とある本丸にて…
「ただいま」
「ああ、おかえり面影」
その日の厨に、内番姿の面影が何かが入った籠を抱えて外に続く出入り口から入ってきたのは、そろそろ昼下がりに差し掛かろうという時分だった。
「今日の収穫を持ってきたんだが、何処に置けば良い?」
「それなら其処に置いてもらおうかな。今日の成果はどうだったんだい?」
背負っていた籠を下ろしながら問う面影に、厨にいた歌仙が調理台の隣の空間を指差しながら、籠の中をひょいと覗き込む。
「やぁ、随分と沢山採ってきたんだね。これは腕が鳴るよ」
にこりと笑ってそう言った美丈夫の言葉の通り、籠には多くの木の実や野草、果実などが収穫されていた。
折しも季節は秋になろうという時期だったので、実りの秋に相応しい山の恵みが籠の中を満たしている。
「やぁ、松茸もあるみたいだね。こんなに貴重な食材、採ってくるのは骨が折れたんじゃないのかい?」
「いや……今回は三日月が手伝ってくれたから、随分と楽をさせてもらった」
「おや、三日月が?」
「私にはまだこういう食物についての詳しい知識はないから…三日月の指摘があったので随分と捗った。毒を含んだ物も少なからずあったしな……収穫したのは私だが、今日の功労者は三日月だ」
「成程」
肉体労働ではなく、頭脳労働で手助けをした訳か…と歌仙が納得の態で頷いたところで、出入り口が再び開いて向こうから当の三日月が、面影と同じく内番姿でひょこっと顔を覗かせた。
「面影? 収穫分は渡したか?」
「ああ」
今渡したところだ、という返事を聞きながら、三日月がにこにこと笑いながら厨へと入って来る。
「そうかそうか、今日のはなかなかに豪勢だからなぁ………あ、松茸は炊き込みご飯にしてくれると有難い」
さりげなく希望を伝えてくる好々爺に、歌仙が仕方がないと苦笑しながら、帰って来た二人の為にお茶を淹れる。
「功労者の希望はきかないといけないね。わかったよ。今、お茶を淹れるから、一服していくといい、喉も渇いているだろう?」
「おお、すまんな」
「有難う」
歌仙から湯飲みを受け取った二人は、少々行儀は悪かったものの、そこは見逃してもらう形で立ったままお茶に口をつける。
それから人心地がついたところで、改めて三人で今日の夕食の献立についての話に花を咲かせていると、遠くからとたとたと軽い足音が聞こえてきて、
「おーい。三日月そろそろ帰って来たか~?」
と、鶴丸がのんびりした様子で入って来た。
そして、探していたらしい三日月の姿を認めると、にっと笑う。
「鶴丸? どうした?」
「いたか。朝礼で言ってた予定より少し早いんだが、主がこれから政府機関に向かうそうだ。お前も近侍として一緒に向かう予定だったろ? ぼちぼち着替えして行けるか?」
鶴丸の発言を聞いても、そこにいた全員はさして驚く様子もなく、成程、と頷いた。
今日の朝礼の際に、この日の午後に審神者が政府の召集に応じて現地に向かう予定があり、その身の安全を確保する為に近侍を同行させるようにという政府のお達しがあったという事も周知の事実だったのだ。
三日月達もそのつもりで予定通りの時間に本丸に戻って来たのだが、どうやら向こうへの出立が少々早まることになったらしい。
「そうかそうか、早目の行動とは几帳面な主らしい」
微かに瞳を大きく見開いた三日月が、傍の調理台の上に手にしていた湯飲みを置いて歌仙へと振り返った。
「聞いての通りだ、行かねばならん。片付けを任せても?」
「ああ、気を付けて。主を頼むよ」
そして続けて三日月が面影へと顔を向ける。
「面影、鶴丸と共に着替えを手伝ってくれ。流石にこの格好では向かえん」
「分かった。歌仙、お茶、とても美味しかった。有難う」
「ああ、そのまま置いていってくれて構わないよ」
少々ばたついてしまったものの鶴丸を先頭に三日月の私室に急いだ三人は、それからは実に迅速に行動した。
三日月の戦闘服でもある狩衣は、実は一人で纏うには少々難のある衣服である。
元々、平安時代の貴族でもある公家の着ていたものなのでそういう造りなのだが、急襲などの緊急時以外の時には、彼は必ずこの狩衣を纏う。
それが彼の正装であり、全てに対して正面から真摯に向き合うという彼の心意気を示す為だ。
「すまんなぁ、二人とも」
「なぁに、慣れてるって。さ、とっとと着替えてくれよ、主を待たせる訳にもいかないだろ」
面影が本丸に来る前から三日月の着替えの手伝い要員だった鶴丸はからからと笑って、私室に入った三日月を早速狩衣姿へと着つけていく。
「面影、そこの衣桁(いこう)から腰帯を取ってくれ」
「分かった」
てきぱきと着付けをこなしていく鶴丸の手際の良さを、面影は感嘆の視線で見つめていた。
「鶴丸は随分と手慣れているんだな…あっという間に」
「同じ平安生まれだからなぁ、興味あるなら面影も着付け方、覚えてみるか?」
「! いいのか?」
「勿論、手伝い要員が増えるのは大歓迎だぜ?」
学ぶことに前向きな様子の面影に鶴丸が笑って返し、三日月も嬉しそうに頷いた。
「そうか、じじいの世話をしてくれる者が増えるのは嬉しいな。確かに、よく考えたら鶴丸も俺と同じく良い歳だからなぁ…同じじじいをこき使う訳にもいかんか」
「おい、俺はまだまだじじいなんて考えてないからな」
そんな軽口を叩き合いながらも着付けは滞りなく進んでいき、程なく三日月はいつもの姿に戻っていた。
「二人とも有難う。では、主と共に行って来る。不在の間、留守を頼むぞ」
「おう、お前こそ、きっちり主を守ってくれよ」
「留守は私たちが守る。心配しないでくれ」
作務衣姿の時にはのんびりとした空気を纏っていた三日月だったが、流石にそれから審神者と共に政府に向かうとなれば、雰囲気は一変する。
柔らかな表情と流麗な動きは相変わらずだが、下手に触れればこちらが斬れてしまいそうな神気を漂わせていた。
流石、筆頭近侍の面目躍如である。
「さっすが、俺達の頭領だな。いつもはほけほけしてるけど」
三日月を送り出し、主人が不在となった三日月の私室で、鶴丸達は彼の脱ぎ捨てた作務衣などの片づけを始めた。
「ああ……しかし鶴丸も同じ平安の刀だろう? 神気にしても実力的には遜色無いと思うが……」
「あー、実力については謙遜するつもりはないけど、面倒ごとは嫌いでね。俺はどちらかと言うと賑やかし担当。ああいう格式ばった集まりには、やっぱ三日月が適任だと思うぞ。何しろ長年、殿上人の傍にいたんだし……」
そういうものか……と、淡々と聞いていた面影の傍で三日月の作務衣を取り上げていた鶴丸が、じっとそれを見つめ……ちらっと面影の方を見る。
「? どうした?」
「……そんなに体格変わらないよな、面影とあいつ…」
「は?」
何の話が進んでいるのだろうときょとんとする面影に、鶴丸はにっと笑って手にしていた作務衣をぐいと差し出し、突拍子もない事を言い出した。
「面影、ちょっとこれ着てみようぜ。殆ど汚れてないのにこのまま洗濯するのも勿体ないし」
「!?!?」
それから暫く、色々とすったもんだがあり……
(………半ば無理やりに着せられてしまった…)
結局……
三日月の作務衣に袖を通した面影は、所在なさげに自分の姿を見下ろしていた。
流石にインナーは身に着けず、バンダナとてぬぐいは手に持ったり肩にかけているが、元々が華奢な体格ということもあり、すらりとした体格に三日月の作務衣は鶴丸の見立て以上に似合っている。
人の衣類を勝手に纏うのは当然控えるべきだと、面影本人は当初必死に抵抗したのだが……やはり新参者は古参者には弱いというのは世の常なのか、或いは鶴丸の勢いに押されてしまったのか……おそらくは両方だろうが、結局面影は図らずも三日月の作務衣を着ることになってしまったのだった。
手にしている自分のジャージを自室に持っていく途中に何人かの他の刀剣男士達に出会ったが、皆は初見では勿論驚いた様子だったが、鶴丸の悪戯に律義に付き合っているのだという事を知ると、納得の態で頷きながら笑っていた。
「似合ってますよ。お二人とも、何となく体格も似てますもんね」
鯰尾の言葉に面影は首を傾げてそんなものかと思いつつも、自前のジャージより更に軽く意外と着心地が良かったし、似合っているというなら暫くそのままでも良いかと、着替えは食後に行う事にした。
三日月が帰還する予定がかなり遅くなるだろうという事も、朝礼でしっかりと告知されていた。
無論、三日月が居ない間に彼の服を着てしまった事は後でしっかりと詫びるつもりであるし、ちゃんと洗濯して綺麗にしたものを渡すつもりである。
(…初めて作務衣というのを着るが、確かに身軽だし通気性も良いな……)
戦闘服でも内番服でもぴっちりと殆どの肌を覆い隠している面影にしては珍しい、手と脚の肌を晒す作務衣の着心地は、彼にとっても珍しいものであった様だ。
もっと寒くなれば確かにあのインナーの必要性も感じるのだろうが、今はまだこれだけでも十分だ。
(戦闘時の事を考えると少々心許ないが……修業が足りないということか…?)
相変わらず着替えた後も堅苦しいことを考える若者だったが、結局夜まで鶴丸の悪戯に付き合う形で、作務衣を纏っていたのであった。
夕餉を食べ終えて片づけを手伝い、面影達が自室に引っ込む頃になっても、三日月も審神者もまだ帰って来る様子はなかった。
『どうやら遅くなったせいで、政府の方で急遽夕食会を開かれているらしいね。それならそうと早目に言ってほしいよ、全く………という訳で、余ったおかずが欲しい人はいるかい?』
歌仙の言葉に複数の手が勢いよく上がり、彼らの間で熾烈なじゃんけんでのおかず争奪戦が行われているのを横目にしながら面影は居間から離れ、自室に向かいながらまだ本丸に戻らない三日月達の事を考えていた。
(夕食会…か……帰りが遅くなるなら、その間に着替えて洗濯を済ませてしまえば十分に間に合うな)
勿論、三日月が所持している作務衣は今面影が着ている一着だけではない。
少なくとも、内番服は本丸の男士全員に三着ずつは支給されている筈だ。
なのでこの作務衣がすぐに着られる状態ではなくても喫緊の被害は無いだろうが、渡すのは早いに越したことはないだろう。
自分の内番用のジャージも昼間の内に自室に畳んで置いているままだったので、それと一緒に洗濯に回せば済む話である。
(つい勢いに負けてしまったが、初めてこういうのを着る機会を持てたのは新鮮だったな……)
さて、浴衣に着替えるか…と思い、す、と何気なく袂の方へと顔を向けながら手をそちらへ伸ばした時、ふわ…と何かが微かに香ってきた。
「……?」
全く覚えがない訳ではない…が、一瞬、何の香りだったか…と戸惑った若者は、その正体に思い至った瞬間、真っ赤になった。
(……三日月の……匂い…だ……)
よく考えたらすぐに分かりそうな事であった。
今日、近場の山に一緒に収穫に向かった際、二人ともが多かれ少なかれ汗をかいている。
肩に掛けられていた手ぬぐいで、三日月が幾度か自らの首筋を拭っていた姿も見ていた。
その汗を吸った布地から、彼の者の匂いを感じられない筈がないのだ。
男性の体臭は、人によっては麝香の様にきついものを放つ場合もあるのだが、三日月のは寧ろ微かな…竹林の様な清涼なそれに近いものがあった。
そう言えば体臭はその者が食べるものによってもかなり変わってくるらしいが、確かに彼は動物の肉などより野菜等を好んで食べていたのだった。
あからさまに香るものではなかったから、今まで面影が意に介していなかったというのもあるのかもしれない。
しかし……一度、彼の残り香を意識してしまったら、もうそれを無かったものには出来ない。
(…ああ……いつもの…三日月の匂いだ………)
この匂いを、自分が一番よく嗅いでいるのはどんな時か。
内番で共に汗を流している時か? 違う。
修練で互いに刃を交えている時か? 違う。
そうだ、この匂いを嗅いでいる時……その時、自分はいつも……
再び作務衣から三日月の匂いが漂い、面影の鼻腔をくすぐると同時に、彼は背後から三日月によって優しく抱きしめられている様な錯覚を覚えた。
『面影………』
大事に大事に…大切な宝物が壊れない様に優しく抱きしめてくれる男……
それなのに、褥の中ではあんなに激しく狂おしく求めてくる様な強引なところもあって……
(…って……私は、何を……っ)
一人で勝手に想像して、一人で勝手に切なくなって……独りよがりなことを……
しかし、早く着替えなければ、と思う心とは裏腹に、何故か身体は上手く動いてくれなかった。
「…………」
早く、着替えなければ。
着替えて、これをそのまま洗濯場に持っていかなければ。
明日の朝にでも洗って干したら、夕方には手渡しで返せる筈だ。
そうだ、彼が帰ってきたら、その旨、説明して詫びておかないと……
そんな、やらなければいけない、やるべきことは次々と頭の中に浮かんでくるのに……自分はさっきからずっとここに立ち竦んだまま、作務衣から香る彼の匂いばかりを意識で追っている。
抱きしめられていると錯覚したまま、その幸福感に浸っている。
(駄目だ……駄目……)
そう、駄目だ、早く着替えないと……これは、三日月の作務衣なんだから……
思いながら、面影はほぼ無意識の内に首にかけていた彼の手ぬぐいに手をやり、その感触を何処か他人事の様に感じながらしゅるんと外す。
それをそのまま畳んで、次は作務衣を脱げば良い…そう理解している筈なのに、彼はなかなかその手ぬぐいから手を離せず……それどころか、その震える手はゆっくりと自分の顔へと持ち上がっていった。
何をしているのか分かってはいるが止められない……
その現実から目を背ける様にぎゅ、と固く瞳を閉じながら、面影は手ぬぐいを顔に押し付けて、すぅと息を吸う。
途端、手ぬぐいから更に強い三日月の残り香が鼻腔に流れ込み、瞬く間に面影は陶然となる。
「あ………三日月……」
小さく名前を呼ぶだけで、顔が熱をはらんでいくのが分かる。
そうだ、こんなにしっかりと彼の匂いを感じるのはいつも…互いに一糸纏わぬ姿で抱き合っている時……
幾度も幾度も繰り返された逢瀬の中でしっかりと刻まれたその香りの記憶は、面影の身体にその時の熱を一気に呼び起こさせた。
「う……ふぅ…っ」
身体から力が抜けて……もう立っていられない……
まるで腰が抜けた様に、面影は力無くその場に座り込んでしまった。
それでも、その手から手ぬぐいを離す事はなく、尚も口元に当てて匂いを嗅ぎ続けている自分の姿を思い、面影は一人恥じた。
(ああ……私はどうして、こんな…っ……助けて、三日月…っ)
こうして自分を追い詰めているのは彼の人の残り香である、が、その甘い罠から助け出せるのもあの男だけだった。
ただ座り込んでいるだけなのに、はっはっと息は荒く短く手ぬぐいの奥へと吐き出され、その代わりにあの男の汗の匂いが容赦なく鼻腔に流れ込んで面影の思考をぐちゃぐちゃに掻き回す。
それに耐える様に無意識に作務衣の袂をぎゅうと握り締めた面影が、その手に伝わる現実的な感触に意識を向けた。
握り締めているのは…三日月の作務衣。
それは今でこそ自分の身体を覆っているが、元は三日月の身体を覆っていたものなのだと再認識する。
(三日月の……身体…)
インナーを介してはいるが、作務衣も三日月の肌に触れていたのだろうと考えると、手に握る布地を通して自分がまるで彼と肌を合わせているような感覚に陥った。
まるで二人きり、誰も見ていない宵闇の中で抱き合っている時の様に……
「…………」
荒くなっていた息を必死に整えようとしながら、面影はゆっくりと手ぬぐいを持っているのとは別の手を動かし、そっと胸の上へ作務衣越しに触れさせる。
「…っ」
厚い生地の上からでもはっきりと分かる程に、その奥に息づく蕾が固くなっていた。
あの男の香りを嗅いだ時点で身体はもう欲しているのだと、眼前に突き付けられた様な気分だった。
「ん……っ」
さわり……さわり……
指先で何度も布越しに蕾を弄ると、更にそれが大きくなっていくのが分かる。
そしてそこから快感が生まれ、全身を走り抜けていくのに耐えられず、再び息遣いが荒くなっていく。
(あ、あ……気持ちい……こんなこと、いけない、のに……)
愛しい男の服を自慰に使うなど…と思いながらも、その予想以上の背徳感がもたらす快楽に、どうしても手放せない。
それどころか、手ぬぐいを持っている所為で片手しか使えないのがどうにももどかしくなり、面影はそろそろと口元に当てていた手ぬぐいの端を唇で噛んだ。
そうしたら、口から布を垂らした状態になるが両手は空くことになり、匂いもかろうじて続けて嗅ぐ事も出来る。
こんな浅ましい知恵がすぐに浮かんでしまう事に自己嫌悪に陥りそうだったが、身体がそれを許さなかった。
理性を本能が蹴り出すように、今の面影は身体への愛撫を他の何より最優先にして、ようやく自由になったもう片方の手も加え始める。
二つの蕾を両手の指先で生地越しに撫でる様に動かし、それがもたらす快感にゆっくりと首を振りながら酔う。
やや粗めの生地が、敏感な乳首の先端を擦る度に快感で全身が戦慄き、身体の中央へと熱が運ばれていく。
「う……っん……」
ずくずくと腰の奥に甘い痛みが走る感覚に、きり、と布を噛む力が強くなる。
手ぬぐいのお陰で声を漏らさずに済むのは幸いだった…とぼんやりと頭で思いながらも、流石にこれ以上は行為を続ける訳にもいかない、とも思った。
既に今の段階でも全身には汗が滲み、生地はしっかりとそれを吸っているし、何よりこれ以上行為に耽ってしまうと、分身から滲んだ先走りが相手の服を穢してしまう事は容易に想像できた。
「ふ……っ…くう……」
止めなければ……そう思いながらも指先の悪戯は止まってくれない。
もう少し……もう少しだけ……彼もまだ、帰っては来ていないのだから……
(まだ、触ってもいないのに………オ○ン○ン、もう固くなってる……)
そろりと布の上から昂りに触れるとしっかりと固い感触が返ってきて、同時に触れられた箇所から快感が溢れ出す。
そうだ、彼も時々こうして自分が服を纏っているその上から、悪戯を仕掛けてくる事があった。
駄目だと言っているのに、聞いてくれなくて……でも、それでもとても気持ち良くて……
「ん、ふ………」
欲情して溢れ出した唾液が、咥えていた手ぬぐいにみるみる内に吸い取られていく。
ぼんやりと、自ら手を当てている股間を見つめていると、そこにあの男の手が幻になって浮かんでくる。
過去に見た彼の手の動きが幻影となって再現され、自らの手が真似る様にそれを追った。
(ああ、三日月の手………だめ、これ以上続けたら、本当に止まらなく…っ!)
そんな面影の行為を最終的に止めた人物は、彼本人ではなく、突然にその場を訪れた。
『面影? 部屋にいるのか?』
いきなり外から名を呼ばれた若者が、びぐっと激しく肩を震わせ、狼狽しながらそちらへと視線を向ける。
襖を隔てた向こうには、正門や本殿へと続く廊下があり、声はその少し先から聞こえてきていた。
声の持ち主に恐ろしい程に覚えがあった面影は慌てて立ち上がり、その身を取り繕おうとしたが、それが全て果たされる前に襖は無情にも静かな音をたてて開かれてしまった。
「面影? 鶴丸に聞い……」
「っ…!!」
二人の視線が交差し……互いの動きがほぼ同時に止まった。
三日月は信じられないという表情で面影の姿を凝視し、面影は怯えも露わな目で彼を見つめる。
勢いよく立ち上がったばかりの面影の口元から手ぬぐいが落ち、ぱさりという乾いた音が再び時を刻み始めた。
「あ……っ…みか、づき……」
帰って来たのか…という言葉を口にする前に、三日月はすぅと滑らかな動きで部屋に入って来たかと思うと、面影が取り落とした手ぬぐいを取った。
「………」
取り上げた際に、その一部がしっとりと湿っている事に気付いた男は、それからゆっくりと視線を面影へと向けた。
「………………ふむ?」
何かを察した様子で小さく頷いた後、三日月がするりと右手を面影の左頬に伸ばすと、びくっと相手は戦慄き、視線を下へと俯ける。
「………っ…」
三日月の目の前で、面影は瞳を潤ませ、頬を上気させ、必死に息を整えようとしている。
いつもの冷静沈着な若者とは程遠い…しかし、夜の蕩けた彼の艶姿と通じる反応に、聡い男は全てを悟った様子だった。
「…………ほぅ…」
ゆっくりと唇を歪めた男がつと動き一旦若者から離れると、彼はそのまま自分が入って来た、開けたままだった襖をすっと閉める。
「っ!」
知らず、面影は僅かに後ろに下がり、息を呑んだ。
襖を閉められたそれだけの動作だったのに、完全に閉じ込められ、孤立無援の状態に追いやられたのだと心の何処かで察した。
もう………逃げられない……
襖を閉めた張本人はそれからゆっくりとこちらを振り向く。
その唇は歪められたまま……その瞳は今まさに獲物に止めを刺そうとする様な獣のそれだった。
「あ……」
自分がもし何もしていなければ、後ろめたい事がなければ、何ら動揺する事もなく真っ向から相手の視線を受け止める事が出来た…筈だ。
しかし、彼の服を纏ったままつい先程まで快楽に耽っていたのは紛れもない事実であり、それは確実に面影の良心を咎めていた。
その後ろめたさが若者の足を引っ張り、動くことを許さない。
三日月がゆっくりと近づいても微動だに出来ない様子は、正に蛇に睨まれた蛙だった。
「……ふふ」
小さい笑みを零し、三日月はそっと面影の耳元に顔を寄せ、甘い声で囁いた。
「俺の居ぬ間に、他の誰かに肌を晒すだけでも許せぬことであるのに………なぁ?」
同意を促す呼び掛けと同時にそっと唇で耳朶に触れられ、ぞくんと面影の背中に戦慄が走る。
肌? 何処が露出していると…?
本気で悩んだが、よく考えたら自分の普段着ている服と比較し、三日月の作務衣は確かに手足の肌が露出している部分が多い。
実は三日月が本丸に戻った際に、鶴丸から『遅かったな、もう少し早かったら面影がお前の作務衣を着ているのを見られたのに』と言われ、全てをすっ飛ばして此処に急ぎ来たのだが、無論、そんな事は面影は知らない。
自分の作務衣を、愛しい男が着ているだと? 見逃せる筈が無いだろう!
そもそも、あれは作務衣だけなら四肢の肌がかなり露出してしまう筈だ、それを俺の居ない間に着せるなど、どういう了見だ?
独占欲丸出しの感情が男の心の中で渦巻いていたが、無論、それも面影は知らない。
相変わらず彼は、手足が多少出ている程度で…!?とそれについてのみ喫驚してしまっていたが、追い打ちをかける様に三日月が続けて問い掛けてきた。
「……俺の服で何をしていた…? ん…?」
「あ……っ」
最後の問いかけと共に、はむ、と耳朶を優しく唇で噛まれ、面影が頤を反らして声を漏らす。
三日月の質問は尤もだ…が、彼はおそらく既におおよその正解を知っているだろう。
それでも本人の口から言わせようとする相手に、面影は震える声で許しを請う。
「ゆ、許して…くれ…三日月……」
「…そうか……俺に許しを請うような事をしていたのか…? どんな事を…?」
「そ、んな………こと…言えない……」
曖昧な返答ではあったが、三日月の予想を裏付けるには十分なものであり、彼は密かに嬉しそうに笑った。
「そうか、言えないか……では…」
再度、耳元に口を寄せ、ひそりと囁く。
「…そんな悪い子には、お仕置きが必要だな…」
「っ!?」
ぐいっと腕を掴まれ、そのまま寝所へと強引に連れて行かれる。
いつになく強引だったが、面影の身体が持ち主の動揺を受けてふらついている状態だったので、三日月も殆ど力は使わずに済んでいただろう。
寝所に既に敷かれていた布団の上に面影の身体を座らせると共に、自らも同じく彼の背後を取る形で三日月が胡座をかくと、そのまま後ろから相手の胸へと両腕を回してきた。
「あ……っ」
「さぁ……覚悟は良いな…?」
さわ…さわ…さわ……
「ん……あ………」
三日月が帰ってくる前、自分でも行っていたように胸を作務衣の生地越しに撫で回され、面影が小さく声を漏らす。
(あ……全然違う…自分でやるのと……)
自らの指先で行っていたのも似た様な行為であったにも関わらず、その快楽の大きさはまるで比べるべくもなかった。
相手の動きが読めないままに肌に刺激を与えられるという事もあるだろうが、それより大きな一番の理由は……
(……三日月の……指先…)
そう、触れてくるのがこの男だからだ。
もし他の何者かが同じ様な不埒な真似を仕出かそうとしようものなら問答無用で斬り捨てている、例え知己の刀剣男士であっても。
他でも無い三日月宗近だから…愛しいこの男だから……心が許しを与えるまでもなく、身体が応じてしまうのだ。
さわっ………
「っん……!」
三日月の細く白い指先が、両胸のとある場所を明らかに狙って触れてきたのを請けて、面影の声が微かに漏れる。
耐える様に瞳を閉じ、少しだけ眉を顰めるその表情すらも美しく、背後から覗き込んでいた三日月は嬉しそうに微笑みながら指を動かし続ける。
「辛いのか…? だが、それだけではないだろう?」
さわ、さわ、さわ………
「あっ…あっ………あ、ん…っ」
生地の上から優しく触れてくる指は、最早疑いようもなく、面影の胸に実る淡い色の果実を狙っていた。
男性でもそこは女性と同じく立派な性感帯であり、しかもこれまでの三日月との逢瀬の中で、面影のその場所はしっかり彼によって開発されていたので、布越しであっても十分に快感を得られる様になってしまっていた。
いつもの滑らかな肌の感触では無い、少し目が粗い生地が触れ、微かに擦ってくるそれでも、面影の身体は大いに歓喜した。
恋して止まない男からの愛撫だという事実だけでも、その身は十二分に高められてゆく。
(あ……いやだ……)
ふぅ、ふぅと熱い吐息を口から漏らしつつ、面影はじっと自身の嬲られている胸を見つめ、そこに表れている変化に気付いた。
胸を覆う濃紺の生地が平坦に近い緩やかな曲線を描く中で、ぽつぽつと二箇所、明らかに小さく膨らんでいる箇所があった。
それらが何を示しているのか、無論分かっているその身体の持ち主はかぁ、と頬を朱に染める。
(あんな……厚い生地でもわかるなんて……きっと、三日月にも……)
ばれてしまっている……と思ったところで、まるでこちらの心を読んだかの様に、後ろから声が掛けられた。
「おやおや、そこをお仕置きしてほしいのか? なかなか殊勝な心掛けだな」
笑みを含んだ声にこちらの身体の浅ましさを暗に示された様で、面影は顔を俯けつつも否定は出来なかった。
その通り……この身体は期待しているのだ。
部屋に戻ってすぐ、三日月を想ってふしだらな行為に耽ってしまったその時から、自分はもう彼に暴かれる事を待っていた様なものだった。
匂いだけで我慢が効かなくなるなど羞恥の極みであり、それ故に相手に真実を語る事は出来なかったのだが……
(三日月の、お仕置きが……もっと、来る?)
相手の口調にその雰囲気を感じ取り、お仕置きだというのにこっそりと期待してしまう。
このままもっと、気持ちよくしてくれるのではないか、と………
そしてその期待の通り………
くりっ…くりっ…
「んあ、あっ………」
先程までは生地越しに優しく触れてくるのみだった彼の指先が、つんと尖った生地の頂を狙い、指の腹を当てるとそのまま円を描く様に捏ね回し始めた。
布を通してもしっかりと伝わる弾力とその固さに、くっと三日月が笑みを零したのが聞こえた。
「…ちょっと触っただけでこれとは……まだまだ仕置きが甘かったか?」
返答を返すよりも早く、彼の指先の悪戯が強さを増す。
くりくりとより強く乳首の先端を捏ね回しながら、狭間の生地もしっかりと頂に擦り付けていくと、直ぐに面影の甘い声と吐息が上がった。
「ふあぁっ…! あんっ…みか、づき……」
「好い声だ……もっと苛めたくなってしまうなぁ…」
いつもの穏やかな口調で穏やかでは無い事をけろりと口にする相手に、ぞくんと鳥肌が立ってしまう。
「おや、怯えさせてしまったか? ふふ、案ずるな……俺がお前を傷つける事は断じてない……分かっているだろう?」
「う、あぁ…っ…ぁんっ…」
こくこくと必死に頷く相手の耳朶にかぷりと噛みつき、ねっとりと舐め上げると、三日月の優しい吐息が奥の鼓膜へと吹きかけられる。
「はあぁぁんっ…!」
びくっと身体が痙攣した拍子に、胸を突き出す形になった面影の二つの果実がより強く作務衣に擦り付けられ、併せて三日月の指にも間接的に触れられ、びりびりとそこから全身に快感が走る。
「だめっ…! 感じちゃ……っ」
言葉とは裏腹に、二つの果実はより一層服の下で大きさと固さを増し、ぷっくりと存在感を示す様に生地を上から押し上げてくる。
触れる感触だけではなく視覚的にもしっかりと変化が見て取れる程で、それはまるで三日月を誘っている様にも見えた。
「素直な果実達だ……よしよし、もっと大きく育ててやるぞ?」
かりっと、三日月の爪が充実した突起を勢いよく引っ掻く。
とは言っても布地を通しての刺激だったので、無論、爪で相手の敏感な皮膚を傷つける事は無かった。
「あ…っ」
喘ぐ面影の見ている中で、三日月の左右の人差し指が、同じく左右の頂に掛かる様にかりかりと引っ掻いていく。
「んは、ぁっ……あっあっ…! そこ…しびれるっ……ああ、あ…」
三日月の腕にしがみついていた面影の下半身が、ゆっくりと所在なさげに揺れ始める。
これまでは上半身への刺激のみを受けており、その他の場所には未だ一切触れられていないにも関わらず、既に面影の身体の中心部は抑えられない程に昂り始めていた。
一人で悪戯を与えていた時の火種が残っていたということもあるかもしれないが……
それでも今は胸への刺激が強いせいで面影の意識はそちらへと向けられており、彼は今、自身が物欲しげに腰をくねらせている事には気づいていない。
(はぁっ………物足りない……もっと、三日月の指で、触ってほしい…)
生地越しの愛撫も心地良いが、やはり直接触れてもらえる快感には及ばない。
いつもの様に直接肌に触れて、満たしてほしい、乱してほしい……
「ん……」
無意識の内に、面影の手が、纏っていた三日月の作務衣の袂に掛かる。
当然、二人が直接的に触れ合う事の妨げになっているそれを自らはだけようとしたのだが、それは意外なところから待ったをかけられてしまった。
「こら」
「っ!?」
今にも力を込めようとしていた面影の腕を掴み、それを止めたのは、三日月本人だった。
「三日月……?」
「ただ心地良いだけでは仕置きにならぬだろう? 愛するお前には決して苦痛は与えぬが…望む快楽もお預けだ」
「あぁっ……そ、んな…」
相変わらず優しい微笑みを浮かべながらそんな事を囁いてくる男が、今だけは面影には悪魔の様に見えた。
縋る若者の柔らかな髪に手を差し入れあやすように梳き下ろしながらも、三日月は言葉の通りに決して作務衣の内側へ指先を伸ばそうとはしない。
その言葉の通り、面影が先の相手の問いに応えない限りは望む事をするつもりはないのだろう。
(そんな……このままだなんて……いや…)
三日月に愛され続けてきたこの身は、最早彼の慰撫によってのみ内なる炎を抑える事が出来るのに、それを与えないという事は情欲の炎に身を焦がせと宣言している様なものだった。
それは……それもまた、十分に苦痛に値するのではないだろうか……
「ああ……三日月…許して、もう……っ」
「そんな可愛い声でねだっても駄目だ……ああ、しかしそんなに辛いのであれば、少しだけ気を紛らわせてやろうか…?」
するん……
「ひう…っん…!」
乳首を布地の上からなぞり上げていた三日月の手が離れたかと思うと、徐にそれは面影の身体の中心へと移動して、胸と同じように作務衣の上から楔に触れてきた。
これまでずっと、もどかしいながらもじっくりと乳首を愛されてきた間にその快楽の熱は十分に中心にも流れ込んでおり、その雄の証を育てていた。
大きく固く育ったそれは既に解放を待ち望んでおり、三日月の掌が布地を通して握り込んできた刺激に歓喜して打ち震える。
敏感なその動きを察して、三日月がくぐもった笑みを漏らした。
「これは………長くは持ちそうにはないか…」
囁きながら、きゅ、きゅ、と感触を確かめる様に作務衣ごと面影の楔を先端から根元に向かって握っていくと、まだ触れたばかりだというのに既に布がしっとりと湿っているのが分かり、内側で何が起こっているのかを察する事が出来た。
「はは…中も涎でぐっしょりの様だな……」
「い、いや…だ……言わないで……っ」
暗に自身の身体がどうなっているのかを示され、面影は羞恥に首を横に振ったが、相手はそれを責めるでもなく、つと己の身体を相手の前へと移動させると、そのまま上体を倒して股間の上へ頭を被せてきた。
「あ……っ!!」
「ん……」
ぐい、と作務衣ごと握り込み男根との隙間を無くしてから、三日月は作務衣ごと相手の肉棒を口の中に咥え込む。
「あ、あ……っ」
多少は湿っているとはいえ、乾いている生地に瞬く間に口の中の水分を奪われていきながらも、三日月は繰り返しざらざらしている生地の上から舌を使って相手を舐め回していった。
「う、うあ…っ……あぁ…っ」
男根に確実に伝わる刺激だが、それもやはり布という邪魔があり、どうしても直接含んでもらうそれとは比べるべくもない。
それでも新しい刺激がとても心地よいのは間違いなく、面影は座した状態のまま咥えられた楔の快感に揺られるように腰を揺らして喘ぎ声を漏らした。
「服を通しても熱いな……どうだ? 好いか?」
「は、ぁ……ん……好い、好い…っ」
乾いていた生地は、三日月が幾度も幾度も繰り返し舌で舐めている内にしとりと濡れてきて、その部分の色が濃くなってゆく。
その濡れた感触も更なる快感へと繋がり、びくびくと腰を戦慄かせる面影は自らの限界を悟り、三日月の頭を押さえてやや焦った声で離れる様に促した。
「ああ、だ、め…っ、はなれて……脱が、なきゃ……っ!」
「何故? まだ仕置きは終わっておらぬぞ?」
「そんなこと、より…っ…このまま射精しちゃ……お前の服まで…汚して……っ!」
汗などの話ではなく、もっと罪深い自らの劣情で相手の服を穢してしまうだろうことを恐れて面影は必死に相手に訴えたが、向こうはそれがどうしたという様に全く気にする素振りも見せなかった。
それどころか………
「それは……好いな…」
「な…っ」
「俺が纏う服に、お前の証が浸み込むのか………ああ、それは好い…たっぷりと射精してもらわねば、な……」
「そんな……ことっ……うぁっ!」
出来ない、と続けるつもりが、ねるっと生地越しに先端をきつく舐め上げられ、面影はそれ以上の言葉を封じられてしまった。
「そんな事とは心外だ……お前とて、俺の服の匂いを随分と気に入っていた様だが…?」
しっかりと見抜いていたらしい三日月に真実を突かれ、面影が返す言葉を継げずにいる内に、向こうは引き続き優しく激しく若者の中心を追い詰めていく。
「そろそろ限界だろう…? お前の精の味がする…」
先走りだけではなく、じわりと滲んできつつあった相手の樹液の味を感じ取り、三日月はそれをより味わおうと舌先を覗かせてちろちろと濡れそぼった生地を通じて先端をからかった。
「っあ!…だめ、だめ…っ! もっ…ほんと、に…射精ちゃう、から、ぁっ!!」
相手からの促しを受けても受け入れる事が出来ず、必死に面影はその瞬間を先延ばしにしようと抗ったが、快楽に素直になる様に調教された身体がそれに従う筈もなかった。
「ああーーーーっ!! や…っ、で、ちゃ…うっ! あああ、みかづき、のっ、汚しちゃ……! もうゆるして…っ!! ああああっ!!」
どくんっ、どくんっと大量の射精と、その快感に呑まれながら、面影は目尻から涙を零しつつ嬌声を上げた。
三日月の纏う筈の服を己の劣情で汚してしまったのは明らかだ。
いけない事をしているのにそれですら快楽に繋がってしまっている事を感じながら、面影は真っ赤になって唇を噛みしめる。
「……なかなかの達きっぷりだったな……どれ…?」
射精が落ち着いてからようやく三日月は作務衣の下の結び紐を解き、ずるりと下の服だけを取り去った。
その行為の中で、自分の身体を支えきれなくなっていた面影はくたりと布団の上に崩れ落ち、しどけない姿を晒してしまう。
上着だけは身に着けながら下は一糸纏わぬ姿にさせられ、面影は恥じらう様に両脚を閉じ合わせたが、己の白濁した精に塗れた証は三日月の目前に晒されたままだった。
「ああ、根元まで濡れてしまっている……拭いてやらねばな」
「っ!?」
そう言いながら三日月が面影の目の前で見せたのは、先程まで自分が口に咥えていた相手愛用の手ぬぐいだった。
彼はそれを器用に自分の萎えた男根に被せると、ゆっくりと纏わり付いた精を拭うように上下に優しく扱き始める。
「はあぁ……ああっ……あ、ん…」
精を拭き取るという名目で再び与えられる愛撫に声を漏らしながらも、面影はやはり直接触れてもらえない仕置きに苦しんだ。
それなのに、彼の愛用の品を自らが穢すという行為を更に見せつけて、背徳感がもたらす快感に突き落としてくる……
(また………触れて貰えない…なん、て……ああ、いや…もう…)
いつも優しく触れてくれる彼の指先が、こんなにも遠く感じてしまう。
たかが布一枚のほんの僅かな隔たりが三日月との距離を限りなく遠ざけてしまっている様な錯覚に陥り、面影は堪らず三日月に向かって腕を伸ばすと……
「あ……っ」
「おや」
伸ばされた面影の指先に引っかかる形で、三日月の髪飾りが外れてしまった。
いつもなら、大体寝る準備をしてから身体を重ねていたのでそもそも付けている事がなかったのだが、今日は流石に外出から戻ってすぐの姿だったので、それらを取るゆとりも無かったのだ。
「あ、す、すまない……」
「気にするな……どの道、外すつもりの…」
言いかけた三日月の口が途中で閉じられ、彼はじっと沈黙を保ちながら外されたばかりの髪飾りを手にし、それを凝視していたが、やがてその唇で弧を描いた。
「……これにも、染み込ませたい、な……」
「え…」
何を言っているのか理解出来なかった面影の戸惑いの向こうで、三日月は飾り房の根元を持ちながら、面影の作務衣の上を袂をはだける形で脱がせた。
「あ…っ!」
脱がせた瞬間、面影の表情がいくつもの感情が入り交じったものへと変わる。
いきなり服を脱がされた驚き…露わになった、ぴんと尖った二つの果実を見られた羞恥…そしてようやく触れて貰えるのかもしれないという歓喜……
しかし、残念ながら最後の感情だけは、裏切られる事になってしまった。
面影が諸肌を晒された後、三日月はその上気した肌に直接触れる事はなく、手にした飾り房の先端をひたりと相手の乳首の先端に当てたのである。
「え、あ……っ!?」
目を見開いた面影の前で、三日月はその房を小刻みに震わせ、赤く実った相手の果実をさわさわとくすぐり始めた。
「う、あ、ああっ! ひっ…いあぁぁっ!!」
びくっびくっと激しく身体を痙攣させ、背中を限界まで反らしながら面影は悲鳴にも似た声を上げた。
無数の細かい金糸に感度が極まった状態の乳首を擦られる度に、凄まじい快感が走り抜けていく。
「はぁぁっ……こんなっ…こんなの…だめ、だっ…! あああっ!」
「だめ、ではなく好い、だろう? そうやって胸を突き出して…おねだりにしか見えぬ…」
「ちが…っ…あっあっ…いや……これ、じゃ……」
気持ち良い…それは間違いない。
しかし自分は期待してしまったのだ、今度こそ三日月に直接触れてもらえる事を…なのに、またもそれは期待外れに終わってしまい、相手の肌を感じる事は出来ないままで快感だけが身体を支配していく。
「みか、づき……さわって……お前の、手で…っ」
「忘れたか? 面影…まだ仕置きは終わっておらぬ……それとも、俺に話す気になったか?」
「っ……」
勢いに乗って頷くのが正解だったのかもしれないが、僅かに残っていた理性がそれを躊躇わせてしまった。
その沈黙を否と取った三日月は、それでも焦る素振りも無く、寧ろ嬉々として別の果実へと房を移動させて再びくすぐっていく。
先程呟かれた言葉の通りなら、房に面影の汗を染み込ませる事が出来るならそれはそれで彼にとっては歓迎すべき事なのだろう。
「待つのは構わぬぞ……じじいになると気が長くなってなぁ…」
くすくすと小さい笑みを零しながらそう言って、ああ、と思いついた様に顔を上げ、三日月が軽く頷いた。
「……気持ち好くなるなら、こちらの方が良いか?」
そう言いながら彼が手を動かして房を移動させた先は……
「あああっ! そ、んなとこっ…! ぬれちゃ、うっ…!」
「構わぬ…お前も、気持ち好いだろう?」
面影の肉棒の先端だった。
作務衣の中で激しく吐精した後、手ぬぐいで多少は名残を拭われてはいたものの、まだ濡れたままだった楔の先端に三日月は迷う事もなく己の髪飾りを乗せていた。
精が金糸に染み込んでいくのにも構わず、胸の時と同様にさわさわと敏感な粘膜を刺激し、残酷なまでの優しさで愛しい若者を追い詰めていく三日月は、まるで堕落に誘う夜の魔王だ。
夜にこそ艶やかに輝く月の名を戴く彼には、その呼び名も相応しく思え、その姿もかくやという美しさだった。
「あああ、あ~~っ! ふぁ、あ…く、ふ…っ!」
腰が揺れるのが止められない……そして再び劣情の証が頭をもたげてくるのも分かってしまう。
微妙に触れるか触れないかという感覚に、面影は狂おしいほどに乱れ、いよいよ残っていた理性の糸が淫欲の焔で焼き切れそうになっていた。
嗚呼、気持ち好い……けれど、自分が頑なである限り、彼には優しく触れてもらえないのだ………
快感に沈むだけが自分の望みでは無い……本当に欲しいのは……
遂に、面影は三日月の腕に己の手を絡ませて敗北を認めた。
「あ…っ…み、かづき……もう、やめて、くれ……ちゃんと……言う、か、らっ…」
「……ほう?」
ようやくか…?と言うように、三日月が一時手を止めて面影の顔へ自分のそれを寄せると、発言を促すようにちゅ、と頬に口づけを落とす。
それは仕置きを行っている男と同一人物とは思えない程に優しく、面影の心を容易く揺らした。
「ふぁ……あ…みか、づきの………着ていた、作務衣から……お前の匂いが…して……」
語ることを宣言した以上、今更それを違える事は出来ない。
しかし、面と向かって語るのはあまりにも気恥ずかしかったのか、面影は顔を寄せてきた相手の肩口に己の顔を隠すように伏せて続けたが、三日月はそれを咎めることは無く、笑みを浮かべてそのままにさせてやっていた。
「……それを、嗅いだら………が、我慢、出来なく…なって………」
「ふむ……?」
「あ…………い、つも…みっ…みかづきに……して、もらってるみたい、に……自分で……そ、の………」
最後の告白は、殆ど聞こえるか否かという様なか細いものだった。
「お前のことを、思いながら……ち、乳首とか……オ○ン○ンを触って……気持ち良く、なってた……」
「…………」
その時顔を伏せていた面影は見る事が叶わなかったが、彼の言葉を聞いた瞬間、三日月の瞳が大きく見開かれ、こくんと喉が鳴っていた。
「…俺のことを……思いながら…?」
正直、面影に対しては淫らな一人遊びについて語らせるだけのつもりだった。
しかし今、彼はこちらから促される事もないままにはっきり言ったのだ。
自分のことを思いながら……行為に及んでいたと。
そこまで言われて高揚しない者などいる筈がない。
「そう、か………そうか……」
感慨深くそう囁き、三日月は髪飾りを手放すと、そのまま自身の手を相手の胸へと伸ばしていく。
ようやく訪れた、待ち望んでいた肌と肌の直接的な触れ合いに、面影が甘い吐息を漏らす。
「俺にこうして、触れてほしかったのか…?」
暴かれた作務衣をそのままに、限界まで感度を高められていた蕾をきゅ、と摘ままれただけで、びくびくっと面影の背中が激しく戦慄いた。
「は、ああぁ…っ! んっ……う、ん…っ」
こくこくと激しく首を縦に振りながら、面影が三日月に縋りつく。
「きもちい……三日月…さわって…もっと……」
「ああ……もう仕置きは終わりだ……そんな可愛いことを言われては、俺ももう我慢が効かぬ…」
仕置きの時には与えていなかった口吸いをしながら、三日月は思うままに面影の熟れた果実を蹂躙し始める。
「こんなに尖っているのに、俺の指に吸い付いてくる………」
誘う様に囁かれ、面影は恥じらいながら相手に身を寄せたが、彼がまだ狩衣を纏っている事でもどかしさを感じ、喉輪に手を掛けた。
「…三日月……触れたい……」
身に纏っているものを脱がせようとする若者に、三日月は微笑みながら応える形で喉輪を外し、他のものも一つ一つ脱いでいく。
「そう言えば、お前にも着付けの手伝いを頼もうという話だったな……ふふ、脱がせるやり方でも、少しは覚えるのには役立つか…?」
そんな三日月の言葉を聞きながら、面影は忙しない手の動きで相手の脱衣を手伝ってゆく。
今は兎に角、早く相手の肌に触れたかった。
そしてようやく向こうが全ての衣を脱ぎ去ると、彼はご褒美だという様に、胡坐をかいた姿で面影に向かって両手を差し伸べた。
「さぁ……おいで」
その誘いに抗える筈もなく、面影は相手の上に乗り、足をその腰に絡める形で抱き着いた。
「ああ……三日月…」
「よしよし……今宵は、互いの匂いに酔い痴れるのも一興だな…」
こうして身体を重ね、互いの顔を寄せ合う形で息を吸えば、相手の匂いを思うままに楽しむことが出来ると、三日月が面影の肩口に顔を埋めながら囁いた。
「仕置きの分、望むままに触れてやろう…」
つぷり……
背後へと回した手を相手の臀部の奥へと伸ばし、そこに潜む秘蕾を指先で押し広げると、ぴくんと面影の肩が震えると同時に彼の纏う香りが一気に強まった気がした。
三日月の刺激に反応して汗が噴き出したせいなのか、面影の身体が蠢く度に妖しく光る。
「んん……あぁ…っ」
「はは……そうか、嬉しいか」
指を呑みこんでいく面影の内側がうねり、絡みついていくのを感じながら、三日月はゆっくりと根元までそれを差し入れ、ぐりぐりと内を搔きまわす。
「あ~あぁっ…! み、かづき……三日月…っ…もっと、触れて…」
ぐい、と一層深く強く触れ合いたいと面影が身体を押し付けると、互いの乳首と肉棒が密着し、擦れ合い、二人に快感をもたらしていく。
「はぁ…っん……好い…ああ、もっと、もっと、ぉ…」
「ああ……俺も、とても好いぞ、面影……」
くにくにと互いの蕾の形が変わる程に強く押し付け合いながら、面影の奥に潜ませているのとは別の手で三日月が二人の楔を重ねて握り込み、激しく上下させると、面影が嬌声を上げながら先走りをとろとろと零した。
「ん、ああぁ~~! はぁ、はぁ…っ…ああ、あつ、い……もう…っ」
両手を三日月の背中に回して縋りつきながら、面影は身体を物欲しげに揺らして願う。
「三日月…っ…もう、挿れてっ………オ、〇ン〇ンで、いっぱい、おく、突いて…擦って……はや、く…っ!」
「……ああ…俺も、お前が欲しい……いいな?」
望みを聞くだけではなく、向こうも自分が欲しいのだと伝えてくれる…その事に悦びを覚えながら、面影は何度も頷いた。
「う、ん…っ……きて……きて…っ」
望まれるままに、三日月は少しだけ面影の腰を持ち上げると、指で予め解していた秘蕾に自らの熱楔を当てがい、ゆっくりと彼の体重を使って埋めていった。
「んっ…あ、あ、ああ…っ…あつい…きもちい…!」
ずぐずぐと灼ける様に熱い雄の証を身体の奥へと受け入れながら、面影は夢中で腰を上下に揺らして更に奥へ奥へと呑み込んでいく。
もっともっと深く……根元まで……
「一番奥まで挿いった、な……さ、動くぞ…?」
自らの腰を揺らしながら相手の腰も掴んでゆさゆさと揺らし、三日月が自らの楔で面影の内側を思うままに蹂躙し始める。
「あああ…!! おく、までとどいてっ…!! はぁ…ああっ! くるっちゃ…う…!」
幾度も幾度も最奥を突かれ、揺さぶられ、脳天まで響く快感に面影は悶えまくった。
そんな合間にも、面影の昂った岐立は三日月の鍛えられた腹筋に擦り付けられ、胸の果実もまた相手の逞しい胸に圧し潰されていく。
最初は三日月が率先して動いていたが、程なく面影も夢中になって腰だけではなく、全身を揺らして快楽を貪ろうと動き出した。
「ん、あ…三日月の…大き…っ…ああ、もう、とろけ、そう……」
「好いか…?」
「は、ぁあ…好い……! オ〇ン〇ン、内で暴れて気持ち好いっ…もっとして…もっと、強く……っ!!」
身体の奥も、頭の中も、もうぐちゃぐちゃでどうなってしまうのか分からない。
「みかづき……っ…ほし、いっ…!」
唇を求めてくる面影に優しく応え、三日月は望まれるままに口吸いを与えた。
重ねた唇からも接合部からも激しい水音を響かせながら、面影は三日月の熱棒を貪り、絶頂へと駆け上がっていった。
「あっあっあっ!! い、く…っ!! みかづきっ…達き、そうっ…! はぁぁあっ!」
「ああ……好きな時に達け…ほら…」
二人の身体の狭間で昂っていた面影の分身にするっと手を伸ばし、三日月が一気に力を込めて扱き上げ、相手を追い上げていく。
「ああああっ!! はげし、い…っ!! いい、いいっ、い、く、達くうぅぅううっ!!」
ぎゅうっと三日月にしがみつきながら、面影はあっさりと絶頂に達した。
その快感に、彼の内側も歓喜しながら三日月の分身を締め付け、射精を促した。
「……っく、ぅ!」
三日月もまた、面影と同じように相手をきつく抱き締めながら、思い切り彼の最奥に劣情の証を放つ。
どぴゅどぴゅと三日月の腹に白濁を放ちながら、身体の最奥に相手の樹液を受け入れ、限界まで面影の背が反らされた。
「あ…う…っ……すごい、すごいっ……いっぱい…なかに、来て、る…っ! は、あぁぁ…」
体内で拍動する相手の雄々しさに震え、面影は満たされる幸せを感じながら相手に身を預ける。
「…ふふ……随分と激しかったな……」
汗ばんだ面影の背中を優しく幾度か撫で下ろしてから、三日月は埋めていた己の分身を抜こうと腰を蠢かした…が、
「い、いや…だ…っ!」
意外なことに、面影が腰を自ら深く沈めてきて、三日月の行為を止めてしまった。
「面影…?」
「まだ……抜かないで……お願いだ、もっと…そのまま……」
「!………ふ」
貪欲に求めてくる若者に、三日月が微かに笑みを浮かべる。
お仕置きで欲望を煽ることにはなったかもしれないが、まさかここまで積極的に求めてくるとは思わなかった……
(ああ………もしやしたら『匂い』のせいかもなぁ……)
性の衝動と個体の持つ匂いには、子孫を遺すために密接な関係があるのだと聞いた事がある。
面影の今日の積極性も、それが関わっているのかもしれない……
(まぁ…俺も同じようなもの、か………)
三日月が相手の肩口に顔を埋め、すんと軽く匂いを嗅ぐだけで、瞬く間に肉欲が復活してくるのを感じて内心苦笑する。
「ふふふ……匂いに狂わされたのは俺も、か…」
「え…?」
三日月の言葉をすぐに理解出来なかった面影が戸惑う前で、彼は何処か危うい欲望を湛えた瞳でこちらを見据えた。
「…ならば、抜かずにそのまま子種汁を注ぎ続けてやろう………今宵こそ孕んでもらうぞ、面影…っ」
「あ…っ、な……っ!」
『孕ませる』という直接的な言葉にぎょっとした面影が思わず身を引いたが相手も離すつもりなど毛頭なく、若者は既に勃ち上がりつつあった三日月の肉楔に貫かれ始めてあっという間に陥落させられてしまった。
「お望み通り、全ての精を注ぎ込んでやる……夜を通してな…」
「あ、あっあぁ~~~っ!!」
付喪神とは言え、男神と男神同士である限り子を宿す事などあり得ない事は分かっていたが、これだけ幾度も激しく熱い精を注がれているのなら、或いは……と考えてしまう。
三日月と…自分の繋がりの証である存在……いや、目に見えるものが無くても彼との繋がりを疑う事はない、しかし、もし持てるというのなら………
「みかづき……あ……ああっ…! いいっ、ああ、このまま…っ」
孕ませて……
「…!! 面影…っ!」
匂いと言の葉に誘われるまま、三日月が獣の様に面影を犯し始め、相手もまたそんな男に同じように応える。
何度も達して、何度も注いで……
いつしか二人の境界線が何処になるのかも胡乱になり、彼らは溶け合ったままに快楽の海に沈んでいった………
「おや、次はお前か、蜻蛉切。はは、お手柔らかに頼むぞ?」
「僭越ながらお胸をお借り致します、三日月殿」
「うん、では始めよう」
翌日…
あれから夜通し交わっていた二人は、朝になってから少々忙しくなった。
何しろ二人の体液が付着した衣類を、誰にも知られずに上手く洗濯して痕跡を消さなければならなかったのだから。
三日月はそういう家事にはとんと疎かったので専ら動くのは面影だったのだが、常日頃から内番作業に勤しんでいた彼の勤勉さが功を奏し、彼は意外にも手早く全ての作業を秘密裏にこなしてしまっていた。
自分の体液が染み込む事を相手は喜んでいたが、当然そんな事を許す筈もなく、寧ろいつもより多めに洗剤を使用した事は内緒の話。
では、その間に三日月が何をしていたのかと言うと……端的に言えば目眩ましである。
「え、三日月さんが手合わせ?」
「ああ、しかも今日は結構本気で取り組んでるらしくてな。実力を試したいって皆が希望して集まってるみたいだぜ」
「え、ずるい! 俺も相手してほしいな。今からでも行ってこよっと!」
起床してすぐ、どうしたら誰にも見られずに洗濯出来るのかと頭を抱えていた面影に、三日月が、自分が修練場に皆を誘導しようと持ちかけたのだ。
替えの狩衣を面影に指導を行いながら纏った三日月は、飄々とした姿で他の刀剣男士の前に現れ『たまには手合わせを頼もうか』と申し出た。
第一部隊の隊長を務め、この本丸の刀剣男士達の頭領を務める実力を持ちながら、普段は滅多に本気になる事の無い男がどういう風の吹き回しか自分から修練に向き合おうと言ったのだ。
本体が刀剣である男達は、当然…そんな彼の珍しい姿に驚くと同時に大いに沸いた。
戦う事が存在意義とも言える彼らにとっては、強い者と刃を交えるのは何よりも血湧き肉躍る行事でもあるのだから、当然の流れとも言えるだろう。
あっという間に修練場は三日月と相対する者の他にも、見物を楽しむ他の刀剣男士達で溢れかえっていた。
そんな時に、洗濯場など気にする者など居よう筈もなく…………
(………悩んだのが悔しくなる位、誰の目も気にせず終わってしまった…)
案を出してくれた三日月には感謝すべきなのだろうが、それはそれで何となく腑に落ちない……と思いながら、面影は服をしっかりと干すまでしたところで同じく修練場へと向かった。
「あれ、面影さん、今来たの?」
「昨日の分の洗濯が溜まっていたので、済ませてきたところだ。盛り上がっているな」
日向と言葉を交わした面影が中央の場に視線を向けると、蜻蛉切と相対して演練を行なっている三日月が其処にいた。
どちらも本気なのだろうが、鬼神の如き気迫を漂わせている武人とは相反して、蒼の麗人は何処までも穏やかな笑みを絶やさずに相手の槍の一閃を難なく打ち返している。
「もう五人以上と戦ってるのに汗一つ浮かべないなんて、相変わらず三日月さんは凄いよね」
「! そうなのか」
洗濯している間にもう五人と手合わせをしたのか、と思いつつ、相手の姿をじっと見つめる。
(良かった………不安だったが、着崩れてはいない様だ……それにしても)
本当に美しい。
美しいだけでなく、疑う余地のない強さを備えている男だった。
五人もの手練れと刃を交えているのにも関わらず、その肌には確かに汗一つ浮かべてもいないとは。
戦の時には、彼は人としてではなく冷えた刃として存在しているということか。
(……昨夜はあんなに……)
互いに汗を流し、肌に口付けた時にはそれを吸い合ってすらいたのに……
「…っ」
脳裏に浮かんだ昨夜の逢瀬に、面影が思わず息を詰めた瞬間、先に立っていた三日月と視線が合った様な気がした。
すぅと思わせ振りに流し目を寄越して、うっすらと微笑みを浮かべる。
それだけの仕草であったにも関わらず、彼の色香が再び自分を惑わせてしまった様で、面影はくらくらと眩暈を覚えた。
あんなに遠い筈………なのに、彼の人の匂いが離れない………
(きっと、これからも……)
彼の残り香に囚われたままなのだろう。
しかし、それは他ならぬ己が望んだ事でもある。
「……ふ」
人知れず、面影も微笑む。
その時、三日月の瞳が一際大きく見開かれたのに、彼は気付いただろうか。
三日月もまた、その微笑みの色香に目を奪われてしまっていたという事に。
誰も知らない、知るべくもない。
匂い立つ恋の花は、確かに二人の胸の中に咲いていた……