「………旅行?」
「うむ」
師走も中頃を過ぎたある日。
主の部屋に呼ばれた三日月宗近は、暫しの滞在の後、何事も無かった様に退出していた。
三日月は現在この本丸の近侍を拝命しており、主である審神者に呼ばれる事は珍しくない。
故に、今日、彼が審神者に呼ばれた時も、他の刀剣男士達は歴史遡行軍との戦いに関わる何事かについて、話し合いを行っているのだろうと思っていたのだ。
しかし、三日月に続いてへし切長谷部も審神者に呼ばれてから、本丸は少しだけ賑やかになった。
これまで三日月宗近が務めていた近侍を、へし切長谷部に交代する事になったのだという。
皆は一様に、まさか、と思った。
近侍を外れるというのは、その任務がこなせないという判断をされたか、既に失態を犯したか……
しかし、三日月がその様な失敗をしたという様な記憶も記録も皆無だったからだ。
では何故、近侍が変わるような事態が…?と全員が疑問に思っていたところで、主の部屋を退出してきたへし切長谷部がその理由を皆に告知した。
『近侍を長い事、一振の刀剣男士に任せるのは良策ではない、という主のお達しである。三日月は優秀な近侍ではあるが、その任をいつまでも彼だけに背負わせていたら、他の男士の成長の機会を失わせる事にもなりかねん。故に、今後は他の近侍候補にもその任務に就いてもらい、実務を経験してもらおうという事になった』
成程……と、全員がその説明には納得。
三日月本人も審神者の意向に反対する理由もなく、その決定がより本丸の刀剣男士達の繋がりを堅固にするだろうと、喜んでその案を受け入れたという。
ならば、間違いなく最初に呼ばれた三日月本人も理由を知っているのは明らかなのだから、最初から彼が皆に説明をしたら良かったのでは?という声もあったかもしれないが、そこは極度の呑気屋でもある三日月のこと。
『おお、忘れていた。すまんなぁ、はっはっは』
これだけで終わってしまった。
しかし皆ももう慣れたものである。
『まぁ、三日月さんだからねぇ』
こっちもこれで終わってしまった。
果たしてそれで良いのか、という感はあるが、これでもこの本丸は上手く回っているのだから、悪くはないのだろう。
そして、審神者が驚くべき提案をしたのはそれだけに留まらなかった。
それが、三日月が今、面影に語っている『旅行』という単語に繋がる。
「長い事、近侍を務めていた俺を主が労ってくれる意味で、ほんの数日ではあるが年末年始は本丸を離れて英気を養う様にとお心遣いを下さった。じじいの身体を気遣い、政府筋の伝手を使って、とある温泉街に湯治に向かう様に手配して下さったのだ」
「それは……大胆な計画だな」
長谷部が他の刀剣男士に説明して皆の動揺を鎮めて暫くの時間が経過した頃、三日月は自室に籠っていそいそと旅の準備を始めていた。
そんな三日月の様子を、面影はまだ困惑が混じった表情で見つめている。
何故、面影が此処に居るのかと言えば、三日月が審神者の部屋から出てきて自室に戻る途中で、隣の部屋に居た面影が相手の気配を感じて顔を出したのが切っ掛けだった。
『三日月? 主の用事は済んだのか?……先程、長谷部も主に呼ばれたみたいだが…』
『おお、面影か。此度、近侍を降りる事になったので、本丸を出ようと思ってな』
『!?!?!?』
これは完全に三日月が悪い。
重要な部分が完全に抜け落ちた説明をされた所為で、面影は蒼白になって相手の袖を掴んで彼の部屋に引き込んだのだった。
どういう事だと迫った面影だったが、誤解が解かれるのにそう長い時間は掛からなかった。
元々がそれ程に立て込んだ理由でもなかったのだから。
しかし、解かれるまでの面影は気が気でなかったらしく、何度も何度も繰り返し確認し、ようやく安堵の息をついたのだった。
それでも、今度は三日月が本丸を空けるという話を聞き、嬉しそうに旅の準備をし始めた彼を複雑そうな表情で見つめていた。
「政府筋が用意している隠れ里的な宿泊所があるそうだ。俺達の様な刀剣男士の療養を行う為の場所だそうだが、非常に人気でな。なかなか予約が取れない所だったらしい。主には感謝せねば…」
「そう、か……」
複雑そう…に見えて、実際面影の心中は複雑だった。
三日月が本丸を追われる事になった訳ではない。
良かった。
でも…次の正月は、いや、それを迎える前の数日も、彼はこの本丸にはいない。
何処か、政府に隠された場所で悠々と身体を休めて来るのだと。
それも良いことだ。
只……
(……嬉しそうだ、三日月)
この本丸の近侍となって、長く審神者や他の刀剣男士達を支えてきた大黒柱と言っても良い存在。
その責務から一時的にも逃れて、遠い場所でゆっくりと時を過ごすのは、彼にとっても好ましい事の筈。
しかし………共に喜んでやるべきだと分かってはいるが……
(…少し、寂しいな)
自分は相手が暫し本丸を留守にすると聞き、少なからず心細さを覚えているのだが、向こうは全くそういう気配も無く、喜色満面で旅支度を始めている。
それが……少しだけ寂しいと思う。
しかし、責めるべきことではないので責めはしない。
(………気を取り直さないと)
きっと三日月にとっては任務以外のこういう遠出は滅多に持てない機会なのだ、ここは同じ刀剣男士として喜んでやらねば。
「そうか……三日月は温泉が好きだったからな。楽しんでくると良い。留守の間は私達がしっかりと主も本丸も守る…」
「おお、そうだ」
三日月に宣誓していたところで、面影はその相手から今度こそ吃驚する事実を聞かされた。
「旅行にはお前も連れて行くことになった。しかと準備をしておけよ」
「はぁ!!??」
何だかんだとあって…
旅行初日、目的地に到着した二人は早々に宿になる旅館を訪れ、仲居一同からの歓迎を受けていた。
木造りの日本家屋を模した大きな建物の奥からは、至る所から白い湯気が上がっている。
幾種類も温泉がある旅館という触れ込みだったので、その温泉からのものだろう。
それを見るだけで、これからの湯治が楽しみなのか三日月はにこにこと実に嬉しそうに笑っていた。
『いらっしゃいませ』
「うむ」
「……」
仲居一同の出迎えを受けた三日月は鷹揚に頷いて答え、面影はきょろりと手持無沙汰に周囲を伺っていた。
正面玄関の左右に一糸の乱れなく並び、掛け声をかけながら一礼する彼らは、例外なく異様な面を付けている。
人が単純に仮面を付けているのかと思えば、その内の幾人かの腰には様々な色と形状の尻尾が揺れていた。
人が上手く化けているのか、それともそもそも彼らこそが物の怪なのか…?
精神集中して彼らの気配をより詳しく探ろうとしても、まるで煙に巻かれた様に掴めない。
(成程…政府御用達というのは伊達ではない、か………客は刀剣男士だけ……か……)
自分達の本丸所属ではない刀剣男士達もまた、ちらほらと仲居達の歓迎を受けて館内に入っていく。
(あ…別の本丸の三日月宗近…)
当然だが、別の本丸にも三日月宗近という太刀の付喪神は存在する。
周囲を軽く見渡しただけでも、自分達の本丸にも存在する刀剣の付喪神が複数居たが、やはり姿は同じでも纏う神気はまるで異なるものだった。
それは顕現させた審神者が違う事で生じる相違なのだろう。
「……………」
つい、自分と恋仲でもある三日月と同じ名を冠する刀剣男士の方へと視線を向けてしまう面影だったが、暫く注視した後、何かを納得したように頷いて視線を外した。
「どうした?」
そんな面影の様子を見ていたらしい三日月が尋ねると、相手は完全に興味を失くした様に首を横に振った。
「…姿形は同じでも、お前とはまるで違うと確認出来ただけだ。私は…お前だけが良い」
もし此処が旅館の玄関先ではなく、客間であったなら、面影は間違いなくただでは済まなかっただろう……まぁ、色々な意味で。
(こやつは本当に……無意識でやらかすから始末に負えんのだ……)
同じ台詞を言われたら彼も赤面して恥じらうだろうに、その言葉がどれだけこちらの心情を激しく揺らすのかまるで分っていない。
「……?」
表向きだけでも平静を装っていると、三日月の耳に、周囲の男士達の声が微かに聞こえてきた。
『あの男…刀剣男士、か?』
『いや……見たことはない、な…政府筋の付き人?』
『しかし、本体である刀身は身に着けている……未登録の男士なんて…』
その話題の中心人物である面影本人は、旅館の外観や周囲の自然豊かな光景を楽しんでいた様子だったが、流石に周囲の声に気付いたらしく、遠慮がちに俯く。
悪事を働いた訳ではないが、彼の性格上、目立つのは本意ではないだろう事を察し、三日月は面影の手を引いて早々に客間に案内してもらおうと旅館の中へと足を向けた。
「さぁ、行くぞ」
「……気を遣わせて、すまない」
「なに、気にするな。俺がお前を独り占めしたくなっただけだ」
「…!!」
三日月も三日月で、相手を赤面させるに十分な殺し文句をさらりと述べると、仲居に案内されて彼らの予約していた客間へと向かって行ったのだった………
「お二方には、特別室をご用意する様にと審神者様からお達しを受けております」
「そうかそうか。主には感謝せねばなぁ」
二人を案内する仲居は明らかに若い男性の声をしていたが、その姿は年老いた翁の様に腰を曲げ、ひょこひょこと跳ねる様な特徴的な歩き方をしていた。
その顔にも仮面が被せられており、素顔を知る事は叶わない。
「…この旅館の人達は、皆、仮面を……?」
「おう……お若いお客人、私の顔が気になりますか?」
面影のふとした問いに、くるっとそちらへと顔を向けた仲居が、自らの仮面に手を伸ばしてみせた。
「あまりお勧めはしませんが……世の中には知らずに済んだ方が幸せな場合もあるのですがねぇ…」
「ああ、それは良い、止めよ」
断ったのは、面影ではなく三日月だった。
あっさりと相手の動きを止めると、何もなかったという態で自分達が泊まる事になる客間へと話を向けた。
そこまでされると、面影ももう仮面について詳しく聞く事は出来なかったので、流れで三日月達の話に乗ることにする。
「特別室…というと何か見どころがあるのか? それとも曰くつきの部屋なのか?」
「見どころ…というところでは、海に面した庭園に露天風呂がございまして……日の出、日の入りを眺めながらの露天風呂でのひと時は格別でございますよ。無論、景色のみではなく肝心の風呂も当館の自慢でございまして、湯船を満たす『神水』は身を清浄に清める他にも、口にすれば寿命が千年延び、精も漲ると言われております」
「ほう、それは面白い」
「…?」
簡単な説明の中に違和感を覚えて面影は首を小さく傾げる。
太陽は東より出でて西に沈むのが節理というものだ、それは誰であっても違える事は出来ない筈。
少しだけ思考し…は、と若者は或る事に思い至った。
もしかしたら、この旅館の一部…いや、全体が、虚構の中に創設されているのか?
自分はまだ実態を目にしたことはないが、刀剣男士達が在籍している本丸もその様な人工空間によって構築されているという。
本丸も、この旅館も、政府筋によって設立された施設なら、同様の技術が使用されていてもおかしくはないだろう。
そもそも自分達が見ているのが本物の太陽でなければ…虚像のそれだとするなら……思うままに動かす事も可能だろう。
「曰く…という程でもございませんが、部屋に据え置かれている姿見は、先代が買い付けてきた逸品でございまして。合わせ鏡で映った者が一人増えたという逸話もある程に鏡面が美しく、同室での他の鏡の利用は禁じられた程です…まぁ、私は実際に見たことはございませんがね」
(鏡、か……)
紅や白粉をつける女性ならまだしも、自分達にはあまり関係がない物だな…と思いつつも、水を差す訳にはいかないので素直に面影は仲居の話に耳を傾けていたが、彼の部屋の説明はそこで終了し、続いてこの後の予定についての説明があった。
特に自分達が外に出る予定がなければ、そのまま夕食をこの部屋に運ばせるという。
その後、布団の準備も行うとの事だが、その間は何処に出掛けても問題ないという事だった。
「…どうする?」
三日月の問いに面影は目を閉じて暫し考え込むと、にこ、と笑って相手に伺いを立てた。
「…皆へのお土産を探したいな……帰ってから夕食にして……大浴場は、三日月が行きたいなら自由に行ってくれて構わない。私は此処の露天風呂の方がいいな」
面影がさり気なく大浴場を忌避するのは、自分が珍しい刀剣男士だから、という意識があるからだろう。
誰も、好き好んで周囲の興味の視線に晒されたいとは思わないものだ。
「ならば俺も露天の方で汗を流すとしよう。俺達が出ている間に、夕食と布団の準備、共に済ませる事は可能か?」
「勿論でございます」
あっさりと大浴場での入浴を諦めると、三日月は仲居に迅速に今後の予定を依頼し、相手が客間から退出していくのを見送った。
仲居一人が部屋からいなくなっただけなのに、それだけでも部屋の空気が変わった気がする……
「……良い部屋だな」
しんと静かになった部屋の雰囲気を変えようと、面影は三日月に敢えてそう呼びかけながら部屋の奥に見える庭園の方へと歩いていく。
宛がわれた部屋は、主室の奥に広縁があり、そこの窓ガラスを開いた先に濡れ縁、庭園と続く。
その庭園の一画が全て露天風呂になっており、先は断岸となっているようだ。
(凄く広い…)
主室だけでも十畳以上の広さがある。
こんなに広い部屋を二人きりで過ごすなんて、物凄い贅沢では…?
「なぁ、みかづ…」
ちゅ……っ
部屋の広さに感動し、それを相手にも伝えようと振り向いた瞬間、自らの唇が塞がれた。
二人しかいない部屋で、それを実行した人物は一人しかいない。
「ん……っ」
その時の口づけは唇同士を軽く重ね合わせるだけのもので、舌が捻じ込まれる等の激しさはなかったが、それでも面影の理性を激しく揺さぶる程の不意打ちになったのは間違いない。
「や……っ…みかづき…!?」
どうしてこんなに急に…?
口づけから顔を背けて逃れ、面影は三日月を改めて見据えるが、既に頬は紅く染まっている。
「すまんな……これでようやくお前と二人きりになれたかと思うと、我慢が効かなかった」
「っ!!」
三日月の告白に、更に面影の頬が赤みを増していく。
「二人きりの旅……何も起こらぬとは思っていまい?」
「それ…は…」
見透かされた様に問われ、面影は口籠った。
去年も一昨年も、本丸の年初めには普段の任務からは解放され、その自由な時間の中で自分は延々とこの三日月によって抱かれ、どろどろに蕩けさせられていた。
だから、この旅行の間でもきっとそうなるだろう事は予想していたし、正直、少しだけ期待してもいたのだ。
しかし、部屋に到着したばかり、夕餉も済ませていない今からここまで積極的に動かれるとは思っていなかった。
本気でこれ以上の行為に移ろうと思っているのか、ぐっと身をより寄せてくる三日月に、面影は激しく狼狽しながらその胸に手を置いて押し返す動作を見せる。
「だ、だめ……今は、我慢して……せめて食事と風呂の後で………お願い」
「…………」
絶対的な拒絶ではなく、食事と入浴が済んだら求愛に応じると言ってくれているのなら、そこは譲歩の余地はある。
その上、縋って上目遣いにお願いをしてくる姿がまた愛おしく、その程度のお願いなら叶えてやろうと思った三日月は素直に身を引いた。
「分かった。他ならぬお前が言うのであれば」
「あ、ああ…」
三日月が譲歩してくれた事に安堵し、ほっと息をついた面影だった。
それから二人は、共に旅館の外にも赴き、近場の商店街を練り歩きながらお土産物を色々と品定めして購入していった。
面影は、今急いで買わなくても…という気持ちもあったが、三日月が早目に済ませておいた方が良いだろうという判断を下したため、全ての土産を初日に買い終える事になったのだが、それのお陰で肩の荷が少しなりと降りた感がしたのは良かったのかもしれない。
唯一、食物系は流石に最終日に購入するべきだろうという事で、それらについては旅館を出る時に旅館まで店側が届けてくれる様に手配してもらう事で片が付いたのである。
何処までもサービスが行き届いているが、どうやら彼らの主はとことん彼らのフォローを手厚くする様に旅館側に伝えていたらしく、その様に彼らも動いてくれていたのだった。
「…よく考えたらこんな良い部屋を抑えてくれたり、周りの店にも融通を効かせてくれたり……うちの主は、もしかして全本丸の中でも、かなり凄い立場にあるのでは…?」
「ふむ……?」
旅館に戻った二人が客間に入ると、既に食事と寝床の準備が完璧な状態で出来上がっていた。
彼らが部屋に入る時間までも予測した様に、入室した時点で湯気が立っている料理の品々が膳に見た目も鮮やかに並べられており、奥の間には布団が二組、ぴたりと密着させた状態で準備されている。
一見して分かる『夫婦布団』。
最初にそれを見た面影は、ぐらりと眩暈を覚えて手を額にやる程度には動揺した…が、それらを離すことを三日月が許す筈もなく、今もそれらは繋がったままであった。
つまり自分達はそういう仲である、と旅館側の者達には見抜かれてしまっている………?
その憶測に意識を向けたくなくて、敢えて面影は三日月と向かい合って食事を摂りつつ、自分達の審神者についての話題を出していた。
「…お前にも言った事があるが、俺達の主はちと特殊な力を持っていてな……それが『歌』だった」
「……」
「詳しくは話せんが、政府にとって主の能力は稀有なものなのでな……たまの我儘程度なら聞いてもらえるそうだ」
「……そうか」
どの程度の我儘なのか、正直聞くのが怖い………
触らぬ神に祟り無し、とも言うし……実際は審神者は人の子で、自分達の方が神なのだが。
何にしろ、自分はどうやらかなり太い本丸に拾ってもらったらしい…と思いながら、面影は器用に箸を操り様々なおかずや炊き込みご飯を美味しく味わった。
炊き込みご飯は山菜が豊富に使用されているが、どれも肉厚で噛み締める度に芳醇な香りがした。
その他のおかずも様々な海の幸、山の幸が使われ、そのどれもが全ての味覚を魅了する程の美味しさだった。
(凄く美味しい……燭台切や歌仙の料理にも引けを取らない……)
本丸に拾われる前は個人行動だけで、その間に摂取していたのは、味など二の次で最低限食べられる物も多かった。
本丸に移ってからも暫くは料理に対してあまり興味を持てなかったのだが、それから徐々に厨での調理を手伝う様になった事で料理にも興味を持ち、より食べ物を味わう事が出来る様になったのだ。
目を輝かせ、もくもくもく……と無言で膳の上の料理を食べ続ける様が、まるで小動物の様に可愛くて、三日月は必死に笑みを噛み殺しながらその様子を見守っている。
普段はあの大太刀を無表情のまま軽々と振り回す若者が、日常生活の中で不意に見せる幼い表情が三日月はとても好きだった。
この笑顔を見る為だけにここに来たとしても、全く徒労には感じない。
「………おや?」
「え?」
何かに気付いた様に首を傾げながらこちらを見つめて来る三日月に、同じく首を傾げていると、向こうが箸を持っているのとは反対側の手を伸ばしてきた。
「あ…」
口の端に付着していた小さな米粒を掬い取られ、それがそのまま三日月の口元へと運ばれる。
「はは、お弁当、だな」
「~~~~!」
ぱくりと米粒を食べながら笑った三日月に、羞恥で面影が真っ赤になってばっと顔を横に背けた。
米粒は取り除かれたが、他にもまだ付着しているものがあるかも…!とごしごしと口元を袖で拭いながら顔を俯ける。
(は、恥ずかしい……え、まだ何か付いてる…?)
「面影や?」
焦っている所為か三日月の呼びかけにも気付かない様子で面影が場を誤魔化す様にきょろっと視線を泳がせると、主室の隅の奥に何かが見えた。
長細い立体物がそこに在り、和布が被せられていてその実体は分からないが、何であるかは外観で凡そ予想はついた。
おそらくあれが、仲居が言っていた曰く(?)の鏡……座鏡なのだろう。
男性でも着替えの時に見栄えを確認する時に使用するものだが、こんな時でも役立つものだな、と思いながら、身軽に立ち上がるとそちらへと足を向ける。
「ち、ちょっと…確認、するから…」
また別の何かが口元に付いていて、三日月に指摘される訳にはいかない……これ以上は羞恥もそうだが、向こうの笑顔にも心臓がもたない。
こんな些事で、美しいと称賛されていた鏡面を使用するのは少しだけ気が引けたが、物は使ってこそその価値もあるだろうと自身に言い聞かせながら面影は座鏡の前に進んで躊躇いなく布をばさりと捲り上げた。
きぃ…ん……
「ん……っ」
脳内に、鋭い音……そう、刀の鍔迫り合いの様な音が響き、思わず頭に手をやる。
気圧の変化や疾病、過労による頭痛の何れでもない、初めての感覚だった。
『ワタシモ………』
(誰…?)
『ミカヅキト………』
(この声…直接…!?)
聞いた事ある様な声……とても身近な誰かかもしれないけど、誰だろう?
頭痛を振り払う様にふるるっと首を左右に振ってから、面影は顔と視線を前に向けた。
布を取り払われた座鏡の鏡は、確かにあの仲居が評していた通り極限まで磨き上げられた見事な鏡面を称えていた。
寧ろ、鏡面の向こう側こそが現実の世界なのではないかと思える程に澄み切っている。
向こう側に映るのは紛れもない自分自身の姿。
こうして本丸ではない旅館の一室にいる姿を見ると、まるで自分ではない様な錯覚を覚えそうだ。
「………?」
最初に気付いた違和感は、その鏡の向こうの自分の動きだった。
ただ、顔面の確認をしたいだけだったので、鏡の前に立っただけだった。
真正面から見据える自身の顔…感情を読み取れない無表情なのは自覚がある、だからおかしくはない筈。
そう思っていた面影の目前で、鏡の奥の面影が不意に動いた気がした。
本人の自分は全く動いていないのに。
「………え」
咄嗟に鏡面の向こうにいる自分に視点を合わせると、向こうの面影は当然こちらを見つめ返している。
自分が見ているのだから当然だ、しかし、直後、あり得ない事が起こった。
「は………?」
こちらは一切動いていないのに、眼の前で鏡面に映る面影の両手が持ち上げられたかと思うと、こちらに向けて差し出されてきたのだ。
それだけではなく、差し出された両腕は硬質な鏡面を突き抜け、この三次元の世界へと侵入を果たそうとしていた。
「な、に……っ!?」
「面影!?」
鏡の前で動揺している若者の異変に気づいた三日月がさっと立ち上がりそちらへと急いで歩を進める。
そして、彼も面影と同じく、向こうの世界の面影が両手をこちらへ差し出している『事実』を目にすると、その瞳を大きく見開いた。
直後、面影の足元に広げられていた和布を咄嗟に拾い上げるとそのまま鏡の上部に投げかけ、鏡面を隠そうと試みた。
鏡に映っている面影に異変が生じているのなら、こちらの姿を遮断してやればその怪異を止める事が出来るかもしれないと考えたのだ。
咄嗟の事で動けなかった面影とは対照的に淀みなく対応に動けたのは、流石に老練の兵としての経験の差というところだろうか。
しかし、その行動は僅かに遅かったらしい。
『ミカヅキ……』
「む…?」
再び声が聞こえた。
面影が、身近の誰かの声だと認識しながらも、誰のものであるかは分からなかった声だ。
しかし、三日月は直ぐにその声の持ち主が誰であるのか察した。
「お前は………?」
布がばさりと空を舞いながら鏡の上縁に触れ、枠の滑らかな流線型をなぞりながら同時にあの不可思議な現象が生じている鏡面を隠していく……が、
ぬるん……っ
布の下端からその帷が閉ざされるのを拒むように二本の腕が伸び、その腕から続いて肩が見え、その上の布地が歪に歪んだかと思うと、それを取り払いながら人の顔が現れた。
その容貌は紛れもなく、面影本人のそれだった。
「…っ!?」
自分の顔をした何者かが腕を伸ばしている先が三日月だと察した時、反射的に面影は手元に自らの本体を召喚し、鞘から刀身を抜こうとする。
相手が自身の身を模して顕現した怪異であれば、傷つける事で本体の自分に何らかの害が生じる可能性もある。
しかしそれも承知の上で、面影が三日月に迫ろうとしているもう一人の自分に刀を振り上げた瞬間、
「止めよ、面影!」
「だが!」
こちらに向かってくる面影の分身の様な存在からは、一切の敵意も殺意も感じられなかった。
故に、三日月は本物の面影に攻撃を止めるように声を上げたのだが、その間にも二人目の面影は鏡から抜け出そうとしており、もう両足までもが現実世界に現れつつあった。
「何者…っ!!」
三日月に止められたものの、まだ柄から手を離すことが出来ない面影が呻く様に問う。
向こうは変わらず鏡から抜け出し続け、いよいよその身体の全容が鏡面から独立して現実に現れた。
彼は、今の面影と全く同じ姿を象っている彼の分身…と思いきや、よくよく観察すると幾つか相違が認められる箇所もあった。
先ずは髪型。
鏡で映された状態で出現した彼の前髪は、左右対照的な流れになっている。
もし二人を迅速に見分けたい、と思ったなら、間違いなくこの相違が役立つことだろう。
もう一つは、これも鏡の影響で纏っていた浴衣が左前だったということだ。
これらから、二人目の面影は間違いなく鏡の中に映った彼が現実に抜け出てきたのはほぼ間違いない。
では、根本的な疑問として、どうして彼がこの現実世界に出現してきたのか…?
(呪詛…の匂いもない…そもそも仲居達もこんな怪異があるなんて誰も言っていなかった筈…)
面影は依然、自らの本体の柄を握っているが、向こうの自分もどきは刀剣を手に召喚する素振りも見せない…という事は積極的に敵対する様な意思はないのかもしれない。
「何が目的で…」
此処に来たのか…と問おうとしたところで、面影は信じ難い光景を目の当たりにしてしまう。
「お前は……?」
何かを感じ取ったのか、不思議な声音で呟いた三日月に、あろうことか二人目の面影は伸ばした両腕でそのまま彼に抱きついたのだった。
「三日月……」
「む…?」
「!!!!!」
一度は鞘に納めた刀身を再び勢い良く抜き放ち、面影は構えた。
唯、不快だった。
相手がどの様な意思でそんな行動に走ったのかは分からない。
三日月に何か仕掛けようとしているのか、それとも好意を示しているのか。
その何れであるのかを考えるより何より、胸の奥にどす黒く耐え難い感情が一気に湧き上がるのを抑えられなかった。
「離れろ!!」
その男から……!! 私の…私が愛する男から…っ!!
刀を構えた姿からそのまま刃で半円を描く様に腕を振ったところで、ぎぃん…!と耳に鋭い金属音が響くと同時に大太刀を持っていた両腕に抵抗を感じる。
「…っ!」
見ると、三日月が相手に抱き着かれたままながらも自らの手に三日月宗近本体を召喚し、面影の一閃を防いでいた。
「……落ち着け、面影。彼を傷付けるな」
面影本人に向けて三日月が相変わらず呑気な笑顔を浮かべて言ったが、いつもの素直さで受け取ることは到底出来なかった。
相手は、よりによって自分の姿を真似して三日月に不躾に触れたのだ。
何を考えているのかは分からないが、三日月が相手からの抱擁を避けなかったのも正直不愉快だった。
此処に本物の自分がいるのだから、避けるぐらいしたらいいだろう…!
胸の中に渦巻く感情……分かっている、嫉妬だ。
自分と同じ姿をしている相手であっても、そんなの関係ない。逆に不快さは増すばかりだ。
「…何故、庇う、三日月」
三日月に身体を寄せている偽の自分は、変わらず三日月の事だけを信頼しきった瞳で見上げていた。
まるで三日月が己を庇ってくれる事を予測していたかのように……
苛立つ感情を必死に抑えながら面影は問う。
それに対して答えた三日月の声は、それでも優しく、迷いがなかった。
「この者も、間違いなくお前だからだ、面影」
「は…?」
「愛しいお前を傷付ける訳にはいかぬ……故に止めた」
「何を…」
そこで一旦、彼らの会話は中断されることになる。
『お客様〜〜〜〜っ!!!』
剣戟の音が聞こえたのか、それとも何らかの気配の変化を感じたのか、複数の仲居達が部屋の中に慌てた様子でなだれ込んで来たのであった………
『これは…面妖な』
部屋で生じた変異を目の当たりにして、仲居頭らしき男は唸るように呟いた。
部屋の中では中央に三日月が座し、両脇を面影ともう一人の面影が固めている。
そして三人の前に仲居頭が厳かに跪き、二人の面影の様子を交互に見比べていた。
「三日月宗近様。我らは神ならぬ身ゆえ、詳細に神気の違いを感じ取る事が出来ませぬ。しかし、面影様ともうお一人の…酷似した方の神気には一縷の違いも認められないのですが…」
「正しい」
凛とした声で肯定されたものの、仲居頭の仕草には混乱がありありと認められている。
しきりに首を捻り、顎に手を遣り、何かを必死に思い出そうとしているのだが、どうやら納得出来る記憶は浮かんでこないらしい。
「面影様。あの鏡から貴方様と同じ姿の彼が抜け出てきた事は間違いないのですね?」
「間違いない。三日月も中途からだが、確認している」
面影からも新たな知見が得られないかと重ねて仲居頭が問うた言葉に、面影も素直に正直に答える。
仲居達が部屋に踏み込んできた事が切っ掛けで、面影の感情はようやく平静を保てる様になっていた。
緊張感からは程遠い賑やかさもその一因だったのかもしれないが、最もその効果が高かったのは、あの三日月の一言だった。
『この者も、間違いなくお前だからだ、面影』
「…三日月は、彼が誰なのか…分かっているのか?」
単刀直入に尋ねると、三日月は首を少しだけ傾げて頷いた。
「確証…ではないが、俺の仮説はほぼ正しいと思っている。仲居頭、昼に聞いたあの鏡…合わせ鏡で映った者が増えるという話があったな」
「は、はぁ、仰る通りで……しかし私めが此処に勤める様になってからかれこれ数百年は過ぎておりますが、一度もその様な事は……それに、面影様は鏡の前にお立ちになった時に他の鏡もお持ちにはなっていなかったと」
「三日月? あの時私が何も持っていなかったのはお前も見ていただろう……合わせ鏡なんて…」
「出来ていたのだ……俺も迂闊だったが…」
そして彼は改めて面影へと視線を移すと、そちらへと右手を掲げてみせた。
「……お前が、鏡となったのだ、面影」
「……え?」
「……お前の逸話が、鏡の持つ力に共鳴し、合わせ鏡と同様の事態を引き起こしたのだろう……だから、此処に居るこの者は…紛れもなくお前なのだ」
「…………あ…!」
面影は流石に自身の事なので思い当たるところがあったのか、瞳を大きく見開いて反応を示したが、仲居頭はまだ納得がいかないらしく、二人の顔を交互に仰ぎ見る。
「面影様の逸話、とは…?」
「そもそも、面影がその名を与えられたのは、彼の澄んだ刀身故だ………『鏡の様に』刀身に顔が映る程に美しい刀……」
「…鏡」
そのキーワードを聞いたところで、仲居頭も三日月の言わんとしている事を察して押し黙った。
それならば道理は通る。
確かに面影本人の身体が鏡であると見立てたら、彼があの鏡の前に立った時点で合わせ鏡が成り立ってしまうのだ。
これまでは迷信だと揶揄されながらも粛々と守られていた禁忌が、こんな形で破られる事になろうとは……
「……で、過去に起きた問題は、どう解決したのだ?」
面影が一人から二人に増えてしまった……単純に大問題である。
旅館にとってもこんな問題が生じてしまったというのは由々しき事態であり、仲居頭は目に見えて焦りに焦りながら自らの記憶を遡っていた。
「は……昔の……昔の伝奇に過ぎない、話ですが……『増えた』側の者の望みを叶えれば…満足し、消えると言われていたかと…しかし、繰り返す様ですが何百年もこの様な事態が生じた事は無く…そもそも伝説に信憑性を求める様なものですので…」
「望み…」
思わず面影は自身と同じ容姿の相手を見遣った。
容姿は同じでも、自分とは別の個体の彼の望みなど知りよう筈もない。
もし、悪意ある希望を向こうが抱いているのなら………
(………その時は、私が…)
今は消している己の本体を召喚出来る様に意識を集中しながら、面影は相手の出方を窺った。
三日月は彼も私であると言った…だから、傷つけてはならないと言ってくれた。
それは純粋に嬉しい…が、もし相手が三日月の憂いになる様であれば、やはりその時には私が手を穢さねばならないだろう。
三日月は優しい……別の個体とは言え仲間と同じ顔を持つ彼を斬るのは心苦しい筈だ。
それなら、いっそ私本人が手を下せば……それで良いだろう。
三日月や面影、仲居頭達の視線を一身に受けながら、鏡の中より出た若者は少しだけ迷う素振りを見せると、三日月に向かって意外な言葉を発した。
「……人払いを」
そして、その言葉の後に遠慮がちに仲居頭の方を見遣ったのだ。
彼は旅館側の立ち位置であり、部外者と言えばそうとも言える。
少なくともこの若い闖入者の望みは、他人にはおいそれと聞かれたくないものではあるらしい。
そして同時に、彼は旅館側には何の要望も期待もないという事でもあるのだろう。
「……仲居頭、此処は外してもらえるか」
「は……」
その場での責任を引き受けたといった表情で、三日月は相手にそう願ったが、向こうは少しだけ躊躇う様子を見せた。
旅館側の備品による不祥事の始末が何もついていないのに退席を促されたのだから、その反応は何らおかしいものではなかったが、そこで更に三日月が言葉を重ねた。
「お前達に責を問うつもりはない。今は彼の言う通りにしてやりたいのだ。俺が良いと言うまで、席を外してくれ」
「………仰せの通りに」
優しい口調でも、そこに揺るぎない意志を感じ取り、仲居頭は平伏して従うしかなく、以降は無言のままに客間から退出して行った。
残されたのは三日月と面影…そして鏡の中からの不可思議な客人。
「…では、聞かせてもらえるか? お前の望みとやらを」
促した三日月に、相手がゆっくりと視線を合わせ……脇で面影が無意識の内に姿勢を正した。
果たして相手が望んだ事は……
「……私を抱いてくれ、三日月」
「は!!??」
「……」
乞われた三日月よりも早く反応したのは、やはり面影だった。
「お、お前……っ! わ、たしの姿で何を…っ!!?」
面影が立膝になり追及する姿とは対照的に、別の面影は飄々とした様子で座したままである。
因みにこの時には彼の浴衣の左前は右前に改められていた。
仲居頭が飛び込んで来てから程なく、何がどうなっているのかよく分からない状態だったものの、三日月がそれを指摘し、修正させていたのである。
敵なのか味方なのか不明だったにも関わらず、そういう所に気を向けるとは、相変わらず呑気なのか大器なのかよく分からない。
そんな三日月に見つめられながら、謎の客人はその視線に動じる様子もなく、そっと自らの胸に手をやりながら答えた。
「その通り、私はお前だ……お前から生じたもう一人の面影。その私の願いはお前の願いと同じこと。お前はいつも言葉が少なく遠慮がちだが、常にその心の中には三日月が居るだろう、いや、彼しかいない。そして三日月と共に在りたいと願って…」
「それ以上言うなぁぁ!!!!」
とんでもない告白を勝手にされてしまい、面影はいつになく激しく動揺しながら相手に詰め寄り口を塞いだ。
嘘を吐かれるよりはましだが、本人を前に本心をここまであからさまにされるのは死にたくなる程に恥ずかしい事なのだ。
同じ自分の筈なのに、何故それが分からないのか…!!
茹で蛸の様に真っ赤になりながら、面影が叫ぶ。
「少しは周りに気を遣え!!」
対し、口を塞がれていた若者は塞いでいた手を軽く引き剝がして、相変わらず冷静に答える。
「遣ったから人払いをした」
「そういう願いを露骨に言うなと…!!」
「しかしお前もよく願っているだろう、蕩ける程に抱いてほしいと…」
「わーーー!! わーーーーっ!! わーーーーーーっ!!!」
藪を突いたら大蛇が出た。
意地でも口を塞いだままにしておくべきだった!!と後悔しながら再び相手の唇に掌を押し当て、無理やり彼の発言を封じた後……面影はゆっくりと三日月の方へと首を巡らせた。
聞いていてほしくはなかったが、これだけの至近距離であれだけはっきり発言されてしまったとあっては……いやしかし、万が一でも聞いていない振りでもしてくれたら………
「そうかそうか、お前…お前達はそんなに俺が好きか」
(やっぱり無理だった……っ!!!)
僅かな希望も打ち砕かれたとばかりに、がくりと面影は脱力して俯く。
対して、意外な形で大胆な告白を受けた三日月は盆と正月が一緒に来たように喜色満面で喜んでいた。
(いっそ殺してくれ………!)
最早万策尽きた…と両膝を付いて絶望に打ちひしがれている面影の側を、すいっと三日月が流れるように通り過ぎて踏込…入口の方へと歩いていく。
「…?」
視線だけで追っていくと、やがて踏込の視界から外れた所で三日月と誰かがひそひそと内密の会話をしている気配がする。
直感的に、先程人払いをした仲居頭だろうと感じた。
きっと何処かのタイミングで人払いが解かれる事を見越して待機していたのだろう、天晴な職人魂である。
その会話もそれ程長くは続かず、程なくして三日月が部屋へと戻ってきたが、会話の相手はそこには同席しておらず、更に言えば部屋の周囲からも気配を消してしまった様だった。
「旅館側にも話は通しておいた。俺の責任の下、彼の望みは叶えるし、余計な詮索は無用であるとな」
相変わらずその評定は穏やかだったが、瞳の奥に見える光は身を竦ませる程に鋭い。
ああ、こんな瞳で射竦められたら、それはもう彼に従うしかないだろう。
望みは叶える、という言葉を聞き、別の面影が嬉しそうな表情を浮かべるのに対し面影はどうしても微妙なそれになってしまった。
望みを叶えるという事は、三日月はもう一人の自分を抱くのだろう。
望みを叶えなければこの問題は解決しないし、肉体は別であっても彼が私であるという事なら浮気にもならないし三日月が躊躇う理由もない。
でも………やはり心の何処かでは納得出来ない部分もあるのだ。
それを訴えるべきだろうか…と悩んでいると、先手を取る様に三日月が動いた。
「さて…お前が面影より生じた者であるとは理解したが、同じ名では混乱してしまうな……ふむ?」
流石の三日月も、面影達を一号、二号等と呼ぶつもりは無かったらしく、ほんの少しだけ考え込む仕草を見せると、ああ、と右の握り拳で左の掌を軽く叩いた。
「かがみ……うん、輝見で良かろう。鏡より生じたお前ならば、その鏡の元の由来を名乗るのも良かろう」
「……かがみ」
請けた名をひそりと復唱している男の前髪をくしゃりと優しく掻き上げながら三日月は微笑む。
「髪型はそのままにしておれよ。神気も同じである以上、その程度の差異が無ければ流石に見た目での区別は難しいのでな」
三日月も神域を展開して己の分身を創造する事があるが、それは彼という存在をそのまま二つに分かつという事なので、今の面影と輝見の様に左右対称の姿にはならない。
故に、彼らを見分ける際にはその髪飾りの有無が役立っているのだが、面影達の場合は鏡を介しての分身(?)という事が或る意味、見分けに役立つ結果となっていた。
「では、面影、輝見……言葉の通り、裸の付き合いをしようか?」
三日月が言いながら、くい、と顎で庭園側を示す。
そこには昼間に確認していた通り露天風呂が誂えられており、彼の言葉でその意図するところを察した面影が半歩後ずさった。
「え………でも…私は…」
望みを叶える…抱く対象は輝見の筈…と心で懊悩している面影の背を押したのは、意外にも輝見その人だった。
「え、え…?」
「私はお前であり、お前は私でもあるのだ……三日月がお前を無碍にする訳がないだろう」
淡々としている輝見の口調は感情やら心情などを感じない分、状況の分析を冷静に行っている事を示唆している様だ。
その言葉を裏付けるように三日月が続ける。
「その通りだ……面影、お前だけを一人にはせぬよ。さぁ…」
「……っ」
どうしたら良いのか分からない………けれど、ここで退いたら私はおそらく今宵、三日月と触れ合う事が出来なくなる…?
それは…嫌、だ……
意識が何処か曖昧になるのを感じながらも、面影は二人に促されるままに一歩を踏み出していた………
「う……あ、ん…」
「ふぅ…っ…ん…」
「そうだ…もっと舌を出して…?」
三人共が浴衣など全ての衣類を脱ぎ捨て、暫し身体を清めて湯船でその身を温めた後……
彼らは湯船の中で立ち上がり、頭を突き合わせる形で寄り添い合いながら唇を重ねていた。
普段と異なるのはその状況と人数。
いつもなら三日月と面影二人だけで愉しむ触れ合いを三人で同時に行っていたのだ。
主導権を持っているのは明らかに三日月で、二人を前に立ち、彼らのそれぞれに甘い接吻を与えていた。
「はぁ……っ…み、かづ…き」
「ああ…そう固くなるな、輝見……面影は少々がっつき過ぎだな…」
面影と対峙している時には硬質で冷静な印象を持たれていた若者だったが、いざ事に及び始めるとその印象は一転し、緊張で身体ががちがちに固まっているのが容易に察する事が出来た。
まるで、初めて自分に迫られていた頃の面影の様だ、と思ったところで、三日月はそれが正に彼の今の状況なのだという事を悟った。
(そうか……知識や記憶は面影のそれを反映させても、肉体はそうはいかなかった様だな…)
そもそも、人の分身を創り出すだけでも相当の霊力が必要となる。
その様な奇跡を起こす事が出来たのは、あの魔鏡が人の姿を映す毎にその思念を力として溜め込み、『合わせ鏡』という条件が満たされた時に力が解放されたが故だろう。
しかし、流石に鏡の霊力を以てしても、刀剣男士の肉体の記憶までをも遡って創造する事は出来なかったのだろう。
知識として知ってはいても、体験していなければ未知の感覚に緊張して今の様になるのも当然か……
(これは、急かさずにじっくりと教え込んでいった方が良さそうだ……)
そう考えていたところで、三日月はすぅと静かに視線を水平に動かす。
「はぁ……はぁ…」
そこには、輝見と三日月の口吸いの合間に、三日月の唇を求める面影の姿があった。
先程、指摘を受けた通り、面影はいつもより随分と積極的に見えたが、その理由をうっすらと察した三日月は何を言うでもなく唯密かに笑った。
(己の分身からの視線が、なかなか良い刺激になっている様だ)
これまでの面影とのまぐわいの中で、実は若者が奥ゆかしい性格である一方で、こういう行為を見られる様な状況に興奮を覚えてしまう性癖がある事を三日月は知っている。
無論普段からそういう事ばかりしている訳では無いが、今回の様に分身に見られるという特殊な環境は、無意識の内に彼自身の興奮を煽っているらしい……
そんな若者の心を更に追い込むように、三日月が面影に諭すように囁いた。
「面影や……輝見はまだ何も知らぬ雛鳥の様なもの………もっと俺達が睦まじい様を見せて、導いてやらねば…な?」
「み……見せて…って…」
その言葉が『見られている』事実を面影に認識させ、彼の身体がかっと熱を持つ。
(自分…にこんな姿を見られるなんて……は、ずかしい……身体、火照って……)
恥ずかしいと言いながら、面影の舌の動きはより一層激しくなり、くちゅくちゅと濡れた音が二人の唇の狭間から漏れ響き、二枚の赤い舌が絡み合う。
「…………」
それを間近で見ていた輝見が我慢できなくなった様子で、二人の唇の隙間に己のそれを押し付けながら舌を伸ばしてきた。
「私も……みかづき…っ」
「あ……や、だ…まだ…っ」
外に伸ばされた三人の舌が、三つ巴の様に触れ合い絡み合う中で、二人に激しく求められた三日月が徐ろに両手を上げた。
その後直ぐに、切なげな喘ぎ声が響く。
「ふあ…っ!」
「ひぁ…あぁん…っ」
舌を動かす事を忘れた様に面影も輝見も同時に顎を上へと向け、ぶるりと全身を震わせる様を、三日月は何事も無かったかの様に見据えていた。
「お前達が愛らしくじゃれ合っていると、つい、俺も悪戯をしたくなる……どうだ? 気持ち好いか?」
三日月の上げられた両手はそのまま面影と輝見へと伸ばされ、左右各々の手指が彼らの胸に実る蕾を摘み上げ、くりくりと捏ね回していた。
「あはぁ……っ…や、ん……そこ…摘んじゃ…」
初めての刺激に身体も驚いてしまっているのか、輝見は口元に拳を押し当てて頭を振りながら混乱している様子を露にしている。
対して面影は、長く三日月に愛されてきた中で開発されてきた身体が素直に反応し、快感を受け入れながら更なるそれを求める様に喘いでいた。
「あ、あ……きもち、いい……みか、づき…もっと…」
「ああ……可愛いぞ、二人とも」
二人の各々異なる反応に満足したのか、うっとりと満足した様に囁き、三日月はそれからも更に強弱を付けながら彼らの色づいた蕾を弄り回した。
更に、交互に蕾に唇を寄せて彼らの熟れたそれに吸い付いて舌でからかい、二人の身体に情欲の炎に燃える薪を投げ入れていく。
そうしている内に若者達の蕾がより大きく鮮やかに色づいていき、それに伴い二人の声にも明らかに艶が混じってきた。
「ん……もっと強く……吸って…」
「はぁ…あ…! そんな、捻らないでぇ…大きく、なっちゃう…」
面影と輝見がびくびくと敏感に反応を返しながら訴えていたところで、三日月が不意に上体を伸ばして唇での愛撫を中断すると、二人の顔を見渡しながら何かを企んでいる様な含みのある笑みを見せてきた。
「……そろそろ違うところも好くなってきたのではないか…?」
そう言いながら彼が視線を落とした先は、三人の腰部…身体の中心だった。
「う……」
「…それ、は……」
若者達二人も、指摘されるまでもなく自覚はあったらしい。
言及されても驚きよりは恥じらいが先に立ち、どちらも直ぐに言葉を返すことが出来なかった。
「ふふ…まぁ俺もお前達の可愛い顔を見ていたら、すっかりその気になってしまったが、な…」
三日月の言葉通り、三人の全ての楔が触れられないままでもすっかり勃ち上がり、各々の頭が天を仰いでいた。
(あ……なに、これ……見てるだけで……)
三本の肉刀が触れ合える程にそそり勃っている光景は、輝見の棟の内にざわざわと形容し難い衝動を生み、一気に彼の鼓動が速まった。
どっどっど…と耳に煩い程の動悸が響き、思わず他の者達にも聞こえていないか不安になり、彼らの様子を伺う。
言及した三日月がけろっとした表情を崩していないのに対し、面影は羞恥に頬を染めながらも視線を下から外す様子は無く、瞳を潤ませながら熱い吐息を零していた。
「さぁ面影……これもしかと輝見に教えてやらねば…」
ぐりっ…
「ん、あ…っ!」
先に動いたのは三日月。
自らの腰をぐっと前に突き出した拍子に、その見事な楔が相手二人の茎に押し付けられ、表面を強く擦り上げたのだ。
途端、楔から全身に伝播する快感の奔流に、思わず輝見が声を上げて反応した。
(こ、こんな……擦っただけで……こんなに…!?)
これ程に心地好いものだとは思っていなかった輝見がその快感に身を震わせている隣では、面影もまた同様に快感を享受していた。
輝見と異なるのは、既にその快感を知っていたので、彼の様に驚く代わりに更に快感を求める行動に一足早く移ったという事だ。
「あ、ん…三日月……もっと…」
ぐりっ……ぐりっ……
初手は三日月からだったが、その後は面影が自ら動き始め、彼の腰に自らのそれを押し付ける。
そしてその動きを受け、彼らの楔が輝見のそれにぶつかり、また擦り上げる。
「あ…ああ…っ…」
初めての経験による驚愕から抜け出たら、徐々に脳内が与えられる快感に浸食されていく……
最初こそ他の二人の行為に翻弄されていた輝見だったが、その内に自らも腰を揺らして彼らの戯れの中に加わっていった。
触れられ、擦られる度に心地好いのなら、自らも動いてそれを得たら良い…当然の帰結だ。
「ははは、流石は面影の分身……覚えが早いな」
「そ、んなこと……言うな…」
覚える対象の淫らな行為を揶揄された様で思わずそう返してしまった面影だったが、相変わらず腰の揺れは止める事が出来ない。
「だがお前のお陰で、輝見も随分と積極的になってくれたぞ? そら…まだ足りぬ様だ」
促されて見ると、今や一番激しく腰を蠢かせているのは彼らではなく、輝見だった。
(きもちいい……きもちいい…! まだ、もっと…! きもちよくなりたい…っ)
見つめてくる二人の視線にも気づく余裕が無いのか、夢中で腰を揺らして自らの楔を相手方の硬い昂りに押し付け続けている。
(私……私、も…?)
自身と全く同じ顔の男が乱れている姿は予想以上に強い刺激となって脳を揺らした。
面影は激しく打たれる鼓動の中で背徳感に震えながら、混乱の中で思考を停止してしまいそうになったが、三日月がそれを許さなかった。
「ほら、もっと…」
器用に腰を揺らして二人の楔を責めながら、再び彼らの胸の蕾を弄りつつ唇でも彼らを翻弄する。
その様は、まるで堕落の世界へと人を誘う夜の魔王だ。
「ん…んふ…っ」
「ああ……だ、め……」
輝見は唇を塞がれくぐもった息を漏らし、面影は敏感な場所を複数責められその過大な刺激に慄いたが、肉体は隣の自分と同様に素直に反応している。
いつの間にか、彼らの熱い楔の先端からはとめどもなく澄んだ雫がとろとろと溢れ出し、自らの、そして隣り合う者の熱棒をも濡らしていた。
(そろそろ……か)
三日月は何かを思いついたのか、つと二人の若者達から身を離すと、ぐいっと輝見の背を押して面影へと密着させると同時に、自分は輝見の背後へと回った。
「え……っ?」
「…っ!?」
動揺して背後の三日月を振り返る輝見と、同じく男に視線を移した面影に構わず、三日月はそろりと自らの右手指達を輝見の臀部の狭間へと差し入れると、その奥に潜む秘穴へと触れさせた。
「ひ…っ!」
途端、相手の身体が石の様に固まる。
知識として知っていても経験は無いのだろう、という三日月の憶測が正しかったと、今の輝見の反応が証明した様なものだった。
がくんと限界まで仰け反り、三日月の指から本能的に逃れようとしたのだろうが、既に前面を面影によって塞がれていたので逃げる事は叶わなかった。
その隙を突いて、三日月の細い指先がゆっくりと肉穴の周囲の柔らかな皮膚を円を描く様に撫で回し、緊張を解していく。
「あ、あぁ……っ」
「恐れるな……すぐに好くなるのでな……さぁ、面影?」
「え?」
「お前も、もう一人の自分を慰めてやると良い……今のお前ならば出来るだろう?」
『昔、やり方は教えただろう?』と、三日月の瞳が語りかけてきた様で面影は何も言えなくなり、暫しその場で逡巡してしまう。
(それは……この輝見よりは、経験はあるけど……)
それでも、そんな……自分からそんな恥ずかしい行為を仕掛けるのは……と思いつつ目の前の分身を見ると、こちらの懊悩などまるで気付いていない様子でひたすらに身を震わせて瞳を固く閉じていた。
「……っ」
もし相手が自らの姿とは異なる存在だったのなら、まだ踏ん切りがつかなかったかもしれない。
しかし、髪型が対照的なのを除けば自分そのものである存在が、快感に惑い、慄いている姿を見た時、面影の胸中に去来したのは過去に三日月に同様に迫られている自分だった。
(……あの時の……私…)
それを認識した時、面影の中で何かがぷつりと切れた気がした。
何が切れたのかと説明する事は難しいが、輝見に対する遠慮が薄れた様な気がした面影は、初めて自ら相手へと手を伸ばしていった。
「輝見……」
そう言えば、相手の名を呼ぶのも初めてかもしれない…と思いつつ、面影はその手の動きを止める事無く、自らの身体も相手へと擦り寄せる。
「え……あ、あっ…!」
菊座を変わらず三日月から弄られている一方で、続いて面影から前から迫られ、二人の分の楔を重ねられてぐっと掌中に握られた輝見が短い悲鳴を上げた。
「こ、れ……っ? あ、なに……?」
「…大丈夫だ……お前が私なら分かっている筈だ……これから先は快楽しかない、三日月を信じて力を抜け…」
過去、三日月に触れられ怯えていた自分自身にそう言い聞かせるように……
面影はぐっと握り込んだ二本の楔を擦り上げながら、続けて互いの胸の蕾同士も重ね合わせてそれらも上下へと擦り上げた。
「あ、あ、あ〜~っ!」
思わず両足が脱力してしまいそうになり態勢が崩れかけた輝見だったが、前に立っていた面影に寄り掛かる形で未然に防がれる。
そんな面影からの悪戯で無防備になった輝見の隙を突くように、秘孔の周囲を撫でていた三日月の指がつぷりと初めて奥へと侵入を果たした。
「ひぅ…っ」
引き攣った声が上がっても、三日月の悪戯な指は構わず、しかしゆっくりと粘膜を傷つけないように慎重な動きで根本まで埋め込まれていく。
(ふむ……やはり少々固いな…じっくりと解してやらねば…)
相手にとっては初体験になるのだから当然の話である。
面影の分身である輝見だからこそ、同様に大事に扱うつもりだった三日月はそう考えながら前の二人の様子を確認すると、一度は三日月の侵入に身体を固くした輝見だったが、重ねる様に口吸いと胸や楔への愛撫を面影から与えられ、そちらへと再び意識を向けさせられている様だった。
「…好い…だろう……?」
先程までは三日月の促しに押される形で動いていた面影だったが、今は輝見の姿を過去の自分に重ね合わせているのか、自らあやすように相手に囁きながら淫らな悪戯を続けている。
そして輝見も面影の言葉にこくこくと素直に頷きながら口吸いに応え、悪戯に対して素直に身体を揺らして悦びを表していた。
「う、ん………あっ…いい……」
まるで二匹の子猫達がじゃれ合っている様にも見えて、思わず三日月が唇を歪める。
「ふふ、俺を除け者にしてじゃれ合おうとは……これは、しっかりと躾けてやらねば、な」
くちゅ……くちゅ、くち…っ
「んんっ…! ふぅ~…っ! あはぁっ……そ、そこ、は…だめ…っ! 何か…ヘン…」
三日月の指が肉壁を擦り上げながら深く侵入し、或る部分を強く押してやると輝見もまた同様に強い反応を返す。
ほぼ同時に彼の楔の先端からもとくんと一際多量に熱い雫が溢れ出して面影の手を濡らした。
(ああ………きっと…)
今、彼は三日月にあの敏感な場所を責められているのだろう…と察すると、面影の下半身に鈍い疼きが走る。
(羨ましい……私にも……して、ほしい…)
あの擦り上げられる際の快感を知っているだけに、それを想像するのも容易であるため、面影は自らの記憶によって苦しめられる事になってしまった。
「ヘン、ではないだろう? お前の身体は分かっている筈だ…」
ずりゅ…っ!
「ひゃうう…っ!?」
思い知らせるように三日月の指が一際強く雄の泣き所を押しながら擦る。
途端、輝見の悲鳴と共に彼の目尻からは涙が零れ、肉棒からも透明の液体が小さく噴き出した。
「あ…あ、あ…っ」
「~~っ」
過剰な快感に喘ぎ悶える若者の姿を見て、いよいよ我慢が出来なくなったのか……
「ん……っ」
面影は空いていた左手を背後へと回すと、そのまま自らの淫穴へと差し入れ、急く様に奥へ奥へと埋めていった。
本当は、三日月の指が良かった。
しかし、今の自分達の態勢ではそれは無理だから……肉体の飢えを誤魔化すにはこうするしかない。
「ああ……ん…」
入浴した後での行為だったので、指も菊座も水分を吸って湿っており、然程抵抗もなく指は奥へと呑み込まれていく。
空虚を指で埋めていく充実感と、粘膜を刺激されて生じる快感…しかし三日月による愛撫は得られない不充足感で脳内が沸騰しそうになりながら、面影は夢中で指を体内で蠢かせた。
そうしている間にも輝見との戯れも続いて行われており、同じ顔の若者達二人は似た快感を共有しながら淫らな合唱を披露し、三日月の目と耳を大いに愉しませた。
「……ほう」
初めは頑なだった輝見の肉洞が、今は徐々にその抵抗を解除し、緩やかではあるが指を包み込んでいる肉襞が媚びる様に蠢き絡み付いてきている。
こんなに順応が早いのは、彼が面影の分身であるという『素質』の他に、面影から受けている愛撫で余計な緊張感が解けているからだろう。
(絶景だな……)
自分が指で翻弄している若者は確実に快楽へとその身を落としつつあり、元の人格である面影からも悪戯を受け、乳首と肉楔を擦り付け合って意識が蕩けつつある。
そして面影もまた輝見に愛撫を施しながら自らの肉欲に飢え、夢中になって相手に身体を押し付けながら淫らな指遊びに興じている。
これ程にふしだらで美しい光景もそうあるまい。
「…此処も、柔らかくなってきたな……」
しかし、まだ自らの雄を挿入するには早いだろう………それに………
(そろそろ輝見の足が限界の様だ……)
過度な緊張と快感に、筋肉が過剰に張りつめていたのだろう若者の両下肢ががくがくと震えて今にも頽れそうになっているのを察して、三日月は次の行動に移る。
「二人とも…そのまま…」
「あ……?」
「……?」
若者たちを翻弄した魔王が優しく二人の身体を湯船の隅へと追いやるとそのまま押し倒す。
その結果、仰向けになった面影の上に輝見がうつ伏せの状態で重なる形となった。
面影の膝下は依然湯の中に浸かり、輝見は両膝で面影の腰を挟むという変則的な態勢だったが、湯船の縁と洗い場の境目は僅かな床材の高低差のみに留まっていたので、彼らの身体にそれらが負担を掛ける事はない。
それを確認した三日月は、未だ二人が自分達の状況に戸惑っている隙に彼等へと近づき……
「俺も仲間に入れてくれるか…?」
ずりゅ……っ
二人の重ね合った肉楔の間に自らのそれを割り込む様に挿し入れた。
「あ……」
「う、んん……っ」
三日月の熱く固い楔に、二人の肉棒の敏感な裏筋を擦られ、同時に甘い声が漏れる。
「うむ……二人とも、良い子だ……心地好いぞ…」
三日月本人の口からも熱い吐息が漏れ出している事から、その言葉に偽りはないのだろう。
より深く強く快楽を求め、与える様に、それからも繰り返し三日月の腰が力強く前後し、その度に三日月の頑強な雄がごりゅごりゅと二人の若い雄の弱点を責め抜いていき、彼らの嬌声を絶え間なく響かせた。
「ん、あああ~っ! み、かづき…の…かたくて………ああん、つよすぎぃ…っ…!」
「これ、だめ、あっあっ…! そんなはげしく、うごかしちゃ…っ!!」
三人の身体が揺れる度に湯船の中に激しい小波が立ち、水音が連なり、それらが男達の触れ合う音を掻き消したが、それで彼らの快楽までもが消える訳でもなく、寧ろ、三日月の動きが速まるに従い、いや増していった。
そして………
「は……ぁ…っ! あっ…やぁ…っ! からだ…へんっ……お、オ〇ン〇ンから、なにかでる…っ! あああ、とまらない…っ!!」
一番初めに限界を迎えたのは、全てが初体験と言える輝見だった。
現世に分身として現れてから初めての射精……精通である。
「かが、み……っ」
「ああ、良いぞ……俺達が見ていてやるから好きなだけ射精すと良い…」
自らと同じ顔の本体に間近で見つめられ、背後からは愛しい男に抱き締められ甘く囁かれながら解放を促される……
一体誰がこの様な背徳的な誘惑に抗えるだろう。
「あ、あ~~……っ!!」
全身の筋肉を突っ張らせ、ぐっと腰が前に向かって突き出されたのは無意識の行動だった。
今その様な姿勢である事も理解する事無く、輝見の視界が眩い光に支配され、彼は遂に限界を突破した。
「い……っく…いくっ!!」
身体の中心の更に奥を走り抜ける熱の塊が勢い良く体外に放たれる感覚……雄としての生殖本能がもたらす快楽は、輝見の知識や予測を遥かに凌駕していた。
鏡の中から生まれ出たばかりだというのに、まるでその姿になるまでの年月の間に熱を溜めていた様だ。
それ程までに奔流は止まる事無く幾度も迸り、その濁液は他二人の楔をも濡らし、穢していく。
(あ…あたま、おかしくなるっ…! きもちいいの、とまらないっ……)
射精する度に、脳天に響く衝撃で気を失いそうになる……のに、快感がそれを許してくれない……!!
(こんな……こんなに、きもちいい…なんて……)
長く長く続いた射精がようやく落ち着こうとしていた時、遅れる形で面影の一際大きな嬌声が響き、輝見の意識を揺り戻した。
「あ、あああっ…! わたし、も…っ」
その訴えと同時に面影の身体が小刻みに戦慄くのが柔肌越しに伝わって来て、相手に視線を移すと、瞳を固く閉じて何かに必死に耐えるような…それでいて艶っぽい、薔薇の様に赤く染まった顔に目を奪われた。
もう一人の自分なのに、そんな相手に心が昂ってしまうのは何故なのか……
そんな疑問が浮かぶと同時に、何処か納得してしまう。
ああ、これだけ美しい姿で悶え、啼くのなら、月の神に愛されるのも当然だろう、と。
「ん……っ、くぅ…」
明らかに達したのだろうという事が分かる相手の反応だったが、当人の面影は何処か切なげな表情を浮かべて見下ろしてくる三日月へと視線を向けていた。
「み、かづき………おねがい…っ…前だけじゃ、もう……っ」
「おや……自分が見ている前ではしたない事だな」
「や、やだ…言わないで……っ はやく、もう…っ」
頭を激しく振り、三日月の揶揄を払う様に、影は必死の様子で願う。
二人きりであればもしかしたら既に三日月と身体を繋げていたかもしれない。
しかし、今は輝見という存在が在り、彼もまた三日月から寵愛を受けている姿を見せつけられ、面影の肉欲は最早限界を超えつつあった。
「……ふむ?」
全てが初めてである輝見には、より深い行為までにはもう少し時間を要するかもしれないが、面影に関してはこれ以上長く待たせるのは酷というものだろう………
面影には何処までも甘い三日月は、無用のお預けは仕掛けるべきではないと判断したらしい。
ぐい、と面影の湯船に浸かっていた下腿の間に身を割り込ませると、両足首を抱えて相手の頭側に膝を折り曲げさせた。
その動作に従い、面影の下半身が上を向く形になり菊座が露わになると同時に、彼の身の上に横たわっていた輝見の下半身も、両脚を広げる形で上を向く姿勢となった。
「…輝見よ、お前を可愛がるのはもう少し先になる……お前を傷つけぬ為にも、もう少し辛抱してほしい…」
くちゅり……
「んあ……」
そう言いつつも、輝見を放置するつもりはないらしく、三日月は再び指を輝見の雄穴へと差し入れた。
既にある程度解していた事から今回は一度に二本の指を挿入したが、特に抵抗もなくすんなりと呑み込まれていく。
「あ…はあぁぁ……っ」
最初程に緊張した様子は最早なく、輝見も確実にその行為がもたらす快感を覚えつつある様だった。
「さて………待たせてすまなかったな、面影」
指で輝見を慰めながら三日月はより前へと身を進め、露出している面影の淫穴に自らの雄の先端を押し付けた。
二人を射精に導いた後も三日月のそれは尚固さと角度を保ち、獲物を狙う獣の様にその口から涎を零している。
「あ……」
求めていたものが与えられる……
その期待と歓びに面影の口からは愉悦の声が漏れ、押し付けられた肉の楔を早く呑み込みたいとばかりに淫穴がひくんと蠢いた。
「よしよし……共に心地好くなろう…」
優しい言葉と共に三日月の楔が淫肉を押し開き、奥の肉洞へと侵入を果たしていくと同時に、甘い面影の溜息が深く深く吐き出される。
「あああぁ………きて…もっと……奥…っ」
「そう締め付けるな…ふふ、二人とも、やはり欲張りなのは同じだな」
愉し気にそう評しながら、三日月がその欲張りな二人の身体を満足させるべく動き出した。
くちゅ……くちゅ……
ずりゅっ、ぐちゅんっ、ずちゅ…っ
(あ、あ……内で、指が暴れて……へ、ヘンなところ、ぐりぐりって……)
前立腺を刺激される度に走る快感に喘ぎながらも、まだその快感に馴染んでいない所為か『好い』ではなく『変』だと評していた輝見だが、身体は確実に三日月の『教育』を受けて変わりつつある様だ。
瞳はとろんと潤み、口は半開きでそこから赤い舌が何かを求める様に突き出され、湯気が見えそうな程に熱い息を吐き出している。
そんな彼の視線の先では、同じ顔をした面影が三日月の肉棒を受け入れた快楽に身悶える姿があった。
「あ、ああ……いい、好い…っ! 三日月…の、オ〇ン〇ン……きもちい……!」
「ああ、俺も好いぞ……根元まで喰われて、今にも搾り取られそうだ……ふふ……」
指で弄られるのとは異なるタイミングで聞こえる水音と、それに合わせて揺れ動く彼らの肉体……そして悦に浸る彼らの会話を聞いている内に、輝見は指で弄られている淫穴の奥が徐々に疼きを覚えるのを感じていた。
(私まで……段々…ヘンに……)
快感に悦んでいるだけだった身体が、何かが足りないと、欠けていると物言わぬ声を上げようとしている……?
いや、肉体だけではない。
先程から聞こえて来る三日月と面影の睦まじい会話を聞いていても、彼らが今正に体験している快感を思い、ざわざわと心がざわめいてくるのだ。
(そんなに……好いのだろうか………指で、されるより……?)
少しでもその程度を窺おうと目前の面影の表情を見ていると、その蕩けた様子が輝見に淫らな期待を抱かせる。
(私も………したい……)
くちゅり……っ
「ひぅ…っ!」
自分の思考に耽っていたところ、不意打ちを受ける形で三日月の指が更に一本増え、思わず輝見の声が上がる。
「……いけない事を考えていたな…?」
背後から被さるように降ってくる三日月の声が、全て見通していると暗に語っていた。
そんな彼の声の向こうでは、相手が面影を繰り返し貫いているのだろう淫音が繰り返し響いている。
「う、あ……だって、ぇ…」
二人がもっともっといけない事を眼の前でしているからだ、と弁解したくても、相手の指先が身体の内側を蹂躙してその訴えを塞いでくる上に、面影が目の前で犯されながら悦びに啼き、善がっているのを見ると、何かを言う前にただ見入ってしまう。
「……ふむ……お前の此処も、その気になってきたか…?」
これまでは三日月の指が積極的に頑なな肉壁を解す為に蠢いていたが、此処に来て徐々に輝見の身体の反応が変化してきたのを感じ、三日月がほくそ笑む。
拒絶から次第に順応してきたのは湯船の中に立っていた時から察していたが、こうして押し倒してからは、おっかなびっくりという感じではあるが、向こうの肉壁がこちらの動きに合わせ、媚びる様に絡みついてきていた。
おそらくは自分と面影とのまぐわいを目の当たりにしたからだろうが…と、改めて後ろから輝見の様子を窺うと、その見立てが正しいと言うように、相手はもうこちらには全く意識も向けず、目の前で悶えているもう一人の自分だけを見つめていた。
「ん、ああっ…! ひ、あ…そこぉ……いい…もっと、激しく…!」
(すごい…気持ちよさそう……したい……私も、はやく、したい…!)
当人の心の動きが身体に伝播したのか、輝見の腰が物欲しげにくねるのを見た三日月がくすりと笑い、相手の耳元で囁いた。
「お前も面影を好くしてやるがいい…出来ること、あるだろう?」
「!」
こうして面影と三日月が繋がり合っている限り、自身の望みは叶えられない。
つまり、己の欲望を叶える為には面影を達かせて満足させなければならない、という訳だ。
「おも……か、げ…」
肝心の面影本人は、輝見の心中など知らない様子で三日月の雄からの責めに悶えている。
「あ、あぁぁ…! やぁ…あっ! ん…い、く……もっ、いきそ…う」
どうやら向こうの限界はもうすぐそこに迫っている様だ。
逼迫している様子の面影が自らの絶頂の訪れを予感し、誰にともなくそれを訴えていた。
「…っ、面影…っ」
三日月に唆されたという形だが、自らも強く望んだ様に輝見も面影に手を出し始める。
湯船の中では三日月がやっていた様に、右手では面影の胸の蕾を弄り始め、もう片方の蕾には唇を寄せ、左手は下半身に伸ばして相手の固くそそり勃った肉刀を掌に包み込んで擦り上げた。
「ひぃ…っん! あ、あっ! かがみ、やぁ…っ、もっ、いきそう、なのに…っ!」
急に加わってきたもう一人からの悪戯に面影が動揺して身体を揺らすが、二人がかりで抑え込まれている様な状態なので無論、逃げることは叶わない。
その間にも輝見は手の動きを止める事無く、寧ろより積極的に面影に触れ始めていた。
「達けばいい……」
面影が達したら、次は指では我慢出来なくなっている自分にも……
淫らな希望を胸に隠しながら、面影の訴えとは逆に一層の強さと激しさを持って愛撫を続けていくと、その動きに合わせて三日月も肉棒の抽送を速めた様に感じられた。
「ふふ、好いだろう? 面影……俺からも、自分からも、こんなに可愛がってもらえて…」
ばちゅっ、ばちゅっと背後から聞こえる音に合わせ、自らの臀部に三日月の引き締まった腹筋が強く押し付けられるのを感じながら、輝見は肉穴の奥の指先達の蠢きを受け、まるで本当に彼の分身によって犯されている様な錯覚に陥りそうになる。
違うと分かっていても、そうあってほしいと願う心が己を騙すように自身と三日月が繋がっている架空の光景が脳裏に浮かび、輝見の身体の熱も一気に高まっていった。
その熱に迫られ、思わず擦っていた面影の肉棒に自らのそれを押し付け、二本を纏めて握り込んで擦りだす。
「あ…っ…あ、もっ……わ、たしも…っ!」
輝見本人は無意識だったが、そこで肉襞が一気に三日月の指にきつく絡みつき、彼の状態を正直に相手に伝える結果となった。
「おお、お前もか…? 本当に仲が良いのだなぁ、お前達」
それを知った三日月がそれなら、と考えたのか、輝見の肉洞と面影のそれに対する蹂躙の激しさを増していき、若者二人の言葉は最早紡がれずに唯、獣の様な啼き声だけが響いた。
「あ、あ、だめぇ、もっ、い、く、あぁ〜〜っ!!」
「ん、んん〜〜〜っ!!」
ほぼ同時に若者二人ともが絶頂を迎え、並んでいた二本の楔から精が噴き出し彼らの腹部を穢した。
そして……
「ふ………っ」
息を詰め、瞳を固く閉じた三日月が上体を前屈みにしながら面影の腰をしっかりと掴み、一気に自らの男根を解放させた。
びゅるるるっ!! びゅる、びゅるっ!!
「あ、あぁ……みかづき…あつい…っ!」
「まだだ……っ」
射精が終わっても尚、三日月は掴んだ相手の腰を離さず、ぐりぐりと腰を回して肉棒の先端で秘肉の奥に精を送り込んだ。
「ああぁ〜〜〜っ! いくいくいく…っ!! また、すごいのくるぅ…!!」
その深奥への受精を受け、面影は再び絶頂へと誘われ、自らの楔から勢い良く潮を吹いた。
肉棒から透明な液体が幾度も放たれ、びくびくと全身が震える面影の身体にたっぷりと種を注いだ三日月がゆっくりと身を離す。
「み…みかづき……」
絶頂を迎えた面影がくたりとしどけなく身体を横たえている一方で、輝見は切なげに後ろの男を振り返り、自らの左の臀部の肉を掴んだ。
「私も……」
全てを言うまでもなく、その姿を見れば何を望んでいるのかは明らかであり、その意図を汲んだ三日月は優しく微笑む。
そして何故か、自分達の立つ場所から少し離れた所に誂えられていた温泉の湯口へと近寄り、そこから直接湯を掌で掬い取った。
そしてその掬った湯を自らの口元へと運んでそのまま飲み干していく……と……
「ほう……これは」
聞いていた以上だな……と内心感心する三日月の目の前で、頭を下に垂れていた肉楔が見る見る内にその勢いと硬さを取り戻し、『戦闘』準備が整った。
飲めば精が漲る……
あの番頭頭が言っていた『神水』の効果は確かに言葉の通りだった様だ。
「さて……いつまでも此処で戯れるのも、お前達には辛そうだな…ほんの少しの辛抱だ。立てるな?」
「あ………ああ」
「面影は……まだ無理そうだな」
それでは…と、三日月が軽々と面影を横抱きに抱き上げると、悠然と客間の方へと戻っていく。
そして、輝見はその後ろを小走りに付いて同じく部屋の中へと戻って行った。
整然と整えられた布団の上に面影を下ろすと、ようやく身体を動かせる程には回復した彼がゆっくりと身を起こして三日月へと身体を向けると、そんな相手に相手が声を掛ける。
「…面影、お前もこちらへ……今度は輝見を気持ち良くしてやろう」
先に激しく抱かれ、肉欲が満たされた結果だろうか、面影はその言葉に異を唱える事もなく素直に頷く。
「さぁ、輝見…楽にせよ」
「ん……」
三日月の差し出された手に己のそれを乗せ、促されるままに輝見は布団の上に仰向けに横たわる。
そんな若者の脚側には三日月が座し、そして頭側には面影が座す形になった。
「………っ」
それまでは三日月に抱かれる事を望んでいた輝見だったが、流石に何も見ないままに全てを受け入れる程の勇気はなかったのか、ぐ、と首を限界まで屈めて三日月が何をしようとしているのかを確認しようとする。
そんな若者の様子を見ていた面影が、そっと相手の頭を両脇から挟む形で持ち上げるとそのまま自らの膝枕に乗せてやった。
すると、自力で姿勢を維持する必要がなくなったお陰で輝見の身体から無駄な力が抜けたのが目視でも確認出来、三日月はそれを受けて笑みを深めながら輝見の両膝に手を掛けた。
「あ………っ」
三日月の手に力が込められ、ゆっくりと両下肢を広げられていくのを認識しながらも、輝見の目は相手の視線の先に釘付けだった。
(…み、られて…る……どうしよう……胸が煩い……)
三日月が自らの開かれた脚の奥へと目を向けているのを感じるだけで、身体が反応して熱くなっていき、動悸が激しくなる。
それだけではなく、雄の証も視線を受けただけで小さく蠢いていたのが徐々に頭をもたげようとしていた。
楔の恥ずかしい反応を止めたいと思いながらも身体を動かす事もままならず、輝見は月の美神にされるがまま脚を開かれたのに続き、膝を限界まで折り曲げさせられる。
「や、ぁ………」
続いて両脚の狭間に三日月の身体が割り入り、それに伴い下肢を腹に付けるように持ち上げ続けると、輝見の菊座が明らかに晒される形となった。
(ああ……っ……これから……私……も…)
遂に『その時』が来たのか、と思うと無意識に喉が鳴った。
再び身体が緊張で固くなりつつあったところで、さわりと輝見の髪を面影が優しく掻き上げた。
「大丈夫だ……私の分身なら、分かるだろう?」
三日月が、必ず悦楽をもたらしてくれることを……
「う………っ」
否定できない面影の問いに吃っている間に、三日月の身体はいよいよ輝見のそれに密着し、熱い肉の切っ先が若者の淫穴に触れた。
(あ…っ…熱い……っ)
神とは言え、今宿っているのは人を象った肉の体なのにこんなに熱くなるものなのか……
初めての体験…しかも自らの身体の内側に他者を受け入れるという生々しい行為に身が震える。
「挿れるぞ……力を抜け…」
ぐぷり………
「ん……っ!」
挿入ってきた………!!
(ああ、固くて、すごく大きい…っ! こ、こんなの…本当に全部入るの、か…?)
疑惑が湧き上がると同時にそれは輝見の胸の奥に不安を生んだ。
身体に余計な力を入れては、より負担が掛かってしまう…それは頭では分かってはいるのに、どうしても身体が構えてしまう。
どうしたらいいのか、混乱して思考が纏まらない輝見が身体を硬直させていたところで、助け舟を出したのは己の本体でもある面影だった。
「力を抜くんだ……そう、そのまま…」
「あ…っ」
見下ろして様子を窺っていた面影が輝見の緊張を察したらしく、上から両手を相手側に伸ばしたかと思うと、まだ興奮が治まり切らずに尖っていた二つの蕾に触れてきた。
「好い、だろう…?」
「う、あぁ…っ…その、触り方……だめ…っ」
最初は軽く触れるだけだった白い指先たちが、桃色に熟れた果実を摘まんで丸薬を丸める様な仕草で捏ね回し始める。
まるでこちらの微妙な感度を正確に読み取った様にその力加減は絶妙で、輝見はたちまち三日月よりもそちらへと意識を向けさせられる事になった。
それも当然と言えば当然の話。
そもそも輝見本人が、面影との合わせ鏡で生れ出た彼の分身なのだ。
故に身体の感覚が面影と同一なのは、容易に想像出来る。
つまり、面影が自分好みの悪戯を仕掛ければ、それは輝見にとっても最高の刺激になるという事なのだ。
「んん、あ、ふ……っ」
一度は湯船から上がった身体が、早くもじわりと汗を滲ませながらしなやかにくねる様はあまりにも妖艶で、その様は三日月のみならず分身である筈の面影本人の目すら惹きつけた。
「……美しい、だろう?」
「っ!?」
愛撫の手は休めないままもう一人の自分の媚態を見つめていた面影に、三日月が声を掛ける。
吃驚した表情を隠せずにこちらを見上げてきた恋人に、三日月はおや?と面白そうに首を傾げてみせた。
「おや、己の身なのに気付かなかったか? いや、だからこそ身近過ぎて気付かなかったのか?」
そして、ゆっくりと輝見へと顔を向け、得心がいったとばかりに頷いた。
「ああ、だが確かに自分が善がっている姿を見ることは出来ないからな……輝見よ、もっと乱れる姿を面影にも見せてやれ…俺が焦がれて止まない、お前と同じく美しい男の姿を」
「ひぁ……っん」
乱れる事を促すように三日月が再び腰を前に進めると、これまでの面影の助力のお陰なのか、ぐっと勢いのままに突き出された三日月の肉棒…その雁首が肉洞の内へと収まった。
「ん…っくぅ……おっき・・・ぃ」
はぁはぁと熱い吐息を繰り返し漏らしてそう吐露する輝見の火照った顔を見ると、眉こそ寄せられていたものの苦痛のみが身体を占拠している訳ではない様だった。
半端に開かれた口の端から唾液を零し、三日月を受け入れようとしている自らの中心を見つめながら、若者は知らず体内の淫襞を蠢かせている。
「ああ、すまんなぁ……酷くしたくはないのだ…ゆっくりと、な…」
それからも、面影の悪戯で余計な力を込める事もないまま、輝見は相手の言葉の通りにゆるゆると体内に侵入してくる三日月を受け入れた。
ずっずっと少しずつ体内で存在感を増してくる雄の逞しさに、輝見は身体を揺らしながら声を漏らし、その感覚の生々しさに震える。
(ああ……本当に、内に挿入ってきてる……もう、お腹の中が三日月だけになって……)
「ふむ…よく耐えたな………直ぐ、好くしてやろう…」
ふぅ…と軽く息を吐き出しながらそう呟いた三日月が、これまでの緩やかな動きから一転、一際強く、深く、自らの楔を相手の体内に打ち込んだ瞬間…
ごりゅ…っ!
「ひゃう…っ!!」
通常では絶対に上げないだろう悲鳴が輝見の口から上がった。
そんな声を自分が上げたのだという事実を後から認識しながら、彼は視界にちかちかと白く輝く星々が舞うのを見た。
勿論、現実のものではなく、身が受けた衝撃が強すぎて脳が誤作動を起こした事による反応だった。
(な……なに…っ、今、の…っ!)
肉洞の或る場所を男の雁首が強く圧迫した事で、若者の全身に雷が走るような衝撃と快感が走ったのだ。
それが何なのか、何故生じたのかを頭で理解する前に、再度三日月が腰を動かす。
ずりゅ……
「ひ、うぅぅ…っ」
或る場所を過ぎても尚、奥へ奥へと侵入してくる熱の存在感が膨張してくる事を感じた輝見が、言葉に表せない不安を感じて上へとずり上がろうとする…が……
「輝見……」
「あ……面影……」
頭を自分の膝の上に乗せていたため、殆ど移動が出来なかった分身を、面影が熱っぽい目で見つめる。
輝見が現れた当初こそ困惑し、内心、苛立ちに近い感情を抱いていた彼だったが、今は随分とその心情に変化が生じていた。
その切っ掛けになったのは、何よりも相手の行動が自らの過去の記憶と重なるという事実を認識した事だろう。
三日月に対して自分より遥かに大胆に迫った彼に嫉妬とも言える感情を抱いた。
そんな相手に自分と同じ様に優しい言葉をかけて望みに応じる三日月にも、少なからず心に小波を立ててしまった。
しかし、二人の戯れに半ば強引に付き合わされる中で輝見の事を見ている内に、面影も三日月の言葉を受け入れることが出来るようになったのだ。
(この男は……過去の私、なのだ……)
何も知らなかった過去の私…その無知故に、恥じる事もなく三日月に抱くことを強請った。
そして、知識として知っていた行為の、予想以上の快楽に今は慄いている……
姿形だけが同じという訳では無い…あの魔鏡が起こした奇跡はその逸話通り、もう一人の『面影』を生み出した。
目の前の彼が自身の片割れの様な存在だと改めて認識したら、三日月が相手を可愛がる事にも心が揺らがなくなっていた。
何故なら、彼も私、なのだから。
(そうか……三日月にとっての私達は、私にとっての若月と眉月なのだ…)
三日月が身を分けて、二人の彼になった時……そう、その時も私は今の三日月の様に彼らの立場に相違があるとは思わなかった。
それなら、自らの片割れでもある輝見を私が受け入れないという道理はない。
(不思議な感覚だ………同じ顔をしている自分の分身を…可愛い、と思うなんて…)
頭を押さえられて身体の自由をほぼ奪われ、動揺を見せつつこちらを見上げてくる輝見は、自分と同じ顔はしているが、随分と幼い様に見える。
それはきっと、長く三日月に抱かれた経験を重ねた己との差なのだろう。
(わ、私も……初めての頃は……こんな風に見えていたのか…?)
何だか気恥ずかしい…と思っていると、ひた…と自身の膝に何かが触れてくるのを感じてそちらへと視線を移すと、相手両手を上げて膝へとしがみついていた。
分身の心情を思えば、そうしたい気持ちも理解出来る。
逃れられない分、何かに縋っていたいのだろう。
「…輝見…心配は要らない……直ぐに、もっと好くなる……直ぐにお前も…私になる…」
今の私の様に……三日月に犯される快楽を教えられ、悦びを知るだろう……
何も知らないまっさらな身体から、あのめくるめく快楽の軌跡を辿ることが出来るのだろう相手の未来を考えれば、羨ましいとすら思えてしまう。
「私も…手伝う、から……」
「あ、ああぁ…っ…やぁっ…ふ、二人とも…っ、そんな、すごすぎ…っ…!」
三日月の肉刀が狭い肉洞を切り裂く様に圧し進んでいる一方で、面影の指が変わらず胸を這い回りつつ蕾をからかい遊んでいる刺激は、初めての輝見の身体を徐々に、確実に蕩けさせていく。
雁首が若者の敏感な箇所を通り抜けた後は、その先端が奥の肉壁を圧し開き、更に奥の熱い粘膜を擦り、内側から征服していった。
「くふぅ…っ…そんな…に、来ないでぇ…っ」
犯してくる昂ぶりの熱に体内から溶かされそうな錯覚に陥り、混乱の中で輝見が訴えながら身を捩ったが、三日月は寧ろより一層腰を前へと突き出した。
ずぐんっ…!
「ひぁん…っ!!」
「逃げられぬよ………もう挿入っているからな…根元まで」
ぐぐぐ…っと肉棒が圧迫してきた事で、輝見の目に涙が浮かび、限界まで息が吐き出される。
しっかりと指で肉襞を解されていたお陰で、苦痛らしい苦痛は経験せずに済んだが、隆々と成長した雄からの圧迫感はどうしようもない。
「あ……みかづき、のが……ここ、に…」
そっと輝見が手を自らの下腹部に当てる。
この奥に三日月の雄が在るのだろうと感じながら、すり…とその皮膚の表面を撫でる彼の姿は、見ていた者達の劣情を煽るのには十分な威力を備えていた。
「全く……狡い誘い方をするのも似た者同士、か…」
挑発を受けた様に愉し気に笑い、三日月がゆっくりと埋めていた肉棒を引き抜いて行く…と、雁首を内に残したところで再びゆっくりと挿入していく。
「あ、あ、あ~~~っ…」
またも狭い肉穴を押し広げられる感覚に声が漏れた輝見だったが、最初の時とは何かが異なっていると、敏感に感じ取っていた。
ほんの少しでも身体が…内の粘膜が馴染んできたのだろう。
最初の時の挿入よりもより滑らかに肉棒が動いて奥へと向かってきて……また、雁首があの敏感な箇所を擦ってきた。
「ああ…っ!」
「うむ…知っておる……此処、だろう?」
そのまま腰を進めると思っていた男がそう言いながら動きを止め、半ばでまたも腰を引き……そしてまた前へと進める。
ずりゅっ……ずりゅっ……ずりゅっ……
明らかに意図的に、三日月は輝見の雄の泣き所を繰り返し責める様に、幾度もそこを亀頭で刺激し続けた。
「あ、あ…あああ…っ! やだぁ……そこ、そこばっかり……っ!! んはぁぁっ…」
若者の肉体は、拒む言葉とは真逆の反応を示す。
頑なさを残していた肉襞が繰り返し雄を受け入れている内に、やがてそれを受け入れる事を許容した様に柔らかく、うねりをもって包み込んできた。
そして肉棒が動く事でその抱擁が解かれると、別れを惜しむ様に茎へと絡み付いてくるのだ。
雄の味を知り……それが甘美なものと知り……そして忘れられなくなっていく………
そんな相手が味わっているだろう快楽を思いながら、面影は背中にぞくぞくと甘い戦慄が走るのを感じていた。
(気持ち、良さそう………)
素直な感想を抱きながら相手の乱れる様を見ている内に、彼の心中にふと昏い欲望が生じてくる。
(もっと…気持ち良く……乱れさせてやりたい………)
誰かが肉欲に溺れて悶えている姿は、見ている者にとってもこの上ない媚薬になるのだと知っているが故に、そんな思考に辿り着いたのかもしれない。
しかしそれについては深く考える事無く、面影は久し振りに手を相手の胸から離すと、それをそのまま彼の下腹部へと移動させた。
先程まで本人が自らの手で押さえていたその場所を、面影が指で押さえてぐっと強く押し込むと、びくんと輝見の身体が激しく跳ねた。
「んあああっ!!」
声を抑えるという意識すら湧く前に、悲鳴が上がっていた。
間違いなく、これまでで最も大きな快感だった。
「はっ…はっ……! やっ…なに……いま、の…っ」
ちかちかと視界が煌めくのを覚えながら輝見が呼吸も荒く誰にともなく呟く様を、三日月は笑みを浮かべながら見つめ、その視線を面影へと移した。
「面影も、興が乗って来た様だな…」
自らが肉壁越しに相手の前立腺を擦っているところに、面影が指でその部分を上から押し、上下から男の敏感な器官を挟み撃ち、刺激してやったのだ。
その快楽は男根のみで責められている時のと比較にもならなかった。
「内も程よく蕩けてきた様だ……今も、俺のに縋る様に絡み付いてきて………ふふふ、いつまでも此処に留まっていたくなる…」
焦らしたいのか、それとも本心からなのか、その言葉に準じる様に三日月は更に腰を動かす幅を狭め、より集中的にこりこりと敏感な器官を責め続ける。
「み、三日月……初めてなのに、あまり無理をさせるのは…」
途中までは腹部を押さえて三日月に加勢していた面影も、今はその手を浮かせて二人の様子を窺っていた。
初めての何も知らない無垢な肉体に、あまりにも過ぎた快楽を与えてしまっては、壊れてしまうのではないか……そうなってしまっては、相手の望みを叶えるどころの話ではなくなってしまうのではないか…?
そんな懸念が素直に顔に出ている面影に、しかし三日月は何の不安も感じていない様子で答える。
「心配する必要はないぞ……そら、輝見の顔をよく見てみるがいい」
「え……」
促されるまま、面影がもう一人の自分の顔を改めて覗き込む……と…
「ん、ふあぁ……あはぁ…」
刻まれていた筈の愁眉はすっかり解け、代わりにとろんと蕩けた瞳で虚空を見つめながら、肉欲に浸る姿を曝け出していた。
「快楽に浸り、こんなに淫らで美しい……雄に犯され悦んでいる雌の顔だ…」
「あ、ん……ああんっ…きもちい……そこ、もっと、ごりごりってして……あああ、そう、みかづき、すご、い……!」
そんな相手の表情を見て、どきりと面影の心の臓が跳ねる。
『合わせ鏡』その言葉が面影の脳内に浮かんだ。
(私……私も、こんな……?)
こんなに淫らな顔で…悦んでいる……?
輝見の艶姿を見た途端にどきどきと心臓が過剰に脈打ちだすのを感じながら、別の場所も熱を持ち始めた事実に面影が戸惑いながら俯いた。
(こんな……事って…)
同じ顔をしている彼が犯されている光景を見て……自分まで興奮するなんて……!?
流石に止めるべきだろうと心では必死に抑えようとしても、その抑止すらも逆に興奮の一因になっているのか、面影の目の前でその楔がゆっくりと勃ち上がりつつあった。
「あ………っ」
動揺が声になって出てしまったらしく、それを耳にした三日月が相手を一瞥しただけで状況を把握し…声を掛けたのは面影に対してではなく輝見だった。
「輝見……もう一人のお前が物足りない様子だぞ? 気持ち好くしてやったらどうだ…?」
「……?」
三日月に言われるがままに首を巡らせた若者は、そこで自らの顔の真横に在った面影の肉刀が頭を持ち上げつつある事実に気が付いたらしく。目を大きく見開く。
「あ……その…これは……」
状況的に相手の姿で欲情したのは明らかである事を示した形になり、面影は輝見に対して弁解しようと口を開く…が、羞恥もあったのかなかなか言葉には出来ない様子だった。
しかしそんな面影から先手を取る形で、徐に輝見が首をそちらへと伸ばし、自らの舌で彼の昂ぶりを舐め始めた。
「え……っ、か、輝見…!?」
大胆な相手の行動に面影が面食らっている間にも彼の舌の動きは止まる事がなく、寧ろ徐々にその行動に熱が入って来る。
「あ、やぁ…ん…あっ…あっあっ」
面影の困惑や動揺にはまるで気が付いていない様子で舌を這わせてくる若者の瞳は、相変わらず熱病に浮かされた様に胡乱だった。
「はぁ……はぁー…っ、う、あああん…っ」
見ていると、三日月に奥を突かれる度に輝見は甘い声を上げながら必死に面影の肉棒を貪っており、おそらく与えられる快楽をやり過ごす為、無意識の内にその行為に没頭しているのだろう。
それを認識した上で、三日月は彼を口淫に追い立てる様に肉棒でその肉体の内を思うままに蹂躙していた。
「良い子だ……面影もとても好さそうだぞ…」
「ん、んん~~~…っ」
三日月の言葉を聞いているのかいないのか…それに対して輝見はくぷりと亀頭の部分を口中に含み入れる事で答える。
「くぅ…っ」
敏感な先端の粘膜を熱い口腔内に収められ、更に滑らかな舌でたっぷりと唾液を塗り付けられながら余すところなく舐め回されると一気にその茎の中に熱が生じ、雄の大きさと固さ、角度が増した。
やみくもに舌を蠢かせているのかと思えば、決してそうではない事に面影は直ぐに気付いた。
「うあ……あ~あぁ…っ、か、輝見……上手……っ」
相手の舌が這い回る場所は何れも自分が感じ易く、見る見る内に性感を高めさせられていき、勝手に腰が揺れるまでに至っている。
面影が下半身を揺らす度に、くちゅ、ちゅぷ、と輝見の口から生々しい音が響き、それに合わせて面影の楔が出し入れされるのが見えた。
(初めての筈なのに……凄い舌使い……あっ、そんな、喉の奥まで呑まれちゃ…)
ぞくんと産毛が粟立つような感覚に、思わず声を漏らしそうになり自らの口元に手甲を当てた面影に、三日月が少しだけ眉を顰めつつも笑う。
「お前にそんな顔をさせる…か……もう一人のお前と分かってはいるが、妬けてしまうな」
ぐちゅんっ!!
「んふぅううんん……っ!! はふ…っ、あ、また、そんなとこ…」
「そうだ………淫らな此処の奥の奥…その奥まで、俺のものだと教え込む。お前達の好いところを一番知っているのは俺だと、しっかりと思い知らせてやらねば、なぁ…?」
ぐちゅん! ぐちゅっ! ぐちゅっ!……
「はうっ! あっ、あっ! くふぅんっ! おくっ、奥ぅっ!! とけ、そう…っ!!」
これまでの小刻みで緩やかな抽送とは真逆の、先端ぎりぎりまで引き抜いてからの最奥への突き刺すような挿入。
息を付く間も与えない程にそれが繰り返され、抱え上げられた両脚をゆらゆらと揺らしながら輝見が激しく悶える。
そんな二人の濃厚な交わりを目の当たりにした面影も、より一層欲情を煽られ、荒い吐息を吐き出しながら、自ら輝見の生温かい口腔内へと己の肉棒を押し入れた。
「か、かがみ…っ…私のも…もっとはげしく、吸って…!」
「ふぁぁああ…! んぐ…っ、っくん…うんん…!」
だらだらと溢れる唾液を口の端から流しながら、請われるままに輝見は面影の雄の分身にしゃぶりつき、ぺろぺろと獣の様に浅ましく舌で舐め回す。
(男の…自分と同じオ○ン○ンを舐めながら、別のオ○ン○ンをお尻の奥まで挿入られて……初めてなのに…こんなにめちゃくちゃにされてるのに…すごい、気持ちいい…気持ちいいっ!! ああん、私のオ○ン○ンまで、大きく…!)
とろとろに蕩けて三日月の肉楔を美味しそうに頬張っている輝見の淫穴から、粘膜が擦られる音が響くその直上では、若者が自覚していた通り彼の肉棒が立派にそそり勃ち、先走りを絶え間なく零すまでになっていた。
三者三様に肉の悦びに浸り、雄達の息遣いが部屋の中で各々響いていたが、彼らの動きが徐々に同調していくに従い呼吸の調律も合わさっていく。
各々の息遣いと感じる快感で、他の二人の昂りを感じ取り、それがまた彼の者の興奮を高めていく……
「ああ……何という心地好さだ……輝見、そして面影も、やはりお前達だけが俺を満たしてくれる俺だけの恋人…」
「んはぁぁ…う、ん…うんっ…! もっと、もっといっぱい、きもちいこと、教えてぇ…!」
「わ、わたし、も…っ! 三日月だけのもの…だから…ずっと、一緒に…!!」
それぞれがそれぞれを高め合い、三人が共に悦楽の極みへと向かっていく。
限界が近くなるに従い彼らの口からは意味を為す言葉は失われ、快感に喘ぎ、肉の悦びに満ちた嬌声、雄の本能がもたらす荒い息遣いが空間を満たしていった。
最初にその身に悦楽の臨界点を迎えたのは、やはりと言うべきなのか、最も快楽に慣れていない輝見だった。
経験値が皆無だった事実に加え、三人の中で他の二人に挟まれ、同時に淫らな責め苦を受けたという事も原因の一つだろう。
過剰な性的興奮に肉体だけではなく精神もすっかり犯され、限界直前の彼の表情には未知の感覚に対する恐怖は最早皆無で、訪れつつある絶頂を思い、蕩けた笑みを浮かべていた。
「ああ〜〜っ…! もう、もう…っ! だめぇ…!!」
「うむ、良いぞ……俺も…」
「かが、み…っ! ああ、射精る…っ、きもちい…っ!!」
一際強く深く秘肉の最奥を肉楔に突かれ、輝見は脳天に響いた衝撃に押されるように反射的に咥えていた肉棒をきつく吸った結果、その暴発をも招いてしまう。
「ああ……〜〜〜〜っ!!」
びゅくっびゅくっと面影の雄から激しい勢いで白濁液が噴き上がり、その熱が冷めぬまま滑らかな輝見の頬を濡らし、穢していく。
せめて口の中を不快にさせない様に、と直前に肉楔を相手の口の中から引き抜いたのは面影のせめてもの気遣いだった。
まさか初体験の相手の口に精を注ぐ訳にもいかない……かくいう自分はこれまで幾度も三日月のそれを口で受け止め、飲み干しているが、それはまた別の話だ。
しかし……
「あん……んむ…っ」
「う、くぅ…っ!?」
熱い精液を浴び、その正体を察した輝見は、一度は口から抜き出された面影の雄を顔を寄せて自ら再び咥えると、まだ奥に残っていた精の残渣を吸い取ったのだ。
「あ、あんっ…! そんな、輝見…っ、まだ達ったばかり…っ」
舌の上に吸い出された白い精を飲み込んでいる若者に、楔を清められた面影が身を震わせて喘ぐ様を見つめながら、遂に三日月も輝見の最奥まで突き入れた状態でその欲棒を解き放った。
「さぁ……奥で受け止めよ…っ」
びゅるるるるっ!! びゅっ、びゅるるっ!!
「ああ〜〜っ…! すごい、あついぃっ! んんんっ、みかづきぃ…! オ○ン○ン、内であばれてる…っ!」
三日月の精が体内に大量に放出されるのを感じながら、輝見もほぼ同時に張り詰めていた楔から欲望の証を勢い良く放った。
「いくっ、いくっ! わたしも…射精るぅっ!!」
びゅくっ! びゅるるっ!!
全員がほぼ同時に絶頂に至り、各々が暫し無言のままに身を震わせていたが、やがて誰からともなく脱力した様子で布団の上に身を横たえる。
(あ……なんて…すごい……これが、生身の交わり……?)
他の二人が間近で横になった気配を感じながら、輝見はふぅ…っと意識が遠のく中、無意識の内に或ることを考えていた。
もしかしたら、このまま消えてしまうのだろうか……でも……
(まだ……消えたく……)
その思いすら最後まで紡ぐことなく、遂に輝見は意識を手放してしまった………