とある冬の日。
三日月宗近の私室に、一つの物体が鎮座していた。
部屋のほぼ中央に『でん』という音が聞こえそうな重厚な家具……そう、炬燵である。
「うむ、来た来た。待ち侘びたぞ」
届いた荷物を早々に開いて器用に組み立てた三日月は、深緑色の炬燵布団を天板と幕板の間に挟んで大体の準備を済ませると早速スイッチを入れて両脚を中へと潜り込ませた。
予め畳上に敷いていた敷布団のお陰で、座り心地も極めて快適だ。
じんわりと伝って来た熱を感じて、ほう…と満足げな溜息をついたところで、部屋の障子の向こうから自分を呼ぶ声が聞こえて来た。
『三日月? 何をやっているんだい? 何だか騒がしかった様だけど……』
「おお、歌仙か? まぁ入れ」
『…失礼するよ?』
しゅっと耳障りの良い音を立てながら障子が開かれると、三日月が呼んだ通りにその向こうには歌仙兼定が不思議そうな表情をして立っていた……が、部屋の中の大体の状況を把握したところで、それは徐々に困惑のそれに変わっていった。
「……雅じゃない」
「何を言う、炬燵も立派な冬の季語とされているではないか」
「季語なら何でもかんでも雅という訳じゃないんだよ…」
そもそもそういう問題じゃない、と歌仙は両手を腰に当てて、ふんっと胸を反らしながら筆頭近侍である男を非難した。
「何を購入して何を使うのかは、その者の自由ではあるけれどね。近侍ともあろう君が、芋虫の様に脱力して顎を板の上に乗せているなんて…嘆かわしいよ」
「まぁそう固いことを言うな、じじいの老体には冬の寒さは堪えるのだ……自分の部屋の中でくらいは力を抜いて英気を養いたい」
歌仙の言葉の通り、炬燵の暖かな小空間に身体を癒されていた三日月は完全に御隠居の休憩モードに入ってしまっていた。
「人の目につかない処でこそ、自らを律するべきだと思うのだけどね…」
やれやれと首を左右に振って自身の意見を述べたものの、これ以上己の考え方を他人に押し付けるのも違うと判断したのか、歌仙は続く言葉は胸の内に飲み込んだ……ところで、そこに別の刀剣男士が姿を現した。
「歌仙? 此処で何を…三日月に何かあったのか?」
「ああ、面影かい」
どうやらたまたま近くの廊下を通り掛かった面影が、歌仙の声を聞きつけて足を向けたらしい。
面影の私室は三日月のそれの隣に位置しているので、もしかしたら向こうも自分の部屋に戻るところだったのかもしれない。
「おお、面影。お前も此処に来て一緒に暖まらんか?」
面影の姿を見た三日月が嬉しそうに笑いかけ、ひょいひょいと手を振って一緒に炬燵に入る様に勧めたが、隣に立っていた歌仙がそれを軽く引き止めた。
「こーら、若人を堕落の道に進ませるんじゃないよ。全く……刀剣男士としては無双の強さを誇るのに、普段はどうしてそんなにほけほけしてるんだか… 」
「そう言われてもなぁ…ずっと気を張ったままではいらん気疲れをしてしまう、人生たまには息抜きも必要だぞ?」
「たま、も続けば立派な『にーと』の出来上がりだよ。面影も、怠惰は良くない事だと思うだろう?」
「え……」
いきなり話を向けられた面影が面食らった表情を浮かべて、歌仙と三日月双方の顔を交互に見比べて…………
「…た…しかに、怠惰は良くないが……その……三日月は普段から本丸の為に頑張ってくれているのだし……休めずに疲れてしまう方が…私は嫌…だな…」
ふいっと二人の視線からも目を逸らし、ぼそぼそ…と小声で答えた内容から、彼はどうやら三日月の肩を持つことを決めた様子だ。
「…………」
「…………」
歌仙と三日月、双方が面白い程に同調して沈黙したが、その表情は面白い程に正反対のものだった。
三日月は自分の事を慮ってくれた若者の優しさに感動してうるうると瞳を潤ませて嬉しそうに見上げてきている。
一方の歌仙は、これはもう当然と言うべきか、心底「やれやれ」と呆れた表情を浮かべ、更には肩も大きく竦めて首を左右に振ってみせていた。
「……前々から思っていたが君は三日月に甘すぎるよ、面影。この本丸に来た時から後見をしてもらっていた誼と恩はあるだろうが、少々べったりが過ぎないかい?」
「う……」
言われずとも少なからず自覚はあったらしい。
顔を赤くして言い訳もなく俯いてしまった面影に、三日月が炬燵の上に重ねて置いてあった蜜柑の山から一つを取り上げて差し出した。
「お前は本当に優しい男だなぁ。そら、褒美に旨い蜜柑をやろう」
「え……あ、うん…」
『これ、確か先日私が果樹園から収穫してきたもの…』と、声に出して言わなかったのは、面影が大人になった…処世術を身につけたという事なのかもしれない。
おずおずと蜜柑を受け取っていた面影を隣に、歌仙はそんな二人を交互に見遣る。
「三日月もどうして今になって炬燵なんて自室に入れたんだい? 既に居間にも大きなものを主が置いてくれているじゃないか……団欒するならあそこでも十分じゃないか、面影もそう思わないか?」
「………」
何か思うところがあったのか、自分の分の蜜柑を取り上げたまま三日月は沈黙を守った。
対して、面影は炬燵の話題の方に食いついて頷きながら答える。
「あ、ああ……初めて入った時には驚いた…あんなに心地よいものだとは……その…あまりに快適で、出る機会を逸してしまいそうになるのは困ったものだが…」
「けれど、炬燵が切っ掛けで君も普段より長く居間で団欒を楽しむ様になったからね。その点は炬燵には感謝かな」
「……………」
にこ、と純粋に笑いながらそう語る歌仙とは裏腹に、三日月は二人から視線を外して他所へとそれを向け無言を守っている……が、その背後には明らかに不機嫌のオーラを纏わせていた。
『ふーーーん』という気のない返事までもが聞こえてくる様だ。
どうやら自室に炬燵を入れた理由としては歌仙が喋った面影の動向も関わっているらしいが、日常生活の中ではある意味鈍感な性格である若者は気付いていないらしい。
「まぁ、僕も炬燵の存在意義を全否定するつもりはないよ。寒いとそれだけで心が何処か荒んでくる……刀剣の時にはこんな感覚、想像も出来なかった」
刀剣男士と言っても肉体の基は人間を模して創造されているので、その感覚も人間とほぼ相違ない。
それ故、冬の季節に人間達を魅了して止まないあの器具に彼らもまた例外なく惹かれるのも無理からぬ事であり、歌仙もそれについては異論は無いようだ。
「個人の金子で何を買おうとそれは自由意志に任されているけど、まさか三日月がこんな物を買い込むとは」
「良いではないか、刀剣男士としての任は責任をもってこなすぞ?」
「それすら危うかったら今頃僕が真っ二つにしているよ」
『それは炬燵をですか? 三日月をですか?』とは、流石に恐ろしくて問えず、面影ははらはらしつつも沈黙を守る。
まぁ三日月は言葉の通り、普段はのんびりとした様相だが刀剣男士としての能力は卓越しているし、やるべき任務はそれ以上の成果を上げる形で完璧が過ぎる程にこなしている。
誰であっても文句の付けようがない程の活躍振りなのだから、歌仙の仕置きの一撃を食らう事はないだろう……
そんな事を考えていると、歌仙もまた別の何かを考え込む様子で顎に手を当て……何を思ったかくるりと面影の方へと振り返り、神妙な面持ちでこう言った。
「前言撤回しよう……任務に支障ない程度で構わないから、これからも暇を見て三日月の様子を見に来てくれないか?」
「は?」
先程までは三日月に苦言を呈していたにも関わらず、今になって自分を使って彼の体調を窺う素振りを見せた歌仙に、面影は首を傾げて疑問の視線を送る。
その視線を受けても、雅を愛する男は全く動じる様子も見せずにその理由を語った。
「三日月が僕達の中でも年長者なのは周知の事実だ。自室に炬燵を入れた事で、自由時間にも引き籠られて、誰の目も届かないところでそのままポックリ逝かれたりしたら大事だからね」
「ほほう、それはもしや俺の事を心配している風を装っての嫌味かな?」
「心外だね、ご老体だからこそこうして労わっているんじゃないか」
「……………」
傍目から見ると、お互いに軽口を叩いている微笑ましい光景なのだが……何故か面影の瞳には、二人の背後で龍虎が『しゃぎゃーーーーーっ!!!』と互いを牽制し合う姿が見えていた。
「わわわ、分かった、分かったから…! ちゃんと気を付けておくから…!!」
その龍虎が現実に召喚される前に、と、慌てて面影が相手の要求に応える形で、今後も三日月の『介護』を引き受ける事になってしまったのであった………
そういう事があり……
以降、面影は任務の狭間の空き時間には彼の自室で炬燵を楽しんでいる三日月の様子を窺うというのが日課になっていた。
よく考えたら三日月の私室と面影のそれは隣同士であるため、確かに面影がその役を引き受けるのが色々と都合が良かったので、歌仙もそういう所を色々と考えての事だったのかもしれない。
「…何だか、都合良く使われている気がしないでもないが………」
そんな事を呟きながら面影はその日の昼休みにも、律儀に三日月の私室へと蜜柑を積んだ籠を抱えて向かっていた。
『今年の蜜柑は早生も中生もなかなかに甘みが強いね。蔵に保管する前でも十分に甘みを感じるくらいだから、皆にも好評ですぐに消費されてしまうんだ』
食材が良質だった事で、あの片目の色男が嬉しそうに饒舌に語りながら籠に蜜柑を器用に積み上げて渡してくれた時の事を思い出しながら、彼は真っ直ぐに三日月の私室へと向かう。
『介護』と揶揄されてはいたが勿論その類の作業は無いので、訪れたところで面影がやる事と言えば炬燵上の蜜柑の補充と、歓迎してくれる三日月と暫しの歓談を楽しむ事ぐらいだ。
寧ろ、自分としては愛しい男とのひと時をほぼ公認で過ごせるので棚ぼたみたいなものだった。
「三日月? 蜜柑の補充を持ってきたが…居るか?」
障子の外側から呼びかけてみたが、今日は何故か返事がない。
「三日月?」
最近は遠征に加わっていない限りは昼に面影が此処に来る事を知っているので、三日月もこの時間は自室に待機している筈だったのだが……
「……開けるぞ?」
まさか、あの時の歌仙が危惧していた様に部屋の中で倒れているのでは…!?
一瞬そんな思考が頭の中を駆け巡り、少し焦って障子をしゅっと開いて中へと踏み込む。
しかし、そこには倒れた男の姿などはなく……彼が愛用している炬燵がいつもの様にその部屋の中央に鎮座していた。
「……? 厠にでも行っているのか?」
念のためにもう一度寝室にも届く声で相手の名を呼んだがやはり返事は聞こえて来ず、更に念を入れて寝室も覗き見たのだがそこにも人影らしきものは見つけられなかった。
そこで改めて周りを見回すと、炬燵の天板の隅に、三日月愛用の手拭いがきちんと畳まれて置かれている事に気付く。
これは、彼が内番の時には常に身に着けているもの……という事は、彼は何処に行っているかは不明だが、必ずこの部屋に帰って来るだろう。
「……待たせてもらうか…」
何の緊急の連絡もなかったのだし、それらしき報告も誰からも聞いてはいない……という事は、少なくとも三日月が危急の任務に就いたという訳でもないだろう。
さて、何処で待たせてもらおうか…ときょろりと周囲を見回し…当然というか、炬燵の中に落ち着こうという事に決まった。
部屋の主がいない時に勝手に居座るのは如何なものかと思ったが、三日月が戻ってきたら謝ろうと心に決めて、手にしていた籠の中の蜜柑達を炬燵上の天板上の空の籠へと移し替えてから、ごそりと炬燵の中へと下半身を潜り込ませた。
持ってきた、空になった籠は、何気なく傍の畳の上に置いておく。
「……ふぅ」
午前中は寒い中での畑仕事だったので、思っていたより身体が冷えてしまっていたらしい。
炬燵に入れた側からじん…と心地よい痺れる感覚を覚え、知らず息が漏れる。
さて、三日月が戻って来るまで暖まらせてもらおうか………
「いかんいかん……面影はもう来ているだろうか」
面影の予想とは異なり、午前の業務である書蔵庫での作業に予想外に時間が取られていたらしい三日月がいそいそと自室に戻り、障子を開いたところで………
「!…」
はた…と大きく瞳が見開かれる。
(これはこれは……)
見下ろす先には、炬燵の中に下半身を埋め、こくりこくりと船をこいでいる若者の姿。
内番の肉体労働は若者の疲労を予想以上に誘っていたらしく、彼も三日月を待つつもりが炬燵の齎す心地よい眠気に抗えなかったのだろう。
「すぅ………すぅ……」
もこもこの炬燵布団の中に身を埋めていた若者の安らかな寝顔を見る事が出来て、三日月の口元が微かに緩む。
(居眠りとは珍しいな……)
実は既に身体を重ねた関係の彼の寝顔はこれまでも幾度となく胸の中で見たことはあったのだが、こういう和やかな陽光の中で見る相手の寝顔は貴重だ。
「ふ………」
ゆっくりと音を立てずに相手の傍に近寄り、顔を寄せて暫くその健やかな寝顔を堪能してから、三日月は面白そうに笑みを浮かべたまま今度は相手の背後に回るべく歩み寄る。
そして、すぅと腰を屈めると、ひょいと面影の脇から手を伸ばして炬燵布団を捲り上げ、素早く自分の身体も中へと潜り込ませた。
両脚を広げて面影の身体を左右から挟み込む形で拘束すると、流石にその気配に気付いた面影がは、と瞳を開くと同時に顔を上げ、きょろっと何事かと左右を見回した。
「え、え…っ?」
いきなり覚醒した面影が何事かと混乱している間にも、三日月が面白そうに笑い声をたてながらぎゅうと背後から抱き締めて耳元で囁く。
「内番、頑張ってきたのだな……」
「!……あぁ……」
ようやく己の置かれている状況を理解した面影が、動揺しつつも三日月の方へと顔を向ける。
「……三日月…?」
転寝から覚醒したばかりの面影が一瞬だけ緊迫した表情を浮かべたが、背後にいるのが三日月だと認識すると、ほうっと気が抜けたようにとろんとした表情に変わって名を呼んでくる。
それは覚醒した瞬間は『刀剣男士』としての『面影』だったのが、自分を見た事でただの『面影』に変わったという変化。
そこまで自分を信用しているという事、そして心を許してくれているのだという事を明かされた様で、三日月は言葉にこそ出さないが、実は小躍りしそうな程に喜んでいた。
その一方で、面影の依然眠気が抜けきっていない無防備且つ夢現な表情は、本人が意図しなくてもこの上なく煽情的な何かを孕んでおり、昼間でありながら三日月は大いに欲情させられてしまった様だ。
「…ああ、今日も寒かったからなぁ、お前の身体もさぞ冷えたことだろう……」
するん……
「あ……っ!」
両脇下から腕を伸ばし、内番服であるジャージの内側に両手を潜り込ませ、その引き締まった脇腹から胸にかけて指先を滑らせる。
炬燵の中にいたので少しは熱が戻ってきていた様だが、それでも三日月の白い指先にはまだ冷えた肌の感触が伝わってきていた。
きっと芯から冷えていたのだろうな……と思う三日月の前で、面影はいきなり直に肌に触れられてしまい、一気に意識が完全覚醒すると共に慌てて背後を振り仰ぐ。
「ちょ…っと、みかづ…」
ぴちゃ……っ
「ひぅ…っ」
ふしだらな悪戯を止めさせようと声を上げかけた面影だったが、項に這わされた濡れた舌が下から上へ向かって舐め上げるという更なる悪戯を仕掛けてきた事で、言葉にならない声で終わってしまった。
これまで幾度もこの男に抱かれてきたのだから、この行為でこれから何が行われようとしているのかを察する事は容易だった。
もし。
今がこれから寝所に向かう様な時間帯であったのなら、面影も拒否をせず、恥じらいながらも誘いに乗っていたのかもしれない。
しかし、この時分はまだまだ太陽が天上に上がっている真昼間。
しかも休む事を認められている休憩時間とは言え、午後の業務も控えている限られた時間の中の話である。
もし任務の内容に関わる事で三日月に確認したい者が此処を訪れてしまったら……?
「だ、だめだ、三日月…! こ、こんな昼間っからそんなこと……あ…っ」
「おや……昼間でなければ良い…という事かな?」
くす…と笑みを含んだ声でそんな質問を投げかけられ、捕らえられた若者はぐっと言葉に詰まってしまう。
確かに今の自分の言い回しだと、暗に昼間でなければ受け入れるという意思表示をしてしまった様なものだ。
「そうつれない事を言うな………まだ身体の奥は冷えているだろう? 遠慮せず共に暖まろう…」
さわり……さわり………
「ん…っ…ふぅ…っ……あっ……やぁ……」
「ああ……好い声だ……」
必死に声を殺そうとしているのを見ると、却って何が何でも啼かせてしまいたくなるな……と、密かに思いながら、三日月はジャージの中で尚も執拗に面影の滑らかな肌を撫で回してゆく。
「み、かづき……っ…誰か、来たら……っ」
まだ三日月の暴走を抑える事を諦めていない面影が必死に言葉を紡ぐが、元々面影への溺愛振りが尋常ではない男がそう易々と相手を可愛がれる機会を諦める筈もなく、そんなものは涼風の如く聞き流すのみ。
「誰も来ぬよ……この時間はお前が俺の世話をしてくれていると皆、分かっているからなぁ」
肌をなぞる指先は、寧ろ触れるか触れないかといったぎりぎりのところで這い回り、もどかしさをもたらしてくる。
それでいて触れる箇所は明らかに面影の感じやすいところで、まるで一枚一枚薄衣を剝いでいくように彼の自制心を奪っていった。
「けど……っ、あ…ああ…」
そんな三日月の策にまんまと嵌まった様に、健気に抗おうとしていた面影の口調が徐々に危ういそれへと変わっていく。
「ん……くぅ…っ…あ………や、そこ……」
せめてはしたない声を聞かれないように、と必死に堪えながら、自らの人差し指を噛んでその痛みで誤魔化そうとした面影だったが、それはすぐに三日月に見咎められ、腕を掴まれて引き離されてしまった。
「駄目だ……お前の身体に傷が付く」
「あ…だって……声…が…」
「声が気になるか? よしよし…ならば俺が塞いでやろう…」
切なげに訴える面影の頭を優しく押さえて自分の方へと向かせると、ちゅ、と彼の唇を塞ぐ。
「ん……む…っ…」
口吸いをされたことで確かに声を上げる事は防がれたが、代わりに容赦なく口の中を蹂躙され始め、寧ろ面影の肉体と精神は更に引き返せないところまで追い詰められていった。
舌と舌が絡み合う感触を何処か他人事の様に感じていたのに、気が付いたら自分から舌を差し出して強請る様にちろちろと相手の舌先を撫で上げたり、唾液を吸い上げたり、明らかに『引き止める』意思は霧散してしまった様だ。
「は…ぁ……ん………み、かづき…」
「ああ……ようやく暖まってきたか…」
熱い吐息に混じって名を呼びながら唇を寄せてくる若者は、先程までは自身が三日月を踏み止まらせ様としていた事も最早忘れてしまっている様子だった。
唇が離れる度に小さなくぐもった声を漏らしつつ、面影は愛しい男との口吸いに酔いしれていたが、やがてその整った眉が徐々に顰められてゆく。
「い、や………同じとこ…ばかり……」
「何だ? 『此処』もお前の『好いトコロ』だろう?」
「ん、あ……そう、だけど………でも、ぉ…っ」
「ふふ……身体も熱くなって、その気になってきたようだな…?」
「そ、れは………」
ふるっと首を左右に振りながら、面影は更に顔を赤くして口篭る。
もしやしたら主の自分よりも三日月の方がこの肉体のことを熟知しているのかもしれない……そう思う程、三日月の指は確実に面影の感じ易い箇所を責めてきている。
しかしその一方では、三日月は面影を散々昂らせておきながら、彼が最も感じる部分には一切触れる事なく絶妙な指遣いで、哀れな恋人を焦らしまくってもいた。
指遊びを始めたばかりの時には只の偶然ではないかとも思ったが、これだけ散々胸を嬲っておいて一度も触れられないというのは明らかに不自然だ。
(絶対に、わざとだ………! ああ、こんな…こんなに……)
触ってほしいと思っているのに……っ!
「ん、あ……み、かづき……いじわる…っ」
「おやおや、俺はさっきからずっとお前を可愛がっているのに、これ以上何を求めるのだ?」
「も…うっ…!」
この言い方は、こちらから希望を言わせるつもりなのだろうか……
そう察しながらも、なかなか覚悟は決まらないらしく躊躇いがちに俯く面影の様子に、三日月は追い立てるように指先の動きに変化をつけ始めた。
「んあ…っ…! そ、そこ…は……あっ」
さわさわさわ……
ジャージの中に潜り込んでいた三日月の腕がより深く差し入れられると同時に、腕そのものの動きも一層忙しないものへと変化していく。
目には見えないが、面影は当然その指先達が何処にどう触れているのかを直に感じる事が出来ていた。
滑らかで殆ど抵抗のない肌の上を湖面を渡る風の様に抜ける指達は、自由に動き回りながらも、とある場所にだけは決して近づこうとせず、その周囲を旋回しているばかり。
しかしその禁域こそ、面影が触れてほしいと秘密裏に願っていた場所であり、相手の腕の動きが急になり、禁域に少しだけ近づいて周回してきた事によって彼は少なからず期待はしていたのだ。
いよいよ、そこに触れてもらえるのではないか、と………
しかし無情にも、老獪な男は面影の期待していた禁域の踏破は果たさず、そのぎりぎりの境界に沿ってすりすりと円を描くのみだった。
雪の様に白い若者の肌に淡く綻ぶ禁域の蕾の周囲を彩る境界は、普段はそこと連なる肌と同じく平坦なのだが、今のジャージの奥のそれは直接触れられていないにも関わらずなだらかな丘の様に盛り上がり、更に中心の蕾は大きくぷくりと膨らんで切なげに震えていた。
隠れて見えなくても、自身のそこがどうなっているのかを面影は十分に体感しており、これまでの経験でそのまま放置される事の辛さと、触れられる事で得られるだろう快感についても理解していた。
故に、もう待つ事は出来なかった。
(もう、だめ…っ……我慢、出来ない…っ)
肉欲に負けてしまう己を恥じらいながらもそれを振り切る様に唇を噛み、面影は右手で相手の同じ方の手首を掴むと、そのままぐいっと胸の上部へと寄せて、彼の指先を尖った蕾の先端へと触れさせた。
それだけでびりっと電流がその場所から全身に走ったが、それだけではまだ不十分だという事は分かっている。
こちらが何を望んでいるのかという事を伝えなければ、きっと相手は自分からは動いてくれないだろう。
触れるだけ触れて……そしてお預けのままだ。
「お……お願い…三日月…」
陽光の中で願いを伝える声は小さいものになってしまったが、相手には伝わっているという事で許してほしい。
そう心で願いながら、面影は自らの欲望を声に乗せて届けた。
「…周りだけじゃ、なくて………ち、乳首も…ちゃんと…さわって、ほしい…」
まだ恥じらう理性が残っている事を示すように、ぎゅ、と自分の腕をきつく掴み懇願する恋人の艶姿に、三日月はいたく満足した様子で数度頷き、にゅるんと濡れた舌先を面影の左の耳孔へと差し入れた。
「ひう……っ!!」
「ああ……可愛いぞ、面影…」
ぬるり…と複雑な形状をとる耳孔の奥を舌でなぞり上げながら、三日月は望まれた通りにあっさりと禁域への侵入を叶えた。
「ん、あああ…っ! あ……きもち、いい…!」
「そうかそうか………ふふ、ではもっと虐めてやろうなぁ…?」
言いながら、今しがた摘まんだばかりの二つの蕾を同時にぎゅうっときつく捻り上げると、両脚で挟み込み拘束していた若者の身体が面白いように跳ねた。
「ふああっ!! それ、は…っ!」
「嬉しいだろう? お前の身体は悦んでいるぞ?」
「そんな…っ…あっ、ああんっ…!」
三日月が指摘した通り、声にこそ多少の苦痛の色は混じっていたもののそこに拒絶はなく、寧ろ胸への強い刺激に反応し、若者の腰が強く揺れていた。
実はこれまでの胸への刺激だけでも彼の男性の証には確実に快感の波が流入しており、徐々にその形を変えつつあった。
完全に岐立している訳ではないが、与えられてきた性的興奮に反応して大きさと太さを増し、ジャージの中でむくりと頭を持ち上げようとしている。
隠しているのが服だけではなく炬燵布団の中での変化なので目で見て確認された訳ではないが、面影は自身の身体の事なので分からない筈はなく、三日月は相手の淫らに揺れる腰の様子で容易に察する事が出来た。
元々、面影に抱かれる悦びを教え込んだのが三日月であり、面影の感じる箇所や感度なども既にお見通しなので、彼は分かっているぞとばかりに笑みを含んだ声で若者を煽った。
「触っても良いぞ…? もう『そちら』も我慢出来なくなっているだろう……?」
暗に肉棒の疼きを指摘した男に、面影は肩を震わせてその申し出が正解である事を示す……が、許しを得られたにも関わらず、手を伸ばすのは何故か憚られている様子だった。
「?……どうした?」
「あ…だって…」
小さく首を振って、躊躇いがちに応じた面影の答えは………
「な……中で……達っちゃったら………よ、汚してしまう…から……」
尤もな懸念ではあったが、今この時にそれを心配するのか…と思わず三日月は苦笑する。
「では脱げば良かろう?」
「そ、それはもっと、だめっ…! こ、炬燵も…」
「……やれやれ」
どうやら面影は、着衣のままでは体液で汚してしまうが、かと言って脱げば炬燵布団の方を汚してしまう…しかしこのまま肉欲を抑える事もままならず…という八方塞の状態に陥っているらしい。
ならばと炬燵の外に身を出そうとしても、既に両脇を三日月によって固められているので身動きも碌に取れないし、出してくれと願ったところでこの相手がそれを許すとも思えない…いや、先ず間違いなく却下される。
その通り、そんな面影の苦悩に対して三日月が下した解決策は相手の解放ではなかった。
「仕方のない奴だ……では、ここはひとつ、このじじいが一肌脱ぐとしようか…」
「うぁ…っ!?」
乳首を摘んで弄んでいた指先を、その腕ごとジャージの中から引き抜くと、今度は相手の下のジャージの中へとぞんざいに突っ込む。
そのまま奥へと進んでいき、更に肌に密着していた下着も捲り、雄の証へと直接的な接触を果たした後、三日月は唇で弧を描きながらゆっくりと触れた肉棒を手中に収めた。
「おお………期待してくれていたか…? 嬉しそうに跳ねて……」
「そ、そんな………あっ…ああんっ…」
まだ柔らかさを残していたそれを上下にゆっくりゆっくりと扱き上げながら、強弱をつけて揉み込んでやると見る見るうちに固さを増し、更に角度を持ってくる。
「んっあっああうっ…! はっ……そんな、いきなり強く…っ」
「ふふ、暖まって血の巡りも良くなっただろう……? お前の命の脈動が伝わって来る……おや、気持ち良くて嬉し涙まで…」
「くぅんっ!……や、やぁぁ…っ」
下のジャージの奥から、三日月が腕を動かす度にちゅくっちゅくっと濡れた粘った音が聞こえてくる。
言うまでもなく面影の分身の先端から零れた先走りが肉茎に塗り付けられる毎に生じる淫音であり、それが響く度に面影の理性が熱に浮かされて蕩けていく。
既に胸に悪戯を散々受けていた分、肉棒が直接的に刺激を受け始めたらその昂ぶりは瞬く間に限界に向かっていった。
それを敏感に感じ取った面影が怯えた様に頭を振って口走る。
「だっ……だめ、だめ…っ! あっあっ! やだ、射精ちゃう……! んああ、汚れちゃ…っ!!」
「良い…そのまま射精すがいい。じじいが受け止めてやるぞ…?」
それが何を意味しているのか分からず、え?と言いたげな面影が後ろを振り返ろうとしたのとほぼ同時に、相手が自身の楔の先端に掌を被せる様に亀頭部分を握り込んできた。
そのままきゅ、きゅっと手首の捻りを効かせて敏感な粘膜を擦り上げると、面影の眼が限界まで大きく見開かれ、びくびくと背骨が限界まで反らされ三日月の上体に身を預ける形になった。
「あっ!! もう…っ…! だめ…達っちゃ…射精ちゃうぅっ!!」
どぴゅっ!! びゅるるるっ、びゅくっ!!
熱された樹液が肉茎の先端から迸る。
そしてその奔流は下着の布地を濡らす前に三日月の掌に阻まれ、彼は平然と面影の繰り返しの射精が全て終わるまで手を動かす事無く、窪みを作った形の掌に面影の生命の証を受け止めた。
「は………あぁ………」
ぐたりと脱力して三日月に身を委ね、甘い溜息を零していた面影の前で、ごそりと三日月がジャージの奥から手を抜き出し……
「はは……こんなに射精たか…」
掌を満たす白濁液を眺めてそう呟くと、徐にそれらを口元へと運んだ。
「っ!!」
それまでは夢現の状態だった面影だったが、目前で三日月が自らの体液を掌から飲み下す様を見て一瞬で現実へと引き戻されてしまった。
「みっ…三日月っ! そんな……もの…っ」
「ああ……お前の味だ……」
あらかたを飲んだ後、まだ皮膚に付着した液体をぴちゃりと舌で余すところなく舐め取った後で妖しく三日月が笑う。
「さて……?」
これからどう愉しもうか…?という意志を含んだ言葉が放たれた時、ふと何やら小さな規則的な音が部屋の外、廊下の向こうから聞こえてきた。
程なくそれが複数人の足音である事が理解出来ると共に、彼らが間違いなくこちらへと向かってきており、会話が交わされているのも明らかになってくる。
足音と声の様子から窺うに…どうやら二人らしい。
『三日月さん、部屋に居るかな……勝手に部屋にお邪魔するのは気が引けるけど…』
『そうだね…居なかったら出直す?』
『うーん……でも、籠が足りないみたいだから、それだけでも回収したいよね……』
そんな会話は徐々に近づいてきて、その声の持ち主が鯰尾と日向であるらしいと察する間にも確実に二人は自分達がいる部屋へと向かってきている。
そして二人が障子の向こうに到着すると、向こうからこちらに居るだろう三日月へ声が掛けられてきた。
『三日月さーん、居ますかー?』
鯰尾からの呼び掛けに誰も何も返さないでいると、障子向こうの二人のささやかな声での相談が聞こえる。
『…いない、のかな…』
『……ちょっとだけ、覗いてみようか』
そんな相談の後に、すぅ…と遠慮がちに開かれた障子の向こう側から、日向と、その頭の上から鯰尾がこちらを覗き込む姿が現れた。
「あ………」
「…寝てるね…三日月さん」
そんな二人の視線の向こうでは、炬燵の天板の上に頭を横向きに乗せ、俯せる姿で寝入っている三日月の姿があった。
どう見ても昼間の休憩時間を利用して転寝をしているという態だったのだが、無論、数秒前まで面影と睦まじく過ごしていた彼が寝ているなどある筈もない。
実は少し時間を遡った、足音が聞こえ始めて直ぐの時………
突然の来訪者である二人の目を誤魔化すべく、三日月はその場で動かないまま狸寝入りを決め込む事にしたのだ。
「面影、お前は此処の中に…さぁ」
「あ、ああ…」
そして面影はその場から忽然と姿を消していた様に見えたのだが、実は灯台下暗し……彼は炬燵布団の中に潜り込んで人目を避けていたのだった。
三日月が起きたままではなく、寝たふりをしたのはこの場では最適解だった。
もし下手に起きている状態で二人を迎えていたら……
『あ、炬燵だ、お邪魔しまーす!』
という感じで、面影がそこに隠れている事実を最悪な形で知られてしまう事になりかねなかったからだ。
しかし既に三日月が炬燵で心地よく眠っている場を見たら、無遠慮にその眠りを邪魔しようとはしないだろう。
三日月の思惑通り彼らは炬燵には寄ろうとはせず、遠巻きにする形でゆっくりと部屋の中に踏み入れて来た様だった。
(ま、間に合った………)
呑気な二人の声を布団越しに聞きながら、面影はばくばくと早鐘の様に打つ動悸を感じつつ、必死に気配を消している。
炬燵は少人数用の小振りなものだったので、長身な面影が隠れるには不向きだったが、極限まで足を折り曲げ、上体を三日月の胡坐をかいた下半身に乗り上げる形で何とか狭い空間に収まっていた。
炬燵の中はぼんやりと赤外線の光で照らされており、面影のすぐ目前に三日月の下半身が赤暗く浮かび上がっている。
「…………!」
手持無沙汰に炬燵内の様子を見回していた面影は、目の前の三日月の下半身の中心を見た直後に硬直した。
(み、みかづき…………勃……ってる……)
鼻が触れる程に近い場所にある三日月の股間の部分、作務衣の布地がぐんと突っ張るほどに持ち上がり、細身の矢じりの様な形を象っている。
そしてよく目を凝らさないと分からない程度だったが、矢じりの切っ先部分にはじんわりと何かが滲んだ様な変色が認められていた。
(ど、どうしよう……こんなの…こんな、いやらしい…逞しいの…)
少し前まで自分の身体を愛撫し、肉欲を煽っていた男の身体の変化を目の当たりにした事で、先程まで感じていた動悸とはまた異なる胸の高鳴りが生じる。
どく、どく、どく……と血潮の拍動が耳の奥に響いて、その所為なのか思考が覚束なくなってくる。
『…寝てるね…三日月さん』
そんな声が微かに布団の向こうから聞こえてきたけど、ぼんやりとした頭の中でもそんな訳がないだろうと突っ込んでしまった。
本当に彼が眠っていたのなら、今、自分も相手もこんな姿になる事もなかっただろうし……目の前でこんなに見事にそそり勃っている雄を見る事になっている訳がないのだから………
(………窮屈、そう…)
まじまじと見ている内に、胸の奥がむずむずする様な不可思議な感覚に囚われる。
こんなに布が張っているのなら、相手の雄はもう完全に勃起している状態だろう。
面影はこれまで幾度も三日月と身体を重ねている仲なので、相手の男性を見る機会など幾度もあった。
見るだけではなく、触れた事も、味わった事も、己が身の最奥に受け入れ、熱を鎮めた事も……
この麻仕立ての作務衣の内側にあの荒々しく猛る雄が息づいているのだと思うと、急に『渇き』が若者を襲ってきた。
炬燵の中も確かに熱気が籠っていたが、それからくる類のものではない。
「…………」
こくんと喉を鳴らしながら面影はそっと手を伸ばし、作務衣の腰紐を解くと急いた動きで下衣を寛げ、ぐいと相手の楔を晒した。
勿論、三日月はあの二人に気付かれないように狸寝入りを続けているので、そんな面影の悪戯にも気付いているだろう、しかしそれを止める事も出来ない状況だ。
普段からあれだけ冷静沈着な男なのだから、この程度の事態に対しては難なく寝たふりを続けられるだろう……内心どう思っているのかは別として。
(あ……やっぱり…凄い…)
赤暗い光の中で見る三日月の分身は、ほんの数分前まで見ていた飄々とした彼の態度からは想像出来ない程に隆々と反り返り、持ち主の腹を打つ程だった。
(こんなに…大きくなってるなら、辛い…はず…)
面影の今正に仕掛けている悪戯に反応しているのかそれともその前からか、目前の肉棒はびくっびくっと頭が揺れて、まるで面影の更なる悪戯を誘っているかの様だった。
(………欲しい……でも、今は…)
『面影さんもいないね…?』
『三日月さんが寝ているから、邪魔しない様に出て行ったんじゃないかな』
炬燵布団のすぐ向こうからそんな声が聞こえてきて、更に畳の上を歩く音も重なってきた。
自分の名前を呼ばれてびく、と肩を揺らしたが、向こうがこちらの存在に気が付いた様子はない。
(…大丈夫…見つかっていない……このままやり過ごせば…)
そうだ、このまま大人しくやり過ごせば問題ない筈……
分かっている筈なのに、意識は間違いなくそう考えている筈なのに、それに相対して面影の手はゆっくりと前へと伸ばされ、相手の肉茎をぎゅと握っていた。
ぴくりと三日月の両脚の筋の筋が動いたが、炬燵の外の彼は相変わらず上手に寝たふりを続けているのだろう。
ここまで起きている事実を巧みに隠せているのを見ていると、もっと悪戯を仕掛けても問題ないのではないか…という危険な思想が湧き上がってくる。
(………だめ…だけど…)
こんな事をしてしまえば三日月を困らせてしまう事は分かっている…けど……
(困らせて……みたい……)
いつもは三日月が自分に悪戯を仕掛けて困らせてばかりなのだという事実を思い出し、ほんの少しだけ意趣返しをしてみたくなった。
それ程激しい刺激を与えなければ、激しい反応が生じる事もない…だろう……
(三日月……少し、だけ……だから…)
おそらく部屋の中にお邪魔した二人の刀剣男士がまだ退室していない事実を認識しながらも、面影はそろそろと唇を三日月の楔へと近づけていき……
ぴちゃ……っ
ねっとりとした動きで根元から先端に向けて舐め上げた。
(あ……三日月の……味…)
味覚だけではなく、舌に伝わってくる熱と固さ…そして浮き上がる筋の感触が面影の脳を狂わせてくる。
(あぁ……好き…三日月……)
一度体感してしまうと、もう止める事は出来なかった。
ばれてはいけないと思う一方で、ばれかねない行動を自らとってしまう矛盾した姿は滑稽に思える。
しかし、ばれるかもしれない…という危機感、焦燥感が、不思議な高揚感をもたらしているのも事実だった。
はっ…は…っ…と密かに、しかし熱っぽい吐息を吐き出しながら、面影は更に舌を伸ばして男の肉棒を余すところなく舐め続ける。
ぴちゃ…ぴちゃ……っと濡れた音が炬燵の密閉された空間に響いたが、極力抑えてはいるので外には聞こえない。
(ああ……二人がすぐ側にいるのに……こんな近くで…三日月の、オ〇ン〇ン…舐めてるなんて……い、いけないコトなのに、もっと…したい……)
卑しい悪戯に没頭している間にも、来訪者達の相談は進んでいく。
『あ、籠がある』
『これだよね。じゃあ…今はこれだけ持って行こうよ。後で断りを入れても三日月さんならきっと許してくれると思う』
『だね』
幸い向こうは籠だけ拝借して戻ろうという話で纏まりつつある様だ。
蜜柑を入れていた籠は、中の全てを炬燵の上へと移していたので既に空の状態であり、それ故に二人がそれを持ち去る事についても特に躊躇いは無かった様子だった。
厚手の生地の向こうで籠を手にする音と、控えられた足音が今度は遠ざかっていく気配…
(もう行ってしまうのか………な、ら…もう少しだけ…)
二人が此処から離れるのなら、大胆な悪戯をしてもばれないだろうか…?
その時に面影の脳裏に浮かんでいたのは、あの時…三日月が自分を追い詰めて吐精させ、その命の証に唇を付け、舌で掬い取り、うっそりと笑みを浮かべていた妖艶な姿。
あの時に感じた動悸は自身の体液を摂取されてしまった羞恥もあったが、その裏側に隠された欲望に依るものでもあった。
(私も……飲みたい……)
私のをあんなに吐き出させて一滴残らず飲み干して…嬉しそうに笑って……
どうか、私にも同じ悦びを与えてほしい……それが出来るのはお前だけ……
「んん……っ」
じゅぷぷっ……!
それまでは舌で相手の雄をからかい、先端から流れ落ちる先走りを掬い取る行為に没頭していた面影が、大胆に喉の奥まで一気に相手のものを含み入れた。
びくんっ…!!
「……ん?」
「どうしたの?」
来た時と同様にこっそりと部屋を立ち去るべく、障子の敷居を跨ごうとしていた鯰尾が不意に背後を振り返る。
「どうしたの? 鯰尾」
「いや…何となく…三日月さんが起きた様な気配が…気のせいかな」
そう言われて、日向がきょと、と相手の視線を追い掛ける様に三日月の方へと向けられた。
しかしそこに頭を伏せて眠っていた三日月の姿は、訪れた時のそれと変わったところはない。
「…気のせいじゃ…あ、もしかしたらあれかな、ほら、寝ている間にびくってなるっていう…」
「ああ、そっか…確かに」
すっきりとはしないまでも、これ以上追及する程の事ではないと判断したのは鯰尾だけではなく、日向もこくんと頷いて後ろ手でしゅっと障子を閉めた。
とたとたとた…と軽い足音と共に彼らの気配も遠ざかっていく。
そして、部屋の中にはしん……と静寂だけが残されたのだが……
「……ふ、ぅ…」
閉じられていた双眸を久し振りに開いた三日月がゆるりと丸めていた上体を伸ばし、きろっと視線を炬燵布団が被さった下半身へと向けた。
「………ふ」
ほんの少し前には、二人の訪問者達に自分達の痴態が知られる事が無い様にと、面影の不意打ちを含めた悪戯を受けつつ狸寝入りを敢行していた男が、そっと両手で布団の端を掴みゆっくりと捲り上げる。
「この淫乱め………流石の俺でもさっきのは誤魔化すのに難儀したぞ?」
「ん……ふぅ……」
三日月の声はしっかりと届いていたのだろうがその時の面影は相手の楔に愛撫を与える事に夢中で、相手の顔を上目遣いで見つめながらその言葉を聞いてもとろんとした表情のまま……
続けてより深く三日月の雄を放すまいと喉奥まで咥え込むまでした事に対し、相手もやれやれと苦笑した。
「そんな大きな形をしていながら、まだ我慢も効かずにおしゃぶりを止められぬとはなぁ……」
心を交わし合い、身体を重ね始めた当初は、雄を舐めるどころか触れる事にすら羞恥を露にしていたのに、今は自身からそれを求めて手を伸ばしている。
(これは、もう理性が上手く働いていないのだろうな………本能で俺だけを求めている。まぁ望むところだが)
そう言えば昼間からこんな事を、と窘めてもいたな…と不意に思い出した三日月は、その若者をより狂わせてやろうとぐいっと後頭部を押さえ、自らの肉棒へと押し付けた。
「ならばしっかりとその欲張りな口でしゃぶれ………じじいのとっておきを馳走してやろう」
「んくぅぅ…っ!」
じゅぽっと卑しい水音を響かせながら、面影の呻きが漏れる。
それからも面影の頭が上下する度に繰り返し水音が響き、時折彼の声がそれに重なり、淫靡な世界が三日月の目の前に展開した。
(ん……あっ…! く、口の中でオ〇ン〇ンが激しく暴れて………ああ、唾液に交じって…いやらしい味も…)
開きっぱなしの口の中には止めどなく唾液が溢れ、先走りと共に面影の舌を愉しませ、それが一層その動きを加速させる。
(もっと…もっと熱くて、濃いの…欲しい……! もっと、私の口の中…犯して……!!)
塞がれて希望を言葉として乗せられない代わりに、激しい口淫で三日月を追い詰めていく。
「おお………とても好いぞ……っん…ふふ…」
うっすらと額に汗を滲ませていたのは、炬燵からもたらされる熱の所為か、それとも面影の奉仕の成果か…
三日月は至極満足そうな笑みを浮かべながら面影の口を犯すように腰を動かし、肉棒を突き入れ続けていたが、その速度は徐々に徐々に増していった。
そして、その瞬間を察した男は、面影の頭を押さえていた手に力を込めて、
「汚したくなかったのだったな…? 溢さず全て飲み干すが良い…!」
語尾を強めてそう言い放ち、直後、三日月は抑えていた雄の本能を一気に解き放った。
「射精すぞ……っ!!」
びゅるるるっ!! どくっ…! びゅくんっ……!!
「んくぅん…っ!!」
熱く粘った液体が若者の喉を打ち、口腔内にそれが一気に満ち溢れる感覚に思わず嚥下したが、それでも熱液は溢れ続けてくる。
(ああ……凄い…こんな、いっぱい……濃くって、おいし……)
三日月から言われるがままに、こく、こく…と全てを飲み下して……
待ち望んでいた雄の味を十分に堪能してから、面影はようやくちゅぷ…と唇を楔から離した。
白い糸を引きながら舌を離したものの、それを掴んでいる手は離さず、若者はその掌に楔を感じたまま。
「あんなに……射精したのに、まだこんな……」
全く萎える様子もない雄に思わず呟いた若者を、徐に三日月が肩を掴んでずるっと炬燵の中から引き出した。
その細腕からは想像も出来ない力で面影を久し振りに外へと引き出すと、その細い身体を天板の方へと向けさせそのままうつ伏せにしつつ、勢いのままに下のジャージを下着ごと引き下ろして脱がせてしまった。
「そら、膝を乗せて…」
「ちょ…っ…! これっ、この格好、いやっ…!」
「俺を困らせた仕返しだ…おお、実に良い眺めだなぁ…」
その姿は、昼の陽光の下で見るにはあまりにも煽情的過ぎた。
両下肢を大きく開いてそれぞれの膝頭を手前の角に乗せ、上体は天板の上に投げ出す形でうつ伏せている。
そういう態勢なので、彼の秘蕾は三日月の目と鼻の先に晒されてしまっているのだ。
「こんな、明るいのに……っ! あ、あぁ…っ、やぁん…っ」
一度は失っていた理性が戻ってきたのか再び拒絶を示していた面影だったが、三日月が顔を臀部の奥に寄せてちろっと窄んだ蕾を舐め始めた途端、顔を上げて甘い声を上げ始めた。
先ずは蕾の周囲をじっくりと円を描くように解していき、頑なだったその秘所が緊張を解いていくと、ぬるんと尖らせた舌の切っ先を侵入させる。
「うあぁ…っ…あ、そんな…舌…挿入って……」
明らかに指ではない滑らかな感覚が体内に侵入してきた事で、何が起こっているのか察した面影が振り返りながら声を上げたが、相手の舌が蠢く度に喘ぎに変わってしまう。
一度はぐずぐずに理性が溶かされ、絶頂を迎えたばかりの身体なのだ。
吐精して熱が一時引いたとはいえ彼の身体を知り尽くしている三日月にかかれば、その淫肉に再び欲情の炎を灯す事など容易な事だろう。
「あっああん、だめ、そんな激しく舐め回しちゃ………ま、また…いやらしい身体になっちゃ…っ!」
「ははは、いやらしい身体か……それはもしかして…」
訴えられた麗しい男神は舌を引き抜き笑いながら、今度は面影の秘穴に指先を這わせて埋めていく。
「好いところを弄ってほしくて、奥まで引き込もうとするこの欲張りな蕾のことか?」
「くぅん…っ! はぁ…あっ…! い、い……そこっ…」
「それとも……もっと吐き出したくて、はち切れそうに膨らんでいるこの肉袋のことかな…?」
蕾に悪戯している右手はそのままに、今度は左掌で包む様に面影の宝珠を握り込み、やわやわと揉み込み始めると、更に高い声で面影が啼き始めた。
そうやって雄の宝珠をからかい遊んでいる内に、天板に平行になる程に勃ち上がっていた面影の雄の先端から、ぴゅっ、ぴゅくっと透明な先走りを吹き出し、板の上に散っていく。
「ああ……っ……もう…だめ…っ」
足にも力が入らなくなってきたのか、へたりと炬燵の上に上体を寝かせてしまう程に脱力した面影の様子を見て、三日月はちらっと部屋の壁に掛けられていた時計に目を遣った。
(……そろそろ潮時か…)
あまり長引かせたら午後の務めにも支障が出てきてしまうかもしれない……と判断したところで、三日月は両脇から相手の腰を持つと自分の方へと引き寄せ、胡坐をかいている上へと乗せる体制をとった。
そして二人が身体を重ねている上から炬燵布団をかけ、下半身は見えない状態となる。
「あ……っ」
「勝手に達くなど許さぬぞ…?」
くす…と思わせぶりに笑みを含んだ言葉を囁きながら、己の怒張したものの先端を熱く息づいた相手の蕾に何度か擦り付ける。
「俺に悪戯を仕掛けてこんなにしておいて……なぁ?」
「あ、あ……っ」
既に三日月の先端は岩の様に固く、対し面影の秘蕾は難なくその昂ぶりを飲み込める程にふっくらと柔らかく息づいている。
なのに無情な恋人はすぐに侵入する気配も見せず、焦らす様に入口のところで柔肉を突いてくるばかりで、堪らずに面影は後ろを振り仰ぎながら腰をくねらせ相手に訴えた。
「もう……我慢、無理っ、だから……! みか、づき……お願い…っ」
「……良かろう」
布団の向こう側…見えない場所で、三日月は蕾に肉刀の切っ先を宛がったまま、思い切り良く若者の腰を自らの方へと引き下ろす。
ずちゅっ!!
「あ゛ぁ~~~っ!!」
一気に奥へと楔を打ち込まれ、雄の弱点を擦られながら最奥を抉られる快感に掠れた悲鳴を上げる。
望んでいた…しかし過剰な程の刺激に一気に高みへと押し上げられ、悦びに淫窟の淫肉が震えるのを感じながら面影は身体を思い切り反らせた。
(あぁ…っ 射精なしで、達く…なんて…!)
「ははは、挿れただけで達ったか……)
身体の反応で目敏く見抜いた三日月が、深く相手を貫いたままでゆっくりと腰を動かし始めると、肉壺を満たされたままに壁を刺激され、面影も同じく腰が躍るのを止められなかった。
そして、その面影の雄が勃ち上がったまま閉じられた空間で揺れ動く度に、先端が炬燵布団の裏生地に擦れてそこからまた快楽の波が寄せてきた。
「ん、ああんっ! やぁ……オ、オ〇ン〇ン……先っぽ…擦れて……!」
また、汚してしまう事を懸念した若者だが、快楽に溺れてしまった今は止める事が出来ない。
心では罪悪感を感じる事は出来るが、身体は尚もその刺激を求めて止める事を拒否するのだ。
その心と身体のせめぎ合いに首を左右に振って喘ぐ若者の様を見て、三日月がふと妙案を思いつく。
「うむ……良い事を思いついたぞ」
言いながら彼が手を伸ばしたのは、自分の前の天板の隅に置いていた愛用の手拭いだった。
彼はそのままそれを炬燵布団の中へと潜り込ませ、左右の手でそれぞれの縁を持ち、ぴんと張らせると、勃ち上がっている面影の楔の先端に面を乗せるような形で触れさせた。
「あ………?」
「ふふ……もっと強く擦ってやろう……」
布面が亀頭全面を覆うように両手が下へと降ろされ、肉棒を支柱とする様に手拭いが天幕を形成したが、布団に覆われているのでその様を見る事は叶わない。
後穴を貫かれてその快楽に啼いていた面影も、不意に自らの男性の先端に炬燵布団ではない別の生地が被さってきた様な触感を感じる事は出来たのだが、それだけで三日月の意図するところを即座に理解する事は出来なかったらしい。
しかしそんな若者も、三日月の両手が動き出して直ぐに彼の企みに翻弄させられる事になった。
「こうしたら、炬燵布団には直接触れないだろう……? そら…」
まるで鋸を挽くように左右の手が交互に上下に動き出すと共に、手拭いの生地が男根の敏感な粘膜をずりっずりっと大胆に擦り始め、その刺激は面影の脳髄を直撃した。
「ひっあぁぁ! そっ、それっ…! あああっ、はげ、しっ…! オ、〇ン〇ン、そんな激しくこすっちゃ…やぁあ…!!」
「嘘をつけ、お前の内は嬉しそうに俺のを締め付けてきているぞ…? それに腰もこんなに大胆に揺らして……炬燵で隠れているから分からないとでも思ったか…?」
「そ、そんな……っ…こと、は……」
言いかけて、面影は口を噤む。
否定したくても、相手が言う事が全て真実だったからだ。
今も布団の奥で三日月の雄を己の淫壺の最奥まで受け入れ、包み込み、腰を揺らして自らの感じる場所へと擦り付ける様に蠢かせている。
相手を深く深く呑み込む為に両脚を大きく開いているのも、見えないからこそ出来る大胆な行為だった。
三日月の下半身の上に乗り、大きく開かれた下肢の中央で彼の雄を咥え込んでいる姿は、炬燵の中だからこそ晒せるもの。
この厚手の目隠しの中で、若者は大胆に繰り返し腰を上下に動かして快楽を貪り、その激しさに時折足先が炬燵の脚にぶつかって音すら立てている。
更にそこに三日月が自分の楔に手拭いを乗せ、その生地を押し付けながら左右に激しく動かし始めたのだ、その快感に抗える術など、面影は持ち合わせていなかった。
「ふふ、知らぬふりをするのであれば、この身体に訊いてみようか?」
既に追い詰められつつある恋人の身体を優しくも容赦なく燃え上がらせるべく、三日月は腰を激しく突き上げながら楔への責めも止める事はなかった。
ずりずりと布地を擦り付けられ、面影の楔の先端からは悦びの雫が止めどもなく溢れ出して手拭いを濡らしていき、彼の口からは抑えきれない嬌声が上がり続ける。
「ひっ、ひぁん…っ! はぁ…っ、あ、こ、れ……すご…っ!」
「ああ……やはりお前の内は心地良い………その恥じらう唇より余程正直だ…」
三日月の声を近くに遠くに聞きながら、それを証明する様に面影の腰が激しく上下に動く度、閉鎖された空間の中にぐちゃりぐちゃりと接合部から淫音が響く。
普段、寝所で三日月と交わる時は当然布団の上で事に至る訳だが、毎度律儀に掛布団を被った状態で行う訳ではなく寧ろそれを外しているのが恒例とも言えた。
なので今回の様に敢えて秘部を隠した状態でしかも昼間、限られた時間にこんな体位で交わっているという慣れない体験が、若者の抵抗する意志を失わせていたのかもしれない。
(ああ……気持ちいい……腰、止まらない…っ…)
日常的な環境の中で非日常的な行為に耽り、前も後ろも激しく責められている自分の状況に面影の身体は激しく燃え上がり、対して理性はがらがらと音が聞こえてくる程に瓦解してしまっていた。
「ふ、あぁぁ! ん、あ……も……っと、もっとぉ……ほし…っ……みかづき…」
「ああ……好いぞ……俺も、もっとお前が欲しい…」
きっと炬燵の中ではより一層大きく、激しい水音が響いているのだろうが、二人の耳に届くのは布地が擦れる乾いた音と、面影の足が炬燵のそれにぶつかり軋む音……
しかし水音は聞こえなくても二人の粘膜は与えられる刺激を確実に受容しており、徐々にその速度が上がってきているのを感じていた。
「んっ、ん、はあぁっ! あっ…い、い……! もう……い、きそう……っ!!」
「……っ!」
いよいよ絶頂を迎えるという気配を感じた若者が引き攣った声で訴えると、三日月もまた限界を感じていたのかきゅ、ときつく瞼を閉じる……と同時に、面影の楔を苛めていた手拭いをくしゃりと握って片手の中に収めると、そのまま相手の先端に押し付ける。
「射精す、ぞ……っ!」
「あ…っ…ああ~~~~~っ…!!」
どくん……っ!! どっぴゅ! びゅるるっ……!
舌を突き出し、ぎゅっと瞳を固く閉じ、三日月に身体を預ける形で背を反らしながら面影は吐精した。
その全ての奔流は三日月が押し当ててくれていた手拭いが受け止めてくれ、面影が懸念していた様に炬燵の中を体液で穢す事は避けられたのだが……
(あ……っ…だめ、だめっ…!! み、かづきの………汚しちゃ…っ!!)
相手の愛用の品を自らの体液で濡らし、穢してしまうという行為に少なからぬ罪悪感を覚えた面影は、不可逆的な生理現象をそれでも抑えようと試みていたが、寧ろその『罪悪』が本能をいたく刺激し興奮させてしまったらしく射精はいつもより激しく、長かった。
そして三日月もまたそんな若者の身体の熱を感じ、強く締め付けられ求められた事で理性の箍を躊躇いなく外した。
びゅく、びゅくんっ! どぷ……っ!
「ん、くぅ、う……っ!」
手拭いを濡らしながら、三日月から注がれた肉欲の証を最奥に受け入れ、面影の全身が緊張して突っ張る。
しかしやがてその身体もゆっくりと弛緩し、三日月の身体にくたりと凭れ掛かった。
快楽を享受し、満足した若者の身体を受け止めながら、三日月は手にしていた手拭いを今度は二人の接合部に巻き付け、ぬぷりと自らの楔を引き抜いた。
秘蕾から溢れ出てきた白濁液を手拭いに吸わせ、三日月は面影と同じく肉欲を満たされ、満足した様子で相手にひそりと囁いた。
「…では、満足したところで、午後の務めの前に共に汗を流そうか……?」
まだ任務の時間までには多少のゆとりがある……そう、湯浴みで身体を清める位の時間であれば。
ちゃっかりとそこまで考えていたらしい恋人に、面影はほんの少しだけ口惜しさを覚えながらも素直に頷くしかなかった………
午後の内番として三日月に指示されたのは、午前に続いて書物庫に新たに届けられた蔵書達の収納だった。
人の身に顕現した刀剣男士達は、本体が鋼と炎より生み出された時代の記憶は鮮明に残しているのだが、その他の時代となると胡乱になっているところもある。
それは、刀の活躍した時代の終焉であったり、美術品としての存在への意向であったり、焼失であったり……まぁ理由は様々だ。
それ故に、彼らは『刀剣男士』という同じ括りの中には在るが、それぞれの持つ人の歴史についての知識にはかなりの差がある。
人の歴史を守るという立場でありながら、その歴史というものを知らないというのは本末転倒だろう……という至極当然の意見が刀剣男士側からも政府内からも上がったのは誰もが予想できる帰結だった。
そういう意見を汲み取った結果、どの本丸にも多少の規模の差こそありはしたが、『書蔵庫』が設置される様に取り図られたのである。
彼らは最早、己が意思で動けぬ刀剣ではない、自らの手足で動き、歩き、己の持つ眼で世を見る事が出来るので、人と同様に書物から様々な知識を得られるのだ。
戦いの時以外には、人の歴史だけでなく、人の知識やその枠に留まらぬこの世の全ての事象で明らかになっている知識を得られる『書蔵庫』は、刀剣男士達の知識欲を満たす最良の環境となった。
男士によっては書を読むより身体を動かす事を好む者もいたが、無論、日々の過ごし方は彼らの裁量に委ねられているので、知識の蓄積を押し付けられる事も無い。
時間遡行軍との戦いのみに特化するのであれば、書蔵庫内の蔵書は歴史書と戦術書、後は人の身の応急的な治療技術に関する書物があれば事足りるのだが、この本丸の審神者は彼らを只の武器としてではなく『人』として看做したいという考えの持ち主らしい。
庫に入れる蔵書は戦いに関するもののみに限らず、人の世に流行している文化や趣味に関わるものなど多岐に渡って納品する様取り計らってくれていた。
「確かに、俺の様なじじいにとっては、好ましい環境だなぁ」
(それだけ「元気」なじじいがいてたまるか……!!)
こっそりと内心そう思いながら、同じく午後は此処での作業当番だった面影が新着の書物を関連する棚へと運んでいく。
正直、この程度の業務で良かった………幾ら人より頑強で痛みへの耐性が高い刀剣男士と言えど、昼間のあの行為からすぐの乗馬などは流石に辛いものがある。
(まぁ………この男なら、最初から私達の内番の中身など把握した上での事だったんだろうが……)
それでも、元々はあんなところでうっかり寝こけてしまって隙を突かれた自分にも責任があるのだろう……本当に油断した。
「………三日月、どうした? 落丁本でもあったのか?」
先程からずっと一つ所に留まり、一冊の書物を広げて見入っている様子の三日月に声を掛けるも、向こうはその内容に集中しているのか反応を返す様子が無い。
あれだけの年数を生きてきた男なので刀剣男士の中でも知識量はかなりのものなのだが、それでも彼の知識欲は止まる事を知らぬ様子で、暇があればこの書物庫で目についたものを片っ端から読破しているらしい。
そういう性格なので、気になった書物が見つかると危急の案件以外の時にはついついそちらに気が向いてしまい、読書に耽ってしまうという悪い(?)癖があるのも周知の事実だった。
午後の業務に彼の補佐として面影が付けられたのは…つまりそういう事なのだろう。
「? 何か気になる記述でも見つけたのか?」
なので、またいつもの癖が出たかと思いつつ面影が寄っていくと、その気配に気付いた三日月が視線を相手に向け……何故か意味深に微笑んだ。
「うん……まぁ気になると言えばそうか…」
相手が手にしているのは随分と分厚い辞典の様なものだ、刀剣男士でなければ彼の様に易々と片手で持つのも難しいだろう。
表の筆書きをちらりと見てみると、どうやら江戸あたりの時代の文化や美術品などについて纏められたものらしいが……?
「何だ?」
その笑みに秘められた何かを読み取る事が出来ずに首を傾げている若者に、三日月がとある頁を示しながら言った。
「俺達が昼に愉しんだ『あれ』な…………『炬燵かがり』という名の体位らしいぞ?」
「!!!!」
思わず視線を遣った先の頁で目に入ったのは、とある浮世絵。
炬燵の前で男が背面座位の形で女を抱き抱え、交わっていた。
確かに、この姿は嫌という程に覚えがある。
「おま……っ! 作業中に何を不埒なものを…!」
内番とは言え立派な任務中に春画など見るな!と至極真っ当な事を述べた面影だったが、言われた年長者は実に涼しい顔をしている。
「別に春画だけを目当てに見ていた訳ではないぞ? これは江戸時代の様々な文化や流行物を纏めた大鑑だそうだ。なかなかに見応えがありそうな逸品だな」
「そういう類のところを見るなと言っているんだ!」
「たまたまだ」
「う…………!!」
『嘘をつけ!』と更に糾弾したかったのだが、たまたまではないという証拠は無かったので、面影はそれ以上の言葉を継げなくなり吃ってしまう。
「〜〜〜〜!!!」
「それでな、此処にも面白い記載があってな…」
ふるふると肩を震わせて耐えている若者に、三日月はそら、と次の頁を見せてくる。
「……炬燵での『愉しみ』の形はもう一つあるそうだ。俺達が愉しんだのは『炬燵かがり』……もう一つは…」
彼の指し示した別の浮世絵は、男女が炬燵を挟んで向かい合わせに座り、中で繋がっているというものだった。
画の右上部には筆で『炬燵がくれ』と流麗な文字で記されている。
普通に座っている姿では成し得ないものなので、互いが繋がる為に深く下半身を潜り込ませ、男女共に畳に肘をついている。
「………」
見入ってしまったのは別にその男女に惹かれた訳ではなく、無意識下にその男女を自らと三日月に見立ててしまったからだった。
当然、そんな事を口に出して言える筈もなかったが、僅かに流れた沈黙で面影の思考は三日月によって容易に読まれてしまっていた。
「……興味、あるのだな?」
「ちが…っ!」
「俺はある」
「っ!!」
恥ずかしげもなくきっぱりと断言され、面影の顔が朱に染まる。
こちらからの不意打ちに硬直している若者に、三日月が顔を寄せて囁いた。
「……お前、言っていたな? 『昼間からそんなこと』と……つまり昼間でなければ良いという事だな?」
「そ、れは…言葉の綾というもので……!」
「今更、逃げは許さぬよ。そもそも俺がお前しか抱けぬ事ぐらい知っておるだろう?」
言葉の裏に熱烈な愛の告白を潜ませる想い人の声は、それだけで面影の腰を砕いてしまう程に艶めいており、彼は最早何も言えずに真っ赤になった顔を俯ける。
そんな可愛い反応を返す恋人に満足した様に、三日月は止めとも言える一言を囁いた。
「今宵、また『炬燵』で暖まりに来るが良い……昼間は時間を取れなかった分、じっくりと『暖めて』やるぞ……身体の芯からな…」
その言葉の後、ちゅ、と耳朶に優しく口付けを落とされてから、面影には書蔵庫での業務が終わるまでの記憶が殆ど残っていなかった…
その夜………
昼の世話の延長なのか、湯浴みを済ませた浴衣姿の面影が三日月の私室に向かう姿があったのだが、それは誰にも知られぬままに宵闇に隠され、彼らだけの秘密で終わったという………