(……ばれんたいんとは何なのだろう?)
二月某日
面影はとある時代への遠征の折、街中にやたらその単語が溢れている事に気付いた。
切っ掛けは、街角の書店の前を歩いている時。
店に並んでいる様々な雑誌や、菓子の作り方について書かれたらしい成書が平積みになっており、それらのほぼ全てにバレンタインという言葉が綴られているのが目を引いたのだ。
更に、よくよく意識を向けて周囲を見回すと街の所々で流れている電光掲示板にも同じ単語が流れているのも、一度や二度ではない頻度で見かけた。
ここまで主張されては、気が付かなかった、という方がおかしい。
もしやしたら洗脳攻撃の一種か?と考えもしたが、どうやらそんな物騒なものでは無いようだ。
「………」
今回の遠征目的は、時間遡行軍の侵食の阻止。
政府から伝えられた敵側の活動範囲と大まかな来襲時刻から審神者が熟考した結果の布陣は、ほぼ完璧だった。
ほぼ、と付けたのは、敵側の戦力に対してこちらのそれがやや過剰気味だったと感じたからだ。
しかし、それは勿論こちらに不利に働くことはない、それならば問題に上げる必要はないだろう。
何者かが折られる悲劇と比べたら………
そんな事をぼんやりと考えながら、任務を達成した若者は腕に嵌められた腕時計をちらりと見て時間を確認する。
帰還に設定された時刻まではまだ多少ゆとりがあるが、早目に本丸に向かう事も可能だ。
(個人的にはこの時代に用という用はもう無いが………)
口元に軽く手を当てて考える素振りを見せた面影は、直帰することはせず、その足を、先程視界の中に在った書店に向けた。
自分は人という生き物と比較すると遥かに長寿だが、顕現から間もなく知識量はまだまだ覚束ない。
常に学びは必要だ。
そしてその分野も戦に拘る必要もない。
(折角目にしたのだ、ついでに、ばれんたいんというものについて調べてみるか)
少なくともこの時代の世間をこれだけ賑わせている事象なのだ、知っておいて損は無いだろうと思いながら、彼は他の多数の客に混じり、店舗へと足を踏み入れていった。
(さて、何処から探すか…)
きょろっと辺りを見回して目当ての書籍の場所を探した面影だったが、彼同様にその単語に関わる書籍を求める顧客が多いのか、関連書籍の場所を示す案内図が目立つ壁に貼り付けられており、誰かに尋ねるまでもなく、あっさりと目的を果たす事が出来た。
どれ…と、新しい知識を得られるというささやかな高揚感を胸に感じながら目当ての棚に歩いていったところ…
「……?」
ややその歩みを遅くしつつ、彼は素直な疑問を抱いた。
(……何となく女性が多い気がするが)
様々な種類の書籍が並んだ一画は、間違いなくバレンタイン関連の書物を集めた場所なのだろうが、そこに立っている複数の客のほぼ全員が女性で占められていたのには多少驚いた。
(…女性だけが関わるものなのか? 女性限定の祭りとか…?)
或る意味、正解。
一瞬、女性に尋ねるべきかとも考えたが、まさか見ず知らずの…積極的に関わるべきではないこの時代の一般人と接触を図ることも憚られたので、やはりその疑問は書籍から得るしかない。
流れる様な動作で棚の前に立ち、きろっと視線を動かしながら、書籍の表紙を見比べて初心者向けのそれを探す。
そんな彼の姿を見た辺りの女性客の全員が、無意識の内に溜息を零しながら面影を見つめていたが、当の本人は全く気づく様子もなく、一冊の雑誌を取ってぱらぱらと頁を捲っていく。
殺気が篭った視線であればとうに対応しているだろうが、只の興味だけのそれに一々反応していては切りがない、ので、彼はいつも同じ対応だった。
(…やたらと菓子の写真が多いな…ちょこれーと?)
それから淡々と雑誌の特集記事を読み耽っていき、面影は取り敢えずバレンタインというイベントがどういうものであるかという概要は理解していった。
(…元は企業の販売戦略であったものが、今や世界にも広がりつつある文化、か……興味深いな…)
企業の企画であると知りながらそれに乗っかるというのは、少なくともその人物にも利があるからだ。
その最大の利というのはおそらく……
「………」
これだろうな、と思いつつ、面影が或る頁の一文に指先を乗せ、静かになぞる。
『一年に一度の大チャンス!奥手な貴女も、今年のバレンタインで勇気を出して気になるカレに告白を!』
他の幾つかの特集も読んでいったが、やはりこの企画の最大の目的は「告白」とその成就なのだろう。
以前は女性から男性への告白が主なものだったらしいが、この時代では性別に関わらず、例えば家族や友人、所属する機関の同僚達にも感謝の気持ちを伝える為に、チョコレートなる菓子を贈る様だ。
そう考えると、いつもは照れ臭くて言い辛い感謝の気持ちを伝えられるという、有意義なイベントだと言える。
物に頼って感謝を伝えるなど、という否定的な意見もあるかもしれないが、物事には切っ掛けというものが必要な事も多々あるものだ。
(告白……感謝、か…………)
そんな言葉を心で反芻し、連想的に思い浮かんだのは一人の刀剣男士。
(……感謝…はしている、いつも………告白、は……)
そう言えば、はっきりと、面と向かって告白した事は無かったかもしれない……
いや、告白はこちらがする以前にあまりにも向こうが熱烈に繰り返し愛を囁いてくるものだから、それをする暇すらないと言うか………
(…って、何を自分で自分に言い訳しているんだ………)
軽く首を横に振りながら、粗方その雑誌の特集を読み終えた面影はそれを棚へと戻し、隣の別の雑誌を手に取った。
それは所謂、女性誌と呼ばれるものだったのだが、無論、そこまで現世に詳しくない若者はそれを知る由もない。
無造作に取り上げた大きめのサイズの書籍をぱらっと捲って飛び込んできた内容は………
『バレンタインの夜には、大胆に自分を演出して、カレに美味しく食べてもらっちゃおう♡』
そんな見出しに合わせて掲載されていた写真は、かなりセクシーな下着姿の女性のもので……
ばんっ!!
瞬時に面影は勢い良くその雑誌を閉じ、元の場所に戻して踵を返した。
人目がある内はかろうじて無表情を保つ事に成功したが、本屋を出た後はもう無理だった。
(こっ…この時代の女性は、あんなモノを平気な顔で読んでいるのか……!?)
なまじ古い時代に打たれた刀の付喪神であるが故、そのカルチャーショック、ジェネレーションギャップも相当なものだったらしい。
今の面影の顔は明らかに上気しており、それを自分でも認識した彼は、時代に合わせて纏っていたマフラーをぐいと引き上げ、顔下半分を覆い隠した。
衆目から不自然に赤面した顔を隠すのに、冬という季節だったのは幸いだった……
(……しかし…そう、か……ばれんたいんというのは、その……そういう意味も持つのか………)
気持ちを伝えるなど、行動を起こすのは女性側というのが前提である様な記事が多かったが、そもそも心を伝えるのには性別等関係ない。
そう考えたら……自分が伝える側になるのも、おかしな話ではない…筈……
(い、いや…そうだとしても別にあんな……誘う様な真似までする必要はないだろう! やはり、ここは何か甘い菓子と感謝の気持ちを伝えるだけでも……)
いつの間にか仲間達に対してではなく、特定人物に対しての行動について考え込んでいた面影の脇を、学生らしい女子が複数人通り過ぎてゆく。
「ねー、あの子カレシと別れちゃったんだって」
「えー、バレンタイン前なのに?」
「それがさぁ、付き合ってても全然気の利いた事も言ってくれないから冷めたって。こっちは色々アピールしてるのに反応ないと、付き合ってる意味分かんないって」
「あ〜、わかる〜〜」
「バレンタインまでに新しいカレシ捕まえようと頑張ってるみたいよー」
男側の意見からすると、バレンタイン前だからこそ、気の合わない相手と別れたのではないかという極論もあるかもしれないが、無論、そこまで擦れていない面影がそんな内情を察することは出来なかった。
「……………」
赤かった面影の顔が今度は見る見る内に青くなっていったが、やはりその時もマフラーのお陰で顔色の変化を他人に悟られる事は無かった。
(え…………?)
別れた………?
気の利いた事を言わずに……それが原因で……?
青くなったまま、面影は過去の自身の行動を反芻する。
彼は…とても優しくて、それでいて強く…側にいるだけで大樹の様な安心感があった。
しかし…それに対して自分は…?
顕現したばかりで、碌に戦うことしか知らない自分は、彼に対して何をしてあげられた?
彼の優しさに甘え、かこつけて、何の行動も起こしていない様な気がする……
「え…、あ……」
今までの自身の行動を振り返り、急に不安に駆られて一人狼狽する。
あの男は確かに優しい…全ての存在に対してとても優しく、その懐は半端なく深い。
しかし、しかしだ、それにも流石に限度というものはあるだろう。
その限度を過ぎてしまったら、あの男はそれでも自分に微笑みかけてくれるだろうか……?
こちらが何も返さなかったら、口に出さなければ、いずれはあの笑顔を向けてくれる事も無くなってしまうのではないか…?
愛想が尽きたら、彼はどんな表情を浮かべるのだろうか…
脳裏に浮かぶ彼は、いつもと同じ美しい顔を僅かに歪ませる事もなく淡々とこちらに告げる。
『もう良い。飽いた』
面影は知っている。
男の持つ顔が、柔和なものだけではないという事を。
別離の時は、冴え冴えとした顔で、路傍の石を眺める様に何の感慨もなく別れを告げるのだろうか……
そんなのは……嫌、だ……
(………ばれんたいん……か……)
少し前までは、こんな性格では大胆な行動はとても出来ないと考えていた。
けれど……利己的な考えになってしまうのは分かっている、自己嫌悪に陥りそうでもあるが……これは、良い機会なのかもしれない。
(………でも…)
やはり………恥ずかしい……
普段は当人が自覚している以上に奥ゆかしく、前へ出る事を好まない性格の彼故に、今考えている事を実行するのにはかなりの羞恥が伴うものだったらしい。
それから面影はいつの間にか帰還の時刻が迫っていることに気付き、一旦考える事を放棄し、本丸へと戻ったのであった。
二月十四日
人の世が賑わう件のバレンタイン当日
面影の元々の予定では、夕刻前までには殆どの計画は完遂されている筈だった。
いや、まぁ完遂しているというのは合っているには合っている。
「おう、面影。さっきは有難うな。なかなかの驚きだったぜ?」
「鶴丸? いや、皆へ感謝の気持ちを伝えたかっただけだ。私は……決して口が達者ではないから…」
「いやいや、お前はよくやってくれてるさ。こういう気遣いが出来る奴だってのも全員承知してる。しかしそうか、ばれんたいんねぇ…」
夕餉前ののどかなひと時、渡り廊下を歩いていた面影に鶴丸が声をかけた事で、そこで二人の話に花が咲く。
鶴丸が取り出したのは、少し前に面影に呼び止められて手渡された、雅な彩の小箱だった。
中には、各種風味が異なる小粒のチョコレートが五つほど入っている筈だ。
バレンタインの贈り物に何を選ぶべきか、面影も色々と悩んでいたのだが、結局王道と言うべきか、オーソドックスな物にしようという事で落ち着いたらしい。
あの日から個人で幾度か万屋等に足を向けたり、現世の本を調達して自分なりに調べたが、典型的な贈り物としてチョコレートが選ばれているのは理解していたが、上級者となるとそこに更に「手作り」というオプションが付与されるらしい。
確かに、既製品よりは手作りの方が気持ちが篭っていると見做されやすいだろうし、気持ちが篭っていると言えなくもないだろう。
しかし、である。
下手にそういう行為に手を出す事は諸刃の刃だという事も、面影は理解していた。
バレンタインに熱狂している女性達、彼女らの殆どは、例外は多少あるとは言え、厨に立つ機会は多く、勿論、料理という作業にも馴染みはある筈だ。
対して、自分は「刀剣男士」だ、その本分は戦闘行為に殉じること。
料理でも一応刃は握るが、語る次元は違うだろう。
燭台切や歌仙とは異なり、料理に慣れていない自分が下手に「手作り」等に手を出そうものなら、後にどんな惨状が繰り広げられるか分かったものではない。
幸い、と言うべきか、自分達が折れさえしなければバレンタインという行事は一年に一度は巡ってくるものらしい。
今年は堅実に既製品で良いものを選び、来年までに精進する事としよう……やる時間があればの話だが。
実直な性格の面影らしく、結果、彼が選んで皆に渡すことになったのは、現世で少しばかり名の知られた店舗のバレンタイン限定のアソートだった。
「さっき一粒頂いたんだが、濃厚でコクがあって、和菓子にはない美味さだった。良い物を有難うな。来年のばれんたいんは俺も何か考えるか……ばれんたいんの礼にばれんたいんで返すってのもおかしな話だが」
実は、バレンタインの返事を返すホワイトデーというのもあるらしいのだが、と得た知識を思い浮かべた面影だったが、結局それを相手に告げる事はなかった。
今自分がそれを言うと、そのつもりはなくても返礼を期待する様な形になってしまうだろうし……少しだけこの男に事実を教えるのは単純に厄介ごとが増えそうで、憚られたからだ。
「他の奴らも感謝したり喜んでたぜ。そうだ、遠征組の奴らにも渡す心づもりなんだろう?」
「!……ああ、勿論だ」
「帰還は夜になりそうなんだったな。当日に渡せるか微妙なところだが……ちょっと残念な気もするなぁ」
一日ずれたからと言って渡す事実は変わらないのだが、と、まるで自身の心配事の様に懸念してくれた鶴丸に、面影は薄く微笑んで首を横に振った。
「私達にとっては任務の遂行が何より優先される事項だ。明日渡す事になっても、それは些細な事だ」
「まぁそれもそうか……無事に戻ることが最優先事項。けど、あの面子なら特に問題なく戦功を挙げて帰ってきてくれるだろうぜ」
「…そう、だと良いな」
ふ、と微笑む面影の脳裏に浮かぶのは一人の刀剣男士。
彼にとって唯一の想い人である、『三日月宗近』だった。
「三日月が遠征に加わるのは久しぶりだな…正直、少しだけ驚いた」
面影は忌憚ない、正直な気持ちを述べた。
そう…よりによってこの日に彼が本丸をほぼ一日不在になってしまうとは思っていなかった。
遠征は多少なりとも体力も精神も消耗する活動だ、時には遡行軍の襲撃を受けて戦闘を強いられる場合もある。
帰還する時には少なからず疲弊している事だろう。
本来の予定としては、のんびりとした本丸で折を見て三日月に皆と同じアソートを渡す筈だった。
そしてそれを茶請けにでもしてもらい、のんびりとのどかなひと時を過ごしてもらおうと考えていたのだが、帰る時間も夜であれば何かを手渡す事も憚られるだろう。
そして、実はもう一つ、今日の夜にこっそりと計画していたこともあったのだが、それも見送った方が良いだろうと面影は半ば諦めていた。
残念ではあるが…仕方ない、と自分を納得させる。
バレンタインは年に一度のイベントではあるが、一度きりのものではない。
今年は無理だとしても、来年がある……と気持ちを切り替えると、面影はその場で鶴丸と別れ、残っている任務を果たすべく廊下を歩いて行った…
かた、がたん…っ
『おお、帰ってきたか』
『思ったより早かったね』
「…?」
突然の静寂が破られたことに気付き、面影は顔を上げた。
自室で手元の灯りを頼りに読書に耽っていたが、どうやらあの音は遠征組が帰還した音の様だ。
少し集中して耳を澄ませてみると『お帰りなさい』とか労う言葉が聞こえて来たが、その声音は柔らかいものであったことから、どうやら鶴丸と見立てていた通り、傷などを負った者はいなかったらしい。
「……」
本当なら自分も出迎えに行きたかったのだが、珍しく面影は躊躇した。
一度は諦めた『計画』だったが、もし彼に会ってしまったらその決意も揺らいでしまうかもしれない、と考えたのだ。
駄目だ、明日……明日渡せば済むだけ………
既に入浴も済ませて浴衣に着替えていたのだから、そのまま床に就いて目を閉じたらすぐに明日は来るだろう。
(……寝るか)
予想より幾分か早い帰還だったが、それでも三日月達は疲れているだろう。
あまり気を遣わせるのも申し訳ないし、きっと彼らも審神者への報告を済ませ次第、すぐに床に就くだろう。
目の前の書机に両手を当て、力を込めて腰を浮かせようとしたその時、
『面影?』
「…っ!?」
障子の向こうから徐に声を掛けられ、不覚にも面影はそのまますとんと腰を落としてしまった。
「み…っ…みかづき?」
聞き覚えのある声音に即座に返事を返したものの、予期せぬ事態に彼の声は上ずってしまっていた。
全く気配を感じなかった……
自惚れるつもりはないが、こう見えても自分も刀剣男士の端くれだ、それなりに敵意などの気配を察知する能力は他の男士にも引けは取らない筈だ。
それなのに今の三日月の間近からの声…まるで何もない場所に一瞬にして現れたかの様な………
相変わらず底の知れない相手の能力に吃驚しながらも、取り敢えず面影は再度その場に立ち上がり、障子に近寄ってそれを静かに引いた。
遠征から帰って来たばかりの相手だ、あまり長く待たせてしまうのは良くない。
開けた障子の向こう側に見えたのは、いつもの狩衣姿の美麗な男だった。
その衣にも肌にも泥一つ塵一つ付着している様子はなく、まるで今下ろしたばかりの様な、一糸の乱れもない整った姿。
遠征帰りだと分かっていても、一見するだけではまるでそうだとは思えない。
そんな彼が闇の中に佇み、こちらの部屋の僅かな灯りにゆうらりと照らされている幽玄な光景は、千年に一度見える事が出来る夢幻の様だった。
「すまんな、こんな夜更けに」
「いや、まだ起きていたから問題ない。三日月こそ、帰って来たばかりで疲れているだろう? 何か今回の遠征で危急の問題でも?」
「うん……」
何となく言葉を濁した様子の三日月は、徐に面影に向かってすっと右手を掌を上に向けて差し出してきた。
「?」
その行為に意味を見出せず、不思議そうに首を傾げる面影に対し、三日月は楽しそうに笑いながら、ひょいひょいと手を上下に振る。
「…昼にお前の感謝の気持ちを配っていたそうだが、俺には無しか?」
「あ…」
相手の言わんとする事を即座に察し、若者は思わず弁明めいた言葉を口にした。
「い、いや…! 今日はもう遅いし疲れているだろうからと…明日渡すつもりだった。決して、準備していなかった訳では…」
気の毒なほどに狼狽え始めてしまった相手に、三日月はやり過ぎたかと眉を僅かに顰め、苦笑いを浮かべつつ言葉を重ねた。
「ああ、すまんすまん。分かっている…分かっているが、他の奴が貰えているのに俺が貰えていないというのはどうにも落ち着かなかったのでな。どうしても今日の内に受け取りたいと思った……俺の我儘だ」
「う………」
ほら、これだ……こんなに積極的に迫られてしまうと、自分が意思表示を示す前に受け止めるだけで精一杯なのだ。
「わ、分かった、ちょっと待ってくれ…」
面影は気を取り直し、書机の下に置いてあった袋を屈んで取り上げると、中から鶴丸達に渡したものと同じ小箱を一つ取り出した。
まだ袋の中に入っているものは他の遠征組の男士達の分だが、それらは当初の予定通り、明日に手渡すつもりだ。
「あの……いつも、有難う。ささやかなものだが…」
そ、と控えめに差し出される箱を、三日月は心底嬉しそうな笑顔を浮かべて受け取った。
「うんうん、はは、やはり嬉しいものだなぁ。尤も、お前からの贈り物であれば何であっても歓迎だが」
純粋に喜んでくれる相手の姿を見て、知らず胸が高鳴ったところで、改めて面影は自身が考えていたもう一つの『計画』の事を思い出していた。
元々予定していた計画…今日は実行に移すことは相手の休息の妨げにもなるのではないかと危惧し、見送る予定だった。
しかし、彼本人が今、この場に来てしまったのなら……そんな気遣いは果たして何処まで意味があるだろう?
(でも………)
そこまで考えても、面影はまだ踏ん切りがつかない。
何故なら、この『計画』の成就は、必然的に彼に疲労を重ねさせる事になる訳で………
「面影? どうした?」
思考をフル回転させている間、ぼんやりとした表情の面影を気遣って三日月が声を掛けると、意を決した様に彼はこちらへと顔を向けた。
「あの……三日月?」
「ん?」
「……もう、部屋で休むのだろう? その…お前にはもう一つ、渡したいものがあるのだが…お前、だけに…」
そんな面影の申し出に、僅かに三日月の双眸が開かれた。
「…俺だけに?」
「ああ………三日月も、着替えとか休む準備もあるだろう? もし良ければ部屋で待っていてくれるか? 迷惑でなければ、持って行くから…」
「待つ」
返事が遅れたらこの若者のことだ、すぐに提案を引っ込めて遠慮してしまうだろうと思ったのか、食い気味に三日月は即答した。
「では……頃合いを見て向かおう。しかし、疲れているなら無理しないでくれ」
「問題ない。待っているぞ?」
これで終わりではない、またすぐに己の自室で会えるという保証が出来たからか、三日月はその場で暇を告げてそのまま真っ直ぐ自分の部屋へと向かっていった。
部屋割り上、三日月の部屋は面影のそれの隣、奥まった場所に位置しているので、そんなに離れてはいない。
それでも相手が着替えるなどの時間は必要だろうと、面影は多少の時間を自室で潰してから向かう様にした。
一旦は渡す日を明日に延期しようと決めていたその物を、部屋の隅に置いていた行李から大事そうに取り出すと、今度はそれを机上に置いていた塗箱に入れて蓋をする。
そんな行為をゆっくりと行いながら、面影は胸の動悸をなかなか抑える事は出来なかった。
今から彼の部屋で仕掛ける計画は、果たして彼に受け入れて貰えるだろうか……?
(いや……どんな結果になるとしても、私は三日月の判断に従おう…)
一年に一度の告白の行事。
当日に行う事を一時でも諦めていたのだし、それがどんな形であれ実行出来る事になったのは、幸いだろう。
それから暫く、三日月が湯浴みをして浴衣に着替えただろう頃を見計らい、幾度か深呼吸をしてから面影は塗箱を手にして立ち上がった。
(落ち着いて………自然に………)
心でそうは思いながらも、どうしても緊張してしまう。
遡行軍と戦う前の、あの堅く鋭く張り詰めた空気ともまた違う……どちらかと言うと、今の方が慣れない故に心が揺れてしまう。
そのまま廊下に出た面影は、深呼吸しながらゆっくりと歩を進めて三日月の部屋の障子前まで辿り着いた。
薄い障子紙の向こうにはぼんやりと淡い光が見え、相手が在室である事を示している。
「………みか、づき?」
つい緊張と遠慮が合わさり、呼び掛けが不自然に途切れてしまった。
それに内心慌てる暇もなく、向こうから障子が開かれ、浴衣姿で寛いだ様子の三日月が姿を見せる。
「待っていたぞ、面影」
狩衣姿の時よりは威圧感が払拭され、柔らかな印象の浴衣姿の優男は、同じく安心感を抱かせる様な温和な視線を惜しげなく面影へと向けてくる。
そんな優しさに満ちた視線であるにも関わらず、その目力は決して相手が視線を逸らす事を許さない、抗えない魅力を備えていた。
「…本来ならもう床に就いていただろうに、邪魔してすまない」
「いや、お前ならいつでも歓迎するぞ。さ、そこは冷えるだろう、入るといい」
まだまだ冬の最中であるこの時期は、外気の影響を直接的に受ける渡り廊下は芯から冷える気温であり、三日月は会話を早々に切り上げ、先ずは相手を部屋の中へと招き入れた。
促されるままに部屋に入った面影は、部屋の暖かさに小さく息を吐き出した。
身体の強靭さは只の人とは比べるべくも無いのだが、それでも感覚は同じなのだ、強いことと鈍いことは同義ではない。
「寒かっただろう? 茶でも淹れるか?」
「いや、そんなに長く廊下にいた訳ではないから、大丈夫だ」
それよりも、と、面影はそっと三日月に向かって手にしていた塗箱を差し出した。
いつもならその中には便箋や筆が入れられている漆塗りの黒い箱を、面影から受け取った三日月は小さく首を傾げた。
「これは…お前愛用の物ではなかったか?」
「ああ……渡したいのは箱ではなく、中に入っているものだが」
「…開けても良いか?」
「勿論…」
すぐに答えは返ってきたものの、その声が微かに震えているのに三日月は気付いた…が、向こうがそれ以上は何も言わない事を受け、敢えて問うことはしない。
声音の変化、その理由はこの箱の中にあるのかもしれないからだ。
立ったままで開けるのは蓋の置き場などに困るので、先ずは机の側に両膝を付く形で腰を下ろし、机上に塗箱を置く。
そしてゆっくりと上蓋に手を掛けてそれを外すと、中には箱ぎりぎりの大きさの、別の白箱が収められていた。
その箱には対照的に深紅のリボンが丁寧に掛けられている。
実はバレンタイン限定のその品物を現世で購入した際にサービスとして掛けるリボンの色をを選ぶことが出来たのだが、そこまで彼に語る必要はない、故に面影はそのまま沈黙を守った。
他の刀剣男士達に配ったアソートよりも数倍は大きい箱、それにその材質もいかにも高級感溢れている。
相応の値段はしたのだろうその品をまじまじと眺めた後、三日月は楽しそうに瞳を揺らしながら紅いリボンに手を伸ばし、しゅるんと乾いた音をたててそれを解いた。
白い紙箱の蓋を外しにかかる動作と、面影の説明が重なる。
「結局、手作りは無理だったから……店の薦めている品の中から選んだ。甘みを抑えた大人の男性に人気のものだという話だったから、不味くはない、と、思う…」
そこに並んでいたのは、一粒ずつの濃褐色の艶々と輝く宝玉。
何の装飾も施されていない、小梅程の大きさの球体に近いチョコレートが縦横三つずつ配されていた。
「ほう……美しいな」
西洋の菓子については詳しくはない、が、職人の技が凝らされているのだろうそれを上から眺めていた三日月が呟く脇では、邪魔にならない様に解いたリボンを面影が手を伸ばして引き抜いている。
「ちょこれーとというのはおやつでも食したことはあるぞ? こういう色合いの物の他にも白いのや、苦味が効いた物もあるのだったな。確か主は苦いのは苦手で白い、ほわいとちょこれーとというのが好みだったと言っていた」
審神者の好みをしっかり記憶しているのは流石、筆頭近侍というところだろうか。
どれ、と内の一粒を摘まみ上げてひょいと口へと運ぶと、やや苦みが強い甘味がじわりと舌に拡がってゆく。
馴染みがない味ではないが、確かに、普段口にしていた同じ菓子と比較すると雑味が感じられない気がする…
独り占めするのもあれなので、ごく自然に三日月が机に置いたそれを相手の方へと押し出しつつ身体もそちらへと向けた…が、
「……?」
何が起こっているのか分からない様子で、三日月の瞳が大きく見開かれる。
そんな珍しい様子の男に見守られながら、面影は先程引き抜いたばかりのリボンを手に取り、それを自らの首へと運んでいた。
二人が一言も発しない無音の中で、面影は三日月から視線を逸らす様にそれを畳の上に向けつつ、しゅるっと首を一周させる形でリボンを巻き付け、その端々を摘まんで器用に蝶結びを作った。
若者の白い肌に彩りを添える様な紅いリボンは、単体であるより遥かに目を引いた。
「………」
口腔内の熱を受け、含んでいたチョコレートが徐々に溶けていったが、それを咀嚼するのも忘れて三日月が見つめてくる中、視線を逸らしていた面影が、そろりと顔を遠慮がちに上げる。
陰っていた顔が露わになると、その美しい肌が鮮やかに朱に染まっているのが明らかになった。
「………あ、あのっ…三日月…」
す、と膝で相手の方へとにじり寄りながら、面影は名を呼び、両手を差し伸べ、そのまま彼に抱き着いた。
こんな大胆な行為をする事はこの若者には滅多に無く、必死に押し隠してはいるものの本人の内心は大いに乱れていた。
…………思えば、それが失敗の元だったのかもしれない。
そんな行為を面影から受けた三日月が硬直する中、緊張でか火照っている身体を擦り寄せて、面影が小さな声で囁いた。
「…つ、かれているのは、知ってる……私の身体も…もう、食べ飽きているかも、しれないが………その……良ければ今夜……私も、食べてくれない、か…?」
そう、これが、面影が考えていたもう一つの『計画』
自身にリボンを巻き付け、『贈り物』として差し出すという大胆な行動だったのだが、これが成就するか否かは相手次第だった。
疲労が酷い場合だったり、その気にならなかった場合にはすぐにこちらが退いてしまえば良い。
正直、そうなれば残念だとは思うが…実行出来たという事だけでも十分だ。
(…………あ、れ…?)
さぁ、彼はどう出るのだろうか……と考えていたところで、ふと、面影は自身の思い描いていた筋書きとは何かが違う事に思い当たった。
何だろう……相手を誘うという最大の難関はちゃんと達成した筈…なのに…何かが欠けている様な?
ぶるっ………
三日月の身体が僅かに震えるのが伝わって来るのと同時に、面影はそこで重大な事実を思い出し、真っ赤な顔から一転、顔面蒼白になる。
(あ…しくじった………っ!!)
誘いを掛ける前にやる筈だった、『告白』を見事にぶっちぎってしまった!
取り返しのつかない失敗を仕出かした事実に気付いた面影は、心の中で失敗を悔やんでごろごろと転げ回る。
無論、現実では決して出来ない、晒せない醜態。
(何で……何度も、何度も、繰り返し練習していたのに…っ!!)
今し方三日月に迫った様に、いきなり身体を差し出すつもりではなく、先ずは愛の告白をする予定だったのに…と言うか、そもそもそれが最大の目的であった筈なのに……!!
告白も何も無いまま、身体を擦り寄せて誘惑紛いな行動を取るなど、非常識にも破廉恥にも程がある!
(こっ、これでは完全に男に飢えた不埒者じゃないか…!! 駄目だ、完全に三日月にも呆れられる……!!)
どうしよう、気を取り直して今からでも身体を離して告白からやり直すか?
それとも一旦引いて、無かった事にして自室に退散するか?
その場合、どう説明したら上手くこの場から離れる事ができる?
今の自分はもう、相手に密着する形で首に腕まで回している姿だと言うのに………
今、告白をどさくさに紛れてするとしても……駄目だ、流れが滅茶苦茶すぎる。
(み、三日月……動かない……やはり呆れてるんだろう…慣れない事など、するのではなかった……!!)
恥じるしかない己の取った行動を悔やみ、面影は三日月から身を離そうと試みた。
言い訳は後で幾らでも考える、兎に角、ここは先ず相手の腕の中から逃れてしまおう…!!
「すっ、すまない三日月!! 疲れているだろうに、馬鹿な事を…! どうか忘れてゆっくり休んで…」
「くれ」、と続けようとしたところで、言葉が途切れる。
「ん…っ」
有無を言わせぬ強引さで、三日月が面影の唇を自分のそれで塞いでいた。
(あ…っ……甘い……ううん、苦い…?)
いつもの口吸いとは明らかに違う味覚を感じて、その正体を直ぐに悟る。
チョコレートだ。
先程、目の前の男が一粒口に入れていたモノが熱で蕩けたものを、口移しでそのまま流し込んできたのだろう。
特徴的な甘味と、それに加わった何か芳醇な香りと苦味が味蕾の上で踊り、それに加わる形で三日月の温かく滑らかな舌が唾液を添えて掻き回してきた。
「ん…っ…んっ…」
口中を犯される心地よさと、唇を塞がれた少しの息苦しさに、鼻に抜けた声が上がり、眉が顰められる。
この苦味は何だろう…? 何の味だったか……知っている筈なのに、それ程馴染みがないものだったのか思い出せない。
確か…大人の男性に好まれている物だったと……ああ、どうしてか、頭がさっきからぼんやりし始めて………
自分からの口移しを受けて、瞳を閉じ、なされるがままになっている面影の艶っぽい表情に、三日月は先程から理性を留めるのに必死だった。
正しく言えば、向こうが『食べてくれ』としどけなく腕を首に絡めてきた、あの奇跡の様な瞬間からだ。
(全く……こいつは俺を殺す気か?)
あんな無防備な姿であんなおねだりをして……閨の中で乱れに乱れた中での睦言ではなく、はっきりと自我を持った意識下でそんな誘いをかける事など、今まで一度としてなかった。
お陰で、興奮で身が震えるのを隠しきれなかったし、口にしていたチョコの一粒を咀嚼することすら忘れてしまっていた。
何やらチョコの他にも別の食材が混ぜ込まれていた様だが…ああ、これは知っている……毒ではないし、これはこれで使い道がありそうだ。
(仮に俺以外にあんな姿を見せていたらと思うと……あり得ない話なのに、気が狂いそうになるな)
ばれんたいんという行事がそんな奥手な彼の背中を押してくれたのだとしたら、大いに感謝したいと思う。
久し振りに唇を相手のそれから離すと、ゆるゆると若者が潤んだ瞳を開いてこちらを見上げてきた。
「あ……」
「……食べてもいいのか?…」
獣が骨も残さぬ程に食い尽くしてやろうか、という様に顔を寄せて尋ねてくる男に、一瞬、ぴくんと肩を揺らした面影だったが、流石にここまで来ておいて今更「無し」は通じないと理解している様子だった。
そして、元々覚悟を決めていたある事を相手に伝える。
「…み、かづきは、今日、遠征帰りだろう?」
「ん? ああ…」
確かに遠征帰りで多少の疲労感は自覚しているが、こんな極上の据え膳を食わぬ程に禁欲的ではない、寧ろいつもより歯止めは効かないかもしれない……
疲労など支障にはならないと三日月が断りを入れる前に、「だから」、と相手が先手を打ってきた。
「お前は疲れているだろうから……き、今日は……私が、が、頑張る、から……」
「!!!」
本日二度目の殺神未遂………
相手の心意気を全無視して、そのまま押し倒したくなった衝動を抑えた自分を誰か褒めてほしい。
我慢しろ…我慢しろ三日月宗近………!!
何度も何度も己を引き留める言葉を念仏の様に繰り返して自制している三日月の姿は、一見全く変わらない表情と相まって、面影に要らぬ不安を抱かせてしまったらしい。
「や、やはり……押し付けてしまったか? 嫌ならすぐに部屋に戻る、から…っ」
気分を害してしまったかと腰を慌てて浮かせて立ちあがろうとした相手を、三日月は咄嗟に手首を掴んで引き寄せ、胸の中に抱き留めた。
(この男は………本当に…!)
そっと側に寄り添って来たかと思えば蠱惑的な仕草と直向きな表情でこちらを誘い、次の瞬間には青い鳥の様に手の内から逃げようとする。
こんな、男を振り回す手管を繰り出しておいて、本人は全くの無自覚なのだから恐ろしい………
「つれない事を言うな…」
焦った心中を決して見せない様に、涼やかな表情で軽く相手を咎めつつ、さわりと彼の頭を優しく撫でる。
「俺をここまで煽っておきながら、寂しく一人遊びをさせるつもりか? ん?」
「そ、そんな、つもりは……」
「では、じじいの世話を頼むぞ?」
「………ん…」
頼まれたところで一旦は頷いたものの、はた、と気が付いた様に面影は三日月に尋ねてみた。
「あ……布団に…行くか?」
こんな机の隣、畳の上で事に及ぶのは気が引けたらしいのが、三日月は首を横に振って拒否した。
「たまにはこういう場所でも良かろう?」
「う………」
「…物足りなかったら、俺も少しは手伝うぞ、さぁ……」
促され、面影は意を決した様に目を閉じ、改めて三日月に静かに優しい口付けを落とした。
ちゅ、ちゅ、と幾度も口付けを繰り返している内に、面影にささやかな変化が現れ始めた。
(あ……何故……身体、熱くなってきた………)
浴衣の下の身体がかっかと火照ってきたのだ。
確かにこれまでの三日月との行為の際にも身体は甘美な熱を孕んでいたが、今のタイミングは早過ぎる。
もしかしたら自分の大胆な行動で無意識に興奮してしまったのかもしれない…と考えたが、熱は治るどころか寧ろどんどんと酷くなってきたらしく、面影は堪らずしゅっと小さな音を立てて帯を解き、はらりと自らの浴衣の前をはだけた後、続いて三日月の浴衣も脱がせに掛かった。
「ぬ、脱がせる、ぞ?」
「!……ああ」
緊張も露な相手の様子にくす、と笑みを溢しつつも、三日月は素直に相手から伸ばされた手に従い、帯を解かれ、浴衣の前を開かれると、そのままの流れでとさりと畳の上に押し倒された。
(…確かにこういうのは久し振りだな…)
いつもなら自分が相手を押し倒して身も心も征服していくのだが、今は真逆の体勢だった。
さてどうして来るのか…と様子を伺っていると、こちらの胸へと顔を寄せて来て、右の乳首に唇を付けつつ舌先で舐め上げ始めた。
「ん……ん…」
自分のより僅かに色素の強い相手の肌だが、それでも抜ける様な白さを誇り傷一つない。
その磁器の様に滑らかな胸の左右に小さく実る果実の一つを口に含み、当初は柔らかな感触だったそれを舌で優しく擦ってやると、見る見る内に固さと大きさが増して来た。
ちらりと覗き見る様に相手の表情を窺うと、いつもと変わらない優しい笑みを浮かべている…が、身体は間違いなく自分の愛撫に反応してくれているのを知り、面影は動悸を覚えながらも歓びを感じていた。
(よかった……ちゃんと、感じてくれてる…)
実は面影は抱かれるだけではなく、時には三日月を抱く時もある。
頻度としては抱かれる機会が殆どではあるが、こうして相手の身体を責める機会を持っていない訳ではない。
しかしやはり機会が少ないので、相手をちゃんと歓ばせてあげられているのか不安を覚えてもいた。
「…きもち…いい…?」
そんな不安な気持ちに押される形でつい尋ねてしまった面影に対し、三日月は右手を掲げて彼の柔らかな頬を下から撫で上げて頷く。
「ああ…己が身が冷えた剣身である事が信じられぬ程に熱く、心地良い……」
「…っ……わ、たしも…」
同じだ、という気持ちを込めながら面影は再び舌を這わせつつ、左の乳首には指を伸ばしてくりくりと弄り始める。
そちらの突起も直ぐに固くなり、快感を伝えてきて、面影は夢中になって愛撫を続けた。
(あ……だめ……)
相手の勃起した乳首を見ていると、ずくんと自らの同じ箇所にも疼きが走り、更に全身に熱が籠る様な感覚を覚える。
(だめ…だ…っ……今日は、私が……三日月を……)
気持ち良くさせてあげると決めていたのだから………
必死に欲情を抑え込んで行為に集中しようと思っても、ぴんと尖った蕾が目の前にあるとどうしてもそちらへと意識が向いてしまう。
いつもなら今、自分が三日月にしている様にしゃぶったり捏ね回されたりしてもらえていたのに……
「…………」
切なげな表情で、それでも必死に奉仕へと集中しようとしている想い人を三日月が無言で優しく見つめる。
面影本人は気が付いていない様だが、潤んだ熱っぽい視線、汗ばみ上気した肌、物欲しげにくねる腰……明らかに欲情している身体だ。
きっと、自分から言い出しただけに、こちらから手を出す様に願うのは心情的に憚られてしまうのだろう。
(…言ってくれたら幾らでも可愛がってやるものを……)
しかし、大胆に誘って来てくれた相手の行為を愉しみたいというのも紛れもない本心であり………
(ふむ……少しだけ手を貸すか…)
くす、と笑みを深めると、三日月はぐいと相手の上半身をじぶんのそれと並べる様に引き上げ、ぎゅっと抱き締めながら自身の蕾と相手のそれをきつく擦り合わせた。
「んあ…っ」
肩を震わせ、胸に走る快感に喘ぐと同時に、上体を反らせた反動で下半身が下へと動いて、三日月の雄と己の雄の先端がくちゅりと擦れ合った。
「あ、あ…っ!」
二人の楔は互いの興奮を受けて既に十分な固さと角度を誇っており、時折、ぴくんぴくんと何かを訴える様に頭を振っている。
濡れた先端が擦れ、薄い粘膜を通しての快感が走り抜けて面影の嬌声が上がるが、その堪らない程の快感に囚われたのかすぐにまた身体を擦り寄せてきた。
自分のだけでなく三日月の性感帯も責める形なので、これなら相手も歓ばせることが出来ると、面影の動きはいつになく積極的だった。
「んん……あっあっ……きもち、い…っ………ああ…だめ、みかづきも…良く、しなきゃ…っ」
ずりっずりっと重なる度に二人の固くなった乳首は汗に濡れて光りながら抵抗を示しながら形を変える。
三日月に奉仕しないと、という意思の一方では快感を追いかけたいという欲望もあり、面影は心を乱しながらも動く身体を止められずにいた。
「ああ……俺も凄く好い……だが」
くくっと唇を歪めて、三日月は徐に右手を二人の身体の間に割り込ませ、二本の楔を重ねて握り込むと、ずちゅずちゅと淫らな水音を激しく立てるように腰を動かし始めた。
「まだ感じたいな……そら、お前ももっと腰を振れ、俺を気持ち良くしてくれるのだろう?」
「あっあっあぁ〜っ!」
濡れた楔達が動く度に水音に耳が犯され、更に己のが太く固く成長していくのを感じながら、三日月の誘惑に押される形で面影は激しく腰を前後に動かした。
動く度に身体の中心から押し寄せる快感の波を受け止めながら、口の端から涎を溢しつついつもより激しく乱れていた面影に、三日月は容赦無く次の悪戯を仕掛けてくる。
くちゅっ………
「ひん…っ!」
左手も下に回し、そちらは面影の背側へと移動させると臀部の狭間に息づいていた秘孔へと触れさせると、そのまま一気に人差し指と中指を同時に埋めてきた。
「あ…あぁっ……そ、こ…」
根元まですんなりと呑み込んだ淫穴の奥はとても熱く、嬉しそうに男の指を迎え入れてきつく締め付けて来る。
ゆっくりと……ゆっくりと焦らす様に二本を根元まで挿れた後は再び第一関節までゆるゆると引き抜いていく。
「あ……やだ…」
抜かないで……もっと……
心で密かに願った直後、それが聞こえた様に三日月は再び勢いよくずぷりと二本を突き入れる。
「あ、あっ!!」
それからは緩急をつけながら奥を抉ったり、淫肉を擦ったり、雄の泣きどころを責めたりして更に面影を乱すように煽っていった。
「あ、ひぁんっ! は、あっ…! いいっ!……も…っと!」
がくんがくんと激しく腰を揺らし、尚も悦楽を求める様に身体を寄せて来ていた面影は遂に耐え切れなくなったかぐいっと腕を立てて身を起こし、三日月を見下ろしながら熱っぽい息を吐き出しつつ言った。
「み、かづき……もう、挿れても、いい……?」
三日月の身体に膝立ちで跨る姿になり、彼はそっと後ろ手で相手の岐立した昂り触れると、そのまますりすりとねだる様に撫で上げた。
「いっぱい動いて……わたしの内で、擦って、気持ち良くする、から……」
自らのものも既に限界に近く、腹に付く程に反り返っているのを露わにしながら尋ねてくる。
それは奉仕をしたいという純粋な気持ちか、或いは飢えた身体に昂りを呑み込み貪りたいという欲望か……最早本人にすら分からないのだろう。
焦点が不安定になっている相手の瞳を見据えつつ、三日月は許しを与える様に頷いた。
「良かろう……お前の内の味、堪能させてもらうぞ」
「……っ」
明らかに目の奥に歓喜の色を宿し、面影は相手のを支えて持ったまま、秘門に相手の先端を触れさせて向きを定めると一気に腰を落としていった。
ずぷぷぷ…っ
「あああ……! いっ…! おおきっ…! みかづき、の…オ○ン○ンッ!! はあぁぁん…っ!」
「っ……ふふ、食いしん坊め…一気に根元まで頬張って……」
「ん…っ、んっ…! も…っと、たくさん動いて…オ○ン○ン、よくして、あげるから…っ!!」
いつもの控え目な所作とは程遠い、まるで獣の様な激しさと荒々しい動きで、面影は上下に身体を動かして三日月の楔を秘肉の坩堝で繰り返し擦り上げた。
「たべ、て…もっと奥まで、食べてっ! あっあっあっ! わ、たしの…身体で…達って…っ」
「良い行事だな、ばれんたいんというのは……お前が自らここまで乱れる姿を見られるのだから…」
その切っ掛けになったのなら大歓迎だ…と呑まれた雄へもたらされている快感を享受していた男は、ふとその行事から側にあったチョコレートの入った小箱の事を思い出して視線を向けた。
まだ一つしか食べていないそれらは一箇所だけ欠けた状態で、変わらず鎮座しており、三日月は何かを思いついた様にまた一つを指先で取り上げた。
小さな丸い褐色の宝玉は指に取られた側からじんわりと溶け始めたが、全てを承知している様に彼は慌てる素振りも見せず、それをゆっくりと面影の身体の方へと持って行き………
ちゅく……
「あ…っ! い、いやっ、そんなとこ、に……!!」
若者の目前でチョコレートの粒が、岐立して歓喜の涙を溢していた己の肉棒の先端に触れてきた。
無機物と粘膜が面影の腰が揺れる度に触れ合い、雄の熱を受けて宝玉がぬるりと蕩けていく。
「あっ! あっー! やっ、もうっ、達く、のにっ!! ああんっ、射精ちゃうっ! かけちゃ、うぅっ!」
劣情の証で、相手への贈り物を汚してしまう……しかもそれは本来食す為の物なのに……!!
「構わぬ、達け」
「んっ、あっ! ああぁ〜〜っ!!」
ぐるぐると脳内が掻き回される様な混乱の中でも、相手の声だけははっきりと聞こえた。
身体の最奥が灼けるほどに熱く、繰り返し波が押し寄せるかの様に心地良いのは、身体が勝手に動いて三日月の怒張を受け入れているからだろう……が、どんな淫らで浅ましい姿を今の自分が晒しているのかがもう分からない。
ただこの瞬間はっきりしたのは、相手の赦しの言葉が自身の限界を迎える扉を難なく開いてしまったという事だった。
「いっ……くぅぅぅぅっ!!」
「っ…!!」
三日月が息を詰めたのがいやに強調して感じられたのと同時に、体内に在った彼の分身がぐぐっと膨張するのが分かった。
嗚呼………彼と、一緒に…………!
びゅっ! びゅるるるっ!!
どくんっ! どぴゅ…どぴっ…!
双方同時の射精の瞬間、背を限界まで仰け反らせて宙を仰いだ面影には、絶頂を迎えて爆ぜる楔の先端から噴き出した白濁の熱液が、掲げられていた褐色の珠玉に叩きつけられてどろりとその形を崩した光景を見る事は叶わなかった。
「あ……あっ……」
三日月の肉棒が体内で跳ね回りながら、侵食する様に幾度も奥に雄液を注ぎ込んでくる……
ぶるるっと全身を震わせながら快感の余韻を噛み締めつつ、ふ、と視線を下へと向けると三日月のそれとが交わった。
面影がこちらを見下ろしているのを確認した彼は、妖艶な笑みを浮かべ、自らの口元へと何かを運ぶ。
「…っ!!」
その指先に摘まれた物が自らの精の残渣で白く彩られたチョコレートの一粒だと察したのと同時に、向こうは見せつける様に滑らかな舌を伸ばしてそれを掬い取り、口中へと運んでいった。
「ああ、美味だな……お前のほわいとちょこと混ざり合って、より甘美だ…ふふ」
そして、ああ、まだ此処にも残っていた、と呟きながら、先程チョコを押し当てていた面影の分身の先端に指を伸ばしてチョコレートの溶けた残渣をぐいと拭うと、それも口へと運んでぺちゃりと舐め取った。
「あ、ん……っ」
射精を終えたばかりの敏感な粘膜を指の腹で擦られた刺激もあったが、それより強烈に面影の意識に刻まれたのは目の前で己の体液と共に菓子を食した三日月の表情だった。
紅い舌の上に、形が崩れつつあったそれを乗せて口中へと運ぶ時の、まるで見せびらかす様な優越感に満ちた微笑み………
(こんなの………違う…筈なのに…)
こんな気持ちを抱くのはおかしい筈なのに、今の自分の胸中に湧き上がるのは紛れもなく「羨望」だった。
そう、自分もまた、相手の性の熱液を絡めたあの菓子を食べたいと、味わいたいと思っているのだ。
そして今なら、そんな我欲を満たすのは実に容易い事だとも理解していた。
何故ならば、ほんの少し前に彼は自分の肉壺の奥で勢い良く精を放ったばかり。
今も自身の体内に留まったままだが、それを引き抜けば白濁に塗れた彼の楔が………
(私も………欲しい……食べ、たい…っ)
抑え切れない欲望に唆され、面影は腰を浮かせてぬるりと相手を体内から引き抜きつつ彼に縋りついた。
「三日月……っ、わ、たしも…それ…ほしいっ……」
それ、というのが何を示しているのか勿論察している三日月は、必死な様子で縋り付いてくる面影に頷きながら、そっとその頤を持ち上げると、唇を塞ぎながら再度口の中で蕩けていたチョコレートを相手の体液と共に注ぎ込んだ。
そうしながら、別の手で小箱の中から新たなチョコレートを摘まみ上げて面影へと手渡す。
「お前の好きな様に……な?」
「ん……」
促されるままに面影はそれを手にしたまま頭が相手の股間に位置する場所まで身を引くと、熱い吐息を零しながら急くようにチョコを相手の白濁に濡れた茎へと押し当てる。
吐精した後とは言え、触れるといまだ確かな熱を伝えてくるそれに押し当てられ、チョコレートはじわりと解け始めて褐色の液体に変じていったのだが、不意にその粒の中からとくんと液体が溢れ出した。
「あ……っ…」
溶けるチョコレートよりは粘度が低めだったそれは、そのまま素直に茎の弧に従い下へと垂れていき、畳へと滴りそうになる。
しかし、重力に引き寄せられる直前で、雫は唇を寄せて来た面影によって舐め取られる形になった。
(苦い………これ、ちょこ、じゃ、ない…)
口移しで飲まされた時にもそんな違和感を感じていたが、二度目の味見で確信を持った。
最初は熱に浮かされたみたいになっていて考える事も難しかったが、確かにこれに似た味を自分は知っている……
(………あ…っ)
そこでようやく面影はある事実に思い至った。
店で品を購入した際に、店員から言われた言葉を思い出したのだ。
『度数がやや強めですから、弱い方にはお勧め出来ません。しかし、お酒がお好きな方には喜ばれると思いますよ』
(そうか………これは…酒の味…)
ようやく……当然の事をようやく思い出したところで、はた、と彼は重要な事実思い至る。
そうだ、これを選んだのはそもそも三日月が酒が結構イケるクチだったからだ。
しかし自分はそんな彼とは全くの真逆……そう、完全に下戸…らしい。
らしいというのは、いつか男士達が揃った酒盛りに参加した際に何も考えずに色々と飲んでしまった結果、その時の記憶をほぼ完全に失ったばかりか、翌日に二日酔いに苦しむ醜態を晒してしまったのだ。
それに加えて、酔っている最中にいつにも増して性欲を解放して三日月に夜通し可愛がられてしまったらしい。
そんな過去があって面影は固く誓ったのだ、二度と酒は飲むまい、と。
元々酒好きが高じての禁酒ではなかったので、飲まないというのはさして難しい選択ではなかった。
今回の贈り物については、まさか自分が口にする事になるとは微塵も考えなかったが、それは責められる事ではないだろう……名の通り贈り物だったのだから。
(……どう、しよう……わたし、また…)
少量ではあるが飲んでしまった……そうか、この身体の不自然な熱も、そう考えたら合点がいく。
あの一口目の微量な酒に、身体が敏感に反応を返してきていたのか……
それでも、面影はもう己の行動を止める事は出来なかった。
「ああ………」
酒と共に蕩けて肉棒に伝う褐色の液体……それが、粘膜に付着していた白濁と混じり合いながら濡れ光っている光景は、あまりにも淫靡であり、背徳に満ちていた。
「ん……っ」
もう、身体が止められない………
素面の面影であれば己を律する事など容易い筈なのだが、やはり酒が理性を麻痺させているのだろうか、何かを考えるより先に身体が勝手に動いてしまう………
手にしていたチョコレートの崩れた粒を更に三日月の分身に押し付け擦り付けると、まだらにコーティングされた肉棒に舌を這わせて荒々しく貪り始めた。
はぁはぁと激しい息遣いを漏らしながらも、一滴も取りこぼさない様に舌を動かす今の自分の姿をきっと彼は見下ろしているだろう。
そう言えば彼は知っていたんだろうか、この菓子の中身に仕込まれていた酒の存在を…いや、知らない筈はない。
では最初から私にこの中身を飲ませたのも、彼の思惑だったのだろうか………こちらの意志を乱すために……?
視線を相手に向けなくても彼がこちらを凝視しているのが気配で分かり、それさえも面影を煽ってきた。
「ん……っ……あ……おい、し……」
淫らな水音を口元から溢しながら幾度も茎や先端に口付けを繰り返す内に、面影本人にも自覚が無いのか、表情が朦朧として瞳の焦点がぼやけてきている。
どうやら、更に酩酊が進行してきている様子だった。
それに伴う様に、彼の声音が普段のそれとはまるで異なる甘ったるいものへと変じていく。
「み、かづき…………三日月……っ♡ ほわいとちょこ、もっと、ちょうだい♡」
「うん…まだ足りないのだな…よしよし、好きなだけしゃぶると良い」
面影の瞳を覗き込み、彼の意識がいつもと異なり酒によって乱れているのを確認すると、上手くいったとばかりに三日月がうっそりと笑う。
あの酒盛りの日以来、そろそろまた酒で乱され、甘えてくる面影を見たいと思っていた彼にとって、バレンタインにとウィスキーボンボンを本人が持って来てくれたのは僥倖だった。
たった数粒口にしただけなのに、もうこんなに甘い声を出して恥ずかしげもなくおねだりをするとは……やはり若者の下戸体質は筋金入りの様だ。
前回とは摂取量は雲泥の差だが、果たして明日になって記憶は残っているだろうか……?
どちらにしろ、今の相手の痴態を自分が見て、覚えているのならそれで良いが。
「ん……っ♡……ん、む…♡」
三日月の促しに歓喜した様子で、面影はそれから飢えた獣の様に相手の昂ぶりに舌を伸ばし、喉奥の更に奥まで呑み込んだ。
まだ少しは残っていたチョコの残渣も混じった白濁を味わいつつ、肉棒の熱と形を確かめる様に舌を這わせて愛撫する姿は闇に蠢く美しい淫魔の様だ。
淫魔は人を惑わしその精を搾り取る魔だというが、今の彼は月の神に傅き、その情に縋っている。
強制ではなく優しく頭を撫でられたり髪を指で梳かれるなどされながら、息苦しさに耐えつつ奉仕する内に、ぐんぐんと楔が口中を圧迫してくるのを感じ、面影は微かに眉を顰めた。
(ああ……収まらない程に大きく…っ♡ だめ、はやく、はやく…お願いだから、射精してっ……♡♡)
陸に上がった魚の様に激しく口中で舌を躍らせて三日月の分身を刺激してやると、その瞬間、自らの身体を挟み込んでいた三日月の細い太腿が微かに震えるのを感じた。
「んん……っ!♡」
ああ、来る……熱い淫液が、私の口を犯そうと……っ
「……っは…」
小さな呻きを三日月が零したのとほぼ同時に昂ぶりが一際太く膨張し、先端の孔から濃白色の液体が勢いよく迸り面影の喉奥を強打した。
「ん…♡! んふうぅぅっ♡♡♡!!……っく、ん…♡」
元々口一杯に熱い質量を納めていたので、注がれた白濁は見る見るうちに口内に溢れ、収まりきれなかったものが口端から筋となって溢れ出る。
それでも、殆どの精はこくこくと面影の喉が鳴らされる中で嚥下されていった。
「……ふぁ…♡」
ちゅぷっと久し振りに肉棒から口を離し、尚も口元を指で拭って舐め取る仕草をしながら恍惚の表情を浮かべる面影の双肩を、三日月が両手で押さえてそのまま仰向けに押し倒した。
「あ……ん」
「ばれんたいんは、女が好いた男に愛を告白するのだったな………」
そう確認しながら、何処か危うさを思わせる笑みを浮かべて三日月が面影の耳元で囁いた。
「では……俺を好くしてくれた礼に、今宵はお前の身体にたっぷりと快楽を刻んでやろう……繰り返し女の如く達かせて、お前が俺の女であることを忘れられぬように……」
「ああ……っ…し、て……三日月……お前の…オンナに……♡♡」
身を捧げる事を示す様に縋り付いて来る面影を優しく受け止めながら、三日月は己の言葉を真実とするべく右手を相手の秘孔へと伸ばしていった………
「は、ぁ…っ♡ あっあっ! だめ、また、またイクっ…! メスイキするぅっ♡♡♡」
「ふふ……言ったろう? 達きたければ好きな時に達けば良い…そら、此処だろう?」
「んんっ! ひっ、ひあぁっ!♡♡ あああ~っ♡♡♡」
三日月の宣言には、確かに嘘偽りはなかった。
寧ろ、多少の嘘偽りがあった方が良かったのではないかと疑う程に、その手管は濃厚且つ執拗だった。
この淫らな遊戯が始められてからどれだけの時間が経過したのか、最早分からない。
一刻以上嬲られているのかそれともまだ半刻も経過していないのか……
まだ夜は昏い帳を下ろしたままなのだから、数刻は経過してはいない筈だが、それすらも最早朦朧とした面影の意識では察する事は出来なかった。
意識はそんな有様だったが、その見返りだとでも言う様に身体は異常に快楽に敏感になってしまっていた。
肉体が受容出来る悦楽を無意識に選択し、その代償に思考を麻痺させてしまっているのかもしれない。
或いは与えられる快感が余りにも強烈過ぎて、脳が自衛の為に意識を敢えて胡乱にしているのだろうか。
兎にも角にも、面影はあれからずっと三日月から、胸の蕾や秘孔を指先等を駆使されて慰撫され続けていた。
「ああ………ん…腰……しびれ…る……♡」
何度目かの絶頂を迎えて、面影の腰がひくひくと痙攣を繰り返す。
その全身は汗だけでなく、どちらのものか分からない白濁にも塗れていた。
それだけでも、彼がどれほどに三日月の悪戯を受け続けていたのかが伺える。
「可愛いな………今なら胸だけでも達けるのではないか…?」
「はぁあ…っ!」
先程まで秘奥を弄っていた指を抜いていた三日月が、今度は面影の左右の胸に咲く蕾をきゅっと摘まみ上げると、微妙な力加減で左右へと捩り回す。
これまでの快楽ですっかり固く大きく育っていた二つの蕾はより一層敏感になっており、そんなささやかな愛撫に対しても素直過ぎる程に快感を主に伝えた。
「あっ、まだ、そんな…っ♡ イったばかり、で……敏感に……あ、ひあっ♡」
乳首を捏ね回されながら、びくびくっと面影の身体が戦慄くが、三日月の愛撫の手は止まらない。
「良い良い……そら、好い声で啼け…」
「あああっ!♡ やぁ…っ♡ ま、たイく…っ! 乳首、好過ぎ、て…っ! あっあっ…! クる、クるぅ…あああっ!♡♡」
先程達したばかりだというのに、また半ば無理矢理に絶頂へと追い立てられ、最早息も絶え絶えの様子で面影は啼いた。
(すご…い……本当に…乳首イキしちゃった……もう…身体の、何処でも触られただけで…感じちゃ…う…♡)
こんなに何度も繰り返して絶頂出来る様になってしまった……しかも射精を伴う様子はなく、今も自身の分身は半ば頭を下げたまま……
これでは本当に女になってしまった様だ………三日月の前でだけ彼の手のみに応える淫らなオンナに……
「はぁ……はぁっ……」
「うん、胸だけで達けたな……ふふ…そろそろまた、こちらの『雄〇ン〇』も切なくなってきただろう…?」
「うあぁんっ♡ やだ、ぁ…! またそこぉ…っ!♡♡」
三日月の細い指が二本、何度目かも分からない面影の深奥への侵入を果たす。
「ああ、随分と柔らかく解れてきた……どれ、泣き所の機嫌はどうだ…?」
ぐちゅぐちゅと体液が起こす音を派手に立てながら、指達は滑らかな内の粘液を刺激しつつ、腹側に潜んでいる小さな器官に肉壁越しに触れた。
「ひぃあっ…!♡♡ ああ…っ…い、い…みかづきぃ…っ♡ お、ねがい…♡」
「うん…?」
「もっ……指、ばかりじゃ…いやぁ……我慢、できな、い…っ♡ もっと…」
「もっと…? こうか?」
相手の言葉から、三日月は彼の奥へ侵入させている指を更に一本増やして奥を捏ね回し始めた。
「あっあっ……! ちが…っ」
一見、面影の願いに応えた形ではあるが、まるでからかう様な口振りから、三日月が面影の真意に気付きながらも惚けている事は明らかだった。
「や……焦らさない、で…っ」
「焦らされたくないのなら、ちゃんと分かる様におねだりをせねばなぁ……俺をその気にさせる様な、な?」
「うぅ…っ」
いつかの多量の飲酒時には最早前後不覚の状態だったので、羞恥心を置き去りにして三日月に甘えていた面影だったが、今日の少量に留まった摂取量では流石にそこまでは至らなかった様だ。
肉体の渇望に耐える様にきつく両目を閉じて肩を震わせ、三日月の言葉を聞いた後に暫く沈黙を守っていたが……
「…ちゃんと言えたら、好きなだけ奥を突いてやるぞ…? 疼いて堪らぬのだろう?」
「〜〜っ!」
遂に天秤が傾いたらしい…無論、肉欲の方へと。
「お…お願い……三日月…」
そろそろと両手を自らの秘部へと伸ばしていくと、面影は相手の指を呑み込んだまま奥がうねっている淫孔を両端からくぱ…と開いて晒してみせた。
「…みかづきの……太くて固い、すけべお〇ん〇…わたしの、欲張りな雄〇ん〇に挿れて…っ♡! なか、いっぱいこすって、奥に三日月のほわいとちょこ、飲ませてほし…っ♡♡!!」
「……合格だ」
「っ…♡♡♡」
想像以上に淫らに誘ってきた恋人に満足げに頷くと、三日月は指を抜きつつ、しどけなく両脚を左右限界近くまで開いていた面影の上に身を重ね、相手の誘惑に反応したばかりの怒張した肉棒を秘穴に押し当てる。
「ほら…挿れるぞ」
「ん…っ…はや、く…」
どちゅっ…!!
「~~~っ♡♡!!!」
散々解していた肉穴は勢いよく突き入れられてきた肉棒を難なく呑み込み、一気に根元までの侵入を許した。
その荒々しい攻めに、びくんと激しく肩を震わせて顔を仰け反らせた面影の口から声にならない悲鳴が上がる。
「はは、一突きでまた達ったか……今宵は何度達くのやら……」
「う……あ…っ……♡ い、いい……好い…っ♡ 三日月の、オ〇ン〇ン…! 奥まで、届いて、る…っ♡」
三日月の独白も最早聞こえていないのか、閉じる事も出来ない口をはくはくと動かし喘ぎながら、面影がうっとりと恍惚の表情で呟く。
剛直を受け入れながらも若者の腰は艶めかしく蠢き、包み込んだ三日月を癒す様に、煽る様に刺激した。
「んん……みかづきぃ……もっと…」
「ああ……お前が望むなら…」
最早、引き返せぬところまで…連れていってやるぞ…?
それから、三日月はずちゅずちゅと激しく淫靡な水音を立てながら幾度も相手の最奥を抉り抜いた。
犯される面影の反応は過剰な程で、突かれる毎に達しているかの様に男の下で悶え狂っていた。
「あ、ん…っ♡ この格好…はずかし…っ」
「嘘をつけ…俺に見られて嬉しいのだろう? さっきも俺の上で嬉しそうに踊っていたではないか…」
二人の交わりの形も一つだけに留まらず、面影が声を上げて絶頂に達したり、互いの楔から体液が零れる都度、三日月は様々な体位で相手を攻め立てる。
その度に彼の楔が攻める箇所も微妙に変わっていき、面影の理性をあらゆる手管を使って砕いていくかの様だった。
今は三日月が背後から相手を横抱きにして、その片足を大きく上へと掲げさせ、接合部を外へと晒す態勢で変わらず激しく肉棒を抽送させて淫肉を擦り上げている。
この姿勢に至るまでにも何度達かされたのか、面影の全身は流れる汗で艶めかしく光り、その声には快楽の悦びだけが滲んでいた。
「み、かづき…っ、もうっ、私ばかり、達かせないで……三日月も、わたしの内で、オ○ン○ンびゅーびゅーしてっ♡」
「!! はは、今宵のお前の誘い方は実に淫らで好いな………良かろう、俺もそろそろ達きたいと思っていたところだ」
そして一層三日月の腰使いは激しさを増していき、二人の粘膜が面影の蜜壺の中で溶け合う様に擦れ合う
「ひっ…はぁあ…っ!♡♡ だめっ 何か…ヘンな感じ、が…っ! あ、あああっ!! くる…っ、クるぅっ!!」
びくっびくっと三日月の目の前で面影の勃起していた分身が激しく跳ねる。
それを受けて、三日月は微笑みながら、その最後を促す様にぐっと一際強く腰を突き出し面影の肉壺の奥を突いてやった。
「そら、一番奥にびゅーびゅーするぞ? しかと受け止めよ」
「あああ~~~っ!!♡♡」
びゅるるるるっ!!! びゅくっ、びゅくっ!!
「ひあっ…!♡♡ は…っ! すご…い…っ……おく…きもちい……っ♡」
目には見えなくても、三日月の楔から迸る白濁の勢いが分かってしまう。
幾度も幾度も繰り返して放たれる精は、奥の粘膜を通してこの身を焦がすほどに熱かった。
その激しさに反応して、ほぼ同時に白濁の液体が面影の先端から放たれ、粘り気を含んだそれは素直に放物線を描いて畳へと落ちた……
が、面影を襲った快感はまだこれで終わりではなかった。
不意に、面影が何かに弾かれる様に肩をびくっと震わせ、瞳に困惑の色を浮かべて顔を上げる。
「あっ!! ああっ!! やっ、だめだめっ!! そんな膨らんだら、ま、またっ、いっ…イグっ、イグうぅぅぅッ!!♡♡♡」
激しい勢いで熱液が身体の奥に打ち込まれ、続いて、三日月の分身が萎える間もなく再び勢いと体積を増した事が面影の身体を覚醒させたらしい。
(な、に……っ? 射精じゃ、ない……何か、別のなにかが…くるっ!!)
身体の奥が激しく痙攣している様な感覚が襲ってくるが、それを遣り過ごす方法など知らない…!
どうしよう…と戸惑いを覚えた時間も極僅か。
面影はあっさりと、下半身から新たに生じた大波に等しい快楽に呑まれてしまった。
「あ! ひっ! ああ~~~っ!!!♡♡」
ぴしゃああぁぁあっ!!
射精の直後、今度は粘り気も色もない透明な液体が、先程の射精とは比較にならない程に高く宙に噴き上がった。
(あ……こんな、の……っ おかしく…な、りそう…!)
只の射精より凄まじい快感に囚われ、意識が持って行かれそうになりながらもかろうじてそれを引き留める。
嫌だ、気を失いたくない……もっと、この快感を感じていたい……!!
「……っ…はっ……は、ぁ……♡」
そんな面影の耳に、愉しそうな三日月の声が届いた。
「潮吹きか………ふふ、久し振りに見たな…そう言えばあの時も随分と酔っていたか……」
面影には人体の詳しい仕組みはまだ分からないところも多いので、その台詞の詳細に意図するところは分からなかった。
しかし、三日月の口振りから、過去にも自分はそれを経験したことがあるのだろうか?
「わたしの…からだ……一体…」
「ああ、そう不安げな顔をするな、大丈夫だ……男でも、心地好ければ潮を吹く事がある。寧ろ、そこまで感じてくれたのは俺にとっても喜ばしいことだ」
無意識の内に不安が顔に出ていたのだろう。
目敏くそれを見つけてすぐに不安を払拭してくれた恋人は、達したばかりの脱力した面影の身体を再び抱き潰しにかかる。
「あっ……?」
「忘れてはおるまいな……今宵、お前は俺への贈り物なのだろう?」
ならば俺の望むままに、お前を味わうとしよう……骨の髄までな……
「あ、ん…っ」
まだ面影の体内に埋められていた三日月の分身は、変わらずその存在を誇りながら相手の蜜壁をゆっくりじっくりと擦り始めている。
朝になるまで、果たして自分は意識を保てていられるだろうか……そもそも正気を保てていられるだろうか……?
チョコに紛れて飲まされた酒の効能は徐々に薄れてきている気もするが、酒などなくてもこの目の前の男は自分を翻弄させる事など容易なのだ。
(まずい………狂わされる……)
見つめてくる三日月の視線の中に本気の匂いを感じ取った若者は、これからの自身の運命を悟った。
きっと、これから自分は夜通し相手に犯され、身も心もぐずぐずに溶かされるのだ…あのチョコレートの様に……
覚悟を決めてきた筈なのに、その甘い世界の訪れに身を震わせてしまう……恐怖ではなく、期待に。
(あ……でも、まだ……)
不意に思い出す。
そう言えば、やり残したことがあった……ずっと気にしていたけど、多分、この時を逃したらもう果たすことは出来なくなるだろう……流れ的に。
「三日月…っ……あのっ…」
「? 言い訳は聞かぬぞ? 今は俺にも余裕がないのでな」
意外なところで自分も一杯一杯なのだという事を暴露した愛しい男に、面影はその首に両腕を回して身体を密着させ、耳元で囁いた。
「ーーーーーー」
「っ!!」
まるで、時が止まった様に三日月の身体が固まった。
まさか、こんな時に聞けるとは思っていなかったその言葉……
三日月は瞳を大きく見開き、照れている様子の面影をじっと間近から見つめた…が、その美しい顔を更に輝かせんばかりに嬉しそうに微笑んだ。
「…ああ……俺も、だ」
「……っ」
口にするまではとても気恥ずかしく思っていたが、こんなに嬉しそうにしてくれたのを見たら、勇気を出して良かった、と思う。
かと言って、今後もそんなに軽々に同じような事を言える性格ではないのだが……まぁ出来るだけ努力しても……
「………これは期待に応える為にも、全力で可愛がってやらねば、な…」
「…っ!!!」
前言即撤回…!!
(や…やっぱり……もう、滅多な事では、言わない…っ!!!!)
後悔…してはいないが、やはり自分はこれからも下手な事は言うまい……!!
そう内心で固く誓いながら、面影は三日月に組み敷かれ、新たな悦楽の責苦を受けながら甘い声を漏らし始めていた…………
「それで? 結局、記憶はあるのか?」
「…………」
翌日の昼下がり……
内番で畑仕事に勤しんでいた面影が日陰で一息ついていた所に、三日月がひょっこりと顔を見せていた。
面影と同じく畑仕事に配されていた薬研は、私室の薬草の様子を見たいという事で場を離れている。
確か三日月は昨日遠征だった事を鑑み、本日は一日自由時間とされていた筈だ…という事はサボリではない。
本殿から此処に来るまでの間に調達してきたらしい冷茶が入った竹筒を差し出して来た優しい男に、面影は少しだけ憮然とした表情で相対しながらも素直にそれを受け取った。
「……有難う」
問いには答えず、代わりにしっかりと礼を述べた相手に三日月は笑みを深くする。
元々返答を得られる事を期待してはいなかったのかもしれない。
「なに、昨夜少々無理をさせてしまった詫びだ」
「〜〜〜〜」
あれを…あの絶倫の相手を夜通しさせられた事を少々と言い切るのは如何なものだろうか………
一言物申したい気分ではあったが、昨日は誘ったのは自分の方だったので文句は胸の内に止める事にしておこう、と、面影は沈黙を守った。
それでも、木陰では誤魔化せない程度に顔を赤くしてしまった彼の様子に、あっさりとその心中を読んでしまった三日月は優しく手を伸ばして柔らかな頬に触れた。
「…贈り物、美味かったぞ?」
「!!」
その贈り物とは、あのチョコレート達の事か……それとも自分の事か……
(…けど、よく考えたらあのちょこれーと達も、殆どまともに味わってもらえてなかったの、では?)
昨夜の事を思い返すに、あれをちゃんとした形で味わったのは一つ二つだけだった気がする。
他のは……互いの身体に塗り付けあって舐め合ったり、汗や精や唾液と共に味わったり……到底口に出すのも憚られる程に不埒な形で食べてしまっていた。
あの菓子本来の味を思い出そうにも……思い出すのは昨夜の二人の乱れた姿ばかり。
「そういう」形で食べてほしい訳では勿論無かったし、彼に手渡した時ですらそんな事になるとは夢にも思っていなかった。
本来なら贈り手である自分は責めるべきなのかもしれないが、よりにもよってそのあげた当人が相手と共犯になってしまったのだから始末に負えない。
(……あんな恥ずかしい事………覚えている、なんて言える筈がないだろう!)
きっといつぞやの酒盛りの後でも、自分は昨夜の様に大いに乱れてしまっていたのだろう。
知りたいと思っていた時も確かにあったが、今思うとやはり知らなくて良かったのかもしれない……
(……来年のばれんたいんは少し考えよう……)
そして、やはり酒には手を伸ばさない方が吉の様だ。
そう自戒していた面影に、ごく自然に三日月が側まで近寄ると、耳元でそっと囁いてくる。
「…三月十四日……予定を空けておいてくれるか?」
「っ!?」
その日付は……バレンタインについて調べていた時に目にした事がある。
鶴丸に教えようか迷い、結局保留にした答え。
バレンタインの贈り手に、贈られた者が礼を返す日だった…筈。
(三日月は、知っているのか? その日の意味を……それとも、偶然…?)
聞いた者全ての腰を砕いてしまう程に魅惑的な声で、三日月は続ける。
「その日は、お前を独り占めさせてくれ」
「〜〜〜!」
確認しなくてもわかる……これは知っている……
こんな好い声で甘く囁く様に願われると、断る方が大罪人の様な気すらする。
昨夜の自身の決死の告白すら、彼のおねだりの前では児戯に等しい。
「………っ……う、内番が…割り振られてなければ……」
「そこは俺が何とかする」
そうだった……目の前の男は筆頭近侍だった。
余程、審神者が重要な決定を下す事態を除けば、本丸の業務の殆どに融通が効く男なのだった。
職権濫用という気がしないでもないが、言ったところでまたあの朗らかな笑みでやり過ごされるに違いない。
それに………彼と一緒の時間を過ごせるのは、自分にとっても嬉しい事であるのは間違いないのだから、頑なに避ける理由もないのだ。
「…わ、分かった。覚えておく」
「うん、約束だぞ?」
嬉しそうに笑ってから……すぅと三日月はその目を眇めて面影を見据える。
「……ほわいとでー、と呼ぶそうだな」
「! ああ、そうらしい」
「ほわいと………白、か…ふふ」
意味ありげな笑みを浮かべて再度三日月が面影の耳元に唇を寄せ、更に艶っぽい声で宣告した。
「……その日はお前の身も心も、真っ白に染めてやろう」
「!!」
彼の暗喩に勿論気づかない筈もなく、面影はぼっと湯気が出そうな程に赤面し言葉を失う。
「おま……っ!」
そんな恋人の様子を見て、三日月は実に満足そうに声を立てて笑った。
「ははは、そんなに照れるほど嬉しいか」
「そういう問題ではないっ! ひ、昼間っから…!!」
必死の形相で責めてくる若者だが、三日月はそれからもずっと上機嫌だった。
こちらを非難する言葉を投げかけてはくるものの、面影は決して「嬉しくない」とか、そういう言葉は言わないのだ。
否定をしないという事は、少なからず嫌がっている訳ではないのだろう。
面影は自身の事を無口な面白味のない存在だと思い込んでいるところがある様だが、その仕草や表情は何より雄弁に彼の心情を語ってくれるし、それらを読み取るのは何より楽しい。
(お前は知らんだろうが………自分で思っているよりずっとお喋りなのだぞ)
そんな事を思いつつ、さて、ほわいとでーはどんな形でこの愛しい恋人を楽しませてやろうかと、三日月は浮き立つ気持ちを抑えつつ考えを巡らせていた…………