朝の目覚め

『今度の休みは共に万屋に行き、新しい浴衣などを仕立てに行こう』

「………ん…」
 その日の早朝…
 三日月はいつもよりかなり早い時間に目を覚ましてしまった。
「………」
 障子越しに差し込んでくる陽の光の加減で、大体の刻を知り、ぼんやりと天井を眺める。
 目覚めた直後はまだ夢現の中にあった瞳の光が、すぅ、と夢の帳を開くが如く輝きを増した。
 確かに彼はこの本丸の刀剣男士の中でも長寿の類に入る。
 彼自身がそう宣う様に人間で言わせたら『じじい』であるので、老人は朝が早い、という習性通りとも言えるのだが……
(…にしても、早すぎる…)
 普段ならもう一刻程はとろとろと微睡みの中で揺蕩っているのが常なのだが、何故か今日に限っては、一気に目が覚めてしまった。
(………ああ、そうか)
 すぐに思い当たる理由に行き着き、男は思わず苦笑した。
 間違いない…早起きの理由、それは………
(…はは、まるで初恋を煩う若者の様だ…)
 千年を超える永い時を生きてきた、刀剣として。
 そして人の営みを見つめてきて、彼らと共に歩み、今は新たに人の肉体を得て人の様に暮らしている。
 この身体が…自身をより人へと近づけているのだろうか……そしてそれと同時に、人の抱く欲も己のものとしてしまったのか……
(……面影)
 密やかに想う、愛しい者……
 『強襲調査』の折りに偶然出会ったその刀剣男士は、会ったその時から心惹かれる存在だった。
 儚くて今にも消えそうな存在…しかし瞳には、調査を完遂させるという強い意志が宿っていた。
 そして、最終戦を迎えた時、自分は一度その手を離してしまったのだ。
 彼の決意を妨げてはならない、その生き様をそのまま見届ける事こそが、彼と言う存在を認めるということ。
 それは間違いではなかった筈なのに、自分達だけ本丸に戻ってきた時、思わず心の中で叫んでいた。
『俺も残りたかった…お前と共に…!』
 この本丸を束ねる刀剣男士の長としては決して許されない事……それでも願ってしまった。
 それから、『強襲調査』の詳細が政府に伝えられ、主が無事にここに戻り…話を聞いた主が面影を改めて此処に呼び戻してくれた時は、胸が震えて言葉にならなかった。
 そして誓ったのだ、これよりは更に此処の主に忠誠を捧げることと…二度と面影を手放さないことを。
 戻ってきてから暫くは自分の立場に戸惑っていた若者だったが、元々の交流もあって徐々に此処での生活にも慣れてきた様だ。
 最近は遠征や内番等の仕事にも意欲的に取り組んでくれて、素直な性格でもあったので皆とも非常に仲が良い。
 そして自分とは……
(…まだ、夢のようだと思ってしまう……)
 とても大事に想っているのは事実だとしても、彼と知り合ってから知ったのは、相手があまりにも純粋で、且つ、世間を知らないという現実だった。
 顕現したばかりだという事もあったし、単独行動に特化していたので、誰からも何も教えられる事が無かったのだろう。
 まるで幼子のような純粋さに、三日月は一度、自身の立ち位置を彼の保護者として定めようと決めた。
 駄目だ、この若者に己の邪な想いを知られる訳にはいかない。
 このまま静かに彼の隣でその存在を守り、互いに微笑み合い、共に同じものを見つめていけたらそれで良いのだと。
 そう思っていたのだが……
(…俺も存外、我慢が効かんな…)
 子供扱いをするなと言うように迫る相手が可愛くて…あまりにも無防備で……ほんの少しだけ手を出してしまった。
 嫌われてしまったかと覚悟をしていたら、逆に可愛い仕返しをされて、嫌ってはいないと断言されて……落ちた。
 自分が手を出さなくても、こんなに魅力的な男は他が放っておく筈がない。
 そう思ってしまうと、浅ましいと分かっていながらも手を伸ばさずにいられなかった。
 幸い伸ばした手は拒まれることはなく、今は相思相愛の仲と呼べる関係となり、時には酷く甘いひと時を過ごす様にもなった。
(今日は二人で休みを取って、万屋に行こうと約束していたのだったが……まさかそれが楽しみのあまりに早起きしてしまうとは…な)
 大人の余裕など微塵もない…まさか自分がここまで参ってしまうとは……
(今起きだしているのは朝餉を作っている者達ぐらいか…? もう少し仮眠を取るのも悪くはないが…)
 しかしもう目がすっかり覚めてしまった今は、無理やり寝たとしても無駄な時間を過ごしてしまいそうだ。
(……面影はまだ眠っているだろうか…?)
 そう言えばあの男はやたらと真面目で朝も夜も自己鍛錬をよく行っていた。
 もしかしたらもう同じ様に起きだしているかもしれない…もしそうなら、朝のひと時を散歩などして共に過ごすのも悪くはないかもしれない。
(鍛錬に誘われたら……さて、本気でやると少々厄介な事になるかもしれんなぁ)
 そうなったらのらくらと逃げるべきか……と呑気に考えながら、彼は布団から起き出すとのんびりと歩きながら面影の寝所へと向かった。
 此処も昔はもっと多くの刀剣男士達が住んでいたのだが、あの遡行軍の急襲で随分と様変わりをしてしまった。
 今は空き部屋も多く、しかしそのお陰で面影の住む空間の準備はすぐに整える事が出来、近侍の特権で自分の部屋に近い場所にそれを誂えたのは秘密である。
 ほんの少し歩いていけば、もうその先は面影の寝所。
 彼の私室と寝所は廊下に沿って並ぶ形であるので、私室をわざわざ通って行かなくても直接寝所の様子を窺う事が出来る。
 覗き見などは当然するつもりはない、もしまだ眠っている様なら早々に退散しよう。
「……面影? 起きているか?」
 あまり小さな声ではそもそも向こうまでは聞こえないだろうと、通常の声に近い声量で呼びかけてみる。
 声を掛けるのは一度だけ。
 それで反応がなければ、睡眠を邪魔しない様に早々に退散するか……どうせもう数刻もしたら共に万屋に向かっているのだ。
『……っ……み、かづき…?』
 微かに向こうで声が上がった。
「おお、起きていたか面影、おはよう」
 起きてくれていたかと内心嬉しく思いながら、三日月は向こうへ挨拶を呼びかけ、続ける。
「朝からすまんな。早く目が覚めてしまったので、起きていたら共に散歩でもどうかと思ったのだが…」
『……さん、ぽ?……あ、いや……今は…無理…』
「…? 面影?」
 断られたことより、三日月は向こうから聞こえてくる相手の声音が気になった。
 いつもなら淡々とした返答が返って来る筈なのに、今聞いたそれは明らかに動揺している口調だった。
 自分がここを急に訪れたから、という訳でもなさそうだ…
(…もしや、体調が優れないのか?)
 思い当たる事は特になかったが、もし具合が悪いのなら外出の予定は取り止めて一日安静にしていてもらわねば……
「面影? もし体調が悪いなら、今日は一日休んでおくか?」
 その場合は、当然自分も外には出ず、彼の側で看病をするつもりだ。
 三日月の呼びかけに向こうは暫く返事を返す事はなかったが……やがて、戸惑った様な、困惑も露わな声が届けられた。
『体調は……おかしい筈はない…が……その……おかしい……』
「??」
 何を言っているのかすぐに理解出来なかった三日月は、そのまま首を傾げた。
 おかしい筈はないが、おかしい、とは……?
「……面影、中に入っても良いだろうか? 良かったら、直接会って話を聞きたい」
 このまま障子越しに話をしても、相手を見ない事には埒が明かないだろう。
 会えば相手が今どういう状況なのかも分かる筈だと考えた三日月は、当然ながら相手に直接の面会を求めたのだが……
『中に……? いや…それは……』
 何故か向こうはそれについては迷っている様子だったが、それでも根気強く待っていると、やがて心を決めたように返事が返ってきた。
『……そう、だな……こんな事、お前にしか相談出来ない……その……入ってくれ』
 随分と思い悩んだ様子の面影の口調に、不安を抱きながら三日月は障子を静かに開けて中へと入った。
「すまんな、朝早くから…そちらに行くぞ」
「っ……あ、ああ…」
 寝所の奥に敷かれていた布団の中に、面影はいた。
 上体を起こしてはいるがそこから下はまだ布団の中にあり、どうやら膝を立てて座っている様だ。
 いつもの彼であれば、人を迎える時に布団の中に入っているなど考えられない、やはり何か体調の変化があったのだろうか…?
「面影? どうした?」
「…」
 相手の枕元まで歩いて行ってそこで跪座を取った三日月に、面影がびく、と肩を揺らして顔を伏せる。
 まるで何かに怯えている様な相手の様子に、三日月がいよいよ不安になって身を乗り出した。
「何があった? じじいに話してみるといい。出来る限りで力になろう」
「……三日月…私は…病気、なのかもしれない…」
「!?」
 見た目には変わらない、顔色もさして悪くない相手だが、彼が仮病を使う様な者ではないという事はよく分かっている。
「気分が悪いのか? それとも何処かが痛むとか…?」
 そ、と優しく相手の肩に手を置くと、向こうはぴくんと身体を震わせ……何故か顔を真っ赤にしていた。
 熱があるのかと思い、そっと優しく額に手の甲を当てたが…どうにもよく分からない微妙な体温だ。
「三日月……何も、していない…私は、何もしていないんだ、本当に……!」
「!?」
 何かの言い訳をする様に、取り縋るようにそう言ってきた相手に、三日月は優しくその身体を受け止め、何度も頷く。
「ああ、分かった……何があった…?」
「…………って…しまっているんだ」
「うん…?」
「……勃って…しまっているんだ…何も…していないのに…」
「!!」
 はっと瞳を見開く三日月とは対照的に、これ以上の羞恥はないとばかりに、面影は布団の中で膝を立てているのだろう姿勢のまま、頭を膝頭の上の部分に伏せてしまった。
 朝の起床時に勃起しているというのは…
 それは……おそらく病などではなく………
 段々と事態を掴めてきた三日月は、取り敢えず相手が何かの大病に罹っている訳ではないということが判明して安堵する。
 良かった……命に関わる何かではないかとも思ったが…どうやら杞憂の様だ。
 しかし、面影本人は真剣に悩んで心配しているので、そこはしっかりと安心させておかねば…
「………良かった」
 ぎゅう、と相手の上体を優しく抱き締めて三日月が囁く。
「!…三日月…?」
「…心配は要らんよ、面影。それは病などではない…お前の身体がちゃんと正常に働いているという証だ。男なら誰でもそうなる」
「!……本当か?」
「そうとも。朝勃ちと言ってな…それも大人への成長の証だ」
「………」
 心底心配し、不安になっていたのだろう。
抱いていた相手の肩から、がくりと明らかに力が抜けるのが分かった。
「……良かった…」
 しかしそう言ってから、面影が困惑の表情で、しかし…と呟く。
「…それなら、これはどうしたら良いんだ…? このまま放っておいたら……いずれは治まる、のか?」
「…ああ、そのまま静まるのを待つのも手だが……」
 それよりは…と思ったところで、三日月は恋仲であれば当然抱くだろう欲望を胸にして、す、と相手の身体に身を寄せ、耳元で囁いた。
「よし、じじいが手伝ってやろう」
「っ!!」
 する…と袂から手を差し入れ、さわり、と小さな蕾に触れてきた瞬間、相手が意図しているところを知って面影は思わず身を捩った。
「み、三日月…っ!? そのっ…いいから…! 自分で…やる、から…!」
「遠慮をするな…折角来たのだ、もう少しお前の声を聞きたい」
 甘い声を………
「ふ、ぅっ…んっ…」
 相手の首筋に沿って舌を這わせながら、袂に入れた指先で彼の蕾をくにくにと揉み込むと、あっという間に固く立ち上がってくる。
「み、かづき…っ…朝から、こんなっ…」
 既に感じ始めているらしい若者が必死に拒もうとするが、獲物を捕らえた獣が易々とそれを手放す筈もない。
「どうせ処理するならば、より気持ち良い方が良いだろう?」
「そういう話では…」
 尚も言い募ろうとする相手を、三日月はその胸の蕾を吸い上げる事で黙らせる。
「ん…あっ…!」
「お前の身体は…そうしてほしいと言っている」
 ちろちろと胸の膨らみを舌先でからかいながら、三日月はその指先を次第に下へと下ろしてゆく。
 滑らかな肌の手触りを楽しむように、ゆっくりとその胸元から腹部へと撫で下ろし、臍部に辿り着くとその窪みへと指先を差し入れ、するんと一周させる。
 それだけで面影の余計な緊張を解かせ、快感に身を委ねる様に促してゆく…が、その指先が更に下へと向かったところで、彼は再び身体を戦慄かせた。
「そして、ここもな……」
 三日月が、面影の浴衣の奥へと手を潜り込ませ、さわり、と相手の昂ぶりに触れる。
 本人が言っていた通り、それは既に立派に岐立し天を仰いでいた。
「は……あ…」
 掌に優しく柔らかく包まれる感触に、密やかな吐息が漏れた。
 恥じらう一方で、過去の経験からこれから行われる行為に対して期待する気持ちが湧き上がってしまう。
 これから彼の人は、あの指先と掌で自身を高め…悦楽と共に解放してくれる……
「……え?」
 そう思っていた面影の目の前で三日月の身体が大きく動き、ずるりと自分の下半身の方へとその位置をずらした。
 当惑している相手の前で、三日月は彼の胸から腹部へと唇を移動させつつ口づけを繰り返してゆく。
 優しくその皮膚に触れ、時にはきつく吸い、跡を残していきながら……
 そして、三日月の顔がいよいよ下半身の中央に迫ったところで、面影ははっと我に返って慌てだした。
「三日月…っ! いや、だ…そんな、近くで……っ」
 これまでもこういう事をした事はあったが、それは夜の闇に紛れての営みだった。
 明かりというものはせいぜい月光程度の中での事だった…けど、それでも羞恥を消せるものではなかった。
 それなのに、今は朝の日の出も過ぎた時間、寝所とは言え、辺りはもうはっきりと様子を見渡せる程に明るくなっているのに…そんなに近くまで顔を寄せられたら……
 抵抗したいのに、身体が相手に与えられた快感の鎖からまだ逃れられず力が出せない。
 しかも向こうはいつの間にかこちらの両足の間に身体を割り入れており、それを閉じる事を防いでしまっている。
 無理に閉じたとしても、それは彼の身体を挟み込み、拘束するぐらいしか出来ない状態だった。
 声を上げて拒否しても、向こうは一向に身体を離す素振りは無く、いよいよ自分の昂りを優しく握ったまま、そのすぐ側まで顔を寄せてきたのが分かった。
 恥ずかしくて視線を寄越す事も出来なかったが…分かってしまったのだ…微かにかかった相手の吐息で……
(ああっ…! そんなに近くまで…いや…こんなに明るいのに、全部見られて…っ)
 きっと、すぐに触れる事が出来るくらいに、側に相手の顔がある。
 見られて死ぬほど恥ずかしい筈なのに、何故だろう、心の何処かでそれを悦んでしまっている自分がいる様だった。
 その証拠に、彼の視線を感じるだけで、分身がびくびくと相手の手の中で嬉しそうに跳ねるのが分かった。
 どうにかして抑えたいのに、まるで自分とは違う生き物の様に勝手に興奮しているそれは、こちらの羞恥など知った事ではないらしい。
 その時不意に、ふぅっと明らかに故意によると思われる吐息が先端へと吹きかけられ、面影の全身がびくっと激しく戦慄いた。
「はぁ…っん…!」
 その感覚よりも、相手に息を吹きかけられたという事実の認識が面影の脳髄を痺れさせ、声を上げさせる。
「…ふふ……涎が溢れてきたぞ」
 それが実際の涎を指すものではないという事は分かっている、だからこそ、恥ずかしくて顔が向けられない…!
 きっと今、先端には淫らな体液が滲み、それすらも相手の目の前に晒されてしまっているのだ…
 ちろ…っ
「っ!?」
 先端に触れた柔らかな何かが、蜜を掬い取っていったのがわかった。
 しかし、それは指ではない…
 指よりももっと滑らかで柔らかくて繊細な感触の……温かく濡れた…何か……が……
「え……っ!?」
 まさか、と思って思わず顔をそちらに向けると、信じられない光景が飛び込んで来た。
「みかづき…っ!」
 相手が自身の分身を手で支え持ち、先端に顔を寄せて舌先を覗かせ、窪みに差し入れている。
 そしてちろちろと中をくすぐるように舌先を躍らせると、そこから全身に向かって凄まじい快感の波が寄せてきた。
「ふあっ! ああぁっ!」
 腰がびくんと跳ね、声が上がる。
 舐め取られた筈の蜜が、その刺激に再び先端から溢れ出してくるのが分かった。
「ああっ、だめ、だ…そんなとこ…なめちゃ…っ」
 聞こえている筈なのに、三日月は先端から雫が溢れて茎へと滴る様を嬉しそうに見つめると、今度は茎の方へと唇を寄せてくる。
「ふふ…そうか、好いか……よしよし」
「ちが……ああ、ん…」
 本当は違わない……物凄く気持ちよくて、既に本気で抵抗する気など失せてしまっている。
 指や手で触れられるより遥かに大きな快感は、面影の身体を一層熱く淫らにさせた。
 相手の形の良い唇と舌を、己のあんな場所に直接触れさせてしまっているという事実のみが面影の心を苛んだが、それも相手が与えてくれる快楽の前では霞んでしまいそうだった。
 ちゅ……ちゅっ………ちゅく…
 音を立てながら、三日月の唇が自分の昂りに垂れる蜜を吸っている…時には舌で、ねっとりと粘膜を舐め上げ、からかいながら………
 しかし、その行為を何度繰り返そうが、蜜が治まることは無いのだ……己の浅ましい欲棒が爆ぜない限りは。
 それももう遠くないだろうと、喘ぎながら面影が考えていると、ふと三日月が顔を少しだけ離して囁いた。
「熱く熟れてきたな……そろそろ食べ頃か?」
「え……」
 食べ……なに…?
 あまり働かなくなってきてしまった頭で、それでも面影が必死に考えようとしたところで…
 くちゅ……っ
「!?」
 今までの小さな感覚ではない、昂ぶりの先端全体が何か温かなものに包まれたかと思うと、ぬるり、と滑らかな物が、そのまろみを撫で上げた。
「あ…っ」
再度下半身に目を遣ると、やはり直感で思った通り…三日月が自身のものを雁の部分まで口の中に含み入れてしまっていた。
先程感じたのは、彼が口の中で躍らせた舌の感触だったのだ。
「やっ…! いや、だっ…! そんな、きたな…いっ!」
 そこは排泄器官でもあり、まさか口に入れるなど考えも及ばなかった面影は激しく動揺、狼狽し、夢中で抵抗しようとしたが、既に下半身の動きを封じられている以上は不可能な話だった。
 少しでも何とか逃れようと足を必死に動かしたが、それは皮肉にも相手の腰に絡まり、寧ろ彼を捕えて離さないとでも言うかの様だった。
「ん……」
 三日月の表情は苦悶とは程遠い恍惚としたそれで、やがて彼の口はゆっくり、じっくりと相手の岐立をより深く呑み込んでいった。
「あ、あぁ……っ」
 より熱く深く濡れた彼の口腔内に呑み込まれ、お互いの粘膜が擦れ合う。
 じゅぷじゅぷと音が激しく立つのは、三日月が意図的に溢れさせた己の唾液を肉棒へと塗り付けているからだ。
 それは熱く絡まり、より彼の中に己が呑み込まれているのだという事実を知らしめる。
「ん…ああっ…だ、めだっ…みかづき…っ」
 より一層その時が近づいた事を察して、面影は相手を自分から引き離そうと、その黒い御髪の中へと両手を差し入れ、強く押した。
「だめ…はな、れてっ…でちゃ…っ」
 達してしまったら、当然、精を放ってしまう。
 このままでは彼の口の中に射精してしまう事を恐れ、面影はそれを避けようと必死に相手を引き離そうとしたのだが……
「……構わん、このまま射精せ」
「な…っ!」
 それだけ言うと、再び三日月は相手を口の中へと含み入れ、くちゅくちゅと音を立てながら愛撫を再開させた。
「いや…だっ! お前の…口の、中に…っ!」
「…俺が飲みたいのだ…良いから、好きな時に達け」
「っ!!」
 倒錯的なことをあっさりと宣った相手に、ぞくんと背筋に何かが走るのを感じた。
 相手の口の中に己の精を放つという、罪悪ともとれる行為に、何故胸がざわめくのか……
 それが、征服したいという男性の本能的なものなのかは分からない…が、その言葉がより自分を高まらせた事は確かだった。
 それでも、面影はそれをすんなりと受け入れる事は出来ず、いやいやと頭を振った。
 そんな事を言われたからといって、この美しい人を内側から汚すような事はやりたくない…
「ん…くぅ…っ」
 絶頂の訪れに必死に抗い、苦悶の表情を浮かべる面影を見つめて、三日月は苦笑した。
 本人の自分が良いと言っているのに、何処までも遠慮するのだな……
「……全く…強情な子には、仕置きをしなければな……」
 早く楽になれるように、手を貸してやろう…
 ひそりと囁くと、三日月はそれまでの緩やかな動きから一転、ぐっと根元近くまで相手を呑み込み、そのまま口腔内の粘膜をきつく擦り付けながら先端まで口を動かす動作を繰り返し始める。
「はあぁっ…! ああっ!!」
 どの道、どんなに強情を張っても時間の問題だった抵抗が、あっけなく瓦解していくのを面影は感じた。
「ああっ、ああっ! や、だっ…もうっ……がまん、できなっ…!」
 駄目なのに、身体が強請ってしまう……!
 いけないことなのに、好いところを求めて腰が揺れてしまう……!
 止めたい筈なのに、彼の口を己の精で汚したいと求める自分がいる……!
「み、かづき…っ!! もう…っ!」
「ああ……達け」
 優しく止めを刺す様に…
 諭しながら、三日月は相手の雁を含んで一際強くきゅうぅっと吸い上げ、そのままかりっと先端を甘噛みした。
「ひ、あぁぁっ! あ…――――っ!!」
 がくがくと下半身の筋肉が痙攣し、より遠くへと精を届ける為に本能が腰を前に突き出させると、そのまま熱い劣情が迸った。
 二度、三度と腰が戦慄く度に、びゅくびゅくと熱い樹液が三日月の口の中に勢いよく放たれる。
「ん……っ」
 先程の約定を違えぬように、三日月はその精の全てを受け止め、こくんと喉を小さく鳴らしてそれらを飲み干していった。
 そして最後まで味わう様に、ちゅうぅっと面影の分身から残っていた残渣をも吸出すと……再びちゅくちゅくと音を立てながら舌を這わせ、縦笛を吹く形で相手を呑み込んだ。
「う……あっ…!」
 ようやく達してその快感の余韻に浸っていた面影が、びくっと震えて新たに襲ってくる別の快感の波に怯える。
 明らかに相手は後始末ではなく……再度の愛撫を始めてしまっている。
 しかし、今達したばかりの身体にまた新たな快感を与えてしまったらどうなるか……既にその予兆を感じ始めていた面影は激しく戦慄いて相手に止める様に懇願した。
「だめっ…だ…! おかしく、なるっ…!!」
 あれ以上の快楽を与えられてしまったら…狂ってしまうかもしれない……怖い…!
「達った……ばかりだか、らっ…あっ…! もっ、くるって…しま…!」
「…狂ってしまえ……俺に…」
「みか、づき…っ!?」
「俺ももう…狂っている……お前に…」
 無情な宣告と共に、三日月は一気に激しく昂ぶりを追い立てた。
 一息を与えるつもりもなく、再度高みへと押し上げようと口の中で激しく舌を絡め、吸い上げる。
 面影の若い肉体は、本人の意志とは関係なくその快楽を貪欲に受け入れた。
「う、ああっ! やっ……! また…っ、い、くっ!」
 既に三日月の手の中のそれは、再びの熱を持って素直に愛撫に応えていた。
 初めの時よりも激しい口淫に面影の身体は布団の上で激しく乱れ、その手は必死に三日月の頭を押さえていたが、既に止めているのか、それとも促すために押しているのか自分でも分からなかった。
「ああっ…あ、あっ! みかづ…っ! 射精るっ……!!」
「………っ!」
 二度目の絶頂を迎えた瞬間、面影の身体がびくんと激しく跳ね、その拍子に咥えていた三日月の口から勢いよく若者の男性が飛び出した。
 刹那…
「あ、あああああっ!!」
 嬌声と共に面影の精が噴き上がり、勢いよく三日月の顔面へと叩きつけられた。
「あぁ………熱い、な…」
 色白の肌に、それより白い白濁した粘液が幾度も浴びせられていくのを、拒みもせず嫌悪も抱かず、三日月はうっそりと笑いながら受け止めていた。
 穢してくれた礼だと言う様に、ちゅ、と先端に口づけを落として相手を見遣ると、二度目の絶頂で限界が来てしまったのか、面影は布団の海の中で気を失ってしまっていた。
 とは言え、深いものではなく、少ししたら目を覚ますだろう……
 全身に玉の如き汗を浮かべ、あられもない姿で横たわる相手を見つめていた三日月の瞳に、またも欲情の彩が宿る。
「……っ…」
 耐えていたが限界とばかりに、三日月はしゅるっと己の浴衣の帯を手早く解いて前を開いて全身を露わにした。
 目を閉じて荒い息を繰り返す面影の前に晒したその身体は、同じく汗ばみ………未だ解放を許されていなかった雄が、腹を打ちそうな程に反り返っていた。
「面影………」
 明らかに自分をこうしてしまっている男を前に、三日月は邪な欲望であると分かっていながら、それを止める事は出来なかった。
「……すまぬ……俺ももう…限界、だ…」
 ぐいと起こした身体でそのまま膝を使って進み、面影の肩のところまで移動すると、男はそっと己のものに手を添え、面影の顔にその先端を向ける形で扱き始めた。
 どんなに浅ましい、醜い行為かは分かっている……が、それがどれだけ自身を昂らせるかという事も彼は知っていた。
「ふっ……く……」
 ずくずくと疼く下半身の中心を宥めながらも攻める様に激しく扱き、じわりと滲んで来た淫液を、先端を擦り付ける形で面影の頬に残してゆく。
 ぬるりとした粘液の感触を挟み、先端の粘膜で面影の頬の感触を感じるだけで達きそうなのを必死に耐える。
「はぁ……っ……はっ……も、かげ…っ」
 腰を揺らし、激しく手を動かして自分を高めていく己の姿を思い、三日月は自虐的な笑みを浮かべた。
(……これが、俺、か………)
 天下五剣の中でも最も美しいと言われていた俺が、この様か………
 愛しい男の目前に己の劣情を突きつけ、相手が知らないのを良い事にその顔を穢そうと腰を振って己を慰めている…こんな姿が、俺か……
「……んっ…」
 自嘲しても、肉体は正直にその欲望を伝えてくる……
 その欲望のままに、三日月は粘液を潤滑油代わりにして肉棒を激しく扱き上げ、高みを目指した。
 元々、既に相手によって十分に昂らされていた…もう少しだ……もう少し…で……
「っは…」
 ぞくんと身体に甘い疼きが走り、その時が来たことを知る。
「あ……っ…面影…っ」
 ぐ、と息をつめ、眉を寄せ、一気に先端まで扱き下ろす事で三日月が自身を解放した。
「う……あっ…!」
 苦悶の表情ですら美しく、彼のきつく閉じられた瞼が微かに震えるのと同時に、熱く溜まっていた情欲の奔流が一気に外へと迸るのが分かった。
「っ!」
 びゅるっ! びゅるるっ…!!
 粘った白濁液が噴き出し、先にあった面影の麗しい顔をこれでもかと濡らし、穢してゆく。
 主の欲望に肉体が忠実に応えたのか、射精はいつもよりも長く続き、量も多い気がした。
「ん……っ」
 ぶるりと胴震いをして中の全ての精を吐き出させると、先端に垂れていた雫に気付き、彼はその先端ごと面影の薄い唇に触れさせ、ぬるりと紅を引くように精で濡らした。
 面影本人は、まだ意識を深淵に手放している様で三日月にされるがまま、穢れても美しい肢体を晒していた。
 あまりにまだ心が幼くて、こんな劣情を教えるのも憚られてしまう相手だが、意識を失っている今だけ、自分だけが知る今だけはこの姿を留めていたい……
 その唇の感触を直に感じ、またも熱を帯びそうになっている分身に思わず苦笑する。
(……切りがない…)
 彼が相手だと、いつもなら容易に制御できる筈の自分の意志がまるで言う事を聞いてくれない。
 それが彼を困らせていることがあるというのも分かってはいるが、相手がいつも最後は許してくれるのを良い事に、つい甘えてしまっている。
(…子供なのはどちらなのだか……)
 自嘲しながら、三日月は自分が浴衣の袂に忍ばせていた懐紙を布団の上から探し出し、取り上げると、それで優しく面影の顔を拭い、欲望の残渣を消していった。
 それでも、僅かに眉などに残ったそれは取り切れなかったが……
「……起きたら、風呂に行くか?」
 眠っている面影の頬に口づけを落としながら囁く。
 どの道、汗ばんでしまったこの身体のままでは外出するには具合が悪いだろう。
 朝風呂ですっきりしてから万屋に行っても、十分に時間はある筈だ。
 そして、それから程なく目を覚ました面影に今の提案を行い、それはあっさりと受諾されたのだが……

 当然この男と共に入浴した以上は、何事も起こらなかった訳がなかったのであったが、それはまた別の話……