『今年も既に十二月を迎え、若者達は恋人へのプレゼントを選ぶのに余念がない様です! ご覧ください、こちらの階では……』
(こちらの気も知らないで、呑気なものだ………)
何気なしに付けていたTVから流れてくる情報番組のインタビュアーの興奮した声に、その男、三日月宗近は珍しく眉を顰め、不機嫌さを隠そうともしなかった。
それは、今、リビングにいるのが彼一人だけだったという事も理由の一つであったのだろう。
もしその場に自分以外の誰かが居たのなら、少なくとも表面上の不機嫌さは、器用な彼であれば完璧に隠せていた筈だから。
(クリスマス…か)
外つ国のよく分からない風習に日の本の国人がこぞってお祝い騒ぎをするというのは一見滑稽に見えなくもないが、考えてみればこの国の者たちは八百万の神々と共存しており、異常なまでの寛容性を持っているのだった。
まぁ、皆が楽しんでいるのなら悪い事ではないだろう。
そう思いつつも、三日月の心の中にはほんの少しだけの見えない揺らぎが生じていた。
(これを機に何かしらの贈り物をしてやりたいのだが……未だに良案が浮かばないとはなぁ)
まだ当日までには余裕はあるとはいえ、この身に転生してからは初めて前向きに向き合う事になる催し物なのだ。
贈りたい相手と邂逅を果たしたのも最近の話と言えば話なので、何を贈れば喜ぶのかが一向に分からない。
取り敢えず、彼と一緒に美味しいものを食べて穏やかな時間を過ごすためのディナーの予約程度は済ませているが、何となくそれだけでは物足りない。
そもそも、この世界線における自分達の関係は非常に微妙な立ち位置にあるのだ、だからこそこの自分がTVの番組に対してすらこんなに苛立ってしまっているのだが…
(面影は……何を欲しがっているのだろうなぁ)
無意識のうちに顎に手を当てつつ嘆息する、その姿は一般人が見たらそれだけで足を止めて見入るほどに美々しいものだ。
今は……今も人の姿を象ってはいるものの、元は一千年を超える悠久の時を生きてきた刀剣…その付喪神である三日月宗近。
前世の記憶が政府により改竄されたものでなければ、彼らの力を借りるまでに逼迫していた時間遡行軍との戦いはどうやら政府軍の方に軍配が上がった様である。
役目を終えた彼ら刀剣男士は、その任を解かれた事で、元のモノとしての在り様に戻った筈であったのだが、どうした訳か現世に人として過去の記憶を保持したままに転生を果たしてしまったのだ。
これには当人も当惑したが、それからの立ち直りの早さは流石、年の功といったところか……
元々、刀の姿のまま千年近く人の傍に寄り添っていた付喪神であるので、大体の世間の仕組みは理解していた。
只の人間では持ちえない理解力、記憶力もそのまま保持していたままであったので、老獪な神は直ぐにこの時代に馴染みながら生活の基盤を整え始めた。
しかも極力人目につかず、且つ体力を消費しないやり方で……
三日月宗近はずっと人を愛してきた慈悲深い性格であったので、本来であれば人を避ける必要はなかったのだが、今の彼には人の相手をするより優先すべき目的があったのだ。
それが、先程からずっと彼の思考を独占している面影という存在。
とある世界、悪夢に連なる世界、そこで自分は彼と出会った。
その名は、今は其処に存在しない何か、誰かを心の中に思い出す事に由来するとか……成程、それに合点がいく様に彼の者は儚い容姿をしていた。
千年を生きた己の歴とはまるで真逆な名を持つ彼だからこそ、惹かれたのかもしれない。
初めて見た時、面影本人から光が放たれている様に見えた。
眩しさを感じながら、それでいて儚さもそこに混在している…そんな不思議な男だった。
『改めて名乗らせてもらおう………私の名は面影…大太刀だ」
第四部隊の面々とは戦地で既に顔を合わせており、その場でも名乗った彼だったので、本殿では『改めて』と言ったのだろう。
その時の状況は詳しくは知らないのだが、あまり友好的な邂逅ではなかった様で第四部隊の彼等は鶴丸を除いては固い表情だった。
加えて、政府筋の意向を伝えるこんのすけから彼の追加配属を命じられた第三部隊の隊長であるへし切長谷部からも、決していい顔はされていなかった……尤も、それはおそらく因縁の主君絡みの感情も多々あったのだろう。
そんな境遇にあっても、面影と名乗った若者は自らの立場を憂うでもなく憤るでもなく、黙して任務の遂行に全神経を集中していた。
そんな彼を、心から『美しい』と感じた。
大太刀を振るうとは思えない程に華奢な身体、しかし瞳には誰にも侵せない強靭な意志を示す光。
守りたいと思った時には、自ずから口から言葉が飛び出していた。
『では面影。本丸内でのお前の身柄は、暫し俺が預かろう』
表向きは、新参者の彼の見張りを兼ねての後見役としてだったが、裏では他の誰にも彼を近寄らせたくないという、普段の三日月には考えられない程の執着があったのだ。
それから三日月の命じた通り、面影は特に相手に反抗する事もなく素直に三日月の傍に控える様になった。
元々、この本丸に仇なす事など考えていなかった若者が、他の刀剣男士達の信頼を勝ち得ていくのに、然程時間は掛からなかった。
しかし夢の世界はあっけなく崩壊し、面影はその優しい地獄へと取り残され……
一時でも面影から引き離されてしまった付喪神の王は、表では片鱗すら見せなかったものの、その後若者と再会を果たすまで酷く嘆き悲しんだ。
審神者の情によって再び本丸に戻れた面影は、再び向かう先が戦場であっても幸せだったのだろうか……?
そして運命の日、時間遡行軍との最終決戦は政府側の勝利で終結し……自分を含めた全ての刀剣男士は『刀剣』へと戻った…筈だった。
なのに、何の因果か……彼は記憶を失ったまま………
「三日月」
「っ!」
いつの間にか、深く物思いに耽ってしまっていたらしい。
呼び掛けられた事ではっと顔を上げた三日月の視界の先に映るのは、同じく転生を果たした面影本人だった。
手にしているのはコードレスの掃除機…どうやらこれから掃除に取り掛かるつもりの様だったが、三日月の様子を見てその行動を一時中断して相手の方へと歩み寄る。
「? どうした?」
思考に集中している間、知らぬ間に気難しい表情を浮かべてしまっていたらしい。
明らかにこちらの健康状態を気にしている様子の面影に、三日月は自嘲の意味も込めて苦笑した。
「いや、何でもない……少々、考え事をな」
「……お前がそんな顔で考え事なんて…珍しいな」
普段の三日月は全てが流れる清水の様に所作の全てが美しく、優美で……そして捉えどころがない。
表情にも先程の様に負の感情を表す事など滅多にない…からこそ、面影も気になったのだろう。
「気になる事でもあるのか? 私に出来る事があれば相談に乗る」
心から心配してくれているのだろう面影の申し出に、思わず『俺のものになってくれ』と暴走しかけたところを必死に抑える。
(昔の事を思い出すと……どうにも抑えが難しいな)
昔……と言って良いのかは分からないが、あの本丸に居た時は、自分達はいつしか『仲間』の垣根を越えて『恋仲』になっていた。
唇だけでなく、身体も幾度となく重ねていたのだが……その時の記憶が、今の面影には一切無いのだ。
それでも、こうして出会えただけでも僥倖だと三日月は思う。
記憶を失っても、転生した後であっても……言葉を交わす度に認識するのだ、面影は面影だと。
今生の面影を独占したいという欲はあるが、独り善がりで相手との距離を測り間違う訳にもいかない。
しかし、あまりに気負い過ぎて距離を保ったままというのも、良くないか………ならば別の形で直球勝負といこうか。
「……お前がそこまで言うのであれば……少し相談に乗ってほしい」
「ん?」
「…いつも良くしてくれるお前に、何かクリスマスプレゼントを、と考えていたのだが……俺は知っての通り不調法者でな、何を贈ればお前が喜んでくれるのか見当もつかんのだ」
「!?」
悩み事ではあるが自分が思っていたのとは違った内容に、面影はぱちくりと瞳を大きく見開き、唇を開きかけたものの直ぐには言葉を継げなかった。
「え……あ…? プレ、ゼント? わ、たしに?」
辿々しく聞き返す様子から、本当に思い掛け無い申し出だった様だ。
「うむ。さぷらいず、というものも考えはしたのだが…どうも俺だけの思いつきだとお前に余計な気を遣わせるだけで終わりそうでなぁ……ここは恥を忍んで本人のお前に訊いてみようとな」
「恥なんてそんな、私は……」
突然の三日月からの提案に戸惑ったまま、面影は忙しなく視線をあちこちに彷徨わせながらも言葉を探している。
「…お前に助けてもらって…今も私の方が良くしてもらっているのに、その上贈り物など…」
恐れ多くて受け取れない、と続ける前に、既にその返答を予測していたのだろう三日月に遮られる。
「何を言う。お前は今や俺の健康を一手に担ってくれているのだから、恩に報いるのは当然だ。此処は俺を恩知らずにしない為にも、遠慮を忘れて何でも強請ってほしい」
「う………」
三日月の為に…と言われてしまった以上、拒否する選択肢を潰されてしまった面影は更に眉を顰めて言葉に詰まる。
狡い人だ、とは思うが、それが敵意ではなく完全に自分の為だと分かっているからこそ始末が悪い。
(欲しいもの…って言われても………)
面影が自身の日常生活を脳内で振り返り、その中で欲しいと思ったものを反芻してみる…が……
朝、目を覚ますのはふっかふかの高級ベッド。
部屋は常時、快適な室温がエアコンで維持されている。
クローゼットを開けたら、ずらりと並ぶのは充実した衣類の数々。
殆どの値段や銘などが分からないのは、それらを買ってきたのは三日月だからだ。
肌触りが異常に良く、着心地も抜群なので、それなりに有名どころの誂えなのだろうが、今も知るのが恐ろしくて値段等の詳細を相手に訊く事が出来ずにいる。
それらの中に偶に自分が選んで購入したものもあるが、所謂、庶民御用達の代名詞のブランドなので、クローゼットの中には少々違和感のある光景が広がっていた。
服を身に着けた後は、面影がほぼ一日を過ごす空間は、隣の三日月宗近の部屋になる。
話せば長くなるが、或る時、彼から専属の家政夫になってくれと依頼され、丁度稼ぎ口を探そうとしていた面影にとっては渡りに船だったので引き受けたのだ。
それ以降、面影は朝の掃除から夜の戸締りまで、ほぼ一日を三日月の部屋で仕事をしながら過ごしているという訳だ。
三日月宗近は、雇用主としても非常に優良な人物だったと言えた。
掃除も食事の準備も全て面影がやりたい様にやらせてくれたし、仕事に対してもきっちりと報酬をくれた。
家事を行う上で必要な道具や食材も特に制限なく買う事を許されていたので非常にやりやすかった。
面影の元々の性格もあったのだろう、そんな充実した日々を過ごしている中で何かを欲しがる必要などないのだ。
(うーん……かと言って、何もないと言っても納得はしてくれないだろうな…)
物腰柔らかい、出来過ぎる程に出来た男だが、実は頑固なところがある事も知っている。
さて、どうしよう………
(……自分で言うのも情けないが、あまり物欲もないし……ん?)
不意に何かを思い出したらしい面影は、握った拳を口元に持って行って暫し熟考……した後、ふいっと三日月を見上げた。
「………」
僅かに潤んだ瞳で見上げられ、らしくもなく三日月は胸の高鳴りを感じた。
勿論、それを面影に知られる事はなかったが。
他の誰がこんな表情を向けてきても、何かを強請られたとしても、せいぜい彼はそつのない笑みを返すのみに留めた筈だ。
しかし相手が面影に限っては、彼がどんな無理難題を言ってきたとしても、全力でそれを叶えるつもりだっただろう。
それ程に、三日月は面影に対してべた惚れだった。
「一つだけ……欲しいものがあるんだが……」
色好い返事を聞けた事で、三日月が心の中でぐっと拳を握る。
「そうかそうか、何が欲しいのだ? 何でも俺に言うがいい」
「あ、でも……本当に、高いんだ……結構有名な、ブランド物で…」
おや珍しい、と一瞬三日月は考える。
面影に望まれる前に色々と買い与えて来た自分だが、相手がこれまで特定のブランドに興味を示した事は一度も無い。
彼を拾った時には、ブランド物になど興味を示せない程に困窮しているのかと思った…実際、かなり切り詰めた生活をしていたのは事実だったから。
しかし自分の元に雇い入れ、十分な給金を得られる様になった後にも彼の嗜好は変わる事なく、そういう枠に囚われない自由な思考の持主なのだろうと思っていたのだが、そんな彼が初めてブランド品を求めるとは?
服か? 鞄か? 靴…という事もあるか。
しかし何であってもそれは大した問題ではない。
(これは尚更、逃せぬ好機だな)
面影の好みを知る事が出来れば、今後の贈り物を選ぶ際の大きな助力になるだろう。
それに……ブランドによっては、服飾などの他にリング等の装飾品などを展開している場合もあるだろう。
いつか、自分が面影に対して愛を請う時に差し出す契約の証…
何処で手に入れるべきか参考になる情報を得られるのなら、これ程に胸が湧き立つ事もない。
「もう決まっているのなら、今直ぐにでも買いに行こうか?」
「え…っ、でも、まだ掃除が…」
「毎日まめにしてくれているのだ、今急いでしなくても良いだろう。思い立ったが吉日とも言うし、さぁ行くぞ?」
掃除を始めようとしていた面影を押し止め、三日月は少しだけ強引に相手を連れて外出する作戦を決行した……のだが………
「………え?」
てっきり繁華街に連れて行かれるかと思った三日月だったのだが、面影が彼の手を引いて喜び勇んで連れて行ったのは………某電気街の家電量販店だった……………
「本当に欲しかったんだ! 〇ィファールは凄く有名なブランドなんだけど、結構高くて、買うには気後れしてしまってて…」
「…………うむ」
普段あまり感情を表に出さない面影にしては非常に珍しい、盆と正月が一緒に来た様な笑顔を浮かべながら、彼は身体の前に包装された大きな箱を抱えて歩いていた。
にこにこと笑い掛けてくる若者とは対照的に、目的のアイテムを購入してやった男は実に微妙な表情を浮かべて曖昧に頷くだけ。
(………まぁ………分かってた……と言えば…分かってたが………)
そうだろうな、今までそういう分野に疎かった彼が、そんなものをいきなり強請るなど………よくよく考えたら可能性の方が低かった訳で……
勝手に予想して期待してた自分が悪いのは分かっているのだが………残念ながら◯ィファールは指輪などは販売していない。
(…高い高いと言ってはいたが、俺が考えていた予算の百分の一にも満たない額だったし……)
贅沢な悩みだという事も分かっているが、ここまで控え目な願いをされてしまうと、もっと遠慮せずに強請ってほしいと心底思ってしまう三日月だった。
「……お前は欲が無さすぎる」
「えっ? これを欲しがるだけでも相当欲張りだと思うんだが…」
つい口から出てしまった苦笑交じりの本音に、面影はきょとんとした表情で心外だと言う様に返してくる。
その反応からも、若者が金や欲の為に三日月の傍にいる訳ではない事が知れるのは実に皮肉だった。
「ああ、何を作ろうかな……これからもっと寒くなるから、煮込み料理とか……」
脳内で様々なレシピが舞い踊っているのだろう、面影は瞳を輝かせながら宙を見上げてぶつぶつと呟いている。
面影は、全ての家事をほぼ完璧にこなす凄腕の家政夫だが、その中でも特に料理の腕は卓越していた。
以前、三日月がその点を褒めた時があるのだが、その時の面影は気恥しそうに苦笑しながらその理由を教えてくれた。
『…一人暮らしの時は、あまり凝った料理とか…予算が無くて作れなくて………水だけ飲んで誤魔化していた時もあったし』
『……………』
その時、三日月が涙腺崩壊しそうになったのは言うまでもない。
前世の刀剣男士としての時間を過ごしていた時、確かに戦場でそういう戦況に陥った時もあった……が、本丸での生活はそこまで逼迫したものではなかった。
それなのに、転生した先であの時より確実に平和で安全な世界で生きてきた筈なのに、そんな生活をしてきたとは……と、三日月はその時大いに嘆くと同時に改めて誓ったものだ。
『これからこの世を去る瞬間まで、この男の幸福は必ず俺が保障してやる』
と………
果たして今もそれが実践されているのかどうか不明なところもあるが、少なくとも面影はこうして微笑みを絶やさず自分の傍にいてくれる。
願わくば一日も早く今生の伴侶として早く隣に立ってほしいものだが、これは焦らずに進めていくべきだろう。
「そう言えば、これが手に入ったら気になってたあの料理も試せるんだ……今度早速…」
自分にとっての宝物が入った箱を相変わらず大事そうに抱えながら、面影は尚も今後の料理計画についてぶつぶつと呟き続けていて、その集中っぷりに三日月は思わず笑ってしまった。
こういう悩みなら、微笑ましいので大歓迎だ。
「お前は…本当に料理が好きなのだなぁ」
少しだけ呆れた様にそう言ってやれば…
「え?」
何故か、狼狽を含んだ表情で面影が相手を振り返った。
「? どうした?」
自分が投げ掛けた言葉の意味が通じなかったのか?と単純にそう考えた三日月が問うと、その一拍後に面影がぎこちなく幾度も頷いた。
「…ああ、そういう……うん、そう…」
三日月の言葉を噛み締める様に小さく何度か頷いた後、面影は三日月を見上げて小さく笑った。
「今は、ちょっと違う、かな…」
「ん?」
「料理も趣味で好きだが、今はお前が美味しそうに食べてくれるのを見る方が好きみたいだ」
「!!!!!」
普段から積極的な感情表現はあまりしない若者であり、この時も例に漏れず控え目な笑顔に留まってはいたが、そういうさり気なさにこそ表れる偽りない本心を見せられた三日月は…………萌えに萌えまくっていた。
勿論、心中で。
(食べたい…!)
男の思う食べたいというのは勿論カニバリズム的な意味ではなく、秘め事的なそれである。
前世で数え切れない程に重ねた逢瀬の様に。
美しい肢体を隠す無粋な衣を剥ぎ取り、愛でながら快楽の海に浸して溺れさせ、縋らせる一方で容赦無く貫いて善がらせたい…!
「前は一人で過ごすなんて何とも思ってなかったけど、今は一人で食べるのは味気ないし、美味しそうに食べて貰えるのも嬉しいし……どうした? 気分でも…」
「いや…別に」
『お前を抱くところを妄想してました』と馬鹿正直に言える筈もなく。
ぱたぱたと自らの顔の前で手を振りながら、相手を上手く誤魔化し、三日月は面影にやんわりと帰宅を促した。
「買い物が終わったのなら帰るか? もし他にも欲しいものがあるなら何でも…」
「いや、もうこれだけで十分………あ」
何かを思い出したのか、顔を無意識にやや斜め上へと向けて虚空を見つめる若者。
話の流れで、当然の可能性を察知した三日月が確認する様に再度問い掛けた。
「…やはり、何か欲しい物でも思い出したか?」
「いや………物じゃなくて……ついでと言っては何だけど、我が儘を言っても?」
「何でも言うと良い。お前の我が儘を叶えるのは俺の役目でもあり、喜びだ」
「そ、そういうの雇用契約にあったか?…いや、それはまた後で…として」
確かに二人の間に取り交わされた雇用契約はかなり面影に有利な内容だったと記憶しているが、そこまで雇用主が自分を守ってくれるような記載はなかった筈だが……?
記憶を辿るのはまた後にする事にして、面影は三日月に新たな願いを申し出た。
「……これを使って作れるもので、三日月が食べたいものを教えてほしい」
「ん?」
「その……クリスマスプレゼントで、お前の好きなものを作ろうかと」
「!!」
大きく目を見開いた三日月の様子に、若者が歩みを止めて首を傾げる。
普段あまり大っぴらに動揺を見せる事のない相手の珍しい姿に、彼は一つの可能性を思いついて慌ててフォローを入れた。
「あの、もしその日にお前の予定が決まっているなら、勿論そちらを優先してもらっても…」
「いや! 違う、そうではなく………あまりに素晴らしい贈り物だから、少しだけ吃驚しただけだ。だが……そうだな」
その贈り物を断る選択肢など存在しない三日月だったが、敢えて提案をする。
「…それは二十五日のクリスマス当日に頼めるだろうか。二十四日のイブは……その…」
「?」
「…もう、店を予約しているから、な」
本当は当日まで秘密にしておくつもりだったのだが、こうなったらブッキングを防ぐ為にやむを得ない。
計画をばらしてしまった照れ臭さか、口元を拳で隠しつつカミングアウトした三日月から、面影も聞いた事がある一流レストランの名前を聞いて驚くと同時にそわぁ…と嬉しさを隠し切れない様子で身体を揺らした。
「え……私も、一緒に行っていいのか?」
「勿論だ。俺こそお前と共に行きたいと願っているのだ、叶えてくれるか?」
「それは………私で良ければ」
「決まりだな」
話が上手いところで落ち着き、二人は改めて帰路につくべく共に歩き出した。
「ああ、今日は良い日だ。お前の欲しかったものを贈る事が出来て、お前からの素晴らしい贈り物を貰えると知れた。ふふ、今から楽しみで仕方がない」
「う………私も、嬉しいは嬉しいが少し不安だ………あの有名店のディナーの翌日なんて…よく考えたらハードルが高いなんてものじゃない」
「何を言う。お前の手料理は何にも勝るご馳走だ。いつも有難く頂いているが、そんなお前が更に腕によりをかけて作ってくれるのなら、俺にとってはそちらの方がメインディッシュの様なものだな」
「だ、だから、ハードルを上げる様な事を言わないでくれ…!」
赤くなりながら三日月の半歩後を追い掛ける様に面影が相手に続き歩き出す。
これは……嬉しくも身に余るイベントが決まってしまった。
何処まで三日月を喜ばせる事が出来るか分からないが、頑張らなければ……!
「………」
『ふんす!』という声が聞こえてきそうに気合を入れている面影を振り返りながら、三日月は柔らかな笑みを浮かべる。
行き過ぎる通行人たちが老若男女関係なく振り返る様な、そんな美麗な笑顔だった。
(一番食べたいのは、お前なのだがな……)
まぁ、今は野暮な事は言うまい……
悩んでいたクリスマスプレゼントを贈る事が出来た上に、相手の手作りのディナーが確約されたという、自分にとっては最上の結果になったのだ。
これから日々、近づいて来るクリスマスを指折り楽しみに待つことになりそうだ…と、心を躍らせながら、三日月は愛しい男と家路を共にしたのだった…………