ある秋の日、面影は一冊の書物を持ち出し、縁側で頁を開いて目を通していた。
この日の面影は特に内番も任されていない非番の日らしく、そんな彼の姿を認めた蜻蛉切が歩み寄りつつ声を掛ける。
向こうは鍛錬場から歩いてきた事から、手合わせを終えた所らしい。
その額や腕に、汗が光っている様子を見て、面影の瞳が僅かに見開かれた。
彼程の男が汗をかいているという事は、それなりの相手と討ち合ってきたという事だろう。
「面影、読書か?」
呼び掛けられた若者は、は、と相手の問い掛けに我に返った様子で相手を見つめ直し、こくんと素直に頷いた。
「蜻蛉切? ああ、今日は非番だから……暇潰しついでに、な」
「ふむ、暇潰し、と?」
普段から真面目な印象が強い…いや、性格も真面目一辺倒の面影にしては珍しい言葉に蜻蛉切が首を傾げてみせた。
これまでの付き合いから、てっきり戦術書や歴史書を読んでいるものとばかり思っていた男に、面影が薄く笑う。
「最近は人間を理解する為に、彼らが創り出した空想の物語を読んでいる。童が読む御伽噺だったり、大人が読む随筆や論文、小説とか……結構面白くて、つい夢中になって読んでしまう」
「ほう……しかし、人の内面を知る事は決して無駄にはならんだろう。暇潰しと言うのは自由だが、そこから得られるものも確かにあると思うぞ」
「……ふふ」
「ん?」
不意に笑い出した面影の反応に蜻蛉切が眉を顰めると、相手がいやいやと首を横に振る。
「いや……蜻蛉切が今言った事……三日月と同じだと思っただけだ」
「三日月殿が?」
「ああ。私の読んでいるものが堅苦しいものばかりだとな。思考に柔軟性を持たせる為にも、刀剣男士として成長する為にも、様々な人の目を通して様々な物語に触れるべきだと」
「成程……流石は三日月殿だ……俺もまだまだ敵わぬ」
「え?」
「おお、蜻蛉切」
含みのある言い方をした蜻蛉切に何かを問おうとした面影の言葉を遮る様に、鷹揚な呼び掛けが響き、二人はほぼ同時にそちらへと振り返った。
「三日月殿…!」
「先程の手合わせ、実に良い一戦であった。俺もうかうかとはしておれぬな」
「何を仰います。正直、あの一閃を避けられた時は肝が冷えましたぞ」
「いやいや、単なる年の功だ。面倒ないざこざは早くお前達若手に全て任せ、このじじいはのんびりと余生を楽しみたいものだな」
「はは、我々もそうなる事を望んでおりますが……三日月殿にはこれからも我らの師父として導いて頂かねば」
蜻蛉切と三日月の会話を聞いている中で、面影は蜻蛉切の手合わせの相手が三日月だったのだろうと察した。
日の本一の武人を目指す程のこの男と対等に渡り合える程の実力がある男士、と言えば数える程しかいない。
三日月が相手だったのだと思えば、相手の肌に浮かぶ汗についても納得だ。
(三日月との手合わせだったのか………読書より、鍛錬場に見学に行けば良かった)
本日の手合わせの組表には二人の名前は無かったが、予定ではなかった男士が誰かを誘って鍛錬場の一画を借りて仕合う事もよくある事であり、この二人もおそらくはそのクチだろう。
彼らの打ち合いだったのならさぞや見応えのあるものだっただろう、と思いながら、面影はぼんやりと彼らを見上げていたが、その流れで、三日月との視線が交わった。
「お前は…読書をしていたのか?」
「う…ああ。お前に言われた様に、最近は小説とかにも目を通している……確かに、私の知らない世界ばかりで世界が広がっていく様だ。教えてくれた事、感謝している」
「うむ、お前はどうにも思考が固いからなぁ。思考の停止はそのまま心の頑なさに通じ、誰の言葉も届かなくなる。刀のままであればそれでも良かっただろうが、人の身を得た以上、そんな生き様はあまりにも寂しい……人の営みを知る機会と言うのは表向き、お前の肩の力が少しでも抜ければ良いと思って忠告したが、良い結果になって何よりだ」
実は見聞などより自分の心の事を慮っての忠告だった事を知らされ、面影は暫し呆気に取られていたが、直ぐに相手に小さく頭を下げた。
「あ、有難う、三日月………その、私は配慮が足りず、そこまで考えてくれていたとは…」
「ああ、それがいかん、それが」
やはり堅苦しい礼を述べてしまう相手に三日月が苦笑して頭を上げる様に促す傍ら、蜻蛉切が流石だと感心した様子でそんな男を見下ろしていたが、ふと、何かを思い出した様子で顔を上げ、視線を宙に彷徨わせた。
「いかん、これから黒駒の手入れを頼まれていたのだった。三日月殿、面影、私は此処で失礼を致します」
「そうか……あの子達もお前の手入れが一番気に入っている様だからなぁ、疾く行くが良い」
「はっ」
三日月達に一礼し、急足で厩舎に向かう武人の後ろ姿を見送りながら、三日月が面影に語るように説明する。
「蜻蛉切は槍の扱いも一流だが、馬達の世話にも長けている。奴が馬達の世話をしている姿を見た事はあるか?」
「え……そう言えば、間近では無かったかも…」
「今日は急だから難しかろうが、もし機会があれば許可を得て見てみると良い。蜻蛉切の馬達に触れている時の腕や目の動き、話し掛ける時の声音……あれを倣えば、馬達と心を通じさせる一助になるやもしれん。真似をするというのも、立派な修練だ」
「そうなのか…分かった」
理解した事を示す様に頷いた面影を暫く見つめていた三日月が、ひそりと小さく呟く。
「…読書……真似事………ふむ………」
「? 三日月?」
「…面影、今から動けるか?」
「ん? 何処かに行くのか?」
いきなりの提案に面影がぱちくり、と瞳を瞬かせるが、それに構わず三日月が悪戯っぽい笑みで答える。
「手合わせも終了し、今、鍛錬場は空いているが、もう少し身体を動かしたい気分なのだ。それに付き合って欲しい」
「手合わせ…私が相手でも良いのか?」
この本丸に来てから、面影は三日月を含めた此処に在籍している刀剣男士達に相当鍛えられ、それは今現在も止まる事なく成長中である。
実直で素直な性格である事に加え、元々の才能もあったのだろう、彼らから与えられた戦闘経験を貪欲に吸収し続け、面影は今やこの本丸の中でも戦闘能力は上位に位置していた。
それでも……それでも尚、三日月や蜻蛉切、村正など、かつての第一部隊の面々には及ばない。
だからこそ、その第一部隊だった三日月と蜻蛉切の手合わせを見れなかった事を彼は非常に悔やんでいたのである。
その第一部隊の隊長を務めた、本丸でも最強と謳われている三日月と手合わせしてもらえる事は、強者と戦う事が本能に刻まれている刀剣にとっては非常に魅力的な機会なのだ。
勿論、三日月も面影以外の刀剣男士達とも手合わせは行なっているのだが、普段が極限の呑気屋である彼が、決められた手合わせ以外に積極的に刀を抜く事は滅多にないのである。
例外があったのは、あの夢の事件の期間……面影が本丸に来てからの三日月は、第一部隊が出陣するまでは毎日の様に面影に実戦での稽古をつけ、彼を鍛えに鍛え抜いた。
理由としては「主をこの本丸に取り戻したい。お前もこの本丸に所属した以上、足手纏いになってもらっては困る」というのが建前だったが、真実は、「面影を折らせたくない」という一念だったのかもしれない。
今となっては真実は不明であるが、本丸と審神者が現実へと舞い戻り、面影も戻ってきた現在、三日月はすっかり元の横着者に戻ってしまっていた。
そんな男が自ら、自分との手合わせを申し出てくれる……面影が確認するのも当然と言えるだろう。
「うむ。お前がどれだけ成長したか確認するのも良い……ああ、そうだ、折角なら…」
教え子の成長の確認を楽しみにしている師の様に、三日月が口元に手をやりながら一つの提案を出してきた。
「俺を負かす事が出来たら、褒美にお前の望みを一つ聞いてやろう。逆に、お前が負けたら、俺の願いを一つ聞いてもらうとするか…」
「お前の…願い……?」
天下五剣の願いとは果たしてどんな…?と、一瞬怯えにも似た表情を見せた若者に、苦笑しながら三日月が手を振りながら先に断りを入れる。
「ああ、そう構えるな。お前の読書のついでに、寸劇に付き合って欲しいだけだ。誰に見せる訳でもない、俺とお前二人だけでちょっとした劇をしてみたいと思ってな」
「げ、き…? どうしてそんな…?」
自分達は刀に過ぎず、そんな事をやる意味が…? しかも誰に見せる訳でもないものを…?
「いや、他の本丸で劇を披露した刀剣男士達がいるという話を聞いてな。芸術の秋とも言うし、観劇する事は簡単だが、実際に自分達で演じるというのはどういう感じなのかを知りたくなった。面影、お前も擬態でその者に成り代わる事は出来るが、自身の姿のままで誰かを演じる機会はこれまで無かったのではないか?」
「それは……確かに…」
「俺の勝手な思い付きだ、それに実践するのも俺とお前の二人だけなら他に披露する事もなかろう。他人を演じるというのがどういうものか、ひっそりと楽しめたら良いのだ…どうだ?」
「……上手く出来る自信は無いが、私で良いのなら……」
「そうかそうか、では鍛錬場に向かうか。お前も、勝負がつく前までは望みをどうするか考えておいてくれ」
「わ、分かった」
結果としては、当然と言えば当然の帰結ではあるが………
「……うむ、良い打ち込みだったが…まだ甘い」
「〜〜〜〜〜〜」
その後、二人は鍛錬場にて互いに遠慮なし、容赦なしの手合わせを行ったのだが、三戦して三戦とも三日月の圧勝で終わってしまった。
床に水たまりが出来そうな程に汗をかいて床上に仰向けで倒れている面影とは対照的に、三日月はまるで野原を散歩しているかの如く涼やかな顔をして佇んでいる。
どちらが勝者であるかなど、問うまでもない。
太刀と大太刀、刀種の違いはあったが、面影の敗因がそれだったという訳ではない。
確かに大太刀は太刀ほどに機動力はない、が、それを補い余りある破壊力がある。
それに刀身が大きい分、攻撃範囲は太刀の更に上をいく。
それらを上手く扱えば、面影にも十分に勝算はあった筈なのだが、結果は惨敗。
(初めてこの本丸に来た時…初めて手合わせした時から、まるで近づけている気がしない……千年、一千年を超える時を生きてきた、神の力がこれか…)
遠慮も容赦もなしとは言っていたが、正直、三日月はまだ本気すら出していないのではないかと疑いたくなる。
それ程にこの手合わせで実感した三日月の戦闘力は底知れないものだった。
「…すまない……これでも私の全力だった。お前にとっては児戯に等しいものだったかもしれないが…」
「何を言う。お前は確実に強くなっている、強襲調査から刀を交えてきた俺が言うのだ、信じてくれていい。俺とお前の差は時間によって培われてきた経験の差だ」
そっと差し出された手を遠慮がちに握り返し、面影はゆっくりと上体を起こした。
勝負はついた、あまりにもあっさりと。
後は…頼まれていた勝者からの願いを履行するだけだ。
「…劇…の様なものをやれば良いんだな? その、台本らしいものはもう決まっているのか?」
「うむ、実はまだ何も決まっていないのだが幾つか案としては考えている。後でお前の部屋に届けるとしよう、ああ、折角なら小道具も使いたいからそれもな」
「そんなのも使うのか?……まぁ、私でも使えるものなら問題ないが」
「それについては心配無用だ。お前も使った事がある物を選ぶ」
「そうか、それなら助かる」
そんなこんなで、その場では一旦解散となった二人だが、三日月の言葉通り文庫本を分冊にしたものの一部らしき冊子が、その夜に本人の手によって届けられた。
表と裏表紙は白紙で装丁し直されており左開き、背の部分は細紐で綺麗に数箇所を留められている。
いかにも手作り感満載だが、作ったのは間違いなく三日月本人だろう。
(この男がここまでやるなんて……余程劇に興味が湧いたのか、それとも気に入った作品を見つけたのか…)
面影が冊子を受け取りながらそんな事を漠然と考えている間に、三日月がてきぱきと指示を出していく。
「少々長いが覚えられなければそのまま読みながら演じても構わん。登場人物の行為をなるべく忠実に再現する様にな。ああ、彼らの名前が出て来る箇所は無かった筈だから、混乱は少なかろう。俺が小説家、お前が書生だな。これが小道具だ」
そうして冊子と共に手渡されたのは、菓子でも入っているのかと思わせる白い紙箱だった。
受け取った拍子に箱が揺れると、中からかたことと固い音がしたが、さして重さは感じない。
何だろうと思いを巡らせている間にも、三日月の話は続いていく。
「劇をやるのは…三日後の夜で良かろう。四日後は幸い俺達のどちらも非番だからな。俺がお前の部屋を訪れたところから劇の始まりだ」
「……と言うことは、お前が演じる小説家が、書生の私を訪れる場面なのか」
「うむ、理解は早くて助かる」
大体の冊子の厚みを確認し、面影は小さく頷いた。
刀剣男士は人間と比して様々な能力が秀でている。
体力もそうだが頭脳作業も当て嵌まっており、記憶力もその中に含まれている。
流石に辞典並の量の情報を一度の読破で記憶するのは困難だが、この程度の薄さの冊子なら何度か繰り返して熟読したら記憶するのは可能だろう。
「分かった、三日後なら問題ない、と思う。夜の時間も使えば……うん」
「はは、期待しているぞ。ではな」
「?」
渡すものを全て渡して部屋の前から立ち去ろうとする三日月の姿に、意外そうな表情の面影が咄嗟に声を掛けた。
「あ、あの…三日月」
「うん?」
「あ……その……泊まって、いかないのか?」
実は恋仲の二人は、遠征などの支障にならない限りは、頻回に互いの部屋を訪れては身体を繋げていた。
明日は双方とも遠征の予定は無く、三日月が自身の部屋を訪れた流れでそのまま寝所に向かうものだとばかり考えていたので、面影が珍しく誘う様な形で尋ねたが、三日月は何故か困った様に笑みを返した。
「そうしたいのは山々なのだが……劇の日まではお預けだな」
「!?」
まさかここまで来て寝所に行かないとは…そこまで劇の完成に集中したいのかと、面影が驚きながら目を見開く向こうで、三日月はいつもと変わらない人畜無害の表情で暇を告げた。
「当日を楽しみにしているぞ、ではな」
「あ、ああ…」
普段は三日月の方が積極的に相手を求める事が多かったのに、完全に拍子抜けを喰らった様子で面影は相手の後ろ姿を見送った。
劇までは、とはっきり言った以上、彼はそれを覆すつもりはないだろう。
(ちょっと残念………って、何を考えてるんだ、私は…!)
はしたない事を考えてしまった…と一人で赤くなりながら自身も部屋へ引っ込むと、改めて面影は手渡された問題の冊子へと目を遣った。
(三日月があそこまで執着する劇の話……どういうものだろう?)
そして、ぱらぱらぱら…と頁を捲りながらざっと読んでみたところで……
「はぁぁぁぁぁぁあ!!??」
誰にも聞かれない面影の叫びが部屋中に響き渡ったのだった………
翌日、面影が人目を忍んで三日月に近づき、何かを訴えている姿があった。
しかもそれは一度だけではなく、繰り返し。
人目を忍んでいるのでその内容を誰にも聞かれる事はなかったのだが、彼の訴えは一貫していた。
「ほ、本当にあんなのを読むのか!? わ、私には無理だ、あんな内容のものだとは思わなかった……!」
責任感の強いこの男が前言撤回しようとしているのだから、余程、冊子の中身が衝撃的なものだったに違いない。
しかしそんな若者に対し普段は激甘の三日月が、その訴えに対しては同じく一貫して却下していた。
「それは聞けんなぁ。そもそも、今回の俺の頼みは手合わせの勝利の報酬だぞ? 俺もそうあっさりと引き下がる訳にはいかんなあ」
「ううう……」
そうか、あの時、単なる頼みではなく手合わせの賭けの報酬としたのは、こうして撤回が出来なくするつもりだったのか…
やはり目の前の男は一筋縄ではいかない老獪な男だった、とほぞを噛んだが、今となってはどうしようもない。
(してやられたのは悔しい、けど………い、一日だけ、一回だけ、だし…)
劇を演じるのはおそらくはほんの一時間足らず、日を跨いで継続するものではない。
こうなったら腹を決めて演じるしかない、と、面影は諦めた、と言うか半ば開き直った。
それから秘密の劇の上演日まで、面影は誰にも知られずに隙間時間を使って冊子を読み込む作業に準じたのだった………
そして三日後の夜………
「…………」
面影はその日も他の刀剣男士達と共に本丸内での任務に従事し、汗を流していた。
何ら普段と変わり無い生活…と周りにはそう思わせていたが、面影にとってのこの日は、ある意味戦場に向かう様な緊張感をもたらすものだった。
理由は言わずもがな、三日月と約束していた劇の実行日だったからである。
今の面影は湯船で汗を流し浴衣を纏い、後はもう床に就くだけの状態だったが、部屋の書机前に座し問題の冊子を開いて中を確認している。
劇は、三日月が此処を尋ねて来てから始まると言っていた。
「う………」
不意に、ぞくりと背筋に走る快感の波に肩を竦め、面影はそれを意識の外へと追い遣る様に冊子へと注目する。
その頬がうっすらと上気しているのは、湯上がりの影響だったのだろうか…?
(三日月が演じる『小説家』って、読めば読む程に彼に通じているところがあるな……博識で、優しいけど少し強引なところがあって、愛情が深くて………少し、意地悪で……)
そんな意地悪な面があったからこそ、今回みたいな案を自分に持ち掛けてきたんだろうし……
(私が演じる書生、は……似ているのか? 私に?)
自分の事はなかなか客観的に評価するのは難しい。
そんな事を悩みつつ、面影は二人の登場人物達の背景について思い返していた。
この作品の舞台は現代と呼ばれている時代。
西暦で言えば二千年代の日の本にて、とある小説家とその愛弟子との生活を書いた仮想の物語……所謂、ふぃくしょんというものの様だ。
普段、先生と呼ばれている男は三十代だが才能溢れる小説家だが、秘密主義者なのか滅多に人前に姿を見せる事はない。
出せば売れるという小説を気の向くままに書いては出し、得られた利益を使って悠々自適の生活を送っている彼だったが、そんな男には二人の弟子というか同居人がいた。
その内の一人が面影が扮する書生だ。
先生よりは若いが、それ程に歳は離れていない…らしい。
元の本を全て読んでいる訳ではないので面影本人も詳細なあらすじは分からないのだが、小説家と書生は恋人同士であり、書生は甲斐甲斐しく小説家の世話を焼いている様だ。
冊子の中身は、どうやら執筆作業に没頭していた小説家がようやく原稿を書き上げ、久し振りに書生の部屋に「夜這い」を掛けるところだった。
そう、当初冊子を渡された時、面影はてっきり中身は純粋な文学小説か何かだと思ったのだ、だから素直に劇についても引き受けた。
ところが蓋を開けてみたらとんでもない、中身はかなり過激な……男性同士の愛を描いた官能小説と呼ばれるものだった。
久し振りの愛しい男の訪室を受け、悦びながら相手の愛を受け取る書生……それが自分が演じる人物だ。
(変な気分だ……相手は三日月なのに、三日月じゃない人物として振る舞う彼と、自分も面影ではない人物として相対するなんて……)
しかも、そんな相手に対して身体を開き、受け入れるだけならまだしも……
(ほ、本当に……あんな言葉を沢山……三日月の前で言わないといけないのか…?)
ぎゅう、と面影が強く両目を閉じて懊悩する。
身体を重ねる事は、過去にも幾度となく行ってきたからそれは受け入れるのに然程抵抗はない。
しかし……幾度、読み返してみても……あれは………これからの本番で、実際に口に出来るものなのか……?
そんな時だった。
悶々と未だに悩んでいる面影の視界の外、無音で襖がゆっくりと開かれていく。
続いてすぅと幽鬼の様に部屋に入室してきた三日月が、濃紺の浴衣で薄闇の中に紛れながらゆっくりと面影へと近づき、無音のままに膝を折りながら、背後から面影へと抱きついていった。
「っ!?」
『ああ……久し振りだな、お前に触れるのも』
不思議な感覚だった。
三日月の声なのに、その声調や癖は普段の彼のものとはまるで違った。
嗚呼、始まったんだ……
心の中で舞台の緞帳が上がっていく様な錯覚を覚え、面影はゆっくりと冊子の始まりの部分を思い出しながら、背後から胸元に伸ばされ交差した相手の腕に自らのそれを絡ませた。
『せん……せい…?』
小説内の二人に名付けられていた名前は確かに台本の中では一度も記されていなかったので、名前でない場合はそのまま記されていた呼び方を遵守するという事だと判断し、面影はそう相手に呼び掛ける。
そして文章内で書かれていた通り、三日月の方を振り仰いで驚いた様な目を向けた。
今の自分は…上手く演じられているだろうか…?
『先生……原稿は…?』
三日月程に上手く演じられているかは分からないが、自身も他人の姿に擬態できる能力を持っているので全くの素人という訳でもない。
不本意ではあるが、台詞も頭の中に収まっている。
これまで作品を読み込みながら自分なりの解釈で創り上げた書生として、面影はいよいよ三日月との二人劇を始めた。
『終わらせてきたよ……終わらせないと、君は触れさせてくれないだろう?』
『あ、当たり前…です……仕事、なんですから…』
どうやらこの書生は仕事に関しては至極真面目な性格で、対して先生は少しばかり大雑把且つ、欲望に忠実なところがあるらしい。
食い扶持である筈の執筆作業を書生との睦み合いと秤にかけ、後者を選びそうな発言をする小説家を、弟子である若者が諌めるのが日常である様な会話だった。
そういう気紛れなところは演じている三日月と何処か似ている……と面影は密かに思ったが、口には出さない。
既に劇が始まり余計な発言が出来なかったというのもあるが、それよりもこれから先の成り行きの方が面影にとっては重要だったからだ。
いや、重要と言うよりは意識を向けざるを得ない事象、といった方が正しいか。
「………」
どきどきどき……と激しい動悸が胸の奥で響き、相手にも聞こえてしまうのではないかとあり得ない懸念を抱きながら、面影は書生の様子について記されていた通りに相手に背を向けたまま俯く。
(聞こえて…いるだろうか……いや、もう知っている筈だから、どちらでも関係ない、か…)
『仕事だからと三日も私を遠ざけるなんて、つれない教え子だね』
不思議な懸念を面影が心中で抱いている間に、小説家を演じる三日月は背後から伸ばした両手で、相手の左右の胸を軽く鷲掴んだ。
『あ……っ』
面影がびくんっと肩を跳ねさせながら艶っぽい声を上げる。
果たして、台詞はともかくとして喘ぎ声は上手く表現できるのだろうかと疑問に思っていたが、自身でも驚く程に自然な声が漏れてしまった事に面影は喫驚した。
頭の中に浮かんだ言葉が、演じるまでもなく勝手に口から溢れるのは実に不思議な感覚だったが、面影が意識を向けたのはそれだけではなかった。
『おや……? これは何かな?』
『そ、れは……その…っ』
台詞を正確に諳んじているだけなのに、まるで「面影」本人が詰問されている様な錯覚を覚えてしまい、必要以上に若者は狼狽えながら頬を朱に染めた。
そんな相手を愉しそうに背後から見つめながら、三日月は浴衣の布地の上から面影の胸の突起があるだろう二か所をゆっくりと円を描く様に撫で回していたが、その部分が左右とも不自然に大きく盛り上がっている。
丁度、蚕の繭程の大きさの膨らみの「何か」が、浴衣の下に潜んでいる……
『私に何の隠し事をしているのかな? よく見せてごらん』
『あっ…!』
両肩の部分の浴衣を掴まれ、左右に一気に引き下ろされると、隠れていた若者の肌が露わになる。
その白く艶めかしい柔肌の中に在る筈の二輪の蕾が、小刻みに振動している楕円形の小型のピンクローターによって隠されていた。
『おや…これはこれは…』
テープで留められているそれらの玩具を認めた三日月が、僅かに目を見開きながら愉快そうに呟く。
劇中では先生が玩具に気付いたのはこの時が初めて、という設定だったが、二人の裏事情は勿論違う。
そもそも三日月が台本と共に手渡してきたあの小道具の箱…その中身の一部こそがこれらの玩具だったのだから、手渡してきた当人の彼が知らない筈が無いのだ。
台本中では、先生が来る前には既に書生は玩具を仕込んでいたので、小道具を手渡されていた面影はその筋書きに則って実践したに過ぎない。
……あくまで表向きは。
『私が禁欲して執筆している間に、君はこんなモノで愉しんでいたのかい?』
(し、知っている癖に……)
筋書きを知っている三日月からの追及に理不尽を感じるが、それこそ的外れな感情である事も分かっていた。
何故なら、今の三日月は先生という役を「演じて」いるだけなのだから……
それに、三日月を責める気になれなかったのにはもう一つ別の理由があった。
三日前……三日月は台本を届けに来た日から、劇の小説家の状況に倣い、夜に訪れなくなった。
今の二人が交わしている言葉の通り、小説家は執筆作業に集中する為に禁欲生活を強いられていたので、現実でもそれを実践した為である。
それに対し面影が演じる「書生」は、先生が「缶詰」状態になっている間は、今の様に玩具で身体の疼きを慰めていた、という描写が文章内にあったのだ。
あくまでも台本内での話の始まりは今日の夜から……三日前からの記載にまで素直に従う必要は無かったのかもしれない。
しかし、三日月に触れられなかった三日間……面影も書生と同様に肉体の疼きに苛まれていた。
何しろこの期間、台本を記憶する為に面影は当然幾度もその内容を読み込んだのだ、性欲を呼び起こす官能に満ちた文章を幾度も幾度も繰り返し。
そんなものを読まされながら、湧き上がる肉欲に耐えなければならないというのはかなりの苦行だった。
台本に、忠実に………
そんな若者の心に囁かれた悪魔の言葉に、彼は結局従った。
演じる書生と同様にこの三日間、筋書きを言い訳に玩具で身体の飢えを満たしていた事実がある以上、三日月を糾弾する事は憚られてしまう。
三日月のここ最近の行動を真実とするならば、己と真逆に三日間、禁欲に殉じていたのだから……
(三日月は…本当に……)
禁欲していたのだろうか、とぼんやりと思っていた面影の隙を突く様に、三日月は確実に話を進める様に台詞を紡ぐ。
『こんなモノでばかり遊んでないで、私の相手もしてほしいな…』
ぎゅ…っと相手の両人差し指が、思わせぶりな動きで面影の蕾を覆っている玩具を胸に押し付けると、振動がより強く敏感な場所に伝わり、びくんと全身が激しく戦慄く。
『んん……っ、先生…っ』
初めの喘ぎ声は台本にはないもので、面影が耐えられずに漏らしてしまったのだが、寧ろ三日月は嬉しそうに口角を微かに引き上げる。
『相変わらず君の声にはそそられる………だが、それを邪魔する音がまだあるようだね』
『そ、それは……』
これからの展開を予想し、面影が台詞の通りに口籠る。
何も言い返せない書生の固まった身体を良い事に、先生役の三日月が胸から下半身へと手を移動させると、その先には浴衣の布地がはっきりとテントを張っていた。
何がそうさせているのかというのは言わずもがな。
その様を認めながらも、何でもないという風に三日月の手は躊躇う素振りも無く、ばさりと浴衣の裾を捲り上げる。
『あっ、いやっ…!』
『ほう…』
その頼りない布が剥かれた奥から覗いたのは、若者の完全に勃ち上がった肉棒だった。
しかも、その肉茎にも胸と同じくテープで固定する形でローターが留められている。
裏筋に当てられる様に固定されていたローターは小さい振動音を立てており、それとはまた異なる音が更に奥から聞こえてきたが、その正体が何であるかは既に予想出来た。
しかし、先ずは目に入っている玩具へと興味を移した三日月…小説家は、裏筋に絶え間なく刺激を送り続けているローターを指先で突いてみせながら笑った。
『は、うっん……』
『私がいない間にも随分と愉しんでいた様だね……』
『う……だって…』
ぴちゃ……っ にゅる…にゅる…っ
『あっあっ、先っぽ、くりくりだめぇっ…!』
細い指先が己の楔の先端に触れてきて、そこの窪みを揶揄う様に円を描く形で弄ると、既にそこから滲み出ていた甘露が一気に溢れ出てきて彼の指を濡らすだけに留まらず、とろりと茎へと流れ出ていった。
思わず声を張って諳んじた台詞が自らの耳にも遠く響く。
書生の言葉として文章で読み込んでいた時には、幾度も羞恥に顔を赤くし、口にする事に対して躊躇いがあった筈なのに、今は自身でも驚く程にすんなりと言葉に乗せられた。
不可思議な感覚だったが、躊躇いが希薄になっている理由にも少しだけ心当たりはあった。
(これは……「私」の言葉じゃない……)
そうだ、これは只の台詞、自分が考えて自発的に放つ言葉ではないのだ。
だからこれから自分がどんな痴態を晒そうとどんな淫らな言葉を吐こうと、それらは全て架空の人物のもの。
そうだ、三日月から頼まれていた単なる余興なのだから……私は引き受けた役目を只、果たせば良い。
演じているのは自分だが、演じる書生は自分ではない……そんな詭弁とも言える理由が頭の中の何処かにあった所為で、大胆な演技(?)が出来ているのだろう。
狡い言い訳だ、と一瞬脳裏に浮かんだが、直ぐにそんな気持ちは身体を走る快感によって打ち消されていく。
ぬちゅ……
『ひぅ…』
右耳孔に濡れた舌を差し入れられながら、面影は自らの喘ぎ声と共に相手の囁きを聞く。
『ふぅん…まだ悪戯を隠しているのか……? どうやら私の愛弟子には、お仕置きが必要みたいだね』
そんな囁きを聞いた直後、面影の身体が両脇に腕を差し込まれ、そのまま持ち上げられると目の前の書机にうつ伏せに押し付けられた。
それなりの大きさを誇る書机だったが、流石に大の大人の体幹全てを受け入れられる程ではなく、面影は反射的に両腕を机の向こう側の畳につく事でバランスを保つ。
結果として面影は机を下にして四つん這いの姿勢となり、臀部を三日月へと突き出す形になってしまった。
勿論、これも台本通りの流れ。
全てが予定調和の中にあったが、これから先に何が起こるのかを知っている面影は、次の展開を予測して微かに身じろぎする。
それは恐れか、それとも期待によるものだったのか………
そんな若者を見下ろす小説家…もとい三日月は、全てを見通していると言う様な瞳で、余裕に満ち溢れた笑みを浮かべて面影を見詰めていた。
二人とも、何も言わない無音の空間……の筈だったのに、彼らの間には微かな振動音が響いている。
耳を欹てないと聞こえない…こういう無音の場所だからこそ聞く事が出来る程のささやかなものだったが、それらは単音ではなく、幾つかのものが重なっていた。
乳首と男根に付けられていたローターのもの……だけではない。
内、最も大きな音は他の複数のそれらとは明らかに波長が異なるもので、三日月に向けられている面影の臀部から聞こえて来ていた。
『ほら、見せてごらん』
『あ…っ』
音の正体の答え合わせ、という様に、三日月扮する小説家はばさりと弟子の浴衣の裾を大きく捲り上げる。
『~~~~っ』
台本通りとは言え流石に全ての羞恥心を忘れる事は出来なかったのか、きり、と小さく唇を噛みしめながら、面影がおずおずと三日月の方へと振り返る。
その耳に、浴衣を捲り上げられた直後から、より大きくなった振動音が届けられていた。
音の出処は、正に捲り上げられた浴衣の向こうに隠されていた面影の身体の秘部……菊座だった。
ヴヴヴヴヴ………
唸る様な低音を響かせながら、黒光りする異物が面影の秘穴を埋めながら小刻みに振動して淫肉を刺激し続けている。
異物は太い棒状の様なもので、こちらを向いている面は滑らかな平面であり、中央に切り替え式のスイッチが見える。
明らかに男根を象った……ディルドと呼ばれる大人の玩具。
それの端に備わっていたスイッチは「弱」を示していたが、それでも十分な刺激だったらしく、若者は艶めかしく腰を揺らしながら秘穴から淫液を垂れ流していた。
『なんと素晴らしい淫乱っぷりだろう……そんなに沢山の玩具を身に着けてこっそり愉しむなんて」
『ん、あ………だって…ぇ』
書生の台詞だと割り切ったばかりの面影だったが、それでも、次の言葉を継ぐのには多少の時間を要した。
『……っ………ち、乳首とちんことアナルを一緒に弄ったら、き、気持ちいいからぁ……っ』
読み込んでいる時から感じていたが、この作品内の書生は面影より遥かに性に対して奔放な思考を持つ男の様だった。
元々の性格なのか、それとも相手の小説家から仕込まれたのかは、自分が受け取った台本の中に記載されてはいなかったので分からない。
こんな破廉恥な言葉を自分が口にする日が来るなんて………と思いつつ、自らの放った台詞に面影は密かに興奮が高まった事実を認識していた。
淫らな言葉を口にするだけだったのに、身体の疼きが明らかに増してきている……まるで、架空の書生という存在が自分に乗り移った様だ。
そんな彼の肉体の欲望に反し、三日月は台本に忠実に、手早く相手の身体に埋もれていたディルドのスイッチを切ってしまう。
鼓膜を騒がせていた細やかな騒音の一つが失われた途端、面影の身体がもぞりと所在なさげに蠢き出し、彼の目が訴える様に三日月を見上げてきたが、その姿はどう見ても役柄を演じている様には見えなかった。
『い、や……っ……止めないで……』
『咥え込むだけでは足りないのかい? なら、自分で動かすなりしたら良い……但し、私によく見える様にするんだ。これもお仕置きだからね』
『そ、それは………でも……』
『嫌なら、他の玩具のスイッチも切ってしまおうか?』
『~~~~っ』
意地悪な師の言葉に弟子は拒絶を示す事が出来ず、ゆっくりと自らの身体を書机の上に乗せたまま右を下にして横向きにすると、更に緩慢な動作で左脚を虚空へと掲げていく。
そして、左手を背中側から股間へと伸ばし、突出していた黒い人工の男根の端を掴んで、ぐちゅり…と体外へ向かって引き抜いていった。
引き抜かれていくディルドは実物さながらの形状を象っており、その雁の部分までが現れたところで、再び面影の手によって体内へと挿し込まれていく。
それからは、ぐちゅり、ぐちゅり……と面影の手が張形を抜き挿しを繰り返し、その速度も興が乗っていくに従い徐々に速まっていった。
抽送の様子を特等席から眺めていた三日月が、うっそりと昏い笑みを浮かべながらぺろっと舌先を覗かせる。
『ああ………堪らないな』
そう呟きながら、台本通りに男の右手が彼自身の浴衣の衽へと伸ばすと、それを捲って奥から自分の分身を露にし、面影に見せつける様に先端を向けて見せた。
互いが互いの秘部を晒して見せ合っているという倒錯的な空間。
甘く淫靡な空気の中で、どちらからともなく自慰行為が相手の目の前で展開されていく。
三日月の手は自らの楔をしっかりと掴んで扱き上げ、面影はディルドを駆使して胎内の疼きを慰めていく。
『んっ……くぅ………あっあっ……み……』
何かを口走ろうとした若者が、はっと我に返った様に目を見開き、急いで視線を横へと逸らしたが、その真意を見抜いた三日月は唇の歪みを強めた。
しかしそれについて特に問い詰めることはなく、緩やかに腰を揺らめかせながら先走りの助けも借りてぐちゅぐちゅと音を立てながら楔に更なる熱を与えていった。
(すご…すごい……っ……み、みかづきの、あんなに大きくなってお腹につきそう……私の自慰で…あんなに興奮してくれてる……)
そんな相手の姿を凝視し、面影はどくどくと心臓の拍動を胸の内に感じつつ、彼のこの三日間の我慢の成果について確信を持った。
(本当に……三日月、この三日間……禁欲していたんだ……じゃあ…きっと、すごく溜まって…)
実は台本の中ではここで書生が師匠の雄についてうっとりと見惚れて感嘆の言葉を心中で呟く描写があったのだが、流石にそこまで従う必要はないだろう。
ほんの少し先に見える三日月の立派な益荒男の内に、解放を待ち望む雄の命の証が溜め込まれているのだと考えるだけで、面影はこれからの展開に密かに胸を躍らせていた。
ああ、早く……早く……三日月……次の台詞を言って………!
そんな面影の心の叫びが聞こえたのかは定かではない、が、彼の期待に満ちた瞳を受けて何かを察したのか、三日月は笑みを浮かべたまま囁く様に言葉を紡いだ。
『三日間お預けを食らった後でお前のそんないやらしい姿を見せられてしまったら、こっちも直ぐに射精してしまいそうだな……ああ……もう射精そうだ…!』
その逼迫した口調はとても演技とは思えず、彼の言う通りにそのまま射精してしまうのではないかと疑わせる程だった。
直後、それに圧される様に面影が身をそちらへと乗り出す様に起こしながら、待っていたとばかりに食い気味に叫ぶ。
『ま、待って!…まだ、だめっ!! わ、私、私に……ください…っ!』
既に演技と本気がないまぜになった状態で、面影は書生と感情を同調させていた。
彼の台詞をなぞりながら演じると同時に、自分自身の本心もそこに忍ばせて振舞っているのだ。
『何が欲しいのかな……? ちゃんと私をその気にさせる様に、上手におねだりしてごらん……?』
多少の意地悪が込められた誘いだったが既に理性が蕩けてしまっていた面影には躊躇うゆとりすら残されておらず、愛しい恋人が望むままに唇を開いて訴える。
『…私の、口に…っ、先生の熱い特濃ミルク、注いでください…っ!』
面影本人だったら決して思いつかないだろう言い回しだからこそ、当人の口から放たれるそれには格別の響きがある。
そんな反応を満喫しながら、三日月は相手の腕を掴むと頭を手前側に移動させ、仰向けに書机に寝そべる姿勢を取らせた。
机はそれなりの大きさではあるがせいぜい体幹を支える程度の幅しかなく、面影の頭は首を反らせる事でほぼ垂直の逆さ状態になり、両足は膝を屈曲させながら大きく開かれ、机上に乗せられる形になった。
『ミルクが欲しいなら、君の口まんこでしっかり搾ってもらおうか……ほら、奥までしっかり咥えて……私も代わりに可愛がってあげるから、ね?』
面影だけではなく、三日月も普段の彼からは想像できない淫語を用いて相手を煽りつつ、自らの肉刀を彼の口へと宛がった。
『ん、ぐ…っ…ふぁ…っ』
素直に口を開き、じゅぷ…っと三日月の熱楔を口の中へと迎え入れると、そのまま喉奥まで突き込まれる。
途端に溢れ出す唾液を楔に浸しながら、面影の脳裏には先程の三日月の言葉が繰り返し響いていた。
(口まんこ、なんて…三日月が……あんな美しい顔で、卑猥な言葉を言ってるのを聞くだけで、ゾクゾクする…!)
おそらく『これ』を狙っていたのだろう相手の男は、面影に自らの分身を咥えさせると同時に自らも同じ様に面影の楔にぺろっと舌を這わせて口淫を始めつつ、菊座へ手を伸ばして埋もれたままの張形を持つと当人の代わりに抜き挿しを再開させた。
自らの分身とは異なり面影の楔にはローターがまだ張り付いたままだったので、口の中に含むには少々難があり、三日月はそれからもぺろぺろと飴を舐める様に楔の粘膜を舌で嬲り続け、含むのも雁までに留めた。
それでもローターによる裏筋への継続的な刺激と、ねっとりとした舌の感触が面影の雄を大いに刺激し、先端からは止め処なく先走りの甘露が溢れ出して茎へと流れ落ちていき、それもまた三日月の喉を潤していった。
ぐちゅっ ぐちゅっ ぐちゅっ………
ぴちゃ…っ ぺちゃっ、ぺろっ……
じゅぷ、じゅぽ…っ、じゅぷっ……
濡れた様々な淫靡な音が、鈍く小さな機械音の上に幾重にも重なり合って二人だけの世界を彩っていく。
自分達が紡ぐ秘密の調べを聞きながら、二人は互いから受ける愛撫に酔い痴れていた。
『ああ、いい子だ………とても気持ち好い。君のクリちんぽも先っぽをパクパクさせて悦んでる……』
『せんせい…せんせい…っ! せんせのでかちんぽも、すごくバキバキで……えっちで美味しいヨダレがいっぱい出てます…! あんっ、もっと、もっと強く、して…っ…!』
今はもう自分が誰なのかすら覚束ない様子で、面影はただただ盲目的に覚えた台詞を諳んじていた。
あんなに台詞を読む度に人知れず羞恥に悶えていたのが嘘の様だ。
『みか……っ、んっ……せんせ……はやく、はやく達ってぇ…! せんせのせーえき、ほしい…っ』
先刻の様にまたも相手の「役」ではない名前を口走りそうになり、面影は直ぐに言い直すと再び彼の楔を含んで自らのこれ以上の発言を封じた。
幸い?と言うべきか、これからの流れの中では暫く目立つ台詞はなかったので、敢えて相手の名前を呼んでしまう失態を防ぐ為の行為でもあったのかもしれない。
それでも、以降の若者の舌と口は忙しなく動き続け、三日月…小説家の肉棒を味わい尽くそうとしていた。
『…く……っ……ふふふ……そんなにがっつくな……そろそろ…射精すぞ…っ』
『~~~っ!!』
口を塞がれ言葉での返答を返せない代わりに、面影はこくこくと激しく首肯し、向こうの背中を押す様にきゅうぅっと口内に陰圧を掛けた。
まるで手で獣の乳を絞り出すようなその行為に、師の楔が激しく震えながら一際強く膨張するのが口内の粘膜越しに伝わる。
そしてその変化を感じるのとほぼ同時に…
ぐちゅんっ!! ずちゅ……っ!
これまでで最も強く深く秘穴にディルドを突き入れられながら肉棒を扱き上げられ、面影の脳内に火花が散った。
ああ、そうだった………相手の射精と同時に……自分もこうして追い詰められるのだった……
台詞が無かった事で目の前の楔を愛撫する事ばかりに意識を向けてしまった所為で、相手の行動を予測出来なかった若者の身体は、その不意打ちにあっけなく陥落してしまった。
『う、ぐぅ…っ!』
腰が勝手に跳ねると同時に、その奥に渦巻いていた肉欲の証が解放されるのを感じる。
(ああっ、イくっ、イくっ、イってるうっ~!! いっぱい、いっぱい、射精ちゃってる…っ!)
激しい若者の精の奔流は、悪戯を仕掛けていた黒髪の美丈夫の美麗な顔に叩き付けられ、その滑らかな肌を濡らしていったが、快楽に呑まれ、体勢的にもそちらへ視線を向ける事が叶わなかった面影は、筋書き上では知っていたものの、それに気付く事はなかった。
絶頂に至る中、面影の口内でも凶悪な肉爆弾が暴発し、猛った雄から勢い良く白濁弾が放出されて彼の口の中を犯していく。
どくっ、どぴゅぴゅっ! びゅるるるっ!! びゅくびゅくっ!!
『んく、ぐぅ…っん~~!!』
量もさることながら、性状も普段のものとは明らかに違う。
達きながら相手の精液を口で受け入れた若者の呻きが漏れると共に、受け止めきれなかった精が溢れ出て彼の肌をねっとりと伝い落ちていく。
『んん……っくん……は、ふ…んん…』
まだ肉棒から溢れてくる相手の白濁を夢中で飲み下しながら、面影はうっとりと恍惚の表情で相手の楔を舐め回した。
(すごい…………三日振りの射精って……こんなに……)
『……一緒に達ったね………好かったかい?』
さして時間は経過していない筈なのに、暫く振りに相手の声を聞いた気がする。
そして彼の言葉がこちらの台詞を誘うものである事を思い出し、面影は深く頷きながら相手の楔を口から解放しつつ答えた。
『おいひ……です………せんせいの…一番搾り……あ、ふ………濃くって…ぷるぷるして……』
まだ全てを飲み切れず、舌の上や粘膜に張り付いている三日月の精はいつものよりかなり濃厚で、飲み込むのにも多少難儀してしまうのだろう。
互いに欲望を解放した後、ゆっくりと三日月が面影の上から退くと、続いて面影も身体を机上に起こして向きを反転させる。
そのまま机から滑り落ちる様に、三日月と同様に膝立ちの体勢をとった。
そうして久し振りに互いの顔を見合わせる事になったのだが、そこで三日月の顔を己の精で穢してしまっている様を確認し、思わず目を見開いてしまう。
(え………私、も……あんな、に……?)
台本上、相手の顔に注ぐ事になってはいたが、あんなに…顔中が白濁に濡れてしまう程に放っていたという自覚はなかった。
どうやら自分もこの遊戯に、自覚している以上に興奮してしまっていた様だ………
『………口を開いて』
『…!』
相手が何を求めているのか直ぐに察して、面影はおず…と遠慮がちに口を開いてみせる。
その奥に潜む鮮やかな舌の上には、まだ飲み込み切れていない男の精の残渣が乗せられており、それを認めた三日月は唇を歪めた後に、続けて自らの口も開いてみせた。
そんな彼の舌の上にも、同じく口内に残っていた面影の精が在った。
数秒……二人の動きが止まり、視線は各々の口腔へと縫い留められていたが、やがてどちらからともなく動き出し唇を重ね合わせ、舌を絡ませ合う。
『ん…ん、ふ……っ…』
『ふふ……』
ぐちゅ、ぐちゅ…と濡れた音が二人の唇の狭間から洩れ、彼らの舌が絡み合う度に互いの精もまた唾液と共に絡み合っていき、飲み下されていく。
(あ………二人の精液…混ざり合って……いやらしい味…)
『可愛い顔を汚してしまった……』
淫らな水音に耳が犯されている中で三日月の甘い囁きが混じり、それに伴い彼の唇が面影の滑らかな頬に移動すると、ぺちゃぺちゃと付着した己の精液を綺麗に舐め取っていく。
『あ……先生……先生…』
そんな男に触発された様に面影も相手の顔に舌を触れさせ、暫くは互いの顔を猫の毛づくろいの様に舐め合い、戯れ合っていた。
そうして互いの顔が精液の代わりに相手の唾液で濡れた頃、三日月が面影の敏感な箇所を刺激し続けていたローターを一つずつ外していくと、代わりに自らの指で胸の蕾を摘まみ上げた。
『ん、あ……っ』
『私が手を出さなくても、玩具でこんなに膨らませるなんて………そんなに好かったのかい? 私より?』
『ごめ…んなさい………先生に会えなかった間……先生を思い出すだけで…つらくて……』
『…ふふ、辛かった、か………まぁ、他の奴らに浮気しなかった様だし、それは許そう……』
小説家も彼を演じている三日月宗近と同じくなかなかに嫉妬深い性格らしく、それ故に振りか本気か分からない台詞を述べると、彼はひたりと自らの胸を面影のそれへと押し付けた。
『では……玩具に現を抜かしていたクリ乳首を、私も愉しませてもらおうかな……?』
ずり…っ……ずりっ……
『あ、うううんっ……! はぁ…っ! あっ、せんせ……っ』
体格差が目立たない二人だと乳首の位置もそれ程に相違がなく、胸を重ねてほんの少し調節するだけで双方の膨らみが重なり、擦れ合って、快感を生み出していく。
面影の方がより色白で色素も薄いのだが、彼らが重ね合っている胸の突起だけは玩具による悪戯の影響か、相手より大きくぷっくりと膨らみ、赤く熟れていた。
それに伴い敏感さも増している様で、ほんの少し三日月が胸を上下に動かしただけで面影は台詞にはない喘ぎ声を殺し切れず、口から漏らしてしまう。
『う………あぁっ……はぁ、う…っ……んっ……』
『いつもより感度が上がっている………あぁほら、こっちも……』
ぐちゅ……っ
『んっあ……! はぁ…っ…せんせぇ……♡』
『いいね……どんどん私好みの声になっていく』
胸だけではなく腰も押し付け、二人の楔が擦れ合うと、どちらともがむくむくと目に見えて大きく成長していく。
全てが台本の通りに面白い様に進んでいく様子に、内心面影は驚きを禁じ得なかった。
この元になる小説がどれほどの人気なのかは全く知る由も無かったが、正直、この通りに劇を演じられるかは過去の自分は予想出来なかった。
勿論、(多少騙された感はあったが)勝負に負けて請け負った以上おざなりにするつもりはなかったが、それでも努力だけで全て上手くいく保証がない事ぐらいは分かっている。
それらしく演じたところでそれが空回りして却って興覚めしてしまう可能性だってあった筈だ。
なのに今の自分はそんな懸念など嘘であったかの様に、この劇に入り込んでしまっている。
劇に入り込み過ぎて、心身がその中に収まり切れない程に燃え上がり、定められた筋書きの先を従順に辿る事すら苦痛になりつつあった。
もう先の台詞を待たず心のままに相手に縋ってしまいたい………そんな思いを必死に押さえつけながら、面影は只管に三日月の采配を待つ。
『せんせ……せんせいっ……きもちい…っ♡』
そんな逸る心を誤魔化す為に自ら腰を相手のそれへと押し付け、肉棒の裏筋同士を激しく擦り合せる姿は正に作品内の書生が彼の身体に降りて来た様にも見えたのは何とも皮肉な話だった。
勿論、それは先に謀った三日月にとっては全てが好都合だったのだが………
(予想以上だな………役に没入するのは、元の擬態能力に影響されているのかもしれんが………)
そんな面影に引けを取らない程に三日月のポーカーフェイスも完璧で、若者の瞳に映るのはあくまで三日月の姿をした「小説家」その人の反応だった。
彼は、書生の身体と心の声なき叫びを確実に聞き取り、いよいよ甘く狡猾な誘いをかけた。
『ああ、私もとても好いよ………お互い、まだまだ射精し足りない様だね?』
その言葉が、次の快楽の扉の鍵、だった。
ようやく…と心が思う前に、面影の身体はもう動いていた。
『せんせい………射精し足りない、なら………』
面影は後ろの書机に再び乗り上がると、今度は頭を向こうにして仰向けになり、太腿を自ら掴んで両脚を大きく開いてみせる。
『私の……はしたないメス穴に、思い切り射精して……ください…っ♡ なか……いっぱい、こすって…ほしいっ♡』
『……ああ、私の愛弟子は、本当に素直で可愛いね………正にメスの様にオスを欲しがってひくついているじゃないか』
三日月の言葉通り、晒された若者の秘密の入り口は玩具との戯れの影響かすっかり柔らかく解れ、艶やかに濡れながら誘う様にひくひくと収縮と弛緩を繰り返していた。
そんな肉蕾に揶揄う様に己の楔の先端を軽く触れさせると、その熱に歓喜した様に窪みが開かれ、雄を呑み込もうとする。
『凄いな……媚びて吸い付いてくる……』
『はぁ…っ! もっ、焦らさないでくださ……っ………はやく、はやく…っ、おもちゃじゃない、せんせいの生ちんぽ、挿れてぇ…っ!!♡』
くすくすと笑いながら余裕を見せつける恋人に、理不尽な苛立たしさすら覚えながら面影が叫ぶ。
勿論、そんな苛立ちを覚える事自体が理不尽だ。
三日月は台本通りに台詞を紡ぎ、行動しているだけなのだから。
そして、これから自らの希望がその通り叶えられる事も知っている……それでも、そこに至る一刻すら永遠に感じられてしまう程に、彼は待ち望んでいたのだ。
『…は…淫乱弟子め』
ずぐん…っ!!
『ひゃうぅ…っ!!♡♡』
悲鳴にも似た声が面影の口から上がったが、その声音には悲壮感など微塵も無く、寧ろ感極まった歓喜に満ちていた。
『あ、あ………やっと……きた、ぁ…♡』
ぶるぶると身体を小刻みに震わせて喉を限界まで反らせる若者の反応に、何かを察した三日月が相手の下半身へと目を遣ると、彼の楔もまたびくびくと頭を振って雫を散らしていた。
『…挿れた途端にメスイキとは、だらしないケツマンコだ………玩具ですっかり出来上がってしまったみたいだね』
面影の粗相を責める様に、それからも繰り返しずちゅっずちゅっと激しい音と共に三日月が相手の奥を抉る様に肉刀を突きたてると、その度に面影の甘い嬌声が響き渡る。
『はぁぁ~~っ!♡ んっ、いっ、きもちいっ!♡ せんせ…もっと!』
『ふ……隠しているつもりか? 突く度にメスイキしているじゃないか……ちゃんと締めて私も悦ばせてくれないとな』
それは只の台詞ではなく、まるで予言の様に今の面影の身体についても正確に言い当てていた。
まさかここまで身体を蕩けさせられてしまうとは、前日の若者も予想…期待はしていなかったのかもしれないが、三日月はあっさりとその期待を良い意味で裏切る程の手管で相手の身体を陥落させてしまっていた。
陥落させられた肉体の持ち主は、最早、記憶にかろうじて残っている後の台詞に本心も乗せて、乱れ啼くばかり。
『あ、だって……せんせいの大人ちんぽ、すっごく固くて、きもちいとこばかり擦るからぁ…っ♡♡ はぁぁっ、また、イく、イくぅっ!! ああああんっ!♡』
『全く……久し振りのご褒美ちんぽに夢中だな。そんなに美味いか?』
『は、はい…おいしい、です…っ♡ おく、ゴリゴリされる度に、なか、やらしくうねっちゃう……♡♡ だめ、なのに……これ以上は……お、おかしくなっちゃ……う♡』
『そう心配するな……とっくに君は私の虜…どれだけおかしくなっても、君は私のものであり続けたらいいんだ』
凄まじい独占欲に満ちた言葉が、三日月の口から躊躇いも無く紡がれる。
その台詞は台本を読み込んでいた時から、強烈に面影の脳裏に刻まれていた。
まるで、独占欲が強い月の神の言葉の様だと………
師匠としての台詞か、それとも密かに神が本心から吐露した言葉なのか、今の面影には分かる事も無く、考える余裕も無かった。
ただ、語りかけられた睦言に心を震わせ、身体が更なる熱を持つ。
この台詞が出たという事は………劇ももうすぐ終わり………
(もう……終わって、しまう…?)
台本を初めて読んだ時にはあれほど劇から逃れられないか苦悩していたのに、今は少しでも長くこの時を愉しみたいと淫らな願いを抱いてしまっている。
しかしそんな願いを打ち砕く様に、三日月の責めはより一層激しく強くなっていき、面影は絶頂が確実に近づいてくるのを感じながら悶えまくった。
気持ち好い、もっと、嫌だ、まだ、終わりにしたくない
様々な思い、感情が渦の様に湧き上がっては消えて行く。
現実の身体までもがその渦に呑まれそうな錯覚に陥り、面影は必死に相手の身体にしがみ付いた。
『みかづき…っ!……あ…せんせい……っ…………あっあっ♡ いっしょに……はなれ、ないで…っ!』
『……本当に、お前は淫らで可愛すぎる……』
それまでは完璧な役を演じ続けて来た三日月が、初めて此処でささやかな間違いを犯した。
相手への呼び掛けは本来であれば『君』だったのが、『お前』になってしまったのだ。
わざとだったのか、それとも直前の相手からの呼び掛けに素が出てしまったのか………
『そんな心配…するだけ無駄だぞ?』
ずちゅ、ずちゅ、ずちゅっ…!!
『か、は…っ!!♡♡ はげしっ…! あああぁっ、つよ、いぃっ!! あ、イく、イくっ、イくイくイくぅぅぅっ!!♡♡♡』
これまでで最も激しく速い抽送で繰り返し最奥を突かれ、抉られ、捏ね回され、遂に面影は最高の快感と共に劇の終幕を迎えた。
『んあぁぁぁ~~~っ♡♡♡!!!!』
『射精すぞ…っ、奥に…っ』
掠れた言葉の後にぐっと息を詰め、同時に腰を激しく突き出して獲物の胎の最深部に止めを突き刺す。
二人の呼吸が共に一瞬止まり、それが引き金になった形で三日月の熱い果実が激しく爆ぜた。
どぴゅるるるるっ!! びゅるるるっ! びゅくっびゅくっ!!
『あっ……はあぁぁぁあああんっ!♡♡♡』
胎内に感じた溶岩の熱に誘われるように、面影の肉棒からも同じく白い溶岩が放たれ、彼の腹と胸を白く彩り穢していく。
『もっと………もっと、だ』
『あ……あぁ………せんせい………好き…』
『……私もだよ』
まだ、肉楔の先端から残渣が噴き出している中で、三日月はゆっくりと腰で円を描きながらそれを肉壁に擦り付け、面影もまた相手に応える様に腰を蠢かせていた。
暫しの間、互いの激しい吐息が虚空に溶けて消えていく。
ああ、終わってしまった………
この小説家の言葉を以て、台本はその場面で終わってしまっていた。
二人だけの、観客のいない秘密の寸劇はこれにて終幕となる………
名残惜しそうに、ゆっくりと三日月の腰が引かれて楔が菊座から抜かれると、とぷりと濃厚な粘りを誇る精が赤く彩られた窪みから溢れ出し、同じく白い肌を伝っていった。
「………よく演じてくれたな、面影。お陰で大いに愉しめたぞ……淫らな言葉を紡ぐ、いつもとは違うお前を、な」
「三日月……」
久し振りに名前を呼ばれた気がする……まだそれ程に時間は経過していない筈なのに。
いつもの口調と表情に戻った三日月がさわりと汗で額に張り付いていた面影の艶やかな髪を搔き上げ、覗いた額に優しく口づける。
こうして改めて三日月を見ると、先程まで彼が纏っていた「役」という皮は実に優秀だったのだと分かる。
先程までの小説家の気配は完全に消され、いつもの優しく慈愛に満ちた神の姿がそこにあった。
相手の豹変振りに戸惑う面影と、そんな若者をまだ愉しむ様に唇を歪めて見つめる三日月の姿を、薄く差し込む月光が幻想的な絵画の様に浮かび上がらせている。
このまま宵闇の中に溶け込み、夢の中で暫しの休息を取るかと思われた二人だが………
「……や、だ………だめ…」
「面影………?」
「まだ………したい…」
「………っ!」
どうやらそれは許されず、彼らの長い夜はそれからも続いた様である………