月光孤独

「では、俺が不在の間はくれぐれも主と本丸を頼んだぞ」
「行ってらっしゃい、三日月さん!」
「大丈夫だと思うけど、気をつけて」

 その日、三日月は他の五振りの刀剣男士達と共に遠征へと向かうことになった。
 通常、近侍にも指名されている彼が遠征外に出ることはあまり無いのだが、今回は少々事情が異なった。
 遠征に行く途中の道程に、ここの審神者と懇意にしている同じく審神者が常駐している本丸があるので、そこに挨拶がてら立ち寄り、手持ちの情報を摺り合わせるという案が持ち上がったのが数日前。
 勿論、一番は審神者同士が頭を付き合わせてその作業を行う事だったが、あまり近場の審神者が集まって周囲の警戒を疎かにする事は好ましくない、という事で、今回はこちらの審神者の代理として近侍である三日月宗近があちらへと赴き、審神者の代わりを務める事と相成ったのだった。
 審神者の信頼が篤い彼が向かうという事であれば、向こうへの失礼にもならないだろうという事で、それについては政府からの許可も速やかに降りていた。
「長谷部、代わりを宜しくな。お前ならば安心して主を任せられる」
「勿論だ。お前も道中は気をつけろよ」
 自分が不在の間、代わりに近侍の任を務める事になった長谷部と言葉を交わし、三日月は他の男士達と並んで見送りに来ていた面影にも優しい視線を向けた。
「面影も、後を宜しくな。俺がいない本丸はお前には初めての経験だろうが、なに、分からない事があれば他の皆に声を掛ければ良い。これもまた良い経験になるだろう」
「分かった。なるべく皆の足手纏いにならないように尽力しよう」
 胸に手を置き、相手の忠告に頷いた生真面目な若者は、しかしすぐに周りの男士達にフォローを入れられた。
「面影さんってば、相変わらず固いですって。寧ろもっと頼ってくれて良いんですよ?」
 鯰尾の言葉に皆もうんうんと頷く。
 事実、彼はこの本丸に迎え入れられて以降どんな任務にも忠実に堅実に向き合い、相応の成果を上げている。
 戦闘能力としても、本丸内で今は唯一の大太刀であり、活躍の場も少なくなかった。
 彼は、いつの間にか自分の知らない内に周りからの信頼を獲得し、立派な本丸の一員となっていた。
「そう…か? 自分ではよく分からないが……」
「三日月さんのお陰でもあるんじゃないかな。この本丸の事とか、面影さんが来たばかりの頃からよくお世話をされていたでしょう?」
 日向も鯰尾に同調して、それについて思い当たるところを述べた。
 僅かな時間で思い当たる節があったのか、面影は確かに、と深く頷いた。
「以前は…いや、今も慣れない業務や任務についても世話になっている。三日月が留守の間に、少しでも成長していると感じられたら良いのだが」
「ははは」
 面影の台詞に三日月が朗らかに笑うと、ぽんぽんと相手の肩を叩く。
「それが固いというのだが……まぁ、それもお前の良さだな」
「あ……」
 また固い事を言ってしまったと、ちょっとばつが悪そうな顔をした面影だったが、皆が好意的な笑顔で受け入れてくれたのが救いになった。
「よきかな、よきかな。では、行ってくるぞ」
 安心した面持ちでそう言うと、三日月達は揃って本丸の敷地内に備え付けられていた転送機へと向かい、目的地へ消えていった。
「……………」
 留守番組が彼らを見送り、それから各自散開していく中で、最後までその場に残った面影は胸にじんわりと沸き上がる何かを持て余していた。
(……これは、何という感情だろう……)


 遠征組は二日後には戻ってくる。
 三日月の他の刀剣男士達も相応の実力者達であり、そうそう遡行軍に遭遇したとしても撃破される事はあるまい。
 そういう心配は無用の筈。
 分かってはいる筈なのに……
「……あ」
 まただ、と面影は溜息をついた。
 何気ない日常生活の中で、ふと、三日月を探してしまう自分がいた。

『どうした、面影?』

 業務での疑問を生じた時も、些細だが自分が感じた異変を知らせる時も、彼に尋ねたら必ず柔らかな笑みを浮かべながらそう問い返してくれた。
 千年という長い年月を経てきた付喪神である彼の経験の裏打ちが、彼の揺るぎない自信に繋がり、それがあの泰然とした笑みに繋がっているのだろうか。
 どんな焦燥の中にあっても、彼のあの言葉を聞き、あの笑みを見ると、どうにかなるのではないかという根拠のない安心感が心の中に浮かぶ事がこれまでも多々あった。
(…しかし、皆も同じとはな)
 てっきり自分だけかと思っていたが、あの蒼の衣の守護者に全幅の信頼を寄せていたのは他の者も同じだった様だ。
『お勧めの兵法書をご教示頂こうと、うっかり三日月殿を探してしまいました。いや、調子が狂いますな』
 あの蜻蛉切でさえ、三日月の不在を失念して捜索しかけたというのだから、あの男の存在感は相当にこの本丸では大きいのだろう。
(……駄目だな、どうにも屋敷内にいたら否が応でも彼の事を思い出してしまう)
 あの男があまり普段から出歩かず、主に屋敷内でその姿を見掛けていたのは、主の傍に控えるという近侍の役目だけではなく、おそらくは本人の出不精という事もあるのだろうが……
(昼過ぎは少し外に出て気分転換してみようか……確かどの任にも割り当てられていない時間があった筈だ)
 そうして、面影は審神者と他の男士の許可をしっかりと取り、午後に少しの間、本丸周りの警護を兼ねての散策に出掛けていったのであった………


 その夜……
「……………」
 いつもの様に午後業務を終えたら夕餉を皆で食し、そして入浴を済ませると、面影は早々に自室へと引っ込んでいた。
 寝るにはまだ早い時間だったので、手持ち無沙汰に書机に向かって灯りを灯し、暫く読書に勤しんでいたが、ふと気が付くとかなり夜も更けている時間となっていた。
「…………」
 何という事もない一日…三日月がいない以外は……そう思っていたが……
 面影は、書机からそこから差し込む月光を見上げた。
 壁に誂えられていた明かり取りの窓から、蒼い光が差し込み、彼の姿をぼんやりと浮き上がらせている。
 こうして美しい月の光に照らされていると、あの男の腕に捕らわれてしまっている様な錯覚を覚えてしまう。
(……………ああ)
 しかし、今の面影の脳裏には三日月の姿だけではなく、別のある光景も浮かんでいた。
 右手の甲を額に当て、面影が苦しげな表情を浮かべる。
(…三日月…)

『どうした? 面影』

 この宵闇の中で思い浮かべるあの男の姿は、昼に思い浮かべた男のそれとは違う……
 朗らかな笑みではない…何処か妖艶なそれを浮かべて身を寄り添わせ、そっと顎を捕らえて唇を塞ぎに来る……夜だけ、自分だけに見せる男の顔が思い浮かび、それだけで面影の身体は小さく震えた。
 触れられていない…今は触れられる事が叶わないと思うと、尚更空虚な空間に身を放り出されてしまった気がする。
(……今、彼は何をしているだろうか…)
 既に布団の中で身を休めているだろうか、それとも……今の自分の様に寂しいと思ってくれているだろうか……
(ああ、そうか、私は………)
 昼に抱いたあの感情は……『寂しい』というものだったのか。
 強襲調査で単独で活動している時には、そんな感情など抱いたこともなかったが…
(…寂しい……)
 此処にお前がいてくれたら……と思う……
 此処にいて、隣で微笑んでくれて……抱き寄せて……
「……っ」
 また、三日月と、別の光景が思い浮かんで面影は瞳を閉じた。
 駄目だ……どうしても忘れられない……
 三日月のあの悪戯な指先と、今日の外で見た光景が……私の身体に…消えない熱を……
「……………」
 ゆっくりと…躊躇うように、面影は右手を動かし……浴衣の上から自身の胸を、形を確かめるように触れさせ、ゆっくりと円を描くように動かした。
(あ………もう……)
 無意識の内に呼吸が浅くなり、鼓動が徐々に速くなっている中、面影は己の身体の変化が早くも起きていることを知り、赤面した。
 それ程薄くはない生地の上からでも分かるあの突起が、既に自己主張を始めつつあった。
 袂から手を差し入れればすぐに触れることが出来るそれだったが……面影はその欲望を押し留め、浴衣の上からの慰撫を続ける。
 何故か、勿体ないと思ってしまっていた……直ぐに直接的な感触を得てしまうことが。
 もっと…もう少し…出来るだけ長く……この快感を追う時間を引き延ばしたいと……浅ましい思いを抱いてしまっていた。
「…………ん…っ」
 掌の大きな面積ではなく、人差し指の腹で左胸の突起のある辺りを撫でると、生地の擦れと同時に快感の波が生まれる。
 強くなく、もどかしさを感じる程度のそれに、瞳を閉じていた面影の瞼がぴくんと震えた。
(気持ち…いい……)
 じんわりと快感の種火が胸に点され、じわじわと熱が上がっていく様だった。
 最初は右手の指先で左の胸を触れていたのだが、それだけでは物足りなくなったのか、両の人差し指でそれぞれの側の胸の突起を生地越しに撫で回し始めると、彼の口から甘い声が吐息と共に漏れ出し始めた。
「は……ぁ…」
 最初は弱い力で触れたかどうか分からない程度だった指の動きが徐々に強くなり、昏い部屋の中に隠れて、指の腹が圧迫で血色を失い白くなっていく。
 独り、部屋の中でこんな浅ましい行為に耽っていると思うと、堪らない程の背徳感に襲われてしまうのだが、それがまた新たな快感を呼んでしまい、いよいよ止められなくなってしまう。
(………あ…もっと……強く……)
 布越しの愛撫に我慢が効かなくなり、面影は袂に手を掛けるとぐいと強く引いて胸元をはだけさせる。
 両肩が露わになり、上半身が外気に触れてひんやりとした感覚を肌が感じたが、寒いという程ではない。
 いや、既に熱を持っているこの身体なら、少々の冷気など関係なかっただろう。
「あ……っ」
 はだけた胸を見た面影が、声を漏らして眉を顰める。
 生地越しに散々弄られた蕾が、真っ赤に腫れて周囲の丘ごと盛り上がっていた。
 明らかに、外からの刺激を受けて変色してしまったと知れる肌の変化に、どきりと面影は一つの懸念を抱いた。
(三日月が戻るまでに…治まってくれるだろうか……)
 もし、もしこの色が引かないままに相手にこれを見られてしまったら…聡い彼の事だ、すぐに自分のこの浅ましい行為のせいと知られてしまうだろう。
 そうなったら彼は………
『俺のいない間に独りではしたない事をしていたのか…? いけない子だ…』
 妖しい笑みで窘めながらも……仕置きとばかりに更に濃厚な愛撫を与えてくるだろう…
「……っ!」
 己の想像に過ぎない相手に、ぞくぞくっと面影は歓喜の戦慄を覚えて震える。
 こんな勝手な想像をして、あろうことかその相手の行為を期待してしまうなど…
 しかし、慎まなければと思う気持ちとは裏腹に、面影はその想像の相手からの愛撫を思いながら、再び手を蠢かせ始める。
「みかづき………あ…」
 自らの指先を彼のそれと見立てて、面影は固く膨らんだ左右の蕾をそれぞれの側の指で撫で回す。
 三日月はあの日もこうして…これ位の力で……摘まんで、捏ね回して……
「はぁ……っ……ああ、ん…」
 何故だろう…今日の自分はやけに開放的になっている気がする……
 いつもより声が出てしまい、堪え性が無くなっている気がしてしまうのは、彼にそれを聞かれないという安心感があるからなのだろうか。
 これがもし、本当に現実の彼がここにいて愛撫をしていたら…羞恥で声を必死に殺しながら耐えていたかもしれない。
 けれど、今は此処に自分一人しかいない。
 部屋割りも、ここは三日月の部屋とは近いが、他の男士達のそれとは離れた場所にあるので、声が聞かれる可能性は先ずない。
 うっすらとそれを自覚したせいか、それからは一層声が大きくなってしまう。
「…あ……さわって……もっと……」
 本人には恥ずかしくて到底言えないお強請りも、ここで独りだけならこんなにあっさりと口に出せてしまう……
「はぁ…っ……い、い……」
 くにくにと指で弄られ形を変える蕾を見つめながら、面影はそれを三日月がしてくれているのだと自らに暗示をかけ、快感に酔う。
 こうしてから、彼はどうしただろうか……ああ、次はきっと………
「…みかづき………舐めて…」
 痛い程に腫れた乳首を、彼はいつも口に含んで癒やすように柔らかで滑らかな舌で転がし、突つき、吸い上げてきた……
「ん……っ」
 これから行う行為の為に、面影がぴちゃりと己の右の人差し指と中指を口に咥えて舌を絡ませる。
 これらは指ではなくあの男の舌だと言うように、口吸いの時の様に熱く舌を絡ませ、唾液を塗りつけていくと、それを口から出して乾く間も与えずすぐに右の蕾に這わせた。
「はぁぁ……っ」
 流石に舌の感触とはかけ離れていたが、濡れた指が唾液を蕾に塗りつける感覚に甘やかな痺れが走る。
「もっと……強く、吸って……」
 譫言の様に呟きながら、左の指も唾液で濡らし、同じように左の突起を濡らしていくと、きゅむっと強く摘まんで形が変わるほどに引っ張る。
「んん……っ! あ、あっ…」
 追う様に右の突起にも同じ様に刺激を与えると、びくんと大きな震えが全身に走った。
「はぁ……はぁ…っ……あぁ…もう…っ」
 我慢が…出来ない……!
 急くように、面影は衽をはだけて奥に熱く息づいていた分身を掌に握った。
「あ……っ…」
 どくどくと脈打つ感覚が掌に伝わった事で、その生々しさに面影が一瞬戸惑った様に身体を強張らせた。
 しかし、握った刺激だけでは到底足りないとばかりに分身が荒々しく頭を振り、面影はそれを諫める様に少しずつそちらへの愛撫を始める。
「ん……あっ……」
 当初は書机の前に座していたが、いつの間にか机とは結構距離を離す形になってしまっていた。
 どうやら胸への愛撫で悶えている間に、無意識の内に足で向かいの壁を蹴って、座椅子ごと机から離れてしまっていたらしい…が、そんな事に意識を向ける余裕は今の若者には無かった。
(駄目だ……止まらない……)
 止める必要も無いのだろうが自分が快楽に溺れていく事実が怖くなり、途中で止める事を試みたのだが、一度点いた身体の火はどうしようもなかった。
 早く精を放てばこの身体も落ち着いてくれると、経験上知ってはいる。
 しかし、そんな本人の意志とは裏腹に、身体はもっともっと長く快感を感じていたいとすぐに達することを拒んでいた。
「はぁ…っ…あ…っ…や、ぁっ……」
 自分は何をしているのか……混乱しているのに、愛撫の手は止められない。
 自身の昂ったものを自身の手と指が弄るのを、面影は何処か他人事の様に見ている自分を感じていた。
(………三日月…)
 こうして自分で慰めてみてはいるが、やはりあの男とのひと時には敵わない。
 その時、不意に彼の脳裏に昼間、出掛けた先で見た光景が思い浮かんできた。
(……あれは……一体…)


 それは完全に偶然だった。
 自分が外に出て、何処へ行くともなく近場を散歩する様に珍しくふらふらと出歩いているその時だった。
(……?)
 ふと、声を聞いた様な気がした。
 今は、本丸にほど近い雑木林の中。
 居るとしても、野生の獣…しかも小動物程度の大きさのものしかいない筈だが……?
 無言で立ち止まり、意識を集中させたが、悪意めいたものは感じない…
(…遡行軍…ではないな。人ならぬものの気配も感じない…)
 唯一残るのは同じ刀剣男士や、迷入してきた一般人の可能性だが……
(他の男士が此処に来ると言う話は聞いていなかった筈だ……となると他の人物…?)
 悪意は感じないとは言え、誰であるか分からない以上は迂闊にこちらの存在が知られるのは拙い。
「………」
 万一相手が本丸の刀剣男士であった場合には後で詫びれば良い話であると判断し、面影は完全に気配を消し去り、ゆっくりと音が聞こえた方向へと歩いていく。
 さて、今のところは一般人である可能性が高いが、そうだった場合はどうしようか…
 神隠しの様に、何も知らない一般人がこの場所に紛れ込む事は滅多にはないが、それでも稀に起こる事は事実だ。
 そういう場合は上手く向こうを迷子だと誤魔化して、元の場所に戻す事も自分達の重要な任務なのだが……
(そう言えば、こういう時の対応は聞いた事はあるが実践は初めてだ…上手く説明出来たら良いが……)
 一般人である事を確認したら一度戻って誰かに同伴を頼んだ方が良いかもしれない……
(どうにも私は口下手だからな……過去に長谷部の事も怒らせてしまったし…)
 そんな事を考えつつ、風の流れによって起こる草木のさざめきに紛れて歩を進めていると、ふと向こうの茂みに動くものを見つけた。
 何であるかは分からないが、草木とは違う動きをしたので何か動物か人である可能性が高い。
(あそこか………)
 距離の当たりをつけて、ゆっくりと面影はそちらへと向かい…茂みの陰に隠れて向こうの様子を窺った…ところで
「………っ」
 思わず息を止め、同時に身体も硬直する。
(………え…?)
 果たして、茂みの向こうにいたのは一般人ではなく、同じ本丸に在籍する二人の刀剣男士達だった。
 しかし、彼らの普通ではない様子に、面影は気配を消したままその場に佇むしかなかった。
(……何を……して、いる…?)
 向こうの二人は、面影が傍にいる事には気付かぬ様子で、立ったまま互いの身体を重ねていた。
 どう見ても、気軽に会話を交わしたりという雰囲気ではない……寧ろ、人目についてはいけない……そうとしか思えない空気だった。
 まるで夜の……自分と三日月の逢瀬を髣髴とさせるその二人は、一人が相手の背中に被さる形で身体を重ねてはいたが、互いの身体はお互いに干渉し合っている様に揺れていた。
更に、耳を澄ませると時折彼らの声が聞こえてきた。
苦し気にも聞こえるが、その中には明らかに艶が混じっている。
 何が起こっているのか未だに理解出来ないまま面影は静かに場所を移動し、遠目からでも彼らを真横から確認できる場所を確保した。
 改めて彼らの体勢を確認して、面影は今度こそ絶句する。
(え……っ)
 あれは…何だ?
 一人は樹に手をついて相手に背を向けており、腰を彼に突き出す姿勢をしており、もう一人はその相手に覆い被さり、腰を相手のそれに密着させている。
 その二人が交互に腰を蠢かせる度に、樹に手をついている方の男は顔を上げて吐息と共に嬌声を上げていた。
 被さっていた方の男は相手の腰を両手で掴み、何度も勢いよく自身のそれを打ち付けているが、彼もまた、声こそ上げてはいなかったが荒い息遣いをしていると知れた。
 そして何より面影が目を離せなかったのは、腰を打ち付けている男の昂ぶりが、相手の秘蕾に突き立てられ、何度も何度も繰り返し抽送されていた事だった。
(あんな…ところ、に……挿れて……)
 そんな事が可能なのか、と思ったが、目の前の事実は覆しようがない。
 初めて見るその行為…男同士の交わりの姿に、面影がくらりと眩暈を覚えたが、そこでは何とか踏み止まった。
 下手に音をたてるなどしようものなら最悪の事態になる事だけは分かっていた。
 最善の対応は…おそらく何も見なかった事にしてこの場をすぐに去る事なのだろう。
 そこにいるのは刀剣男士達であり、少なくとも本丸にとっては無害であるという確認は出来たのだから。
 しかし……面影の足はそこから一歩を踏み出す事は出来ず、目も彼らから離すことは出来なかった。
 本能からなのか、興味からなのか、境目は曖昧で掴みようもなかった…ただ、見てみたかったのだ。
 『こういう』事を自分に教えてくれるのは、自分を愛しいと言ってくれるあの男だけだ、しかし、彼ですら、ああいう行為は自分には……
(ああ、でも………)
 思い出した……いつか…いつだったか……
ああ、そうだ、万屋へ共に赴いたあの日の…朝の浴場で乱された時に……彼が小さく呟いていたのを聞いた。
『挿れたい』
と……
 それはもしかして……あれの様な事を言っていたのだろうか?
 思い出した瞬間、かっと全身が熱くなるのを面影は自覚した。
 それまでは、多少疑問には思いこそすれ何という事もなかった筈なのに、相手の意図するところが見えた途端に…応じるかの様に身体が熱を持ち始めた。
(三日月が……私と……?)
 あの二人の様なことを…したいと思っている?
「………っ」
 思わずその場に座り込む。
 力が入らない…と言うよりも、腰が抜けてしまったという方が正しい。
(な…っ、どうして……!?)
 自身の腰を慌てて見遣ると、既に興奮したもので股間の部分が押し上げられ、窮屈だと視覚的に訴えてきていた。
 間違いなく、目の前の彼らの行為を目の当たりにしたせいだろうが、こうなってはもう下手に動くことも出来ない。
「~~~~!」
 逸る動きで、しかし僅かな音も立てない様に気を付けながら、彼は前の部分を寛げて分身を外へと解放した。
 手で握ると、予想以上に怒張している事を知り驚愕する。
 これでは、大人しく自然に治まるまで待てそうにもないし、そもそも治まってくれるのかも分からない。
(…こんな所で……)
 まさか、屋外でこういう行為に及ぶとは…と背徳感を感じながらも、面影はまだ目の前の二人から目を離すことは出来なかった。
 彼らの熱く激しい行為はいまだに続けられていたのだ。
 挿れられているあの怒張したものと同じように、それを受け止めている男の分身も、触れられてもいないのに立派に勃ち上がり、腰が揺れる度に持ち主の腹を打っている。
 それが何よりも如実に、彼が快感の中にあることを証明していた。
 苦し気な表情の中にも、時折うっとりとしたそれが混じり、紡ぎ出される言葉は……正直、三日月からも聞いた事がない程に淫らなものだった。
 そんなものを見せられ、聞かされては、最早、自制など効く筈もなかった。
「……っ」
 必死に、声だけは殺しながら、面影は手を動かし己を慰めつつ、向こうの二人の様子を尚も観察していた。
 どうやら、腰の動きは増々激しさと速さを増してきており、彼らの限界が近づいてきている事を知らしめる。
 息遣いもいよいよ荒くなり、嬌声が一段と大きくなっている。
 ああ、もうすぐなのか……自分と同じように………
「……ん…っ」
 分身を扱く手に力が入り、どうしても耐えられなくなった声を微かに漏らす。
 只、擦り上げるだけではなく、時折先端を撫でたり、零口を弄ったりするのは、あの男から身をもって教わり、実践を嫌と言う程に受けた成果だ。
 限界への階段を着実に踏みしめながら、面影はあの二人の様子を一心に見つめ、そして…
(あ…っ…もぅっ……!)
 目の前の二人が同時に絶頂に達した時…同じく自身も劣情を放ちながら快感に震えていた………


「うっ…あ……っ」
 昼間の生々しい記憶を掘り起こし、小さく呻きながら面影は身体を傾げてそのまま畳の上に身体の右側を上にして伏してしまった。
 もう、全身に力が入らず、支えていられない……
(三日月……が…『挿れたい』と……思っている…のか…?)
 私に…?
「…………っ」
 あの二人の行為を思い出しながら…面影は左手で分身を慰撫しつつ、右手をするっとその奥に息づく秘蕾へと這わせた。
 指が触れた感触に、ひくんとその部分が敏感に反応しきつく窄まる。
 そう…確かに此処だ……あの男がその指先を埋め込み、悪戯に蹂躙した……
 しかし、その事実は確かであっても、今の自分に同じ様に指を埋める事は出来なかった。
 あの時の快感は覚えているが……まだ、不安と恐怖が大きかったのだ。
 もし此処に彼がいてくれたら、きっと嬉々として教えてくれただろう。
「ああっ……三日月……っ」
 此処に彼がいないからこそ口に出せるとは何という皮肉だろう。
「私も………欲しい…」
 いつかは自分も彼によって教えられた事かもしれない、しかし、あの二人を見た事で、図らずも知ってしまった……身体の繋がり…直接的な交わりを、自分も欲している。
 あの男に…蒼の衣の月の化身に……求められ、繋がり合いたい……
「三日月………挿れて…ほしっ……」
 岐立したものを扱きながら、あの二人を思い出す。
 そして、あの二人の姿が自分と三日月に挿げ替えられた時、もう、それを止める事は出来なかった。
 彼らから聞こえていたあの時の声が、言葉が、自分達のそれとなって脳内に響く。

『三日月…っ……もっと…突いてっ…!』
『根元まで咥え込んでいるのにまだ欲しいのか?……欲張りな子だ…』
『あ、あ…だって……三日月のオ〇ン〇ン気持ちい、からっ…! だから、もっと…!』
『…ああ、一緒に達こう……面影…っ』

 男性器を直接表すらしい言葉を音に乗せて聞いたのは初めてだった面影にとって、あれは余りにも刺激が強すぎた。
 ああやって言葉に出す事自体、罪深い事ではないのか…とすら思う程に。
「あ、く…っ…三日月…っ…三日月、の…っ」
 その禁忌にも等しい行為を、しかし、今の面影は犯そうとしていた。
 あの男の前では決して言えない事を…今、誰もいない此処でだけ…信仰を禁じられた信者の様に……
 そんなに敬虔なものではない事は分かっている、最早、最も信仰とは縁遠い邪な行為であるという事も……しかし、今だけ…今だけ、己の欲望を吐き出してみたかった。
 その行為がきっと、また更に自分を昂らせてくれるだろうという漠然とした期待があったから……
「三日月、の……オ〇ン〇ン…ほし、い…」
 言葉というものが言霊になる、というのはおそらく真実だ。
 ほんの一言、囁く様にそう口に出した一言が自身の耳に届けられた時、一気に抑制と言う名の枷が砕かれた音を聞いた。
「ん、あ…っ! 欲しいっ…! 三日月…! 三日月のオ〇ン〇ン、ここ、に…っ」
 分身を左手で扱きつつ、右の指先ですりすりと秘蕾を撫で回す。
 内を弄らなくても、それだけでも素直な身体はどんどん昂ぶりを増してくる。
 ぐちゅっぐちゅっと淫らな音が激しく立つのは、溢れ出る先走りが潤滑油代わりに手を濡らしているからで、それを塗り込められた分身は更に一層固くなっていった。
 それと共に、昂りは面影の欲望を曝け出し、隠れていたそれを暴露していった。
「挿れ、てっ……! オ〇ン〇ンっ…三日月のオ〇ン〇ンで…達きた、いっ…!!」
 寸前では、最早言い訳も通らない、己の欲望を素直に吐露していた面影の身体がびくんと震える。
 理性では抑えられない、身体の硬直…そして中心から広がる快楽の波……
「あ、あ、達くっ…あぁ――――っ!」
 直前、掌で分身の先を覆った面影がそのまま腰を激しく振る。
「ふっ……う…あっ…!」
 二度、三度と腰が前後に振られる度に、掌に熱い濡れた感触が、飛沫が飛ぶほどに勢い良く叩きつけられた。
 どろりとした液体を受け止めた手は、脱力した持ち主に従い畳の上に下ろされたが、幸い零れることは無かった。
 激しい運動の後の様に荒い息遣いを暫く繰り返していた若者は、やがて上下していた肩の動きが落ち着いた頃になって、ゆっくりと手を顔の方に寄せて中身を覗く。
 月光の下でも分かる、粘度の高い白濁液が掌の中で輝いていた。
 これがお前の本性だ、と断罪するかの様に………
(…ああ……何をしている……私は……)
 先程までのはしたなく乱れ、淫らな言葉を好んで紡いでいた自分を思い出して、羞恥で死んでしまいそうになる。
 精を放った事で、一旦は身体の熱は鎮められたが……面影の心は晴れなかった。
(……どんな顔をして会えば良い…?)
 主の遣いから戻って来るあの男に、どんな顔をして向き合えば良いのだろう。
 きっと顔を見た瞬間、自分は今日…今宵の事を思い出してしまうだろう。
 果たして…あの全てを見通す様に澄んだ瞳から、自分は己の劣情を隠し通す事は出来るのだろうか……?
 ゆるゆると身体を起こし、汚れを清めなければ、と動き出した面影は、不意に明り取りの窓を見上げてそこから差し込む月光を見つめ…思わず目を逸らした。
 まるで……彼に見られている様だ………
 そんな事はある訳がない…と首を横に振る面影を、月光は静かに……しかし残酷なまでに美しい光で照らしていた………