上体を起こす。
帯を解いただけの薬研とは異なり、一期一振は前も大きくはだけて片袖は抜いた状態だったのでほぼ全裸に近く、慌てた様子で浴衣を引き寄せて身体の前面を隠そうとしていた。
「邪魔をしてすまんなぁ、二人とも」
「三日月……っ」
何をのほほんと挨拶をしているんだ!と、彼に抱え上げられたままの面影が相手の顔を動揺しながら見上げるが、そんな彼らの姿は第三者から見ると実に滑稽だっただろう。
遠慮なく他の男士達の濡れ場に足を踏み入れる男、彼に抱え上げられながら寧ろ相手より狼狽している若者。
片や、人目につく公共の場で敢えて激しく交わり合いながら、その人目についてしまって慄いている兄と、そんな兄を他所に何処か冷静な瞳で闖入者達を見つめる弟。
暫しその場に奇妙な空気が流れたが、無音を破ったのは意外にも見られていた側の弟だった。
「三日月…それに面影も、どうしたんだ? 俺達に混ざりたくなったのか?」
「っ!!?」
いきなりの向こうからの挑発めいた提案に、顔を強張らせた面影がぶんぶんぶんと三日月の腕の中で思い切り首を横に振る。
何がどうしてこうなった!?
あくまでもこの二人の秘密を秘密のままにして立ち去ろうとしていたのに、その心遣いを三日月が思い切りよくぶん投げてしまって、更にそのまま巻き添えを食った形で此処に居る事になってしまった。
自由が利くなら、『お気遣いなく!!』と即座にこの場から脱兎の如く逃げ出してしまいたかったのだが、三日月の腕はそれを許してくれず、ずっとこの身を拘束したままだ。
「混ざるつもりはないが、なかなかに好い鳴き声が聞こえたのでなぁ」
「三日月…っ!!」
あけすけな物言いをする恋人に、顔を上げて窘める様に面影が再度名前を呼ぶ。
そんな二人の様子を見て、薬研は彼らの裏の事情について早々に察しがついた様で、少しだけ哀れみが籠った瞳で面影を見つめた。
「……まぁ、こんな場所でやってた俺達が言うのも何だが、覗きは程々にしておいた方がいいぜ」
その発言にほぼ被せる形で、今度は一期一振が動揺と焦りに満ちた口調で詫びてきた。
「も、申し訳ありません…! その…私の醜態でお騒がせしまして……!」
自身の艶声について言及され、その上まぐわいを見られていたらしい事を察した一期一振の顔は夜の闇の中でも分かる程に朱に染まっている。
選んだ場所に問題はあるものの、秘め事を覗かれた立場である以上少しは相手を糾弾する権利はあるのかもしれないが、先に謝罪を述べるというのが実にこの男らしい。
「いや、睦まじい事は良き事だ。俺達は刀……俺はお前達の関係に口を挟むつもりはないし、人の倫理に全てを合わせる事もあるまい。まぁ人である主に余計な懸念をもたらさぬ限りは、な」
三日月の言葉の裏には、『兄弟』同士で交わるという人の世界では禁忌とされている行為への彼なりの見解が含まれているのだろう。
どうやら三日月は不埒な行為を咎めるつもりはない様子だ。
そこは彼の大らかな性格に起因するものなのか、それとも元が刀剣という無機物であるという事実に基づくものなのか………その瞳の奥に潜む真意を汲み取る事は出来ない。
「…それを言う為だけに、此処に?」
その真意を探る様に薬研が首を傾げながら問い掛けると、美しい蒼の月の王は腕に抱いた愛しい若者をより強く自らの方へと抱き寄せながら微笑み、答えた。
「なに、俺もお前達と共に愉しもうと思ったのだ…秋の夜長を過ごすには良い余興と思ってな」
その言葉に、薬研は解せないという表情を隠さず、更に首の角度を深くする。
「…混ざるつもりはなかったんじゃないか?」
「そうだ、お前達の邪魔をするつもりはない……ただ、『虫合わせ』の誘いに来たのだ」
言いながら、ここでようやく三日月は抱えていた面影をゆっくりと降ろし……
「あ…っ!?」
戸惑う若者の隙を突く形で、兄弟に敢えて見せつける様に背後から手を伸ばし、袂と衽の奥へと差し入れたかと思うと、一気にそれらの合わせ目を暴いてしまった。
「なっ……にを…!!」
戦の手練れである刀剣男士でもこういう場面での予想外な展開には瞬時に反応出来ず、相手の行うままに許してしまったが、我に返ると同時に声を上げた。
それと同時に両手で三日月のそれらを掴んで止めさせようとしたが、向こうの動きが止まる事はない。
「俺の松虫とお前の松虫とで、声と姿を愛でて愉しもうかと思ってなぁ…」
きゅ、きゅっ………
ちゅく………ちゅくっ……
「んあ……や、やだ…っ」
はだけられた袂から露になった色付いた蕾を摘み上げ、捏ねくり回されながら、衽の奥から覗いた楔を優しく握られゆるゆると扱かれる。
そんな姿を粟田口の二振にしっかりと見られ、面影の全身は燃え上がりそうな程に熱を持ってしまった。
「いや……っ! 二人とも、み、見ないで…っ、あ、あっ…! みかづき、こんなの…っ」
必死に悶えて藻搔いて三日月の手の内から逃れようとするも、その動きが却ってより強く乳首と分身を刺激する顛末になってしまい、面影本人を追い詰める事になった。
(こ…こんな恥ずかしい格好を見られてしまうなんて…! ああ、ふ、二人の視線、熱くて、私の身体までおかしく…っ)
固くなった胸の蕾と岐立した楔の様子があからさまに晒され、そこへと集まる視線を感じてしまうと、沸々と身体の奥から抑え難い熱が湧き上がってきてしまう。
それに呼応する様に肌も上気し、じっとりと汗ばみ、面影がその身を捩る度に朧の月光を反射し妖しい光を放っていた。
「どうだ…なかなかの美しさだろう…? 俺だけの美しい松虫は…」
両手指を蠢かせて面影を甘く責め立てながら、三日月が嬉しそうに、また、誇らし気に恥じらう若者を披露目る。
そんな二人の前で、薬研と一期一振は着衣を乱したままで暫し相手方の行為を見つめていたが、先ず動いたのは薬研だった。
「成程、虫合わせ、か……なかなか面白いな…」
「や、げん……?」
「なら、天下五剣の三日月には、俺のとっておきの松虫を紹介しないとな…」
相手の言葉に乗っている薬研とは裏腹に、一期一振は彼と三日月に忙しなく交互に視線を向けていたが、それも薬研が迫ってきた事で敢え無く止められる事になる。
「秋の夜長に聞く虫の声は、その場に居る奴だけが聞ける特権だ……他の奴らにばらす様な無粋な事は三日月さんはしないだろうさ」
「あ……っ」
三日月達に見られたのは既に取り返しのつかない事。
ならば次に思い浮かぶ懸念は、彼らから他の第三者に自分達の痴態が知れ渡るかもしれないという可能性だったが、それについては一期一振が言及する前に薬研があっさりと否定し、三日月も頷いて同意を示してくれた。
「うむ……これは虫達が見た或る夜の夢。俺達だけの可愛い松虫達の、な…」
「ふふ……二人で愉しむよりは興が乗りそうじゃないか……な?」
言いながら、薬研は一期一振の腕に申し訳程度に絡んでいた浴衣を完全に取り去ったかと思うと、実に器用に兄の態勢を変えさせる。
「あぁ…っ!?」
まだ絶頂の余韻から完全に抜けきっていなかった男の身体だったが故に、碌な抵抗が出来なかったのか、それとも元々抵抗することすら思いつかなかったのか。
一期一振は素直過ぎる程に薬研の誘導に従い、先ずは三日月達に向かって蹲踞の姿勢を取る。
続いて背後に座った薬研に誘導され、下半身は蹲踞のまま、上体は背後の弟に凭れ掛かる形に反らされた。
結果、一期一振は両膝を大きく広げ、股間の分身を露に晒してしまう姿勢を取る事になってしまった。
「俺の松虫も三日月のと引けを取らないだろ……? こうして……」
するん……っ
「んああ…っ」
背後から腰の傍を通った薬研の白い手が、迷いなく一期一振の股間へと伸ばされる。
そのまま中心の雄を捉えると、同じく前に立っている三日月が面影に施している様にゆっくりと優しく扱き始めた。
「ああ、あぁ〜〜…っ! や、げんっ、薬研っ…」
「優しく悪戯したら、こんなに可愛い鳴き声を聞かせてくれるんだ……好い声だろ?」
お互いの恋人を松虫に見立てて淫らな悪戯を仕掛ける男達が笑い合う一方で、その悪戯を受けている二匹の美しい虫達はいまだに自分達の立場について理解が追い付いていない様子だった。
(な、なに………どうして…こんな……?)
どうして今、自分は三日月に囚われてこんな場所で手淫を受けているのだろう……しかも、あの二人の目の前で……
(こんなのおかしい………絶対におかしい、から……止めなきゃ…なのに……)
恥じ入らないといけない筈なのに、そんな自分を見ているあの兄弟もまた、最早全裸に近い姿で人目を憚らずに肉欲に耽っているのを見ていると、脳が正常な判断を拒否している様な感覚に陥ってしまう。
自分がおかしいのか? それとも彼らがおかしいのか? それとも………全員がもう、おかしいのか……
「あ、ああんっ…! あっあっ…薬研……あんっ…!」
「はは、いつもより随分乗り気じゃないか、いち兄……見られて興奮しているのか? さっきよりずっと固く元気になってるぜ?」
「おやおや……どうやら一期は面影と気が合うようだな。見られながらするのが嬉しいとは…」
「ちが……」
ぐちゅん…っ!!
「ひあぁっん!!」
否定しようとした面影の言葉を止める様に、三日月の手が一際強く彼の楔を擦り上げると、途端に言葉は甘い悲鳴に変わる。
「う……ふぅ…っ……はぁ…はぁ……っ」
「そら……いつもより涎を零して悦んでいるではないか…」
肉棒の先端の窪みから溢れる愛液をそう言ったのか、面影の口の端から一筋の唾液が零れ落ちるのを揶揄する言葉だったのか………
その真意を明らかにする事無く三日月は笑みを湛え、抱きすくめていた面影の背中を壁側へと押し付けるとぺろりと面影の口元の涎を舐め上げ、そのまま自らの身体を屈めた。
「え、ぁ……?」
「さぁ…俺の松虫よ……あの二人にも、もっとその愛らしい声を聞かせてやるがいい……今のままだと負けてしまうぞ?」
ぴちゃ……っ
「あぁ…っ!?」
既に手で十分に扱かれていた面影の分身はすっかり熱と硬さを備えており、ぐんと上を向いていた。
その立派な雄に三日月が顔を寄せ、愛おしそうに舌を這わせると、持ち主の声が引き攣ると共に、雄そのものもぶるんと頭を揺らす。
「ほら……好くなりたくば鳴いてみせよ…」
囁きかける男の吐息ですら雄の粘膜に刺激を与えて欲望の坩堝へと誘い、更に若者の頭の中がぐるぐると回り混乱してどうして良いのか分からず、彼の口から誘われるままに嬌声が漏れ出した。
恥ずかしい…けれど、彼らもまたあられもなく乱れた姿を晒しているのなら、こちらが体面に拘る事にどれだけの意味があるのだろう。
ここでの痴態は秋の夜の夢…と彼は言った……虫である自分達の見ている夢だと……
此処に居る者達だけで収束する夢なら、今この時だけ乱れても誰に咎められる事があるだろう。
愛でられている虫が鳴き声を請われて鳴くのは、鳴いて更に愛でられるのであれば、それは当然の事ではないか……?
「鳴け……俺の松虫」
悶々としていると再び三日月が囁き、今度はじっくりと裏筋を根元から先端に向かって舐め上げた。
一見したら三日月が面影の目前で傅いている光景なのだが、その実は真逆であり、快楽を求めている愛しい若者に戯れに跪き、情けを与えている……
付喪神の王の様な男は、どの様な姿を見せても微塵もその威光を失う事は無いのだと示す様に。
「ふうぅうん…っ! ん、くぅん…っ! あ、ああぁっ…!」
「そうだ………」
三日月の満足そうな声を聞いてしまうと、『これで良い、これが正しい』と根拠ない安堵感が心を満たしてくる。
ふと視線を先へと移すと、あの兄弟の絡み合いが視界に入ってきて、同時に耳が彼らの…殆どは一期一振の声を拾い上げてきた。
「あ、はぁ…いい……やげん……もっと…!」
「ああ、こうしてほしいのか?」
最初は楔のみへの愛撫だったのが、今見てみると右手で一期一振の分身を、左手で胸の膨らみを可愛がりながら、薬研がくすくすと実に楽しそうに背後から兄の乱れっぷりを眺めている。
そんな行為を受けながら、一期一振本人は真っ直ぐに………こちらを見つめていた。
(あ………っ)
見られてしまっている……こんな……三日月に、己の劣情を咥えられ、舐められ、悦んで声を上げている浅ましい姿を……なのに…
(どうして………見られているのに……それが嬉しいって…身体がぞくぞくしてる…っ)
くちゅ、くちゅと濡れた音が股間から響く度、楔の表面を這い回る三日月の舌の感触も脳に伝播され、身体が反応して肩が震えてしまう。
悶えながらも一期一振をじっと凝視していると、そんな面影の視線を受けて向こうもより興奮したのか、蹲踞の姿勢から更に限界近くまで両膝を大きく広げて見せてくる。
まるで『もっと見てほしい』と身体で訴え掛ける様に……
「ん? どうした? いち兄?」
兄の態勢の変化を見た薬研が軽く問い掛けていたが、その瞳の奥には『全部知っているぞ』という見透かした光が宿っていた。
「やげん……ああ、もうだめ……おく、も………お尻の、奥も…っ」
「ようやく本調子になってきたみたいだな…そうそう、いつもみたいに素直になった方がいいぜ?」
足を開いた事でより一層露に見せつける事になった雄は、別の生き物の様に激しく頭を振りながら切っ先からとろとろと涎を溢れさせ、絡みついている薬研の細い指達を濡らしている。
昼間に見せていた清廉潔白な男の姿とはまるで違う淫靡な姿……それもまた彼の別の形…いや、寧ろこちらが真実の姿なのか……?
自分も与えられる愛撫に恍惚となり、淫らな姿を晒しながら面影が二人の様子をただ見つめていると、薬研が一期一振の乳首を弄っていた方の手を離し、背中側から相手の菊座へと移動させ、一気に三本の指先を窄まっていた穴へ差し入れた。
「んあ! ああぁ~~~っ!!」
勢いよく突き入れられたにも関わらず、その小さな穴はすんなりと三本の指を受け入れ、身体の主は苦痛ではなく明らか悦びの声を上げた。
「あ、あ…いい……もっと、もっと擦って…っ」
「ああ……こうだろう?」
「んんっ…! あっ…あぁっ…!」
薬研が指を出し入れする度にぐちゅぐちゅと濡れた音が響くと共に、それに呼応する様に嬌声が響く。
そうしている内に、薬研の指を伝い、白濁の雫が廊下の冷えた板面にぽたぽたと落ちていった。
先程、覗き見していた際に薬研と繋がり奥に放たれたものなのだろうという事は容易に想像出来たが、その生々しい光景を見ると、ずくっと面影の胸の奥に形容し難い衝動が湧き上がった。
その衝動の正体が分からないまま、ふと、一期一振と視線が交わる。
相手の瞳の奥に見えるのは、薬研から与えられる快感と、それを与えられるている自分自身を誇る様な、そんな満足げな彩。
それに気付いた時、面影は無性に相手が羨ましくなってしまった。
自分も……愛されている……愛している男から……
「…み…三日月……」
「うん…?」
声を掛けた相手は、面影の心中の揺らぎに気付いてるのかいないのか、変わらず舌を駆使しつつ口中に納めている若者の肉棒を美味しそうに味わっている。
敢えてわざと立てているのだろうぺちゃ、ぺちゃ、という音が、憎らしい程に激しくこちらの肉欲を煽ってくるのを認識しながらも、面影は止まる事は最早出来なかった。
「あの………わ、わたし、も………い、一期みたいに……お尻……」
全部を口にするのはこういう状態でも恥ずかしいのか、少しだけ遠慮が残った形になってしまったが、それでも言わんとする事は直ぐに分かる程度には伝えると、向こうはすぅっと目を細めて楔を口から離した。
ぺちゃ……っと音を立てて口元が離れ、楔との間に透明な粘糸が引く様が何ともいやらしいが、それですらこの蒼の神は己の美しさの引き立て役にしてしまっている。
「もっと可愛く鳴くのに餌が欲しいのか…?………ふむ、此処か…?」
小さな子供が悪戯を仕掛ける様に、三日月の指がちょんちょんと淫穴の入口を突くと、応える様に媚肉が小刻みにひくついた。
「あっ……はやく……はやく…っ」
私も…彼の様に…一期一振の様に、より深く強い快楽に溺れたい……!
少し前には他人に濡れ場を見られる事をあんなに恥じていたのに、もうそんな事など思考の端にも登らない。
寧ろそれは既に些事であり、今重要なのは一期一振に負けない程に三日月に愛される事……可愛がってもらえる事だった。
「あれを見てすっかり乗り気だな……そぅら」
ずぷぷ…っ
「あ、あ、あ〜〜っ!」
「おお、指がすんなりと呑み込まれていくぞ……」
先ずは人差し指だけを挿入したが、殆ど抵抗なくあっさりと呑み込まれ、まだ足りないというかの如く奥へと引き込まれる。
その様子を確認した後、三日月も指を一本、更にもう一本と加えていき、穴の奥で縦横無尽に蠢かし始めると、ぐちゅりぐちゅりと濡れた音が漏れ出てきた。
「ん…っ…あ、あっ……!」
「そうだったなぁ……俺がたっぷりと奥に注ぎ込んでいたのだった…」
三日月の指にも粘った白濁が絡み付き、とろりと菊座から溢れてくるのを見て、彼は愉悦の笑みを浮かべると、指遊びはそのままに再び面影の楔を咥え込んだ。
「うぁ…っ! あ、あぁ~っ! ふ、あ…いい、いいっ…オ〇ン〇ンも……お尻も……!」
「ん……ふ…っ」
淫穴からも三日月の口からも激しく粘膜を擦り上げる音が響き、その二重奏に面影の嬌声が重なる。
「…凄いな、三日月……いつもとはまるで違う」
一期一振の楔と淫穴を弄り回し、思うままに彼を鳴かせていた薬研が、視線だけを相手方に移してぼそりと感嘆を込めて呟いた。
自分達が知る三日月宗近は、あの様に誰かの前に傅き、奉仕するという姿は全く想像出来ない尊い存在だった。
長く国の宝として奉られ、多くの人々から丁重に扱われてきた歴史が、そのまま彼の行動にも反映されていると思えばそれも当然だろう。
この本丸でも、彼は顕現して以降もそののんびりとした性格のまま、狩衣の着替えや身の回りの世話等、他の誰かに任せられるものはその通り、その者に頼っている姿が常だった。
彼以外の刀剣男士なら少なからず反感を生むかもしれないそんな態度でも、三日月宗近という存在そのものが無意識の内に放っているカリスマ性に依るものがそれを可能にしていたのだろう。
しかし、いつの頃からだろう、彼の世話はあの若者…面影がほぼ一手に引き受ける様になっていた。
面影がこの本丸に迎え入れられ、最初は念の為に、という事で近侍であり実力者でもある三日月が面影の後見人という立場になったのだが、それも今思えば少しだけ不自然な面があった。
繰り返すが、三日月は周囲の刀剣達に世話をされている程の存在だったのだ。
そんな彼が自ら名乗りを上げ、他者の世話を申し出るなど、これまで一度も無かった異常事態だった筈。
それを皆が大した疑問も持たずに了承したのは、偏に彼らが置かれていたあの状況そのものが『異常事態』だったからだろう。
刀剣男士達を束ねる審神者の不在、数多居た刀剣男士達の喪失、突然現れた時間遡行軍の強襲、見えない政府側の思惑……
そんな状態のところに今度は擬態能力を持つ、刀帳に記載されていない謎の刀剣男士の出現だ。
混乱の中に生じる混乱の最中、慌ただしく戦闘に赴く皆の感覚は、三日月の提案には最早疑問を抱く事もなくなる程度には『麻痺』してしまっていたのだろう。
その流れのまま、いつしか面影の定位置は三日月の隣になっていたが、そうなってからも誰もそれについて苦言を呈す事はなかった。
二人ともそれで問題なく過ごせていたし、面影がその立ち位置に収まってくれた事で他の男士達の負担も少なからず減ったからだ。
しかし今思えば……最初に三日月が手を挙げたその時、瞬間から、あの神は面影を手中に収める事を狙っていたのではないだろうか…?
あの三日月宗近という付喪神は、それ程の執着…執念をこれまで隠していたのか……
(……まぁ、流石に最近の二人を見ていると、そうじゃないかと思ってはいたけど……)
やはり自分達と同じ関係に至っていたか……と脳裏で思っていた彼の耳に、一期一振の甘い声が聞こえてきた。
「薬研……」
は、とそちらを見遣ると、兄が頬を染めながらも少しだけ不満を宿した瞳でこちらを見つめていた。
「今は……私だけを…」
別に面影に見惚れていた訳ではないのだが、どうやらその視線の先を察した兄が嫉妬してしまったらしい。
図らずも向こうの二人のお陰で一期一振のヤキモチを見れた事で、薬研の心にも昏い炎が燃え上がった。
興味本位で受けた提案だったが……大正解だったかもな。
「……当たり前だろ」
背後から顔を寄せ、深く口吸いをしながら薬研の指の速度が一気に上がる。
「余計な事考えられない様に、限界まで搾り上げて捏ね回してやるから」
「あ、ひっ! ひぃんっ! それっ激しっ! オ◯ン◯もお尻も、勝手にうごいちゃ…っ! あん、あんっ! イク、イクぅっ!! イっちゃうううっ」
まるで理性の箍が外れてしまった様にあられもなく乱れ悶える一期一振の声に本能が誘われ、面影もまた自らの絶頂が近づいて来ているのを感じた。
「あああ……っ…」
「…ふむ?」
そんな若者の身体の変化に敏感に気付いたらしい三日月が、ゆっくりと口中から相手の楔を解放する…が、代わりに手中で茎の部分を包み込みながら、人差し指の指腹で楔の先端の窪みをずりゅっと擦り上げた。
既に粘液に浸される程に濡れていた場所だったので強めの力で擦られても痛みが生じる事はなかったが、代わりに力の強度に比例した刺激が面影の全身を襲った。
「んあぁぁ~~っ!! あっあっああ~っ!!」
「こちらの穴も物欲しげにひくついて………気持ち好いのだな……」
それからも粘液の滑りを借りて三日月の細い指先がにゅるにゅると揶揄う様に肉棒の先端を踊る様に這い回り、その度に面影の細い腰ががくがくと激しく前後に振られる。
「お前も、一期の様に達っても良いのだぞ…? 既に限界であろうに…」
ほらどうした?とばかりに、指先で窪みを穿る一方で、三日月は離した唇を再び寄せると、ちゅっと熟れた亀頭に口づける。
確かに、面影は最早快感と苦痛を身体の中心に抱えすぎ、そこの感覚すら麻痺しつつあった。
このまま達したら訪れるだろう快感を切に望みながらも、それでも面影は必死に意志の力でそれを防ごうとしていた。
何故なら………
「まだ、だめ……三日月っ……もう、はなれ、て…よごしちゃ……」
今も三日月は己の目の前に跪き、その美しい顔を肉棒に寄せて微笑んでいる。
もしこの姿のままで絶頂を迎えてしまったら……自身の白濁液が彼を穢してしまうのだ。
そういう結果になってしまった事は過去にも幾度かはあるのだが、それでも己の欲望を優先してしまう事は憚られてしまう。
愛しい男…美しい男………彼を自らの欲望に任せて穢してしまうなんて……
「今…射精したら………お前の、顔に…っ」
それを避ける為に、面影は息も絶え絶えの状態になりながらも必死に言葉を紡ぎ、相手に離れる様に促したのだが、三日月はそれをあっさりと拒絶した。
「良い………好きな時に射精せ」
面影の心を知りながら、その気遣いは無用とばかりに三日月は指での悪戯を止めないまま、今度は舌先を尖らせて指先の脇から肉穴の奥をつつき出す。
「ひうぅんっ!! やっ! ほんと…に…射精しちゃ…からっ!! あ、あ…っ! 退いてぇ…っ!!」
もう限界……と面影がぎゅっと瞳を閉じる。
「構わぬ…………俺も久し振りに浴びたい」
「!!?」
跪いた男から放たれた言葉に、閉じた双眸を開き、下を向く。
月の化身が顕現し、雄の証に愛おし気に唇を寄せ、誘う様な笑顔でこちらを見つめながら舌でちろりと窪みをからかっていた。
こんなに美しい付喪神の王が……自分の精を浴びたいと…?
「……っ」
どくんと何かが身体の中で弾けるのを感じた。
それは小さな破裂弾となり、瞬時に面影の忍耐と欲望を粉々に破砕していった。
「ああぁぁ~っ!」
びゅるるるっと、粘った白濁液が勢い良く男根の内を走り抜けて外界へと放たれていき、それは放物線を描く前に真っ直ぐに三日月の肌を直撃した。
「だめっ! みかづき、かおっ…! かけちゃ…っ! あああ、とまらな、いっ!!!」
駄目だと思う程に、身体は興奮し、白い熱を幾度も放つ。
駄目だと思いながらも、精を放ち、それらが愛しい男の美しい顔を穢す様を直視するのは、逃すにはあまりにも惜しい甘美だった。
ぴしゃ、ぴしゃっと小さな飛沫を辺りに散らす程に勢いが激しかった射精は、一度だけでは当然終わらず、それからも幾度も三日月の顔に白い雨となって降り注いだ。
「ん……あぁ…」
干ばつの土地に恵みを雨を呼んだ巫女の様に、蒼の男は恍惚としてその恩恵を顔に受けながら口を開き、白濁の雫を舌でも受け止める。
そして雨が止んだと見ると、その恵みをもたらしてくれた肉棒に感謝の口づけを与え、頬の雨を指で拭い取って己の口へと運んだ。
「まだこんなに溜めていたのか…? 若いというのは素晴らしいな…」
ここに来る前…寝室でも二人でまぐわっていた事を考えると確かに三日月の言う通りだったが、面影本人も内心驚いていた。
驚きながらも、射精で力が抜けてしまった身体を支える事が出来ず、面影はその場でずるずると壁に背を預けた状態でへたり込んでしまった。
ひんやりと冷えた床が脚に伝える心地良い感触に思考が少しだけ鮮明になってきた時、耳に自分のものではない嬌声が聞こえて来た。
「あっあぁ~~! 射精るっ、射精るぅっ!」
面影と同じく薬研から悪戯を受けていた一期一振も、一歩遅れる形で絶頂に達した様子だ。
遅かれ早かれ同じ結果になってはいただろうが、実は彼等の背中を強く押したのは他でもない面影達だった。
昼間には全ての本丸内の刀剣男士達を取り纏め、審神者を支えながら凛と立つ三日月宗近が、夜になれば若く美しい刀剣男士を自ら跪いて愛し、劣情さえも嬉々として受け止め、味わっている。
肉棒に絡める舌、薄く微笑む唇、貼り付いた白濁液を口元へと運ぶ指先……
そのあまりにも倒錯的な情景を見て、昂らない訳がない。
そんな彼らの姿を見て、一期一振も一気に絶頂へと至り、宙に向けて白濁を放ったのだ。
彼もまた一度だけの放出では終わらず、二度、三度と繰り返し、噴水の様に美しい放物線を描いていく。
面影と三日月の絡みを見つめていた一期一振は、内心自らの精を薬研の口に注げなかった事を残念に思っていたが、流石にそれは不可能である態勢だったので諦めるしかなかった。
「あ、ああぁ…っ…い、い…」
「いち兄も、なかなかのイキっぷりだったな………けど、さ」
恍惚に浸る一期一振を、優しく後ろから抱き締めて体重を引き受けると、薬研は彼の背後でぐっと腰を前に突き出した。
「あん…っ!」
にゅるんっと濡れた感触が一期一振の内股に触れてくる。
一期一振がそ、と視線を向けると、己の股間から自分とは別の肉棒がにょきりと生えていた。
正しくは、背後の薬研の雄が股間を抜けて頭を覗かせていたのだった。
「ズルいよな……いち兄だけ達って気持ち良くなって…」
どうやら兄を追い詰めている間に弟も十分に興奮してしまっていたらしく、それを知らしめるように何度も己の楔を兄の内股に擦り付けてくる。
「ああ…薬研のオ〇ン〇……すごく、あつい……っ」
達したばかりなのに、内股から雄々しい頭を覗かせる弟の肉刀に、またも欲情した瞳を潤ませながら一期一振が熱い吐息を漏らし始めたところで、三日月の声が響いてきた。
「なぁ、お前達」
どうやら面影への睦言ではなく、自分達への呼びかけらしい。
見ると、今度は蹲った面影と反対に三日月の方が立ち上がり、若者の背後に回っている。
「折角、共に虫合わせに興じているのだ。ここは一つ、同じ様に互いが互いの松虫を鳴かせる姿を愛でながら愉しもうではないか」
その返事が返って来る前に、三日月は面影の背後から彼の両の膝裏に自らの腕を潜り込ませると……
「う、わ…っ!!」
その細腕で軽々と、面影の膝裏を支点に、背中は自分の前面で受け止める形で抱え上げてしまった。
「こ、こんな格好…っ、いやぁっ…!」
着ていた浴衣はいつの間にか完全に身体から取り払われ、一糸纏わぬ姿のまま面影は今の態勢を薬研達に晒されていた。
両脚は三日月の腕に引かれるままに左右に広げられ、中心の分身と奥に潜む淫穴がはっきりと見えてしまい、その下には、隆々と見事に勃ち上がる三日月の楔が在った。
何とか身を捩って逃れようとしている若者だったが、射精したばかりの身体では碌に力も入らないらしく、完全に無駄な努力に終わってしまう。
そんな若者の抵抗をあっさりと封じながら、三日月は彼の後ろから挑発する様な視線を薬研達へと向けつつ薄い笑みを浮かべながら沈黙を守っている。
しかし、彼の意図は確実に薬研にも伝わった。
同じ様に……つまり薬研達にも自分達と同じ体位を取らせ、互いに繋がり合った所を見せ合おうという事なのだろう。
今の背面駅弁の体勢であれば、各々にも結合部を晒し合う事が出来る……
「……いいな、それ」
一度は兄の身体から手を離したものの、その立ち位置から再び相手を拘束するなど容易く、薬研も三日月に倣って一期一振の膝を下から掬い上げてそのまま抱え上げた。
「ああ…っ」
声は上がったものの、一期一振は面影程の抵抗は見せず寧ろ何処か期待している様な瞳の色を宿しており、その口元には微かに笑みすら浮かんでいた。
その反応は、彼の元々の性癖から来ているのか、それとも弟達からの「教育」の賜物だったのだろうか。
ともあれ、薬研がゆっくりと立ち上がって三日月達と対峙したことで、同じ姿勢を整えた二組は『準備』が整った。
各々の姿を見比べると、三日月が同じ体格の面影を抱えているのに対し、薬研は明らかに自身よりも大きな身体である一期一振を細腕で支えているので、一見すると少年が青年を抱えているという妙な違和感がある。
しかし薬研も刀剣男士の端くれであるため、男士一人の体重を支えるなど何という事でもないので、三日月が彼に対して気遣う様子もない。
ここは彼ら刀剣男士なりの常識なのだろう。
「………っ」
こくん、と自らの喉が鳴る音を聞きながら、面影は前の二人をじっと凝視する。
そこにいる二人の姿は、或る意味その容姿を違えた自分達なのだ。
全裸に剥かれ、秘所を露に晒され、そして下に構えられている雄によって……貫かれる………
(わ、私も……あんな格好をして……三日月の、で…)
どくんどくんと胸の奥の鼓動が大きく激しくなる。
(どうしよう……あんな風に下から挿れられるって……わ、私は…どうなってしまうんだ……)
きっと、薬研の様に三日月のも熱く固くなっている………それが、私の内に…?
「では…始めるか」
「っ!」
思考を遮断する様に三日月が軽く宣言し、同時にがくんと自らの視線が落ち始めた。
どうやら、三日月がゆっくりと自分の身体を下へと下ろし始めた様だ……向こうの一期一振の身体も、三日月の呼びかけに応じた薬研によって徐々に身体が下がっていく。
「あ………ぁ……っ」
まるで、自らの刑罰執行を目の当たりにしている様だった。
向こう側の兄の秘穴が弟の肉刀の切っ先に触れた瞬間を目にした直後、面影本人の秘穴にも熱い感触が触れた。
「あっ…」
「ほら…いくぞ…?」
背後から掛けられる執行人の声は、優しく甘いのに、無意識の内に身体が震えてしまった。
ずぷぷ……っ
「あ、あ、あぁ~~~っ…」
つい先刻まで三日月によって散々解されていただけに、面影の秘洞の入口は殆ど抵抗なく先端を呑み込んでいき、その茎がより深く差し入れられるに従い若者の嬌声が高く大きく響く。
(こ、れ……すごいっ…! い、いつもと違うとこ……ふ、深く挿さって…っ!!)
立位で交わる経験は初めてではないが背面駅弁はこれまでした事がなく、自重がほぼ全て掛かる分、肉刀が最奥の更に奥まで肉洞をこじ開けていくのが分かった。
「は、あぁぁぁ~~! や、げん…っ…もっと、そこっ! ああ、いい~~…っ!!」
「っ……凄いがっつき方だな……」
同じ様に楔を下から突き立てられた一期一振の歓喜の声と、吐息を交えての薬研の呟きが聞こえてくるが、面影はそれは殆ど音としてしか認識出来ず、荒い呼吸を繰り返しながら喉を極限まで反らしていた。
ここまで、と思ったのにそれより奥へと侵入し、まさかこれ以上は、と思ったのに更に深く秘肉を抉り、雄の凶器が進み入ってくる。
「はぅ……くぅぅん…っ! おく、おくぅ……へぁっ……」
「ああ……好い、好いぞ………俺のを蕩けさせようと、必死に絡みついて……そら、分かるか?」
そして、三日月が顎で自分達の先で交わっている兄弟達を指し示した。
「今のお前もあの様に……卑しく下の口で俺のを咥え込み、上の口も物欲しそうに喘いでいるのだぞ…?」
「ふぁあん…っ、あっ……いち…ご……?」
促されるままに一期一振達の方へと目を向けると、丁度、相手の視線と己のそれが交わった。
「……お、もかげさん……ええ…そうです、よ…?」
弟の薬研に犯されながら、うっとりとその感覚に酔い痴れる様に面影を見返したその男は、敢えて見せつける様に両脚を開きながら接合部を見せつけてきた。
通常であれば決してしないだろう行為だったが、今の彼は理性を失い、快感のみに支配されている様に見える…いや、実際そうなのだろう。
「私も…あなたと同じ様に……薬研のオ〇ン〇を……ほら、こんなに深く、食べちゃってるんです、よ………とても、美味しくて……気持ち、好くて……あぁ…」
薬研の肉楔の根元の直上に、楔を呑み込んでいる肉穴がはっきりと分かる程にひくひくと息づく様に蠢いていた。
自らが置かれている状況を説明している姿は、まるで薬研に愛されている己を誇示している様にも見え、そんな相手に面影もいつもの彼にしては珍しく対抗心が湧き上がった。
相手が薬研に犯されている事実について、嫉妬という感情は皆無だが、自身もまた三日月に抱かれている事を知らしめたくなったのだ。
その行為に意味はない筈だが、それを行う事を躊躇う様子は今の面影にはなかった。
「わ…たしも………あん…っ……わたしの…おなかのなか………ぜんぶ、三日月になっちゃって、る…」
はーっ、はーっと深く熱い息と、唾液を口の端から零しながら、面影はぼんやりとした頭で必死に言葉を絞り出す。
「あつくて……お、きくて……きもちい…っ……お、おかしく…なっちゃうぅ……こ、ここ……三日月の、オ〇ン〇ン、だいすき…だからっ…!」
ぞくぞくぞく…っ!
その時、背筋に見えない雷が走り抜けたのは、面影本人ではなく、彼の独白を聞いていた三日月だった。
普段のまぐわいの時にもこんな直接的な台詞を言ってくれる事は少ないのだが、今日は目の前のあの男達に触発されたのだろうか。
何れにしろ、雷によって抑えていた欲望を解放されてしまった月の神は、愛しい獲物を更に激しく追い詰めるべく動き始めた。
「そうかそうか……ここが俺のが好物ならば、たっぷりと頬張らせてやろう」
言いながら、面影の身体を易々と上へと持ち上げ、かろうじて体内に己の亀頭が残る程度まで楔を引き抜く…と、直後、
どちゅんっ!!
「かは…っ、ああ~~~っ!!」
一気に根元まで面影の体内へと突き入れ、最奥の粘膜を容赦なく抉った。
そしてその行動は一度では終わらず、間髪入れずに同様の責苦を繰り返し与え始めた。
どちゅっ、どちゅっ、どちゅっ!!
「ひっ! ひあっ! あおおっ!! はっ、はげしっ! おお、んっ!! オ〇ン〇ンっ! オ〇ン〇ンっ! いいっ!! おくっ、もっと擦ってぇ!!」
「おお、好いぞ…やはりお前は、声も姿も美しい……特に俺に抱かれている時が、な…」
ぞんな二人が激しく肌と肌とをぶつけ合い、接合部から淫らな水音を響かせて悦楽を貪っている一方で、同じ様に一期一振も上下に身体を揺らし揺らされ、都度、薬研の肉刀に挿し貫かれて悶絶していた。
「ん、ひぃぃんっ! お、ほぉおんっ!! すてき…っ! やげんの弟〇ン〇っ! いけない兄を、もっと躾けてぇっ!! おっおお…っ!」
「やばいくらい昂っちまうな……そんな激しく動くと、すぐ……っ」
双方の動きは時に同調し、そして変調し、水音と嬌声も揃ったりずれたり………
もう一組の甘い悲鳴を伴奏に、己の淫らな声を聞きながら彼らはひたすらに肉欲に溺れていく。
「おやおや、一期からいけない事を教えてもらったみたいだなぁ…どうだ? 自分で乳首を弄りながら下の口で男を咥え込む気分は…」
「いや…そんなこと、言わないで……あん…っ」
三日月に愉しそうに指摘されながらも、両の乳首を弄り回す手を止められない……
彼の言葉通り、一期一振が貫かれながら乳首を指先で苛めているのを見て、その誘惑に引き摺られる様に夢中で胸に指先を這わせていた。
こうして別の一組から刺激を受けて快感を追うというのも、普段にはない新鮮な刺激だった。
いつの間にか責められている方の男達の雄の証も、幾度も幾度も淫肉を擦られ敏感な場所を突かれる内にしっかりと勃ち上がり、肉体が揺れる度に頭を振って透明な雫を散らしていた。
そして、互いが互いに刺激される様に共に動きが速まっていき、面影と一期一振の嬌声もより高く逼迫したそれに変わっていった。
「あぁ~~っ! みかづきっ!! い、いくっ…! もっ、達くから……思い切り、奥に射精してぇっ!!」
「薬研…っ! 全部…私の内に注いで、いっぱい飲ませてぇっ!! あ、あ、あぁぁ~~~っ!!」
彼らの悲鳴が同時に上がり…共に責めていた二人の男達が息を詰める。
どびゅっ! びゅるびゅるびゅるっ!!
びゅくんっ! どくっどくっ、どぷ…っ!
「おお、ん……射精て、るぅ……みかづきのオ〇ン〇ン、びくびくって…跳ねて…」
「ああ、ああ~…! 弟汁に満たされて、る……私の内に染み込んで……堪らない…っ」
激しい絶頂を迎えて恍惚となった男二人が、まだ抱えられた姿勢のままに雌顔を晒し余韻に浸っている中で、薬研が息を少しだけ乱しつつ三日月に呼びかけた。
「なぁ、三日月…」
「うん…?」
返事を返したものの、相手は手の中に抱かれている若者の蕩け顔を愛でるのに忙しいらしく、視線はそちらに固定されたまま動かない。
しかしそれに構わず、薬研は続けて相手にとある提案を行った。
「外での宴での虫合わせも良いが……今度は籠の中で愉しまないか?」
「ふむ?」
相手を見遣ると、その大人びた表情の少年はちらりと明後日の方向へと視線を移す。
その先にあるのは、粟田口兄弟たちの私室…そして寝所だ。
つまり、此処での戯れは仕舞いとして、続けて密室の中で愉しもうという事だろう。
「ちょっと、試してみたい事があるんだ………俺達兄弟だけじゃ出来なかったんだけど、きっと二人とも気に入ってくれると思うぜ?」
それが何であるのかを今此処で暴露するつもりはないらしい、が、その瞳の中に大きな自信を読み取り、三日月は興味をそそられたのか、さして時間を掛けずにその提案に乗るべく頷いた。
「良かろう……籠の中、とな?」
「ああ……じゃあ、こっちに………」
「本当なら、廊下で愉しんだ後は、此処で続きをやるつもりだったんだ」
そんな事を言いながら、薬研が共用の押入れの奥から持ち出して来たのは、実に奇妙な形状をした物体だった。
正確には、用途については大体予想がつく物なのだが、本来の形との相違が大きかったのだ。
「ほう、それは……」
それに注目した三日月が、続いて脱力して動けなかった面影を抱えていた姿勢から屈み、若者を既に敷かれていた布団の上へと下ろす。
二人分の敷布団が並んで敷かれていたので、一組の方に面影、もう一組の方へ一期一振を寝かせる形になったが、故意か偶然か、互いの向きは上下反対になっていた。
面影達が二人とも薬研達の会話を耳にして視線を上へと向けるが、行燈の光も彼らの陰で遮られ、薬研が手にしている物体ははっきりとは見えない。
「ちょっと現世で買って来たんだが、試す機会がなかなか得られなくて……でもこれなら三日月も抵抗は少ないんじゃないか?」
「………ふむ」
問われた三日月はそれ程長く考える事もなく、相手の提案に頷いた。
「確かに、これなら一期と共に愉しんでくれるだろうな」
「ああ」
同意を得たとばかりに薬研の笑みが深くなり、いよいよその道具を使おうと伏していた二人の傍に屈み込み、先ずは兄である男の身体に触れる。
「ほら、いち兄……」
「ん……あっ!」
振り返りざまに薬研が片手で持っていた物体を目視出来た事で、一期一振が薬研の考えている事に気付いて身を震わせた。
「そ、それ…って……」
「ああ、面影と一緒に愉しめそうだと思ってさ……形も俺のとは違うし、気に入ると思うぜ」
「で、でも……っ、そんなの…っ」
躊躇する一期一振の瞳に映っている物体は、世に言うところの『大人の玩具』だった。
男性のシンボルを模した「張り型」だが、通常の形ではなく、左右両極に頭を持つ『双極ディルド』と呼ばれるものだ。
黒光りするそれは表面が艶やかに見え、その材質からある程度の固さを保ちながらも強い力を受ければ形を変える程度の軟性を保っている事が伺えた。
しかも茎の表面には通常の人間ではあり得ない瘤が無数に配置されており、それらが容赦なく肉壁を擦り、刺激する仕様になっているのが見て取れた。
(あ、あんなので内を擦られたら……っ)
駄目だ……駄目………駄目…………どうなるか分からない位………
(きっと…気持良く、なってしまう……)
心では拒みながらも、その向こうに見える極上の快楽に知らず喉を鳴らしてしまう。
そしてその悦楽を餌にされた肉体は心に対して抵抗を試みているのか、姿勢を変えようとしてくるものの、薬研の行動から逃れる事が出来なかった。
いや、拒めなかったのは先程の絶頂からくる疲弊が続いていたというのもあったかもしれない。
兎に角、一期一振は弟の手によって布団の上で四つん這いの姿勢を取らされ、碌な抵抗も出来ないまま双極の内の一方をずぷりと肉穴へと挿入されてしまった。
「ん…っ…おお、ぉ…っ」
はふっ、はふっ…と音が立つ程に激しい呼吸音を響かせる一期一振の唇が、閉じられる事無く涎を端から垂らす。
(すごっ…すごいっ…! あれだけの瘤が内の壁をぐりぐり押して擦って…!! やぁ……ま、まだ奥まで来る…! おっ、おおぉ…っ!)
「はは…結構太いのにすんなり咥え込んで……嫌がっても本当は待ってたみたいだな」
「おお……ならば面影も悦んでくれよう」
一期一振の肉体はぬぷぬぷと貪欲に張り型を呑み込み、既に中央部分近くまでが見えなくなってしまっている。
残り半分…つまり一人の男の楔が臀部から突き出ている様な異様な光景だったが、何処か目を惹かれてしまう危うい魅力も潜んでいた。
三日月から手を貸され、身を起こした面影がその光景を認めた瞬間、彼の瞳が驚愕に見開かれ、続けて相手の方を見上げてくる。
何をこれからされるのか、一期一振の姿を見て流石に察したのだろう。
「あ、あの……三日月⋯」
「うむ、心配は無用だ。ほら、俺が手を貸してやろう」
「そ、それは……!」
そういう意味で彼の事を見た訳ではないのだが、伸びてくる手を振り払う事は出来なかった。
身体の疲労の所為…というのは、らしく聞こえる言い訳だろうか。
張り型の形状に慄いたものの、それを用いて喘ぎ、悦んでいる一期一振の様子を見て、どの様な快楽をもたらすものなのかという興味が湧いたのかもしれない。
「ふふふ、美しい松虫同士仲良くな…」
「あ⋯」
面影が三日月の手引きにより一期一振に臀部を向ける形で四つん這いになり、彼の手により支えられた張り型に向けてゆっくりと移動させられていく。
それも無理矢理行われている訳ではなく、男が肩に触れてきた手で優しく促されるままに自ら四肢を動かして、あの凶悪な形の造形物に自ら向かって行った様なものだった。
「ん、あ…」
「そう、そのまま…」
子供をあやす様に優しく声をかけて誘導を続ける三日月だが、させようとしている事は到底子供にさせるものではない。
そんな違和感の中で、三日月の支えている張り型の先端がいよいよ淫穴に触れる。
「あ……っ」
小さい声が響いたが、面影の身体の動きは止まらず、そのまま一期一振側の方へと動き続ける。
それに伴い、触れていた人工物は更に穴を押し広げ、一期一振の様に体内へと侵入を果たした。
「んん…っ、あ…おお、き……」
亀頭の部分を吞み込んだところで面影が呟く様な声を零したのと同時に、反対側の男がひくっと顎を反らせて一際大きく喘いだ。
「あっ! お、おもか、げ……そんな…っ、うごい、たら…」
そして喘いだ拍子に彼が身体を激しく揺らした事で、今度はそれに反応して面影が嬌声を上げる。
「あんっ…! あっ、いちご……それ、だめぇ…」
双頭の玩具をそれぞれの肉体に挿入したら、当然互いの身体の挙動が相手方の内に埋められた玩具に影響を及ぼす。
そういう不規則で予測不能な刺激を期待しての玩具なので、彼らもその初めての刺激に早々に翻弄されつつあった。
「ああ……ああ……いい、そこ……っ」
「やぁ…っ…なか…ぜんぶ……擦ってる…!」
表面の半球状の瘤は一つ一つは大きくなく手指の幅程の径しかないが、びっしりと茎に浮かんでいるそれらが、相手が身体を揺らす度に余すところなく淫肉を容赦なく押し、擦り、抉ってくる。
最初こそ双方の動きはぎこちなかったが、自らの体動が相手の動きを促す事を学んでくるに従い、彼らはやがて示し合わせた様に腰を蠢かし始めた。
(ああ、なんて、素敵……面影さんが動く度に、私の中の…が激しく犯して……っ)
(私が動いたら一期も……あ……もっと奥にも…ほしい…っ)
一期一振から遅れての行為だったため、まだ張り型の半分全てを挿れていなかった面影は、既に三日月の手が離れていた事にも気づかず、自ら腰を背後に進めてより深く深くそれを呑み込もうと動いていた。
「おや……思っていた以上に興が乗ってきたらしい」
「我が兄ながら、素直過ぎるのもちょっと心配だぜ…」
三日月と薬研が互いの相方についてそう評した後、彼らの視線が交わされ、どちらともなく頷く。
「ふふふ、では俺も一興…」
「だな、乗らねぇのは損ってやつだ」
そう言葉を交わし合うと、薬研は一期一振の前に、三日月は面影の前に立ちそのまま膝を折る。
「ほら、いち兄…」
「こちらも欲しいだろう?」
そして面影達の口の中に、彼らは同時に自らの楔を勢い良く突き入れた。
「んぐ…っ!」
「は…む…っ!」
二人ともが驚いた表情を浮かべたのもほんの一瞬。
その状況を把握すると、彼らのどちらもが拒む事もなく素直にその侵略を嬉々として受け入れた。
「んんっ…んっ…んっ…はむ……っ」
「ふっ……んぐ…っ……んっ…!」
三日月達の腰が激しく前後に揺れる度に犯されている男達の甘い呻きが漏れる。
それに合わせてぐちゅぐちゅと二つの口から濡れた音が響き、更に彼らの臀部の隙間から響くそれも加わり、淫らな不協和音が部屋中に響き渡った。
「…昂るな」
「ああ…ぞくぞくする」
三日月がぺろっと赤い舌を僅かに覗かせて呟くと、薬研も頷いて眼下に見える兄の白い背中を眩しそうに眼を細めて見つめる。
嗚呼、何とふしだらで不埒な光景だろう…
如何わしい玩具を体内に挿入し、自ら腰を揺らして相手を煽りながらそれがもたらす快感を享受しつつ、喘ぐ口には愛しい雄達の分身を咥えて舌を絡めて吸い上げている二匹の獣…いや、今は虫と呼ぶべきか?
偽の男根に犯されて上げる鳴き声も美しいが、口を欲棒で塞がれて呻く声もまた趣がある……
いつの間にか、面影も一期一振と同様に限界まで張り型を挿入しており、腰を激しく揺らす度に一期一振の臀部と自らのそれがぶつかり合い、ばちゅんばちゅんと弾かれる様な音も混じっていた。
「んくっ……おも、かげ…っ……もっと…!」
「………」
「ああ……いち、ご……そんなにうごいたら…っ!」
「…………」
どうやら面影より一期一振の肉体の方が快感に対しては貪欲らしく、彼の腰の激しい揺れに面影が翻弄されてしまっていた。
が、それでも決して嫌ではない様で、一期一振の動きに合わせようという意志を感じる動きを見せた若者だったが、その様子を見ていた三日月の瞳からは何故か愛でるという優しさの彩は消え、能面の様な表情に変わってしまっている。
しかも、そんな危うげな表情を浮かべていたのは三日月だけでなく、同じく見下ろす立ち位置に立っている薬研も同様だった。
「は、うっ…す、みません…っ…でも、もう少し……もう少しなんです…っ!!」
「はあぁぁ……わ、たしも…もう…すぐ…っ」
彼らの口から楔が抜かれ、逼迫した声で互いに限界が近いことを訴える。
それぞれが極みに至るまであと少しというところなのだろう。
最上の快楽を得たいと二人の臀部がぶつかり合う音が激しく速くなり、もう直ぐにでもその瞬間が訪れるのだろうと想像に難くない…ところで、彼らの声と姿を愉しんでいた筈の男達二人が同時に動き出した。
「悪いな、いち兄」
「面影…そこまでだ」
分身を解放された事で容易に動けるようになった三日月達が、若者達を絶頂に導いていた玩具に手を掛けると、二人の身を退かす事で内から引き抜いてしまった。
「あぁっ! そ、んな…ぁ!」
「いや…っ、抜かないで…!」
面影達にとっては崖から奈落へと落とされる様な感覚だったに違いない。
あと少しで極上の愉悦に浸れるところが、体内を満たしていたものを失い、淫肉の渇望に身を焦がされる苦痛を与えられてしまったのだから。
しかし、彼らを苦悶の海へと沈めたのは紛れもなく薬研達だったが、そこから救い出してくれたのも同じく彼らだった。
「玩具にいいとこ持って行かれる訳にはいかないからな」
「面影…お前を達かせるのは俺だろう?」
玩具を引き抜かれ、喘ぐようにひくついていた二人の男達の菊座に、それぞれの相方が先程まで口腔で慰められていた己の雄をずぐりと埋め込んだ。
「はは……とろとろだな」
「玩具だけでこんなにいやらしく解れて…」
碌な抵抗もなく肉棒を呑み込んで、一期一振と面影は揶揄されている言葉にも気を向けるゆとりも持てず、再び与えられた餌に歓喜し、飛びついた。
既に雄の味を覚えてしまっていた淫洞は、熱された固い肉の刀をきつく締め付け、そして弛緩を繰り返し、奥に貯められているだろう命の脈流を放たせるように蠢いていく。
「いち兄…すごいぜ……んっ…いつもよりきつくて…」
「あっあっ!! お、玩具より熱くて激し…っ……もっと…お、弟〇ン〇、奥まで食べさせて…!!」
「おお……恥じらいもなく内がうねうねと……欲しがりな奴だ…」
「ほ、ほしい……お、ねがい、三日月…っ! オ〇ン〇ンっ、三日月のオ〇ン〇ンで、私の奥、いっぱい抉ってぇ…!」
あられもない二人分の嬌声と、雄を受け入れている淫穴から、その雄が勢い良く出入りする度に響くぐちゅぐちゅという濡れた音が密閉された空間に響き渡る。
玩具を通じて繋がっていた二人の肉体は、今は別離して異なる方向へと頭を向け、同じ様に獣の姿勢で背後から貫かれていた。
二組の交わり合う雄達の響宴は、幽玄な空間でいつまでも続く様だったが、物事には全て限りというものは存在する。
一度は玩具を引き抜かれ、身体に籠った熱に冷や水を浴びせられる様な事態になったのは事実。
しかし、二人が荒々しく突き入れた楔は確実に若者達が限界に至る道を拓いており、更にそこへと至る様に無情に追い立てていた。
最早、己と同様に犯されている男の様子を気に掛ける余裕は双方共に微塵もなく、激しい吐息と共に甘い悲鳴が絶え間なく響き続け………
「く、ぁ……あああ…っ! やげん、達くぅっ!!」
「あ、あ~~っ!! みかづきっ! いっしょにっ!!」
まるでその間を推し量った様に、彼らのしなやかな背中が限界まで反らされると同時に全身が震えた。
その時、目には見えない場所で貪欲な肉体達は内側の肉襞をぎゅうときつく窄ませつつ痙攣し、求めていたものを与えてくれるよう、肉楔に希っていた。
「いち…兄っ…!」
「面影……っ」
全身をうっすらと滲んだ汗で光らせながら、二匹の獣は自らの愛しい獲物達を鋭い牙を突き立て、揺すり上げ、体内から犯し尽くした証とばかりに欲望の白濁液を深奥へと放った。
「あ……っ」
「くぅ、ん……っ」
どくんどくんと幾度も幾度も繰り返して注がれる灼熱の溶岩……
肉壁を焦がされると錯覚する程の熱に浮かされ、二人共が遂に絶頂へと至ったが、彼らのどちらもが己の剛直から雄の種汁を放つ様子は見られなかった。
びくびくと頭こそ激しく振り立てるものの、固さはそのままに申し訳程度の透明な雫を零すに留まっていた事に、三日月達が直ぐに気付いて声を立てて笑う。
「後ろだけで達ったか……松虫は雄だけが鳴けるものだが、お前はどうやら雌であったらしいなぁ…」
「いち兄も……いや、雌なら姉なのか? けど、刀剣男士は男でなければ何かと都合が悪いからなぁ……」
「これは、責任を取ってしっかりと雄に戻るまで可愛がってやらねばならぬだろう…」
「そうだな……まだまだ足りてなさそうだし…」
既に此処で行為が終わる事はないという男達の宣言だったが、面影や一期一振は体内に注がれている熱液に犯されていく感覚に痙攣し、快感に痺れ、言葉の意味を解する事すら放棄していた。
そしてそれからも、まぐわいの淫音は途絶える事無く部屋に響き、夜明けが来るまでそれは延々と続いたのだった…………
「おう、おはよう三日月」
「薬研か、おはよう」
あの夜が明けて翌日の昼餉の時間…
茶の間にて、薬研は盆を受け取った後、茶の間の何処に座ろうかと席を探していた。
そんな少年が声を掛けた男は内番姿で、丁度今から昼餉に手を付けようとしていた。
昔は大所帯だったこの本丸の茶の間は相応の広さを誇っている。
あちらこちらにも男士達が机の上に自分の食事が乗せられた盆を置き、舌鼓を打っている姿があり、三日月達の様に談笑を楽しんでいる者達も数多くいたので、彼らの姿に違和感を感じる者は誰もいなかった。
「昨夜は付き合ってくれて有難うな。新鮮な刺激があってとても愉しかった」
「そうか、愉しめたのなら何よりだ。俺達の鋼の身体は人と比べて寿命が酷く永い……退屈な時間を過ごすばかりでは、心の方が擦り切れてしまうやもしれん」
これだけの会話を聞かれたとしても、おそらく何らかの娯楽を二人で興じたのだろうと皆は考えるだろう。
昨夜に繰り広げられたあの淫らな宴を想像する者など居る筈がない…故に、二人はごく自然にそんな会話を交わしていた。
そんな中、ふと薬研が声質を落とし、ひそっと三日月だけに聞こえる小声で囁く。
「…………三日月、あの時、いち兄に嫉妬してただろ?」
脈絡のない質問にも三日月は一切の動揺を見せる事無く、微笑んだままの姿で薬研を見上げる。
返事がない事を確認して、薬研は言葉を継ぐ。
「実際、いち兄が面影を犯してた訳じゃないが、あの玩具で繋がっていた時はいち兄が動く度に面影も酷く善がってたから……だから、あんな事したんだろう?」
二人が同時に達きそうになっていたところで、その繋がりを断って、自らで激しく犯した。
その手管が、いつもの穏やかな三日月らしくなく野獣の様に荒々しかったのは、普段の夜でもそうなのか、それとも面影に対して多少なりとも苛立ちを感じていたのかは、薬研には分からなかった。
しかし、三日月が面白くないと感じていたのは事実だろう。
虫達の痴態を眺めて愉しむ、という事であれば、彼ら二人の中に割り込む事は見方に依っては無粋なのだ。
三日月が持ち掛けた宴にその本人が水を差すというのは、彼らしくない行動だった。
それでも、薬研は今更それについて何だかんだと口を挟むつもりはない。
理由は……
「責めるつもりはないんだ。正直、俺も同じだったからな……三日月がああしなかったら多分俺が止めてた」
「……」
昼餉に手を付ける前に、三日月は自分専用の湯飲みを持ち上げ、一口、煎茶を口に含んで飲み下す。
湯飲みを口から離し、そこで初めて三日月は薬研に答えた。
「…そうか……」
「……それともう一つ。もし俺が面影に少しでも触れようとしたら……あんた、俺を折るつもりだっただろう?」
「…………」
ぞっとする様な台詞をさらっと言った薬研に、三日月は再び湯飲みに口をつけた後に何でもない事の様に頷いた。
「それはお前も同じだろう? 薬研……お前はどうやら俺と同じ匂いがする」
普段は徹頭徹尾理性的な判断を下し、公平性を旨とする性だが、己の執着する相手が関われば、その冷静の仮面を脱ぎ捨てて情のままに走る。
いや、情というよりは…狂愛か…?
そんな少年だからこそ、自分は彼に虫合わせに誘ったのだ。
「…まぁな……」
ほんの一瞬だけ、薬研の瞳に剣呑な光が宿る。
「あの時の感情は、とても面白かった……俺の大切ないち兄の美しさを見せつける優越感…その一方で誰にも見せたくない、独占したいという二律背反の心……」
「うむ……まこと、人の心というものは儘ならぬもの」
「………けど、暫くはああいう戯れは御免だな。やっぱりいち兄は俺達だけの大切な存在だという事を認識したんだ、これからも俺達だけで愛していくさ」
「ああ……それも良かろう」
水面下で、各々の恋人には手を出さない、という事を再確認したところで二人は薬研がその場を離れたところで会話を打ち切った。
(……少し強引ではあったが実に好い宴だった…)
面影を巻き込む形で開いた淫靡な宴。
それを思い出して三日月は小さく笑う。
薬研からの指摘の通り、相手が絶対に面影に手を出す事はないだろうという確認があったので、あの時薬研を誘ったのだ。
まぁ、そもそもが薬研でなく他の刀剣男士であってもあの秘密が破られる事は無かっただろうし、自分の恋人以外の誰かに手を出す事はしないだろう。
刀剣男士は神の括りに存在する。それも善の概念に極めて近い形で。
そういう類の者達は、人とは比較にならない程に自らの信念に対して一途なのだ。
故に、自らが愛した対象に対しては、命を懸けて愛情を捧げるのだ。
もし長く…とても長く人として過ごしていけば、やがて人の悪しき面も得ていくのかもしれないが、それは今はあくまでも可能性に過ぎない。
だから三日月も薬研も、自らが愛する相手だけに心を向けており、他の誰かに目移りするなどあり得ないのだ。
(さて、今日は俺の可愛い松虫の機嫌も良くしてやらねばならんか…)
昨日の夜の宴の中では面影も夢中になって三日月に縋って快楽に狂っていたが、朝を迎えた現在は当然ながら理性は戻っている。
いつの間にか三日月によって自室に運ばれ、陽光で目を覚ました時、隣にはしれっとその三日月が寝入っていた。
何があったのか…と暫し呆けていた若者だったが、そうしている内に徐々に昨夜の記憶が甦ってきて………
『~~~~!!!!!』
あの痴態を三日月のみでなく、一期一振達、他者にも見られたという事実に思い至ったところで一気に眠気は退散し、気が付いたら元凶とも言える三日月本人を叩き起こして寝所から追い出してしまっていた。
『随分賑やかな「開諸門鼓」だな…』
『ううう、うるさいうるさいうるさ~~いっ!!』
そんな三日月は追い出された後も全く怒る事無く機嫌を損ねる事もなく隣の自室へと素直に戻り……内番服に着替えて今に至る。
これは暫くは、懐柔作戦が必要になるかもしれない。
なかなかに厄介な任務かもしれないが、それですら三日月にとっては胸躍る悩みだ。
(ああ………本当に美しい松虫だった)
あの宴は秋の夜の夢………
自らの手により乱れ啼く姿を他者に見られる事で、より一層淫らに輝く彼は実に美しかった。
戯れの中で図らずも若者が自分以外の男にお強請りをする姿を見て嫉妬してしまったのは予想外だったが、あの感情もあの宴の中だからこそ得られたもの。
薬研はその独占欲故に暫くは遠慮したいと言っていた。
己の独占欲も相当なものであるという自負はあるが……だからといって、次が無いとも言い切れないのだ、他でも無い面影の所為で。
(……朝を迎えた今でこそ昨夜の自分を否定したがっている様だが……明らか、気に入っていたのだよなぁ…あやつは)
二人だけの時にも素直に快楽を求めてくる若者だが、昨夜、自分以外の者達の視線に晒されている中で、彼の乱れ方は実に激しかった……こちらの野生、魂を一際強く揺さぶる程に。
本人もまだ自覚はしていないだろうが、もしかしたらまたいつか、面影があの快感を思い出してそれを再び求める時が来るかもしれない。
その時が来ることを期待しているのかいないのか、三日月の唇には真意を読み取れない笑みがうっすらと刻まれていた……